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【長編ダークファンタジー・完結済み】煙だけを食べる  作者: 佐藤さくや
第一章 原風景
12/46

十ニ 老人と海 二


 十二


「なんでしょうか」


「ここの存在を、誰にも教えないでいただきたいのです」


「わかりました。もちろん、誰にも言いません。約束します。グレイは話すことができますが、そういう部分に関しては、信用できます」


「そうですか。ではくれぐれも、よろしくお願いします」


「はい」


「ところで瀬木根さんは、旅をしているとのことでしたね?」


「ただ、そうですね、いき先がないというだけですが」


「もしよければ、しばらくこの村にとどまっていただけませんか。瀬木根さんがここへきたことは、おそらくこちらの死神の能力の低下か、乱れが原因でしょう。それが落ちつくまで、できればここにいていただきたいのです」


「吉光さんの言う通りに、俺はします。ここがどんな場所かもしらず、俺は道をつなげて、入ってきてしまいました」


「ご理解いただき、ありがとうございます」


 吉光は車椅子に座ったまま、頭を下げた。


「悪いのは、俺たちですから、吉光さんが頭を下げたりしないでください」


「泊まる場所自体は、たくさんあります。空き家もずいぶんと増えましたし、港も、使っているのはこの近くのもの、一つだけです」


 瀬木根は上空から見下ろした景色を、思い浮かべた。いまいるところの対岸にも港があったし、その間にも二つはあった。そこに住んでいた死神たちがどれほどかはわからないが、それなりの数の死神がいて、死んで、外へ出ていったのだろう。


「俺は、この村の外に出たりしても、大丈夫でしょうか?」

「ええ、ただ、村の連中が」


「俺は、戦闘系統の能力を持っています。村の死神たちと争うつもりはありませんが、向こうが手を出してきても、俺も自分の身は、自分で守れますから」

「それとですが、あと何回の命と、お伺いしてもかまいませんか?」


「次、もし死んだら、終わりです。三回、すでに死んでいます」


「立ちふるまいなどで、なんとなく私にはわかりました。瀬木根さん、あなたはずいぶん険しくて厳しい時間を、すごしてきたのだと思います」


 吉光は、遠回しな言い方をした。瀬木根は、気を使われたと感じた。


「この世界は、他の世界とつながっていませんが、かといって、せまいというわけでもありません。天子はいないと言いましたが、はるか遠くには、もしかしたらいるのかもしれません」


「なるほど。ただ、この状況だと、可能性はほぼないようですね。俺は、移動系統の能力もあるので、一度いってみたいと思います」


「わかりました。使っていない家がたくさんあると先ほどお伝えしましたが、嫌でなければ、この家にも、空いている部屋はたくさんありますので、ご自由に使ってください」


「ねえ、おじいちゃん」


 氷生が、笑ながら歩いてきた。


 グレイの体に、ひものようなものが巻きつけられ、先端を氷生が握っている。

「風船がほしいんだとさ」


 瀬木根が聞く前に、宙を漂いながらグレイが答えた。


「グレイちゃんと、お兄ちゃんは、どこからきたの? 遠い場所なの?」

「そうだ。この村よりずっとずっと遠い場所だ」


 吉光が答えたが、氷生は瀬木根を見上げた。どう答えていいのかわからず、吉光に目を向けた。


「海の向こう?」

「ああ、海の向こうだ。この人はな、瀬木根さんというんだ。しばらくここに泊まることになったから、しっかり挨拶をしておきなさい」


「そうなの? よろしくお願いします。氷生です」


 氷生が深く頭を下げると、勢いで長い髪が顔を覆った。


「ここにいようぜ、瀬木根。湖の近くにいたら、迷惑になる」


 ひもで縛られたまま、グレイが言った。そうだな、と瀬木根は返す。


「本当? じゃあ、瀬木根さんが一緒なら、私、湖にいっていい?」


「駄目だ、氷生。いま、湖の波は高くなっているんだ、危ないと言っているだろう」

「大丈夫だよ」


 グレイが、急に動き出した。


「あ、グレイちゃん待って。勝手に動かないでよ。風船なんだから」


 ひもに引っぱられるようにして、氷生は走り出した。

 グレイは、吉光の言った嘘に気がついたのだろう。


「もう少ししたら、加藤たちがここへくる。瀬木根さんも、話に参加してください。いま氷生に言ったのは、嘘ではないのです。この世界が、様々なところで不安定になっているのは、事実ですから」


「わかりました、同席させてもらいます」


「では、私はお茶でも淹れましょう」


 吉光が、車椅子のひじをおく部分に、手をつく。


「大丈夫。立てますよ、私は」


 腰を上げかけた瀬木根を、吉光は制した。


 ゆっくりとだが、自分一人で、確かに吉光は立った。そしてゆっくりとだが、確かな足取りで、家の奥へ入っていった。


 裏の方から、氷生の笑う声が聞こえた。家の周りを、ぐるりと走ってきたのだろう。ひもを垂らして、グレイだけが戻ってきた。そのうしろから、息を切らしながら、氷生が駆けてくる。


