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【長編ダークファンタジー・完結済み】煙だけを食べる  作者: 佐藤さくや
第一章 原風景
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十三 老人と海 三


 十三 


 閉じた世界だからなのか。

 本当に暗い、夜がきた。

 いわゆる創造系統の能力を持っていた死神は、みんな死んだという。

 光は、ろうそくの火だ。


 加藤と採った実を集めて、夕方にきた死神に渡した。かわりに、魚が手に入った。

 吉光と氷生、そして、瀬木根の三人で、食卓を囲む。吉光は車椅子のままで、氷生と瀬木根は、切り株を整えたような台を椅子として使い、腰を下ろしていた。加藤は、見回りをもう一度すると言い、帰っていった。


 家族はできても、死神に子どもはできない。


 あの街にいたときから、わかっていることだった。しかし、少なくとも情慾はある。それは、自分も含めてだ。生まれたあの街では、天子とはあまり関わりを持たないようにしていたが、何度か女の天子は抱いた。


 それなりの金は払ったが、手持ちはずいぶんとあったので、高いとは感じなかった。しかし、気づくと情慾をあまり感じることはなくなっていた。赤羽と組みはじめた頃からは、一度も女を抱いていない。赤羽のような女好きも、珍しくないのだろう。


「瀬木根さん、もう、食べないの?」

「ああ」

「グレイちゃんは?」

「いい。これ以上食べたら、吐いちゃう」

「ええ、全然食べてないじゃん」


「氷生。今日は、加藤が気を使って、多めに魚を持ってこさせたんだ。わしもずいぶん食べたぞ」

「そうかなあ」


 氷生は、納得がいかないという表情をしていたが、自分も魚を少しだけ残していると気がついて、笑っていた。


 食器は、瀬木根が洗った。


 食事が終わると、氷生は大きなあくびをした。あとは自分がやると言うと、氷生は許してくれた。


 宮内の国も、夜の明かりは火の赤いものだった。だから、不自然には感じない。

 自動販売機、地下鉄、電気。


 創造系統の能力があれば、街の風景を変えることは簡単だ。


 スマートフォンなんて、天子が使ったら、世界を変えてしまうものだ、あれは。

 決めるのは、そこを支配している神。天子たちの生活は、それによって、大きく変わる。どんな生活が一番幸せなのか。天子たちはわかっていても、選べはしない。


 虫の声がして、冷たい風が吹いた。水でまだ湿っていた両手。いや、本当に空気が冷めているのだろう。氷生は、厚い布団を運んでいた。


 居間に戻ると、吉光だけがそこにいた。


「氷生はたったいま、眠ってしまいました。瀬木根さんも、眠りたくなったら、私にかまわず、寝てください。私はちゃんと立てますから」


「はい、ありがとうございます、なにからなにまで」


「ゆっくりしていってください。むしろ、引きとめる形になってしまって、申し訳ない」


「いえ、俺はしばらくこの世界をみて回るつもりです。加藤とも話をしました。俺の移動系統の能力のことを話すと、明日、一緒に行動したいと言っていました。俺もどこかに異常がないか、調べます」


「では念のため、お伝えすることですが、天子はいないといっても、他の生き物が、多くいます。大型の肉食の鳥などですが、注意してください」


「鳥ですか。気をつけます」


 二人の間に、それ以上の会話はなかった。

 瀬木根は、吉光をそのままにして、用意された部屋に入った。


 角に一つだけ、ろうそくがあった。火はついている。皿に油を入れたようなものの方が、長く火がつく気がするが、ここではこのやり方があたり前なのだろう。 


 グレイは枕の横に、無造作に転がって、寝息をたてている。 


 瀬木根がろうそくの火を吹き消すと、グレイは一瞬だけ、体を動かした。しかし、蹴飛ばされても起きないときは起きないので、気にせず、瀬木根は布団に体を滑り込ませた。




 眩しさで、瀬木根は目を覚ました。 


 氷生は、もう朝から走り回っている。部屋の中をみても、グレイの姿はなかったが、どこでなにをやっているのかは、簡単に想像ができた。


「昨日は、遠慮してたのか、グレイ」


「まあな」


 口から火を吹いて、豪快に魚を焼いているグレイがいた。庭には加藤がきていた。 


 見上げると、すでに日は高かった。疲れていたのか。そんなに長く寝たという感覚はない。


「もう、昼前だぞ、瀬木根」


 グレイが寄ってきて、勝手に一体化した。そして、また離れていった。


「こうやって、体力を奪うこともできる」


 グレイが、自分の体力を持っていったのがわかった。急に走り終わったような体の重さがある。


「お前、俺から体力を奪うって、どんな相棒だよ」


「寝坊したやつが悪い」


 庭の奥に深井戸があり、加藤に教えてもらった通りに、水を出す。そのまま飲めるし、使う量を気にする必要もないと、吉光から言われていた。


 かたいパンのようなものと、焼かれた魚を腹に入れた。どこからか吉光が戻ってきたが、どこにいっていたのかは、言われなかった。 


 氷生と吉光を残し、瀬木根は加藤と港の方へ向かった。 


 加藤は、移動系統の能力を持っていた。ただ、能力としては、あまり完成されてはいない。一応、速く動くために、空を飛ぶことができる、という具合だ。それでも、ないよりは、ずっといい。 


