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†裏章 12

【残酷のエピオンvs惨劇のカタストロフ】




 思えば自分は惨劇のカタストロフとして、生まれてから今までずっと戦い続けてきた気がする。

 記憶をバッサリと失い、なんにも知らなかった。でかい赤ん坊のような怪人。

 クローはそんな俺に色々な事を教えてくれた。見せてくれた。

 彼との旅は障害が付き物で度々戦いに巻き込まれた。

 最後の最後まで、俺と彼の間には戦いが付き纏うらしい。

 だが断言しよう。俺は今までこれだけ必死に戦ったことはないだろう。

 皮肉にもクローとの旅の顛末は互いに相反する形となり、殺し合うことで終焉を迎える。

 それでも俺は後ずさりしない。

 クローと出会った意味を……ここに見出したから。

 英雄と最害の融合体、残酷のエピオンは確実に倒さなければいけない存在であり、準という息子をも殺そうとするその毒紫なる肉体は、何を隠そうクローという父親の物。

 父の手で実子を殺めるなど、どこの世界でも異常だろう。

 クロー、お前は自分の生まれた世界を異常者だらけの世界だと言ったな。そう自覚しながらも異常者であり続けようとしているのか? そうは思えないね。俺はお前を過大評価しているわけじゃあない。この目でお前を見てきたからわかるんだ。

 奥さんと息子の命を天秤に掛けるなんて真似はできない男だ。

 お前の中の何が最害を求めたんだ?

 たくさんの事を教えてもらった。

 最後に一つ、教えてもらわなくてはいけない。

 鴉天狗のクローの……御標九朗の……。


 根源を。


 異常者だらけの世界から飛び出してきた異端の根幹を。



「フン……」


 二つの腕を地面に沈め、力をゆっくりと放射。

 まずはパイプの上を跳ねまわるエピオンを捉える……!


『超電磁誘導による高速移動……君ならどう捕まえる!?』


 簡単だ。高速と低速を交互に繰り返す以上、動き辛い地形に変えちまえば良いだけのこと。

 地面から石柱が次々に飛び出し、障害物を増やした。

 思った通りエピオンが激突した石柱が大破し、その壊れ方や瓦礫の飛び散り方で奴の軌道が丸わかりだ。

 電磁誘導だかなんだか知らねえが、なんでもかんでも能力を備えればいいってもんじゃない。

 俺の身体を真似たくせに――


「高速移動中は分離ができねえんだろ!?」

『……ウナ…ァ!』


 石柱の中に潜ませてあった片腕がエピオンの首を掴み、そのまま地面へ叩きつけた。

 拾号解放が限界のエピオンに対し、こちらは拾参号解放。圧力の威力なら負けない。ただし、互いに使うのは躊躇っている。空間が歪むどころじゃ済まないからな。

 叩きつけたエピオンを立ち上がらせる前に連撃を。

 黒の四肢でエピオンを取り囲み、圧殺鴉闘技を繰り出す。

 

「Crush to DEATH!」


――ズン。

 と紫の身体に拳が食い込み、敵が回転しながら地中に沈むこと数十メートル。

 それでもエピオンはそこから反撃してきた。


『幻葬デストラクト・ディザスター!』


 ふかぶかと暗い穴から、赤い稲妻を巻きつけながら高エネルギーが飛び出してきた。

 漆黒のビームといったところか……!

 本当にエピオンは、チェシャ猫シュレーディンガーの最害としての能力で未知なる能力を身に付けているらしい。圧力だけの俺とは違い、様々な力で翻弄してくる。それが俺の未来を阻む力になり得るのだとしたら、それを乗り越えるまでだ。

