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【長編ダークファンタジー・完結済み】煙だけを食べる  作者: 佐藤さくや
第一章 原風景
1/46

一 画竜


 一

 

 死んだ。


 六人がそこに立っている。


 場所は古いビルの最上階にある、四畳ほどの窓のない喫煙室。


 換気の具合はよくない。そして、蛍光灯はいつも必要以上に光っている。


 同僚も上司もそこにいる。ただ目も合わせないし、口も開かない。


 それぞれ同じように白いシャツの上に黒いスーツを着て、革靴を履いていた。


 その中の一人、瀬木根せきねという。

 あごが細くて頰に肉がない。


 頭からつま先までやせ細った男だった。


 タールが増えのは先週ぐらいか、はっきりとは覚えてはいない。吸った瞬間、口に悪いものをふくんだとはっきりとわかる。


 でももう悪い気はしない。瀬木根はしょうがないと思うのだった。タールが増えたのは後輩の吸っていたものを一本もらって、そっちに変えたからだ。


 そこにいる六人で一つのチームだった。


 最近の案件は、ちょっと重すぎると瀬木根は思う。


 最終的には自分で選んだわけだが、さすがに疲れる。

 というより、疲れた。


 さっきので大きな山は抜けたのだ。


 現場は、瀬木根たちが人として生きていた世界とは大きく異なっていた。


 いないものがいて、ないものがあって、起こり得ないことが平然と起こる。


 まだすべてを把握したわけではないが、向こうの事情もそれなりにしった。


 使ってもいい天子てんしと呼ばれる存在の体を借りて、自分の体のように扱う。


 天子はどうみても人で、背中に羽なんかもないし、頭に輪っかもついてはいない。


 こちらが接続を切ると自分たちの体はこのビルに戻ってきて、現場の時間は止まる。


 まるでゲームのようだった。

 殺された場合もビルに戻ってくる。


 それが、死。


 正直なところ、もう死に慣れている。


 それでも最近はそういうことも少ない。

 

 尺が長いから、いちいち死んでいられないのだった。しかし、本当の意味で死んだ人間なのだから、自分たちが死んだ世界で仕事をするのが普通じゃないのかと、瀬木根は思う。

 

 クライアントは人間じゃない。


 生物でもない。

 

