第三話:ダリナの笑顔、色づく世界
「2枚」
僕は宣言した。
うまくいけば一発で勝てる可能性がある「3枚」ではなく「2枚」だ。
それは手加減といえばそうなのかもしれない。
でもまあ、いいじゃないか。
ボードゲームとか、カードゲームとか、要するにアナログゲームっていうのは、参加してる全員が全員を楽しませるようなところがあって、それが魅力なんだ。
それに100パーセント勝てる手を放棄したとかそういうわけじゃないし。
むしろこの「2枚」宣言のほうこそ勝利につながる道だってことすらありうるのだ。
「ええとね! 『3枚』!」
ダリナも声を上げる。
「…2枚に応じるわ」
イヴォナが静かに言った。
「ええ~っ!」
ダリナが失望の声を出す。
僕はイヴォナと2枚のカードを交換する。
交換前の僕の手札は、
1 1 1 1 1 1 2 2 2
だった。
ここから2枚の『2』を交換に出した。
イヴォナが僕に渡した2枚は…『2』だった。
『2』を二枚出して『2』を二枚受け取り、手札は変わらなかった。
(イヴォナが僕に送ってきたのは『2』、ということはイヴォナは『2』を集めていない。そして『1』の半分以上を僕が持っているのだから、イヴォナが『1』を集めようとしているという線は薄い。イヴォナが集めようとしてるのは『3』かな)
今遊んでいるゲームには「1」「2」「3」の3種類のカードしかないのだから、そういうことになる。
「3枚!」
ダリナが大きい声を出した。
交換したいという気持ちがひしひしと感じられる。
僕はまた迷う。
勝利を一直線に目指すなら、この交換提案受けるべきだ。
三枚の『2』を交換に出して、ダリナが出したものが三枚の『1』だったら僕は勝利条件を満たすんだから。
それにこのゲームを全力で楽しんでる風なダリナの、交換したいという気持ちに答えてあげたい気もする。
「じゃ、その3枚で」
僕は考えがまとまらないままダリナの交換を受けてしまった。
自分の手番なんてなくてスピーディに進むこのゲーム、じっくり考えられなくて反射的に動いてしまうこと、よくあるのだ。
交換に参加できるとわかって笑顔になるダリナ。
僕は三枚の『2』を裏向けてダリナに渡す。
そしてダリナから受け取った3枚を確認する。
『2』だった。
自分が勝利条件を満たさなかったことにわずかに安心する、奇妙な感覚。
ダリナは口をへの字に曲げている。
自分が出したものと同じものを渡されて交換の意味がなかったんだから、失望するのはわかる。
「4枚!」
ダリナがまた勢いよく言った。
「4枚、いいわよ」
イヴォナがそれを受けた。
二人の少女が4枚のカードを交換する。
手札を確認したダリナの目が、大きく見開かれた。
目を見開いたまま僕のほうを見るダリナ。
「……どうしたの?」
いぶかしげに尋ねるイヴォナ。
と、急にダリナが動いた。立ち上がりテーブルの中央をパチーンと叩く。
ダイナミックな動きに金髪のおさげが躍る。
「そろった!」
満面の笑みで、ダリナは勝利を宣言した。
「勝った! 勝った!」
ピョンピョンと小さく飛び跳ねて喜びを全身で表現するダリナ。
ダリナがテーブルに出した彼女の手札は、
3 3 3 3 3 3 3 3 3
だった。
(……イヴォナはたぶん途中までは『3』を集めようとしてた……だけど、途中で方針を変えて『3』を手放すことにしたんだろうな、それが裏目に出たのか)
僕はそんなことを考えた。
この短いゲームでイヴォナもいろいろ考えたのだろう、今回勝ったのはダリナだけど、ゲームに慣れていったらイヴォナは強くなりそうだと思った。
今いるこの宿屋の食堂は外から客が来る酒場でもあるので何人か人がいて、彼らは何だろうという風にこちらのほうを、主にピョンピョン飛び跳ねるダリナのほうを見ていた。
「ね、イヴォナ、このゲーム面白いよ!」
「……そう? ……そうね……」
イヴォナは目を閉じ、前髪をかきあげた後、
「もう一回やりましょう!」
そう言った。
「もちろんだよ!」
はじける笑顔でテーブルに着席するダリナ。
「では」
僕はカードを集めて、シャッフルして、配った。
この、僕が初めてこの異世界に僕の知っているゲームを紹介した記念すべき日に、何回このゲームを遊んだかは覚えてない。
3人で遊ぶと短時間で終わるゲームでもあるし、10回以上やったことは確かだ。
3人で思う存分、勝ったり負けたりした。
「もう夜になるね……ダリナ、もう帰らなきゃ」
ダリナが名残惜しそうにそう言った。
「また今度、遊びましょう」
イヴォナが穏やかな声で言った。
「うん、約束だよ! ケイもだよ!」
僕に対して念を押すダリナ。
「僕も楽しかったから、また遊びたいですね」
この宿屋の従業員という立場上、仕事が忙しかったりすると自由時間がない日もあったりするのだけど、できる限りこんな楽しいことには参加したいと思った。
「ね、ケイ、ちょっとお話したいから、ダリナについてきて」
ダリナがそんなことをいうのは初めてだったから僕は少し驚いた。
「ダメ?」
「いえ、ついていきます」
空はすっかり暗くなっている。
太陽が沈んだ方角にわずかに赤い色が夕焼けの名残として残っていた。
左右を家々に囲まれた石畳の道をダリナと一緒に歩いた。
「あのね」
ダリナが口を開いた。
「ダリナね、ケイのこと、ちょっと怖い人かもしれないって思ってた」
「そうですか」
「でもね、きっと素敵なところもある人だと思ってた、そんな気がしてたよ」
「ありがとう」
僕は無難な返事をする。
「それでね、今日はね、ケイの素敵なところ、ちょっと分かったよ。ケイはとっても面白いゲームを知ってる人だったんだね」
「そんなすごい事でも……」
僕は謙遜した。
「ううん」
一歩前を歩いていたダリナがこちらを振り返る。
「すっごい、素敵なことだよ」
近くの家の軒先のランタンの光に照らされたダリナの笑顔はとても可愛らしかった。
色の濃い金髪のおさげも愛らしい。
「また一緒に遊ぼうね! 約束!」
そう言って、ダリナはとびっきりの笑顔を見せた。
この時、僕はダリナがこんなにも魅力的な少女だったのかと気づいた。
異世界に来てから一か月、最初はどうやって生きていくかもおぼつかなくて、そういうことに気づく余裕をなくしていたのかもしれない。
夜になって、世界は色をなくしていく時間だったけど。
僕の心の世界は急にカラフルに、色づき始めた、そんな気がした。