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宴章【運命繋索・零~死神~】

宴章 【死神】



挿絵(By みてみん)




 魔法陣に彩られた空間は、それぞれの魔法陣が放つ閃光や粒子によって摩訶不思議な舞台へと変貌した。

 白く輝く粒子は雪のようで――

 暗い中での閃光達はイルミネーションのようで――


 さながら舞台はライトアップされた雪降りし夜空のダンスホール。


 その中心で金色の髪を揺らめかせ、映える碧眼を輝かせる女。

 ロシュケンプライメーダ・ザ・サクリファイス。

 最後にして最強の敵。

 彼女は真紅と深緑が絡み合う螺旋形状の柄を握る。

 吸った血が滲み出たかのように染まった刃の切先が白い粒子に触れると粒子が弾けた。


 彼女が見据え、捕捉するのは対峙する四人。


 最凶の怪人。

 零の傀儡兵。

 奉ずる双子。


 ロシュ自らが終の舞踏と称したように、彼女は戯れをやめた。

 今の彼女に慢心は無い。

 準と共にある心情のロシュケンプライメーダは強敵だ。

 そうだ、いつだって彼女は、準といっしょなら、負けない。

 最強の称号がその証。


『今こそ幸せをこの手に』


 鎌を握っていない手を強く握り締め、ロシュは魔法陣の一つを強く踏み込んだ。

 対するNo.13の四人もそれを見て身構えたのだが……それでは遅かった。

 ロシュが手を握りしめた時点で、握っていた筈の巨大な鎌が消えていたのだ。

 認識の魔法は握り締めた手にかけられていた。

 だから惨劇も零鋼も双百合も、消えた鎌に気付けない。

 この舞台に零鋼が居なければ――、一太刀で勝負は決まっていただろう。


「――センサーが危険モード!?」


 零鋼の意識とは別に働いたセンサーが背後に接近する物を感知し、零鋼は素早くそこへ蝕食を振った。

 火花。

 誰も気付けなかった巨大鎌の斬撃を、間一髪受け止める事ができた。


「一撃必殺と陽動……! 来るゾ惨劇!」


 驚いている暇はない。

 惨劇は零鋼に背中を任せ、双百合と共に正面から突撃してくるロシュに警戒した。

 鎌を持っていない彼女が繰り出す攻撃は――衝撃魔法のインパクティアだろうか。

 だとすれば双百合の傘で軌道を曲げてやれば良い。向こうもそれはわかっている。

 ならば、未知の攻撃を繰り出してくる可能性が圧倒的に大きい。


 ロシュの姿が蜃気楼のように揺らめき、姿がぼやけた。

『スケプティックハンディア』



 もはや何が起きても驚くまい……。

 ロシュが切り替わる映像のように、カシャ、カシャ、と姿を変えていく様を見せられても。

 その姿は惨劇の見知った姿。

 猫の耳と尻尾を付けた少年がピョンと跳ねて惨劇達の上に舞った。

 直後、またカシャ、とその姿が変わる。

 紫色の――惨劇。

『ウナハハハハハ』


 惨劇のカタストロフと瓜二つの、残酷のエピオンが踵落としを見舞ってきた。

 双百合が差し出す傘の反射でも軌道は曲がらない。

 そうだった。奴もまた、無敵たる最害。

 挙句、双百合は傘を握りながら怯えた目で敵を見ていた。


「お、お父様……」

「どうして……」


 双百合の目に映っているのは残酷のエピオンではなく、自分達を捨てた父親の姿。

 惨劇の見ている者とは違う人物が映っていた。

 だが惨劇に攻撃を仕掛けようとしているエピオンの構え、癖、すべて本物と変わらない。


『幻葬鴉闘技!』

「圧殺鴉闘技!」


 互いに拳を振りかぶる。

 直後――カシャ、とエピオンの姿が変わった。

 鴉天狗の姿に。

 己が父の姿に。


「チッ!」

 惨劇は致命的な躊躇をしてしまった。