 俺は四肢を合体させ、エピオンの落ちた穴へ飛び込んだ。


 暗くて何も見えない。

 下からは黒いエネルギー攻撃が飛んでくる。

 それを真っ向から圧力で迎え撃ち四散させた。バリアとして使うなら拾参号解放でも大丈夫だからな。これを越すエネルギー量じゃなけりゃおれのバリアは壊せねえ。

 当然四散したエネルギーは穴の側壁に当たって横穴を開けた。

 とりあえずエピオンを魔導高炉から離さなければいけないからな。いた仕方あるまい。


『幻葬メガ・グラビトン!』

「んなもんが効くかぁ!」


 落下中の物体に重力魔法など意味を成さない。

 この元猫の怪人は馬鹿なのか。


『ウナハハ、最強種死神の能力を侮ってはいけないよ』

 遠く底から響く声。

「死神……。そうか死神族の得意魔法は重力だったな」

『重くする軽くする。それだけしかできない魔法をあの魂の番人が好んで使うわけがないじゃないか』

「クハハハハハハ! 知ったことかクズ猫。俺に通用しなけりゃどちらにせよ無意味だ」

『……幻葬、重回天界』


 ん……。なんだ。急に身体が上に引っ張られる感覚に……。

 重力が上下逆転したのか!?


『まだまだいくよ。幻葬メガグラビトン回天』


 下から紫色の塊が飛んで来て俺の身体に直撃した。

 重力魔法だから圧力バリアでは防げない。が、特に身体に異常はないようだが。


『ウナハハハ! 重力魔法はあまりにも変幻自在で扱いが難しい。君程度の頭じゃ、今君の身体に起こっている事がわからないだろう!』

「――!?」


 エピオンが下から……猛烈な速さで飛び上がってきた。


『ウナァァァァ。今、この穴の中は重力が上下逆転している。おいらは落下し、君は上昇している。そして君の身体にぶつけたメガグラビトンで君の身体は重くなった。落下中に影響は無いけどね。おいらが意味のない攻撃を繰り出すわけがない。メガグラビトン回天で、君の体重を逆転――軽くしてやったのさ。ここまで言えばもうわかるだろうわからないかい!? 更においらは自分で自分を重くしているよ!』


 ようは俺は重力に逆らった運動を続けていて、自重は皆無に等しくされているということだな。対してエピオンは自重を増大させ、落下運動のエネルギーを味方に。

 ………。

 これはマズイ。


『やっと気付いたか遅いよ惨劇! ウナハハハハハ! 圧力制御孔拾号解放!』

 あの野郎、マジで拾号解放の攻撃を仕掛けてくる気だ!

『これだけのエネルギーを味方につければ君の拾参号解放を越す威力が生まれるからね! いくよおおおおおお』


 拾号を拾参号で迎え撃てば世界が壊れる……!

 拾参号で迎え撃たないと準が……!

 ……うーん。


 まあいいか準が助かるなら。

 

「拾参号解放、圧殺鴉闘技……!」

『来た来た来た来た! 来たよ拾参号解放攻撃! 世界を見捨てたんだねそうなんだねそうでなくちゃ君らしくない!』


 仕方なく……だ!


『重力も圧力も味方に付けた上で君に見舞おう幻葬鴉闘技!』


 エピオンの姿が見えた。

 拳を握ってこちらへ向かって来る。

 こちらも拳を握って迎え撃つ。


 ――が、エピオンの拳は不思議な力を持っていた。


 俺の絶大な圧力を纏った拳をいとも容易く受け流したのだ。

 気持ちの悪い感触だった。自分の力がぬるりとエピオンの拳の上を滑るような……。


『幻葬佐久間合気。剛拳・軟属、風紙カザカミ……という技だそうだよ』


 合気……アイ……キ……?

 知っているぞ。クローに聞いた事があるぞ。

 力の理を利用し、操る体術。魔力の無い世界で編み出された技術。

 力を最大限に増大させることもできれば、無効果することもできるという。

 魔法の威力特化しか考えないこの世界では編み出せはしないと彼は言っていた。

 身体一つで最強を目指す者達の集大成。それが格闘術。

 風の理を利用する鴉闘技のように。

 力の理を利用した格闘術。アイキ。

 圧力を纏おうが拳は拳ってことかい。


『幻葬佐久間合気。剛拳・爆属、掛矢軍壊カケヤグンカイ!!!』


 拳を払われた俺の顔面に、エピオンの拳が直撃した。

 落下運動を味方に付けた勢いと、攻撃に転じたアイキ。 

 おまけに俺の身体は吹き飛びやすくなっている。

 頭部以外を軽く、頭部のみを重く。重力魔法で調節されてしまった俺の身体は面白いように仰け反りながら進行方向の逆へ吹き飛んだ。


「っぶ……!」


 これは多段打撃か。打撃を受けた頭部の反動を利用した二重の……衝撃特化打撃……。

 無論、頭部を分離させて離脱しようとしたさ。

 でもできなかったんだ。

 拳を払った時のアイキってのは想像以上に恐ろしくてな、拳が逸れたと同時に間接とか軸とかまで見事に固められたんだ。攻め手の身動きを、拳を払っただけで止めてしまう。力の理を極めた技術は芸術の域に達していると思った。

