第11話 《最攻》閻魔
【無鎖試験前。ベルゼルガと神楽】
無茶だよなあ。とぼやいた俺の頭に神楽の拳が落ちたが、それでも意見は変わらない。
里原準と死神が、地獄の閻魔と夜叉に挑むんだとさ。
その噂を聞き付けたのは俺、ベルゼルガ・B・バーストだけではなかったようで……。
ただの試験だってのに地獄旅館中の人間が集まったのではないかと思う程、舞台は満員だ。
地獄旅館。閉鎖された地下空間。
通称《閻魔の闘技場》。
実際、閻魔と夜叉の二人と戦った事は無い。だが二人の名声は破壊業者の戦闘教官時代から耳に入っていた。
惨劇のカタストロフを敗退させた里原と死神といえど、やはり無謀な挑戦だ。たとえ黄金ペアと呼ばれようとも……だ。里原・死神ペアが黄金ペアならば、閻魔と夜叉は金剛ペア。
一太刀でも浴びせる事ができれば合格という事らしいが、それがどれだけ高く分厚い壁なのかわかっちゃいねえ。
「準兄達は勝てるよ」
隣の神楽はそう言う。
「ねえ、ベルだってそう信じてるでしょ?」
「信じたいのは山々だがよ……現実はそう甘くない」
「なんなのよさっきから! そりゃあ閻魔は支部長だし、夜叉も次期支部長よ? だけどベル自身、戦った事は無いじゃない。おまけに準兄は惨劇の圧力能力を味方に付けてるし、死神は重力魔法という高位魔法の使い手。決して無謀じゃないわ」
……そうか。
神楽もさすがに知らないよな。
「夜叉って男が、元狩魔衆のナンバー2ってことくらいは知ってるよな」
「聞いたわ。魔斬刀《鬼衣》の使い手だという事も。あんたを襲った飛沫って女に完勝したという話も」
「なら……《閻魔》という男については何を知っている?」
「えっと……」
言葉を詰まらせた。
「地獄アジア支部の支部長。次期、ヨーロッパ支部の支部長。あとは……そう、衝撃魔法の使い手。魔剣ドミニオンの使い手」
「他には?」
「わ、わかんない」
「おそらくは誰もがそのくらいしか知らんだろう。里原準と死神でもな」
閻魔という男。確かに異界中に名を知らしめる実力者だ。
だが多くは、彼の実力を知らない。戦績を知らない。
あれだけ親しかった里原や死神達は、閻魔という男の性格はよく知っていても、こと戦闘能力に関しては不詳だろう。
ただひたすらに強い。それだけの認識な筈。
「ベルは知ってるの?」
「まあな。これでも破壊業者の上層部に居た事もあるから」
閻魔……。
今はそう名乗っている彼の、出身や経歴は全て謎に包まれている。ギルスカルヴァライザーとて知らないだろう。
ただ一つ確かなのは、圧倒的な力を持ちながらそれを決して乱用しない所。何かを守る為にしか使役しない所だ。
無鎖と呼ばれる部隊に所属することになれば、いずれ里原達は異界を巡る中で閻魔の正体に触れる事になるやもしれん。惨劇の宴に於いて、異界を巡った惨劇の前に閻魔が姿を現さなかったのは、正体を明かされる事を危惧しての事だとしたら……。
もしも閻魔がそうなる事を望まないなら、今、ここで里原準と死神を徹底的に叩き潰す筈だ。
「やはり……里原達に勝ち目は無えか」
「だからー! 何でそう言い切れるのよ!」
「……あのなあ」
「なによ!」
「閻魔は、《最攻》の称号保有者だぞ」
◇ ◇ ◇
【無鎖試験前。白狐と歌舞伎】
特に私は閻魔の過去を気にした事はないのだけれど……。
いざ歌舞伎に言われてみれば、そういえばアイツは何者なんだろうとは思う。
里原君とロシュが勝てるとは……正直、思えないのは事実。
それでも勝って欲しいと思う。
「な? 白狐も興味湧かないか? 閻魔って何者なんだろうな」
「別に、そこまで貪欲に探ろうとは思えないけど」
「ありゃ残念。狐は鬼に首ったけだもんなー」
