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第12話 第一歩!《閻魔&夜叉》vs《死神&里原》

【闘技場】



 地下に造られた空間が、幾重もの歓声によって振動している。


『待ちに待った時ってやつだな。フハハハハハ』

『嬉しそうですな、閻魔殿』


 これが喜ばずに居られるかっての。

 あの二人が、この俺様と対等に張り合おうってんだぜ。あの二人がよう。

 チビと若造。

 つい最近までそう思っていたのだが、時の流れってのは早いもんだな。いんや、あいつらの成長が早いのか?

 まあいいさ。どちらにせよ……。


 今、目の前で俺様を睨みつける二人へ全力でぶつかるのは間違いない。


『……にしても、やけに観客が多いな夜叉』

『ですな。まったく』

『こんなに狭い場所なんだ、被害が出るぞ』

『御心配無く。歌舞伎殿が結界を張っておりますので、我々は別の場所に居ると考えても差し支えありません』

『転送型結界か』


 それにしても意外なのは、観客の声がほとんど相手に向けられている点だ。

 里原準と死神ロシュケンプライメーダに。

 これもまた面白い現象だ。

 ここに集まった旅館の者達が、俺様ではなく里原達を応援している。今までに無かった事だ。地獄旅館最強にして支部長である俺様よりも、それに無謀にも立ち向かう挑戦者へ声を上げるとは。

 隣の夜叉を見ると、奴も硬直して観客の様子に見入っていた。


『お前、仮面があって良かったな。夜叉』

『まったくです』

『そのニヤケ顔、狩魔時代を彷彿とさせるぜ』

『久々の高揚感です。某自身、驚いている』

『二人の成長を見られる嬉しさ。最凶を撃退した力とやり合う期待感。そして――』

『この場所で閻魔殿と組む、愉快さ』


 ニヤケるわけだわな。

 今やこの夜叉は、俺様をも脅かす実力者。元狩魔の闇討にして、過去の因縁を乗り越えた男。携えた魔斬刀は三つ。双刀・闇鎬、長刀・鬼衣。今の夜叉は強いぜ? 里原、ロシュ。

 そしてこの俺様の得物、魔剣ドミニオン。それ単体で異界最強級の魔力を持つ魔導社の粋を集めた最先端の結晶。肩に乗せただけでお前らが冷や汗を垂らすのはよくわかるぜ。


『さあて夜叉、どう攻めるよ?』


 面白半分に問うてみる。


『そうですなあ……』


 夜叉は黒い仮面の下で一言呟き、同じく面白半分にこう答えた。


『某の全身全霊を以て』


 瞬間、夜叉は変身を遂げた。

 魔斬刀鬼衣による斬撃甲冑を纏ったのだ。

 最初から全力という事なのだろう。異形の体と化した相方は、ただひたすら里原とロシュを見つめ、珍しく『しゅう、しゅう』と興奮の息を漏らしている。

 更に俺様の一歩前に踏み出すと、腰に下げた双振りの刀を引き抜いて相手ペアへ切先を向けた。


『さあ! 死神殿、里原殿! 準備は良いですかな!?』


 鬼衣の副作用か。

 アドレナリンの過剰分泌――興奮作用による性格の好戦的変化。

 血客、飛沫との戦いを省みてもその残虐性は明らか。しかし、双刀の握り方を見れば夜叉が鬼衣を完全に支配できている事はわかる。

 あくまで峰打ち。

 頼もしい限りだ。フハハハハハハハ!




 ◆ ◆ ◆




『さあ! 死神殿、里原殿! 準備は良いですかな!?』


 切先をこちらへ向けたのは、オレの知っている夜叉さんの姿ではなかった。

 ……な、なんだよ。アレ。

 禍々しい鎧だ。触れただけで切り刻まれそうな。


「あれが夜叉さんの魔斬刀の力なのか?」

「私も初めて見た……怖い。怖いけど……」


 やるっきゃないね。と、呟いて死神はオレの手を強く握った。

 そりゃあここまで来たんだからなあ。

 惨劇や零鋼と並んでバケモノベスト3にランクインする程、夜叉さんの姿は怖い。おまけにその隣には、魔剣を肩に乗せた閻魔さんときた。


『どうした里原? 不安そうな目をしてるなあ』


 心を見透かしたかのような閻魔さんの言葉が衝撃波のようにオレの士気を弾いてくる。

 ここで弾かれるようじゃこの場に立った意味がねえ。


「不安? これは分析の目ですよ」

『ほう?』

「今からその夜叉さんの甲冑が、可哀想な程壊れてしまうんだと思うと。どうしても憐れんだ目になってしまって」

「いや準くん強がりすぎにも限度ってものがああああ!」


 閻魔さんも夜叉さんも特に何も言わず、鼻で笑い流してしまった。

 

