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真章  WITH & WISH 

真章

【死神と準】




 ……。


 …………。


 ………………。


「――はっ」


 死神ロシュケンプライメーダ・ヘルツェモナイーグルスペカタマラス七世。

 実に長ったらしい名を持つ少女は眠りから覚め、瞼を開いた。開いたはいいものの、その状態でまた硬直し、天井の一点をただ見つめていた。

 寝ていた?

 いつ眠ったのか思い出すのに少々時間を要した。

 ……そうだ。

 彼女が眠ったのは、惨劇との戦いに勝った後だ。

 たしか――起源への扉。あの大きな扉の前で惨劇に打ち勝った。そして崩壊する旧魔導社から脱出。開いた亜空間に飛び込んで……。

 少女は白いパイプのベッドから上半身を起こし、腕を組む。

 むぅ、と首を傾げて眉をひそめる。


「えと……。海の上に落っこちて……そうだ! ベルゼルガと神楽に助けて貰ったんだ。そんで、呼んでもらった搬送船に乗って……」


 その中で寝てしまった。

 そこまで思い出し、ロシュはベッドから飛び降りた。

 「よっ」という掛け声と共に両脚で着地すると、身に纏った黒いローブが波打つ。

 周囲を見回すと、どうやら此処は病室であるらしい。

 自分の愛鎌であるブラッドデスサイズが壁に立て掛けてあった。

 が、今はそんな荷物を持ち歩くような暇はない。


「とっとっとー」


 ステップを踏むように一歩二歩三歩と病室の出口へ進み、扉を開く。

 ひょっこりと頭だけを室外へ出し、左右を確認。

 すると目の前――正面に、腕を組んで廊下の壁にもたれかかる人物が映った。


 陰陽師のようなデザインの、黒みがかった衣装。

 ロシュは相手の下半身からじっくり上へ目線を動かす。

 流れるように伸びた灰色の髪。

 威圧感満載な、アイアムカリスマを前面に曝け出すかのように偉そうに傾げた首。

 不敵に片端を持ち上げた口。

 そして――何もかもを見透かすような、でも愛おしさを含んでいるような、鋭い形の目がロシュと交差した。


「……あ」


 ぽかんと口を開け、その人物と少しの時間見つめ合う。

 ロシュの中に、温かさが満ち溢れてきた。

 青い瞳が潤むのを見た相手は、若干戸惑うも、少女と目線の高さを同じくするようにしゃがんでくれた。


「ようロシュ。元気そうだな」

「……閻魔さん!」


 黒いローブは病室の中から飛び出し、閻魔とよばれた男に抱きついた。

 男の方はそれをしっかりと受け止め、ロシュの金色の髪を撫でる。


「心配かけさせやがって」

「ごめんなさい……!」

「無事で良かった。本当に良かった」


 閻魔はロシュの髪に顔を埋め、目を閉じる。

 嗚呼、まるでとても長い間見ていなかったような懐かしさ。

 ローブの少女は男の顔を見上げ、何か問いたげな顔をする。


「あの、閻魔さん」

「わかってる。里原だろ?」

「うん! どこに居るの!? 準くんは大丈夫なの!? もう会える!? 私会っても良いよね!?」


 眼の色を変えて問いまくるロシュ。

 閻魔は八重歯を覗かせて笑い掛けた。


「おう大丈夫だ。運ばれてきた時は衰弱してて、血を吐いたりもしてたが。あれが最後の毒とでも言うのかね。その血を吐き出した後は脈拍も安定した。今はまだ眠ってるんじゃねえかな、ラビットが付き添ってる」


 差し出された大きな手。そこに巻かれた包帯を見たロシュは不思議そうにそれを凝視した。

 が、本人は「気にするな」と笑うだけ。さすがに忍者集団と大喧嘩したとは言えまい。どんだけワンパクだよと思われるのがオチだ。いつもの仕事風景を見られているだけに……。