「歌舞伎!」
隣の化粧男は首を引っ込める。
しかし、よくこれだけ集まったものね。地獄旅館の人員が全部地下に詰め込まれているんじゃないかしら。
そりゃあ、里原君、ロシュ、閻魔、夜叉。こんな顔ぶれが戦うんだから無理も無いわね。
どこぞのウサギ頭の社長なら席のチケットでも売り捌いて儲けを得ようとするかもしれない。と、思いきや彼本人も夢中になってそんな事を考える余裕も無いのか、私達と同じように観客に混じっている姿をさっき目撃した。隣にジャッカル頭も見えたような。
「アハハ。ほら見ろよ白狐!」
歌舞伎が指をさす先。
なにやら黒いヘルメットの大男が見えた。あれは……破壊業者、ベルゼルガかしら。なら隣に居るのは里原君の妹ね。
「あの絶望的な態度。どうやら考えてる事は同じだな!」
「同じって……あのベルゼルガも、里原君達が勝つのは難しいと思ってるの?」
「だろうな。さすがに良い目をしてる。しっかし既に残念会ムード漂わせてるのが笑えるな。白狐みたいだ」
「……」
無言で蹴ってやった。
それにしても、破壊業者まで見に来ているのね。昨日の今日だというのにどこで噂を聞き付けたのだか。
「皮肉だよなー。よりによって閉鎖された閻魔専用闘技場で、閻魔と夜叉が組むんだからなー」
「どういう事よ」
「そっか。白狐は夜叉より後に地獄旅館へ来たから知らないのか」
「ええ。私が配属された時は既に地下は封鎖されていたわよ」
「ここが使えなくなったのは、夜叉が原因なのさ」
「夜叉が?」
「そう。10年前、夜叉の野郎が狩魔衆を抜けて、建設されたばっかりの地獄アジア支部へ狩魔衆夜叉派を引き連れて駆け込んできた時。この闘技場が使われたんだよ」
「夜叉派……今のエリート餓鬼ね」
「そ。自分達を引き取って欲しいと懇願する夜叉に対して、閻魔がはいどうぞと言うわけがない。だから此処で、試験したんだよ。ちょうど――今回みたいにな」
「閻魔と、夜叉達がここで戦った!?」
「閻魔一人に対して元狩魔衆数十人。とんでもねえ激闘だったよ。おかげでこの闘技場はボロボロ。地下なんて場所に作っちまったから地盤が崩れかけて、使われたのはその一回きり。しかしまあ、よくここまで修復したもんだ」
なによ。そんな話、聞いたことも無いわよ。
閻魔一人で、エリート餓鬼数十人と夜叉を相手したって言うの?
「さすがに負けちまったけどなー。とにかく全盛本気の閻魔はマジでヤバイ。だから惨劇の宴ではグングニルを旅館にぶち込むなんて手を使わざるを得なかった。旅館を大破させて閻魔を弱らせておかないと、襲撃どころじゃなく閻魔一人に返り討ちに遭うのは明白だからな」
「成程……フライヤも、修羅も、双百合も、閻魔を危険視していた、と」
「だから徹底的だったろ? グングニルも御丁寧に二発。エリート餓鬼の中に修羅派の忍者を潜ませたり。機動歩兵隊まで導入したり。惨劇奪還には零鋼、双百合、イーグル総出で向かったりな」
「結果的に閻魔の魔力回路はズタズタに。しかも病院襲撃の牽制まで掛けて。宴に閻魔が介入する隙を与えなかった」
「最凶の集団が閻魔一人にビビってたんだぜ? 笑っちまうよ」
そんな閻魔が夜叉と組み、里原君とロシュに対し本気を出すと宣言した。
合格条件が一太刀でも浴びせる事であっても、それは決して簡単な事じゃあない。
そしてベルゼルガという男もわかっているからこそ絶望したのだろうけど……これは……ペア戦。
「本気の閻魔が、ペアを組む……」
「容赦ねーよな。えげつねーよ」
「《最攻》の弱点は猛攻特化それにある」
「ペアを組んだ以上、防御は夜叉に任されるだろうな」
「もはや閻魔に、隙は無いって事ね……」
◇ ◇ ◇