「グレイちゃん、おいてかないでよ、もう」


「なあ、瀬木根。氷生の死神の鎌をみたか?」

「相棒のことか。いや、みてないけど」


「常に、一体化してるみたいだぞ」


 グレイが不思議そうに言い、体をひねって、ひもの輪から抜け出た。


「羽村さんは普段から、一体になってただろ」

「あれは意識的にやってる。お前もそうだろ、瀬木根。でも、氷生はちがうらしい」

「あれ、おじいちゃんは?」


 車椅子をみて、氷生が言う。家の中に入ったと言うと、履き物を脱ぎ捨てて、家の奥に入っていき、大声で私がやる、と言っている。


「そもそも子どもなのに、死神になるのか? それって、死んだってことだよな」


「そうだろうな、それは」


 瀬木根は思い返した。

 そして、人間だった頃の自分と、死神になったばかりの自分のことを、嫌悪した。 


 自分は神に話した。どういう人生を送って死んだのか。それを、神は馬鹿にした。俺も赤羽も、あそこにいたみんな、名前もしらない神に騙されていた。


 あの姿が本当の姿なのだとしたら、神はまだ未成年。いや、それどころか、氷生と同じぐらいの子どもだ。 


 どういう人間が死神になるのか。あの神に教えられた。聞いてもいないのに、何人かの人生を、神は語った。 


 自分が言えることではないのかもしれないが、ほかの人間からしたら、まともでないという言い方になると思う。 


 人は、やりなおせる。赤羽と組む前によく話していたやつが、そんなことを言っていた。 


 そいつは急に姿を消した。つまり、四回死んだということだが、神はもちろん、それを言わなかった。逃げ出して、罰を受けているとか、言っていた。 


 あの神は、とにかく頭がよかった。あれが、自分にとっての世界だった。神の言う通りに動かなければ、罰を受ける。ログアウトという言葉。視点。本当によく考えられた設定、よく作られた世界だった。 


 アルバイト中に死んで、いきなりしらない街にいて、灰色の毛玉がいきなり自己紹介を始めたら、誰だってそういうものを信じて、受け入れるだろう。 


 羽村が現れなかったら、と瀬木根は考えたが、すぐに意味のないたとえだな、と思い返した。


 あのまま、四回死んでしまうことも、いまなら受け入れられる。

 ただあのときは、生きたいと強く思った。天子たちの街も、自分が守らなければいけないと考えた。 


 なにも俺はしらなかったから。だから、いま思う。もっとこの世界のことを、ちゃんとしりたいと。正太郎という名前の存在を確かめたいと。


 俺ができること、しなければならないことはあるのか。あるならば、それはなんなのか。人間として。そして、死神として。


「おい、瀬木根」


 目の前に、グレイの顔があった。


「生きてるよ」


 盆を手に持った吉光が、お茶をどうぞ、と言った。 


 体の痛みにはまだ、慣れない。しかし、死ぬことにはあまり抵抗がない。だからこそ、抗う必要がある。自分の意志で。


 まだ俺は、死ぬことが許されないと思うから。

 俺がおとなしく殺されて、春木が生きていたら、よかった。


 茶碗から、白い湯気が立ちのぼる。暑いのに、あたたかいものを飲む。あの、俺が死神として生まれた街の天子も、そうだった。一口飲むと花のような匂いと、甘い味が広がった。 


 塀の向こう。足音が近づいてくる。


「氷生。瀬木根さんが使う部屋の、掃除を頼む」


「わかった。任せて」


 氷生は駆けていく。かわりに、門のところに加藤が姿を現した。一人だった。水鳥が、加藤の足元にいた。小さいが、太い足があり、指の間には水かきがある。これが、湖のところで、石を飛ばしてきたのだろう。 


 加藤にその相棒と一体化する気はないらしい。しっかりとした足どりで、こちらへ向かってくる。瀬木根は、茶碗を両手で包むようにして、見上げていた。 

 加藤は、立ったまま、吉光に頭を下げる。


「能力についてですが、全員に疲れの色も、失敗も、そして心身の異常もみられませんでした。みんな、今回のことをしると、驚いていました。近くを見回りましたが、少なくともここら一帯には、なんの変化もありませんでした」


「そうか。能力には、乱れはないか」


「本人たちは、そう言っていましたが」

「お前はどう思う、加藤」


「誰かが嘘をついているのは、確かです。氷生のときは、一人が一時的に能力を使えなくなっていました。今回も、もしかしたらとは思います」


「わかった。しかし、これ以上犯人を探すようなことはやめよう。彼らがいるから、この世界を保つことができているんだ」


「しかし、もっと意識しろと伝えておきました」


「そうか、話はわかった」


 吉光が、茶碗を手にした。 


 加藤も顔を上げる。先ほどのように、とり乱したりするような様子はない。やはり、本当に驚いていたのだろう。そして、殺さなくてはならない、とあのとき、強く感じたのだろう。 


