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真章  WITH & WISH 3



【林道と追憶】



 彼らの眠る場所はとても温かい。

 澄んだ空には雲ひとつなく。

 吹き抜ける風に乗るものもなく。

 まばゆい陽光を遮るものもなし。


 たわむ枝の隙間を何本も光が差し込む林道は、小さな忍達が何度も歩いてきた思い出の道。時に笑い、時に泣き、多くの感情と共に仲間と共に歩いた道。

 此処は古の忍一派、狩魔衆の里。

 剣の忍者。水の忍者。風の忍者。雷の忍者。槍の忍者。呪の忍者。舞の忍者。血の忍者。鬼の忍者。闇の忍者。

 たくさんの忍が育った。


 林道を歩く一人の男と二人の女は、懐かしさからなのかゆっくりとした足取りで進んでいた。


「こうして夜叉兄ぃと此処を歩くのも、久しぶりでありんす」


 てくてくと上機嫌で歩く鈴女蜂は頭の後ろに手を回し、隣を歩く男を見上げた。

 黒い鬼の面を付けた夜叉は片手に花の入った桶と柄杓を持っている。

 空いたもう片方の手で鈴女蜂の頭を撫でると、女は頬を赤くしてにこり笑った。

 そしてもう一人。背の高い着物姿の女が二人のすぐ後ろで歩いていた。

 周りをきょろきょろと見回し、たまに小石に躓いたりしている。が、これでも彼女は上質な忍である。


「飛沫、どうしたでありんすか?」

「うぅん、どうにも懐かしくってねぇ。ついつい色んな風景に見入っちゃうのさねぇ」


 そんな飛沫の視線は木の幹だったり落ちた木の葉だったり、様々な物へ向けられていた。

 夜叉もその視線と同じ物を眺め、飛沫の肩に手を置く。


「幼かった我々が、楽しく懸命に過ごした日常が此処にはあったからな」

「そうだねぇ今でも覚えているよぉ。ほら、あの木。大きな切り株から生えてた芽が大きくなったんだよぉ」


 此処の時間も流れているんだねぇ。と、飛沫は目を細めていた。

 枝の隙間を駆け抜け、しなやかに木々を飛び移る風客〈魅蒼〉の姿は風そのものだった。

 雨が降り雷轟く日は、水客〈解流〉と雷客〈臥竜〉がとてもご機嫌な日。


「解流さんの収集家魂はあの頃から凄かったでありんすね。不思議な形をした石ころを持っていったらとても喜んでくれたのを覚えているでありんす」

「風雷姉弟が居るといつも騒がしかったよぉ。暴風と豪雷、まるで台風のようで太陽のようで。底抜けに明るい二人だったねぇ」


 夜なんて怖くなかった。

 不気味な林道も、妖を味方にする呪客〈符抜斎〉が居れば心強かった。

 不安な日も、愉しく優雅に美しく踊る舞客〈姫垢乃〉が居れば元気になれた。

 大きな獣に怯えていても、もっと強い剣客〈軋斬巳〉が居ればなんてことない。

 自分達は強い強い忍者。

 鬼の化身。闇の化身。

 鬼客〈夜叉〉と忍客〈修羅〉も一緒だ。

 そしてまだまだ居たたくさんの仲間達。

 みんなが居れば、夜道だろうとへっちゃらだった。

 血に塗れ、闇に生き、闇に消えるのが忍なれど。決して光を嫌いはしなかった。

 今でもこの道を歩けばあの日々の声が聞こえてくる。あの頃に狩魔が描いた物語はまだ闇に染まりきっておらず、豊かな頬笑みに満ちていた。



 ◇



 彼らの眠る場所はとても温かい。

 澄んだ空には雲ひとつなく。

 吹き抜ける風に乗るものもなく。

 まばゆい陽光を遮るものもなし。

 修行を積んだ山を一望できる高い丘。