 攻撃のタイミングを逃し、クローからエピオンに戻った姿に殴り飛ばされる。


 スケプティックハンディア。能力が見えてきた。

 懐疑的で因業な記憶を呼び覚まし、その対象に姿を変える認識魔法の類だろう。

 クローとエピオンの姿が交互に入れ替わる。


『ウナハハハ、クハハハハ! 惨劇、死んでくれ!』

 繰り出された左手の掌低。

 それを惨劇は受け止める。


「……あいつらは、そんな事言わねえよ」

 ミシ、と相手の左手が軋んだ。

『グ……ッ』

「認識魔法を操作する左手。邪魔だ」


 惨劇は己の絶大な圧力と握力で、敵の左手を握りつぶした。

 姿を現したロシュが変形した左手をおさえ、悲鳴を上げる。


『ギャァアアアアアアア!』


 関節が外れ、曲がり、指の骨が砕けて肉を突き破っていた。

 他者の心につけこんだ代償か。


『私の――私の手が!』


 自分の手が、手とは思えない形になってはショックが大きいだろう。なにより彼女は準と手を繋ぐという事に存在意義を見出していたのだ。

 壊れた片手が彼女に与える影響は甚大だった。

 二度と準と手を繋ぐ事はできないだろうから。

 悲しみと憎悪は最大級。


 ロシュは歯を剥き出しにして怒りを露わにした。

 白目を剥いて冷静の感情を破棄した。


『ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』


 まるで野獣の咆哮。

 零鋼と斬撃の打ち合いをしていたクリムゾンサイズが主の右手に帰り、刃が輝く。

「――」

 惨劇の顎に強烈な蹴り。

 浮いた巨体に刃が突き刺さった。

「――なに?」


『私から手まで奪いやがってええええええ。絶対に許さないからなああああああ!』


 横腹に刺さったクリムゾンサイズの切先が背中から突き出た。

 ロシュは峰を蹴り、更に惨劇の身体に喰い込ませる。


「がぁ……!」


 その一瞬の出来事に、零鋼も双百合も反応できなかった。


『シャアアアアアアアアアアアア!!』


 刺さった鎌は――横へ引き切られる。

 惨劇は腹部の三分の一幅を斬り裂かれた。

 闇の血飛沫とでも言うのだろうか。

 黒い光が、まるで液体のように断面から噴き出た。


「………」


 言葉を出さず黒い巨体は前のめりに倒れる。

 追い討ちの一撃。

 ロシュは鎌を、倒れた背中に振り下ろした……。


「惨劇様! 惨劇様あああああ!」

「嫌ああああああ!」


 背中に突き刺さった鎌。

 両断されかけた腹部。

 ほとばしる黒い液。


 大粒の涙をこぼしながら双百合は主へと駆け寄った。

 尚も更なる追い討ちをかけようと、ロシュは腕を振り上げた。


『とどめだ。無限の中を無限に彷徨え。インフィニティア!』

「貴様アアア!」


――シャリィーン。


 漆黒の球体を創り出したロシュの右腕が、零鋼の剣閃によって……切り取られた。


『……え?』


 ごとん。

 魔法陣の上に落ちる自分の片腕を、ロシュは呆けた目で追った。

 続いて零鋼は蝕食を勢いよく投げる。

『防御魔法、リフレクティ――』

 長い刃は最強の胸を貫いた。


『あ、あれ? うそ……でしょ……』


 艶やかな口から鮮血が溢れる。

 嘘……ではない。


「チ……動きを見切ってモ、コノ有様カ……」


 零鋼はロシュが最後に放とうとしたファイナリティアの微弱な魔力に触れて下半身を消失していた。

 最強が何故こんなガラクタの攻撃を受けてしまったのか。

 それは、彼女が冷静を欠いてしまったからである。

 怒りの感情のままに行う攻撃は、それがいくら最強たる威力や速さを備えたところで容易く先読みされてしまう。

