↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
18/18

第5話 最期のショッピング(4)《完》

 買い物を終えたボク達は、駅ビルに隣接したデパートの屋上でベンチに座っていた。香だけは、ボク達の前に立って、空を見上げている。


「う―――ん。気持ちいい」


 まだ3時を過ぎたばかりだから、ギラギラと太陽が照りつけて『気持ちいい』とは程遠い暑さなのに、香は両腕を思いっきり拡げて伸びをした。


「このクソ暑いのに、よく『気持ちいい』なんて言えるなぁ」


「え、そんなことないよ。抜けるような蒼い空を下から見たら、こんな風に見えるのかって思うと、やっぱり気持ちいいもん」


「下から?」


「うん」


 空を下から見るって、当たり前じゃないか。


 ボクは香の笑顔につられて笑ったけど、さっきから黙り込んだままの美紀が気になってその表情を窺った。


「…………」


 なんか、臍を曲げていると言うか、むくれているみたいだ。


「美紀、どうしたんだよ。さっきから黙り込んじゃって」


「別にぃ」


 声で、美紀が不機嫌なのはあからさまに判る。


「別にじゃないよ。何むくれてるんだよ」


「……今日は、私のバースデープレゼントを買いに来てくれたんじゃないの? なのに、香さんにまで私と同じワンピを買って上げるなんて……」


 あ、それでむくれてたのか。不味かったな、ちょっと美紀への気遣いが足りなかった。


「ごめん」


「いいわよ、謝らなくたって。ただ、ちょっと寂しかっただけだから。それに私は、貴司のこと信じているから」


 うっ! 滅茶苦茶気にしてるじゃないか。


「ホントにごめん。ただ、あいつ、いつも同じ格好しかしてなかったから、ちょっと可哀相に思ってな……」


 ボクはそう言って香に視線を移すと、そこに香は居なかった。キョロキョロと屋上を捜すと、香はいつの間にかかなり離れた所にある売店前に居た。


「そうね。香さん、いつもジーンズに赤いシャツブラウスだもんね」


 美紀は、何か心ここにあらずって感じだ。


「ああ。あと、何処で手に入れたのか判らないけど、露出のやたら多いビスチェしかないみたいなんだ」


「ふーん。まあ、今回は許して上げるから、気にしなくていいわよ」


「…………」


 ボクと美紀は、なんとなく香を視線で追っていた。


 ゆっくりと、無言のときが流れる。


「……なんか、妬けちゃったのよねぇ。貴司と香さん見てると、姉弟って言うより、恋人同士に見えちゃって」


「!」


 ボクは思いっきり驚いて、美紀を見つめた。美紀が、ボクと香をそんな風に見ていたなんて、思いもしなかったからだ。


「何バカなこと言ってるんだよ。ボクの恋人は美紀で、あいつは単なる居候なんだから」


「うん。そうだよね」


 美紀を見ると、なんとなく穏やかな表情になっていて、ボクはホッとした。


 でも、美紀に嫉妬されるのも、悪くないかな。どっちかって言うと、ボクが先に惚れた方だから、美紀に嫉妬されるなんてことは殆どなかったからなぁ。まあ、これも香のお蔭かもしれない。


