表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
72/82

真章  WITH & WISH 2



【閻魔と相棒】



 ラビットの言葉を受け、魔導社医療施設の受付で宅配物を受け取った閻魔は、それを見つめたまま無言で立っていた。

 やたら大きな包み。中の箱は木製か。

 重さも結構ある。

 大きさ。重さ。手に取っただけで閻魔には中身が何なのか予想できた。

 送り主は……魔導工場。

 包装された包み紙を丁寧に取り除き、箱が現れる。その大きさは閻魔でも抱えきれない。

 箱は呪文の書かれた一枚の布で隙間なく巻かれていた。

 布をほどき……箱の蓋を開ける。


 中身を見た閻魔は手を震わせた。


「……ドミニオン」


 黒く、大きな刀剣。

 赤の柔らかな布が敷かれ、その中で魔剣は貴重品のように眠っていた。


 共に地獄を駆けた相棒。

 共に地獄を救った相棒。

 そして、塵と消えた相棒……。


〈ん? もう着いたのか〉


 魔剣から響く声。

 ドミニオンは目を覚まし、自分を箱の外から見つめる男を確認した。


「……よう」

〈よう! お前が閻魔だな!〉

「……ああ」


 けらけらと、魔剣ドミニオンは笑いながら閻魔に挨拶をした。


〈俺は魔導社製の魔剣! ドミニオンってんだ!〉

「ああ、知ってる」

〈そうか? まあいいや、これから宜しくな!〉


 閻魔は魔剣の柄を握り、箱から出す。

 剣を目の前に立てて不敵に笑った。


「ああ。初めまして、ドミニオン」

〈うっひゃー! すげえ魔力! なかなか良い使い手になりそうだぜお前!〉


 ご機嫌な魔導の剣を地獄の大将は片手で振るい、ひゅんひゅんと音を立てて左右上下に回転させた。

 そして“いつものように”剣を肩に乗せる。


「フハハ、当たり前だ。お前は俺様にとって、唯一無二の相棒なんだからな!」

〈先代のドミニオンより良く働いてやるぜ!〉

「二代目が吹くじゃねえか。先代ドミニオンの雄姿をたっぷり聞かせてやるから覚悟しな」


 帰って来た相棒。

 だがそれは以前の相棒ではなく。

 新しい相棒として帰って来た。

 共に駆け、共に戦ってきた相棒はもう居ない。

 そして、これからはこの相棒と共に、新しい記憶を刻んでゆくのだろう。

 神槍グングニルをも弾き返した先代ドミニオンに匹敵するかどうかは、これから見極めていこう。そんな思いを胸に、閻魔もまた――未来へ歩き出す。


 地獄の大将は、歩みを止めては居られない。



 ◇ ◇




【聖騎士と聖剣】



――かしゃん、かしゃん。

 鎧の揺れる硬い足音が医療施設の受付前に響いた。


 女だ。

 差し込む光に照らされて一人の女がやって来ていた。

 白銀の鎧。金色の髪。白い肌。

 天国・アースガルズ所属。St.4knightsセント・フォーナイツが一角。

 戦女神。ヴァルキュリア。

 地獄を裏切り、敵として戦った女。


 自分達が傷つけた者達が収容されている病院へ、彼女はやって来た。

 彼女は己を見失い、妄信に全てを委ね、仲間を裏切り痛烈な傷を与えた。

 そして……己を追い掛けて来た一人の少年に敗れた。

 その後に彼女は彼女自身で目撃した。自分達が破壊し、斬り捨てたものの有様を。

 地獄ヨーロッパ支部。支部長に裏切られて壊滅したその場所は、統括指揮を欠いても尚、それぞれが小さき力で支え合い、助け合い、絶望的な復興遅延を目の当たりにしながらも強く前向きに確実に再生しつつあった。

