老剣士の旅立ち
齢60を過ぎた老剣士クラム=マッキンリーは朝早く起きる体をそのままベットに寝そべり物思いに耽っていた。
兄のジョナサン=マッキンリーを病で無くしてから1週間が経ち、兄が勤めていた騎士長の座につくか、隠居するか決めかねていた。
本来であれば武術指南役兼騎士長代理を勤め騎士達から信頼も厚いクラムが選ばれて当然ではあったが数々の功績と、甥の騎士フォードが力つけて来ておりクラムと同じように信頼される男であったため、クラムの歳から考えてもそちらへ位を譲ってもよいとの王の考えであった。
「さてどうしたものか‥」
クラムが昇ったばかりの朝日を眺めていると二階へ登る足跡と扉をノックする音が聞こえ、
「おはようございます。旦那様朝食のご用意ができましたよ」
と、家政婦のリリーが髪をかきあげながら部屋に入ってきた。
(そういえば先ほどから焼き上げたパンの香りとベーコンか何かの香ばしい臭いがする)
「おはようリリー。着替えたらすぐにしたに行くよ。」
クラムはリリーに答えるとベットから若者のように軽やかに起き、軽く白髪交りの長髪をまとめ、寝巻から王国騎士の軽装に着替え磨きぬいた長靴を履き下へ降りた。
下へ降りると大きなテーブルとリリーが朝食を作っていた使い込まれソーセージが天井付近から垂れている台所、その台所で、甥であり騎士フォードが息子のマキシムと一緒にリリーの給仕を手伝っていた。
「おはようございます叔父様」
「おはようクラムじいちゃん!」
マッキンリー家は以前は先日亡くなったジョナサン、その妻と甥フォードの妻がいたが三人に先立たれ今では家族同然のリリーを加えて4人だけになっている。
「おはよう二人とも!」
クラムが席につくと最後の料理の山羊のミルクのシチューが運ばれて来て4人全員が食卓についた。
この地に住む水神に祈りを捧げたあと食べ始めた。
「叔父様、王への返答はどうするのです?」
マキシムにテーブルのパンをとってあげながらフォードが質問した。
「どうする決めかねておっての。隠居する気持ちが強いのじゃが、隠居してもする事がないしのぉ。おおこのシチュー旨いのぉ。」
クラムはリリーにウインクしながら呑気に答えた。
「今日返答することになっているでは?そろそろお決めになった方がよろしいのではないのでしょうか。」
「そ、そうだのぉ」
甥に軽く問い詰められたじろいでいた。実は返答は昨日兄ジョナサンの魂送りの葬儀が終わった際に王にどうするか耳打ちされていたのだが明日中には返答しますと答えていたのだった。
「旦那様ご提案があるのですが」
とリリーが間に入った。
「何じゃ言ってみい」
「隠居して旅に出てはどうでしょうか?」
意外な提案にクラムもフォードも目を丸くした。相変わらず又甥のマキシムはシチューを食べ終わり、リリーにおかわりをねだっている。
「旦那様がする事がないと申したので、両親がくれる手紙に時折湯治旅行をしていると書いてあったのを思い出しましたもので‥すみません。出過ぎた事を言いました。」
リリーがマキシムにシチューをよそってあげながら遠慮がちに答えた。
「いや!良い意見じゃそうか旅か‥」
クラムが顎に手を添え旅先を考えていると、
「リリーの提案で叔父様は決めてしまったようだ。」
フォードはため息をつきながらマキシムの頭を撫でた。
「そういう事だ。フォード、騎士長の役目を頼むぞ。」
フォードが分かりましたとおどけたジェスチャーを交えながら「そろそろ時間だ」と二人の騎士は席を立ち、王宮へと向かった。
★☆★☆★
「クラム考えは固まったか?」
クルミナ王国の王であるフォスター=クルミナ王は忍んで城下町に来て危うく奴隷商人に捕まりそうになったところをマッキンリー兄弟に救われてから45年の付き合いになる。
「隠居し旅に出ようかと考えております。」
王座に座るクルミナ王に対し方膝をつきながらクラムは答えた。