 肉体分離によるトリッキーなオールレンジアタックと、絶大な圧力によるパワーアタックを主とする俺にとっちゃあ本当に面倒な格闘術だった。

 

 折角魔導高炉から引き離したというのにエピオンの攻撃で逆戻り。

 穴から飛び出した俺はその勢いのまま天井へ激突し、べしゃりと屈辱的な音と共に地に倒れた。

 俺の思惑など筒抜けであると言わんばかりにエピオンは稼働する魔導高炉へ歩みを進め、その外殻を撫でた。


『……世界を倒すエネルギーにすら成り得るこの魔導高炉。どうして世界はこんな代物を内包しているのだろう』

「ク、ハハハ、相手は最強だ。このエネルギーを以てしても倒せねぇ。そういうことだろ」

『これは確実に世界を滅ばすことが可能なエネルギー量だよ。魔導高炉……魔力の塊……』


 エピオンは顎に手を当て、なにやら考えに耽る。


『世界という名の最強は何処に居るのか。知ってるかい惨劇?』

「さぁな」

『起源だよ。世界の全ての源。全ての原因。始まりの場所。そこに奴は居る』

「世界の原因たる場所……最過去ってことか」

『その考えで間違いはない。多くの枝分かれした運命を逆走した果ての点。でもただ単に過去へ向かうだけでは辿り着けない』

「時間すら跳躍していたお前が言うんだから、そうなんだろう」

『ただの時間逆走では無理なんだ。運命の逆走も同時に行う必要がある。そう……〈世界の起源へ辿り着く為の道〉が用意されているとおいらは仮定した』

「なるほど。最強と名乗る為には証明は必要。挑戦者を受け入れる手段も存在している」

『そしておいらは君と出会い、益々その仮定を決定に近付けた。君の身体――運命繋索精製物質を目撃してね』


 俺の……身体。


『物質はおそらくその道でしか拾えない。道の存在が確定づけられ始めた今、おいらが考えるのはその道への入り方。このエネルギー、その道へ入る為の鍵と見た。道へ入る為。最強を倒す為。この魔導高炉は必要不可欠だ』


 そう語る最害の背後で、魔導高炉は変化を見せ始めていた。

 エネルギーを保持する外壁がぼんやりと七色に輝きだしている。内側からのエネルギーに耐えられず溶けだしているということか。

 それはつまり維持状態を解かれているということ。

 あまりしたくない予想だが……魔導高炉は今、急激にエネルギーを増大させていて外殻を突き破らんとしているのではないか?

 こちらに向いているエピオンはそれに気付いていない。


 ビシリと外殻に罅が入った。

 その音でエピオンはやっと魔導高炉の異常に気付くが、反応する前に膨大なエネルギーの手はエピオンに襲い掛かった。


『――っ! こ、こいつ、おいらの幻葬魔力を吸収していたのか!?』


 音も無いエネルギーの膨張にさすがの最害も驚いたようだ。

 外殻の裂け目から溢れた光はエピオンの腕に絡み付き、引き込もうとしていた。

 無限解放式圧力制御孔を持つ俺に対抗してあらゆる力を掻き集めたエピオンの身体だ。魔導高炉にとっちゃあ恰好の餌に違いない。


『ち、力が吸われる……! おいらの力が! フゥゥゥゥゥゥゥゥゥォォォォ!』


 ギシィ! と拳を握りしめたエピオン。

 奴が取った行動は……。

 なんと魔導高炉にパンチを打ち込んだのだ。片腕が球状の魔導高炉に突っ込み、もう片方の腕も。


「なにをする気だてめぇ!」

『おいらの力を奪おうだなんて……そんなことさせない! ウナ、ウナハハハハハ! うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』


