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【長編ダークファンタジー・完結済み】煙だけを食べる  作者: 佐藤さくや
第一章 原風景
11/46

十一 老人と海 一

 

 十一


 次第に建物は少なくなり、道らしい道もなくなって、瀬木根は草原のような場所を進んでいた。


「なあ、瀬木根。もう、歩くの飽きたぞ。みてみろ、ずっと向こうまで草しかない。違う世界にいこう」


 瀬木根の前を飛んでいたグレイが、戻ってきて、不機嫌そうに言った。


「なに言ってるんだ。もう、渡部さんはいないんだぞ」

「残念ながら、あのじいさんはもう用済みなんだよ」

「じいさんって言うな」

「グレイは、なんと移動系統の能力を、使えるのだ」

「嘘つけ」

「嘘じゃないもん。これをみろ」


 グレイは近づいて、勝手に一体化した。


「まったくお前は、いまだににグレイを使いこなせていないな。まったくなやつだ。あのじいさんの能力をちょっともらったんだよ。試しに、やってみろ。ちょっと劣化してるけど。でも、ちょっとだから」


 瀬木根は一度、自分の中の感覚に集中してみた。確かに、自分のしらないなにかがあるのがわかる。


「これ、なんだ、能力か?」

「だから、渡部のじいさんの能力の、劣化版だって」

「どうやったんだ」

「欲しいと思ったから、グレイが真似して作ったんだよ。もう、草も土も飽きたから、早く別の世界にいこうぜ」


 瀬木根はなにもない宙に手を伸ばし、指でなぞった。虚空に、切れ目が入った。そこから、やわらかいものがくり抜かれるような動きが始まる。自分がなにかをしているという感覚はある。


 瀬木根は自分がしたことを、みていた。扉はないが、渡部や羽村たちがやっていたような感じで、そこには新しい景色が広がっていた。砂浜があり、その向こうは白波。風が吹いて、独特な匂いを感じる。


 海だった。

 これが、グレイの本当の能力なのだろうか。

 瀬木根は、その風景が本物かどうか確かめるため、踏み出した。


 砂のやわらかな感触と、ぬくみがあった。瀬木根はもうスーツをやめて、サンダルのようなものを履いていたので、足の指に砂がついた。


 完全に体を入れる。するといま自分たちがくぐった穴は、消えてしまった。

 グレイは波打ち際まで勝手に飛んでいって、はしゃいでいる。


 瀬木根は辺りをみた。湾のように、砂浜は丸く続いている。陸の方は、高い岩壁だった。自分たちが、その下にいるという格好だ。見上げても、それ以上のものはなにもわからない。


 瀬木根も、グレイの方へ向かった。履いていたものを手に持ち、足首まで、水につけた。水は冷たくて、心地いい。なめってみると塩辛かった。やはり、海なのだ。


 少し、暑い。日がかなり高くなっている。ここも夏だと思う。

 グレイがどんどん進んでいくので、砂浜に沿って、瀬木根も歩いた。


 遠くに、川のようなものがある。その上。滝だ。巨大な岩壁の頂上から、流れ出ている。


 瀬木根はグレイの頭をつかんで、一緒に体を浮かせ、近寄った。


「上には、なにがあるんだ」

「さあな」


 岩壁の上に出た。水しぶきが飛んできて、肌を冷やす。


 空まで、瀬木根はのぼった。


 湖。

 そして、それを囲む山々。


 それにしても、水の広がりは巨大だ。さらに高くのぼる。


 海は反対側にあるから、こっちが海なわけはない。そう思うほどの大きさだ。

 水の青い円に沿って、転々と港があり、その外側には街がある。


「しばらく、魚でも釣って暮らすか、瀬木根」

「でも俺は、魚釣りはしたことがないんだ」


 きれいな眺めだった。しばらくグレイも黙ってしまっていて、一緒になって、景色をみていた。


 線が、水に走る。船だった。


 少なくとも、外倉の統治する場所ではないらしい。聞いていたような喧騒は皆無だ。


「旅をするって言ってたのに、なんかもう、ついちゃったよな」

「お前が、能力を使えって言ったんだろ」


 念のため、グレイと一体化した状態で、瀬木根は地上に降りた。襲われるという可能性よりも、天子たちが自分をみて、おかしなことになるのを、避けたかった。誰かが襲いかかってくるという感じはやはりないのだが、天子たちの街という印象でもない。


