金剛、受けて立つ
窓辺から差し込む朝日、外からは小鳥の鳴き声が聞こえてきた。
金剛は異世界に来てから初めの朝を迎えた。
金剛がベッドの上で体を起こすと、隣から声が聞こえた。
「う~ん。コンゴー……もう一回……もう一回『ダブルバイセプス』やって~……」
街一番の美女、ルイーダの声である。
「よかろう! むん!!!!」
要求に応え、ポーズをとる金剛。
しかしルイーダの反応は無い。
「む? なんだ寝ているのか」
どうやら寝言だったようだ。
「う~ん……『ダブルバイセプス』……『ダブルバイセプス』……」
「ふっ……可愛い女だ」
寝言を言っているルイーダを起こさないようにベッドから降りた金剛は部屋を抜け出し、階段を下りて行った。
「これはこれは、昨夜はお楽しみでしたかな?」
宿の主人が声をかけてきた。
「無論! 男女の交わりは神が与えたもうた最上の娯楽の一つよ!」
「それはけっこうですな。……それにしてもあのルイーダ嬢と一夜を共にするとは、いったいどんな手を使ったのです? やはりコレですか?」
そう言って親指と人差し指をくっつけて丸を作った。
おそらく、この世界でも“金”という意味だろう。
金剛はフッと軽く笑ってから答えた。
「宿の主人よ……これが何かわかるか?」
そう言って、自分の腹を指さした。
「はぁ……お腹? いやヘソですかな?」
「馬鹿者!! これはアブドミナルマッスル(腹筋)だ!!!!」
「ひっ!! し、失礼しました!」
「……」
「しかし、たしかに見事な腹の筋肉ですなぁ」
「触るか?」
「え?……い、いえそんな」
「触ってみろ」
「はぁ。それでは……」
金剛はニヤリと笑うと、腹をズイと前に出した。
宿の主人はおそるおそる指で腹筋をつついた。
「こ! これは!」
主人が驚きに目を丸くすると、金剛がにやりと笑った。
「なんなんですかァーーーッ! この筋肉は! 今までの常識がくつがえるーーーッ! 例えて言うならゴーレム! 思いつくのはオリハルコン!! 城の兵士たちの筋肉自慢大会が、かすんで見えるーーーッッッ! あんなのは児戯!! この筋肉に触れた後では!!」
「わかってもらえたようで嬉しい」
金剛が腹を下げると、宿の主人は名残惜しそうな顔をした。
「さっきルイーダが、なぜ俺に体を許したか聞いたな」
「はい」
「女の理性が好むのは金と地位。それに対し、女の本能が欲するのは……」
「筋肉!!!!」
店長が食い気味に反応した。
金剛はニヤリと笑った。
「ご名答」
「お客様のお名前を是非教えて下さい」
「俺の名前は金剛。この腹筋は体脂肪率3%の証」
「コンゴ―様ですね。是非また当宿屋をご利用くださいませ」
「ああ。こちらこそ頼むよ」
宿を後にした金剛。
店の準備をするというルイーダと別れ、デイシーの店へと帰った。
「あっ師匠! お帰りなさいませっす!!」
店頭に果物を並べているデイシーがにこやかに出迎えてくれた。
が、その隣にいる妹のエリンはジト目で金剛を睨んでいた。
そして、金剛にずんずんと近付いて来たかと思うと、腕を掴んでデイシーから見えない場所まで引っ張った。
「なんだエリン。俺は小娘は抱かんぞ」
「違うわよ! バカ!」
エリンが顔を赤くした。
「お兄ちゃんから話を聞いたんだけど、あんた転生初日から派手に動き過ぎよ」
「派手?」
「山賊をブッ飛ばして、お城の中で魔法使いもブッ飛ばして、その上貴族にも目を付けられてるルイーダさんとそのう……あのう……」
「交わった?」
「バカ!!」
エリンの顔がさらに赤くなった。
「山賊をブッ飛ばしたのはいいわ。ルイーダさんとその……ごにょごにょ……したのもいいわ! でも魔法使いに手を出したのはまずいわよ」
金剛は城で会った魔法使いの顔を思い返した。