 なんだかよくわからないが、ロシュも笑顔でそれを握り、閻魔と廊下を進んだ。

 愛する彼のもとへ――


 眠る直前まで一緒に戦っていたというのに、なんだか気持ちが高ぶる。


「どきどき、どきどき」

「……何だその初々しいアクションは」


 手を繋ぐ閻魔が、呆れ顔でロシュを見た。

 そんなことおかまいなしの少女は、片手を胸に当てて息を呑む始末。

 里原準の居る病室のドアに、おそるおそる手を掛けた。



 ◇ ◇ ◇



「準くん……?」


 ゆっくりと扉を開けたロシュは中を覗く。

 彼女の目に飛び込んできたのは――



『おはよう死神』



 片眉を上げた彼の顔だった。

 すごく近い。

 里原準の、こちらを覗きこむような顔がロシュの目の前にあった。

 ニッ、と笑う彼はウサギ頭の人物――ラビット・ジョーカーの首へ腕を回し、死神がやって来るのを入り口で待っていたのだ。


「………」


 目を見開くロシュは、準の顔に視線を奪われたまま硬直。

 中途半端にだらしなく開いた彼女の口元へ、準の指が伸びた。

 下唇を上へ押し上げるように指で下から突っつき、〈ヘ〉の字になったロシュの口にくすりと笑う。

 至近距離で顔を見合わせる不思議な光景。

 ラビットはそんな二人の背中をポン、と叩いて病室を出て行った。外に居た閻魔の肩もついでに叩き、病室の扉を閉める。


 白い壁、白い床、白い天井。

 そんな室内には煌びやかな日差しが差し込み、しんと静まり返っている。

 そんな室内には見つめ合う少女と男。二人だけ。

 声にならない想いが駆け巡った後、ロシュが口を開いた。


「夢を……見たの……」


 準は首を傾げる。


「準くんが、居なくなっちゃう……夢」


 黒いローブが少し揺れ、袖からまだ小さめな腕が伸びた。その手は準の服を掴む。

 金色の髪の下で、準を見る彼女の眉がぴくぴくと細かく動いた。


「夢の中の私は、悲しい気持ちや泣くという行為すら忘れるくらい、いっぱい辛い思いをしてた。メアや、バンプや、冬音さんや、彩花さんや、他のみんなの事もわからなくなってた。目を覆いたくなるような光景がずっと続いて、苦しかった」


 準は黙って死神の言葉を聞く。

 必死にこちらを見つめて話すロシュは、自分の目から溢れる涙も気にせず口を動かし続けた。


「いっぱい壊して、自分も壊して……運命とかに振り回されて……どうしてこうなってしまったのかって。その子は叫びながら生きてた。それはもう私じゃなくなってた。いっぱい否定して、運命を憎んで――」

 言葉が涙に濡れて聞きづらくなっていた。いっぱいいっぱい、彼女が夢の中で見た、悲惨な運命を準に伝えようとしているのがわかる。

 だから準も耳を傾ける。

「それでも……!」

 吐き出すように、嗚咽混じりにロシュは声を上げた。

「それでもね……!?」

 そんな自分の姿を見てとても悲しかったのに。

 こぼれる涙を何度も何度も袖で拭うロシュは嬉しそうに――


「その子は決して〈準くんに出会わなければよかった〉とは言わなかったの……」 


 そう言って笑顔のまま、泣きながら、準の身体にしがみついた。

 自分が壊れても、なにもかもが壊れても、許されない罪を犯しても。そしてその罰を受けることになっても。

 その子の、その一点だけは、揺るがなかった。悲しみに埋め尽くされた夢の中で、ただそれだけは嬉しかった。

 ロシュを受け止め、髪に顔を埋め、頭を撫でる準は遠くを見つめて彼女に囁きかけた。


「その子は、その悲しい死神は、オレを助けてくれた子だ」


 ひとつ息を吐き、彼は続ける。


「オレが眠っている間。もしかしたらその時にオレは、死んでいたかもしれない。オレの見ていた夢は、死神の後ろ姿だった……」

「……私の?」

「そう。お前、いくら呼んでも全然振り向いてくれなくってさ。夢の中なのに、声が潰れちまったよ」

「ごめんね」

「謝るなよ、あれは死神じゃなくって、もっと別なお前だった。ずーっと呼んでるのに、そいつはオレに気付きもしない。なんだか別の何かに夢中になってるみたいでさ、ずっとその何かと睨み合ってた。だからオレにちっとも気付いてくれなかった」