『ルールの最終確認をするぞ。里原準とロシュケンプライメーダ、二人のどちらかが俺様と夜叉のどちらかに一撃を決めろ。それで試験は合格だ。やりたけりゃあ夜叉の甲冑を可哀想な程に壊しちまっても構わねえよ。やれるもんならな』

「うぐぐ……」


 ヤバイ強がりすぎた。


『それが合格条件。次に失格条件だ。お前達が二人共戦闘不能になるもしくは〈参った〉を宣言した時点で失格、試験終了とする。何か質問はあるか?』


 特には無い。

 オレと死神は首を横へ振った。


『無いのか。じゃあ俺様から一つ』

「なんですか?」

『頑張れよ』


「はい」

「了解だぜ」


『そいじゃあボチボチ始めるぞ』


 閻魔さんはぶっきらぼうに言って、おもむろに手を振り落とした。

 試験開始の合図だ。




 ◇ 




 振り下ろされた手を見て、試験が始まったことを確認したオレは。


 何故だろうか地面に突っ伏していた。



「あ……れ……?」


 試験が始まって……どうしたんだ?


「なんでオレ、こんな姿勢に……」


 同じように地面に突っ伏した黒いローブが見えた。

 苦しそうに胸を押さえた死神。

 ついさっきまで隣で手を繋いでいた彼女が、あんなに離れた場所で……。


「おおおい死神ー! 大丈夫か!」

『遅い』

「いまそっちに――うごぉっ!」


 なんだ! 蹴られたのか!?

 蹴られたんだか棒で殴られたんだかもわかんねえよ!

 

『鬼衣・峰打ち』


 うおおお痛えええええ。

 閻魔さんは腕を組んだまま一歩も動いてない。魔力すら出していない。ならこれは夜叉さんか……? 速過ぎる……!

 試験開始直後にオレ達を吹っ飛ばしたってのか。これじゃあケットシーと変わらねえ速さじゃねえか。

 いや……待て違うぞ。移動による残像が見えなかった。高速移動じゃない。


「死神大丈夫か!」

「大丈夫……受け身が上手にとれなかったー」

「とりあえずお前は自分の周囲に重力結界を張れ!」

「りょ、了解……」


 夜叉さんの姿が無い。

 やっぱり接近したのは高速でじゃない。身を隠しながらオレ達に近づいていたんだ。

 闇遁ってやつか? でも周りは明るい。

 ならどうやって……。


『土遁ですよ里原殿』


 地面から両腕が伸び、オレの脚を掴んだ。

 何だこの感覚? 掴まれただけなのに刃物で挟まれたような。さっきも蹴られただけなのに、打撃というより斬撃に近かった。

 成程、鬼衣ってのは触れただけで斬れる甲冑か。峰打ちで良かった。

 いや良くねえよ! 足掴まれちゃったじゃん!

 ずぶずぶとオレの下半身は地に埋まり、身動きが取れなくなった。


『全身全霊でぶつかると言った筈』


 声は上から。

 足を掴んでいる手は分身か。


「芸がいちいち細かいですね」

『芸? 術と芸は異なる物。これは忍術。あまり忍を嘗めるでない!』


 嘗めてなんかいないさ。

 夜叉さん、オレがどれだけ貴方を見てきたと思うんだ。どれだけ貴方を尊敬していると思うんだ。

 みんなで過ごしたあの日々の中。

 垣間見せられる貴方の忍術の数々。

 どれだけ……男として見惚れていたことか!


『双旋……』


 両手の刀を握り締め、落ちてくる夜叉さんは空中で横へ一回転。

 なんだ。この動きは?