 水と土の匂いがする。道は舗装されていない。踏みかためられ、平らになったのだろう。


 入り口というより、街の終わり。建物が左右にある。


 小さな波の音がする。湖の水は、多少なりとも、揺れているのだろう。

 誰もいない。


 水辺の方の建物がなくなり、山側の建物も少なくなる。使われていない倉庫のようだ。


 波の音が、大きくなった。みていると、水が盛り上がった。


 なにかが出てきた。巨体から、水がしたたる。形はあざらしだ。大きな目で、こっちを見下ろしている。這って、水からあがってこようとしている。しかし、瀬木根は身構えなかった。能力で呼び出されたものなのかはわからないが、敵意を一切感じないのだ。


「グレイ。なにもするなよ。大丈夫だ」


「ああ、全然びびってないからな。問題ない。でかいのは、もう見慣れた。変な顔だな、こいつ」


「あざらしか、お前」


 水から出てくると、余計に大きくみえる。その巨体は頭を低くして、瀬木根に顔を近づけてきた。首や胸の辺りの匂いをかいでいる。動かずに、好きにさせてやった。瀬木根は静かに手をのばし、頭を撫でてやった。特に嫌がりもせず、鼻息を立てて、まだ匂いをかいでいる。


 体を起こし、巨体がふわりと浮き上がる。完全に宙に浮いた。満足したのか、ゆっくりと移動し始め、瀬木根が見上げていると、そのまま岸壁の下に消えた。


「なんだったんだろう」

「よくわかんない」


「あんなのがこの湖にたくさんいたら、たまったもんじゃないよな、魚も」


 瀬木根は体を浮かせ、低く飛んで街の中に入っていく。


 建物は、半分、崩れているものが多い。

 広場のようなところを抜ける。すると少しだけ、みためのきれいな建物が現れた。そこでもう一度、歩き始める。


 遠くに人影がみえた。瀬木根は手を上げて、大きく左右に振ってみた。人影はこっちをみているが、動かない。


「どうする、瀬木根」


「外倉や五稜の国ではないと思うし、たとえそうだったとしても、逃げない」

「お前、外倉の手を斬り飛ばしたことを、忘れたのか」

「とりあえず、俺はここがどういう場所なのか、しりたいんだよ」

「うわ、急に開きなおった」


 歩いた。近づくと、男だとまずわかった。優しそうな表情をしている。


「あの、こんにちは」

「初めまして。こんなところで、どうしたんですか」

「あなたは、この街の住人ですか」

「そうです。街というより、村ですが」


 男は、恥ずかしそうに笑った。自分よりも若い気がするが、落ちついた表情をしている。


「僕は瀬木根という死神です」

「私は加藤です」

「ここはどこです?」


 瀬木根は見回しながら、尋ねる。

 いきなり目の上辺りに、なにかが走った。


 瀬木根の体は衝撃で浮き上がり、倒れた。打たれたのか、撃たれたのか。


「ほらな、グレイと一体化してなかったら、お前はいま、間違いなく死んだぞ、瀬木根」


「笑いながら、言うことじゃないだろ」


 倒れ、瀬木根は空を仰いだ。それから手をついて、ゆっくりと体を起こした。

 さっきまでとは、似ても似つかない表情で、加藤は見下ろしている。


「頭を、撃ったのに」

「能力ですよ」


 瀬木根は腿の辺りについた土を、軽く払って立った。

 加藤の相棒の姿がない。すでに一体化しているのか。


「お前、外から来たんだな?」


 加藤の表情は、緊張そのものだった。


「ああ、そうだよ。ここへは移動系統の能力を使ってきた」

「ここは、みつけることのできない場所だ」

「そう言われても」


 自分を撃ったのは、この加藤の能力だろう。でも、グレイと一体化していれば、春木の能力で、ものを使った攻撃は無効化できる。


 瀬木根は転がっている、丸くて黒い石をみつけた。石は、濡れている。湖の中から、飛んできたのだろうか。


「俺は、ただ旅をしているだけだ。迷惑なら出ていく」


 瀬木根は言葉を強める。しかし、諭そうとも思った。


「やめなさい、加藤」


 誰かの大きな声がした。


 左の湖から、またなにかが飛んでくる。さっきと同じだ。さすがに、死なないとは言っても、当たれば多少は痛い。避けられる速度ではあったので、瀬木根は頭を下げてかわした。黒い石だ。それが転がった。


