表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【長編ダークファンタジー・完結済み】煙だけを食べる  作者: 佐藤さくや
第一章 原風景
10/46

十 こぼれる

 

 十 


 宮内が集めた死神は、二百ぐらいまで達した。


 自分と羽村が声をかけたのは二十人ぐらいだったが、その十倍近い死神が、宮内の住む街の広場に集結していた。


 さすがに街に住む天子たちも、その見慣れない状況に怯えているらしく、街はおかしな雰囲気に包まれている。


 広場だった。二百人もいるが、指揮をとるような死神はいない。


 それでも、死神たちはそこに静かに立っている。宮内がここにくるのをただ待っているのである。その中に、羽村と瀬木根はまぎれていた。


 羽村は、余計な混乱が起きる可能性があるからと言い、そばにずっといた。


 ただ、いまここににいる死神たちがそんなことを考えているようには、まったく思えなかった。


 しばらくすると、遠くの方で声がした。

 宮内が歩いてくる。


 それぞれの声がざわめきになり、広がった。

 宮内が、ふわりと体を浮かせた。


 瀬木根も羽村も、そして、他の死神もみんなが見上げている。


「俺たちの国の住民が、外倉にさらわれた。しっている通り、三日前だ。もう、こんなことが起きないようにしたい。


 伏せようかと思っていたが、管理をしていた死神の一人が、一度死んでいる。最後の死ではないので、生きてはいる。だが、そんなことはどうでもいい。


 俺たちの国に住んでいた人間を連れ去る行為、外倉のやっていること、考え、国の形、それらを俺は許していない。お前たちを前に出して、全面的に戦うことを望んでいるわけではない。