 夜叉さんの握る双刀は、素早くも気味の悪いゆったりとした動きで残像を……。


 残像を生み出して……。


 刃は二つなのに、斬撃が……六つに増えているような……。


「準くん避けてえええええええ!!」


 ――!


『――回螺アアアアアア!!』


 死神の悲鳴。

 直後の鋭い斬撃の嵐。

 

 目の前でズタズタに切り裂かれたオレの圧力障壁。

 そして自分の胸元を見やると服が刻まれていた。

 剥き出しの肌には……六つの斬撃痕。


 き、斬られた?


 でも血が出ていない。痛みは相当だが、身体が動かない程でも無い。

 顔を上げて自分の胸元から正面に視線を移動させると、双刀を逆手に握った夜叉さんが旋回を終えた態勢で片足立ちしていた。足元には旋回の凄まじさの名残として、まだ小さな旋風が生きている。


『……チィ、浅かったか。咄嗟の圧力障壁による防御……御見事』


 そう言い、黒い般若面は素早いバック転で閻魔さんの隣へと戻った。

 た、助かった。

 ……違う、助かったなんて嘘だ。あれは峰打ちによる斬撃だった。本当に刃で斬られていたら死んでてもおかしくない。惨劇譲りの圧力障壁を、こうも粉々に……。

 反射的に圧力障壁を出せたのも死神の声のおかげだ。


 こんなに、力の差があるのか。



 ◇


『フハハ、瞬撃必殺は失敗だったようだな。夜叉』

『いやはや。なかなかのものです』

『狩魔、疾風迅雷の兵法。土遁によるカモフラージュで敵の懐に忍び込み、奥義双旋回螺で仕留める、か。こいつを耐えられたんだから大したもんだな』

『彼の圧力障壁を破るには、某にはこの方法しかありませんからな』

『お前の気が済んだなら、やっぱ俺様が出るしかねえか。夜叉はロシュのフォローを封じておいてくれ』

『御意』


 ◇



 ついに閻魔さんが動いた。

 倒れた死神を助け起こしていたオレはそちらに気を張り、同時に夜叉さんも意識し続ける。


「夜叉さんは、後衛に回るみたいだよ」

「いよいよか」

「夜叉さんは私に任せて良いよ」

「ならお前は後衛に回っといてくれ。お得意の重力魔法、使いたいだけ使えよ。正面――閻魔さんは、オレが前衛に立って相手する」

「うっひょ頼もしい!」

「ヤバかったら助けてくれ……」

「うっひょ頼りねー!」


 閻魔さんは夜叉さんのように翻弄しながら接近する手を持っていない。スピードも夜叉さんほどではないだろう。

 ドミニオンも刀剣として扱うよりむしろ魔力媒介として多用しそうだ。

 ならば距離を置いたこの状況、あの場からほぼ動かずに戦闘を展開すると見た。

 動きがそれほど素早くないなら、死神の出番だ。


 目配せで後衛に合図を送ると、死神は頷いて鎌を握りしめた。


「いくよ重力結界メガ・グラビトン! 前方展開!」


 ビリビリと小刻みに地が揺れた。

 閻魔さんと夜叉さんを重力結界で飲みこみ、動きを封じる!


『ドミニオンって名前の意味を知ってるかァ!?』


 紫色の結界が真っ二つに裂かれた。

 裂かれた……?

 重力は実体じゃないんだぞ?

 

『支配って意味だ』


 にたりと笑った閻魔さん。

 ドミニオンは、支配の魔剣……?


『特に自然の力に対して、ドミニオンは効果を発揮する。重力魔法は、魔法で重力を操るもんだ。実際に魔力で攻撃しているわけじゃねえ。そうだよなロシュ』

「……むう」


 死神は顔をしかめる。


「どういう事だ死神」

「うんとね、重力魔法を人形劇に例えると……重力が人形で、私の魔法は操り糸に値するって事。閻魔さんの衝撃魔法は、衝撃波それ自体が閻魔さんの魔力なんだけど、重力魔法は重力を動かす為に魔力を使う……みたいな具合かな」

