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キス

  ここがどこの森かもわからない。周りはとても暗く、何も見えない。

 月が一番上に昇る頃、月明かりが照らす木下で、パチーン!とビンタの音が鳴り響いた。


「なんで……なんで、そんなこと言うの?」


  リリィは鬼雨の顔を見ながら必死に訴えかける。自分の瞳から涙を流していることも気付かずに。鬼雨は不意に叩かれたことに、脳が追いつかない。だが、容赦のないリリィの訴えは続く。


「私は……! そんなことを求めてない! 鬼雨にこれ以上、人を殺して欲しくない!」


「うるさい! 黙れぇ!! 俺が……俺が何のために吸血鬼になったと思ってやがる!」


  リリィが掴んでいないもう片方の手で一番近い木に拳をぶつける。すると、木は拳の位置を中心に上下に割れた。下の方は何ともないのだが、上の方は木の幹が完全に消滅し、木の葉だけが落ちてきた。


「これで、わかっただろ! 俺には殺す以外道はない。手を離せリリィ! これ以上やるとほんとに容赦しな──」


 鬼雨を言い終わろうとした時、唇に柔らかな感触が触れた。ほんのりとした熱が籠っており、女の子と涙の味がした。


 鬼雨はここでようやく理解する。そう、リリィからキスされた。それは約5秒間だけだったが2人の中では永遠に感じるほどの時間だった。


 そして、離れる。鬼雨とリリィの口から細い糸のようなものが垂れる。


 リリィを見ると少し頬が紅くなっている。月明かりが暗くなってきているせいか、はっきりとはわからないが、たぶん耳まで紅くなっている。


「お、お前! いきなり何するんだ!」


「……私ね、鬼雨のこと好き……だよ。だからね、もうあなたを失いたくない……だから、逃げよ?」


 リリィを見る。右手を胸に添えながら、未だに止まらない涙を流す。ようやく鬼雨は、思い出す。自分がなぜ、吸血鬼になったのかを。


「……わかった、逃げよう」


 時刻は真夜中、ここがどこかもわからない森の中、二人の男女はさらに南の奥へ深くに向かっていった。

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