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第3話 もんじゃ焼きが食べたい!(2)


 土曜日の夜、ボクがバイトをしている最中に、岡村からメールが来ていた。


『ハロー。明日のもんじゃ焼き大会の具材を送るから、夕方までに買い揃えておくように。それから香さんには、くれぐれも俺が総ての手配をしていることを言っておくように。』


 メッセージの後に、キャベツだのサクラエビだのと、色々な食材が書かれていた。問題なのは、物がどんな物なのか判らない物まであるってことだ。


「まったく、ボクが何でも知っているとでも思っているのか? ったく、困ったな。『あげだま』って、何処で売ってるんだ?」


 バイト先からの帰り道、ボクは携帯電話とにらめっこをしながら唸った。


 どうしよう。香のヤツ、知ってるかな?


 だいたい、いつから『もんじゃ焼き大会』になったんだ? せめて、パーティーぐらいにして欲しいもんだ。


 ボクはアパートに帰ると、早速香に『あげだま』が何処に売っているのか聞いてみた。


「あげだま? うーん、知らないわねぇ。て言うより、あげだまってなに?」


 うー。香に聞いたボクがバカだった。て言うか……。


「それが、ボクもよく知らないんだ。仕方ない、明日美紀に電話して、買い物に付き合ってもらおう」


 問題は明日、いや、もう一二時過ぎてるから今日か。夕方からのもんじゃ焼きには美紀を誘っているけど、昼間の予定は押さえてないんだよな。居るかどうかと、美紀が暇してるかどうかが問題だよな。


 とにかく明日、いや、もう今日か、朝になったら美紀に電話しよう。






 日曜日の昼過ぎ。ボク達は、駅前の商店街に向かっていた。ホントは、スーパーで買い物が出来ればそこで全部揃うはずなんだけど、先週の月曜から店舗の改装とかで、水曜まで休みなんだ。で、仕方なく、いつもは素通りするだけの商店街に向かっている訳。


 面子は、無論ボクと美紀の二人だけだ。香も来るかと聞いたら、『昼間から、のこのこ出歩く幽霊は居ない』と言って、アパートに残った。まあ、幽霊って言うのは冗談としても、ボク達に気を使ってくれたんだろう。予定外のデートになった訳だ。


「美紀は、もんじゃ焼きって、食べたことあるの?」


「それが、私も食べたことないのよねぇ。もんじゃ焼きって、昔に比べたら随分メジャーになったらしいけど、やっぱりお好み焼きに比べたら、まだまだマイナーじゃない? だから、作り方も知らないし、食べ方も知らないのよね」


 なるほど、東京生まれで東京育ちの美紀も、もんじゃ焼きは食べたことがないのか。じゃあ、東京に出てきて二年ちょっとのボクが知らなくても、恥ずかしくはないんだ。


「そっかぁ。じゃあ、岡村だけが頼りだな」


「そうね。でも、ホントに岡村君、もんじゃ焼きの作り方、知ってるの?」


「さあなぁ。少なくとも、ボクと同じ高校に通ってたんだから、東京に出てきてまだ二年ちょっとのはずだ。知っているとは思えないけど、案外デートやコンパで食べに行ってるのかもな。なんたってあいつは、妙にモテるからなぁ」


「貴司の実家って、新潟だよねぇ」


「ああ」


「じゃあ、岡村君も新潟出身な訳か。それだと、こっちに来てから知ったってところね」


「そう思いたい。あいつが向こうに居た頃から知ってたんだと、なんだかボクが凄い田舎者に思えるからな」


 そんなことを話しながら、ボク達は駅前の商店街にやって来た。


「で、貴司の判らない具材って、なに?」


 ボクは携帯電話をポケットから出すと、岡村からのメールを表示させて美紀に渡した。


「ここに書いてある『あげだま』って、何処で売ってるか知ってる?」


「なによ。メモに書き写さなかったの? このくらい、書き写しときなさいよ」


「ごめん。香が知っていると思ってたから、そこまで考えが回らなかった」


 ボクの言葉を聞いて、美紀が小さく溜息をついた。


「まあいいわ。あげだまって言うのは、簡単に言うと『天カス』のことなのよ。天カスなら、知ってるでしょ?」


「ああ。あげだまって、天カスのことだったのかぁ」


「そう。まあ、平仮名で書かれると判りにくいけど……」


 美紀はそう言うと、携帯電話に何かを入力し始めた。


「漢字で書くと、こう書くの」


 そう言って美紀が見せた携帯電話の画面には、『揚げ玉』と表示されていた。


「なるほど。こう書かれていれば、判ったかもしれない。すると、売っている店は……」


「お惣菜屋さん。でも、ここの商店街にお惣菜屋さんって、あったっけ?」


「どうだったかな?」


「呆れた。そんなことも知らないの?」


 美紀は、本当に呆れたという顔でボクを見た。


「そんなこと言ったって、ボクが殆ど自炊しないのは、知ってるだろ」


「それはそうだけど……。天ぷらが食べたくなった時は、どうしてたの?」


 美紀は声のトーンを和らげ、ボクに聞いてきた。


「そう言う時は、バイト先で店長に頼んで食べさせて貰ってる。でなければ、美紀に作ってもらってた」


「あっ、そっか」


 どうやら美紀は納得したらしく、ボクの手から携帯電話を奪って先を歩き始めた。


「判った。私に任せなさい」


 仕方なくボクは、さっさと一人で歩いて行く美紀の背中を追った。


 商店街を二人して並んで歩くものの、美紀は何処かの店に入る訳でもなく、商店街を素通りしてしまった。


「おい、美紀。買わないのかよ」


「買うわよ。でも、殆ど買い物したことのない商店街なんだから、何処にどんな店があるか判らないでしょ。いきなりキャベツや小麦粉を買って、それを持ったまま買い物を続けるなんて、貴司も嫌でしょ?」


