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宴章【運命繋索・麗~最凶vs最強~】

宴章 【最凶vs最強】




『あははははは! あははははははははは!』


 高らかに笑う女。

 女は最強の称号を手に入れ、ロシュケンプライメーダ・ザ・サクリファイスと名乗った。

 自分の事を死神だとは言わなかった。

 最強。

 そして犠牲(サクリファイス)

 恐ろしく邪な魔力を宿した巨大な鎌を携えた女は、惨劇の知るロシュケンプライメーダとはまるで別人。

 なぜ、起源への扉へ入る前には、小柄な少女だった死神ロシュが。

 なぜ、この運命繋索に。

 なぜ、成人を迎えた容姿で。

 なぜ、最強という称号を携えて。

 なぜ、死神の名を捨てて。


 此処に居るのだ? 


 惨劇のカタストロフといえども、今度ばかりは混乱した。

 遠くで見守る双百合も零鋼にしがみついて目を丸くしていた。

 零鋼は表情が無い為、無言で眺めているだけだったが。


「……最強のサクリファイス。お前が? 一体、これはどういうことだ」


『ふふふふ、あははははは』


 ロシュ・サクリファイスはまるで何も知らない惨劇をコケにするかのように笑い、巨大鎌を回転させていた。

 ロシュといえば、惨劇が一番大切にしている者を託した娘だ。

 里原準と幸せな未来を築くと、約束した娘だ。

 

「準はどうした。準は何処だ」

『居るよ。ちゃんと私の中に』

「何を言っている?」

『今から消える存在に、何を話す事があるのかしら』


――ギュン。


 惨劇のカタストロフは圧力を用いた瞬間移動でロシュの背後に回った。

 けれどもそこに女の姿はなく。

 ロシュは惨劇の背後に立っていた。


「………」

『貴女の癖、なんとなく身体が覚えていたわ。瞬間移動の際は背後に回る癖』

「……お前は本当に、あの死神ロシュなのか」

『あんな弱い頃の私と、今の私を一緒に見ない方がいいわよ』

「フン」


 振り向きざまに裏拳。

 ロシュは片腕を上げ、ぱしんと弾いた。


「準の姿が無い」


 直後。

 惨劇の頭部は、戦艦ARISの装甲にめりこんでいた。

 頭部と身体が、ここまで離れたのはおそらく初めてだろう。

 殴られたのか蹴られたのか斬られたのかすらわからなかった。

 気がつけば、惨劇は埋まっていた。

 しかし惨劇は未だ茫然としていて心此処にあらずといった具合だ。

 準の隣に居る事を、あんなに一生懸命になって望んでいた少女。そして本当に幸せそうに、準の隣で手を繋いで新たな道を歩みだしていた少女。

 なのに。

 目の前のロシュは――たったひとり。

 隣に準の姿が――ない。


 考えたくない。認めたくない。

 悪い予想が、惨劇の頭に思い浮かんでしまう。


「まさか準は、死――」

『う る さ い』


――メキィ……!


 埋まった惨劇の頭部に、惨劇の身体が激突。

 更にその上からロシュが片足で踏みつけている。

 片足で踏まれただけだというのに、強靭無敵を誇った惨劇の胸部から「ベキバキ」と何かが何本も折れ砕ける音が鳴った。


「グギャ……ア゛アアアアア!」


 味わったことのない激痛が襲った。

 骨格が砕け散った痛みにしてはあまりにも強烈な痛み。

 双百合でさえ、惨劇の悲鳴を聞いたのは初めてだった。


『スカーレットペイン。痛覚を何倍、何十倍も鋭敏にする魔法。そして痛覚のないものには痛覚を与える。だから意識ある者は確実に苦痛を味わう素敵な魔法』


 説明する間もロシュは黒き肉体を踏み躙り続け、その度に最凶は耳を塞ぎたくなるような悲鳴をあげた。


『懐かしい。嗚呼ほんとうになつかしい。はあああ思い出すわ、準くんと手を繋いでいたあの頃を……』

「でめえ……! 準は死んだのか……!?」

『え? 死ぬわけがないじゃないの』


――バッキィ!