 加藤の能力は、自分のものとかなり似ていた。


 水鳥の中に、ものをため込むというのが、元々の能力で、他の死神が持っている能力を盗むように、自分も使えるようになったと聞いている。


 加藤は自分の能力を、吸収系統と言う。


 自分と似た能力に出会ったのは、瀬木根にとっては、初めてのことだった。 


 見下ろしている。死神たちが、港に集まっている。加藤と瀬木根は、同時に降り立った。


「もう、話はしてますから、瀬木根さんになにかをしようとするやつはいません」

「ああ、俺は大丈夫だよ」


 七人。全員が男だった。移動系統の能力を持っている。


 二人、または三人に組ませて、加藤が細かい地図を出し、目視でそれぞれがこれから向かう場所を確認した。


 港といっても、足場は木で作られていて、橋と言ってもおかしくないほど細い。波の話を吉光はしていたが、湖の方は、そこまででもないのだろう。 

 加藤と瀬木根は、海に一番近い方向にいくことになった。


 空を飛んだが、浜風は大してなく、海の匂いだけが感じられる。



 黙ったまま、しばらく飛んだ。加藤は水鳥と一体化していたが、瀬木根はグレイを好きにさせている。


 うしろをみる。いくつか、山を越えた。あの村は、もうみえない。海岸には岸壁がせり出して、ゆるい半弧を描いている。それに沿って動く。


 晴れ。そして、凪。みえるものだけでなく、加藤には感覚でもおかしなところがないか、測ってほしいと言われている。地図に書き記されていた、跡地を越える。


 昔、村だったところ。交流はあった。こちらの村の死神たちが、吉光の管理する村に加わったという形だという。分裂と、統合。この世界が完全に閉じてから、数回はあった。氷生が現れるより、ずっとずっと昔のことだった。 


 外へ出ていきたい死神は、死んだらいい。吉光たちは、そういう考えだった。正しいか正しくないかというより、仕方がないのだと、瀬木根は思う。


 考えているうちに、海を囲む半弧は終わった。


「離れるほど、当然能力は届かない。だから、ここから先は注意が必要です」


「なにに注意したらいいんだ?」


「風ですね。時々、竜巻がいきなり走ったりします。滅多にないことですが」

 加藤の声に、恐れの色が明らかにあったので、瀬木根はグレイと一体化した。 

 竜巻が起きるということは、つまり、能力が効果をしっかりと発揮していないということなのだろう。


 おかしな部分。それらしいものはどこにもなく、二人は引き返した。全員が、なにも異常がないことを確かめた。


 その日から毎日、瀬木根は魚を釣って、畑を耕し、熟した実を収穫した。

 数日に一度、加藤と一緒に遠くまで調べにいったが、やはり、異常はみられない。



 

 どれくらい、月日が経ったか。瀬木根は数えていた。

 四二日だ。


 少なくとも、その回数分の夜がきた。

 旅のはずが、長居をしているという思いはあった。

 ただ、瀬木根は出ていくと言い出せなかったのだった。

 

 竜巻が出た。

 それは、唐突だった。

 森。どこまでいっても、それ以外はなにもない。


 海沿いの岸壁が、ゆるやかになったことぐらいしか、変化はない。

 加藤が遅れはじめて、一度、地上へ降りることにした。

 空は、晴れていた。しかし、遠くに竜巻が現れたのだ。感知系統の能力を持った死神がみつけたらしく、加藤と瀬木根が調べることになった。


 水鳥が、加藤から離れた。


 上。


 影で、瀬木根は気づくことができた。瀬木根は空間を蹴って、勢いをつける。吉光の言っていた鳥。赤羽の能力を右腕に帯びた。真正面。自分と同じくらいの大きさの鳥を、斬り下ろす。二つに割れて、おかしな回転をしながら、鳥の体は落下していく。