 事実、ロシュが手強かった理由の一つは、壊れた自我で総ての敵を顔色一つ変えずに消し去るその非情さ、冷静冷酷さにあった。

 そんな彼女が怒り剥き出しの感情で戦えば、零鋼でも動きを読む事ができる。


『痛い……腕が無くなっちゃったよ……準くん』


「準は、もう、居ねえ」


 惨劇の身体が動いた。

 腕が分離し、自分を刺し貫いている鎌を引き抜き、放り投げる。鎌は主の元へ飛ぶが、両手を失ったロシュにそれを握る事はできない。ロシュは脇で挟み、支えとした。

 惨劇も双百合の肩に手を置き、それを支えに弱々しく立つ。

 惨劇は言ってしまえば人造人間のようなもの。腹を断ち切られても、生きていられるだろう。


「準は死んだんだ。ロシュケンプライメーダ」

『違う……そんなこと……な、い』


 口から血泡と共に言葉を漏らす。


「思い出せ。その、お前の中の準は、お前を呼んでいるか?」

『………』

「お前を、何と言って呼んでいる?」

『………準くんは、わたしのことを、し……し に が――』

「お前は犠牲(サクリファイス)だろ。自分でそう言ったじゃねえか」

『ああ、ああああ……わたしは、じゅんくんに、わたしの……』


 潰れた左手。切り取られた右腕。頭を抱えたくも抱える手がない。

 ひくついた頬。混乱の瞳。


『じゅんくん……わたしを、呼んでくださ――ウ、ォ、ぶぐ……っ』


 バシャバシャと、ロシュは大量の血と胃の内容物を吐いた。

 ついに鎌が滑り、サクリファイスと名乗ったロシュは苦悶の表情で膝をついた。

 刃の突き出た背中を丸め、目に涙を浮かべ、吐き続ける。


「お前が死神の名を自分で捨てたなら、準はもう、お前を呼ぶ事ができないだろ」

『ぐう゛うう……お゛えェえええ……!』

「どうだ? お前の準はお前を呼んでくれるか?」


 ……呼んでくれない。

 里原準は、いつもロシュを死神と呼んでいた。ずっと死神と呼んでいた。

 大事なコトなのに。

 自分が唯一の犠牲者である事と、理不尽を被った不幸な存在であるという事が、彼女の中で最も強く居座ってしまった。

 そんな彼女が作った架空の準は、呼びかければ応えてくれるだろう。自分に都合の良いように。自分の望み通りに。

 けれどその準は、あちらから呼びかけてはくれないのだ。


 苦しみ、嘔吐するロシュの背後に近寄った惨劇のカタストロフは、彼女を正面から抱き締めた。


「可哀想にな。大事な思い出を、思い出す心の余裕すら、無かったんだよな」




 ◆ ◆ ◆




【幸せの日々】





 私はあの日、準くんに告白した。

 すごく恥ずかしかったけれど、それを覆うくらい不安でもあった。

 あの日は……そう。大切な友人が居て、その友人が少しの間遠くへ行ってしまった日だった。

 あまりにも楽しくて笑いに溢れた日常を過ごし、些細な別れでさえとても不安に思えた。


“……ねぇ準くん”

“ん?”

“私はね、どこにも行かないからね”

“………”


“ちょっとの間居なくなるだけなのに、すごくショックだったの。それはね、きっと、みんなとの生活が楽しくって仕方なかったからだと思う。でね、私、ふと思っちゃった。じゃあ、もし準くんが居なくなっちゃったら、どれだけ私はショックを受けるのかな。って”


“………”


“そう考えたらね、なんだか怖くなっちゃったの”

“オレは……たぶん今のままだと思うぞ”

“うん。でもねでもねっ。私が、どれだけこのままがいいって思ったところで、準くんが私を嫌がったら……”

“おいおい、この期に及んでそれを言うか?”



 準くんは呆れるように笑っていたと思う。



“お前はこのままがいいんだろ?”

