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第3話 もんじゃ焼きが食べたい!(1)


 ボクが夜中の一二時半過ぎにアパートに帰ると、部屋の明りはいつものようについていた。


「ただいまー」


 ボクが扉を開けると、香がテレビを見ながらお茶してた。


「あ、お帰りー」


 で、香の次の言葉に、ボクは毎度のことながら頭を抱えてしまうんだ。


「お風呂にする? ビールにする? それとも、あたしにする?」


「…………」


 香がボクをからかっているのは判っている。けど、どうしても反応しちゃう。無視するのが一番なんだろうけど、つい頭を抱えてしまうんだ。


「あのなぁー」


 言葉を続けようとしたけど、言葉が出てこない。何を言っても、香がボクの言うことを聞く訳がないことを、この十日間で嫌と言うほど判っているからだ。


 そんなボクの気持ちを知ってか知らずか、香はシンクの前に立つとツマミの用意を始めた。


 ボクは香の後ろ姿を横目に、冷蔵庫から缶ビールを出すとちゃぶ台の前にドッカリと腰を降ろす。


 カシュッ!


 プルトップを開けると、ゴクゴクとビールを胃に流し込む。


「はい、お疲れさま」


 香はそう言って、ボクの前にキンピラを盛った小皿を置いた。


「ありがとう」


 箸を手にすると、キンピラに伸ばしてひと口食べる。


 あっ! うまい。


 ピリッと唐辛子が効いてて、それでいて辛すぎず嫌味のない味。そう、どことなく食べ馴れた味なんだ。


「香。これ、結構いけるじゃないか」


 こりゃ下手したら、バイト先の居酒屋で出してるキンピラより美味しいかも。


「当たり前でしょ。あたしが作ったんだから」


 香は、『エッヘン』と言わんばかりに胸を張った。


 今まで気づかなかったけど、香の胸って、意外と大きいんだな。


 って、何バカなこと考えてるんだ! ボクには、美紀という可愛い恋人が居るんだぞ。


 ボクは、慌てて缶ビールを手にすると、変な考えを打ち消すかのようにグビッとビールを胃に流し込んだ。


 そんなボクを、まるで見透かしているかのように、ニコニコしながら香は見ている。


「なんだよ。イヤらしい笑いして」


「え? そんなことないわよ」


 香は惚けて見せたけど、何か企んでいるのは見え見えだ。


「いや、なんか企んでるだろ」


 すると香はちょっと考え込んでから、ニパッと笑顔をボクに向けて言った。


「実はね、お願いがあるのぉ」


 やっぱり。それでキンピラなんか作って、待ってたんだな。


「お願い? どうせくだらないことなんだろ」


 ボクはちょっと意地悪をして、嫌味っぽく言った。すると香は、頬を膨らませて反論してきた。


「くだらないことなんかじゃないもん。あたしにとっては、大事なことだもん」


「?」


 結構強引で図々しい香にしては、お願いだなんて珍しいから、ボクはそのお願いと言うのを聞いてみたくなった。


「大事なことって、どんなことだよ」


「あのね。さっきテレビで、『東京の下町グルメ』って番組をやってたんだ。それでね、そこで紹介されてた『もんじゃ焼き』って言うのを食べてみたいんだけど、ダメ?」


 香は上目使いにボクの顔を覗き込むと、小首をかしげた。


 ちょっと、可愛いかも。


 いや、コイツはボクにとって疫病神なんだ。こんなことで、心を許しちゃダメだ。


「いいも悪いも、ボクに断わることないだろ? 一人で食べに行けばいいじゃないか」


 素っ気なく応えるボクに、香はジト目を向けて頬を膨らませた。


「一人で食べに行っても、楽しくないもん」


「じゃあ、彼氏にでも連れてってもらえばいいじゃないか」


「彼氏なんか、居ないもん。それに、あたしは姉弟で食べに行きたいの」


 ったく、なんでこうも香は波風を立てたがるんだ? 二人で外食してるところを美紀に見られたら、一体どうするつもりなんだ?


「判った! 美紀ちゃんも一緒でいいから、もんじゃ焼き食べに行こ」


 香は、まるでボクの心を読んだかのように言った。


「うーん……」


 これじゃ、反対する理由がない。と言うか、ボクもまだもんじゃ焼きを食べたことがないから、その手の店が何処にあるのか判らないんだ。


 ったく、どうするかなぁ……。


 ボクがビールを飲むのも忘れて腕組みをして考え込むと、香はまるで雨の日に捨てられた仔猫のようにシュンとして、すがるような瞳で呟いた。。


「やっぱり、ダメ?」


 だ――――っ!


 そいつは反則だぞ。そんな風に言われたら、ダメとは言えないじゃないか。


「判ったよ。もんじゃ焼き、三人で食べに行こう。ただし、すぐにって訳にはいかないぞ。ボクだって、もんじゃ焼きなんか食べたことないんだから。何処にもんじゃ焼きを食べさせてくれる店があるか、知らないんだから」


