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「竹―っ、竹の中に入ってるー」
その青い目を輝かせて覗き込んでいるのは、高さ十五センチくらいの竹筒の器の中に抹茶パフェが入ったもの。
パフェと言っても器から溢れ出ているようなものではなく、竹筒の切り口に沿って生クリームが綺麗に敷き詰められており、その上に抹茶の粉で花の模様が描かれている。
「本当に食べなくていいの?」
彼女は臙脂色をした漆塗りスプーンの先を唇にあてながら、白目をむいている僕の前にある冷たいほうじ茶に注目していた。
「お、俺は、いいの。ほうじ茶が、好きだから」
今朝、ずっと抑え込んでいた感情が溢れ、ついあんな恥ずかしい台詞を吐き、最終的に「とりあえず乗りな!」というなんだか姐御みたいな口調で、チャリの二人乗りを発動したわけだ。
「そっかー、じゃあ、いただきまぁす!」
要するに、ただの学校のサボリだな。
「おいしーっ!あー、中、中、ベリー系の味がするー!」
抹茶の粉と生クリームに覆われていたパフェの中身に感動している彼女は、とても楽しそうだ。
「三時間かけて、自転車で来て良かったね~!」
いや、漕いだの俺だからね!
とは、言わないよ。
俺が勝手にかっこつけてやっただけのことだからさ……、俺の後ろに腰かけた理沙に、肩だの腰だのつかまれて、無駄にテンション上がっちゃったんだよねぇ。
まぁ、何も部活に入ってない俺にとっては少々……というか疲労感が半端ないので、せっかく京都銘茶店の新店舗にゴールしたのにもかかわらず、冷たいほうじ茶しか飲む気になれなかった。
ま、そんなことはいいんだよ。
「そういえば、理沙」
「ん?」
一体君に何から聞いていけばいいのだろう。
「ドイツはどうだった?」
は!
「ドイツかぁ……」
反応が……地雷踏んだ?
「ハムとチーズとザウアークラウト」
「ざ、ざう?」
「酸っぱいキャベツの千切り」
「何それ、まずそう……」
彼女は青い目を一瞬まるくさせた後、ふふふと笑った。
「ドイツの食事ってそんなのばっかだよ」
「へ~そうなんだぁ……」
この一週間、会えば学校の話しかしてこなかったから、なんだかそわそわする。
「おばあちゃん家ってどんなとこにあるの?」
「ハノーファー」
「は、はの?」
「どちらかと言えば北部の方で、緑もたくさんあって、いいところだよ」
「へ~、俺、ベルリンぐらいしか知らないかも」
またも彼女はふふふと笑う。
「……良かった」
「ん?」
彼女はついさっきまで、パフェにはしゃいでいたはずなのに。
「私が日本に戻って来たのって、ドイツのおばあちゃんが亡くなったからなの」
過去が絡む話になると。
「私ももう十八歳になったし、そのままドイツに残る道もあったかもしれないんだけど」
途端に憂いを帯びて。
「ドイツに、ハノーファーに、いたくなくて」
俺はまた言葉を失くしてしまう。
「結局また、とりあえずあんな両親のところにいるの」
竹筒の中に残る抹茶アイスは溶けることをやめず。
「高校を卒業したら、一人暮らしするつもり。でも、その前に」
青い目は何かを訴えかけるように。
「夏樹くんに会いにきたの」
言葉と共に、俺に届く。
「夏樹くんに……会いたくなったの」
心の奥深いところでずっとずっと思っていたんだ。
彼女はこの世界に生きているのかな?
もし、生きているのなら
彼女は今どこにいて、誰を想っているのだろうって。