“うん……。私は―――だから”

“んあ? なんだって?”


“私は、準くんが好きだから”


“………へ?”

“キャー! 言っちゃったよ私! すごい勇気だぜ私! ブレイブハートだぜ私!”

“えーと。オレはいつもみたいに〈ふざけんな〉ってツッコミをするべき……なのか?”

“うーっ。そんなのやだぁ!”

“そ、そうか”


“……それだけー?”

“えっと、うん。まぁ、オレも別に構わないぞ。今の生活で”

“曖昧な返事はダメー! 返事はキスがいい!”


 今思えば、無茶な事を言っていたなあ。と、ちょっと恥ずかしい気もする。

 でも準くんは、私の気持ちを真面目に受け止めてくれた。


“ほれ、こっち向け”

“へ?”


 ――頬に唇の感触。

 嬉しくって、飛び上がりたくなった。飛び上がっていたかもしれない。


“ひょえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! やったぜー!”

“……さっさと買い出しに行くぞ!”


 そしてやっぱり私と準くんはドタバタと言い合い、笑い合い、これからもそんな日常が続くんだって実感した。

 準くんも、そう感じたと思う。


“やっぱ変わんねぇな”

“アハハハハ! うんっ、変わんない変わんない! 私は、いつも通り準くんといっしょ!”

“そうだな”


“準くんは?”

“ん……死神と……いっしょ?”


“疑問系ダメー!”

“死神と……いっしょ”


“もっと元気よく!”

“死神といっしょ!”

“よくできました”


 私も望み、彼も望んだ。

 彼の過去に何があろうと、私達の未来に何が起ころうと、

 きっと私達は乗り越えられる。

 この幸せがずっと続きますようにと願い、彼の隣に居続けると誓い、

 私は彼と唇を重ねた。


“えへへ、帰るまで我慢できなかったぜー”

“ったく。早速か”


 準くんは私といっしょ。

 ずっとずっといっしょ。

 本当にそうありたい。この幸せは本物。


“準くん、手つなごうぜー!”

“はいはい”