 エピオンの抱えた魔導高炉が大きく揺れた。

 高炉に繋がっていたパイプ類が次々とちぎれ、エピオンの怪力で球体は持ち上げられた。

 もはや制御のできない有様。そんなエネルギーの塊を抱えたエピオンは高らかに笑った。


「馬鹿野郎! 血迷ったか!」

『惨劇……おいらも君も、こいつの餌になるよう仕向けられていたんだよ』


 腕を高々と上げ、身体の何十倍もでかい球体を抱えるエピオンは俺にそう言った。


「俺も、てめぇも、餌に?」

『そう。おいらが知らないとでも思ったのかな。愚劣愚策さ。君達が参加した魔導高炉防衛戦の正体は……魔導高炉をもっと大きなエネルギーに成長させる為の計画なんだよ』



 ……今のエピオンを見ればわかる。魔導高炉は隙あらば魔力を喰おうとしていた。

 この地獄塔には避難民が居るし、魔導高炉からすれば確かに餌だらけだろう。

 しかし計画については信じ難い。

 クローが知っていたら参加するわけがない。ギルとて死神業者としてそんな大量殺戮に賛同するわけがない。

 それよりも。


「てめぇは餌になるとわかっていながら飛びこんできたのか?」

『だっておいらは魔導高炉を餌にするつもりだもん』


 クハハ。シュレーディンガーらしい。

 魔導高炉の維持状態を解除していた点から見てもやはり作為的なものと考えるが妥当。狩魔衆は異界政府に裏切られた。ならばこの殺戮計画は……〈最賢〉の独断で進行しているってことだな。黒幕は奴だ。


『おー。大当たりだよ惨劇。これは最賢の鬼叉が地獄も狩魔衆もクローも利用した計画。魔導高炉のエネルギー量情報を異界中に流したのも彼の仕業。結局、地獄塔が魔獣や異界の勢力に狙われているのも、元はといえば最賢の仕業。彼にとっては魔力が集まれば集まる程宜しいからね。そしてクローにも打電。その目的は君、惨劇のカタストロフという強大な存在をおびき寄せる為だった』


 俺が目的?

 俺一人の為にクローや他の隊員を道連れにしてしまった?


『さらに君と魔導高炉に引き寄せられて大フィーバーな奴が現れた。おいら――チェシャ猫のシュレーディンガーだ……とと、おっと』


 腕がずぶずぶと魔導高炉に深く沈んだ。


「てめぇ、飲み込まれるぞ! 俺とケリをつけるんだろ!? 餌になると知っててもここへやってきたんだろ!?」

『うん……。そうだよ。そうだよ!』


 紫の怪人は腕に纏わりつくエネルギー塊を思いっきり側壁へと叩きつけた。

 腕は抜け、エピオンは壁に埋まった魔導高炉から解放される。

 しかしながら相当量の力を吸われたらしく、エピオンはふらつき、膝をついた。

 なんてこった……。

 全力でのぶつかり合いだからこそ意味があるというのに。もう今のエピオンでは俺に匹敵しない。

 拾号と拾参号のぶつかり合いは永久に行われない……!


『……悔しいね、君も悔しいのかい? でもこれでいいんだ』

「何?」

『魔導高炉の増幅に気付かなかったのはおいらのミス。だから、横槍とか、そういう事は考えないでね』


 ゆらり立ち上がる巨躯。

 まだやるのか。諦めないのか。

 エネルギーを大量に吸われたエピオン。戦わずとも解る。もうお前では俺に勝てはしないだろう。 


『……ウナ……ウナハハ。最終ラウンドといこう。ウ、ブ……っ! く。おいらの幻葬鴉闘技、まだまだこんなものじゃあない』




◆ ◆ ◆





Another:【地獄の狂砲】




 ……潮時を読み誤ったかな。

 早々に離脱を図るつもりやったけど、どうもそうはいかんようになってもうた。

 うちの大将――ギルスカルヴァライザーの動きがサッパリ読めんわ。作戦はもう作戦として成り立っとらん。おまけにインキュバスの旦那まで殺されてもーて。部下にアークスの旦那を見張るよう指示を出しとったにも関わらず見失ってまうし。


