表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/19

「理沙はもう呪文を唱えるな」


夏樹くんがそんなことを突然言い出したのは、私たちが小学校高学年になった頃のことだった。


「代わりに俺が唱えるから」


サッカークラブの試合後、彼のチームが負けた度、彼がベンチに下げられた度、彼がボールを蹴り損ねてこけた度に、うなだれて私の前に現れるから。

呪文を唱えて私なりに元気づけていたのだけれど。


「アイン、ツヴァイ、ドライ?」

「そうだよ、それ」

「自分のために自分で唱えるの?」

「ばっか、そうじゃなくて」


勢いづいて、真正面から両手をぎゅっとつかまれた。


「これからは理沙が元気ない時に、俺が唱える番!」


―――はっ


気づけば、赤い屋根に薄橙色のレンガ造りの建物が私の周りを囲んでいた。


まだ馴染めていないドイツの学校、ギムナジウムの中庭にあるベンチで見ていた夢は、遠い異国のいつかの記憶。


そうだ……、夏樹くんってば、あの後、真っ赤になりながら急いで手を離してたなぁ。


ふふ……。


漏れた笑いと相反して流れる、一粒の涙。


夏樹くん……、今だよ。


唱えてよ。


あの、本当は意味も何もない呪文を。


視界が(にじ)む青い目に、遠くから二人の人影が映る。


アイン


考えたの。まだ携帯を持たされていない私たちでも、手紙を送ったり、家に国際電話をかけたり、連絡を取る方法はあるんじゃないかって。


ツヴァイ


でも、思ったの。私は夏樹くんに何を伝えればいいの。


ドライ


もう一生会えないかもしれない好きな人に、何を伝えればいいの?


「リサー」


徐々に近づく人影の一人であるアニカが、私に手を振り呼びかける。


彼女の傍らには、背の高い少し年上のような男の子がいる。


潤む青い目をつぶり、再び大きく開けた時には、私の中で何かがはずれた。


心からはらりとはらりと()がれ落ちるガラスの破片に、夏樹くんの笑顔が散らつく。


私はもう戻れない。


ここで出会った人たちと生きていくの。


さようなら。


私の大好きな、夏樹くん。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