「そうかでは騎士長は甥のフォードに譲るということだな。」
「はいそのようにお計らい頂ければと」
「クラムよ、旅に出るならば隣国カルラにまず行ってはくれぬか?将軍ジョナサンの死をカルラ王に伝えたいのだ。その後は好きにするが良い。」
隣国カルラとは友好関係にあり、平原にある農耕文化が残るの商業歳クルミナ王国とゴーリアム山脈を西に抜けた高原にある宝石が取れと多くの技術師達が暮らすカルラ王国とは互いに助け合いながら共存してきた。マッキンリー兄弟も最強と謳われた武術の披露と武術指導のためこの地へ渡ったことがある。その際当時は15~6歳のカルラ王にひどく気に入られた経緯がある。
「書簡のやり取りにてジョナサンの死については知ってはいるはずだが、お主が直接行ってカルラ王に伝えるのもいいと思っての。」
クラムは方膝をつき王を見ながら
「分かりました。ではカルラ王にジョナサンの死を伝え、そのあとは諸国を回り見聞を広めてから帰還したいと思います。」
しばし沈黙のあと、
「そうかわかった。クラムよ奴隷商人の檻のなかの私に向かって兄弟揃って冗談交りに忠誠を誓ってから何年になる?」
玉座からカルラ王国産の美しいステンドグラスの窓を見ながらクラムに聞いた。
「45年になります。あの時はここまで長く付き合う間がらになるとは思いもしませんでした。」
「確かにそうだな。今ではジョナサンが先立ち、クラムは白髪交りの老体となり、私もそのあとを追っておる。時というのは長いものだ。」
60歳となった騎士と55歳の、一時はマッキンリー兄弟に子分にしてやるなどと言われた王が昔に思いを馳せながら言葉を交わした。
★☆★☆★
~数日後~
クラムは朝食を済ませ、マントを羽織り、磨きぬいた長靴を履き、カルラ産のボウガン、長年使い込んだ異国の片刃の剣と短刀を帯刀し、マッキンリー屋敷前で旅立ちの朝を迎えていた。
教え子の騎士達と散々酒場で飲み明かしまだぴんぴんしているクラムが、叔父に介抱するつもりでついていき逆に出世祝いだと飲まされ体調を崩している騎士長フォードを「相変わらず酒に弱いのぉ兄者そっくりじゃ」と背中を擦っていた。
じいが旅立つことを知り、リリーと共に作ったクルミナの実を乾燥させて紐で纏めた水神の首飾りを手に持ち、今にも泣きそうなマキシムと、その傍らでリリーが「クラムじいじにあげるんでしょ?」とマキシムを励ましている。
「何じゃ贈り物か?」
「うん。クラムじいじにあげる」
と首飾りを受け取った。
「こりゃ良い厄除けになるのう!」
クラムはマキシムの頭を撫でながら首飾りを首にかけた。
「リリー、両親達に伝言はあるか?道中寄ってご挨拶したいのだ。」
リリーはカルラ王国の出身で出稼ぎに来ている身でマッキンリー家からの報酬で十分な位両親には金銭を渡しているが、奥様方がお亡くなりになっているからと自分の意思で残ってくれている。
「そ‥それでは旦那様方には変わりなく良くして頂いているとだけ伝えていただきたいです」
「わかった。それとなフォードとリリー、ご両親に伝えはせんが、そろそろフォードと実を固めろ。」
青ざめていたフォードが一気に直立不動になり、リリーは顔赤らめながら焦っている。
「叔父様!何をおっしゃっているのですか!私達はそのような‥」
「独身のじじいにも一緒に生活していればそれくらい分かるわい!お前さんの妻と親友同然であったリリーならお似合いじゃ。それに邪魔なじじいがいなくなり好都合だとワシは思うがの。」
クラムは無邪気な笑顔を見せている。
「それではいくかの。よっと!」
クラムは愛馬のアキレスに跨がり、焦る二人を横目に、
「マキシム!じいじ首飾り大事にするぞ!しばし旅を楽しみまた戻ってくるぞ。それと手紙書くからな」
甥の騎士長と又甥と家政婦に手を振りながら、クラムは【宝石と技術師の街カルラ王国】へと旅立った。