 俺の〈地獄特殊部隊〉は多くの任務を請け負っている。

 異界政府部隊の監視。No.0、No.13の監視。戦況把握。

 全部見てきた。

 狩魔衆は政府に反旗を翻し、魔導高炉へ進撃中や。

 No.0は壊滅。

 No.13は紫色のデカブツに奇襲くらって地下深く落ちてもうた。

 事態は最悪や。洒落にならん。

 

「隊長、狩魔衆を監視していた部隊とNo.0を監視していた部隊が戻りました」

「やっと全隊合流やなぁ。もう……ギルとは連絡が取れんしどないしょ……」


 もう頭抱えるしかないやろ?

 俺ら完全に孤立やで大概にせぇや〜。


「はは、狂砲ベルゼブブも引き金の引き手が居ないと面白いですね」

「やかましいわボケ! はよ報告せぇや」


「報告します。進撃中の狩魔衆、その勢いは恐ろしく……まさに鬼神の如し。監視部隊のうち三名が刃に倒れました。これ以上は危険と判断し離脱。狩魔衆は尚も最下層へ進行中」

「ははぁん。やはり最賢の企みを知ってぶち壊しちゃろうって魂胆やな」

「次にNo.0ですが、ディーラーダイヤ、ディーラークラブも最下層へ移動中です。クローの捜索を兼ねているようですが惨劇の援護を優先しようという考えでしょう」

「……その二人はほっといてもええわ。問題は魔導高炉の状態と、うちの大将の行動やな」


 地獄塔の地下部。層と層の間にある空間。瓦礫だらけのそこに俺は胡坐をかいて座っていた。

 部下達の報告を聞き、状況を把握しようと集めたものの……あかんあかん、肝心要が真っ暗闇や。


「そう仰ると思って、最下層と最上層――つまり魔導高炉とギルスカルヴァライザーのところへも密偵を送り込んでおきました」

「なんやてー!? うわめっちゃテンション上がった!」

「それは良かったです。が、事態はかなりヤバいです。魔導高炉制御施設で惨劇のカタストロフ及びNo.13が交戦中。相手は残酷のエピオンと名乗っているようですが、チェシャ猫のシュレーディンガーと同一人物であるようです」

「ギャハハハハハハ、惨劇と残酷の決戦かいな! そらおもろいわ!」


 ――と、言いつつ次の報告を聞いた俺は笑っとる場合やないと悟った。


「交戦中に残酷のエピオンが……魔導高炉にエネルギーを吸い取られた模様。さらにエピオンは制御装置ごとエネルギー塊を引き千切ったそうです」

「………は?」


 唖然とした。


「魔導高炉は制御不能の状態に――」

「おいおいおいおいアホやろ! 魔導高炉にエネルギー吸われて、膨張したエネルギーを……制御装置ごと引き千切ったぁ!?」

「はい。なので今、最下層では……」

「魔導高炉の〈暴走〉が始まっとるっつーことかいな!」


 シャレならんわ。

 惨劇のアホでも止められへんかったんか。


「ほなら最上層の避難民はどうすんねん! このままやと地獄塔全部吹き飛ぶで!?」

「それなのですが……ギルはどうやら天国と裏で通じていたようです」

「天国? 不戦の中立勢力がなんで出てくんねん」

「天国は要塞空中母艦クロスキーパーという物を所持しています。おそらくそれを使って避難民の脱出を図っているのではないかと。地獄塔空域に巨大な熱源反応も確認されています」


「……待てや。んなデカい要塞を着艦させる場所なんか無いやろ」

「はい。短時間、地獄塔最上層へ艦を近付けて避難民を収容、その後離脱するものかと」

「そういう問題やないやろ! まだ前線でわけのわからん蟲と戦ったり負傷兵の介護をしとる連中だっておるやないか! 魔導高炉で必死こいて戦っとる惨劇達や俺達はどうすんねん!」

「………」

「お前らもわかっとるやろ? ええか!? この戦いに参加しとるモンはみんな不戦派やったんやぞ! 脱出経路の無い避難民を守る為に武器を取った、勇気ある連中や! それを……!」