 その時、突然大きな声で呼ばれた。


「たかしー。ちょっと来てぇ」


 見ると、香が売店の前で両手を上げて手招きしてる。


「ったく、恥ずかしいなぁ」


 同意を求めるように美紀を見ると、美紀は笑みを零しながら人事のように言った。


「いいじゃない。元気があって」


「あのなぁ。人のことだと思って……。白い目で見られるのはボクだけじゃなく、美紀もなんだぞ」


「…………」


 美紀も、今自分の置かれている立場を理解したか。


「早く早くぅ」


 香は、ボク達2人の思いも知らず、ピョンピョンと飛び跳ねてボクを呼んでいる。


「はいはい、今行きますよ。美紀、ちょっとあいつを黙らせてくる」


 ボクは立ち上がると、美紀の返事も聞かずに売店へ向かった。


「なんだよ」


 ボクは香の元へ行くと、少し怒ったように言った。


「えへへへー。アイスクリーム、買って」


「はぁ?」


「だから、アイスクリーム買ってって言ってるの」


「んなモン、自分で買えばいいじゃないか」


「だってあたし、お金持ってないんだもん」


「なら、食べたいなんて、言うなよなぁ」


 ボクがうんざりしたように言うと、香は駄々を捏ね始めた。


「えー、買って買ってぇ。アイスクリーム買ってくれないと、ヤダー」


「ったく、子供みたいに。少しは遠慮しろよなぁ」


「だってぇ、姉弟で並んでアイスを食べたかったんだもん」


「はいはい判ったから、そんな子供みたいに騒ぐなよ」


 ボクはそう言うと、3人分のアイスクリームを買って、香と一緒に美紀の所へ戻った。


「はい、お待ちどうさま」


「ありがとう」


 美紀がボクの差し出したアイスクリームを受け取ると、ボク達はベンチに座った。


 太陽が照りつける下で食べるアイスクリームは、この上なく美味しい。


「あー。これでもう、思い残すことなく帰れるわねぇ」


「帰るって、家に帰るのかよ」


「違うわよ。貴司のことだから信じないと思うけど、て・ん・ご・く。それに、いつまでも地上に居る訳にもいかなくてね。そろそろ帰らないといけないの」


「ったく。いつまでも言ってろ。誰がそんな嘘、信じるかよ」


 電車や車なんかの、街の喧噪が聞こえてくるものの、なんだかのどかな草原でのんびりしているみたいだ。そのせいか、香の嘘も気にならない。


 たまにはこんな風に、無駄な時間を過ごすのもいいな。また3人で、ここに来ようかな。それとも次は、新宿御苑まで足を伸ばしてみるか? ボクはそんな風に、次のプチピクニックに思いを馳せた。


 アイスクリームを食べ終えると、ボク達は帰ることにした。


 目的の物も買ったし、何より歩き疲れた。いや、歩き疲れたのはボクだけで、美紀も香も疲れた様子はまるでないけど。


 地元の駅を出ると、ボク達はアパートに向かった。


 美紀はボクのアパートに来て、そのまま泊まって行くことになった。ボクの姉貴が居ると言うことで、おばさんが泊まることに反対しなかったんだ。


 バカ話をしながら歩いていると、駅とアパートの中間を過ぎた辺りで、妙に人だかりのある路地があった。


「ねえ。あれ、何かな? ちょっと、見て行かない?」


 香がその人だかりを指差すと、ボクの腕を掴んで人だかりに向かって歩き出した。


「おい、ちょっと待てよ」


 グイグイ引っ張って行く香に引き摺られるようにして行くと、すぐにその野次馬の原因が判った。1軒の家が、燃えていたんだ。


「おい、消防車はまだ来ないのか!」


 誰かが怒鳴ったけど、それに答える人は居ない。サイレンの音は聞こえ始めたけど、まだ到着しそうにない。


 火事は、1階部分が燃えていて、2階の窓からは煙りが上がっている。


 そんな情況が少し離れた所からでも判るのに、香は野次馬を掻き分けるようにしてその家の側までボクを引っ張って行った。美紀も、ボク達の後に付いて来る。


 近付いて見ると、木造建ての家とはいえ、妙に勢い良く壁が燃えているのが気になった。


「これ、きっと放火よ」


 ボクの腕が痛くなるくらい強く掴んでいた香が、ボソリと呟いた。なんで、そんなことが判るんだ?