 困ったように笑い、ロシュの頭をぺしぺしと叩く。「でもな――」


「でも、途中から様子が変わった。睨み合っていたお前は、その対象から目を離して、キョロキョロと周囲を見回し始めたんだ。すかさずオレは叫んだね、全力でお前を呼んだ」

「……その私は」

「ああ、応えてくれたよ。すっげえ良い顔でオレの方を振りむいてさ、名前を呼んでくれた。意外にも結構大人っぽい姿になってたお前は両手を振って『早く起きなさーい!』って叫んでたよ」

「ちゃんと声が届いたんだね」

「ああ。その声のおかげで、オレは夢から追い出されたんだ。起きなきゃいけないって気付けた。あの子が居なければ、オレ達はこうしてまた顔を合わせて、こうして互いの声を聞き合うことができなかったかもしれない」


――ありがとう。


 ロシュと準は額を合わせて、そう呟いた。

 準が見た犠牲となった一人の少女。その姿はひどく曖昧で。見知った黒い怪人のようでもあれば、なんだかえらく妖艶な姿だったようでもあり、目の前の死神ロシュにも似ていた。

 その子は他の自分の幸せの為に、準を呼んでくれたのだろうか。それとも、純粋に自分も準を愛する者だから呼んだのだろうか。両方であってほしい。

 夢の中では、ぴょんぴょんと跳ねまわる猫のような少年が居た気もする。どうにもその少年に意識が行ってしまって、姿が曖昧。まるでチェシャ猫。うなぁ、と欠伸をする姿が可愛かった。


「全部終わったんだよね……?」

「ああ、惨劇の開いた宴は終わりだ。オレも生きてる。みんな生きてる。バンプも彩花さんも生きてる。神楽が来ていたのは驚いたが、ベルゼルガ含め生きていた」

「うん。閻魔さんも夜叉さんも歌舞伎さんも白狐さんも、みんな生きてるよ。ラビットさんもジャッカルさんも!」

「みんなに御礼を言わないとな。死神にも。この戦いは、惨劇というオレの家族が起こしたものだから。それに、オレを助けようと来てくれた人達だって居るんだから。散った人も居た……それはその最期を知る人や、見届けた人に聞こう。それで、オレ達も散った人の事を想おう」

「これからいっぱいお礼に行かないとね!」

「そうだな」


 でも今は、ちょっと休もう。

 戦い疲れた身体を休めよう。

 そして、また会えた事を祝福しよう。


「私にお礼はいらないよ」

「ん? どうして」

「私が準くんの隣に居たいから。大好きな人といっしょに居たいから。私がそれを望んだから戦ったの。だからお礼は、二人でしようね」



 やっと戻って来た。

 やっと取り戻した。

 二人は互いに幸せを噛み締めて、部屋の中で互いを抱き合い続けたのだった。




 ◇ ◇ ◇




【閻魔とラビット】




「フハハハ、見たかよあの嬉しそうな顔」

「ええ。あの瞬間をどれだけ待ったことでしょう」

「この短期間でいろんなモノがグチャグチャになっちまったが……ゆっくり元通りにしていくさ。あいつらみたいに」

「この戦い自体も、とても長い時間を経たように思えます。閻魔の言う通り、あまりにもたくさんのモノが失われました。が、それは決して惨劇のカタストロフや里原様だけが原因ではない……」

「おう。もっともっと以前から、裏で溜まりに溜まったいろんな原因が一気に爆発したってとこだな。狩魔衆然り、天国然り。惨劇はきっかけに過ぎねえ」


 宙に息を吐きつける閻魔の目は、どこかぼんやりとしていた。

 隣のラビットは兎の被り物の下でその顔を見やり、閻魔のおぼろげな雰囲気を感じ取った。

 いくら閻魔とて、今回の件は圧し掛かる重さが桁外れだっただろう。

 地獄を失い、魔力回路ごと身体を破壊され、部下を失い、天国に裏切られ……。

 満身創痍の中で地獄の混乱と危機的状況を打破すべく各所へ手を回し、戦いへ赴いた死神やバンプの為に天国――クロスキーパーへ歌舞伎と韋駄天を送った。そして傷も癒えぬまま、狩魔五客による病院夜襲。刺客を退け、幻客を退け、ついに血客を相手にして力が尽きた。