【無鎖試験前。ケット・シーとミニ鋼】
「お前はどう分析する」
『アァ? ナンダッテ?』
「……里原準とロシュケンプライメーダの勝率はいくらだと訊いている」
『周りがウルサくて聞こえないナー』
「……」
『嘘嘘。勝率は未知数ダナ』
……ほう? 未知数? これは意外な答えが返って来たものだ。
私はてっきり閻魔と夜叉の圧勝かと思っていたが。零鋼の息子は、そう分析しなかったようだ。
「あまり知られていないが、閻魔は称号保有者だ。それを踏まえてもか」
『踏まえても、ダ。未知数。夜叉の能力を加味してもナ』
ならば里原ペアに何かがあると考えるのが妥当か。
『ちなみにミニ鋼の父、零鋼は惨劇の宴成功確率をこう分析しタ。“0%”と』
「興味深いな」
『それを伝えられてモ、惨劇のカタストロフは計画を実行シタ。何故だか解るかケットシー?』
「……まさかと思うが、惨劇が夢や希望を信じるロマンチストだったわけではあるまいな」
『半分正解。惨劇はロマンチストだよ。マサカのな。しかしそれが全ての理由でもない』
「ふむ……」
『惨劇は確率0パーセントは有り得ない事を知っていたんだ。絶対は存在しないと、どこかで知ったんだよ。だから零鋼の分析は誤りだと察した。戯れだと理解した。だからミニ鋼はケットシーの質問にこう答えた。“未知数”』
結局宴は成功した。形は少々異なるが、惨劇の望む未来には成った。
里原準が生きている未来なのだから、成功したと言えよう。
「私はこの試験、里原と死神が勝利すると思う。さあ、ミニ鋼、彼らの勝率は?」
『68%ダ』
「ふふ」
里原準。ロシュケンプライメーダ。
皆が見ているぞ。
惨劇も、仲間達も、私も、お前達の未来を。
◇ ◇ ◇
【無鎖試験前。飛沫と鈴女蜂】
「始まるねぇ」
「夜叉兄ぃが負けるとは思えないでありんす」
「だね。修羅兄ぃの魔斬刀《闇鎬》、夜叉兄ぃの魔斬刀《鬼衣》。二つが揃っちゃ相手に勝ち目は無いよぉ」
「兄弟刀の恐ろしさ、目に焼き付ければいいでありんす」
◇ ◇ ◇
【無鎖試験前。ギルとルイ】
「閻魔君も本気だそうだ」
「ええ。でも、きっとロシュ達が勝つわ。里原君が付いているんですもの」
「惨劇の圧力砲をこの身に受けた私だからこそわかる。彼の受け継いだ能力ならば、閻魔君の《最攻》をも打ち崩せる」
「確信ね。信じましょうギル、我が子達を」
◇ ◇ ◇
【無鎖試験前。ジェイソン君と友人】
「ジェイソン! お前の友達が出るって本当かよ!」
「う、うん。ロシュケンプライメーダっていうんだ」
「例の電話友達だろ? 相手は閻魔様と夜叉様だぜ、大丈夫かよ」
「きっと大丈夫だよ。ロシュなら、大丈夫」
「じゃあ応援してやらないとな!」
「頑張れ、ロシュ」
◇ ◇ ◇
【無鎖試験前。ゲルと八大地獄温泉長】
餓鬼A:「うっひゃー、すっげえ。満員じゃん」
餓鬼B:「休業してきて良かったぜ」
餓鬼C:「あの死神と里原兄貴が出るってんだからなあ」
餓鬼D:「でもさすがに無謀だぜ」
餓鬼E:「どっちが勝つか賭けるか? 俺は……あー、やっぱ閻魔様と夜叉様だな」
餓鬼F:「賭けにならねーよ。アハハハハ!」
餓鬼G:「それはそれで、あの二人が地獄旅館に残る事になるんだから。楽しくっていいや!」
餓鬼H:「ほらゲルの旦那もこっちこっち! 席開けといたぜ!」
『……(あ、ありがとう餓鬼君)』
餓鬼H:「ゲルの旦那も、死神達が旅館に残ってくれた方が賑やかでいいよな?」
『……(それはそうだけど。でも、彼らには彼らの夢を掴んで欲しいな)』
餓鬼H:「……そっか。そうだよな!」
餓鬼ABCDEFG:「賭けは分が悪いほど盛り上がるもんな!!」
『……! (頑張って! ロシュ、里原君)』