 そのてっぺんに、彼らの墓はあった。

 上忍、中忍、下忍。少なかった墓石はたくさんになっていた。

 異界政府にて果てた者達は、こうして里へ帰り、そして安らかに眠っている。


 墓石一つ一つに水を掛けてやりながら、鈴女蜂は一人一人へ声を掛けてやっていた。

 その中で、他より少し古い一つの墓石には多めに水を掛ける。

 〈水客 解流〉と彫られていた。


「こんにちは解流さん、良い天気でありんすね。いっぱい水を呑まないと、解流さんは干乾びちゃうかもでありんす。あはははっ」

 口では笑いながらも、鈴女蜂の目はどこか哀しそうだ。

「みんな里に帰ってきたでありんすね。こんな姿で帰って来て、解流さんは嬉しいやら哀しいやらといった具合でありんしょ? でも喜んで迎えてやってほしいでありんす。みんな一生懸命戦って、精一杯忍として生きたのでありんすから……」


 無数の魔導武具の収集家にして使い手。変幻自在の水遁を操る狩魔衆上忍、解流。

 忍者でありながら誰よりも争いを拒み、平和を望んだ男。

――“心配無用さ。みんな、此処でゆっくりと休んでいる”

 そんな言葉が聞こえてきそうな雰囲気に包まれ、彼が怒っているのではないかと思っていた鈴女蜂は少し不思議な気持ちになった。


「そうそう、聞いてほしい事があるでありんす。実はあちきと飛沫は地獄旅館で働くことになったのでありんすけど、なんとそこに解流さんと同じ名前の雑貨屋店主が居るらしいんでありんすよ! 今度偵察してくるから、次はその話も持ってくるでありんす!」


 膝を折り畳んでしゃがみ、墓石の前でにこにこと近況報告をした鈴女蜂は立ち上がる。


「さぁて、次は符抜ふばっちゃんでありんすねー! んふふ、最後の背比べではあちきが勝ってたでありんすからね。符抜っちゃん死んじゃったでありんすから、あちきの勝ち逃げでありんす! どうしてもって言うなら、あちきが行くまで待ってるでありんすよっ」


 ぺちぺちと〈呪客〉符抜斎の墓石を叩く鈴女蜂とは別の場所――下忍や中忍の墓石に囲まれた上忍の墓石の前で、飛沫はずっと立っていた。

 〈剣客〉軋斬巳の墓だ。

 無刀でありながら、狩魔随一の剣の使い手。

 下忍や中忍に最も慕われ、仲の良かった上忍。

 そして飛沫の……好敵手でもあった男。

 その墓の前で腕を組み、へらへらと相変わらずの笑みを浮かべながら軋斬巳の墓石を見下ろす。


「……まさかアンタがくたばっちまうとは、今でも信じられないねぇ。先陣突破を引き受けたんだって? アンタらしいよ。広域斬殺をも可能とするアンタの事だから、どうせ先陣に立って下忍中忍を守りながら進んでたんだろうねぇ。でもさ――」


 力の籠った手で飛沫は墓石を掴み、顔を近づけた。


「あたしとアンタの決着は付かず終いだよぉ……! 別忍務を終えたら異界政府に駆け付ける筈が、あたしは夜叉兄ぃに負けちまった。政府施設で決着を付ける筈が、あたしが行けなかった所為で……こんなにも歯痒い……」

 胸に手を当て、ずるりと寄りかかるように墓石に擦り付く。

 そして飛沫は頭を垂れた。

「ごめんよ軋斬巳……ごめん……」

 親指を噛み、血の滴るそれを剣客の名が彫られた場所に押し当てる。


「アンタの勝ちだよ。御頭とアンタにだけは、もうこの世で勝つことはできないけど。あたしは夜叉兄ぃを越えるよう努力して生きるからさぁ。そこで大勢の忍と一緒に、見てておくれ……」