 勢い余ってロシュの脚はARISの装甲をあっさり踏みぬいてしまった。

 瓦礫と共に惨劇は転がり、苦痛に悶えながら頭部を身体に接合させる。


『肉体から解放されて、準くんは私と一つになったの。貴女の一心同体とは違う。準くんはいつでも永遠に私といっしょ。隣に居てほしいと願えば隣に居てくれる。ね、準くん』


 ロシュは何もない虚を抱き締めた。


『でも正確には、世界に肉体から追い出されたの。可哀想な準くん。私の準くんだけがよ?』


 にこにこと笑顔で語る。

 幸せそうに語る。

 しかし惨劇にはわかった。ロシュの自我は壊れている。一度、粉々に砕けたのだと。

 そんな崩壊が起きるのは余程ショックな出来事があったに違いない。

 惨劇は痛みの中で嘆いた。

――嗚呼、準は、本当に死んでしまったのか。

 その死を受け入れられずに、崩壊を選んだ娘が目の前に居る。

 ようやくわかってきた。

 このロシュケンプライメーダ・ザ・サクリファイスは、未来からやって来たのだ。

 準の死んだ未来から。


「なんてことだ……」

『あら。スカーレットペインの痛みに耐えるなんて』

「痛みなぞ気迫で耐えられる」


 惨劇の赤い眼光が一層輝いた。


「それで……お前は運命を変えようと、此処へやってきたってわけか……」


 弱々しく立ち上がった惨劇を見下ろすロシュ。

 その顔はポカンとしていた。

 首を傾げている。

 こいつは何を言っているんだ? と。そう言いたげな顔だ。


『運命を? 変える? どうして?』

「どうしてだと……」


 ロシュは唇の両端を持ち上げ、口の前に手を当ててクスクスと笑った。

 次に彼女の放った言葉に、惨劇を愕然とする。



『だって、もう私の世界は無いのよ?』


「――――――は?」



『消しちゃったもの』


「――――――誰が?」



『私が』


「――――――は?」



『だから私は最強なのよ?』


「世界を……消した……?」



『壊したと言ってもいいわよ』


「こ――わ――し――た――?」



『ええ。だから運命なんて変える変えない以前の話よ』


「世界をこわしただとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」



 惨劇はロシュへ殴り掛かった。

 この女は壊れている。救いようの無いほどに壊れている。当たり前のようにさらりと。世界を壊したなどと……!

