12
私は間違いなく、アニカのことが好きだ。
あれからも、ずっと。
「レーズン、オレンジピール、くるみ……」
スマートフォンに目線を落としながらメモを読み上げた後、製菓材料が並べられている棚に手を伸ばした。
刻一刻と今も過ぎ去り続ける日々は、まるで私の胸の痛みなどなかったことにするかのように、おおらかに振る舞う。
人々は落ち葉を踏み歩く感触を無意識に楽しみ、モミの木に施されたイルミネーションに心を躍らせ、庭の花が暖かさに目を覚まし始めたことに喜んでいた。
日々はおおらかに振る舞う、何事もなかったかのように。
誰も、私が傷つき、音も立てずに湖の底に堕ちていったことなど、知る由もない。
アニカとルカが付き合っていると聞いたあの日から、半年ほど経っただろうか。やっぱり、私からは詳しく聞かないようにしている。
未だに傷つく自分が不甲斐ないから。
「材料はこんなものかな」
今年はギムナジウムの卒業試験であるアビトュ―アが控えているにもかかわらず、私が今日家に帰ってしようとしていることはシュト―レン作りだった。
今までお菓子作りになんか興味もなかったくせに、クリスマスまでに極めてみようかな、なんて、暖かな日差しの降り注ぐ4月の始まりに遥か彼方のイベントに向けて現実を逃避する私。
そうだ、アニカにプレゼントしよう、上手く焼けるようになったら、アニカに。
シュト―レンの材料が入った袋を腕に自動ドアを出て、アルディというスーパーマーケットのカラフルな看板の前を通り過ぎた。
「あったかいなぁ……」
肌に触れた生温い風に突然、意識の奥底にある、幼き日に過ごした暖かい庭の光景が蘇った。
私は一生、ここにいるのかな?
ふと見上げた歩行者信号が、赤い人影を映す。
歩みを止めようとする私の青い目に、道路を挟んで、見慣れていた人影が映る。
見慣れていた、はず。
見慣れて、跡形もなく、消えて。
いつの間にか、親友の恋人になっていた人。
「ルカッ……」
その日、出会って何年も経ってから初めて、自分から彼の名を呼んだ。
「いつでも呼んでよ」と言い続けてくれていた、彼の名を。