「その能力じゃ、俺は死なない。俺は、あんたらに危害を加えるつもりはないんだ」

 瀬木根は、奥の方からこっちへ向かってくる老人をみていた。


 加藤も振り向いて、それを認めた。


 近づいてくる、車椅子。金属のしっかりとした枠組とゴムのタイヤ。老人だが、目つきはまだ鋭いものが残っている。


 死神だ。


「加藤。この人は、外からきたんだな?」

「そうだと言ってます」


「移動系統の能力を使ったら、この岩壁の下の砂浜に出ました。特に、ここへきたかったというわけでもないんです」

「そうですか」


「いま、ここで殺すべきです、吉光よしみつさん」

「馬鹿を言うな、加藤」


 低く、よく通る声だった。


「じじいの声は、みんなでかいな」


 グレイが、勝手に体から離れた。


 吉光は目を大きくして、グレイを見上げている。


「すいません、失礼なことを言ってしまって」

「この生き物は、外の生き物ですか?」

「いえ、一応は私の相棒です」

「死神の?」

「はい」


 グレイが喋ることをしると、いつもみんな驚く。もう、慣れてはいた。グレイもいちいちそれに対して、反応しない。


「一度、村の方へお越しいただけませんか。いくつか、お伺いしたいことがありますので」


 加藤がなにか言おうとしたが、それを制するように、吉光は言葉を続けた。


「加藤。お前は村の者たちに伝え、なにか異常が起きていないか、調べろ」


「でも、こいつはどこの誰かもわからないんですよ?」


「自分の身は、自分で守れる。お前がいても、意味はない。わしはそう言っているつもりだ。何度も言わせるな」


 加藤が、怯えたような表情をみせる。それから、湖の方へ走っていった。船があるのかもしれない。


「私は、いや俺は、瀬木根と言います。こっちは相棒のグレイです」

「私は吉光。ここでは年長なので、村長と呼ばれたりもしています」


 グレイがふわふわと漂いはじめる。大きなあくびをした。吉光はなにも言わない。


「坂ですから、押します」

「助かります」


 微妙な距離感だった。だが、瀬木根は躊躇せず、吉光の車椅子を押した。通りを進む。


「ここにいるのは、みんな死神です。死神しかいない世界です。数人の能力を使い、他の世界とのつながりを完全に遮断して、ずっと平穏を守り続けてきました」


「能力で」


「ただもちろん、それがずっと続くものだとは、私は考えてはいない。こんなふうに、外から誰かがやってくることは、いつか起こりえると、思っていた」


「すいません、いきなり移動系統の能力を使ったら、ここに出てしまって」


「謝ることはなにもない。そういう時期がきてもいいんだ。だが、もう他の者にはみつかるまいよ。いままでよりも、さらに能力を強める」


 前の方から、ぞろぞろと死神たちが現れた。


 グレイがなにも言わずに、一体化した。全員が男だった。表情はかたい。


 吉光が振り返り、瀬木根に手を離すように、目だけで言った。手を離すと、吉光は自分で車椅子を進めて、男たちに寄った。


「瀬木根さんと、わしは話をするんだ。お前たちは、なにをしにきた」


「待ってください、吉光さん。そんなどこのだれかもわからないやつ」


 男が叫ぶ。それぞれの足が動いた。


 吉光が腕を振り上げると、薄い羽織の袖がめくれた。蛇。腕に細い蛇が絡みついている。それが消えた。


「これでいいか、お前ら。わしの能力は毒だ。わしを殺せばこの男も、即座に死ぬ。巻き込まれたくなければ、おとなしくしとれ、馬鹿どもが」


 吉光の迫力に、思わず瀬木根は後退りしそうになった。


「かまう必要はない。どうぞ瀬木根さん、こちらです」


 吉光は笑って、自分で車椅子を回し始める。


「ついてきなさい」

「はい」


 言われるまま、瀬木根は吉光のうしろについた。二人が近づくと、死神たちは道を開けた。


「なんか捕まった感じになったな、瀬木根。逃げたら、毒で殺されるんじゃないの。この能力なんか、苦手だ」


 一体化した状態で、グレイがぶつぶつと言っている。


「いいよ、もう。離れてろグレイ」


「わかったよ。お前とくっついてたら、グレイまで毒でやられそうだもん」


 グレイは頭の上から飛び出して、離れたところから、ついてくる。


「私がこうして席を設けたのは、外の世界の状態を、瀬木根さんから聞きたいからなんですよ」


 少しだけ、吉光は口調をゆるめた。また登り坂だったので、瀬木根がうしろを押していた。木で作られた平屋の前まできた。庭も、見渡せるほどだが、草の足はきれいに刈られている。