 ただ、この国の力がどれほどなのかをみせる必要がある。


 しかし当然、向こうの出方次第では、そのまま戦闘になる可能性もある。覚悟のあるやつだけがここにいる。だからもう、これ以上は言わなくていいはずだ」


 また、はじめてみせる、宮内の姿だった。冷たくも燃えている。そういう目をしている。


 この死神たちと宮内のつながりについて、瀬木根は一つもしらない。


 ただなんとなくそれぞれが、なにか共通のものを心の中に持っているのはわかる。


 人として、宮内の期待にこたえようとしている。みんな、見上げたままでいる。


「いこう」


 宮内が、背中を向ける。両の手のひらを、空にかざす。


 瀬木根は我に返った。目だけを動かして、周りを盗むようにみた。多分、自分もこういう表情をしていた。


 崇めるような、むしろ崇めたいような気持ちが、確かにある。


 宮内という男は、そういう不思議な魅力があった。それも含めて神なのかもしれない。


 重々しい巨大な扉が、宮内の前に現れた。


「いこう」


 もう一度、宮内は静かに言う。


 不意に、瀬木根は震えを感じた。死神たちが雄叫びを上げたのだ。全身を、声の響きが打ってくる。その迫力に圧倒された。


 死神たちのかたまりが、動き出した。瀬木根も体を浮かせる。流れが生じた。


 次々に大きな扉をくぐり抜けていく。先頭には宮内がいる。いや、みえはしない。


 宮内についていくのだと思っただけだ。扉をくぐる。違う空の下に出た。


 地上を歩いたりはしないらしい。速度は緩やかなものだ。列は乱れない。それぞれが、一定の速度を保って動いている。


 青い空の向こうがみえた。

 巨大な扉。

 次は夜らしい。それか暗い世界。


 近いのか。わからないが、前の死神たちの動きが次々に止まっていく。それにならって、瀬木根も宙にとどまった。


 上空に白くて長い線が、いきなり走った。布でもかぶっていたかのように、夜空が二つに割れていく。夜空は左右にずり下がっていき、真ん中からは、青い空が現れた。


 眩しく感じた。いや、本当に眩しい。


 夜空はどこかへ流れ去っていった。別の世界が、そこには広がっていた。


 視界は上下にのびた。


 高いところは崖のような感じの場所で、その上に建物が並んでいる。斜面はほぼ垂直になっていて、その最も低い部分から、また街が広がっている。


 空を飛んだまま、その崖に近づく。崖が壁のように感じられた。とてつもない大きさの壁だ。その下にある建物は、すべて平面にみえる。


 崖の端に、誰かが一人で立っている。背中を向けて、奥の方へ走り去っていった。


 ここはどういう街なのだろうか。


 さすがに二百ほどがかたまっていると、妙な安心感がある。グレイと一体化はしているが、ほとんど体力を使っていない。 


 前方で音がした。だが、大きな音だったにもかかわらず、手を叩いたような軽い感じに聞こえた。


「ここにいて。みてくるから」

「わかった」


 すぐに羽村の姿は、みえなくなった。


 宮内の動きはわからない。奥へ入っていったのかどうかもみえない。


 羽村が戻ってきた。


「宮内さんは、一人でこの先に入った。私たちはここで待機する」


 不服そうな顔で、羽村は横に並んだ。


 自分たちはここまでやる。そういうことをみせるために、宮内はこれだけの人数を連れてきた。しかもこの死神たちはみんな、戦闘系統の能力を持っている。


「グレイ、勝手に離れるな」


 グレイが肩のあたりから、顔を半分だけ出していた。


 瀬木根はグレイの頭をおさえ込んだ。


「だって、暇なんだもん」

「いつなにがあるか、わからないだろ。ここは敵の領地なんだぞ」

「じゃあ、早く戦いたい。殺して、新しい能力がほしい」


 瀬木根は思わず、グレイの頭を叩いた。幸い、羽村や周りの死神には聞こえていないようだ。


「痛い」

「グレイ。いいかげんにしろ。殺すなんて簡単に言うな。怒るぞ」

「だって、新しい能力欲しいんだもん」

「能力を奪うってことは、その死神は本当に死ぬってことだぞ」

「そうだよ」


「お前な。死神を殺すってことは、悪いことなんだぞ」


 グレイの声は、半分は一体化しているので、瀬木根にしか聞こえない。瀬木根の声もグレイにだけ届いていた。


 グレイには、説明しても無駄だとはわかっている。それでも瀬木根は言いたかった。


 自分がしたことを正しいと思うことは、多分死ぬまでないと思う。


 なにが起きているのかわからない状況だが、勝手に動こうとする死神は一人もいない。


「宮内さんだ、戻ってきたぞ」


 大きな声が響いた。


「助け出したぞ」


 大きな声。宮内の声だった。


 歓声が上がる。死神たちが広がって、瀬木根にも宮内の姿がみえるようになった。そばに、三人の男がいた。


「誰か、手をかしてやってくれ。こいつらは、空を飛べないんだ」


 宮内が言うと、近くにいた数人が崖の方まで近づいた。