「つまり魔力を重力として生むのではなく、重力を魔力で呼び寄せて力を借りてると」

「そう。だからドミニオンは対魔法戦よりももっと科学的な戦闘に強いって事なんだと思う」

「待て……その話からすると……この勝負……」

「うん……私達じゃあ分が悪すぎる。準くんの圧力も、きっと斬られちゃう」


 だろうな。

 果たしてドミニオンがオレの圧力攻撃を斬り続けられるのかはわからんがな。


「構うな。そのまま重力結界を放ち続けろ」


 言われた通り死神は重力結界を乱発。

 閻魔さんはその悉くをドミニオンで切り裂いていくものの、どこまで防ぎきれるだろうか。

 ただ、死神と閻魔さんじゃあスタミナが違いすぎる。このままの攻防は死神の首を絞めるだけだろう。


「圧力弾頭精製」


 ドゥーエ・シリンダーを使う時が来た。

 相手は重力結界の対処に追われている。ここで圧力弾を見舞えば、さすがに処理しきれない。

 アキュムレーターチャージ。

 ベルゼルガの言った通り、この銃は圧力を弾丸に変換してくれるようだ。さらにベルゼルガの使い方を何度か見てきたから、その汎用性も知っている。

 呪詛をチャージしてカーズブリットとして強力な一撃を見舞う事も出来る。

 だからオレでも使い方次第で、惨劇みたいな強力な圧力砲を撃つ事が可能。

 本当は死神の大鎌を媒介にして拡散プレス・レインを放とうという計画だったのだが、狙いなんか定められたもんじゃないから保留にしていた。


「準くん、もう駄目……閻魔さんの方が速い……!」


 大鎌を前に突き出し、汗を浮かべた死神が苦しそうに呟いた。

 メガ・グラビトンの乱射はさすがの死神と大鎌でも負担が大きいか……!

 

『まだまだだなロシュ。俺様の手を封じようなんざ十年早い』

「そんな事……わかってるもん。準くん!」


 任せろ。


「圧力弾頭、プレス・シュート!!」


 引き金を引き、圧力の塊が銃口から放たれる。

 ギルさんでも反応しきれなかった圧力だ。斬る余裕も与えねえ。


 圧力弾は閻魔さんを射抜いた。


『……』


 射抜かれた閻魔さんの腹部から血が噴き出す。

 噴き出した血が閻魔さん自身を染める。

 全身が隙間なく染まった時、それがダミーである事に気付いた。


『血遁……《血鏡》』


 オレと死神を支点とした全くの反対側に、二人は立っていた。

 狙っていた閻魔さんのダミーは赤い液体となって弾け、消えてしまった。

 何これ。変わり身の術とかそういう事?


「夜叉さんめー!」

「言ってる場合じゃねえ! 背後を取られてる防御だ死神!!」


『フハハハハハハハ、試験は終了だな』


 高笑いの直後。死神はローブを、オレは後ろ襟を夜叉さんに掴まれ空中へ投げ飛ばされた。

 最悪だ……空中じゃ身動きがとれねえ。完全な無防備だ。


『衝撃波連撃……八大地獄』


 ブブブゥン――と閻魔さんの正面に衝撃波が大量に生まれた。


「どどど、どどどどうしよう準くん!」

「おおおお落ち落ち付け! そ、そうだお前のブラッドデスサイズって形状変化できねえの!?」

「できるよ」

「あっさり!」


 この状況を打破するには――柔軟な盾が要る。


「夜叉さんを捕獲しろ死神!」

「合点承知!」


 ブラッドデスサイズの柄が伸び、夜叉さんの甲冑を狙う。


『む。ブラッドデスサイズ――?』


 夜叉さんは横薙ぎの刃を避け、あろうことかその刃の上に立った。

 やっぱり元狩魔忍者を捉えるのは難しい。

 ところがどっこい赤き大鎌を嘗めて貰っちゃ困るね。

 ありとあらゆる刀剣を練り込み、精錬された死神の鎌はただの武器じゃあない。

 夜叉さんの身に纏っている鬼衣、つまり魔斬刀は――大好物だ。


『脚が!?』


 鎌の刃は、夜叉さんの脚部に融合していた。


『反斬の効果が殺されている……? 馬鹿な、鬼衣!』


 魔斬刀鬼衣もまた、同じ魔斬刀や妖刀が練り込まれたブラッドデスサイズに対して融合を望んだ。

 これぞ対夜叉さん用の秘策その壱! 魔斬刀封じ!