 地獄旅館破壊の時点で、常人ならば精神肉体共に果てていてもおかしくはないというのに。気を保っている事だけでも超人じみているというのに。

 おそらく表舞台に出ることは少なかったが、働きの多さでは彼が一番だろう。

 裏での手回しはシャドーという部下に任せ、手を貸してやるどころか、惨劇率いるNo.13側として前線で戦っていたラビットは頭を垂れざるを得なかった……。

 ジョーカーの酔狂。己の欲求に流され、他を顧みずに行動した愚かな自分を恥じた。

 そのことを閻魔が口に出さないのは、ラビットへの気遣いかはたまた戒めか。


「有難うな、ラビット」

「……え」


 閻魔の言葉にラビットは驚き、顔を上げた。


「今回の戦いで、ジョーカーの酔狂に流されたと、お前は自分をそう思っているだろ」

「……はい」

「別に俺様はお前を過大評価も過小評価もしない。だが、今回の件。お前は正しかった」

「そんな! 私は自分の欲に負けて――ディーラー・スペードに――」

「お前は賢い。計算高い男だ。が、同時に自分に対して厳しすぎる面もある。それは悪い事じゃない。だがそれ故にお前は自分が欲に負けたという欠点だけに注視し、過小評価している」

「………」

「零鋼が魔導社から奪われたと知った時点で、お前はNo.13にコンタクトをとった。そして、里原と共にディーラーズの素体となったわけだが。それはお前なりに、里原の一番近い場所で備えていたのだと、俺様はそう見ている。お前一人じゃ惨劇のカタストロフに太刀打ちできないしな。だがもし何かがあった時、里原と同じディーラーズとして備えていれば、彼をすぐに守ってやることができる。と、そう言ったところでお前は自分の欲の為の都合良い理由としか思っていなかっただろうが」

「………」

「お前は意識していなくても優しい。そういう奴なんだよ」


 そう言って地獄の大将は笑い飛ばした。

 ラビットは黙ったまま、照れを隠すように顔を背けて深呼吸する。


「大きな人です。貴方は」

「なにせ地獄の閻魔様だからな! フハハハハハ!」

「……閻魔、この後の予定は?」


 呆れたように笑う奇人社長の言葉に、閻魔は渋い顔をして虚空を見上げた。

 まだまだ予定はたくさんあるのだろう。


「そうだな。まずは、須藤彩花とバンプの見舞か。しけた顔したヴァルキュリアがそろそろ来るだろうから、一度拝んでおかねえとフハハ。んでその後は……地獄旅館でデーモンとアヌビスを交えた支部長会議。それと復旧の指揮。白狐がうるせーからなぁ。あとは……ああ、これまたしけたツラしてやって来るフライヤのチビ頭を叩いて――」