 地獄アジア支部。天国、狩魔衆、破壊業者、No.13の四勢力に奇襲・裏切り・猛攻を受けて大破した場所。それでも閻魔や幹部陣の指揮下で、辛い現実に向き合っていた。

 絶望と傷を与えたのは他ならぬ自分達。

 強き意思をその目で見たヴァルキュリアは己の所業を恥じた。

 簡単に斬って捨てようとした尊きものは、とても脆く。元通りにするのは容易ではない。再生と破壊の対極。

 破壊に逃げ、あまつさえ敗した自分。

 破壊を受け、再生に尽力する者達。

 己の圧倒的弱さ。弱いと思っていた者達の圧倒的強さ。

 あまりにも自分が恥ずかしい。

 だからといってまた逃げ出す事はしない。逃げ出さずに、自分の業と向き合ってゆく事はヴァルキュリアの戦いなのだ。


 だから、ヴァルキュリアは今、この場所へ来た。



「あ? なんだヴァルか」

「……閻魔」


 ロビーの椅子に座った男が彼女を視界に捉え、声を掛けた。

 地獄アジア支部、支部長。閻魔。

 元同僚であり、天国の裏切りによる被害が最も大きい男。

 兜を外したヴァルキュリアは、目を泳がせ、俯き気味になった。

 じっとこちらを窺う男を直視できない。この場まで足を運びはしたが一体どう顔を向けて良いのかわからず、気持ちだけでも視線から外れようと女は身を若干捩った。

 その仕草を見た閻魔の目は座り、頬肉をひくつかせ眉間に皺を寄せ、嫌悪の感情を顔に出した。


「おい。目ぇ逸らすな」


 怒りの籠もった声色。

 若干舌を回した口調で言われ、彼がもはやヴァルキュリアを毛嫌いしているのが容易にわかった。態度が大きく気性の荒い閻魔といえど、ここまで顔に感情を出すのは珍しい。

 いつも不敵に笑っているからこそ、この男は皆に安心感を与えているのだ。その男が笑わず、怒りの形相で、憎悪の念を皺に変えている。

 冷静無表情で知られるヴァルキュリアが、今この場に於いてはとても怯えた子供のような目になっていた。


「この病院はお前にとって完全にアウェーだ。視線は敵意を含んだものだらけだ。それをわかった上で来たんだろ。だったら目を逸らすな。全部受け止めろ」

「ごめんなさい……」


 す、と立ち上がった男は聖騎士の前に立ち塞がった。

 一度首を回し、気だるそうに女を睨む。


「で。お前、何しに来た?」

 そして冷たく言われた。

 ぼそぼそと聞き取りづらい大きさで女は応える。

「須藤さんと……バンプに……」

「謝りに来たってか?」

 ……頷く。

「何? お前は須藤が許してくれるとか思ってんのか?」


 嘲笑の吐息を漏らして閻魔は指差してくる。


「許してもらってどうすんだ? 須藤がお前を許すことでなにが変わるんだ? 自分が楽になりたいだけじゃねえの?」

「違う、私は――」

「違わねえだろ! 一方的に須藤を裏切って背中からブッ刺してサヨナラしたのはお前だろうが! 謝ってどうしようってんだよ! 直接傷つけた須藤に謝ることで、間接的被害を被った連中にも謝ったことにしようってか!?」


 なんとも都合の良い話だな。

 なんとも自分勝手だな。

 恥ずかしくないのかよ。

 我が身可愛さで謝りに来たとはな。

 須藤の良心に浸けこもうってか。

 なんとも卑怯な奴だな。

 なんとも脆弱な奴だな。愚劣な奴だな。小賢しい奴だな。


 閻魔の絶えぬ罵倒は聖騎士の心を何度も何度も斬り付けた。

 聖騎士に言い返すことは許されず。俯いて言葉の全てを聞き入れていた。

 責められて責められて、彼女の胸当てには幾つもの水粒が滴る。


「違う、違うの……」

「泣くなヴァルキュリア! この場所でお前に泣くことは許されねえ、お前の意見は通じねえ。俺様の言葉は、須藤の受けた痛みに比べれば矮小だ。死んだ旅館の者達の痛みに比べたら矮小だ。それ程の事をお前は、お前達は、した。そんな事もわからないようじゃ所詮――」

〈やめてよ閻魔!〉


 ヴァルキュリアの腰に下がった聖剣エクスカリバーが叫んだ。


〈直接心に傷を負わせてしまった須藤ちゃんやバンプに謝るのは当然よ! 許してもらうとかそういうつもりで来たんじゃない! 許してもらえなくったって、私達はその事実を受け止める! ヴァルは全員に謝りに来たの! ヨーロッパ支部のみんなにも全員に謝りを入れて、復興に全力を尽くす約束だってしてきた! いっぱいいっぱい辛い言葉を浴びてきた! ヴァルだって一人の女よ! 悪い事をした罪は償う! けれど……お願いだからもう、罵声をこの子に浴びせないで……このままじゃヴァルが、潰れてしまう……〉

