金剛、抱く
「きゃー! 信じらんなーい!」
女の叫び声が響く、周囲にも大勢の人間がいたが、だれも気にする様子はない。
ここは酒場である。
酒場への配達を終え、金剛とデイシーとエリンの三人は食事をとっていた。
叫んでいたのは、そこの女主人、ルイーダだ。
「こんな筋肉見たことないわよ!」
興奮した面持ちで、さっきから金剛の二の腕を触っている。
「ほう……。この筋肉の良さがわかるか。ホレ!」
そう言って金剛は筋肉に力を込めた。
「きゃー! すっごく固くなってるー!」
「良い筋肉は赤子のように柔らかく、力を入れれば鋼のように固くなるものだ」
「凄ーい!」
「ふっ。君も中々いい体をしている」
「ありがと!」
ルイーダはにっこりと笑ってウィンクしてきた。
メリハリのハッキリしたナイスボディ。
男も女も振り返る様な容姿をしている。
褒め言葉は言われ慣れているのだろう。
その様子を脇から二人の人物が凝視していた。
「すげえっす師匠。この町一番のお色気姉さんであるルイーダさんとあんなに楽しそうに話してる」
「なによ。身体がちょっと大人っぽいだけじゃない」
エリンは下を向き、自分の体を見た。
金剛はそれを見てニヤリと笑った。
「フッ……」
「フッ……じゃねーー!!」
「エリン……! いったいどうしたっすか!?」
「あらやだアタシったら……。おほほほ……」
「よぉお嬢ちゃんかわいいじゃん」
カウンター席に座るエリンのわきに、軽薄そうな男が座った。
「一緒に遊ぼうよ」
「すみません。今、一緒に来てる人がいるんで……」
「えぇ! いいじゃんいいじゃん」
嫌がる様子のエリンだったが、男はしつこかった。
「お兄ちゃん……」
エリンがデイシーに助けを求めた。
「お兄ちゃんですかぁ……。いいですよね妹さんお借りしても」
デイシーは酒を一杯用意していた。
「まぁ一杯どうぞっす」
そう言って男に差し出した。
「お!? 話がわかりますねぇ。お兄さん」
そう言って、男は一気に酒をあおった。
つぎの瞬間、カウンターに突っ伏すようにして倒れ込んだ。
「ククク……」
デイシーが真っ黒な笑顔を浮かべていた。
「お兄ちゃん。ポイズヌの実を入れたわね」
「おいおい。ヤっちまったのか?」
「大丈夫っす師匠。毒と言ってもただ痺れて一日ほど気を失うだけっす」
「……大丈夫じゃないだろ」
「いいのよこんな奴」
エリンが舌を出して、あかんべーをしている。
「ごめんねぇ、三人とも。最近多いのよ、こういう奴ら」
「ほう……まぁ酒場にはこの手の輩はよくいる物だと思うが」
「そうじゃなくてね……」
ルイーダが頬に手を当て困った様子で呟くと、突然酒場の入り口の扉が開いた。
「おうおう! ルイーダはいるかよ!」
大声を上げながら太った小男がズンズンとカウンターに近づいてきた。
その両隣をガードするかのように、四人の大男が脇を固めている。
身長だけなら金剛と同じくらいだろう。
店の中にいた他の客が、勘定を済ませて逃げるように酒場を後にする。
どうやらあまり好ましくない人物のようだ、と金剛は思った。
酒場の中はガランとし、残っているのは金剛たち三人とルイーダ、そして先ほどポイズヌの実を飲んだ男と今入って来たガラの悪い五人組だけになった。
「おやぁ! これはウチのサンペーじゃないか? なんでこんな姿になってるんだ?」
カウンターに突っ伏している男を指さしながら小男が大げさに言うと、ルイーダが答えた。
「さあね。女の子にでもちょっかい出してやられちゃったんじゃない?」
「困るなぁ。うちの者をこんなにしてもらっちゃ……。誰かに責任とってもらわなきゃなぁ」
そう言って、舐めるようにルイーダの体を見る。
「ルイーダ。俺の女になれ。そうすればチャラにしてやるよ」
「マーフィーさん。それは断ってるでしょう……」
「じゃあ店がどうなってもいいのかなぁ~~~?」
そう言うと、脇にいた男達のうちの一人がテーブルを蹴飛ばした。
「やめて!」
「ひひひ……じゃあ、どうする~? ん? なんだ?」
マーフィーの顔から笑みが消えた。
見ると、カウンターに座っている金剛が両手を斜めに上げている。
「な……なんだコイツ」
「俺は金剛。体脂肪率は3%でここの酒が気にいった」
「出、出たーー! 師匠の『ダブルバイセプス』!! いや! 座っているから『座りバイセプス』っす!!」
「お……お兄ちゃん、急にどうしたの……?」
「君ぃ~。悪い事言わないから今すぐ店を出て行きなよ」
「断る!!」
「なにぃ~!? おいお前ら! やっちまえ!」
その言葉を合図に四人の屈強な男達が、マーフィーをガードするように前に進み出た。
「出るっすよ。出るっすよ。師匠の魔法が出るっすよ」
「魔法? スキルもないのにこの短期間で身に付けたって言うの……?」
デイシーが興奮し、エリンが驚いている間に、マーフィーの手下の男達が金剛に跳びかかった。
金剛は軽くステップしてかわすと、男の横から拳を軽く突き出した。
ゴッと鈍い音がしたかと思うと巨体が膝から崩れた。
「出た! 師匠の魔法『ジャブ』っす!!」
「お兄ちゃん……。ただ殴っただけじゃない?」
あっという間に、もう一人の男も同じようにのした金剛。
残る二人の手下は金剛の強さに二の足を踏んでいた。
マーフィーの顔にも焦りが浮かんでいた。
「何してるんだ! 高い金払ってるんだからさっさとぶっ潰さんかい!」
叱咤により、同時に跳びついてきた手下たちだったが、金剛は焦る様子もなく一人ずつ片づけていった。
「次はお前か?」
「あ……あ……覚えてろ!!」
金剛が拳を鳴らしながら近づいていくと、マーフィーが一目散に逃げて行った。
「フン!」
気絶した手下たちを金剛が担ぎ上げ、店の外に叩き出した。
その様子を、街一番の美女ルイーダが恍惚の表情で眺めていた。
「素敵……」
デイシーとエリンが顔を見合わせた。
「今日はごめんなさいね。また今度来た時サービスするから」
「いえ、とんでもないっす。また注文よろしくっす。じゃあ師匠帰りましょう」
「俺は残る」
「え!? これからどうするっすか!?」
「俺はこれからルイーダを……抱く!!!!」
「ええ!! 抱くって……抱くって事っすか!?」
「そうだ!!」
「な……な……」
エリンが顔を赤くしている。
ルイーダは笑っている。
「師匠……その筋肉はその為っすか……」
「馬鹿者!! 男女の交わりもまた、トレーニングなり!!!!」
「す……すげぇっす! やっぱボディビルダーってすげぇや……!!」
「強くなりたくば抱け! 抱きたくば強くなれ!!」
そういって金剛はルイーダをひょいと軽く抱き上げた。
「行くぞ!!」
「はい……!」
そして、二人は夜の街へと消えた。
「ボディビルダーすげえよ……」
「なんなのよ! もう!」
デイシーは感動の涙を流し、エリンはまだ顔を真っ赤に染めていた。