「夜叉さん捕えたりー!」

「よくやった死神!」


 そしてこのまま秘策その弐へと繋げる!

 死神は夜叉さんごと鎌を大きく振り、閻魔さんから放たれた衝撃波連撃の真正面へ向けた。

 これが対閻魔さん用の防衛策!


「夜叉さんシールド!」

「夜叉さんシールド!」


『……!』


 計八発の衝撃波が、全て夜叉さんに直撃。しかも脚を封じられているので夜叉さんは防御の姿勢も取れない。

 強烈な味方の八撃を喰らった鬼の末裔は力なく大鎌にぶら下がっていた。


『ちぃ……! 夜叉、大丈夫か!』


 閻魔さんが小さな衝撃波をこちらへ連射しながら相方に呼びかけるも返事は無し。

 この程度の衝撃波なら圧力障壁で凌げるから問題ない。

 これで厄介な翻弄役は封じた。あとは閻魔さん一人を相手にすればいい。

 ブラッドデスサイズで斬りむすめば魔剣ドミニオンも封じる事ができるだろう。

 勝機が見えた。

 すかさずドゥーエシリンダーで牽制射撃をしつつ、閻魔さん意識をオレの方に向けさせる。


(このまま銃撃を継続しつつ相手に接近し、圧殺鴉闘技での接近戦を挑もう)


 ◇


 そしてオレの接近は囮。

 本命は死神の重力魔法だ。

 閻魔さんの事だからオレのこの作戦も想定内かもしれない。だからもう一段階必要だ。高位重力魔法の詠唱を続け、死神も接近するのだ。

 二人同時接近攻撃。

 衝撃魔法で蹴散らさせはしない。何故ならばオレが真正面から圧力砲で閻魔さんの衝撃をぶつかり合うのだから。

 ベルゼルガは閻魔さんの方が攻撃力は上と言っていた。ならこっちは手数を増やして攻撃力を上乗せする。


 ◇


 圧力弾を連射し、閻魔さんは衝撃波でこれを防ぐと同時にその盾を攻撃に用いてきた。

 行くぞ死神……!


 ……死神?


 姿が無い。あいつはどこへ……?


『フハハ、里原ぁ。甘いなあ、あまあまだ』


 不敵な閻魔さんの呟き。


「うわあああああん! 助けてええええええ!」


 死神の叫び声は、頭上からだ。

 遥か天井高くにアイツは居た。

 長々と伸びた大鎌の柄が地面と垂直に立ち、死神はずっと上の方で柄にしがみ付いている。

 鎌の柄は天井を貫いて固定されてしまっている。身動きが取れないのはこの為だ。地面と天井を、一本の支柱が貫通している形となっていた。

 地面では――


『フゥウウウウウ……』


 黒き般若面を付けた鬼が、ブラッドデスサイズの刃を踏みつけていた。

 片足一本でこの状況を作りだしたってのか!


『夜叉を甘く見過ぎだ里原。奴が俺様の八大地獄くらいで沈む筈ねえよ』


 鬼衣を解除した夜叉さんは素手でブラッドデスサイズを掴み、踏み躙り、垂直に突き立てたのか。

 これが鬼一族の怪力……。

 そしてその身体に外傷は少しも見られない。

 改めて、惨劇の宴で彼を窮地に追い込んだ連中は格が違うのだと思い知らされた。

 忍術、魔斬刀、それらを操る本人自身の身体スペック。全部並外れてる……。


『夜叉はアジア支部の次期支部長となる男だ。俺様が後釜に選ぶ男だぞ。俺様に注視しすぎ、称号を持っていないからといって油断しすぎたな。この地獄の鬼は、異界でも類を見ない程に良質なバランスを誇る。閻魔の攻撃特化称号、ジャッカルの防御特化称号、ベルゼルガの乱撃特化称号よりもずっと厄介な相手と知れ』


 ……オレが……油断? そんな、そんなわけないじゃないか。


『夜叉は十年前に一度、俺様を負かしている』


 も、最も危険視すべき相手を間違えていた……?