 こんなに美しい思い出。

 眩しい思い出。

 大切な――思い出。




 ◆ ◆ ◆




『あああ、ああああ……準くん、準くん……』


 前髪の下で瞳を潤ませ、溜まった雫が頬を何度も流れ落ちた。

 どうして捨ててしまったのだろう。

 死神という、彼が愛してくれた自分への呼び名を。

 犠牲という畏怖を表した名に、どうして執着してしまったのだろう。


 どうして、運命はあんなに幸せな自分達を、引き離したのだろう。


『私を……呼んでよ、準くん……死神はここに居るのから……!』


 惨劇の腕に包まれたロシュは、その黒い腕を涙で濡らした。

 悲しくて悲しくて。

 準が死んだあの時からずっと溜め込んでいた悲しさが一気に溢れ出てくるような。


『準くん準くん準くん大好きな準くん……もっとずっと愛し合っていたい、もっともっと好きだって言いたい! なのに……なのに、どうして隣に居てくれないんですか……!』


 ロシュは大きく首を振り、惨劇に体当たりして突き放した。


『心が痛いです準くん……心が苦しいです準くん……』


 立ち上がった彼女は……零鋼の刀を胸に突き刺したまま、失った両腕を力なく垂らしたまま、上を見上げて涙を流す。

 準の死を受け入れたロシュはしかし、その悲しみに押しつぶされかけていた。


『こんなのおかしいよぉ準くん……死んじゃいやだあああああああああああ!』


 悲痛な叫び声が衝撃波となり、惨劇や双百合、そして半身を失った零鋼にビシビシと響く。

 準の死は、ロシュから生きる意志を奪った。

 この運命はあってはならないものだと、改めて確信してしまったのだ。

 こんなに悲しい、救いのない仕組みはあってはならない。

 切り取られた右腕からどくどくと流れる血。

 おそらくロシュは長くない。

 悲しみに包まれたロシュは、最強として最期の力を振り絞った。


『すぐに会いに行くからね、準くん……』


 迸る魔力だけで、運命繋索がぐらりと揺れた。

 この空間が揺れるという事はつまり、運命が揺れるという事。

 惨劇は双百合を両脇に抱え、零鋼を隣に置き、覚悟を決めていた。

 もう彼女は、サクリファイスとしてではなく死神ロシュケンプライメーダとして、この場から自滅覚悟で、なるべく多くの他世界と他運命を消し去るつもりなのだ。

 殺さなくては。そう惨劇は焦り、呟く。


 しかし。


「イイヤ。悪いガ惨劇、あの娘は零鋼に任せテもらおウ」


 脚の無い零鋼がそんな事を言う。

 直後、背中や腕にスラスターが開いた。


「ゼロ!?」

「マッタク、わかっちゃいないナ。運命の仕組みはもっと複雑ナンダヨ」

「お前一体何を」

「〈今回の〉君も、なかなか素敵だったヨ惨劇。これからのNo.13は君と双百合、三人ダ。君は君で、本当の幸せを見つけるがイイ」

「おい待てよゼロ! 零鋼! お前は一体何者なんだ!」

「総てと零を等しくする兵器サ。知ってるだろウ?」

「……まさか」

「ギュハハハ。なんとなく気付き始めたようダナ」

「お前は……」

「じゃあ、サヨウナラだ。双百合もアリガトウ。楽しかったヨ。また会おう惨劇、いや――」


 にたりと口を開け、白いガスを吐く。


「――、―――――――――――」


 ガスの放出音にまぎれた言葉に、惨劇は愕然としていた。

 その言葉を最後に、零鋼はスラスターを点火。

 ロシュケンプライメーダへと突撃した。


 対してロシュはというと、涙に濡れ、血に濡れた口をゆっくりと動かして呪文を呟いていた。

 その言葉が続くごとに空間の揺れも増し、やはりこの娘は運命の残り香を抹消しようとしているだろう。


『もう終わりにしよう。全部終わり。私はもう、不幸でも何でもいい。準くんの居ない人生なんて……』

「終ワラセナイ」

『……もう一度、世界を壊した最終魔法を。消滅魔法ファイナリティア』

「終 ワ ラ セ ナ イ !」


――ズドン!

 零鋼は超電磁誘導とスラスターの加速で勢いをつけ、ロシュの身体に突っ込んだ。


『な――! お前!』

「終わらせないヨ。終わるものカヨ」


 そのままロシュを抱え、運命繋索の境界に突き進む。


『離せ! 離せ離せ! 離せえええええ! 惨劇、お前達はどうして私の死に場所をも奪うんだああああああ!!』


 ロシュは、こちらを見ている惨劇へ無き腕を伸ばして叫んだ。

 空間の境界に沈むと、摩擦熱が起こり、彼女の身体を焼き始める。


『身体が、身体が焼ける……! 惨劇、惨劇お前ええええええ!!』

「……世界を壊したお前は許されない。だが、もう一度、幸せになる新しい道を歩ませてやる……大事な役目を、与えてやる。他のお前では手に入らない幸せと、他のお前では不可能な役目を……な」