 当然、殴り掛かった拳をロシュは片手で受け止めた。

 惨劇は身を翻して後ろ回し蹴りを放つ。

 それもロシュの身体を捉えることはできず、空振りした。


『この程度?』

「……圧力制御孔……第伍拾参号解放」


 余裕を見せて緩んでいたロシュの表情が、急に堅くなった。

 ふわりと惨劇から距離を置き、巨大な鎌を自分の前に出す。


「No.53‐プレスキャノン」

『――!』


 ロシュの身体が消えた。

 と同時に、運命繋索空間が軋むような音を出す。


『ッシィ!』

 掛け声と共に鎌を振るロシュの姿が見えた。

 瞬間的に移動して圧力砲を回避しようとしたが、かわしきれない大きさだったのだろう。

 鎌は圧力の塊を両断した。


『五十三段階解放。世界に縛られなければそこまでできるのね貴女』

「………」

『私の壊した世界。総てを消した。残るは貴女達だけなの。そして――』


 ロシュの口が三日月形に裂けた。


『私一人が不幸を背負うなんて許せないから、他の世界もぜぇんぶ、消してやるの。幸せに生きる他の私を、ぜんぶ壊してやるのよ』

「お、お前は……」


『ふふふ、理不尽を認めるものですか。あははははははははははははははははははは!』

「お前は生かしてはおけねえ!」

『やれるものならやってみなさいよ。あっははははは!』



 惨劇は腕を大きく広げて格闘体勢に。

 対するロシュは足を肩幅くらい広げ、鎌を無行の位に構えているだけ。

 世界に縛られていた惨劇のカタストロフは、己の力を微々とも解放していなかった。

 無限の力は世界を離れてこそその真価が発揮される。

 それでも最強に敵うかどうか……。こればかりはやってみなければわからない。相手は――世界をも壊す暴挙を成し遂げた女なのだ。


「いくぜ」


 スペースシフトで瞬間移動。惨劇の姿が消える。

 癖を読まれたからには背後に回りはしない。


『――、上』


 ロシュの呟き通り、惨劇は真上から踵を落としてきた。

 しかし――脚だけ。


『――次は右』


 上からの踵落としを鎌の柄で受け止め、右からの拳打を先程のように受け止める。

 最強はこれで両手を塞がれたことになる。


『――で、とどめは背後ね』


 呆れるように息を吐き、鋭く細めた青い目を自分の後ろへ泳がせた。

 案の定、片手片足を分離させた惨劇の身体がそこに現れる。


「No.65-プレスショット」


 圧力の散弾。広範囲面攻撃だ。

 背後から、避け切れない範囲の攻撃。威力は第六十五段階解放級。

 しかもロシュは両手を塞がれた状態。

 逃げ場など――


『甘いのよ。貴女』


 ギラリと光ったのは刃物のような青眼。緩んだ口元が更に緩み、にったぁ――と開いた。

 逃げるとか、そんな手段は最強に必要ない。何故なら彼女が一番強いから。

 それはつまり一番攻撃力が高いというわけで。

 攻撃には攻撃を以て粉砕すれば良い。


『インパクティア』


 惨劇の身体の各部が飛び散り、弾けた。

 まだまだ、六十五段階では到底ロシュの攻撃力には届かないという証だった。

 衝撃の最上位魔法インパクティア。圧力の散弾だろうと、更なる衝撃波で掻き消してしまう。

 分離能力で衝撃を分散したものの、惨劇へのダメージは大きかった。既に黒き身体の各所が罅割れている。


「……ち」


 ロシュは更にもう一度インパクティアを放つ。

 この攻撃はARISを揺らし、零鋼の電磁結界を弾いた攻撃だ。もう二度もその軌道を見知った。

 避けられない攻撃ではない。

 惨劇は上半身と下半身を分離。その状態でスペースシフトを行い、回避行動と同時に攻撃に移る。


「カァァァァァ!」


 上半身はロシュの目の前に現れ両拳で乱打を繰り出した。

 これが世界の中だったらもはや纏った圧力と共に一撃一撃が空間崩壊を招くレベルである。

 更に一撃ごとにアキュムレーターの解放量を増している。

 それら全てを両腕で防いでいた最強もさすがに苦しそうな顔になった。


『く。重い……ちょっと遊びすぎたわね』

「クハハハハハハ! オラァァアア!」


 最強の意識を乱打に集中させた隙に下半身が横から飛び蹴りを見舞った。


『鬱陶しいわねえ!』


 蹴り足を掴み、上半身へ下半身を思い切りぶつけた。

 その上に至近距離で手をかざし、インパクティア。


「が……」


 惨劇は遥か遠くへ吹き飛んだ。

 圧力の障壁でなんとか衝撃を緩和できたか。


「ゼロ……手ぇ貸せ……!」


 命令を受けた零鋼は、しかしARISの近くで双百合と共に動こうとしなかった。

 運命繋索で気を失いかけた意識をなんとか保ち、身を起こす最凶に、零鋼は問う。


「良いのか惨劇? 零鋼が手を貸せば、最強の称号は……」

「俺達が、最強ならそれでいい」

「ナルホド……」

「この最強にタイマンで勝てるとは思えねえ……だが、こいつはここで殺しておかなきゃいけねえ女だ!」

「……それは、同意ダ」


 ギュン! と一瞬で零鋼は惨劇の隣まで移動した。


「こいつを倒すぞ、ゼロ。双百合も遠慮すんな。戦いたければ戦え。危険と思うなら身をかくしてろ」

「私達は。私達も……」

「戦う。戦いたい!」


 黒百合と白百合は顔を見合わせ、互いに頷き合った。

 握った傘をもっと強く握りしめて駆け出す。

 最凶のプライドは捨てる。

 ここは、確実に、勝たなければいけない場面だ。


 だから、一番信じた仲間と共に。

 最強の華を手に入れよう。


「ダイヤ。力を下さい」

「スペード。守って下さい」


 走る双百合は目を閉じ、戦いで散った二人の仲間を想った。

 惨劇は捨て駒のように扱ったが、それは準と比べた末の結果。

 仲間に変わりはないし、彼らディーラーズも、解っていた筈。


――“頑張れ。白百合”