 ヘルメットの中から見える部下達の顔は、皆俺から目を逸らしとった。


「仕方ないのです……。やっと、今になって天国が重い腰を上げ、クロスキーパーを出してくれた。避難民が助かるなら、それで良いではありませんか」

「諦めた目ぇすんなや。お前らはまだ間に合うやろ。はよ最上層へ向かえや」


 ギルからはなんの連絡も無かった。

 これを知ったら前線の連中の中には絶望しながら死ぬ者も出るやろうからなぁ。守るべき物があると信じたまま、死なせてやろうとでも考えたんやろか……。


「隊長は?」

「俺は残るで。これからやらなあかん事がぎょーさんある。まずは狩魔衆を止めなあかんな……。これじゃ連中、無駄死にや。最賢は許したらあかん。奴らなら、キッチリとケジメつけてくれるやろ」

「……我々も残ります」


 言うと思ったわ。

 最初からそのつもりやったんやろ。


「あかん……て言うても聞かへんやろ?」

「よくご存じで。それにギルスカルヴァライザーは次の時代を統括する偉大なる方です。裏の無い者など居はしない。ましてこれはいた仕方の無い事。あの方の裏を知ってしまった我々は、あの方の枷となってしまう。ま、裏工作部隊の宿命ですな」


 そう言って部下達は笑った。違いない、と。

 おもろい部下に囲まれて俺は幸せやと思った。

 俺に合わせてみんな白いヘルメットなんか被りよるし、なんだかんだでよう働く。ユーモアも合格点や。

 ……確かに俺らは知り過ぎた。別に後悔なんてしとらんよ。この時代、ギルの為に働いてきた。あの人が次の時代に進むことができるのも俺らのおかげや。そんで俺らは、この戦争と共に、古き時代と共に、居なくなる。これでええ。

 新たな時代に、黒い俺らは必要あらへん。


「世界は広いですね。我々のように化け物とまで謳われた異能が、この戦いではそこかしらに居た」

「ギャハハ、狂砲の名が霞んでまうわな。まだまだ、この先いっぱい現れると思うで」

「新時代の強き者共……手合わせ願いたいものですな」

「せやからこうして種をばら撒いとるんやないかヒヒヒ……。最狂は受け継がれる。タタリガミシステムの使用者は唯一となり、俺の代わりにその名を馳せるやろ」

「パンドラボックスは息子さんの手に?」

「まーな」


 はあヤダヤダ。今際の際になって息子の話なんかしとる。

 息子言うても血ぃなんか繋がっとらんし、そもそも俺ら人造人間や。

 結局、俺ら二人とも運命や宿命に流されるまんま生きてきた。戦って戦って戦って……。

 あのベルゼルガが次の時代で生きていけるんやろかと思ってまうけど、まあ大丈夫やろ。最狂背負って、タタリガミ背負って、俺みたいに終始戦いの人生送るんかなー。あいつもこの最終戦争で消えるべき存在かもしれんけど。

 誰に似たのか不器用な奴やさかい、上手に生きれるとええんやけど……。

 

 「さあ、時間がありません。行きますか」


 部下の言葉に頷き、立ち上がる。

 黒のレザーマントを翻し自慢の大砲を肩に乗せて最後の戦地を蹂躙や。


「全隊、デストロイ砲撃戦闘スタンバイ! 準備はええな!?」

「OKですよ隊長!」


「ああ……それと、気になる事がもう一つあるんよなー」

「はい?」


 ヘルメットを指でコンコンと叩き、俺は首を傾げた。


「ギル、アークスの行動は大体掴んだ。やけどな、インキュバスの旦那だけはよーわからんのや」

「ああ……結界担当の。確かに地獄塔の防御結界を張っていたわけでもなかったですね」

「そう。そこや。結界担当やのに、その仕事を一度も果たしとらん。果たす前に死んでもーた。けど果たす前ゆーたところで、他に何処へ結界張るっちゅーねん。地獄塔に入り込まれた時点で結界なんかもう役に立たんやろ」

