金剛、再会す
デイシーが手綱を引く馬車は大きな街に辿り着いた。
辺りはもう暗くなりはじめていた。
金剛は周囲の景色を細かく観察した。
建物はレンガのような石造りで、道路も石畳で舗装されていた。また水路のようなものも見られた。
時折すれ違う馬車を観察すると、車輪の規格は統一されており荷台の幅は一定の大きさである事から、かなり計画的に街づくりが行われていることが分かった。
行き交う人々の服装は様々だが、特に女性は華やかな髪飾りや様々な種類の腕輪だどをしている様子もあり、人々の生活に余裕があることがうかがえた。
それなりに街中に入った所で、馬車がゆっくりと止まった。
「師匠、着いたっす。ここが俺の店っす!」
「ほう。これはすごいな」
馬車から降りた金剛の目の前には、たくさんの木箱が置かれており、それぞれの箱の中には色とりどりの果実や木の実が大量に入っていた。
上から覗いてみると、真っ青な木の実や発光しているようにも見える果物など、今まで見た事もないようなモノばかりだった。
「師匠。俺は馬車を裏手に置いてくるんで、ちょっと待ってて下さいっす」
言うが早いがデイシーは再び馬車を動かした。
金剛は店先に並んだ果物を一つずつ観察していった。
その途中で『カロリスの実』も見つけた。
手に取った売り物をしげしげと眺めていると、背後から声をかけられた。
「いらっしゃいませ。なにかお探しですか?」
綺麗な声だった。
少女から大人の女性へと変わる微妙な時期の女の声だった。
そういえばデイシーには妹がいると言っていたな。
金剛がそう考えながら後ろを振り向くと、意外な光景に思わず目を丸くした。
「あっ……!」
少女も驚いた様子で金剛の顔を凝視する。
驚くほど整った目鼻立ち、そして愛くるしい表情。
「お前は確か……エリンと言ったな」
金剛の目の前には神の使い、エリンがいた。
「えっと……」
そこへ、デイシーがやってきた。
「お待たせしましたっす。師匠! ……エリン! ただいま!」
「お兄ちゃんお帰りなさい!」
「店番ありがとうな。体は大丈夫か?」
「うん、大丈ぶっはぁっ!!」
エリンが吐血した。
それも大量だ。
目の前にいたデイシーの顔にこれでもかと血がかかっていた。
「ははっおっちょこちょいだなぁ! エリンは!」
「ごっめ~ん! お兄ちゃ~ん!」
エリンは口からダラダラと血を流しながら、右手をコツンと頭にやりウィンクした。
金剛は何がなんだかわからなかったので黙っていた。
「へへ、師匠。こいつは妹のエリンっす! 我が妹ながら可愛いと思うっす!」
「や~だ~お兄ちゃんったら~」
エリンの口からは血がポタポタと垂れていた。
「いいから血を拭け、二人とも」
金剛がたまらず言った。
「す……すいませんっす師匠。そうだエリン。テーツの実を食べておくっすよ」
「うん。もちろん!」
「テーツの実とはなんだ?」
金剛が尋ねた。
「テーツの実は血が足りなくなったときに食べるといいんすよ。ちょっと鉄クサいけど、効果抜群なんで貧血気味の女性客にはよく売れるっす」
「ほう……。そんなものまであるのか」
「そうっす! 他にも……」
「ちょっと待てデイシー。少し妹さんと二人きりで話してもいいか?」
デイシーの動きが止まった。
「師匠……これを……」
そう言って、差し出された手の上には木の実がのっていた。
人差し指の爪程の大きさの鮮かな紫色の木の実だ。
金剛はそれを手に取った。
「これはどんな実なんだ?」
「それは、ポイズヌの実です。毒です」
「なっ!?」
「妹に手を出す者に、死を」
「デイシー、お前急に何を言い出すんだ……」
エリンがその様子を呆れ顔で見ていた。
「お兄ちゃんは、私を口説こうとする男の人にその実をサービスしているの」
「サービスをはき違えているぞ」
デイシーの目は完全にすわっていた。
「……デイシー、安心しろ。俺はそういう意味で言っているんじゃないんだ」