 そう思って香を見ると、血の気のなくなった顔で、身体をわずかに震わせて火事に見入っていた。


 その時、すぐ側で女性の悲鳴が聞こえた。


「まだ中に早百合が居るの。だから放して!」


 まだ若い、25、6歳の女性が中年男性に羽交い締めにされて叫んでいた。


「駄目だ奥さん。今中に入ったら、あんたまで死んじまう!」


 女性を羽交い締めにしている男性が、怒鳴るように言った。


「でも、あたしの赤ちゃんが、早百合が2階に居るの。まだ2階に火が回ってないから、今なら助けられる!」


 女性はそう叫んだけど、ここから火が見えないだけで、2階にも火は広がっていそうだ。


 その時、急に腕の痛みがやわらいだ。


「赤ちゃんは、何処に居るって?」


 香は女性に詰め寄ると、両肩を掴んで揺さぶっていた。


 ボクは香を止めるため、そんな2人に近付いた。


「早百合は、あそこの窓の開いている部屋に……。早百合が寝ている間に買い物をしようだなんて、あたしが思わなければ……」


「大丈夫。あたしが連れてくる」


 そう言うが早いか、香は身を翻して燃え盛る家に向かって走り出した。


「おい、香! バカな真似はやめろ」


 ボクが香を追おうとした瞬間、誰かに腕を掴まれた。


「君までバカな真似はやめろ!」


 ボクの腕を掴んで怒鳴ったのは、赤ん坊の母親を羽交い締めにしていた男性だった。


「だけど、香を止めないと!」


 ボクも怒鳴り返す。


「あいつはオレンジ色の火を見ると、身体が竦んで動けなくなるんだ! だから、あいつを行かせちゃダメなんだ!」


 ボクはそう怒鳴って腕を振り払おうとしたけど、ガッシリと掴まれて振り払うことが出来なかった。


「もうすぐ消防車が来る。それまで待つんだ」


「でも……」


 言い返そうとした瞬間、それまで遠くに聞こえていたサイレンが、いきなり近くから聞こえた。見ると、消防車が路地に入って来たところだった。


 するとボクは、腕を掴んだ男性に引っ張られて、消防車に道を空けさせられた。


 消防車は2台。消防士が素早くホースを出すと、消火を始めた。


 ほんの数メートル先で、さっきの母親が消防士に赤ん坊を早く助けるように泣きついている。ボクの腕を掴んでいた男性も、いつの間にかそこへ行き、喧噪で聞き取れないけど何か説明している。


「!」


 そうだ! 香が中に。


 ボクはその消防士に駆け寄った。


「それで、ほんの少し前に女の子が赤ん坊を助けに、家の中に飛び込んだんです」


 男性が、消防士に香のことを説明していた。


 なに、そんな悠長なこと言ってるんだよ。もう、火は2階にまで広がってるんだぞ!


「お願い。早百合を、早百合を……」


 母親は、今にも泣き崩れそうになり、説明していた男性が支えた。


「判りました。しかし、火の勢いが激しくて、中には入れないんです。とにかくここは危険なので、下がってください」


 消防士は、見るからに事務的に答えた。


 情況を見れば、消防士の言うことも判る。けど、そういう言い方はないだろ。


 ボクは、思わず消防士に詰め寄ろうとした。だけど、誰かが腕にしがみついてきて、身動きが取れなかった。見ると、腕にしがみついてきたのは美紀だった。


「美紀!」


「ダメよ。ここは消防士に任せて、邪魔にならない所に行きましょう」


「だけど、香が!」


 美紀の言葉に、ボクは苛立ちながら怒鳴った。


 ボクは、再び火事で姉貴を失う恐怖を感じていたんだ。


「判ってる。でも、貴司がここに居たからって、何も出来ないでしょ!」


「!」


 確かに、美紀の言う通りだ。ボクがここに居たからって、火が消える訳でも、香や赤ん坊が助かる訳でもない。却って、消防士の邪魔になるだけだ。でも……。


『・・・・・・・・・・・・・・・・・』


 その時、耳元で誰かの囁きが聞こえた。


 周囲を見回しても、ボクの耳元で囁いたような人は居ない。


 美紀は、ボクがキョロキョロ周囲を見回しているのを、不思議そうに見つめている。


『貴司。赤ん坊は無事。裏の路地に来て』


 再び声が聞こえた。この声は……。


「美紀。安全な所に行ってろ」


 ボクはそう言い残すと、野次馬を掻き分けてその路地を飛び出した。


 この辺りの路地は、元々畑だったものを小刻みに潰して住宅にしていったらしく、かなり入り組んでいる。ボクは頭の中で地図を思い浮かべると、火事で燃えている家の裏路地へと続く路地に飛び込んだ。