「ああ。まあ、確かにそうだな」


 確かに美紀の言う通り、重い物を持ったまま買い物をするなんて、御免こうむりたい。


 まずは、惣菜屋で揚げ玉を買う。


 買い物は、遠くの店から軽い物を買うのが鉄則らしい。ボクの買い物は、スーパーとコンビニで九割り方は済んでしまうから、こんな鉄則なんか関係ない。ボクがそれを言うと、美紀が呆れた顔で言った。


「ダメねぇ。スーパーだって狭くはないんだから、レジから遠い所にある物から篭に入れていかないと、効率が悪いでしょ」


「いや、ごもっとも」


 商店街は、スーパーが十日も休みのせいか、いつもより人が多い感じだ。美紀と並んで歩いていても、人を避けるのに離ればなれになることもしばしばある。普通恋人同士だったら、同じ方向に避けるもんだろ。けど、美紀はわざとボクとは反対側に避けているんじゃないかと思えるほど、二人の間を人が通る。


 小麦粉や青海苔など殆どの具材を買うと、魚屋に向かった。


「えっと、次はサクラエビとイカね」


「じゃあ、そこの魚屋だな」


 ボクはそう言って、常連と思しきおばちゃんと威勢のいい魚屋のおじさんが居る店を顎で指した。


 魚屋の店先に立つと、ボクと美紀は台に載っている魚を見渡した。


 バイト先以外でパックされてない魚を見るなんて、一体何年振りだろう。新潟に居た頃だって、殆ど見た記憶がないもんな。


「こうやって魚を丸々一匹見せられても、お品書きがなかったら、何の魚か全然判らないな」


「ホントに呆れるわね。貴司、あんたホントに居酒屋の店員なの?」


「うるせぇ。ボクはバイトなの。調理なんか、全くやってないんだよ」


 ボク達が仲良く品定めをしていると、突然声を掛けられた。


「奥さん、今日は旦那と一緒かい? 欲しいのがあったら、何でも言ってくれ。安くするから」


 どうやら魚屋のおじさんは、ボク達を夫婦と勘違いしているようだ。傍目から見ると、ボク達は夫婦に見えるんだろうか? こんな勘違いなら、ボクは嬉しいな。


 だけど、美紀はそうは思っていなかったようだ。


「奥さんだなんて、違います! ただの友達です。今夜みんなで集まって、もんじゃ焼きをするんで、その買い出しに来たんです」


 そうキッパリ言い切る美紀の言葉が、ボクには寂しかった。もうちょっと、言いようがあるだろうに……。


 でも、そう思いながらも、ボクは苦笑いを浮かべる。


「なんだ、そうだったのかぁ。ごめんな、お嬢さん。もんじゃ焼きなら、イカと明太子だな。これなんか新鮮で、もんじゃ焼きには最適だよ」


 魚屋のおじさんは、笑いながらイカの載ったザルをボク達の前に置いた。


「あと、サクラエビあります?」


「おう。もんじゃ焼きなら、これがいいよ」


 美紀の言葉に、おじさんは一旦店の奥に行ってサクラエビの入った袋を持ってきた。


 結局、魚屋ではイカと明太子、それにサクラエビを買った。


 美紀は買った物をボクに押し付けると、一人でスタスタと歩き出した。


「おい、ちょっと待てよ」


 ボクは幾つもの荷物を持って、美紀を追い掛ける。


 美紀は黙ったまま、一人で歩いて行く。ボクが隣りに並ぶと、逃げるようにして足を速める。


 ったく、どう言うつもりだよ。せっかくデート気分で買い物してるのに、そりゃないだろう。


 最後にやって来たのは、八百屋だ。


 キャベツのような大物を最後に買うように、美紀は考えていた訳だ。


 美紀は一人で店の中に入って行くと、八百屋のおじさんに声を掛けてすぐにキャベツを買ってしまった。お蔭でボクは店の中に入ることもなく、ただボーッと店の外から美紀を眺めているだけだった。


 美紀は八百屋から出て来ると、キャベツをボクに押し付けて、アパートに向かって歩き出した。


「お、おい! 待てよ」


 なんとか商店街を出た辺りで美紀に追い付くと、並んで歩いた。


 今度は逃げずに、並んで歩いてくれる。


「どうしたんどよ、急に」


「別に」


 そう言って、美紀はボクとかず離れず、一定の距離をおいて歩いてる。せっかく二人っきりなんだから、もっとくっついてくれてもいいと思うんだけど。いっつも、距離を空けるんだよな。恋人同士なんだから、腕を組まないまでも、恋人同士の距離ってものがあるだろ。


「あのさあ……」


「これで全部具材は買ったから、あとは岡村君が鉄板とかを持ってきてくれれば、すぐにでも始められるわね」


 ボクが二人の距離について聞こうとすると、それを遮るかのように美紀が言った。


「あ、ああ。でも、さすがの岡村も、鉄板は用意できないだろ。持って来るとすれば、ホットプレートだよ」


 ボクは聞きたいことも聞けずに、美紀が振ってきた話題に応えた。


「そうかもね。そうすると、一番の問題はもんじゃ焼きで使う、あの小さなヘラを用意できるかね。あんな物、その辺で売ってるとは思えないもの」


「確かに。もし岡村が持って来れなかったら、スプーンでやるしかないな」


 もんじゃ焼きをスプーンで食べるだなんてあまり考えたくないけど、なんとなくそうなりそうな気がする。



不安が募るものの、もんじゃ焼きパーティーの準備は着々と進んでいきます。


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