『あらゆる称号保有者をも脅かし、いつどれを奪ってもおかしくない。アンバランサーな称号保有者達の脅威。そんな奴なんだよ』


 夜叉さんは……閻魔さんをフォローする為に俊敏に動いていたんじゃない。

 閻魔さんは最攻だから、どっしりと構えているしかできない。

 巧みな忍術で翻弄し、強靭な脚力で疾走し、卓越した剣術で攻撃するのは、それが夜叉さんのベストな戦闘スタイルだからだ。閻魔さんにあまり攻撃の手が及ばないようにフォローしているように見えたのは、実際にそういう戦況展開に繋がる二人の相性の良さが生み出したもの。二人とも自分の持てる力をふんだんに使えば自然と連携が成り立つ……。


「もしかして……二人は、作戦とか打ち合わせとか……」

『そんなもん、夜叉と出会ってから一度もしたことはねえ。その場でパパっと自分の動き方を決めるだけだ』


 阿吽の呼吸ってやつだな。と、言ってほくそ笑む閻魔さんは、横目で夜叉さんの姿を捉えつつ戦場全体を意識していた。

 アドリブでここまでの戦況を……。


「死神いいいいいいい! 重力魔法展開! 夜叉さんを沈めろ!」

「らじゃーーーー!」


 とにかく今は死神の救援に向かわないと……!

 負ける! このままだと負ける!


「とっておきの重力結界! ギガ・グラビトンーーーー!」


 死神は自分の真下――夜叉さんへ結界球を放つ。


『むう……!』


 ギガ級の重力結界だ、結界に包まれた夜叉さんもさすがに身動きがとれなくなったようだ。

 隙を見て死神はブラッドデスサイズの柄を滑り降り、タイミング良くオレがキャッチ。そのまま死神を抱えて走りぬける。

 作戦の立て直しだ。


「どうするどうする……!」

「あうー、私のブラッドデスサイズがー」

「あんな状態じゃあな」


 頼りの大鎌が使えなくなった。いよいよピンチ、大ピンチだ。

 だが夜叉さんの魔斬刀鬼衣も大鎌に融合してしまっている。分離させるのには時間を要すだろう。

 夜叉さんがかなり危険だという事は思い知ったが、それでも閻魔さんが問題だという事実も変わらない。あの人は開幕直後に重力結界を斬る芸当を見せた。そして魔力衝撃波連撃。見せた手数はまだ少ない……その上、未だに接近すら許されていない。


「こうなったら例の最終手段だな」

「やるっきゃないね」


 危険だから試験開始直前まで使おうか迷ったが……こうなったら仕方無い。

 オレ達の持ち得る最終手段とは、惨劇を打ち倒したあの必殺技だ。


 重圧鴉闘技(ヘヴィプレスクロー・アーツ)


 惨劇へ一点集中させて放った技を、少々異なる使い方で用いる。。

 重圧鴉闘技の特異点に気付いたのは惨劇と戦った時だ。あの時はひたすら奴を倒そうという考えしか無かったが、もっと上手に二つの能力を操れば、他の打撃の追随を許さない必殺の鴉闘技となることに気付いた。

 その特異点とは――受けた補助魔法を自身の意思で自由に解除・操作できるという点だ。

 圧力重力を纏った打撃は強力。しかし相手が複数の場合、両者を牽制できればそれに越したことは無い。

 

