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分かっている、つもりでいた。
あなたを好きになってから、最初で最後の夢見心地。
レーズンと刻んだオレンジピールをラム酒に絡め、ボウルに強力粉やベーキングパウダーなどをふるい入れている間にも、私の心はあなたの言葉や仕草を思いきり吸い込んだ。
閉ざされた空間、そしてもしかしたら会えるのも最後かもしれないから。
周りの目や今後の関係も気にしないで済むことで、私の中で湧き上がる素直な反応を返し、あなたはそれに微笑む。
もう十分だ、もう十分。
様々な材料をひとつにまとめた生地を天板にのせ、あまりの手先の不器用さに二人で笑い合いながら楕円に伸ばして形を整えてゆく。
やっと入れたオーブンで約四十分、時は確実に、シュト―レンを完成へと近づけてゆく。
「この髪、日本人の美容師にやってもらったんだ」
「えっ」
日本か……
床に沿って連なるダークブラウンのキッチン扉に挟まれるように存在する、黒を基調としたビルトインオーブン。私たちはどういうわけかその前で膝を抱えて座り、シュト―レンが焼けるのを待っていた。ルカは軽くウェーブがかった前髪を指先でいじっている。
「知り合いがさ、日本人の美容師はやばいくらい丁寧で、理想通りになるって言うからさ」
「そっかぁ、うん、ほんとそうだと思うよ。私もドイツ来たばっかりの時、適当に入った近所の美容師さんに切ってもらったけど、二度と行きたくないと思ったもん」
「二度と?」
「二度と。だって切り方も乾かし方も適当で、切る前より髪が爆発してたんだもん」
屈託無く笑う想い人の姿に目を細めて、曲げた膝を抱えていた両腕に鼻先まで顔を埋めた。
親友の彼氏に対して頬の火照りを隠している私は……、一体何をしているの?
「で、この髪、似合う?」
分かっている、つもりでいた。彼は。
「……似合うよ」
彼は。
あれはもう何年生のことだったか。
いつものようにルカと何でもない話をして別れたすぐ後に、知らない女子たちの話し声を聞いてしまったの。
「さっきのやつでしょ、手当たり次第っていう噂の」
「あー、ちょっとかっこいいからって、最低」
振り向いて、彼女たちの視線の先が彼かどうか、確かめれば良かったのよ。
なのに、嫌な予感だけを心に浮かべた私は。
知ろうともしなかった、本当のことなんて。
そう、父親の不正を暴こうとした私が、想う人の嫌な部分は避けるように目を瞑り続けたの……。
ばかみたいに。