「………」

〈甘ったれんなって言いたいのはわかってる。でもお願いよ閻魔……お願い……〉


 懇願の声を上げる聖剣。

 黙っていた魔剣ドミニオンが閻魔の耳元で囁いた。

〈……多くの者に死なれた閻魔の気持ちはわかる。でもこの人だけに全部ぶつけたら、やっぱり潰れちまうよ。ちょっと、言い過ぎかもな……〉


 ちぃ! と閻魔は舌を打ち、荒々しく再び椅子に座った。

 肩に乗せた魔剣は彼女らに何も言わず、ただ主の気をなだめようとする。

 萎縮し、肩身を狭めて立ち尽くすヴァルキュリアを一瞥した閻魔は、もう一度口を開いた。


「俺様は、地獄アジア支部の支部長だ」

 彼の背中には、あそこに居た全ての者が背負われている。

「俺様には、こいつら全員の声を代弁する義務がある。そして……」

 ぐっ、と拳を握った。

「代表する権利がある」


 それが支部長たる者。

 そこには容易く責務を投げ出したヴァルキュリアへの叱咤が込められていた。

 個々の、ヴァルキュリア個人への言葉はたくさん浴びた。そして今のが支部の、管理者へ向けた言葉であった。

 連続した罵声は、閻魔ではなくアジア支部全員からの言葉。

 今もヨーロッパ支部で多くの罵声を浴び続けているガーディアやフライヤとは別の、元支部長ヴァルキュリアへのアジア支部からの叱咤。

 ――首謀者云々ではなく、上司云々ではなく。フライヤの命令だろうがなんだろうが。ヴァルキュリア、お前は一つの支部を任された長だろう。その責任はとても重いのだ。

 そんな叱咤。


「“二度と裏切らないでくれ。それでもまた信じるから”」

「……また……信じて……くれる……?」

「これが、アジア支部全員分の言葉だ。フハハ、さっさと須藤とバンプにツラ見せてこい」


 目を見開き、その言葉を聞いた女は、口元に両手を当てて涙を零した。


「うぅ……ふぐっ、うああああ……」

「泣くなっつっただろ……」


 こくこくと頷き、必死で涙をぬぐって閻魔の前を通り過ぎる。

 不敵に笑う男の前で、腰の聖剣が閻魔の肩に乗る魔剣に声を掛けた。


〈……ドミニオン!〉

〈へ? 誰、お前〉


 エクスカリバーは一瞬唖然とし、それから思い出す。

 ドミニオンはグングニルを相殺し、塵に消えた事を。

 このドミニオンは……自分を覚えていない。


〈……私は、聖剣エクスカリバーっていうの〉

〈そっか初めまして。よろしく〉

〈うん。よろしくね、ドミニオン〉


 聖剣の声はどこか震えていた。

 自分を好いてくれた魔剣。

 ぶっきらぼうで、閻魔と共に地獄で大騒ぎしていたあの魔剣は――もう居ない。


〈ねえドミニオン!〉

〈へ?〉

〈私、あなたのこと、好きよ!〉

〈……へ?〉


 ヴァルキュリア達の姿は見えなくなった。

 ドミニオンは初対面でいきなりの事だったので茫然としていたが、閻魔がやたらと笑っていたので合わせて笑っておくことにした。


「フハハハハハハ!」

〈わ、ワハハハハ!〉



――何度でも信じるさ。


――諦めない。


――裏切られたって。


――傷つけられたって。


――地獄(我々)は天国(君達)を、信じる。


――魂を司る同志だから。




 ◆ ◆ ◆





【ジョーカーと酔狂】



 かつて――

 一人の女が異界に現れた。

 名前は伏せよう。彼女には未練の無い名前だ。

 女は脱走者であるらしく、その身なりは汚かった。

 汚れた白衣は科学者の証。付いた返り血は反逆の証。

 危険な女だと誰もが思った。

 悪意に満ち溢れ、世界を危機に陥れかねないと誰もが危惧した。


 しかし――女は天才だった。


 故に彼女が異界にやって来たその瞬間。既に全ては悪意に呑まれていたのかもしれない。運命は悪意に毒されてしまったのかもしれない。

 因果なものだ。

 彼女を拾った集団は、彼女の過去には一切触れなかった。ただその才だけに着眼した。

 女の、科学者としての才覚。まごうことなき創造の実力。

 集団――ジョーカー一族はそれだけを求めた。

 故に彼女は何も語らず……。

 ただただ己の望むまま創造し、悪意を振り撒くことのできる環境を手に入れたのだった。

 与えられた名は……ゼブラ。

 ゼブラ・ジョーカー。


 ウサギ縞馬シマウマが出会ったのは少し経ってからである。

 創造の環境をより整えるべく起業したゼブラのサポート役に抜擢されたのは、ラビット・ジョーカーという名の男。

 実に有能な実務能力を持った男だ。人と人との繋がり。ネットワーク。ラビットが得意としたのは関係の創造であった。

 この二人を中心に、魔導と工学の融合を実現させた魔導社は急激な伸びを異界に見せつけることとなる。ゼブラが物を創り、ラビットが関係を創る。二人のタッグは商界無敵を誇った。