『ふざけるなよ何が新しい道だ! 準くんの居ない道になんの意味がある! くうううああああ身体が、私が、焼ける! ギャアアアアアアアア!!』

「それを判断するのはもっと後だ……」


 身体中を燃え上がらせながら空間から消え墜ちてゆくロシュを追うように、巨大な鎌も空間の中へ飛びこむ。


『私だけが大事なものを奪われた! 私だけが一番辛い思いをした! 私は私よりも幸せな他の私が憎い! なんでお前はそれを解ってくれないんだ!!』


 そう叫びながら……


 ロシュケンプライメーダ・ザ・サクリファイスは――いや、死神ロシュケンプライメーダは、運命繋索から消えていったのだった。



「解るに決まってるだろ……」


 惨劇は哀しげに呟く。


「最凶の称号、お前にくれてやる……ロシュケンプライメーダ」




 ◆ ◆ ◆



――愛してる。


――ずっといっしょ。


――なのに忘れていてごめんね。


――またいっしょになれるかな。


――もう一度、私は貴方に出会ってもいいかな。


――きっと。そうきっと。


――今度は貴方のことをもっともっと大切に想うから。


――辛くても、苦しくても、痛くても。


――また貴方に会えるなら、私は平気。


――声を聞いてほしいです。


――声が聞きたいです。


――見つめてほしいです。


――見つめていたいです。

 

――会いたいです。


――今度は貴方の幸せを願います。


――罪深い私は、貴方の幸せの為に生きます。


――それがきっと、私の幸せであり、解放だと思うから。


――いっぱい大切なモノを壊した私は、そうすることで、もう一度、貴方の傍に居させてもらえるのです。



――あの時、愛を誓い合った時、空に描いた未来図は

――両手で求めても手に入らなかったけれど

――大声で叫んでも手に入らなかったけれど

――私は、私だけの始まりを見つけました。



――とっておきの魔法です。

――最後に使うのは、破壊の魔法ではなくこっちでした。



――“また会いましょう、準くん”





挿絵(By みてみん)




 ◆ ◆ ◆





【0=ALL】




 何度も何度も、零鋼の身体から火花が飛び散り、その度に身体のパーツが剥がれた。

 それでも零鋼はロシュの身体を抱き締め、守るように運命繋索から墜ちる。

「ガ……ガガガ」

 腕が飛び、顔面装甲が割れた。

 青白い電流は落雷のように空間の境界を叩き、モニターのほとんどがノイズで埋め尽くされていた。

 頭部が爆発。

 首から上が無くなり、何本もの千切れたコードや導線が細かく揺れた。

 光が零鋼とロシュを包む。


(全テは……ゼロに……還る……)


 装甲は総て剥がれ、人工筋肉も燃え尽きた、骨のような鉄棒の集合体。


(次は負けないゾ。ケット・シー……)