 裏路地からは、燃えている家を直接見ることが出来ないせいか、野次馬は全く居ない。


 2度ほど角を曲がると、そこに香が立っていた。


「香!」


「香さん!」


 後ろからの声に驚いて振り返ると、そこには息を上げた美紀が居た。


「美紀。お前、付いて来てたのかよ」


「うん。それより、香さんが……」


 美紀に促されてもう1度香を見ると、さっきは動転してて気づかなかったけど、香の服がボロボロに焼け焦げていた。


「香。お前、大丈夫なのかよ」


 白いワンピースは、無残にもあちこち焼けて穴が空いている。だけど不思議なことに、その穴から覗く肌は白くて、火傷をしたようには見えない。


「あたしは大丈夫。赤ちゃんも寝ていたから、殆ど煙りは吸ってないみたい」


 赤ん坊は怪我1つなく、ベビー服も焦げ跡1つない。きっと香が、自分が火に焼かれるのも構わず、赤ん坊を庇ったんだろう。


「貴司。赤ん坊をお願い」


 香から赤ん坊を受け取ると、まるで火事で死にかけたことを知らないかのように寝ていた。


「ごめんね。せっかく買ってくれたワンピース、駄目にしちゃって……」


「香が無事なら、そんなことどうだっていいよ。ホント、無事で良かった。だけど、オレンジ色の炎を見ると、怖くて身体が竦むんじゃなかったのか?」


「うん、そうなんだけど。この子があたしの様に死んじゃうと思ったら無我夢中で、気がついたら助けてた」


 香は、ちょっと恥ずかしそうに言った。そしてその表情は、寂しげなものに変わっていった。


「ごめんね」


「だから、服のことはいいって」


 まだ服のことを気にしてるのかと思って、ボクは明るく言った。


「違うの。あたし、もう帰らなくちゃいけなくなったの」


「帰るって……」


 香の言葉に、ボクはデパートの屋上での言葉を思い出した。


「うん。貴司と過ごしたこの数週間、とっても楽しかった。ありがとう、貴司」


 視線を美紀に向けると、香は更に言葉を続けた。


「美紀ちゃん、ありがとう。頼りない弟だけど、貴司のことお願いね」


「え、ええ……」


 美紀は、戸惑いながらも頷いた。


「じゃあ、バイバイ」


 香が寂しそうに微笑みながら言うと、その身体が徐々に透けていって、最後には背中が焼けて穴だらけになったワンピースがパサリと地面に落ちた。


「か、おり……」


 美紀は涙で頬を濡らし、ボクは茫然と地面に落ちたワンピースを見つめていた。






 あれから1週間ほどした昨日、あの火事の放火犯が捕まった。就職浪人の若者が、ムシャクシャしてガソリンを撒いて放火したらしい。


 ボクはと言うと、香が現われる前の生活に戻っていた。


 今なら、香が本当の姉貴だったんだと信じられる。でも、香にはもう2度と会えない。


 心残りは、香に1度も『姉さん』って言わなかったことだ。多分、香は1度でいいからボクに『姉さん』って、呼ばれたかったんだろうと思う。


 香の残して逝ったワンピースは、今もちゃんとタンスに仕舞ってある。ボクにとって、姉貴との唯一の想い出の品だからだ。


 深夜、バイトから帰ってきてビールを飲むと、酔いも回ってきてそろそろ寝ようとしたところに、扉をノックする音がした。


 誰だぁ? こんな時間に。


「はーい、どなた様ですかぁ」


 玄関に立って扉を開けると、そこには思いがけない人が居た。


「貴司、ただいまー」


 香が満面の笑みで、いきなりボクに抱きついてきた。


「か、香! お前、天国に帰ったんじゃないのかよ?」


「うん、帰ったよ。でも、もうすぐお盆だから、ちょっと早いけど帰ってきちゃった」


「帰ってきたって……。そんな簡単に、行ったり来たり出来るのかよ」


「だって仕方ないじゃない。あたし、まだちゃんと成仏できてないんだから。貴司があたしのことを『お姉さん』って呼んでくれないから、ちゃんと成仏できないのよ」


「なに言ってる。ボクは香のことを、姉貴だとは認めてないんだからな」


 そうさ、香のことを『姉さん』って呼ばなければ、こうして会えるんだから。



                Fin


『姉が来た!』は、今話で完結です。

 長い間お付き合い下さいまして、本当にありがとうございました。


 香と貴司の姉弟が、これからどうなっていくのか判りませんし、貴司と美紀のカップルへの影響があるのかも判りませんが、このお話はこれにて終了です。

 願わくば、この小説を読んで下さった方が、少しでも楽しんで頂けたら幸いです。


 と言う訳で、拙作にお付き合い下さいまして、ありがとうございました。これに懲りずに、またあいつの小説を読んでやろーと思って下さいましたら、またいつの日かお会いしましょう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。