夢章【phantasm dreamer】
【夢章】
――色褪せぬ魔法
――永劫を望み
――永劫を感じない
まるで夢のような
まるで現のような
まるで色のような
まるで空のような
色即是空の言葉の通り
溶けてしまうよ極彩夢幻
掴みたいと願うよ幻想
紅き眼で夢を見る
蒼き眼で夢を見る
無垢な瞳で夢を見る
瞼を閉じれば開かれる
閉じて開くは夢の門
総てが自由
永劫なき自由
だけど……
瞼を開けば閉ざされる
夢から醒めると切ないよ
不安を抱いて身を起こす
それが怖いから
起きたくないんだ
そんな彼女はphantasm dreamer
そんな彼女もbeautiful dreamer
ほら、肩を揺すって
起こしてあげようね
――夢章【phantasm dreamer】
◆ ◆ ◆
「ごろごろー」
相も変わらずコイツは……。
掃除の邪魔だというのに、床で転がっては漫画を読んでばっかりいる。
邪魔とか行ったが、掃除機がやってくると転がって別の場所に移動する。
だからあんまり邪魔にならない。
だから余計にムカつく。
こいつと同じくらいのナイトメアは冬音さんの家でよく働いているというのに。
どうしてここまで違いが出るのかねえ。
おお、ナイトメアといえば。
オレは掃除機のスイッチを切り、漫画を読みながら笑っている死神の方に近づく。
「おい死神」
「アハハハハハ」
「おい死神」
「アハハハハ! ひーっ! なにこれー! ポケットからゼリーが溢れてるんですけどー!」
どんなポケットだ。
「ふう。さすがド○えもん」
ド○えもん!?
「お、おい死神」
「え、なにー?」
「そろそろメアちゃんと冬音さん、帰ってくるんじゃないか?」
「まだ夕方だよー? ギリギリまで両親と一緒に居たいかもだから、遅くなるんじゃないー?」
「そうか」
それもそうか、と納得し、掃除に戻る。
死神はまた漫画を読み始めた。
「アハハハハ! メガネ割れてるよー!」
……うっせえ。
カーテンを揺らす風が頬に当たり、窓を開けたままだったことに気付いた。
閉めようとベランダに近づくと、時刻はもう夕方。真っ赤な夕日が顔を覗かせていた。
思わず、そのままベランダへ出て黄昏る。
昔もこうやって一人で夜の訪れを待ってたっけ。
◇
――昔のオレにとって、夕日が沈んだら、それは合図だった。
暗闇の中、毎日のようにマンションから駆けだしていた。
向かう先は街外れの廃工場。
オレがそこに現れると、たくさんの仲間達が大はしゃぎで迎えてくれた。
その中心に、冬音さんも居た。
彼女がオレを見つけてくれた。
彼女がオレに居場所をくれた。
彼女がオレに仲間をくれた。
たぶん……恥ずかしい話だけど。
オレより二つくらい年上の彼女を、オレは勝手に姉のように思い――
そして同時に初恋の人だった。
冬音さんの強さが好きだった。
冬音さんの優しさが好きだった。
冬音さんの気高さが好きだった。
冬音さんの笑顔が好きだった。
オレの事を気遣ってくれた。
輪の中に引き入れてくれた。
暴力を叱ってくれた。
暴れない力を教えてくれた。
そのなかで、力を使ってモラルとズレる必要もあるとオレに言った。
それは間違っているのかよくわからなかったけど、やっぱりオレを理解しているからこそ、そんな事を言ったんだと思う。
そして自分達が間違っていることも、冬音さんは理解していた。
いつしかオレや冬音さんを中心に、また仲間が増えていった。
集団はファンタズマという名を掲げるようになった。
不良狩りのファンタズマ。
瞬く間に巷では有名な集団と化した。
それはあまり良くない事なんだけどな。
他の不良共にとっちゃあ、目障りなわけで。
一般人から見たら、不良に変わりはないわけで。
孤立した不良集団。
でも、オレ達はファンタズマであり続けた。
理不尽な世の抑止力。この街でだけでも、そういうモノが存在するべきだと、皆が思っていたから。
そして佐久間財閥の人材確保の為にも、ファンタズマはあったわけだが。
死神が家にやってきてからは参加しなくなった。
なんでかは自分でもよくわからなかったけど、変わらなきゃ。って、そう思った。
アイツら、元気でやってるといいけどな。
◇
「お腹すいたよー!」
うお。
ボーっとしすぎた。