氷生ひょう。お客様だ」


 吉光は、誰かの名前を呼んだ。


 戸が開く。出てきたのは、小さな女の子だった。


「この子も死神です」


「子どもの死神?」


「そうです。氷生も死神です」


 驚かないよう、瀬木根はよそおったつもりだった。グレイは、氷生と呼ばれた女の子に興味を示し、そばへ飛んでいった。


「珍しいでしょうな」

「そうですね、はい」


 諦めたように、瀬木根はそう返す。


「グレイ、少し落ちつけ」


 その女の子は笑いながら、グレイを抱いていた。


 吉光が庭の方へ進んでいく。瀬木根も続いた。女の子は、ふわふわ漂うグレイを見上げている。


「瀬木根さんは座ってください。私はこのままで大丈夫ですから」


 多分、縁側というのだろう。家の中がみえている。座布団が二つあって、瀬木根は腰を下ろした。


「瀬木根さん、外から死神がここへ入ってきたのは、本当に久しい。ずいぶん昔のことになるが、海牛が砂浜で倒れていた氷生を、拾ってきた。それ以来になりますな」


「海牛っていうのは、あざらしみたいなやつですか。あの大きな」


「そうですね。あれは、ここらに住みついていますが、死神に危害を加えたりはしない。海に潜っていることもあるから、そこで食べ物をとっているんだと思います」


「他の生き物も大きいんですか、天子も」


「この世界に、天子はいない」

「死んだあと、どうするんですか。死んだ死神が、ここへ戻ってくるには」

「追放です。ここは、どこにもつながっていない。命は一つ、一回きりだ。一度外へ出た者は、二度とこの世界へは戻れない」


「どうして、そんなふうに」


「それぞれがこの世界で、安らかな生活を営むためです。五稜という死神と、外倉という死神が、様々な世界を巻き込んで、戦争をした。私たちはどちらの味方もせず、とにかく逃げた。


 しかし逃げても逃げても、戦争の火の粉は降りかかってきた。臆病、と笑ってくれてもかまいません。私たちは閉じた世界で、小さくてもいいから、平穏な生活をしたい」


 吉光が、ひどく小さく、瀬木根にはみえた。


 死神も可能性は低いが、戦闘以外で死ぬことはある。病気の類ではないが、事故なども起こり得るだろう。


「いま、外の世界はどういう状況です、瀬木根さん」


「吉光さんがおっしゃった、外倉、そして五稜という死神は、いまはもう神です。国を作ったということになっています。ただ、僕も詳しくはわかりません。ここにくるまで、宮内という神のもとにいましたので」


「宮内か」

「知っているんですか」

「ええ。しかし、宮内の国では生きたくなかった」

「どうしてです?」

「死神の感情や生き方を、支配したがる」

「宮内さんが、ということですか」


「心の奥に、なにか危ないものを持っている男だと思う」

「俺はあまり、宮内さんと長く一緒にいなかったので、そういう部分についてはよくわかりません」


 瀬木根は、木の周りを走っている氷生とグレイに目を向けた。吉光の言ってい出会った死神たちは、宮内に心酔しているような感じの言動を、よくとっていた。宗教のようだなと思った。宮内に近づきすぎるのは、危ないと、無意識に体が理解していた。


「なるほど。この辺りだと、神はその三人ということですね。もっと、遠くのことはわかりませんか」


「そうですね、すいません。役に立てなくて」


「いや、いいんだ。あなたが謝ることではない」


 宮内の国にくるまでのことは、言いたくなかった。


 春木に赤羽を殺されたこと、自分が春木を殺したこと、赤羽と春木の能力を、自分が奪ったこと。罪から逃げるつもりはなかったが、可能であれば、話すべきではないと思う。力は必要だが、無駄に恐れられる必要はない。複数の能力を持っているということは、すでに他の死神から、なんらかの形で奪ったことを意味する。


 羽村の言っていた通りだ。


 他の死神が、いまの自分をどうみるか。どう扱うのか。考えて行動しなければならない。


「私から一つ、お願いしたいことがあります」


 ゆっくり、そして噛みしめるように、吉光はそう言った。


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