 二人が能力的に相性が良かったのは当然だが、同時に男女としての相性も良かった。

 公私共に二人の絆は深まり、固く結ばれ、永劫共にと互いを意識し合った。


 しかし。


 そんな状況下、起きた最終戦争。


 二人の絆は、ここで断たれる――



 ◇



「……思い出しますね。ゼブラ」


 重機の騒音。

 作業員の喧騒。

 走り回る発掘作業員。

 忙しない現場の中、場所に不釣り合いな格好をした男女が立っていた。

 魔導社医療施設から駆け付けたラビット・ジョーカーと、ジャッカル・ジョーカーだ。


 ここは異界の辺境。岩山が周囲数十キロメートルを占めるような場所。

 少し前までは小さな発掘チームが小さく調査をするだけだった、寂れた自然。

 しかしそんな場所は今や大量の重機が持ち出され、大量の作業員が導入され、一大発掘プロジェクトが立ち上がるような状況になっていた。



――『ARIS級巨大戦艦を発見』



 惨劇の宴直後に送られてきた調査隊の報告は、ラビットを含む魔導社全体を震撼させた。

 ARIS級巨大戦艦は、一号機しか生産されていない。

 そう。

 ゼブラが消息を絶った際に一緒に消えた戦艦だ。

 そんなものが……岩山の奥深くに丸ごと埋まっているという馬鹿げた報告。

 しかし再度行われた調査では、確かに岩山の中にそれが確認されたのだ。

 馬鹿げている。

 ラビットはそう口走った。

 何故ならARISとゼブラが消えたのは十年前。

 なのに……。



――『推定では八百年間此処に埋まっていた模様』



 八百年以上も。

 この広大な岩山ができる前から、ARISはここにあったのだという。

 そして早急に進められた発掘作業の末に現れたのは――紛れもなくゼブラの創った娘の肌。戦艦の装甲であった。


「ラビット。これは一体……!?」


 隣でジャッカル頭でスーツ姿の女が問う。

 ラビットは答えず、岩から露出したARISの装甲の一部を前に立ち尽くしていた。

 最強と謳われた戦艦。

 無敵と謳われた装甲。

 それが焼け焦げ、歪曲し、破損している様が見て取れる。

 時間の経過によるものではない。

 外部からの攻撃によって付けられたものだ。

 ARISを知る者達は驚きと疑問を隠せずにいた。

 十年前の最新鋭戦艦が、どうして膨大な時間を遡っているのか。


「……進行状況は?」


 ラビットが作業員の班長を呼びとめ、訊く。


『はい順調です。只今、ARISの全容をスキャンしたのですが……損傷が激しく各ユニットが断絶しています』

「なんですって……そこまで」

『既存の兵器類でここまでARISを破壊するのは至難の業です。ありえない話ですが、これはもう……神の逆鱗に触れたとしか……』

「構造は、本当にあのARISで間違いないのですね?」

『間違いないです。魔導社に遺された設計図と完全に一致しています』

「ならば……」

『はい。急ぎ、前社長の……ゼブラ様の部屋を最優先で発掘中です。もうそろそろ岩盤の除去が――ん、どうやら完了したようです! こちらへ!』


 走り出す班長の後ろを、ラビットとジャッカルも追った。



 ◇



【兎と縞馬】



 危険だからと止められ、ラビット達は剥き出しになった装甲の断面から先には入れて貰えなかった。

 作業員が先に確認してくると言って中へ入り、戻って来るのを待つ。

 息を呑んでそれを待つラビットの姿はひどく落ち着きが無く、ジャッカルは声も掛けられなかった。

 やがて中から戻って来る作業員。

 外へ出てきた作業員は、真っ先にラビットの所へ走って来た。


 作業員が両手で抱えているのは――



「あ、ああああ……」



 ボロボロに朽ちた……シマウマ頭の着ぐるみ。


 ラビットはそれを抱きかかえ、膝を着いた。



「ゼブラ……ゼブラぁ……」