死神の声を聞いたオレはベランダから部屋の中へ入り、窓を閉める。
夕飯の支度もしなきゃいけないし、まだまだやることがたくさんある。
お腹すいたよー、とか叫んだ本人は漫画に顔を埋めている。
テメー。
……はぁ。
上を見上げて、小さくため息。
――ぐにゃ。
……そう、オレは小さくため息を吐いただけだ。
なのに、まるでオレの息が凄まじい威力の弾丸なのかと思うくらい、同じタイミングで天井が歪んだ。
グニャリと。
いや、すぐに気付いたけどさ。異界からのゲートだってのは。
でもビックリしたんだよ。
『里原殿、失礼しますよ』
降りてきたのは夜叉さんだ。
死神も漫画を閉じて顔を上げる。
「あれ? 夜叉さんだ。どうしたの?」
スタっと着地し、地獄の鬼はオレの腕を掴んだ。
別に乱暴にってわけじゃなく、自然な力で。
『里原殿。あと死神殿もいいでしょう。閻魔殿が呼んでいます』
「閻魔さんが?」
「どうしたの?」
『いえ。某もよくわからないのですが、佐久間殿とメア殿が帰ってきたあと、閻魔殿がすぐに里原殿を連れてくるようにと……』
え、冬音さん達、もう帰ってきてたのか。
なんだろ。なんかあったのかな。
とりあえずオレも意味が解っていないことを夜叉さんに示すべく、首を傾げて見せた。
同じように死神も首を傾げ、夜叉さんも何も聞かされていないから首を傾ける。
結局、部屋の中で三人がクエスチョンマークを頭に浮かべるだけだった。
このままでいるわけにもいかず、よくわからんが閻魔さんの呼び出しに応じるしかなかった。
◇ ◇ ◇
『閻魔殿、言われたとおり里原殿を連れてまいりましたぞ』
地獄旅館。
閻魔さんの部屋の前で夜叉さんが呼びかける。
すると間髪入れずに中から返事が来た。
『おう、御苦労さん! あー、ロシュも一緒か?』
「うん、いるよー!」
『わりいな、ちょっと里原だけ貸してもらえるかー』
「準くんだけー? 私はー?」
『腹が減っただろ、夜叉にどっか飯食いに連れてってもらえ』
オレと夜叉さんは顔を見合わせる。
で、死神もポケー、と閻魔さんの言葉を聞いた後、夜叉さんの着物を引っ掴んだ。
「うん、わかったー」
『うし、いい子だな。話が終わったら里原は返してやるから』
なんだかオレがモノのように扱われている……!
「いこ、夜叉さん」
『え、ええ。では里原殿、また後ほど』
「死神を宜しくお願いします」
って、保護者もいいとこだ。
そしてオレを閻魔さんの部屋の前に残し、二人は行ってしまった。
オレ一人だけに何の用があるんだろうか。
そんな疑問を残しつつ、部屋の扉を開けた。
「失礼しますー」
『フハハ、悪いな里原。ロクな説明もなしに呼びつけちまって』
「いえいえ」
部屋の中はやっぱ広い。
部屋の真ん中にでかいテーブルがあり、それを囲むように椅子が並んでいる。
閻魔さんは入口の反対側に座っていて、入ってきたオレと向き合う形になっていた。
その隣には――ん?
見慣れたニット帽。
ああ。ナイトメアか。
閻魔さんの隣にナイトメアがちょこんと座っていた。
って、あれ?
「メアちゃん? 一人? つーかもう帰ってたんだな」
『フハハ、まあ座れよ』
言われて、一番近くの席に座る。
なんだコレ。
ナイトメアと閻魔さんを前に、尋問を受けるような雰囲気じゃねえか。
特に変わった様子のないナイトメアは、きょとんとして座っている。
『いや、まあ別に大した用事じゃないんだが……』
「冬音さんはどこ行っちゃったんですか?」
『え、佐久間か?』
と、ここでオレの質問に答えたのはナイトメアだった。
「冬音さん、用事があるだとか言って、先に帰っちゃったんですよー!」
頬を膨らませてオレに訴える。
『そういうこった。しかも数日、家に戻れないかもしれないだとかでよー』
えー、マジかよ冬音さん。
『だから佐久間が帰ってくるまで、メアを預かってほしいんだわ』
「ですー」
二人とも、困ったような苦笑いでオレに訴えかけてくる。
いや、まあ別に断る理由もないしさ。
「そりゃ構いませんけど……」
『おー、良かったなメア』
「よかったですー」
『こっちで預かってもいいかなー? とか思ったんだけどよ、メアやロシュ、バンプの使ってた部屋はもう社員用の部屋になっちまって。フハハハハ』
成程。そりゃ困った話だな。
つーか冬音さん……!