 まあ、物は試しだ。未知の技だけどな。



 ◇ ◇ ◇



『――いよいよ切り札を出さざるを得んまでに切羽詰まったか』


 あの二人の切り札は、十中八九……いや間違いなく重圧鴉闘技だろう。

 惨劇の巨体をへし曲げたという威力。最攻としては真正面から勝負したいところだ。

 だがその威力故に、同等の威力を持つ攻撃同士がぶつかりあった結果、空間崩壊が起きた。

 里原とロシュはそれを承知で撃って来るつもりだ。

 相殺しようとすれば空間が崩壊するために、俺様と夜叉に迎撃の手段は無い。

 撃ったもん勝ちってか。

 まあそのくらいの小賢しさが無ければ異界じゃあやっていけねえ。上等だ。


『……撃たせやしねえけどな』


 そんな大技を使う準備にどれだけ時間を要するのか解っているのかよあいつらは。

 その間、俺様と夜叉がじっと見守るとでも思ってんのか。

 惨劇の圧力も、高位重力魔法も、まだまだあいつらには過ぎた力だということだ。

 あまりに強い力を持ったが為に、相手を仕留める算段しかできてねえ。


『夜叉、首尾は解るな?』

『ええ。死神殿が高位魔法の呪文詠唱に入ったところで、それを阻みに行きます』

『慌てて里原がロシュの救援に向かおうとするだろうから、俺様がそこで仕留める』



 ◇ ◇ ◇



 双刀を握り締めた夜叉さんが急接近。何かを考えている暇なんて無かった。

 呪文詠唱の最中に奇襲を受けた死神は、無我夢中で途中まで溜めた魔力をギガ・グラビトンの連撃に用いようとしたが、閻魔さんの衝撃波による後方支援でその詠唱までもが途切れ、さらにその威力に萎縮してしまい、地にへたり込んでしまった。

 オレが援護に向かった時は一足遅く、夜叉さんは巻き起った砂煙に隠れた。

 完全に翻弄されている。

 彼は姿を現すと同時に最初に見せた剣舞の構えに入っていた。

 あの剣舞は圧力障壁を張っても刻まれて若干貫通する。

 ならばこちらも出の早い追撃型で……!


『奥義――』

「圧殺鴉闘技――」


『双旋回螺ああああああああああ!!』

「Squeeze to Death!!」


 左腕による速攻迎撃!

 夜叉さんの双刀を拳で止め、このまま圧力の螺旋波動で吹き飛ばせば更なる追撃で仕留められるかもしれない。

 しかし勿論、こちらよりも相手側の方が一枚上手だった。


――カキョン。


 絶妙な力加減で刀を引かれ、追撃しか頭に無かったオレの身体は見事にバランスを崩す。

 奥義・双旋回螺……二回目でやっとその奥義たり得る所以がわかった。出が早い速攻型の上に攻撃力も高い。そして、すぐに守備へも移れるんだな……。崩し技としても、優秀な技だ。

 そう分析した直後、間髪入れずに――


『瞬衝』


 閻魔さんの小さくも速過ぎる衝撃波が、オレの顎に当たった。

 脳が揺れ、意識が遠のく。


(技量が違いすぎる……惨劇の圧力を以てしても……)


 夢中で頭を振って意識を保った。


「きゅう~」


 目の前で死神が横たわっている。


「し、死神!」

「ごめんね……もう、魔力が……限界……」


 畜生!

 起き上がる力も無い死神を抱き上げ、離れた場所に寝かせる。

 対魔法戦闘の知識がもっとあればこうはならなかったろうに……!

 オレと死神なら負けない。負ける筈が無い。負けた事が無かった。


 死神の前に立つと、閻魔さんと夜叉さんを正面に見据えた。

 ほんのりと小さな輝きを纏うオレの両手両足。伏せた死神が残った魔力を預けてくれたのだ。


――これが、最後の抵抗になる。


「鴉闘技、ドライヴ――」

『無駄です』


 構えの動作にすら入る事を許されず、腕を組んだ夜叉さんがオレの踏み込もうと前に出した足の、膝の上に足を乗せていた。

 躍起になり夜叉さんを振り払おうと拳を振るも、たった二本の指で止められた。

 もはや絶望感しか残っていない。

 その、呆けたオレの目に飛び込んできたのは……見た事も無い程に殺気を帯びた閻魔さんの姿。

 彼は夜叉さんのずっと後ろで、片腕を突きだして詠唱していた。

 こちらは死神の詠唱の隙を突かれてここまで自陣を掻き回されたってのに、閻魔さんが詠唱している事に気付かなかった。

 閻魔さん程の男が詠唱する魔法……。

 それを、

 オレと死神は、

 見せつけられた。


『衝撃魔法最上位。インパクティア』



 ◇ 



 顔の横を通り過ぎたのだと認識したのは全部が終わった後だった。



 ◇



 オレと死神は闘技場の端で転がっていた。

 衝撃で吹き飛んだんじゃあない。

 衝撃波は、オレ達に掠りもしなかった。

 生じた風圧で戦闘不能に陥ったのだ……。


 衝撃魔法インパクティア。

 閻魔さんの放った一撃は張られた結界をも壊し、観客席の無い壁に当たった。壁もまた吹き飛び跡形も無く消え、地下に作られた筈のこの空間には、何故か外の風や光が。斜め上に放ったのだろう。暗い空が見える。灰色の雲が円状の穴を空けられている。