「あの鳥は、食えるのかな」


 グレイが顔を出して、加藤に向かって言った。


「いや、わからないですね。いやあの、瀬木根さん、ありがとうございました、本当に。俺、全然気づかなくて」


「まさかこんな空で、上から鳥が襲ってくるなんて、俺も思わなかったよ」

「あの鳥は、まずそうだな」


 瀬木根の右腕からしたたる鳥の血に、グレイは口をつけていた。


「焼けば、また味は変わるんじゃないのか?」

「最近、グレイは魚が好きだ」

「瀬木根さん、すいません、俺、頭が痛くなってきて」

「ああ、すまん。一回、降りよう。まだ、進むんだろ、加藤」

「はい。ただ、瀬木根さんの速度についていこうと、頑張ったんですが、やっぱり難しいみたいです」


「それなら、もっと早く言え」


 グレイが勝手に、降りていった。


「口は悪いんだが、あいつなりにお前のことを心配してるんだよ」

「なんか、吉光さんに言われてるような気がしますよ。中身は、おじいさんなんじゃないですか?」


 加藤が額の汗を拭いながら、笑った。


 丘のようになっているところに、それぞれ降り立った。木が少なく、見晴らしも悪くない。村の近くの岩壁からは、なだらかな下り坂となっている。


 上空から探すと、すぐに川はみつかった。加藤は、顔を半分水に突っ込むような感じで飲んでいる。瀬木根も手ですくって、少しだけ飲んだ。


 坂は、向こうからこちらへ傾いている。しかし、湖の水がここまで流れているというわけではないだろう。


 川の水の流れは、海の方ではなく、むしろ海に沿っている。


 あまり見慣れないというか、不自然な感じがする。右手が海だった。海が、正面にも広がるようになる。そこまで、真っ直ぐに飛ぶ予定だった。 


 加藤は顔を洗い、グレイは体ごと川に入って、潜って遊んでいる。 


 空に黄色の線が走った。雷なのか。


「加藤さん」


 誰かの声がした。加藤が、勢いよく顔を上げ、水が跳ねた。

 

 また、黄色い線。


「加藤さん。戻ってきてください、氷生が」


「加藤。通信系統の能力だな、これは」


「そうです」


 黄色い線。


「竜が。加藤さん」


 声は、なにかにかき消された。


「戻ろう、加藤」


「加藤は遅いから、グレイがちょっと力を貸してやるよ」


 体を震わせて、グレイが体の水を飛ばす。そして、加藤の水鳥の首あたりにいきなり噛みついた。しかし、水鳥はおとなしくしている。


「よし、体力を分けてやったぞ。元々は、瀬木根のだけど。おすそわけってやつ」


 まだ喋っているグレイの頭をつかんで、瀬木根は、一体化した。


「瀬木根さん、先に、いってください」


 加藤が言ったとき、瀬木根はもう、動いていた。


 加藤を待つつもりはない。いま、あの村でどういうことが起きているのか、さっきの言葉だけで、十分わかる。 


 吉光は、氷生は、無事なのか。


「グレイ、あの扉は使えないのか」


「どこに出るか、わかんない」


 前の方から、なにかが、飛んでくる。


 鳥。鳥だ。ずいぶんと数がいる。方向を変えて、沖へ飛んでいく。


 瀬木根は速度を維持した。 


 村。自分の呼吸する音が、よく聞こえた。


「港が」


 湖や滝、近くの建物や木も、すべて凍っていた。


 冷めた汗に体が震え、吐く息は白い。


 変わらない晴れの空。その下に、おぞましいなにかがいた。


 瀬木根が見下ろしているのは、あの海牛より大きな、翼を持つ四つ足の竜だった。白んだ青色をしている。


 わからない。どうして、こうなってしまったのか。 


 瀬木根はゆっくりと、息を吸った。体の中が冷える。


「グレイ、勝手に動くなよ」


「わかってるよ。氷生と吉光を探すんだろ。もう、食われてるかもしれないけどな」


「ふざけてる元気があるなら、いまはそれでいい」


 竜はまだ、こっちに気づいていない。しかし、なにかを探しているような感じがある。瀬木根はゆっくりと高度を上げた。


 竜が、見上げた。かん高い吠え声。刺すように、瀬木根の中に響いた。


「グレイ、火だ。春木の火を貸せ」


 風というより、壁に近いものが飛んでくる。


「春木の火、ね。はいはい」


 下から飛んできたかたい冷気を、瀬木根は炎で切り裂いた。すでに全身に炎をまとっている。 


 氷生たちは、どこにいる。 


 気がついて、うしろを向いた。岸壁の向こう。海が揺れている。


 白波。そこから、飛んでくる。 


「竜が出たら、毎回こいつが守ってくれんのかな。せいぜい、頑張れ」 


 グレイはふざけているが、吉光の話を聞く限り、実際にそうなのかもしれない。


 海牛。


 ふわふわと宙を飛んで、凍った湖の上の降り立った。


 氷が割れる様子はない。


 向き合った二つの巨体が、それぞれ地鳴りのような雄叫びを上げた。

 

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