「なにかと忙しそうで……夜叉様は?」

「あいつらは墓参りに行かせる。狩魔衆と、最賢のな」

「そうですか」


「そう言うお前はどうなんだよラビット? 旧魔導社本社の壊滅は影響なしとしても、医療施設やらの被害が多いんだろ?」

「まあ……此処が復旧できたので、あとは急がなくても大丈夫です。式神十二式は灰になってしまいましたので記憶メモリを元に作り直しですね。それも後回しでいいでしょう」

「じゃあこの後は?」

「発掘チームから何かの発見報告がありましたので、ジャッカルと共にそちらへ向かいます」


 ぼんやり聞いていた閻魔はラビットの最後の言葉に反応し、ニヤついた顔で隣の白スーツを肘で小突いた。


「なんだ? ジャッカルも一緒なのか? え? なんか急に仲が良くないかオイ」

「からかうのは止して下さい!」


 やたら強い力で突き返される閻魔。

 これはもしかすると、もしかするかもしれん。ちょっとからかったつもりが、図星を付いたようで閻魔の表情は凍った。

 ザ・被り物ペア。

 勘弁してもらいたいと思うのは自分だけではあるまい。

 そんな想像をして青ざめている閻魔の傍ら、ラビットは廊下の分かれ道で方向を変えた。


「では、私はこちらですので」

「お、おう。また状況が落ち着いたらな」

「ええ」


 背を向けて歩き出そうとしたラビットが、「あっ」と声を出して止まった。


「そうそう。病院の受付に、閻魔への届け物が来ている筈です」

「届け物?」

「はい。是非、すぐに受け取りに行ってあげて下さいね」


 指を立てて明るい調子で言うと、ラビットはまた背を向けて歩き出す。

 鼻歌を奏でながら。


「……俺様に届け物? なんだろうな」


 全く思い当たる節が無い。

 首を傾げつつも、先にその届け物とやらを取りに行くことにした。須藤達の所は、もう少し後でも良いだろう。



 ◇ ◇ ◇




【最速と元最速の子】



 入院棟のとある一室。

 里原準や、ベルゼルガ達とはまた別の部屋。

 その部屋にはベッドは無くなぜか布団が一枚、床に敷いてあるだけだった。

 その上には小さな猫が一匹。

 全身を包帯によってぐるぐる巻きにされた小動物がなんともコンパクトに身体を折り畳んで眠っていた。


 猫の名はケット・シー。


 これでも最速という称号の保有者である。寝息を立てるその姿からは想像もできないが。

 ぽかぽかと暖かい布団の上で身体を休めるケットシーはこの病院に勤務するナース達に大人気である。世話をする係をくじ引きで決める程だ。彼自身は静かに眠りたいので迷惑な話なのだが……。


「………」


 瞼を閉じ静かな時間の中に浸っていた彼はピクッと耳を動かし、うっすらと片目を開けた。

 ふう、と溜息を吐きながら頭を上げる。

 ちらり天井を一瞥し、それから何事もなかったかのように再び頭を布団に埋める。


「……いつまでそうしているつもりだ?」


 呟くケットシーの声に、天井の影が少し揺れた。

 ずっと猫の真上から様子を窺っていたソレは、赤い目をヴンと光らせる。


『……覚悟! ケットシー!』


 天井に貼り付いていた小さな影が、真下のケットシーへ向かって飛び降りた。

 ぎらりと光る小さな刃物。

 それでケットシーの首を突き刺そうとしたのだが……のそりと横へ寝返りをうたれた為に布団の上に墜落。

 奇襲に失敗した小さな人形は顔を上げてケットシーを睨んだ。


『キサマ!』

「……お前では私を仕留められはしない。零鋼の子よ」


 そう。この小さな人形、実は起源への扉から脱出する際にケットシーにしがみついてきた人形なのだ。

 その正体は、あの戦略傀儡兵零鋼の分身。最強の人形兵が己のパーツで作り、遺した子供のようなものだった。

 零鋼の分身というだけはあり、姿は似ている。とはいえ、記憶メモリ―は新品同様な上に武装も貧弱。父には遠く及ばない人形だった。

 背丈も猫妖精より小さい。人間の小指サイズしかないナイフが零鋼ジュニア唯一の武器。

 名前は〈しょくじき〉。いっちょ前に父の愛刀と同じ名前を付けていた。

 そして病院へ搬送される前、この零鋼ジュニアを見た死神が付けた名称は……。


――“ミニ鋼”


 威圧感皆無。

 むしろ愛嬌の方が上回っている。

 なんとも父と真逆な人形だった。


『ミニ鋼は最強! 最速!』

 しかも与えられた名前を受け入れていた。


『ミニ鋼は最強! 最速! 無敵! 無限! そして永遠ナノダ――ふげっ』

「やかましい」


 ケットシーの尻尾で後頭部を叩かれたちっこい人形は、再び布団へ頭から突っ込んだ。

 ちなみに奇襲から始まるこのやりとりはもう何度も繰り返されている。


『次は勝つ、ケットシー!』


 なんとも立派な台詞を吐き、ミニ鋼は再び天井へジャンプ。

 また真上からじーっとケットシーを睨んで動かなくなった。

 相手にもしない猫妖精も小さく溜息を吐いてまた頭を置く。

 これがあの零鋼から生まれた分身かと思うと信じられない。

 ありとあらゆる敵を叩き伏せ、高らかに笑い、自分を死の淵にまで追い込み、恐怖と戦慄の塊であった最強の機械兵。

 そんな好敵手の姿を思い描き、遺した分身の姿と比べ、少し笑った。


「まあ……私に勝てるその日まで、付き合ってやるさ」


 不敵に呟いて眠る。

 そうしてまた、異様な静寂が病室の中を包み込んだのだった。

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