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第3話 もんじゃ焼きが食べたい!(4)



 もんじゃ焼きを食べ終える頃には、ボク達はビールで気持ち良くなっていた。


「はーあ、美味しかったぁ」


 香が顔を真っ赤にして、満足げに言った。


 結局、丼ぶり九杯分のもんじゃ焼きを、四人で平らげてしまった。


「結構、美味しかっただろ? 普通、店でこれだけ飲み食いしたら、軽く一万は越えてるけど、その半分ぐらいで済んでるんじゃないか? だろ? 美紀ちゃん」


 岡村が、自慢げに香に言った。無論、最後の部分は美紀に振ったんだけど。


「うん。ビール代含めても、七千円ぐらいで済んでる」


「だろ。ちょっと手間は掛かるけど、普通のもんじゃ焼きなんて具材はみんな同じだから、こうして自分の家で作った方が沢山食べられるんだ」


 ビールの空き缶の数の割りに、岡村も美紀も言葉はしっかりしてる。無論、ボクだってそんなに飲んだ訳じゃない。空き缶の半分は、香が飲んだんだ。


「ホンット。こーんな美味しいもんじゃ焼きを沢山食べえたのは、みんな岡村君のお蔭だわ。あいがとね、岡村君」


 どことなく、呂律が回ってない。香のヤツ、相当酔ってるな。


 なのに、香はまたしても缶ビールを手にして、プルトップを開けた。


 カシュッ!