――“惨劇様を頼む。黒百合”




 ロシュ・サクリファイスは視線を素早く移す。

 惨劇、零鋼、白百合、黒百合。

 雑魚が増えた。うざったいだけだ。

 仲間とか、そんなもの要らない。だから消したんだ。

 準くんさえ居れば他には何も要らないもの。



「俺に力を貸せNo.13! こいつをぶちのめす!」

「ギュハハハハハハ、いいだろう。零鋼は手を貸そう!」

「頑張ります!」

「今こそ力に!」



 ロシュの整った顔に青筋が浮かんだ。

 片腕を上げ、ビッ、と中指を立てる。



『うざいんだよカス共が! お前らの仲間意識なんか知った事か! あんま調子乗ってると勢い余って粉微塵に殺しちまうぞ雑魚の寄せ集めが!』




 ◇ ◇ ◇




【No.13vs最強】




『クソがクソがクソがクソがクソが。ちょっと遊んでやったら図に乗りやがって!』


「……超電磁誘導改」


 零鋼の突撃。

 背中から愛刀の蝕食を引き抜き、その長い刃を振り回しながらロシュへ斬りかかった。


『ッシャアアアアアアアアアア!』


 成人した身体でも釣り合わない大きさの鎌を、ロシュは両手でぶんぶんと回転させ、零鋼を迎え撃つ。


「最強を喰うのも、悪くナイ」

『ガラクタ風情が』


――キィン、ギギィン!

 常人では太刀筋が見えない速さでの斬撃。零鋼はその身体を回転させたり長刀を持ち変えたりと巧みな体術と刀捌きで挑む。

 ロシュの方は鎌の曲線で太刀を受け流し、逆側の柄と刃とで連撃を繰り出す。

 互いに重量のある武器であるにも関わらず手足のように軽々と扱っていた。

「……ホーミングレーザー発射」

 零鋼の背中から無数のレンズが現れ、接近戦をしている相手にレーザーの雨を見舞った。


『遮れマスカレイディア』


 髑髏の形を模した盾が現れ、レーザー雨からロシュを守る。

 チィ、と舌を打つような音を出した零鋼の刀が、螺旋状に交叉した鎌の柄に絡み取られかけたのを――シャリン! と小気味のいい音を奏でつつ引き抜く。

『インパクティ――』

「惨劇、出番ダ」


 インパクティアを放つ寸前でロシュの右膝がガクンと曲がる。

 見れば、膝の裏に黒い脚が蹴りを入れていた。


「クハハハハ、二対一だ」

『このアマァァァ……!』


 零鋼の猛斬撃を鎌で。

 惨劇の猛拳打を片腕で。

 目にもとまらぬ技術でロシュは凌ぐ。

――ガガガガガガガガ!

 零鋼の袈裟斬りを鎌の柄で合わせ、続く逆袈裟斬りを鎌の刃で滑らせ、そして顔面に前蹴りを当てた。

 惨劇の右拳を肘で弾き、続く左拳を手首で弾き、そして胸へ掌低を打ち込んだ。

 ロシュは劣勢ではない。究極兵器と最凶の二人掛かりでも攻勢を維持している。

 圧倒的な力量。

 惨劇に走る戦慄は尋常ではなかった。


『重力結界グラビティア』


 最上位重力魔法……!