◆ ◆ ◆
なんか事が発展しすぎてえらい事になっているが……。
オレは待機室で地下闘技場の様子をモニターで窺いながら冷や汗を垂らした。
死神はやたらと落ち付いており、愛鎌のブラッドデスサイズを布で拭いている。
「いっぱい集まってるよー」
「みんなどこで情報を耳にしたんだか……」
「冬音姉さんとメアが旅館走り回りながら叫んでたのが原因かもしれないね」
犯人はあの二人だった。
「彩花さんとバンプも見に来てるのかなー?」
「多分な」
そうそう。バンプ達の件なのだが……。
なんと彩花さんが折れた。
僕と一緒に地獄旅館に来てくれ! という想いを告げたバンプに、彩花さんは頷いてくれたらしい。
意外にも須藤彩花という女性は押しに弱かった。
ただ、大学での研究の事も話し合ったようだが、その研究も異界に来てできそうだという話だ。なにより彩花さんは、バンプの力強さが嬉しかったようで。とりあえずは一件落着となった。あの二人の未来はあの二人で考えて行けばいいのさ。
そして問題はオレ達。
無鎖部隊に配属されて、死神と共に異界を巡るという夢を叶える。
その為には、これから閻魔さんと夜叉さんを相手に実力を示さなければならない。地獄を出て、無法の外でもやっていける事を証明しなければならない。
閻魔さんと夜叉さんが本気を出すと言ってくれて嬉しかった。それだけ身を案じてくれているという事だからだ。
「準くん、作戦は!?」
「無い!」
「えー!!」
「嘘だって。こっちも必死だからな、作戦の一つや二つ考えないと無謀だ」
「ってことは、まさかやっぱりあの作戦を……」
「お前の提案したアレをやるっきゃないだろ……」
「でも自分で提案しておいて何だけど。アレって結構卑怯だよね」
「うむ……」
「……」
「……」
「ま、まあいざとなったらという事で」
「そ、そうだな」
緊張はしない。
今までだって、本当にたくさんの、いろいろな相手と戦ってきた。
「どいつもこいつも、異界の連中ってのは喧嘩が好きで愉快な奴ばかりだった」
「あはは、そうだねー」
「お前のインパクトが大きすぎてすぐに慣れたけどな」
「ひどーい」
「ケットシーとも何度か戦った。麒麟なんていう神獣も居た。温泉の餓鬼ともやり合った。死神業者最強決定戦なんてイベントもあったなあ」
「エリート餓鬼とも、他の死神業者とも戦ったねー。あの時も準くんと二人で戦ったもんね」
「ははは、大概は二人で戦ってたな。ベルゼルガと初めて遭遇した時も、惨劇との決闘も」
「私達、負け無しだもんね! でも私は一人でディーラーダイヤと戦った時も、準くんが傍に居ると感じてたよ」
「ダイヤか……」
「強かったよー、さすが裏準くん――惨劇の補佐だなあって思ったぜ」
親父や惨劇と共に、ラグナロクを戦った寄生兵器……。
奴に身体を貸していた時に懐かしい感覚を受けたのは、きっと気のせいではないんだろうな。死神がオレを追い掛けてくれたおかげで、オレもあいつが傍に居ると感じていた。
必死になってくれた死神には申し訳ないけど……オレはダイヤという懐かしい香りに包まれ、且つ大好きな死神も近くに居ると感じていて……ひどく居心地が良かった。
「私思うんだけどね、準くん」
「どうした」
「鴉闘技……だっけ。あれって、今じゃあ使えるの準くんだけなのかな」
親父――御標九朗のオリジナルだからなあ。
オレのだって元はといえば惨劇が裏に入ってる時に教えてくれたんだし、マスターなんてしていない。実際の所、本当に使える奴はもう居ないと思ってる。
「でも世界は広いんだぜ!」
「と、言うと?」
「準くんのお父さんには13人の子供が居たんでしょ?」
……! うわ、忘れてた!