「んぐんぐんぐ……。たはーっ」


 完全におやじ化してる。


「おい、香。もうそのくらいにしとけよ。飲みすぎだぞ」


 ボクの言葉に、香がギロッとボクを睨みつけてきた。目が、完全にわってる。


「あによ。文句あゆってゆうの? ゆーえーは、ビーユ飲んじゃいけないってゆうほーいちゅが、あゆってゆーの?」


 前言撤回。どことなくじゃなくて、完全に呂律が回ってない。


「いや、飲んじゃいけないって言ってるんじゃなくて、飲みすぎじゃないかって言ってるんだ」


「大丈夫よ、だいじょーぶ。あたしは、ぜーんぜん、酔ってましぇんかやねぇ」


 そう言うと、香はまたビールを飲んだ。


 全然酔っていないどころか、完全に酩酊状態だ。


 ボクだけじゃない、美紀や岡村だって呆れてる。


「香さん、大丈夫ですか?」


 美紀が心配して言うけど、香はそんなことお構いなしだ。ニパッと笑顔を美紀に向けると、またビールを飲んだ。


「ふー。天国には、ビーユなんて美味しい物、ないかやねぇ。ほや、おかむや君も、もっと飲んでぇ」


 香はビールの缶を岡村に突き出すと、もっと飲むように勧めた。


 ま、岡村に押し付けたビールが最後だし、これ以上飲まれることもないだろう。


 だけど、ボクの考えは甘かった。香はビールが空になると、更にビールを要求してきたんだ。


「もう、ビーユないわよぉ。貴司ちゃん、持って来てぇ」


「ダメだよ。もうおしまい。お前一人でビール飲んじゃって、ぐでんぐでんに酔ってるじゃないか」


「えー。まだ飲みたいないよぉ」


 そう言うと香は、立ち上がって冷蔵庫にビールを取りに行こうとした。だけど、酔いは足腰にも来てて、立ち上がった途端に足はよろけ、岡村を押し倒すように倒れた。


「おい!」


 ボクが慌てて腰を上げようとすると、岡村が手を上げてそれを制した。


「大丈夫だよ。役得だから、気にしない気にしない」


 しかし、さすがは美紀。その様子を見て、素早く立ち上がると台所に行って水を持ってきた。


「はい、香さん。とにかく、これを飲んで」


 美紀は香を抱え起こすと、水を飲ませた。


「あいがと」


 香は水を飲み終えると、アヒル座りをしてちゃぶ台に突っ伏した。


「香さん、ホントに大丈夫?」


 心配そうに聞く岡村に対して、ボクは冷たく言い放った。


「大丈夫大丈夫。そのまま放っておけ。だけど香、そこでは吐くなよな」


「大丈夫。そんなもったいないことはしないかや」


 香は、突っ伏したまま答えた。どうやら、意識はあるらしい。


 それからは、香を除いた三人で、ビールを飲みながらバカ話に華を咲かせた。


 殆どは、ボクと岡村の高校時代のことだ。美紀に思い出を語って聞かせると言うよりは、暴露し合っていると言った方がいい。それを、美紀がケラケラ笑いながら聞いている。


「わりぃ、月島。灰皿あるか?」


 笑いに一区切りついた時に、岡村が言ってきた。


「ああ、ちょい待ち」


 ボクはそう言うと、シンクの下から灰皿を持って来る。


 ボクはタバコを吸わないから、岡村が自分で吸う用に持ってきた物だ。


「ほいよ」


 灰皿を渡すと、岡村はタバコを取り出してくわえた。


 シュポッ。


 岡村はライターに火を点けると、口元のタバコに持って行く。


 と、悲鳴が上がった。


「いやぁ――――――――――――――――」


 な、なんだ?


 悲鳴のした方を見ると、香が怯えた瞳で岡村を見ていた。


「ひ……。いやぁ――――――――――――」


 香は酩酊状態だったとは思えないほどの素早さで、ちゃぶ台を回るとボクの背中に隠れた。


「お、おい。どうしたんだよ」


 首を回してボクの背中にピトッと張り付いていた香に声を掛けてみたけど、香は顔をボクの背中にくっつけてガタガタ震えている。一体、なんだってんだ?


「香さん、どうしたんですか?」


 美紀も心配して、覗き込む。


「暑苦しいから、離れろよ」


 ボクは身体を左右に振って香を離そうとしたけど、香は背中にしがみついたまま離れようとはしなかった。


 呆気に取られていた岡村も、タバコに火を点けるとライターを置いて香の様子を窺った。


「酷いな、香さん。俺の顔見て怖がること、ないじゃないですかぁ」


 苦笑いを浮かべる岡村に、ちょっとだけ同情してしまう。好きになった女性が自分の顔を見て悲鳴を上げたら、誰だって落胆する。まさに、今の岡村がそれだ。


 でも、なんで今更岡村を見て怖がるんだ?


「ほら、野獣は近付けさせないから、もう顔を上げろ」


「そうよ。岡村君には、指一本触れさせないから安心して」


「二人とも、ひでぇなぁ」


 ボクと美紀の言葉で落ち着いたのか、香はやっとボクの背中から顔を上げた。


「ううん、違うの。岡村君が怖かった訳じゃないの。ちょっと、火が怖かっただけなの」


 かすかに震える声で、香が答えた。


「はあ? 火が怖かったって、ライターの火か?」


 ボクは思わず、素っ頓狂な声を上げてしまった。だってそうだろ。香が家に居候を決め込んでから、火を見るのはこれが初めてじゃないんだから。だけど、香はコクリと頷いた。


「ちょっと待て。今までだって、火を見ても大丈夫だったじゃないか。飯を作るのだって、ガスコンロを使ってたんだから」


「うん……。でも、ガスコンロの火はオレンジ色じゃないから……」


「オレンジ色じゃないって、どう言うこと?」


 美紀が優しく聞く。


 ボクも知りたい。オレンジ色の火だと、なんで怖いんだ?


「あたし、火事で死んだでしょ。だからオレンジ色の火を見ると、その時の恐怖が蘇って、身体が竦んじゃうの」


 は?


