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しゃわしゃわしゃわしゃわ


庭を覆う木々が揺れる音を背に、中学の新しい制服に身を包んだ僕は、彼女の家の呼び鈴をいつものように押していた。


しゃわしゃわしゃわしゃわ


何だか胸騒ぎがするのはなぜだろう。


カチャ……


扉を開けたのは、まるで(ろう)人形のような表情をした、ドイツ人である彼女の母だった。


「理沙ハ、イナク、ナリマシタ」


え?


「コノアタリ、探シ、マシタ。今、モット、広ク、広ク、探シテ、イマス」


しゃわしゃわしゃわしゃわ


「何ガ、アッタカ、分カリマセン」


しゃわしゃわしゃわしゃわ


「デモ、見ツカルマデハ、誰ニモ、言ワナイデ、騒ガナイデ、欲シイ」











「そんなの嘘だよ、全部」

「はい?」


昼休み、誰もいない部室棟裏で、コンクリートの段差に座って紙パックの紅茶を飲みながら理沙は平然とそう言った。


「手段選ばないからね、うちの両親」


『我が子が失踪した』、そんな嘘が、この世界に、存在するのか?


俺はカレーパンを持った右手を上げることさえできず、ただただ幻から突如現れた彼女の前で立ち尽くしていた。


「じゃあ、一体どこに……」

「ドイツ」


はぁぁ……、外国かよ……。


「どうして……」


伏せがちな青い目が、濁る。


「フセイ」

「はい?」


ストローを加えたまま、その目が俺を捉えた。


「パパの、不正を暴いたの」


しゃわしゃわしゃわしゃわ


「警察の不祥事ってやつ。もうね、捜査費を自分のものにしまくってたみたいでさ……、それに、やばいところともつながってて……黒い交際」


俺が今生きている世界では使わない日本語を、ドイツ人の血が流れている女の子が目の前で事も無げに使っている。


この子は、あの『理沙ちゃん』だよな?


「それで、なんか私、あの頃、正義感強くてさ」


しゃわしゃわしゃわしゃわ


「電話を録音するのにボイスレコーダーなんて使っちゃったり、パパの後輩に相談しようとしたり……」


しゃわしゃわしゃわしゃわ


「そしたらね、ドイツのおばあちゃん家に弾き飛ばされちゃったの」


告白する彼女を覆う音は、まるで、あの日彼女の家の玄関先で俺を覆った揺れる木々と同じ音のよう。


「子供なんかに何ができるって感じだったんだろうけど」


実際は、部室棟裏にあるただ大きな木が風になびいている音にもかかわらず。


「目障りだったんだろうな」


暗い影を落としている記憶と重なり。


「ま、私なんて、どこにもいない方がいいんだよ」


俺にはまだ知る由もない彼女の歩んできた道に、心が痛んだ。

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