 惨劇と零鋼は同時にロシュから離れた。

 そこに生まれたのはブラックホール。空間内に漂う分子、微量な異物をも極限重圧で凝縮し、小型のブラックホールが発生したのだ。

 それは重力極致の証。

 やはりこの女は最強。これだけの力を手に入れる為に、どれだけ血反吐を吐いたのか。惨劇には想像もできない。


(シュレーディンガー。クロー。ベルゼブブ。準。俺は、此処で死ぬかもしれない……)


「死ぬかもしれないナンテ考えるなよ惨劇」

「!?」

「この零鋼が手を貸すと言ったんダ。負けるわけがないダロウ」

「そう、だな」

「ソモソモ、お前とて世界を壊すほどの力を持っているんダ。何を臆する必要がある? あの最強は、一足先に最強の称号を手に入れたダケダ。惨劇は世界に縛られ、一足遅れただけのコト。奴より強い我々が最強の称号を手に入れるのは、トテモ自然なコトじゃないか」


 ふん、と惨劇も零鋼も笑い合った。


『……早いとこ消えてもらいたいのよね。でも、貴女達は私が消した世界の遺物。もうちょっと遊ばせてほしいわ。遊んで遊んで、じっくりと最強が誰なのかを味わわせて、消えてもらわないと。オンリーワンになった私と準くんが、清々しい気持ちで他の世界を壊しに行けないのよ』


 ロシュ・サクリファイスは更に速く巨大鎌を回転させる。

 鎌の名はクリムゾンサイズ。

 かのブラッドデスサイズに、よりたくさんの血と魔力と魔導武器を吸わせた代物である。

 世界中の全てがこの武器を携えたサクリファイスに恐怖し、怯え、散った。

 忌むことすら恐ろしい武器。


『クリムゾン・インパクティア』


 回転する鎌から、深紅の衝撃波が放たれた。

 威力も範囲も申し分ない。直撃すれば惨劇と零鋼は跡形もなく塵飛ぶだろう。

 しかし至高にして究極の兵器、戦略傀儡兵の零鋼がインパクティアの対策を考えていないわけがなかった。


「出番ダ。双百合」


――ギュゥン!

 直線軌道で飛んでいた衝撃波が、あらぬ方向へ飛んで行った。

 そのまま運命繋索の壁(空間の境界)にぶつかり、消えた。

 おそらくは境界からどこか別の世界に衝撃波は飛ばされたのだろう。

 初めてロシュは唖然とした表情を見せた。


『インパクティアが曲がった?』


 衝撃波があんな不自然な軌道で曲がるなど有り得ない。

 だが現に目の前でそれは起きた。

 惨劇と零鋼の前に立った、二人の少女によって曲げられた。


「ふん。なるほど、蝕食で双百合の傘を食い、高性能な傘を与えたのか」


 感心する惨劇は腕を組んだ。


「双百合の傘は光学兵器にしか効果が無かったからナ。零鋼の電磁誘導システムと組み合わせて面白いモノが作れた。今の双百合には、物理攻撃も効かナイ。防げない威力なら、威力を殺さず軌道を曲げれば良いダケ。ギュハハハハ、まさに鉄壁の盾サ」

