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真章  WITH & WISH 5


 さて。病院とは怪我や病を患った者が訪れる場所というのは言うまでもない。

 患った誰もがその症状故に気分を沈めて治療を受ける施設である。

 沈む気持ちを抱えているものが大半を占める。

 まして入院棟に於いて……


 真っ白なベッドの上、腕を組んで仰向けに寝転がり、入院患者で一番態度のでかい大男が居たとする。

 全身にギプスを付けられ、包帯で巻きに巻かれた大男が、居るとする。


 というか、居た。


「デストロイ動けねええ!」


 あまつさえ雄叫びまで上げていた。

 しかもこの男、室内だというのに何故かフルフェイスのヘルメットなんてものを被っている。

 その丸い頭部を無言でひっぱたく少女。彼女は男の世話係なのだろう。ベッドの横に備え付けられた椅子に座り、再びリンゴの皮を剥く作業に戻る。長く黒い髪が白い病室で映えていた。

 ……ここは病院かと疑う光景だ。

 室内には包帯に巻かれた大男と、黒髪の女。だけかと思いきやまだ他に居た。

 そいつは二人のやりとりを眺めながら膝を抱えて座っていた。

 どこに座っているのかというと、大男の固定された両脚の上にである。嫌がらせもいいところである。


「てめえは降りろよタイタン!」


 そしてこの女、これまた奇怪にも手甲を両手にはめている。

 大男。黒髪の少女。手甲女。

 まだ居た。まさかの四人目が居た。

 そいつはタイタンと呼ばれた手甲女と同じように座って男を眺めている、小柄な少女であった。

 どこに座っているのかというと、大男の包帯が巻かれた腹筋の上にである。嫌がらせもいいところである。


「てめえも降りろよ韋駄天!」


 つまるところ怪我人の筈である大男の上に、女と少女が至極当然のように乗っかっているというわけだ。


「おい神楽突っ込まねえのこれ!? ねえ、おい! これおかしいよねデストロイおかしいよな!?」


 椅子に座って皮を剥く女――神楽は「何が?」と首を傾げて作業を続ける。

 おかしい。絶対におかしい。これはおかしい。

 ベルゼルガという名の大男はひたすらそう呟く。


「タ、タイタン……」

「なに? ベル」

「お、重――」

「は?」


 よく聞こえない、とタイタンが身を傾けたことで脚に掛かる負担が増し、ベルゼルガは痛みのあまり「デストロイなんでもないデストロイ」と片言な口調で言った。


「い、韋駄天……」

「なぁに?」

「お、重――」

「え?」


 よく聞こえない、と韋駄天が男の鳩尾に肘を突き刺した。この子は容赦が無かった。


「ごふっ!」


 もはや拷問の域。

 しかしながら異常ではあれど、これは紛れもないスキンシップ。これは一体何事か。

 ベルゼルガはヘルメットの内側で眉を妙な形に歪ませながら疑問を抱いた。

 そりゃあこいつらが暴力的なのはいつもの事だ。でもここまでひっつく必要はないだろう。韋駄天に関しては機動歩兵を持ち出してまで喧嘩を吹っ掛けてくるような娘だ。生身でベルゼルガを相手にして勝算は無いから当然。

 この状況は一体……。


 うーん、うーん、と悩み唸るベルゼルガに気付いたのか。タイタンが彼の耳元まで顔を近づけた。


「ベル……私は灯台もと暗しという素敵な言葉に気付いたの」

「は、はぁ?」


 タイタンは指を鳴らす。すると彼女の爪から小さな火が蝋燭のように浮かんだ。

 この手甲、実は元々彼女の物ではない。狩魔衆、〈爆客〉火羅繰という者から譲り受けた戦利品である。

 指先の火はみるみる大きくなり、ベルゼルガの首を熱した。


「あの。熱いです。デストロイホットです。タイタンさん」


「そう、ホット。ホットなの。胸が熱くて熱くて苦しいの。ねえ、あの死地で私を救ってくれた声。ベルの声。あの時から私の胸の中は熱くて苦しくて……そう。そうなの。気付いたのよ」


「……」


「私の恋心に火が点いたのだと!」

――ゴォォォ!

「うわあああデストロイ厄介!」


 タイタンの火は炎と化し、ベルゼルガの包帯に燃え移ろうとしていた。

 このままでは火達磨だ。


「……何、神楽?」


 炎を纏ったタイタンの腕に、ワイヤーが巻き付いていた。それは隣で黙ってリンゴの皮を剥いていた少女の袖から伸びている。

 危機一髪。あと少しで元最狂の呪詛使い自身が呪詛になるところであった。

 だが危機は去っていない。

 神楽とタイタンが視線を交差させ、彼の隣で火花を散らし始めたのだ。


「タイタン。あんたとは本格的に決着をつけなければならないようね」

「あら、神楽には大好きな大好きな里原お兄ちゃんが居たんじゃなくて?」

「ふ。恋愛初心者のあんたに、愛の形というものを教育してやるわ」

「上等。無限粉末師から無限灰塵師へと進化を遂げた私の力、とくと見よ」

「表に……」

「出やがれ……」


(おいおい)