「……ホントっすか?」
「筋肉に誓って」
その言葉を聞いたデイシーは柔らかい表情に戻った。
「わかりました。じゃあ俺は馬に餌やったり毛並を整えたりしてきます」
「お兄ちゃんったら……」
溜め息をつくエリンを金剛が真剣な表情で見つめた。
「……説明してもらおうか?」
「え~エリン何のことだかわからな~い!」
可憐な少女がイヤイヤと首を振っている。
「ほう……」
「やめてよその『ほう……』っていうの。ちょっとはノってくれてもいいじゃない」
先ほどまでの可愛らしい雰囲気は残しつつも、お転婆な雰囲気を表に出してエリンが言った。
「そうよ。私はあんたがつい最近会ったエリンよ」
「なぜここにいるんだ? しかも人間……本当に兄妹なのか?」
「そう、同じお母さんのお腹から生まれた正真正銘の兄妹よ」
「……! まさか転生したのか?」
「あら! 察しがいいわね。そうよ。あんたが来るまで十五年も待ったんだから」
「あれから十五年が経っているのか……」
「そうよ、アンタには一瞬に感じたかもしれないけど、月日は経っていたの。転生してたら一緒に成長していたかもしれなかったけどね!」
どうやら金剛が赤子からの生まれ変わりを選ばなかったことに、まだ不満を抱いているようだ。
「フッ……悪かったな」
「ホントよ! しかもスキルも選ばないなんてどうかしてるわ!」
エリンの言葉を聞き、金剛が質問した。
「もしかして、エリンは転生する際に『スキル』を身に付けたのか?」
「もっちろん!!」
「ほう。やはり魔法や剣術といった類のものか?」
「違うわ」
「心を読む?」
「違う違う!」
「無限の金か?」
「違うってば~!」
「う~む。降参だ。どんなスキルだ?」
「ふっふっふ~」
エリンは目をつぶり、腰に手を当てニヤリとしている。
「その様子だと相当、良いスキルのようだな」
「そうよ。その名もずばり『お肌スベスベ』よ!!」
「ほう……。すべての攻撃を防ぐ肌とか、そういう意味か?」
「違うわよ~! 見てよ肌スベスベでしょ?」
「……それだけか?」
「そうよ。触ってみる? 触ってみちゃう~?」
「…………」
「……何よ」
「エリン。お前は阿呆なのか?」
「んが!?」
エリンが口をあんぐりと開けた。
「な……! なによ。あんたなんか選んですらいないじゃない!」
「俺には筋肉がある」
「何よ! 筋肉バカ!」
「……まぁいいさ。それにしても、まるで俺と出会う事がわかっていたかのような口ぶりだったな」
「そりゃそうよ! だって私は『観察者』だもの」
「観察者?」
「そうよ。あなたが神の目的に辿り着くようにサポートする役目があるの」
「神の目的とは?」
「それは言えないわ」
金剛は軽く顎に手を当て少し考えるポーズをとった。
「サポートする役目がありながら、『肌スベスベ』を選んだのか?」
「えっ!? ……だって……スベスベになりたかったんだもん……」
「それでどんなサポートができるんだ?」
「えっとぉ……えへへ、目の保養?」
「…………」
「……何よ」
「エリン。お前は阿呆なのか?」
「キーーーー! 何よ、二回も言わないでよ!」
「二人とも、盛り上がってるっすね」
「げっ! あっいや、お兄ちゃ~ん!」
エリンが再びブリッ子モードになった。
金剛は空を見上げた。
「師匠。すみません。もう一件だけ配達につき合ってもらっていいっすか?」
「もちろんだ。街の外か?」
「いえ、今度は町の酒場です」
「了解した」
「じゃあ俺、果物を袋に詰めちゃうんで馬車に乗っててくださいッス」
「ああ」
「お兄ちゃん。アタシも行く~!」
「ええ!? エリンもかい? 酒場は男の人がたくさんいるっすよ?」
「行きたいんだもん!」
「しょうがないなぁ。……ポイズヌの実、足りるかな……」
「サラリと怖い事を言うなよ……」
金剛が苦笑しながら、馬車に向かうとエリンが隣に並んだ。
そして小声で「詳しい話はまた後で」というと馬車へと駆けて行った。