 鉄骨を繋いでいた関節が外れ、零鋼は分解。

 胸部に備わっていた魔導核も外れ、消えていった。

 総てのエネルギーを失い、うっすらと点滅していたカメラアイがついにその光を失う。


 戦略傀儡兵、零鋼は完全に機能を停止した。




 ◆ ◆ ◆





宴章 【†裏章 0】




「こっちですよこっち! 早く早く!」


 ……異界の草原。

 静かな風に揺れる草花に囲まれた丘。

 そこを、駆け足で移動する女が居た。

 まあ声は女のものであり、体つきも然り。だから性別は女なのだろう。

 頭にシマウマの被り物さえしていなければ解りやすいのだが。


「オイ、待てよゼブラ。そうはしゃぐなって」

「遅い遅い遅いですよクロー!」


 女の後ろを気だるそうに歩く鴉面の男。

 歩む度に履いた下駄がカロン、と気持ちの良い音を鳴らした。


「お前が血相変えて魔導社から飛び出すもんだから何事かと思えばこんな草原。ピクニックにでも行きたかったのか」

「まあ、マジカルサイエンティストのゼブラちゃんとしては可愛くて素敵な設定ですけど。今回は残念ながら違うんですねー」

「……マッドとマジカルじゃ大きく違うぞ。まあいい。それで、ここに何があるってんだ?」

「さあ?」


 鴉面の男は足を止めてぽかんと口を開けた。

 が、そういえばこういう奴だったな、と苦笑いして再び下駄を鳴らす。


「わからないからこうして私自ら飛び出て来たんですよ。察知した空間干渉はこの辺りです」


 むう、と呟き周囲を見回す女。被り物の下では目を細めて遠くを見ようとしているだろう。

 そして彼女は何かを見つけた。

 波紋のように空が波打っている場所がある。


「……おおおお!? あそこです! クロー! 機材を持って早く早く!」


 言って、走り出してしまう。

 男の方は深ーい溜息を吐いて舌を打った。

 彼は両手に大きなアタッシュケース、背中にも大きな観測機器を背負わされていた。

 勿論女は手ぶらだ。

 殺意を抱きながらも男はシマウマ女の言葉に従い、後に続いた。


 新しい道は此処から始まる。


 死神ロシュケンプライメーダ。

 最強のサクリファイス。

 惨劇のカタストロフ。



 これは三つの名前を持った、一人の女の物語。


 どれだけ運命に振り回されようとも、ただ一人の者を愛し続けた強い女の物語……。




 【宴章 了】

 【裏章 了】




 ◆ ◆ ◆





【After banquet――総てを知る者の、新たな旅】




 惨劇のカタストロフは、双百合と共に見知らぬ世界に居た。

 風もある。

 空気もある。

 空はなんとなく緑がかっているが、青みはある。

 本当に自分達の知らない別の世界へ来てしまっていた。

 見渡せど砂の大地が続くばかりで、元居た世界の砂漠地帯を思わせる。


 運命繋索の崩壊を免れた後、突如押し寄せた濁流に流されるように惨劇達は運命繋索の中を流れた。

 おそらくそれが、世界間移動のプロセスなのだろう。

 最強の称号を手に入れた時点で元の分岐世界が壊れていた為……と、考えるのが妥当か。


 しかし、と、惨劇は横腹を修復させながら呟く。


「成程な。やっとわかった」

「一体」

「何がです?」


 問いかけてくる双百合。


「無敵の身体をどうしてロシュケンプライメーダが攻撃できたのかがずっと疑問だった。準の攻撃を受けたのは、裏の人格として準の中に入った事で同一存在となったからだ。残酷のエピオンの攻撃を受けたのは、奴が同等の物質を作り矛盾を利用したからだ。だが、ギルスカルヴァライザーの城での一件だけはずっと謎だった……俺に触れ、ダメージを与えられる少女が何者か気になっていたんだ」

「その理由が」

「わかったのですか」


「まあな。クハハハ、そりゃあ攻撃できるに決まっている。正真正銘の……同一存在だったわけだからな」

「?」

「?」


 あの時、別れ際に零鋼の放った言葉を思い出す。



“じゃあ、サヨウナラだ。双百合もアリガトウ。楽しかったヨ。また会おう惨劇、いや――”

“死神、ロシュケンプライメーダ”