 ボクは、呆れてしまった。ここまで演技が徹底してると、お人好しなら香が幽霊だってこと、信じてしまうかもしれない。案の定、美紀は信じてしまったらしい。


「大丈夫。岡村君には、もう香さんの前ではタバコを吸わせないから。いいわよね、岡村君」


「まいったなぁ。でも、愛する香さんのためだ、我慢するよ」


 なんの照れもなくそう言うと、岡村は吸いかけのタバコを揉み消した。


「でも、それじゃ岡村君に悪いわ」


「うーん、火がオレンジ色でなければいいんだろ?」


 しおらしく呟く香に、岡村が聞いた。すると香は、コクリと頷いた。


「じゃあ、オレンジ色の火を出さないライターを使うようにするよ」


「え? そんなライター、あるの?」


「ああ。ターボライターって言って、炎が殆ど見えないか、見えても青い炎しか出さないライターがあるんだ。これなら、香さんも怖くないだろ?」


「うん。大丈夫だと思う」


「よし、決まり。明日、買ってくるよ。それまでタバコは、お預けだ」


 岡村はそう言って、タバコをポケットに仕舞った。


 おいおい。岡村まで、香が幽霊だってこと信じるのかよ。幽霊を彼女にするなんてこと、出来る訳がないって判ってるだろうに。


 結局、この騒動でみんなの酔いは覚めてしまった。


「もう一一時も回ったし、お開きにするか?」


 岡村は立ち上がると、ホットプレートを台所に持って行った。


「そうねぇ。早く、ちゃぶ台を片しちゃいましょう」


 そう言って、美紀はちゃぶ台の上を片付け始めた。


 香はと言えば、さっきの恐怖がまだ抜け切っていないのか、放心したまま座り込んでいる。


 ボクがちゃぶ台を片付けるのを手伝おうとすると、美紀がそれを遮った。


「貴司は、香さんの布団を敷いて上げて」


「ああ……」


 仕方なく、ボクは押し入れを開けて布団を敷いた。


 布団が敷き終わった頃には、ホットプレートや食器はシンクで水にけられ、ちゃぶ台も畳まれて部屋の中はガランと広くなっていた。


「じゃあ、布団を敷いちゃいましょ」


 そう言って、美紀が香の布団の隣りにボクの布団を敷き始めた。それを、岡村がせこせこと手伝っている。


 へ?


「お、おい! 何やってんだよ」


「え? 見て判んない? 布団を敷いてるのよ」


 美紀は布団を敷く手を休めて答えたが、その間も岡村がせこせこと敷いている。


「それは判るけど。なんでボクの布団を香の隣りに敷くんだ?」


「え? じゃあ、私には、畳みの上で寝ろって言うの?」


「はい?」


「だから、私を畳みの上で寝かす気?」


 美紀は、ちょっとムスッとした表情で言った。


「畳みの上で寝かす気って、どう言うこと?」


「決まってるじゃない。私も寝るの。それともこんな夜遅く、酔った私を一人で帰す気?」


「そう言うこと。美紀ちゃん一人を帰す訳にはいかないだろ?」


 布団を敷き終えた岡村が、ボクと美紀の間に割って入ってきた。


 って、まさか!?


「二人とも、グルだったのか?」


「なんのことかなぁ?」


 美紀はそっぽを向いて惚けて見せたけど、岡村は違った。


「当たり前じゃん。俺が香さんと一つ屋根の下で寝るのを条件に、美紀ちゃんのお泊り作戦を助ける。お前だって、美紀ちゃんが泊まってくれれば嬉しいだろ?」


 迂濶だった。岡村が何か企んでいるとは思っていたけど、美紀と共謀するとは思ってもみなかった。


「冗談じゃないぞ。布団は二組しかないんだからな」


「気にしない気にしない。香さーん、立ってくださーい。布団が敷けましたよぉ」


 岡村は香を立たせると、布団の所へと連れて行った。


「あ、ありがと。みんなと一緒に寝るの?」


 香はトロンとした瞳で、部屋を見渡して言った。


「そうだよ。香さんと一緒の布団で眠れないのが残念だけどね」


「うわー。こんな合宿みたいなの、憧れてたんだぁ」


 香はそう言うと、布団の中に潜り込んで隣りの布団を叩いて言った。


「早くぅ。美紀ちゃんも一緒に寝よ」


「うん」


 美紀はニッコリ頬笑むと、香の隣りの布団に潜り込んだ。


 結局、ボクは座布団を枕にして、雑魚寝をする羽目になってしまった。




今回で、第3話は完結です。

次回、第4話(1)をお楽しみに。

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