十七 兄弟 二
十七
「グレイ」
瀬木根は呟きながら、目を開けた。
白い光。
自分が横になっていて、天井を見上げているのだと、瀬木根は認識した。
「グレイ、氷生はどうなった」
大声を出しながら、いきなり瀬木根は跳ね起きた。声がかなり響いた。周りには誰もいない。せまくて白い部屋だった。
「あ、やっと目を覚ましたか。お前はいつも寝てばかりいるな」
グレイがいきなりその空間に現れて、喋った。
「おい、氷生はどうした。無事か。どこにいる」
「うるさいなあ。せまいんだから、聞こえてるよ。いるって、外に」
「ここはどこだ」
「五稜っていう神の管理してる国だよ。グレイが口をきいてやったんだ。ていうか瀬木根、お前は二日ぐらい寝てたぞ。グレイの毒なんてとっくにきれてるし、大丈夫かよ」
「二日?」
「目を覚ましたか、瀬木根。いまいくから、おとなしくしていろ」
声がして、瀬木根は壁の方向をみた。網目状の箱がくっついている。これはマイクか?
「ここらはな、お前がずっといた、最初の街に近い形をしてるぞ。グレイは、五稜からあの小さい神の名前も聞いた。
生田だとよ、お前がずっと騙されていた神の名前は。どこか遠くからやってきて、こそこそと動いてたみたいだ。死神の羽村に殺されるんだから、神としてはあり得ないって五稜は笑ってたぞ」
グレイが腿のところに飛んできて、体を揺すった。
「まあ、結局、グレイも色々騙されてた部分はあったけどさあ」
部屋の隅に、いきなり背の高い男が現れた。移動系統の能力。しかも、強力なものだ。男は手の裏でこつこつと、壁を叩いた。
黒目が大きいのか。魚のように、どこに視点を合わせているのかわからない目をしている。Tシャツと、軍人のような履物を身につけていて、腕や肩の筋肉は相当なものだ。
「順番が逆になって、申し訳ない。邪魔するぞ」
「瀬木根。この千石さんはな、五稜さんの右腕って呼ばれてる、それはそれはすごい死神さんだ。
氷生をここまで連れてきてくれたのもこの千石さんで、見た目の割に子どもが大好きだ。お前が眠っている間、氷生の相手をしてくれたのも、千石さんだからな。ちゃんとお礼を言え」
「余計なことは言わなくていいぞ、グレイ」
千石が歩いてきて腰をおり、グレイの方をみて言った。
「あ、はい。すいませんでした」
「あの」
「立てるか、瀬木根」
千石に言われ、試すように瀬木根は手をついて、腰を浮かせる。手足の指先に痺れのようなものを感じたが、立つことはできた。
千石を完全に見あげていた。やはり、普通の体つきではない。武道かなにかをやっていたのだろうか。
「ついてこい」
いきなり、千石は移動系統の能力を使った。消えた。壁を抜けろということだろう。
瀬木根は、自分が薄い布で作られた、粗末な服を着ていることに気がついた。
グレイの頭をつかんで、一体化してみる。壁を抜けるという移動の仕方をまだやったことがない。ただ、体の感覚が以前と違うことはわかっていたので、できるような気がした。
グレイとの距離。一体化した状態でもまだ距離がある。以前と比べてそれが近くなっている。
壁に触れる。しかし、感覚はない。そのまま前に踏み出すと、体は壁を完全に無視して、通りすぎた。
窓。
その景色をしっている気がした。その街を、別の高い場所から眺めているのではないかと、瀬木根は思った。しかし、グレイが言ったことは覚えていた。ここはあの街ではない。灰色のビルが、ところせましと並んでいる。
「ほらな、しかもあの街の何倍も広いんだぞ、ここは」
「そうだろうな」
言いながら、瀬木根は別のことを考えていた。あの街はいまどうなっているのだろう、と思ったのだ。きっと羽村や宮内の国の他の死神が、しっかりと管理をしてくれているに違いない。
瀬木根は人間として生きていたときにみた景色を、一つも思い出したりはしなかった。死神として生きはじめた街。それを少しだけ懐かしんだ。
「なにをしてる。歩けるならさっさとこい」
「あ、はい、すいませんでした、はいはいっと」
グレイが自分のかわりに返事をして、飛んでいった。灰色のビルが並ぶ街を横目に、瀬木根も千石の大きな背中を、おぼつかない足取りで追いかけた。