「……防御としてではない結界という線で考えてみても……ううむ」

「防御以外の用途やったら、誰かを閉じ込めるとかやな。うん」

「………」

「………」


「閉じ込める?」

「閉じ込める?」


 既に地獄特殊部隊は魔導高炉へ向けて走り出しとったが、嫌な予感がしたのか全員スピードを上げた。


「ギルは最賢の企てを読んでいたとしたら……」

「それだけやない。魔導高炉への侵入を許してしまう事態も予期しとったとしたら……」

「辻褄が合います。最初からインキュバスへ防御結界の指示を出さなかったのは、別の結界に集中させる為です」

「単独でも結界が張れるのにわざわざインキュバスの旦那を結界の制御室に置いたのは、時限式の結界を用意する為かいな……!」

「チェシャ猫、惨劇、魔導高炉。異界という器では収めきれないイレギュラーが一ヶ所に集う。ギルはそれを利用したのでしょうか!?」

「わからん、わからんけど可能性はデストロイでかいで!」


「尚更狩魔衆を止めなくては! No.13はもう手遅れだ!」


「魔導高炉の暴走も想定内かいなギルの旦那。〈魔導高炉制御施設を結界で覆って暴走を抑えると同時に、中のチェシャ猫と惨劇を葬る〉っちゅー魂胆や!」




 ◆ ◆ ◆




【にくたらしくも いとおしいせかいの かたすみで】




 エピオンは必死だった。

 そして俺も。


『うううううなああああああああああああ!』


 奴の拳は前よりも威力があるように思えた。

 ひしひしと伝わる生きることへの執念。

 その拳を手で受け止めると、奴は肘部分を分離させ、断面で俺の顔を殴った。

 蹴りにしても同じだ。回し蹴りをガードすれば膝部分で分離させ、もう一度蹴りを打ち込んでくる。

 だから俺も同じように身体を分離させ、殴った。

 エピオンは反射神経が研ぎ澄まされ、ギリギリのところで避けながらカウンターを放って来る。


 ただの殴り合いだった。


 腕や脚が飛び交い、宙でぶつかり合う。

 パワーではこちらが上なのに、打撃の一つ一つが反応速度の面でエピオンに一歩負けている感じだ。

 だけどこっちだって負けるわけにはいかねぇんだ。


――“惨劇、右足が来る!”

「おおう!」


 腹の中から聞こえる声。

 準の声。

 お前も戦おうとしているのか。


『チィィィィ!』


――“次来るよ! 上と下!”

「プレス・キャノン!」


 上から来る脚と、下から来る腕を迎撃。

 そのまま正面にあるエピオンの身体へもキャノンを撃った。

 ゴシャリ――そんな音をたてたのは、エピオンの頭部が制御室の壁にめり込んだからだ。

 呻き声さえ埋もれてしまう程、強烈に吹き飛ばしてやった。

『く……そぉ……』

 意識が遠のいたのか宙を舞っていたエピオンのパーツがふらつき、地に落ちた。

『もう一つ視界と脳があるみたいな動きだ……。おかしいぞ、こんな速い反応速度はあり得ない』


 そう。コイツは俺の中に準が居る事を知らない。

 だから俺と準、二人の目が相手しているなど想像もつかないのだ。


 ……想像もつかない?

 ……知らない?


『ここに来てイレギュラーだなんて……おいらとしたことが……』


 そっか、なんでもっと早く気付かなかったんだ。

 シュレーディンガーの確率変動能力には穴がある。一度確認していたじゃないか。

 地獄塔へ到達する前に奴と会った時。時間を止められた時だ。

 奴は俺意外の時間を全て止めたと言ったにも関わらず、準の時間を止めていなかった。それは俺自身に準が入り込んでいたからで、シュレーディンガーはそれに気付かなかったんだ。

 結果、奴は「バグが発生した」と言い、静止世界は崩れた。


 バグってのは準の事だ。


 そして奴は、あまりにも俺に固執した為にバグの原因を探ろうとはしなかった。確率100%つまり絶対は有り得ない事を知ってしまっているから、それで片付けてしまったんだ。

 俺とシュレーディンガーが接触した時、常に準は俺の中に居た筈。

 エピオンの身体は、俺を真似た身体……。


(クハハハハハハ! バグを……見つけた!)

(準、聞こえるか?)

――“なに?”

(あの紫の奴、何者だ?)