 地下闘技場は地下闘技場ではなく、大地の一部として、地形の一部として融合してしまう程に形を変えていた。

 観客の喧騒が皆無。誰もが言葉を失っていた。

 夜叉さんまで風圧に耐えられず転がり、今はえぐり取られた風景に愕然としている。


『これが衝撃魔法の最高位。俺様でもドミニオンの力を借りないと撃てねえインパクティアってやつだ。まあ俺様は〈最終審判〉と呼んでいるがな』


 これが……最高出力グングニルを、咄嗟に弾いた魔法……。

 地獄旅館を救い、先代ドミニオンが身を滅ぼしたという……。



『もう気付いてるだろ、お前ら』

 閻魔さんは叱りつけるように言い、


『我々が一体、何を伝えたいのか』

 夜叉さんは諭すように言った。



 今は戦っている最中だと気付いた時には、もう逃げられなかった。

 前にも後ろにも、右も左も、どこに視線を向けても、そこには夜叉さんが大量に待ち構え、双刀を構えている。

 その奥に閻魔さんの鋭い眼光。


 閻魔さんと夜叉さんの、伝えたい事……。

 痛いほど伝わった。身に染みて思い知った。

 死神とオレは固く手を繋いで奥歯を噛み締めていた。



 《圧倒的に、足りない》



『どうやら伝わったようですな』

 夜叉さんが呟きながら近づき、悔し涙を浮かべる死神の頭にポンと手を乗せた。


『異界には、今戦った我々のような猛者が至る所に存在しています。里原殿、死神殿、貴方達が行こうと望んでいる場所。土地。そこにどんな危険が待っているかわからない。某を圧倒する強さを誇った兄〈修羅〉が、何故狩魔衆という仲間を築いていたかお解りですか? 兄者でも一人では危険だからなのです。個々の戦力は甚大でも、多数を相手にしては力及ばない。そんな事が本当にあるのです。事実、兄者は最期の地、異界政府本部で大量の敵を前に大きく足止めを食らってしまった。某と同等の戦力を有する狩魔忍者達も討たれてしまった』


 オレ達が強さの基準としているあのベルゼルガ。彼も異界では指折りの猛者と聞いた。だが、彼の同僚は……ベルゼルガと肩を並べるエース連中も存在すると言っていた。

 親父――鴉天狗のクローだって個人では偉大だと呼ばれたにも関わらず、ラグナロクでは総力戦の地ではなく、もっと端の地獄塔を守るので精一杯だった。

 閻魔さん、デーモンさん、アヌビスさんは地獄の支部長。死神業者の猛者。だけど、異界にはもっともっとたくさん、オレの知らない業者がある筈……。

 異界は本当に広いのだ。

 オレは、オレなら何とかなると自惚れていたのかもしれない。ベルゼルガは忠告してくれていた。何とかなるじゃあ勝てないと。実力が無いと。


「それでもみんな、応援してくれたんだよな」

「うん、頑張れって。みんなの応援が向けられたのは、きっとこの戦いだけじゃないんだよ」

「その突き進む姿勢を応援してくれたって事なのか」

「むしろ《叩きのめされろ》って事じゃない?」

「うわあああああああ」


 完全に試験には失格した。

 完敗だ。

 それなのに、周りからは一斉に声があがった。これからも頑張れと。一歩を踏み出せて良かったなと。


 そう。オレは負けはしたけれど、確かに一歩を踏み出した。

 これからも進み続け、決して諦めない。


 あまり見せない力を最後に見せてくれた閻魔さんは、言った。


『次の試験では、もっと手応えのある二人に成長している事を、楽しみにしてるからな』




 ◆ ◆ ◆




 かくして、オレと死神による《サクサク異界旅行計画(死神命名)》は、ものの見事に出鼻をくじかれた。

 しばらくは地獄旅館で働く事になり、夜叉さん達の下で、次の試験には完勝できるように彼の弱点を探……じゃなくて自分をもっと磨く事にしたのだ!


 ちなみに、あの試験の後、オレと死神がたくさんの人に《負けてんじゃねー!》と怒られたのは言うまでも無い。

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