「惨劇と準くんを引いても、残り11人。その中には鴉闘技の使い手が居るかもしれないよ」
「そうかもなあ」
「でねでね、私、その人達と手合わせしたいの!」
「どうしてまた……」
「だって、私とダイヤの決着はついていないもん」
ああ、そういう事か。
天国の空母クロスキーパーに於けるディーラーダイヤと死神の戦いは、途中で惨劇が介入した為につかず終い。ダイヤもその場で惨劇に処刑されたんだったな。
せめて同じ格闘技を伝承する者と決着をつけようってわけか。ダイヤは兵器。その格闘データは御標九朗そのものだから。
「異界巡りが一層楽しみになってきたな」
「うん! 準くんも兄弟に会わないと!」
「いやあ惨劇は危険な連中だって言ってたからさ……あんまり気が乗らないけど。でもそれもいいかもしれない。顔合わせの旅ってのもな」
「そしたらまた準くんのお父さんの話、いっぱい聞けるね!」
そうだな。
一高校生だったオレが大人になり、そしてこれからまた大きくなろうとしている。そしてその隣には、いつも死神が居てくれる。
夜の街で一人で歩いていたあの頃。待つ人の居ない暗い部屋にただいまを言っていたあの頃。突然やってきた一人の少女は、なんだかもう本当にぶっ飛んでいた。
そいつがやって来た頃からだ。オレは随分と変わった。
「お前に会えて良かったよ。死神」
そう言うと、オレの一言は隣の死神には意外だったようで、驚いた顔をした。
「え……」
「改めて言うと照れ臭いけどさ」
「ううん……言ってくれたの、初めてだよ」
「そ、そうだっけ?」
「準くんあんまりそういう話しないから。言葉に出さないから」
そ、そりゃスマン。
「でもだからこそ、すっごく嬉しい」
「そっか」
「もう一回言って!」
「お前に会えて良かったよ。死神」
「ほああああああ……!」
ははは、どうだこのバカップル模様。二人きりだから良いものの、もし他の誰かが居たりとかしたら絶対にこんなことは言わない。
なぜならば恥ずかしいからである。
「もう一回言って!」
「お前に会えて良かったよ。死神」
「もう一回言って!」
「お前に会えて良かったよ。死神」
「もう一回!」
「お前に会えて良かったよ。死神」
「デストロイもう一回!」
「お前に会えて良かったよ。ベルゼルガ」
「もう一回!」
「お前に会えて良かっうわああああああああああああああああああ!!」
なんか居るーーーーーーー!
なんか外から覗かれてるーーーーーーーーーー!!
うわあああああ黒いヘルメットだあああああ、よりによって黒いヘルメットに覗かれたああああああ!
「……そ、そうか。俺も、その、お前に会えて……デストロイ嬉しいぜ……里原」
「やめろおおおおおおおおおお」
「でもな、俺にそっちの気は……」
「やめろおおおおおおおおおお」
ヘルメット越しに頬を赤らめるな!
お前はそんなキャラじゃねえだろ!
