金剛、のす
睨み合う金剛とボンダ。
その様子をデイシーがオロオロとしながら見守り、さらにその周りからは城の兵士が興味深げに眺めていた。
誰も止めに入らないのは、それだけ魔法使いのこの城における地位が高いという事だろうと金剛は推察した。
「くくくコンゴ―とか言ったな。貴様は処刑決定だ。もちろん俺様の手でな」
城の魔法使いボンダはいやらしい笑いを浮かべたかと思うと、手を複雑に動かし始め何やらブツブツと呟きだした。
その様子を見て周囲がたちまちざわついた。
「詠唱だ! 魔法をぶっ放すつもりだぞ!」
「ボンダ様は火の魔法を使うから、ここも危ないぞ!!」
周りの兵士たちが、口々にそのような事を口にしているのを横目で観察し、金剛も緊張を抱いた。
「ほう……。デイシーよ、これが本物の魔法の詠唱らしいぞ……!」
「そうっすか? なんかブツブツ独り言を言ってるだけじゃないっすか?」
「なんでお前はポージングが詠唱に見えて、これが独り言に見えるんだ……」
金剛が呆れ顔で弟子を見ると、ボンダの目がカッと見開いた。
どうやら呪文を発する準備が整ったようだ。
「くらえ! カス共! 『ファイアー……」
その時である。
ゴッ!と鈍い音がしたかと思ったら、ボンダの体が膝から崩れ落ちた。
倒れたボンダは白目をむいている。
どうやら失神したようだ。
「ああっ!! これは師匠の魔法っす!!」
デイシーが声を張り上げた。
「魔法!?」
「魔法だと!!」
成り行きを見守っていた兵士たちが驚きの声を上げた。
「いいかデイシー。今のは『ジャブ』という。」
「ジャブって魔法なんすね!?」
「いや拳を顎に当てただけだ」
「なるほど、拳を通して魔力を放ったってことっすね」
「お前のなるほどは一体なんなんだ……」
溜め息をついた金剛だったが、呆れてばかりもいられなかった。
何しろ城の中で、おそらく地位が高いであろう人物を気絶させてしまったのだ。
周囲の兵士たちの視線が突き刺さる。
面倒な事になったと金剛が思っていると、突然隣のデイシーが頭を下げた。
「すみませんっす皆さん!! 師匠はまだこの国に来たばかりで事情がよく解ってなかったんす。捕まえるなら俺を捕まえて下さい!」
「デイシー……」
顔を見合わせていた兵士たちが口を開いた。
「なぁ。今なんかあったか?」
「いや、それよりボンダ様が急に(・・)倒れちまったから医務室に運ばなきゃな」
「おう急ごうぜ」
そう言って、数人の兵士たちがボンダを運んで行った。
口を開いているデイシーに老兵士が近付いてきた。
「デイシー、お前がいつも妹さんの為に頑張っているのは知っておるよ」
「そうそう。それにお前んちの果物は絶品だからなぁ!」
「違いない!」
兵士たちの暖かい笑顔とは対照的にデイシーは涙を流していた。
兵士たちに見送られ、金剛とデイシーは城を後にした。
馬車の中での会話は弾んでいた。
「師匠はやっぱりすげぇっす! ボディビルダー最強っす!」
「いや、デイシー今回助かったのはお前の人柄のお陰だよ」
「そんな……」
照れるデイシーだったが、少し表情を曇らせた。
「どうした?」
「いえ……。ボンダ様は結構根に持つタイプなんす」
「だろうな」
「だから、何かされるんじゃないかと思って」
「ふん。それなら奴の顎がぶっ壊れるまでジャブをお見舞してやるさ」
「さすがっす! 『ジャブ』は最強の魔法っす!!」
「あのなデイシー……。まぁいいか」
金剛は馬車に揺られ、この世界で初めての眠りについた。
その頃、城の医務室では―――
「ゆるさんぞ……コンゴ―……必ず息の根を止めてやる……」
ボンダが顎をさすりながら呪詛を唱えていた。
「おい!!」
近くに控える衛生兵に荒々しく声をかける。
「はい! なんでございましょう、ボンダ様」
「シンシャーを呼べ」
「は? シンシャ―様ですか?」
「そうだ。映写魔法の使い手のシンシャーだ。俺の頭の中のコンゴ―の顔を紙に写し、手配書を作成するのだ!!」
「は……はい!!」
衛生兵は返事をすると飛ぶように部屋を後にした。
「くくく。魔法使い様に逆らったらどうなるか。思い知らせてやる……」
ボンダの顔は醜く歪んでいた。