「うん」


 ニッコリ微笑む香をよそに、ボクはビールを飲みながらどうしたものかと考え込んだ。


 だけど、いくら考えても答えが出るはずもなく、岡村に聞くことにして早々思案するのを諦めた。






 翌日、既に夏休みに入って遊び呆けている大学生を捕まえるのは大変で、岡村の携帯電話をコールしても捕まらず、何度目かの電話でやっと捕まった。


「どうした、月島。俺になんか用か?」


「ああ、ちょっと聞きたいことがあって」


「聞きたいこと? なんだ?」


「いやさ、もんじゃ焼きって、何処で食べられるんだ?」


「もんじゃ焼き? なんだ、美紀ちゃんとのデートの下調べか?」


 岡村は、面倒臭そうな声だったのが、途端に人をからかうような口調に変わった。


「いや……」


「あっ、わりー。今サークル活動の途中だから、月島も来いよ。学校のコートに居るから」


 プツッ、ツ――――。


 岡村はボクの言葉を遮ると、勝手に捲し立てて電話を切ってしまった。


「ったく……」


 岡村のヤツ、きっと女の子のお尻を追い掛け回すのに忙しいんだ。


 仕方なく、ボクは携帯電話をポケットに突っ込むとアパートを出た。


 ちなみに、香は近くで特売があると言って、鍵も持たずに買い物に出ている。まあ、あいつのことだ、鍵を掛けて行っても問題ないだろう。


 昼近くに大学に着くと、ボクはテニスコートに向かった。


 フェンス越しにコートを覗くと、十数人の男女がテニスを楽しんでいる。その中に、ベンチに座って話し込んでいる岡村が居た。


「おーい、岡村ぁ!」


 岡村はボクに気がつくと、手招きをして呼んだ。


 仕方ない。ボクは部外者だけど、フェンス内に入って行くことにした。


「遅かったじゃないか」


 岡村は、まるで待ち合わせをしていたかのように言った。


「お前なぁ……。ボクを呼び付けたのは、お前だろ」


「ああ、わりぃわりぃ。見ての通り、サークル活動中だったんでな。で、俺に聞きたいことってなんだ? もんじゃ焼きがどうのとかって、言ってたけど」


 岡村は言葉とは裏腹に、全く悪びれずに言った。


 ボクはと言えば、周囲の女の子からの視線が痛い。


 岡村との楽しい一時を邪魔されて、怒っているのは一目で判る。噂では、今年の新入生の中には岡村目当てで入部した娘が居るって聞いたけど、あながち嘘じゃないのかもしれない。


「お前、もんじゃ焼きの食べられる店、知らないか?」


「もんじゃ焼きねぇ。何処の店がいいってのまでは判らないけど、取り敢えずお前の名前と同じ月島って所へ行けば、もんじゃ焼き店はいくらでもあるぞ」


「月島って……。そんな所があるんだ」


「ああ、かなり有名だぞ。そんなことも知らなかったのかよ」


 岡村は、呆れ顔で言った。


「知らなくて、悪かったな」


「悪かないけど。で、美紀ちゃんとデートか?」


「違うって。香がもんじゃ焼きを食べたいって煩くてな、食いに連れてってやることになったんだよ」


「なにっ!」


 岡村は素っ頓狂な声を上げたかと思うと、いきなりボクの首に腕を回して引き寄せ、声をひそめて言った。


「香さんと二人だけでか?」


「いや。美紀も誘うつもりだけど」


「そうかぁ……」


 岡村はそう呟くと、更にボクの首を抱え込むように引き寄せる。そして何か考え込んでいたかと思うと、今度はニコニコしながら言った。


「なら、今度の日曜に、お前のアパートでもんじゃ焼きをやろう!」


「はあ? 家でもんじゃ焼きをやろうって、ボクはもんじゃ焼きなんか食べたこともないし、作り方なんか知らないぞ」


「大丈夫。俺が教えてやるし、道具も用意してやる。お前は、俺が教えた通り具材を用意すれば、それでOKだ」


 岡村が自信たっぷりに言うと、突然歓声が上がった。


「キャー! 岡村さん、あたしも行っていいですか?」


 どうやら、ボクと岡村の話に聞き耳を立ててた女の子が居たようだ。


「あー、悪い。コイツのアパート狭いから、ムリムリ」


「えー、ダメなんですかぁ」


 その娘は、ボクを批難するような視線を向けてきた。まるで、ボクが狭いアパートに住んでいるのが悪いとでも言いたげだ。


 ボクは、君に批難される覚えはないぞ。第一、ボクが何処に住もうが、君には関係ないはずだ。


 ボクは、文句を言いたいのをグッと堪えて、岡村に視線を向けた。


 岡村がその娘に何か言おうとした瞬間、別の娘が文句を言った。


「えー。その日は岡村君をコンパに誘おうと思ってたのにぃ」


 うーん。ホントに、羨ましいほどモテやがるな。


「わりぃ。この次の時に、誘ってくれよ。なっ」


 岡村はそう言って、その娘にウインクをした。


 ホント、岡村はマメだよなぁ。ボクには、絶対真似できない。


「え――――。岡村君、この間もそんなこと言って断わったじゃない」


 どうやら岡村のヤツ、こうやって断わるのはこれが初めてじゃないらしい。モテ過ぎるのも、考えもんだな。


「そうだ。今度、皆でもんじゃ焼き食べに行こう」


 岡村がそう言って女の子達をなだめると、女の子達はボク等の側から離れて行った。


「そんなこと言わずに、行ってやればいいのに」


 何か日曜日に岡村が企んでいるような気がしたボクは、さりげなくコンパに行くよう岡村に勧めた。


「俺の理想は高いんだ。香さんなら、即OKなんだけどな」


 岡村は妙に乗り気で、一人で盛り上がっていた。


 ホント、何も企んでなければいいんだけど。


 って、早くその手を放せよ!



貴司には美紀ちゃんって言う彼女が居るのに、岡村ともそう言う関係だったの?


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