「まあまあそんなに挙動不審になるなって。デストロイ冗談だからさフヒヒ……じゃなくてギャハハ」
危ない。
危険といえば飛沫と似た残虐的危険性を帯びているとしか認識していなかったが。また違った意味での危なさが垣間見えた。
ひょいひょいと奇妙なリズムで待機室の中に入って来たベルゼルガは、オレと死神の前に座った。
そうだ、そもそもこいつは覗きをする為にやって来たわけではあるまい。
「何しに来たんだよ。オレ達はこれから試験があるんだ」
「あるんだぜ」
「だからわざわざ来てやったんじゃねえか」
と、そんな事を言うベルゼルガ。
彼は自分の懐から、相棒とも言える二丁の銃を取り出した。
一体何をするのかと思いきや……。
その銃を一丁、オレに投げて寄こした。
「お、おい」
「ギャハハ。餞別だ、戦友」
「いやいやいや! これはお前の大事な銃だろ、オレなんかに渡してどうすんだ」
「そう。俺の大事な銃を、お前にやるって言ってんだよ」
二丁銃ドゥーエシリンダー。破壊愛好家ベルゼルガの代名詞と言っても良い武器だ。
彼の歴戦連勝、連戦圧勝を支えてきた強力な銃だ。
「これは神楽とも相談して決めた事。今から始まる無鎖試験は、はっきり言ってお前とそこの死神にとって第一歩にすぎねえ。だがその第一歩を踏み出す先は、あまりにも巨大な段差だ。俺だけじゃねえ、多くの者が無謀だと思ってる。お前ら二人は……負ける。そう分析している」
……んな事、百も承知だ。
誰に言わせても無謀だと答えるだろうさ。
当然だろ、相手はあの閻魔さんと夜叉さんなんだ。そんな二人に、人間の若造と死神の少女が挑む。賭けにもならないマッチメイクだと、誰もが思うだろうよ。
「だがお前ら二人はどうしても勝ちたい。そうだろ?」
「ああ」
「だがなあ、惨劇に勝った時みたいになんとかなると思うんじゃねえぞ。惨劇は里原準とロシュケンプライメーダの想いを認めたから身を退いたんだ。あの戦いと、今から始まる戦いは全然違う。閻魔と夜叉にとって、全力で相手をする事がお前らへの愛情であり、それはお前ら自身も認めている。これはお前らの想いが紡いだ戦いなんだ。なんとかなるという希望で挑むんだったら、負けは明らかだ。大人しく叩き潰されとけ」
「……」
「ようはお前らにあの二人を負かす実力そのものがあるのか、無いのか。現実を言ってやる……無い!」
厳しい言葉だった。元戦闘教官らしい彼の一面だ。
オレと死神も、実力者である彼の分析眼を疑う事は出来ず何も言えなかった。
「で、でも私の――」
「死神の重力魔法と里原の圧力能力を組み合わせれば、か? 無理だな。閻魔の攻撃力はそれを上回る」
「そんな! 私の重力魔法は変幻自在で、準くんの格闘だって――」
「惨劇の身体をへし曲げたとかいう重圧鴉闘技か? それに加えて重力魔法での援護攻撃。確かに有効な戦術だ。閻魔一人が相手ならな。忘れんな、絶対に忘れんな、今回閻魔が背中を預けているのは……夜叉だぞ! 元・狩魔の闇討だ! 撹乱、翻弄、牽制、フェイント、トリック、全てに於いてあっちの方が上だ! 狩魔忍者を甘く見んな」
「じゃあベルゼルガだったらどうするの!?」
死神の問いにベルゼルガは少し黙る。
「俺なら――」と、指を立ててイメージを口に出した。
「まず戦場を地下闘技場なんかには選ばねえ。あそこじゃあ狭すぎる」
ふうむ……ベルゼルガの読みでは……あの空間は間合内ってことか。
「ま、それは仕方無いとして舞台はそこと設定しよう。そうだなあ……閻魔は衝撃魔法の使い手だから、遠距離で迎え撃とうにも分が悪い。遠距離面攻撃なんて避けるのは難しいもんな。かといって、近距離はどうか? これも駄目だな。衝撃魔法ってのは厄介だ、攻撃と防御を兼ねていやがる。しかも斬撃の夜叉まで居る。接近は命取り」
間合い取りすらできねえってことかよ。衝撃魔法は近・中・遠距離全てに対応可能。
つまり……ん?