アンタはアホか!
「えっと、話は……」
『おう、それだけだ』
それだけかよ!
『フハハ、よーしメア。もう行っていいぞ。夜叉とロシュが地獄街のどっかで飯食ってるだろうから行ってこい』
「はいですー」
ぴょんと椅子から降りたナイトメアは、早足でこちらに駆けてきて――
「じゃあ、宜しくお願いします準くん」
「おう」
そう会釈してから部屋を出て行った。
『食い終わったら二人を連れて戻ってこいよー』
「はいですー!」
扉を閉めながら閻魔さんに返事。
で、部屋の中はオレと閻魔さんの二人になった。
この大将、いつも仕事をサボってる上に女好きだ。
一日のうち、大抵は白狐さんやエリート餓鬼に追われて過ごしてるんじゃないかと思う時がある。
『で、だ。里原』
「え? あ、はい」
いきなり低いトーンで話しかけられて動揺した。
大将はテーブルの上に両肘を乗せ、腕を軸にして手の上に顎を乗せている。
『俺様はな、ロシュもメアもバンプも、平等に育ててきた』
「育ての親でしたもんね」
『そう。育ての親。ガキの面倒なんざ嫌で仕方なかったんだけどよ。ヴァルだって忙しい中で育てたんだ、俺様にできないわきゃねえ。三人まとめて数年間面倒みてやったさ』
「………」
『ただな。平等に育てたとは言ったが、ちと違う部分があるんだ』
違う部分。
平等ではない部分もあったってことか。
「そりゃバンプだけ男の子ですから、死神やメアちゃんみたいに扱うわけにはいかないでしょう」
『あー、違う違う』
閻魔さんは、説明しづらそうに眉をひそめ、髪をかきあげた。
白色の長い髪がふわりと靡いて、テーブルを撫でる。
『里原の言うとおり、バンプだけは男の子だ。そりゃ二人と扱いが違う部分もあったさ。でもそういうのも含めて平等ってこと。俺様が言いたいのは、そこじゃない』
「うーん」
『メアはな、身体がちょっと弱いんだ』
………。
そういうことか。
「初耳ですね」
『まーな。全然動けないとかそういうわけじゃない。だけどよ、メアを引き取るにあたって、里原に言っておくことがある』
この目は……本気の目だ。
ふざけた感情なんて、微塵も感じ取れない眼差しで、閻魔さんはオレを見据えている。
『一つ、あの子に関しては全てお前に任せる』
「へ?」
『一つ、まー俺様達を頼ってもいいんだけど、そこの判断も里原に任せる』
「へ?」
あ。オレなんとなくアホみたいな声しか出してねーよ。
あまりに初歩的な言いつけだったからだ。
そう、意外なほど。
『最後に一つ!』
ビシッと指を立てた閻魔さんがオレを睨みつける。
め、めっちゃ怖いからさ……。
「な、なんですか」
『メアがもし、イメチェンしたら俺様にすぐ知らせろ。すぐにだ』
なに言ってんのこの大将?
『いいな!』
「い、いいですけど。なんで」
『ん? そりゃお前、可愛い娘がもしイメージチェンジしたなら、即チェックを入れるのが親代わりである俺様の義務じゃねえか』
ダメだこの人。
凄まじいレベルのアホだ。
「それだけですか?」
『おう。その三つだけは絶対に忘れないでくれ』
「わかりました……」
やべぇ、ため息が洩れそうだぜ。
今言われたこれら三つだけは忘れるなだとよ。
もっと、身体に気を遣った細かいこととか指示されると思った。
とにかく、しばらくの間ナイトメアをウチで預かることになった。
オレと死神に加え、ナイトメア。
こりゃ賑やかを通り越して喧しい日が始まるぞ。
※本日、誠に勝手ながら「死神といっしょ!シリーズ」の評価機能を切らせて頂きました。コメントに返信できなかった方々、大変申し訳ございません。
詳細はブログにて御報告した通りです。
しかしながら、皆様の御声は是音にとってとても大きな力でした。作品を通してこれからも皆様と通じ合うことはできます。
そして、これからはメッセージ・もしくはブログでという形になってしまいますが、宜しければ皆様のお声、これからも是音に聞かせて下さい。
大切な読者様の言葉は、私にとって宝でございます。
どうぞ今後も宜しくお願い致します。