 神だ。


 やたらと陽気で無鉄砲なことばかりやらせる、背の小さい童顔だった。


「働け、かすども」


 へらへらしながらその神が入ってきた。名前はしらない。あるのかどうかもわからない。


「お疲れっす」


 後輩が首だけを動かしてそう言った。


 名前は赤羽という。


 二十代後半で死に、最近ここに来た男だった。


 鼻が高くて目は細い。両肩から手首まで雷のような模様の、刺青が入っている。


 タールが増えたのは赤羽のせいだった。


 言葉使いは悪いが、一緒に動いてみて馬鹿ではないと瀬木根は思った。だが、お互いのことは、あまりしらないようにしていた。


訳ありなのはあからさまだったし、自分自身、喋りたくなかった。


 煙草を灰皿に押しつけて瀬木根は無言で喫煙室を出た。


 赤羽も当たり前のように瀬木根のうしろについてくる。


「ここからは、二人だな」


 瀬木根が歩きながら言うと、そうですね、と赤羽は気の抜けた声で返してきた。


 瀬木根はその廊下にある一枚の扉を押して、開けた。すべてが白んでいる。踏み込んで、その空間に体を入れた。


 その瞬間から、銃撃戦。

 時間は動き出す。


 瀬木根たちの中ではこの世界は現世と呼ばれている。


 住んでいるのはみんな天子だ。基本的には天子を守り、戦うのが瀬木根たちだった。


 思っていたような地獄も天国もない。でも自分たちは死んだのだから、あの世なのはまちがいないだろう。


 瀬木根たちには呼び名があった。ただ、神は神でも死神だった。昔みた、古いエスエフ映画を全部混ぜた感じだと瀬木根は思った。


 もう使われていない古い地下鉄の出入り口。


 瀬木根と赤羽は体を低くしていた。街は、二つの川の水に囲まれた、島のような場所だった。


 生きているのは瀬木根と赤羽の二人だけで、他の四人は死んだ。応援はない。


 隠れているわけではなかった。とりあえず、一度ログアウトするために潜っただけだ。


「いくか」


 自称、死神の鎌。人の頭ぐらいの大きさの灰色の毛玉が言った。


 理屈はよくわからないが、こいつが力をかしてくれる。死神一人に一匹という感じだった。グレイという名前。自分で名づけたのか命名されたのかはしらない。


 くっついてきて、自分たちの補助をしてくれる役目。


 そういう生き物、または毛玉。瀬木根はそういうふうにだけ、考えるようにしていた。


 偉そうにのこのことグレイが出ていった。

 瞬間、爆撃された。


「馬鹿」


 空中で瀬木根は叫んだ。


「勝手に動くなって言ってるだろ、なんでわざわざお前が出ていくんだよ」


 一緒にグレイも吹っ飛ばされていた。


「痛いよー」

「嘘つけ」


 ふざけて喋っているグレイの頭を掴む。


 一時的に能力を得る。それでいくつかの規則を無視できる。空中で、瀬木根は完全に静止した。


 撃ってきた敵の死神が視界に入る。勝てばいい。いまはそれだけだった。


 赤羽の方が先に動いた。瀬木根も続く。


 別の方向へ飛んだ。


 倍近い人数がいる。


 撃つより殴るか、蹴るか、斬るか。


 そっちの方が早い場合も多い。単純といえば単純だ。


 使える能力は死神によって違う。


 よくある世界でよくあるシナリオだ。


 でも、違う部分もある。


 お前らとは背負ってるものが全然違う。


 コンクリートの分厚い壁。


 その向こうの自動販売機。敵の死神がそこに背中を当てている。


 だから、生きてる理由が違う。

 戦う理由が違う。覚悟が違う。


 そう思えたら、こんな第二の人生も悪くないのかもな。


 あいにく俺はからっぽで、その上、わけのわからないことであっさり死んだ馬鹿だ。背負うものなんてみつかる前に死んだ馬鹿だ。


 まとめて、瀬木根は拳一つで粉々にした。


 瓦礫が崩れて止まった。それでなんの音もしなくなった。敵の死神の体は、もうそこにはない。


 うしろをみると赤羽もすべて片づけてしまっていた。


「よし、進むぞ」


「ちょっと待ってください、いま、いきますから」


 赤羽が能力を解除して、横に並んだ。


 グレイはいつも歩かず、空を飛ぶ。いまも瀬木根の上をふわふわと漂っていた。多分、半分眠っている。いつものことだった。


 運命を定める場所。それがここだという。


 正と負の運命が常にせめぎ合って時は成り、そして進む。点だと思ったそれが、実は球体だった。神はそう言った。目にはみえないが、瀬木根には想像はできた。


「まずそこに無限があり、それをより合わせて、世界ができる」


 神は格好つけて、そんなことも言っていた。


 自分たちがいましていることが人として生きていた頃の世界に、なにかしらの影響を与える。


 大まかにはそんなところだろうと瀬木根は考えた。


 瀬木根は歩き進んだ。


 敵地に乗り込んだ形だった。

 