「オール……レンジ……?」
「そこだ里原」
オールレンジといえば、あいつをすぐに思い浮かべる。
絶対的破壊力を持ちつつ絶対的間合い取りを可能にしていた奴。
「惨劇の……カタストロフ」
「デストロイその通り。だから、俺ならまずオールレンジ攻撃が可能な相方を選ぶね。オールレンジに対抗できるのはオールレンジだけだ」
「待てよ、死神の重力魔法は中・遠距離に対応してるしオレは近距離に対応できるぞ」
二人でも十分にオールレンジ対応が可能じゃないか。
「それじゃあ一手足りねえ。閻魔は一人でオールレンジ対応可能だから、お前らが二人でそれにつきっきりなら夜叉はどうするよ」
「そ、そうか」
「だ、か、ら!」
と言いながら彼はオレの手元を指差す。
……ドゥーエ・シリンダー。
「この銃で、オレに中・遠距離も対応しろと」
「そういうこった。そのドゥーエシリンダーは、元々タタリガミシステム専用ではなく魔力弾精製にも対応できるよう作られてる。つまり、弾丸は呪詛じゃなくても良いってこと」
「圧力能力で、弾丸精製が可能なのか?」
「イダの分析じゃ問題無いそうだ。どうだ? オールレンジプレス攻撃という点に於いて、これでお前は惨劇と同等になっただろ」
「あとは威力の問題……か」
「そればっかりはお前次第。キヒヒヒヒ、どれだけ惨劇からパワーを貰っているのか見物だな」
折角くれてやるんだから、巧く使えよ。
彼はそう言って部屋を出て行こうとした。
「お前、無謀だとか言ってたくせに……」
「ああん? 無謀だよ無謀。デストロイ無謀。でもな、俺としちゃあその無謀を乗り越えて見せろって気持ちが大きいんだよ。ギャハハハハハハ!」
「それで、戦友か。ははは!」
ベルゼルガはチッと舌を打ち、ぶっきらぼうに手を振りながら出て行った。
「見ててやる。見せてみろ。神楽も見たがっている」
……手に残った銃の、その重みに気付く。
なんだかんだで奴なりの激励に来てくれたという事か。
素直に有難いと思えた。
「私達だって、閻魔さん達が強いってことくらいわかってるよね」
「策は多いに越したことは無いもんな。このドゥーエシリンダー一丁はかなり大きな戦力になる」
さて。そろそろ時間だ。
「死神、打ち合わせ通りに行くぞ」
「よっしゃー! 一日しか練習できなかったけど、重圧鴉闘技の特異性に気付けて良かったね!」
死神の鎌が士気に呼応しているのか脈打っている。この鎌だけは今でもよくわからん。死神が扱うには力が大きすぎるようにも思える。
膨大な力を持ち、時々意思があるような動きを見せる不思議な鎌、ブラッドデスサイズ。
それでも、まだまだ未熟な少女の持ち物として従っているのは……何か考えがあるのだろうか。邪悪な意思を感じるが、今はオレ達に危害を加える様子も無い。
何かを企んでいるのか?
それとも……この鎌には、死神の未来が見えるのか?
仕えるに値するから、従っているのか?
雑貨屋で見つけたあの日からずっと。
(お前は死神の力に気付いていたのか……?)
心の問い掛けに、鎌は妖しく光りを反射させて応えた。
死神自身は気付いていないようだが、どこまでも主の味方だと言っているようだった。
そうだな、疑って悪かった。
妖刀や魔剣を吸収精製して作られたとはいえ、ブラッドデスサイズもオレ達の日常にずっと居たんだもんな。
仲間だもんな。
「死神とオレと、ブラッドデスサイズとドゥーエシリンダー。四人でいっちょ勝ちをもぎ取って来るか!」
「アハハハハ、四人って!」
「いいだろ? 四対二って考えれば心強い」
「そうだね、みんな仲間!」
死神は嬉しそうに愛鎌に頬ずりした。
それから上目遣いでこちらを見てくる。
「なんだ」
「あのねー、ちょっとねー、お願いがあるのー」
「お願い?」
「うん。準くんってさ、私の事、死神って呼ぶじゃない?」
「おう」
「そろそろロシュって呼んで欲しいなって」
ああ。そういえば。
こいつの名前長いんだもん。略称があるなんて後から知ったし。
「死神って呼ぶの、慣れちまってたからなあ」
「ね、いいでしょ?」
「わかった」
「うっしゃ!」
「試験に合格できたらな」
「えええええ!」