 反射的なもの。わかる。俺も、そうだった。


「さっきは」

「謝るな。お前はなにも、まちがってない。勝手にここに入ってきた、俺が悪いんだ」


 加藤は目を大きくした。


「それに、お前じゃ俺は殺せなかった」


 そう言って、瀬木根は笑ってみせる。


「わしでもそれはわかった。それなのに、お前ときたら」


 あきれた、という表情をして吉光は言う。しかし、吉光も笑っていた。


「いやでも、すいませんでした」


 加藤は申し訳なさそうに、頭をかいた。


「もういい、加藤。忘れろ」


 瀬木根が手を伸ばす。加藤はその手をしっかりと握り返してきた。


「本当は、氷生を海につれていってやりたいんだ、瀬木根さん。湖じゃなく、海だ。氷生は遠慮して、湖と言っていたんだ」


 茶を一口すすって、吉光が言う。


「海は、世界自体が不安定だから、いかせられないということですか?」


「ちがうんですよ、瀬木根さん」


 加藤が、返事をした。


「どういうわけか、海や湖といった大きな水のあるところにいくと、氷生の竜が、勝手に暴れだしてしまうんです。そのとき氷生は気を失っていて、だから、なにもしらない」


「竜ね。自分でも相棒を制御できないってわけか。まあ、いまは一体化してるし、水に近づかなければ、大丈夫なんじゃないの?」


 グレイが茶碗に顔を近づけながら、言う。


「瀬木根さん、これは?」


「ああ、加藤。俺の相棒は喋れるんだ」


「グレイだけだ。気にすんな」


 グレイは加藤ではなく、足元の水鳥に向かって言った。


「とにかく、そういうことです。海牛が、氷生を拾ってきたとお伝えしました。そのあと、氷生の竜が暴れたとき、街を守ったのも、あの海牛です」


「それが、氷生の能力ですか」


「わかりません。少なくとも、竜は数十の死神を葬りました。村の死神もみんなしっていますが、もちろん、氷生はわかっていません」


「そんなことがあったんですね」


「だから湖の周りには、氷生が近づかないようにしているんです。感知系統の能力を持った死神がいます。その連絡を受けて、俺は湖へ向かったわけです」


「瀬木根さん、きて。部屋をみてよ」


 奥から、氷生の明るい声がした。


「みてきますね」


 瀬木根が腰を上げる。


「これでどう。綺麗でしょ?」


 氷生が言う通り、眠るには、いや、生活するのには十分な部屋だった。

 音を立てながら、加藤の水鳥と、グレイが走って部屋へ飛び込んできた。


「グレイ。お前、そういえば足があったんだな」


「なに言ってんの。手もあるぞ」


 グレイが見上げながら、体を反らせる。手、と言うが、前足という感じがする。そもそも常に宙に浮いているから、自分で歩いている方が、不自然にみえる。


「ありがとう、氷生」


 氷生は、歯をみせて微笑む。


「ご飯の支度も私がやってるんだよ、いつも」


「そうなんだ。俺も、手伝うよ」


「それは駄目だよ。瀬木根さんはお客さんなんだから。寝具も私が準備するから、もうあっちにいってて」


 氷生が背中を押してくるので、瀬木根はグレイたちを連れて、縁側へ戻った。加藤の姿だけが見当たらない。吉光は、変わらずに腰を下ろして、茶碗を包み持っていた。


「氷生は、あんな子なんです。しかし、氷生の中に、恐ろしい力が眠っているのも事実。だから、私は村から離れたこの場所に家をかまえました。氷生を、一部の死神から守るためです。瀬木根さんなら、すべてを語らずとも、どういうことがここで起こったのか、想像はつくことでしょう」


 それを肯定していいのか、瀬木根は迷った。


「瀬木根。加藤が裏でなんかやってるから、みにいくぞ」


 グレイが水鳥をおさえて、背中に乗ろうとしている。水鳥の方が二回りほど大きいが、ずいぶんと苦戦している。


「なにしてるんだ、グレイ」


「たまには、楽をしたい」


 グレイが背中に乗ると、水鳥は走り出した。


「お、よしよし、いいぞ」


 みていると、曲がり角のところで、水鳥は横に倒れた。勢いで放り出され、グレイは飛んでいった。転がって、木の根元にぶつかった。


「手本をみせてやる。乗れ、こら」


「お前、どういう怒り方だよ」


 水鳥を自分の頭に乗せようとしているグレイをそのままにして、瀬木根は家の裏に回った。


 畑だった。大きな木が立ち並んで、赤い実がなっている。


 葉の陰に、かごを背負って、はしごに登っている加藤の姿があった。


「俺も手伝うよ。氷生には邪魔するなって言われて、やることがない」


「そうですか。じゃあ、あっちの木の実を採ってもらえますか。かごは、まだありますから」


「ああ、わかった」


「真っ赤になったものだけ、お願いします」


 加藤が体をひねって、はさみを渡してくる。


 家の方から、叫びながら、グレイが勢いよく走ってくるのがみえた。頭には、水鳥が乗っていた。

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