「もう惨劇様の……」

「足手纏いになりません」


 零鋼と惨劇が攻撃を。

 黒百合と白百合が守護を。

 今、No.13の戦術が整った。


 今まで受けるばかりだったロシュは自ら攻撃を仕掛けに突っ込んだ。


『ッシャアアアアアアアア!』


 回転する鎌は――刃ではなく峰を当てる回し方。

 下から峰打ちを受け止めるのは蝕食。

 鋼の怪力を以てしても、刀を両手で握らねば受け止めきれない重さだ。

「グ……!」

 止められれば十分。

 零鋼を飛び越えた惨劇が両手を向ける。

「No.227-プレス……」

 二百二十七段階の解放。両手での攻撃。

 散弾のショットか、それとも連射のレインか、威力のキャノンか。

 攻撃の質を、ロシュは鋭敏な反射神経で読み取る。

 ……キャノンだ。

 攻撃の質を読んだロシュは先手を打って身体を捻り、惨劇の攻撃射線上から外れた。

 鎌を握る手を持ち変える。

 蝕食と打ち合っていた刃が弧を描いて逆に振られた。

 峰を打ち、上を向いていた鎌の刃が惨劇を襲う。


『シャアアアアアアアアアアアアアア!!』


 赤黒い刃は惨劇の左胸に喰い込み、肩口のあたりまで流れ、裂いた。

 初撃を峰で攻撃していたのは、完全に対空を意識していたからだった。

 間髪入れずに掌を黒の身体に向けてインパクティアで仕留める寸前、横から反射能力を持つ傘がロシュの身体にぶつかる。

 反射によって身体が弾かれる感覚を味わいつつ、一瞬、青の視線を傘の持ち主――白百合に向けた。


『貴様……!』


 呟いた直後にロシュは遠くへ吹き飛んだ。身体は転がり、しかし鎌を支えにしてすぐに立ち上がっている。

 だがこの一撃は大きな一撃。

 最強に与えた初めてのダメージだ。


「惨劇様!」


 黒百合が膝をつく最凶へ駆け寄り、容態を看る。

 肩から胸まで、鎧のような身体に亀裂が入っている。無敵と謳われた女がこんな傷を受けるのを見たことがなかった。

 傷なのだろうが、血が流れない。

 傷口の奥は暗闇で、まるで惨劇の中に暗黒の空間が存在するみたいだ。


「この程度、問題ない」

「動けるのですね?」

「余裕だ」


 不安げに見上げてくる黒百合に頷き返し、立ち上がった。

 休んでいる暇はない。

 見ればロシュは全身を抱くように腕を回して何かを呟いている。

 ロシュもまた、最強としてダメージを受けた事がなかったのだろう。それは一番強い者から、一番を奪われかねないという焦りを生み出す。取るに足らない雑魚と見下していただけにその焦燥感も一入。


『……準くん、こんな奴らに私達の未来は阻めやしないよね』


 ギリギリと奥歯を噛み締める。


『まだ第一歩だもの……これからだもの……枷となり邪魔となる世界は消した。私達が不幸になることはもうない……私達はこれから幸せになるのよ』


 ロシュの魔力がぐんぐん急上昇し、その邪で壊れた感情が毒々しい色となってオーラのように背中から滲み出た。

 何かに取り憑かれている――と、そう言いたいところなのだが。

 これは彼女自身の自我。自身の感情。それ以外の何物でもない。

 ……今の彼女はもう、あの死神ロシュではなかった。憎悪と執念の感情に苛まれ、壊れて捻じれて狂って砕けてしまった邪の化身だ。

 それだけに惨劇は哀しみを抱いてすらいた。

 自分を倒した死神ロシュはこんな邪神ではない。自分の認めた死神ロシュはこんな邪悪ではない。

 里原準と共に歩むものと、愛する者と、そう認めた想いの形はこんなものではなかった!

 何が彼女をここまで変えてしまったのか。

 惨劇は敵ではあったが、あのロシュがこんなに堕ちてしまうとはとても思えなかった。愛する者の為に一途で一生懸命で仲間を想い仲間に助けられ。そうしてあの時、起源への扉まで食らい付いてきた弱くも力強い少女。そんな子が仲間も世界も要らないと消し去った事実が惨劇には哀しかった。

 あの子はそんな事、決してできないだろうから。

 ならあの子が変わってしまったのは――


(運命……)


 額を手で押さえ、惨劇は肩を落とした。


「俺達が、あの子を……ロシュケンプライメーダを葬ってやるしかねえ」


 ごきりと首と肩を回し、双百合の頭にポンと手を置いた。

「これが終わったら、ちょっとゆっくりしてえな」

 満面の笑みで双子は応える。

「そうですね」

「惨劇様には安息が要るのかもです」


「無論――」

「ン?」

「ゼロ、お前もな」


 フン。

 なんとなく嬉しそうに零鋼はそっぽを向いた。

 なんとも人間臭い奴だと惨劇も思わず吹きだす。



『私と準くんは今まで負けた事が無い……大丈夫』


 祈るようにロシュは鎌を両手で握り締め、柄を眉間に押しつけていた。




『勝とう。勝ちましょう準くん。幸せを……私達だけに与えられなかった幸せを手に入れましょう。私達に欠けたヒトカケラを。理不尽を私達の手で粛清しましょう!』


「死神の娘、それはお前達の手じゃねえ。お前だけの手だ! 準は世界を愛した。準は運命を受け入れた筈だ。準はもう、死んでいるんだ!」


『黙れええええええええええええ!! 私は死神じゃないサクリファイスだ犠牲者だ! 私の受けた理不尽と不幸を知らない癖に知ったふうな口を利くなあああああああああ!!』