 何百年も、ずっとずっと。

 ARISの中で。



「おかえりなさい。おかえりなさい……ゼブラ……」



 ウサギの着ぐるみの下でラビットは泣いていた。

 涙声でゼブラの名を何度も呼び、そしておかえりと言い続けた。

 ジャッカルは彼を後ろから抱き、周りの作業員たちはメットを外して頭を垂れる。

 とても長い時間を経て、彼女は帰って来た。変わり果てた姿なれど、確かに彼女は帰って来てくれた。




――“クスクス、ねえラビット。私は、とても大きな夢を見つけたのです”

――“でもね、それを叶えるにはとてもとても大きな力が要るのですよ”

――“私は運命を変えるのですよ。それが夢です”


「ゼブラ……」


――“ラビットの素顔、久しぶりに見ました”

――“クスクスクス。素顔を知ってるのは、私だけですか”


「ゼブラ……!」


――“ねえラビット”


「ゼ……ブ……ラ」



――“私、絶対に還って来ますからね!”



「まったく……遅いですよ……ゼブラ……」



 原型を留めていることすら奇跡的なシマウマ頭。

 ラビットは着ぐるみを胸に抱きながらウサギ頭をくっつけた。


 おそらく。

 ゼブラの真意を知る者はラビットだけだろう。

 運命を変えると言って消えた彼女。

 どうして運命を変えたかったのか。


 それは――ジョーカー一族としてではなく、ゼブラは一人の女として、ラビットと出会いたかったから。


 一族同士で結ばれることはない。

 異界にやって来た彼女がジョーカー一族に拾われさえしなければ、ラビットと結ばれただろう。しかしジョーカーの酔狂と同じく、同族で結ばれることが禁じられているのも一族の特徴。


 ジョーカー一族に拾われたことでゼブラは悪意も創造の才覚も思う存分発揮できた。

 しかしゼブラは拾われたことを悔やんだ。

 つまり……。



「貴女は……創造や称号よりも、私を選んでくれたのですね。ゼブラ……」



 最悪と呼ばれ、天才と呼ばれ、あらゆる者達から元凶とまで言われ、マイナスのレッテルを隙間なく貼られた女。

 女はそれでも構わなかった。ただ一人、愛した男と結ばれることさえできれば他には何も要らなかったのだ。

 愛は運命をも動かした。世界に挑む意思まで与えた。それ程に強い。

 知力と技術と悪意。世界一を誇るそれら全てを――ゼブラ・ジョーカーという女は、愛の為に用いたのだった。

 望みはラビットと結ばれる事。

 しかしその望みは叶わず。

 それでも、こうして再び彼の胸の中へ戻って来た。


 己が想いの強さと愛の強さを、証明するかのように……。


「ラビット……」

「ジャッカル。私は、ゼブラを忘れることはできません」

「ええ」

「ゼブラの愛は、私が一生胸に抱いていきます」

「ええ。それでも、私は貴方を追いかけます」

「ジャッカル……」

「ジョーカーの酔狂です。私は貴方に魅せられている。ならば、貴方にもゼブラにも、私の気持ちを抑えることはできません」

「……」

「貴方と共に居たい」

「貴女がそう望むなら、私は何も言いません。ゼブラがそうであったように、ジョーカーが結ばれる事は無いのも承知の上でしょう」


 ラビット。そしてジャッカル。

 二人は立ち上がり、隣に並び、ゼブラの着ぐるみを抱えて歩き出す。


「行きましょうラビット。里原くんや死神ちゃん達の物語に私達も入れて貰いましょう」

「ええ。そして、知られざる一人のジョーカーのお話を、聞かせて差し上げましょう」



 運命をも超えようとした最悪の物語。

 最悪もまた最愛を求め、望んだ。

 おかえり。

 還って来た愛情。

 ジョーカーに自由を貰い、ジョーカーに妨げられた女の物語。

 時を超えて、完結を迎える。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