第一話:俺の異世界生活が好転し始めたのは、ゲームの知識のおかげだった
時刻はもう夕方頃。
井戸で汲んできたバケツの水を厨房の大きな水瓶に移して、今日の僕の仕事は終わりだ。
仕事が終わったことを報告して、今からは自由時間だ。
「ねえねえ! 仕事終わった?」
近所に住んでる少女、ダリナが僕の方に小走りでやって来て、僕にそう聞いた。
彼女の年齢を聞いたことはないが14歳ぐらいだろうか?
色の濃い金髪のおさげが愛らしい。
丈の長い、落ち着いた緑色のワンピースも彼女に似合ってる。
「うん、終わった」
僕は答える。
「じゃあいつものゲームしよ! イヴォナも待ってるよ!」
待ちきれないという感じでピョンピョンと小さくはねながらダリナは言った。
「うん、やろう」
「やった!」
僕はダリナと一緒にこの宿屋の食堂の方に向かった。
僕らの定位置になりつつある食堂の一番奥のテーブル。
イヴォナがそこで僕らを待っていた。
お嬢様っぽい風貌の銀髪の少女。
多分ダリナより年上、16歳ぐらいだろうか?
今日の彼女はピンク色の服を着ていた。丈は長いけど肩のあたりが露出していて少しセクシーだ。
「遅い」
イヴォナが僕を非難するように不機嫌な声を出す。
「ごめんなさい」
僕は謝っておく。
「早くやろー!」
ダリナはそう言って勢い良く席に着く。
「じゃあ三人だね」
僕はゲームの道具を取り出す。カードの束とベル一つ。ベルをテーブルの真ん中に置き、三人で遊ぶ場合に必要なカードを選り分ける。
「早くなさい」
「早く早くー!」
二人の少女の声を聞きながらより分けたカードを確認し、シャッフルする。
シャッフルしたカードを配り終わったらゲーム開始だ。
「開始!」
僕はベルを鳴らしてそう宣言する。
僕ら三人は一斉に自分の手札を確認する。そしてカードを整理して並べ替えて。
そして。
楽しい時間の始まり。
☆☆☆☆☆
僕は……多少の個性はあるものの、大きな目で見れば平凡な高校生だった、そう言っていいと思う。
そんな僕がこの、異世界らしき場所に来てからもう二ヶ月になる。
僕の場合、以前によく読んだラノベの話のように、なんらかのすごい力を持ってこの世界に来たわけではなかった。
なので最初は苦労した。
いろいろあって、今はとある宿屋の住み込みの従業員みたいな立場になってる。
言葉は頑張って覚えたがまだ流暢にはしゃべれない。だから大した仕事も出来ない。
当然あまりいい立場でもなくて、宿屋の主人やら関係者には、「変なやつだが野垂れ死にされても気分悪いし、まあ雇ってやるか」みたいな感じで見られていただろう。
しばらくの間、肩身の狭い思いで暮らしていたが、そんな僕の生活が好転し始めたのは、一ヶ月前の事。
☆☆☆☆☆
「あー疲れた」
僕は日本語でそう言って伸びをした。
この日もいつものように水運びを終えて、仕事が終わったところだった。
「……あー疲れた」
この国の言葉で言い直した。
言葉を覚えるため、できるだけこの国の言葉を使うようにしているのだ。
「ねえあなた」
不意に呼びかけられた。
振り返ってみると、そこにいたのはダリナだった。
金髪のおさげ髪は彼女にお人形さんのような印象を与えていた。
この頃のダリナはちょっとよそよそしかった。僕という人間を警戒していたのかも知れない。
「はい」
僕は丁寧に答えた。
「ゲームを遊びたいの。でも二人しかいないからつまらないから、あなたも入れてあげる」
「ありがとう、仕事が終わったって報告したら行きます、どこに行けばいいですか」
立場の弱い僕は丁寧な口調を心がけていた。
「食堂の奥のテーブル。イヴォナと一緒に待ってるから」
「……分かりました」
僕は頷いて、仕事終わりの報告に行き、それから食堂に向かった。
ゲームというのがどんなゲームなのか全然予想していなかったが、少女二人の手にトランプのようなカードを見たとき、僕の心は躍った。
僕はボードゲームやカードゲームが大好きだった。
この世界に来てから、そう言ったゲームのたぐいを全然見ていなかった。
そういったものもこの世界のどこかにはあるのだろうと思っていたけど、言葉を覚えるとか、この世界で生きていくことに必死でそういったことを忘れていた。
だからカードを見て、面白いゲームに参加できるのかと思ったのだが。
「だいたいこんな感じ。ルール分かった?」
「はい、分かりました」
ダリナとイヴォナの二人にルールを説明されて、僕は少しだけ失望した。
僕が誘われたゲームは、簡単に言うとババ抜きだったのだ。
ゲームに使うカードはトランプとは違うから、厳密にはババ抜きとは言えないかもしれないけど。
隣の人からカードを一枚引き、同じ数字のペアが出来たら手札から捨てることができる。
これを繰り返していき、一枚だけ存在するどのカードともペアにならないカードを最後に持っていた人が負け。
ババ抜きそのものだ。
それでも、僕にとっては一ヶ月ぶりに遊ぶゲームだった。全く楽しくなかったわけではない。
けれども、僕はそのゲームに集中するよりも、違うことを考えていた。
(このカード、数字は1から15まであるんだな)
(トランプで言うスート、つまりスペード、ハート、ダイヤ、クラブに相当するものは9種類あるのか、どうりで枚数が多い)
(これがあれば、だいぶいろいろなゲームが遊べるのにな……)
僕は僕の趣味だったいろいろなカードゲームのことを思い出していた。
(『ハゲタカのえじき』みたいなゲームが遊べるな……『ドメモ』みたいなゲームもできるぞ……それから……)
僕はそのババ抜きで勝ったり負けたりしながら、そんなことを考えていた。
何回目かのゲームが終わったとき。
「ねえ、ケイ?」
イヴォナが少し苛立ったように僕の名を呼んだ。
「はい」
「あなた、せっかくゲームに誘ってあげたのに、あんまり集中してないわね。何か違うことを考えてるみたい。一体何を考えてたの?」
「ごめんなさい、ええと……他のゲームのことを考えていました」
僕が正直に答えると、二人の少女は意外そうな顔をした。
「あなた、他にゲームを知ってるの?」
イヴォナが言った。
「はい、こういうゲームは僕の趣味です、幾つかのゲームを知ってます」
「そうなの? ルール簡単で、面白いゲームある?」
ダリナが身を乗り出してそう聞いてきた。
「あります」
「このカードで遊べるの?」
イヴォナも興味津々といった感じだった。
「いくつか遊べるのがあります」
「本当に面白い?」
イヴォナがまっすぐ僕の方を見て聞いてきた。
「面白いです」
僕は自信を持って答えた。
この世界に来る前の僕に人にない個性があったとしたら、それはボードゲームやカードゲームが好きで、詳しかったという一点だ。
このカードが有れば面白いゲームがいくつも遊べること、自信を持って断言できた。
「じゃあ、ルールを説明して? やってみましょう」
「やろうやろう!」
これが。
僕の生活が好転し始めた最初の一歩だった。