 今回の内容はただ攻めていくだけだった。天子はここらには住んでいない。 


 いきなりなにかしらの攻撃がきた。飛んできた。


 攻撃ではなく、死神だった。


 名前はもちろんしらないし、どういう理由でわざわざこんな殺し合いをしているのかもしらない。


 ただ、瀬木根は何回かその男の顔をみていた。


 神には、そのことは詳しく言っていない。

 しかし、神はなにかしっているような感じがあった。


「なんだ、一人か」


 赤羽が言う。


 爆風。

 それと、炎。


 弾けるように、瀬木根と赤羽は距離をとる。

 死ぬ前に自分はなにをしたのか。


 能力はおそらく、それに依存する。


 自分にはなにもない。なんのこだわりもない。

 だから能力にも脈絡や統一性がなのだろう、と瀬木根は考えている。


 赤羽は違う。自分の相棒と一体化した際、体が平面になる。


 この現世の規則を無視できるという部分は瀬木根と共通するが、赤羽のようなことを瀬木根はできない。


 赤羽の体は、すでに紙のようになっている。体全体が薄い。一方からはあまりに薄すぎて、赤羽がみえないほどだ。


 ただ、あくまで体はこっちの天子のものを借りているだけだ。


 死神は本当の意味では死なないが、この世界から追い出されることは、仕事上、死んだのと同じことだ。


 もう一方からも、攻撃がきた。瀬木根はグレイに触れる。


 赤羽に背を向ける形になった。それぞれ応戦する。

 合図はないが、お互いがそう理解した。


「新入りか」


 避けながら、瀬木根は大きな戦斧で斬りかかってきた男に話しかける。

 瀬木根の悪い癖だった。ほんの少しの怖いものみたさ。それだった。


 自分より若い。しかし、体は大きな男だった。


 瀬木根の言葉を無視して、さらに男は斬りかかってくる。


 頭上に振り下ろされた戦斧せんぷ。瀬木根はそれに手のひらを向けた。手を叩くような乾いた軽い音だった。


 男の戦斧は、弾け飛んだ。


 相手じゃない。そう思いながら、拳を男に叩き込んだ。


 違和感があった。瀬木根はなにも殴れなかったのだ。誰もそこにいない。


 火に包まれた男が、遠くで二人を見下ろしていた。


 その男の能力だった。


 男の横に、赤い塊がいくつか生じた。


 それがさっきの戦斧の男になった。十人以上。完全な実体としてそこにいる。


 科学は詳しくない。そもそも、この世界でそういうものが通用するのかどうか疑問だ。だから、能力が変化したっておかしくはない。


 男の周りの火が消えた。同時に、周りの戦斧を持った男たちが、走り出した。


 瀬木根たちの方へ向かってくる。


 多分、こいつらは何回倒したって、また増える。


「赤羽、こいつらに構うな。幻みたいなものだ」


 言いながら、瀬木根はグレイを呼び寄せ、触って能力を足した。


 前方で、吹かれたように薄い赤羽の体が舞い上がる。


 やはり薄すぎて、時々、視界からいきなり消える。


 敵の半分は、自分に向かってくる。遠くをみると、さらに数が増えていた。


 目の前の敵の顔が、はっきりとわかる距離になる。瀬木根にはもう、赤羽を気にする余裕もなくなった。


 振り回される戦斧をかいくぐり、殴る。囲まれないように壁側による。


 上の方で、低い音がなった。煙と大きな黒い塊。


 赤羽がやられたのか。

 真横。


 炎だった。その中に男がいた。


 爆発、熱風、すべてを瀬木根はまともに食らった。体の表面が少し熱い。


 感じたのはそれだけだった。


 部屋というより、ただの空間。


 白だけで、自分たちがそこに浮いているような感じだった。仕事部屋で、瀬木根は目を覚ました。赤羽も瀬木根の隣りで目を覚まし、体を起こす。


「なんか、あった?」


 そう言って神が扉を開けて入ってきた。扉の向こうはいつもの廊下で、そこだけが不自然にはっきりと映る。


「なんか、炎を出すやつがいて、燃やされました」


 赤羽が、神に答えた。


「瀬木根、確かお前が前に言ってたやつだな?」


「そうですね。多分」


「ふうん。二回目か。また負けたのかよ、使えねえなあ」


 そう言って、神は背を向けた。


「俺が向こうにいけたら、一発なのになあ」


 神の声は、少しだけ不機嫌な感じに変わっていた。


 そう言われて、瀬木根は腹が立った。しかし、瀬木根は不思議に思った。別に腹を立てる理由はない。


 神は、自分たちから興味を失ったような感じでその場をあとにして、どこかへ消えた。


「次は、また最初からですよね」


「そうだな。それか、別の仕事だろうな」


 話しながら、瀬木根と赤羽は廊下へ出た。横に並んで歩く。


 喫煙室の反対側の、廊下の向こう側。そこにも世界がちゃんとある。


 ビルの最上階だった。窓から見下ろすのは、地方の寂れた街。


 普通に生活がある。時間が進んでいる。誰かが生きている。


 そうらしい。このビルから、外へ出ることはできないので、わからないのだ。


 突き当たりの階段を上がって、二人は屋上へ出る。

 いつも見下ろしてばかりだった。


 夕方だった。吸うなら、ここで吸いたい。


 しかし、それは神に禁じられていた。


 低すぎて意味のない柵に肘を乗せて、瀬木根はため息をついた。


 なにが本物なのか、正直もうわからない。

 生きているのか、死んでいるのか。


 その境界も。

 時間が経つほどに、変わっていく。


 しばらくして、赤羽が吸ってきますと言って降りていった。


 遠くをみていたら、なにかがみえる気がしていた。


 視線を変えず、瀬木根は街と赤い空の境目を見ていた。

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