 髪をかき上げた女は頬笑みを浮かべた。

 空を見上げ、丘の頂上を見やる。

 狩魔衆の頂点に君した者――御頭の墓の前に立っている夜叉が見えた。

 修羅と夜叉。最も親しくあった兄弟は戦いの中で決別し、面を合わせて和解することは遂にできなかった。草揺れる丘の上に吹く風は夜叉の着物を大きく揺らし、陽光に照らされる般若面は黙して亡き兄の前に。


 風は静かに……。

 光は暖かに……。



 ◇



「某は……兄者のように非情な忍に徹する事ができませんでした。闇の中で仲間達と生きたあの頃に後悔はありません。光の温かさにも手を伸ばしました。許されないと知っていながらも……仲間達と共に居る為には、闇の中で生きねばならぬと知っていながらも……某は、兄者と、仲間と、みんなで温かな光の中を生きられたらと思ってしまいました」


 つくづく甘い男です。


「十年前のあの戦いの中。解流殿が討たれ、その想いは一層強くなりました。仲間を失う辛さに、もう耐えられなかった。某は弟だから御頭の兄者とは違うと、掟の積や背負う物を全て兄者に押し付けて、逃げ出しました。地獄旅館という安息の場を手に入れ、新たな仲間に加えられ、笑いに満ちた光の中で生きました」


 兄者達を忘れようとしました。


「某は兄者が怖くて、自分の正直な気持ちを兄者へ伝えられずに居ました。兄者が、兄者自身の口で某を許してくれなかったのはその罰なのでしょう。それでも最後は……許してくれた。こうして、抜け忍達が光の中で生きる事を許してくれた。某は兄者を……恐怖の対象としてでしか見ていなかった……」


 こんなにも優しい人だというのに。


「時代の流れも見極めた上で、貴方は古の忍として今に現れた。新たな時代は、あまりにも甘ったれたものだから。その点で惨劇と同意して、過去の清算をするべく立ち上がった。惨劇の宴に招かれた者に……悪人は存在しなかった。旧時代と新時代。遺された確執と今在る信念。この争いは必然だったのでしょう。もし――もしも我々抜け忍が、兄者へ気持ちを伝えていたならば、きっと御頭の貴方は熟考してくれただろうと今になって思います」


 それを省き、楽な逃げ方をしたから貴方は怒った。


「復活し、再度表舞台に現れた狩魔衆。その実力・覇気・闘志は凄まじく。平穏な新時代を生きる者達に成す術は無かった。だが、それは当たり前。むしろ兄者達は平和な世に喜んだでしょう。だが、その中で過去に蟠りを残したまま生きる某達や、異界政府が気に入らなかった。腐った性根を叩き直すべく、狩魔は復讐鬼となり再び悪の名を自ら被った」


 その犠牲の代償は、己が生命。


「多くが逃げたから、貴方達はその代償も汚名も一身に背負ったんだ。全てが終わってから気付いた某は、兄者には程遠い未熟者です。そして全てが終わった時はなにもかもが遅く……」


 こうして、墓前に語る事しかできない。


「有難う兄者……。ありがとう……兄さん……」



 異界政府御庭番。狩魔衆。

 異界統治者の影として旧時代を駆け抜けた一派。

 彼らは突如、新時代に再度その姿を現した。


 その真意は――新たな時代、平和な時代の為の影となる事。

 旧時代の後始末を一手に引き受ける事。

 惨劇の名に隠れて汚名を被り、闇を貫いた誇り高き集団。


 狩魔衆の名は、今後、語り継がれてゆく。

 誉れ高き称賛の声と共に。


 栄光という、光を浴び続ける――




 ◇




「よーし鈴、シブ。みんなへの挨拶は済んだか? 次は異界政府跡地まで足を運ばなければな」

「先代御頭の鬼叉んとこだねぇ。兄ぃ、本当に狩魔の里へ墓を移すのかい?」


「それはゆっくり考えるとしよう。父上は父上で、政府代表としても生きたのだから。故郷に戻るか政府の仲間と眠るのか。慌てなくてもみんな何処へも行かないよ」


「夜叉兄ぃ! 途中で茶屋に寄るでありんす!」

「はいはい」

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