 なんということだ。

 あの機械兵、最初から全部知っていたのだ。

 数え切れない程、何度も何度も十三年間を繰り返しているというのか。あの傀儡は。


「だからアイツは自分に任せろと言って止めたのか。俺が、死神を殺すのを」


 一人で呟き笑う主の姿に、従者はただ首を傾げるばかりだ。


「惨劇のカタストロフが居なければ、準はどうなっていたかわからないもんな。里原準と死神が出会うには、惨劇は必要不可欠な存在……。なるほどね」


 白い息を吐き、両隣の少女を抱き寄せた。


「なら、俺も幸せにならないとなぁ」

「え?」

「でも里原様は」


「私だけの準くんは、もう居ないんだ。だったら……また準くんに会うまで、死が訪れるまで、精一杯幸せに生きるさ。必ず最幸は訪れるとわかったんだから」


「そうですか」

 白百合はにこりと笑い、

「それまで私達もお供しますね」

 黒百合も笑みを浮かべた。


 No.13は三人になってしまった。

 でも、散って行った仲間たちもどこかで見てくれているだろう。思い出の中にあり続けてくれるだろう。


 それにしても。

 違う世界に飛ばされてどうしようか。

 安息といえば安息の時間を得たのだろうが、見渡す限り砂、砂、砂。


「さぁて、これからどうしようか。せっかく私達は最強になったわけだし、例の統界なんちゃらとかいう胡散臭い連中にちょっかいかけるのも悪くねえな」


「もう、惨劇様ったら」

「……こちらから仕掛けなくても、あちらから来たみたいですよ?」


 黒百合が遠くを見つめていった。

 確かに静寂だった砂漠地帯の風が止み、大地が揺れている。

 運命とか世界とか、まるで観客のように見ているだけかと思えば介入してきたり。

 ちょっとお灸を据えてやらんとなあ。

 にたりと笑う惨劇は、なんとなく楽しそうだ。


 空間が開き、介入が始まった。


 おそらく、いや、間違いなく惨劇を狙って来たのだろう。

 空に開いたゲートから飛び降りた数人分の人影は、迷いなくすぐさまこちらへ向かって走り出している。




――『カテゴリーS+、惨劇のカタストロフ・黒百合・白百合の三名を確認』

――『保有称号は……ID928-最強! 本部、統界執行員……称号持ちの補充派遣を要請する』


――“本部了解。〈カテゴリーA・ID1145-最狂〉、〈カテゴリーA++・ID89554-最悪〉の二名を解凍。派遣する”


――『駄目だ足りない。Sを派遣してくれ』


――“本部了解。更に〈カテゴリーS・ID49560001-最強〉を追加解凍。派遣する”


――『有難う本部』

――『統界任務を執行する』




 なにやら騒がしくなってきた。

 黒き怪人たる女は砂の地に両脚を踏み締めて、新たなる道と向き合う。

 どうやら、まだまだ――


「安息には程遠いらしいな」


 惨劇のカタストロフは駆け出す。背中の圧力制御孔を開いて。

 それに双百合も追従する。鉄壁の傘を握り締めて。

 三人の女は干渉してくる愚か者を蹂躙し、壊滅し、殲滅する。

 惨劇はいつか自分の準に出会い、最高の幸せを得るまで。

 双百合は主の隣という居場所で。


――私だけの準くんは死んでしまった。

  そしていずれ、私も準くんの居る場所へ逝く。

  それまでたくさんの幸せを追い求め、たくさんの思い出話をこの大きな両腕に抱えて持っていく。

  こんなことがあったよ、と。双百合を交えながら準と、四人で話すんだ。

  いいえ、もっとたくさん。

  四人だけじゃない。

  クロー。クローの奥さん。ゼブラ。シュレーディンガー。ベルゼブブ。ディーラーズ。No.13の仲間達。地獄で散った仲間達。もし見掛けたら鬼叉や修羅、狩魔の面々もだな。

  私の、私だけの運命で共にあったみんなと。

  私が精一杯生きた話を聞かせてあげるんだ。

  その時こそ最幸の称号を手に入れよう。

  だから――


「もう少し、待っててくれ」


 最凶と呼ばれた女。

 最強と呼ばれた女。

 犠牲と呼ばれた女。

 死神と呼ばれた女。


 辛く厳しい茨の道を歩んできた強い女。


 彼女は準と二度出会い、育て、裏であり、隣であり、親であり、家族であり、恋人であり、最も愛した者でもあった。

 惨劇としての彼女が居なければ、準は死神と出会う事なく死んでしまっていたかもしれない。


「惨劇様、世界は……如何ですか?」

「貴女様は今、どう感じておられますか?」


 走りながら問うてくる双百合。少し前の惨劇なら即座に憎たらしい、嫌いだと答えていただろう。

 しかし彼女は顎に手を当て、少し考えてから答えた。


「世界は――斯くも素晴らしい」


「ふふっ」

「左様で御座いますか」


 二人は双百合。

 闇に咲いた道標。

 惨劇の道を照らす二輪の花。

 永劫……共に咲く。


「新しい宴の始まりだ! クハハハハ」

「今回はもっと騒がしくなりそうですね」

「私達の仕事も多そうです」


 惨劇のカタストロフ。

 無敵にして最強の女。

 彼女の戦いは続く。


 準と再会するまで、その宴は、また別の物語――




【After banquet】了

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