 崖の奥。建物の屋根の上に、誰かが一人で立っていることに瀬木根は気づいた。


 消えた。


「離れろ」


 宮内がそう叫んだ瞬間、宮内のそばにいた死神たちがいきなり燃えた。


 男が、体を浮かせていた。


「騒がしいからきてみたけど、なんの用だよ。久しぶりだな、宮内」


「外倉、お前」

「どうせ生き返るんだから、そんなに怒るなよ。どうせ、まだ何回かあるんだろ?」

「殺すぞ、外倉」


「やってみろよ。俺もこいつら全員、ここで殺しちゃうぞ?」

「させないよ」


 宮内がそう言うと同時に、不意に大きなものに包まれた。


「これでお前の能力は、もう使えない。消えろ、外倉。俺がまだ冷静なうちにな」


「はいはい、わかりました、わかりました。こっちは人手が足りないんだから、三人ぐらいもらっても、問題ないだろ」

「お前が働けばいいだろ」

「やだよ」


 この男が外倉。さっきの三人は大丈夫なのか。

「なあ、宮内。この能力ってさ。外からなら、簡単に壊せるよね」


 外倉の体が燃えて、消えた。

 春木の能力と同じものなのか。


 みえない、なにか膜のようなものが割れた。


「ちょうど女も足りなかったんだよ。器量のいいのがさあ」


 気づくと外倉は、瀬木根のそばにいた羽村の首に腕を回して、体を触っていた。一瞬で、移動した。


「触るな」


 羽村が、振りほどこうとした。


「生意気だなお前。燃やすぞ、くそ女」


 外倉の右手が、不意に炎を帯びた。


 赤羽の能力を、瀬木根は使った。思わず、体が動いた。


 瀬木根は剣を出し、外倉のその右手を斬り飛ばした。もう、グレイは完全に一体化している。


「なにしてんの」


 確かに斬ったはずの右手が、そこにある。外倉は手を握ったり、開いたりしている。


「お前も死ぬか?」


 外倉が腕を伸ばしてくる。いきなり、宮内がそこに現れた。外倉の腕をつかむ。なにかが折れたような音がした。


「羽村、大丈夫か」

「はい、私はなにも」


 宮内は、白いものを持っていた。よくみると腕だった。凍った腕だ。


「なんだよ、さっきから。腕斬られて、今度は氷漬けかよ、痛えな、馬鹿」


 少し離れたところで外倉が笑いながら、右手をおさえていた。肘から先がない。


「それぐらいで、お前は死なないだろ」

「わかったよ。帰るよ、もう」


 外倉の手が一瞬、燃えた。すると炎は腕の形に変化した。


 消えた。完全にそこからいなくなったのではなく、崖の奥に一瞬だけ、背中がみえた。そのまま、気配もなにも感じなくなった。


 その場が、しんと静まりかえった。


「三人は、転生している」


 大きな声で宮内が言った。


「もう、新しい天子の体を手に入れているだろう。場所は、こちらで把握している。特に問題はない。外倉がここまで出てくるということを、予想していなかった。


 俺の油断だ。そのせいで三人は一度死んだ。三人とも最後の死ではないが、これは俺の責任だ。すまない」


 宮内はみんなの前で、深く頭を下げた。


 宮内のすぐそばにいた瀬木根は、どうしたらいいのかわからず、周りを見回した。


 しかし、他の死神たちもお互いの顔を見合うばかりで、なにも言葉を発しない。


「宮内さんが見慣れないことをするから、みんなどうしていいかわからなくて、困ってますよ、ほら」


 羽村が言うと、宮内は顔を上げて、周りにいた死神たちの眼をゆっくりと見回した。


「俺たちは、宮内さんに頼ってばっかりだから。こういうとき、宮内さんがなにか言ってくれないと、どうすることもできないんです」


「そうですよ、宮内さん。宮内さんはなにも悪くない。外倉が、あんな国を作ってしまったのが悪いんですよ」


「死んだやつらだって、絶対に宮内さんを悪く言ったりしてないはずです」


 口々に、死神たちが喋り出した。瀬木根は、ただそれをみていた。


 宮内が、小さく頷く。


「ありがとう。その言葉に、未熟な俺は救われるよ、本当に」


 瀬木根も助け出そうとした死神が、外倉に殺されてしまったことに関して、宮内が悪いとは思わない。


 集まった二百が再び動き出す。二つに分かれて、死んでしまった三人の死神を迎えにいくことになった。


 その死神たちは、まだ三回生きられる。宮内を責めることはないはずだ。


 瀬木根は、羽村とも宮内とも離れた。移動系統の能力がいらない、すぐ近くに、一人はいるとのことだった。


「なあ、あんた」


 目的の街について、歩いていると、一人の死神が話しかけてきた。体が小さい死神だった。


「俺は、小沢っていうんだけど、あんたは瀬木根さんであってるか」


「ああ、そうだ」

「春木さんと戦って、勝ったんだろ。そして、春木さんの能力はあんたが持ってるって話だが、そうなのか」


「炎の能力は俺が持ってる。ほしくて、手に入れたわけじゃないが」


「いろんな噂が流れてたからな。俺は、本当のことがしりたいんだ」

「どういうことだ」


「あんたが、春木さんと戦った理由だよ」