「黙らねえ! 惨劇のカタストロフは此処でお前を止める! 此処でお前を楽にしてやる! それがお前の為であり、他のお前の為であり、何よりも……お前の暴挙に悲んだだろう準の為だあああああ!!」


『その口も二度と利けなくしてやる。ぐちゃぐちゃに潰してやる。そこのガラクタ人形も復元できないまでバラバラに分解して運命繋索中にばらまいてやる。そこの目障りな双子も頭蓋骨を引き抜いて灰塵に帰すくらい粉々に砕いてクリムゾンサイズの餌にしてやる』


「自分の背負った運命への憎悪を無関係な他者に向けるな」


『……お前にはわからない。私がどんなに苦しんで生きたかを。あの異界中で追われ、嬲られ、汚泥をすすってここまで生きた苦しみを。他の私は……幸せに生きているというのに……!』


「お前だけが犠牲となり、お前だけが不幸を背負った。他のお前の分まで。その運命が許せないのはわかる。最凶として、運命に最も嫌われたものとして、よくわかるんだロシュケンプライメーダ。けれど……何度でも言うぞ。準は世界の崩壊など望んでいなかった筈だ。お前はもはや……消えるしかないんだ。最強として他世界まで消すのは、やっちゃいけない。他世界では生きている準だっている」


『でもそこに私だけの準くんは居ない。私の準くんは私の中に居る。私と共にある』


「ロシュケンプライメーダ……! 何を言っても無駄か……!」


『貴女達はとてもとても不愉快。準くんもそう言ってる』


「かかって来い、堕ちた少女。この惨劇のカタストロフが、全身全霊で受け止めてやる」


 誰にも、どうしようもなかった。

 それでも少女は強く強く生きた。

 幻想でもいい。準が近くに居て支えてくれた。それだけで彼女は苦痛の生を歩む事ができた。

 そうして至った頂点。得た最強の称号。想いはそれほどまでに強かった。皮肉にも美しかったその想いの強さは邪な力の強さを与え、大切な他の全てを薙ぎ払ってしまった。

 だがそれも必然。

 あの運命の分岐点でロシュケンプライメーダは完全に壊れてしまったのだ。全てはあの時に決まっていた。運命も、世界も、よもや最たる不幸を押しつけた少女がここまでのし上がってくるとは思わなかったろう。そうでなければ自らを崩壊に導く運命を定める筈がない。

 いや――わかっていたのか?

 わかっていて、そう定めたのかもしれない。他の彼女が幸せである為にそれだけ分の不幸を立った一人に背負わせた業を、罪を、負おうとしていたのだろうか。

 それもまた摂理だと。


 結局。残ったのは堕ちた少女だけ。壊れたヒロインは果てなき暴走を続ける。

 無限に存在する世界を無限に壊し続ける。永遠に手に入る事なき幸せを永遠に求め続ける。

 彼女を止めてあげられるのは惨劇のカタストロフだけ。

 彼女を救ってあげられるのは惨劇のカタストロフだけ。

 彼女を……殺してあげられるのは惨劇のカタストロフだけ。



『……(つい)の舞踏。開幕よ』


「派手なBGMで頼むぜ。クハハハハ」

「No.13の、最後の戦い……カ」

「負けはしません」

「必倒です」


『戯れはここまでだ最強の前に散れ』


 ロシュケンプライメーダ・ザ・サクリファイスを中心に、無数の、何種類もの魔法陣が展開。

 運命繋索の空間を一定範囲埋め尽くすように縫い付けられ、

 最終局面の舞台を彩った。


 幸せを巡る物語。

 救いを巡る物語。

 世界を巡る物語。

 時代を巡る物語。

 最強を巡る物語。

 運命を巡る物語。

 表裏を巡る物語。


 そして戦い。

 

 全ての相克が、決着を迎える。

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