 闘気に満ちた二人の後ろ姿を戦々恐々と見送ったが、二人は間もなくして病室へ帰って来た。

 ここは病院だという事をすっかり忘れていたらしく勝負はおあずけとしたようだ。

 当然である。

 そんなやりとりの間も、韋駄天はベルゼルガの腹の上に乗ったままだった。


「お前は何なんだ……」

「ボク? ボクはベルに恋なんかしてないよ」

「ああ、そう……」


 ベルゼルガにとって韋駄天は生意気な妹のようなもの。そもそも彼に童女趣味はない。

 この四人は妙な家族のような関係にあった……のかは謎だ。


「まあボクも失いかけて初めてベルが大事だって気付いたってゆーか。ね?」

「ああ、そう……」

「だから機動歩兵と生体の融合化を」

「待て」

「そうすればベルがボクから離れることは」

「待てっつってんだろ」

「敵に寄生兵器ディーラーズってのが居たでしょ? あのノウハウを使えば、決して不可能じゃないと思うんだよ」

「デストロイウェイトを進言する」

「なんだよう。いやなのベル? もっと強く、もっと激烈な破壊が可能になるんだよ? 呪詛が使えなくなったなら、ボクの科学で身体に悪影響の無い擬似タタリガミを作って永久エネルギーを精製するんだ。そしたらもう惨劇にだって負けやしない。世界最強も夢ではなくなるんだよ?」

「ほう……」


 ちょっと心が揺らぎかけたベルゼルガ。

 青ざめたのは神楽とタイタンだ。男が機動歩兵と融合した姿を想像したら背筋に悪寒が走った。


「イダ、それはちょっと……」

「お勧めしないわよ……」

「えー! なんでだよう!」


「今のベルの方が素敵でしょう? ほら、今でも十分に強いし」

「神楽の言う通りよ。イダだって今のベルに恋したからそう言ってるのよね」

「だからボクはベルに恋してないって! もっと違う――はっ」


 慌てて口を押さえる韋駄天。

 しかしその挙動をベルゼルガは見逃さなかった。


「なにぃ? 韋駄天、てめえ好きな奴が居るのか」

「……」


 つつー、と目をそらす少女。

 どうやら図星。


「そりゃイダも女の子だからねえ」

 神楽が微笑ましく言う。

「好きな人くらいできるわよ」

 タイタンも頬に手を当てて笑う。


 だが……無言で震えるベルゼルガの全身から、ビキビキを音が鳴り始めた。

 固定していた堅固なギプスが罅割れ、砕ける音だ。


「なぁんだとおおおおおお! うちの韋駄天を誑かすたァ、どこの馬の骨だデストロイコラァ!!」

「ちょっ、お父さん!」

「お、お父さん落ち着いて!」


 男は立ち上がり、自分が寝ていたベッドを高々と持ち上げて振り回す。

 彼の脚にしがみついて暴走を引きとめる神楽とタイタン。


「お父さんのわからずやー!」


 そして韋駄天は病室から飛び出した。


 なんだこれは。


 ベッドを折り曲げ折り畳み、針金細工のように軽々と丸めたお父さんもといベルゼルガは、韋駄天を追おうとしたが脚にしがみつかれている為に転んだ。

 その目に韋駄天が落としたと思われる一冊の本が入った。


――『歌舞伎の結界講座』


「ちょっと地獄壊してくる」

「やめなさいよ!」

「やめなさいよ!」


 彼らにも彼らの日常が。

 戻って来た日常があった。

 どこか以前と違うけれども、ベルゼルガが居て神楽が居てタイタンが居て韋駄天が居る。誰も欠けることなく、再び紡ぐ。

 韋駄天が地獄に興味を示してしまった以上、日常の舞台は変わってしまいそうだが。

 しがみつく二人を引き剥がしながらベルゼルガは上着を掴む。


「冗談はさておき。俺はこれからちょっと出掛けてくる」

「え? もう次の任務があるの?」


 神楽がベルゼルガに問うと、彼は首を横に振った。


「破壊業者訓練生の、卒業式があるんでな」

「あ……」


 男がひらひらと振る招待状を見て赤き鷲鷹が脳裏を過ぎる。

 機動歩兵戦闘教官、イーグル・ジョーカー。彼女が率いた部隊は五人全員が訓練生だった。

 最新鋭機ヘヴィゾンを駆り、訓練生とは名ばかりの戦功をあげた若き破壊業者達。地獄強襲作戦にも参加し、クロスキーパー戦を脱出、局地制圧兵器ロンドを撃墜し、満身創痍となりながらもベルゼルガの前に立ち塞がった雄士。

 しかし……ベルゼルガとの戦いの中、隊長機カデンツァは撃墜。パイロットのイーグルは死亡した。ヘヴィゾン二番機のパイロットも、ユグドラシルレールを守って死んでしまった。

 敵であったベルゼルガの元に、生き残ったイーグル隊から招待状が届いたのは各勢力が復旧を始めた頃。隊長機を落としたベルゼルガもまた破壊業者教官。彼らにとって隊長イーグルに匹敵する存在は彼一人なのだった。


「あの場では敵同士だったが、同業者だからな。イーグルの代わりに、連中の晴れ姿をデストロイ見届けてやらないと」

「私も付いてっていい?」

「勝手にしろ。里原準に顔見せなくていいのか」

「準兄には、また戻ってから挨拶するから大丈夫。イダも地獄旅館に残りたがってるし、しばらくはこっちに滞在するでしょ」


 ベルゼルガが上着を羽織る様子を見ていたタイタンも、少し考えてから一人頷いた。


「仕方ない。私も久々に破壊業者本店に顔を出そうかしら」



 後にこの病室へ里原準と死神ロシュが挨拶へやって来るのだが、その時には既に破壊業者の面々は居なくなっていたのだった。

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