名前はボンダといったはずだ。
「確かに魔法使いというのは地位や権力が高そうではあった。しかし城の兵士たちはどちらかというと俺達に味方してくれていたようだったが」
エリンは溜息をついた。
「そんなの関係ないわ。絶対にあの手この手を使って、あなたの事を狙って来るわよ」
そう忠告した時、店頭から叫び声が聞こえてきた。
「何するッすか!」
金剛とエリンが急いで店先に戻ると、顔を険しくしたデイシーと数人の男達がいた。
地面には無残にも潰れた果物や木の実が散らばっていた。
男達の中には見覚えのある顔があった。
「おんやぁ~~~? いたいた。罪人がいたぞ~~~」
「貴様は……マーフィーとか言ったな」
そこにはルイーダにちょっかいを出していた男、マーフィーがいた。
「ふん。また取り巻きを引き連れてきたのか。女を取られた嫉妬か?」
「嫉妬~? いやいや私はこの目的で来たんだよ」
そういって一枚の紙切れを突き出してきた。
「む……?」
「あっ!」
「これは……」
紙を見た三人は同時に驚きの声を発した。
「これは師匠の顔っす!!」
紙には金剛の顔が精巧に写し出されていた。
「懸賞金……百万ゴール!!」
「そうだ。何をしたのか知らんが、お前は懸賞首なんだよコンゴ~~」
マーフィーが勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「昨日、酒場を出て行ったあと、城の兵士がこのビラをばら撒いていたのさ。俺はすぐにピンと来たぞ」
「…………」
「さぁ、一緒に城に来てもらうぞ、コンゴ―」
「…………」
「げへへ、怖いのかコンゴ―? その筋肉は見せかけか?」
その言葉を聞き、金剛の胸筋がピクリと動いた。
「触るか?」
「は? 何を言って……」
「触ってみろ」
「く……ふ、ふん、まぁいい。死ぬ前に一つくらい言う事を聞いてやろう」
金剛が腹を突き出した。
マーフィーはおそるおそる金剛の腹筋を指先で触った。
「こ、これは!!」
マーフィーが驚きに目を丸くし、金剛がニヤリと笑った。
「なんだこれは? 柔らかいな……。やっぱり見せかけの筋肉だったか! げへへ! まがい物の筋肉め」
そう言いながらマーフィーが指を金剛の腹に深く沈めた時だった。
「ふん!!!!」
「ぎゃぁああ!!!」
金剛の気合いに満ちた声が響いたかと思うと、すぐにマーフィーの絶叫が響いた。
指をかばうようにし、うずくまっている。
金剛が力を入れ、急速に固くなった腹筋がマーフィーの指を折ったのだ。
「く、くそう!! やっちまえ! やっちまえー!!」
突然の事態に周りでうろたえていた手下たちだったが、その一声を合図に金剛に襲いかかった。
しかしゴッ……ゴッ……と鈍い音がするたびに倒れていく。
「うう、くそ……」
マーフィーは先ほどまでの余裕のある笑みはもう浮かべていなかった。
金剛が近付き、見下ろす。
「ひっ……!」
「城の兵士に……いや、ボンダに伝えろ。こっちから出向いてやるから顎を洗って待っていろとな!!!!」
「くっ……お、覚えてろ!!」
そう言って指をかばいながら走り去っていった。
「師匠、大丈夫っすか!?」
「ああ、大丈夫だ」
「今のはなんて魔法っすか!?」
「今のは腹筋に力を入れただけだ」
「ヒュー!! すげえや!! 腹筋を通して魔力を送り込んだんすね!」
「いや、だから……そうだ」
「ヒュー!!」
「お兄ちゃん……」
「デイシー、城に行く準備をするぞ」
「了解っす!」
デイシーはそう言うと、店の奥に引っ込んだ。
「コンゴー。どうするの?」
エリンが心配そうに金剛を見つめた。
「なに……なるようになるさ」
金剛はニヤリと笑い、散らばった果実を拾い始めた。