 小沢にどういう意図があって聞いてきたのか、瀬木根にはわからなかった。


「小沢、だったな。お前と春木さんは親しかったのか?」


「いや。ほとんど話したこともないよ。でも春木さんは、この国では有名だった。宮内さんの右腕だったからな」


「そうなのか。俺はただ、春木さんが俺たちの国を襲ってくるから、自分たちの街を守るために、戦ってただけだ。


 それに、春木さんは俺の仲間を一人、焼き殺した。話をしたことは一回もない」


「そうか、そうなんだな。やっぱり、おかしなことなんてないんだな」


「おかしなことっていうのは?」


「いや、なんでもないんだ。俺は元々、外倉の国にいた。でも、あいつらとは合わなかった。それで逃げ出したんだ」


「外倉っていうあの男も、神なのか」


「あんた、なに言ってんだ。そりゃそうだろ」


 小沢が驚いているが、自分が無知であることはよくわかっていたので、瀬木根はおかしいとは思わなかった。


 目的の建物についた。


 瀬木根たちは二十人程度で、他の死神たちはみんな、羽村と宮内の方へいった。あの街と同じだ。


 瀬木根たちがたどりついたのは、刑務所だった。やはり、罪を犯した天子の体を使うのは、ここでも同じらしい。


 瀬木根や小沢たちは、門の前で待つことになった。 


 天子たちは、そこまで珍しいものではないらしく、遠くの方からこちらを眺めているだけだ。


 小沢とグレイがよくわからない、どうでもいいような話をしていると、中に入った死神たちが出てきた。

 

 連れ去られた死神は、確かにそこにいた。小沢がその死神を背負い、宮内の街まで運ぶことになった。


「俺の能力は、風を操ることだから、誰かを背負って移動するなんてのは、簡単なことなんだ」


 確かに、小沢の表情には十分な余裕がある。小沢の相棒は、手のひらに乗るほどの小鳥で、小沢のすぐそばで羽ばたいている。


 宮内の街の広場でしばらく待っていると、宮内、そして羽村たちが戻ってきた。他の二人の死神も、そこにいた。


 三人が宮内の住む館へ連れていかれ、他の死神たちは散会となった。ただ、瀬木根はあとから呼びにいくと言われていて、広場の長椅子に腰を降ろし、宮内を待っていた。


 街の中にいればいいと言われていたが、一番自分をみつけやすいのはここだろうと、瀬木根は思い、そこを動かなかった。


 水路があり、広場の真ん中の広がりに少しだけたまって、また流れていく。水は、綺麗だった。なんの匂いもない。そして透きとおっている。


 池のようなところの端には、石の囲いがあり、そこに腰を降ろして休んでいる天子がいる。


 もう、喧騒の気配はこの街にはない。


「すまない、瀬木根。待たせたな」


 顔を上げると、宮内がそこに一人で立っていた。


「いえ、大丈夫です」


「話というのはな、率直に言うと、お前をこの国においておけないから、出ていってもらいたいっていう、お願いだ」


「荷物の中で、必要なものはありません。もし、いますぐに出ていかないといけないなら、部屋にあるものは、全部捨ててしまってかまいません」


「理由もなにも聞かないのか、瀬木根」


「予想はつきます。だから、言わないでください。俺は一度でもここにおいてもらって、本当に助かりました。ありがとうございました」


 グレイも黙ったまま、漂っている。もう、ここに未練はないというような感じで、宮内の方すらみていない。瀬木根と同じように、きっとここにはもう、いられないとわかっているのだ。


 宮内は驚きを隠さず、そして、明らかに瀬木根の態度に戸惑った。


「これはせんべつだ。外倉の国や、そして五稜の国がここから近い。もし向かうなら、五稜の国がいいと思う」


 沈黙のあと、宮内は続ける。


「これは、その五稜という神がいる国のお金ですか?」

「そうだな」


「助かります。ありがとうございます」


 紙幣の束を瀬木根は受け取り、立ち上がった。グレイに声をかけると、ふわふわと浮き上がった。


 瀬木根は、スマートフォンを取り出し、宮内に渡した。それから頭を下げ、その場をあとにした。


「すまない」


 小さな声で、宮内は言った。瀬木根の背中に、確かにその言葉は届いた。


 広場を出ると、羽村がいた。


「こっち」


 街を出るための案内をしてくれるのだろう。

「俺は旅をするよ。五稜っていう神がいる国への近道を作ってくれるんだろ。俺はいかないから、大丈夫」


 羽村は黙ったまま、なにも言わない。


「助けてくれてありがとう。あのとき」


 うん、と瀬木根は呟き、首を少し動かした。

 歩いて街の外れまできた。羽村も、黙ってうしろをついてくる。


「じゃあ、さよなら」


 そう言って、瀬木根は手を上げる。グレイはまったく喋らず、空を漂っている。


 勝手なことをしたのは、自分だ。だが、後悔も未練もない。


 少し進むと、道が、砂利混じりに変わった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