――“ちゃしゃねこ。シュレーディンガー。お父さんの身体奪った悪いやつ”

(そうだそうだ、偉いぞその通りだ)


 壁に手を付き、身体を合体させたエピオン。

 弱々しく立ち上がるそいつの真正面に、俺は立った。


『……っ?』

(言ってやれ……準!)


 チェシャ猫が模造した身体は俺のコピー。

 奴は完全にコピーできたと勘違いしている。

 クハハハ、クハハハハハハ!

 さあ、バグが発生するぞ。


「おいチェシャ猫のシュレーディンガー!!」

『……は、え!?』


 突然、俺の腹の中から溢れだす怒声。

 その齢10の幼い声色に、最害と呼ばれた怪人が恐れ慄いた。


「おまえ、お父さんの身体返せよーーーー!!」


 上出来だ、準。


『なななな、なんだって!? 誰だ!』

「だから、俺のフィアンセ」

『惨劇、君は多重人格なのかい!?』

「違う」


 思った通り、エピオンの身体に変化が現れ始めた。

 そう。

 奴の身体には準が居ない。

 つまり模造に失敗したことが確定付けられたのだ。

 チェシャ猫は準を知らない。

 だが準はチェシャ猫を知っている。

 模造失敗と、起源探索失敗。

 その二点はエピオンにとって重大なバグとなる。

 準が居ないエピオンの身体の、準が居るはずである部分は――虚無なのだ。


『しまった!』

「もう遅ぇ!」


 俺は右の拳で思いっきりエピオンの腹を殴った。

 分離なんてできやしない。奴の腹はもはや俺の模造ではないのだから。


『ギッ、あああああああああ!!』


 拳は紫の肉体に食い込み、あっさりと貫通した。そのまま片腕で持ち上げ、床に叩きつける。

 身体全体を痙攣させるエピオンの顔に罅が走った。

 罅は全身に広がり、顔が欠片となって剥がれた。

 中から覗いたのは――猫耳を付けたチェシャ猫の素顔。

 

 なんてこたぁない……ただの少年の顔。

 こんなどこにでも居そうな顔が、確率世界を跳躍しながら存在と非存在の狭間を生き続けた者の顔だというのだ。


『う……な……ゴポッ』


 吐いた血は赤い。赤かった。

 ただ確率変動の能力を持ってしまったが為に。持たなければこの世界で安らかな暮らしができていただろうに。


「お前の負けだ。シュレーディンガー」

『うううう……ウナハハ……』

「その傷じゃもう助からねえ」


 紫の巨体は貫かれた腹を押さえ、膝を付いた。

 苦痛に耐えるシュレーディンガーの額には汗が浮かび、苦悶の表情を浮かべながらも必死に笑おうとしている。

 目から……涙が零れていた。


『おいらが……終わる……』

――ハッ、ハッ、ハッ、ハッ……。

『最害が……終わる……』

――ハァッ、ハァッ、ハァッ……。

 息遣いが荒い。呼吸をする度に肩をビクンと震わせていた。



『嬉しいナァ……』


 奴はそう呟いた。

 満面の笑みを浮かべて。

 その言葉には奴の全てが詰まっていた。

 最害としての宿命に抗えなかった自分がようやく終わる事が出来る。

 ようやく殺してくれる者と出会い、全力でぶつかり、殺される。

 奴にとって、それこそが本望だったという事。


『みんなに嫌われる事ってさ、結構辛いんだ……。おいら、嫌われなかった事が無いけど……嫌われたことしかなかったけどさ……。意思を持った最害だから、しんどかったぁ……ウナハハ。君と出会って本能とかいろんな感情が覚醒した時、おいらに罪悪感ってものが生まれた。もしかしたらずっとあったのかもしれない。害になる事をし続けるには、それを押し殺さなきゃいけないからね……』

「シュレーディンガー……」

『自分は成すべき事をして生きているからこれでいいんだって……そう信じてきた。今でもそう思ってる。だって……おいらが最害じゃないと……他の誰かが……最害にならなきゃでしょ?』

「世界の理か。死際にしか明かせない本心だな。哀れな」

『ウナハハハ。同情なんか求めてない……最後まで多くの者に恨まれ、憎まれて死ぬ。それが最害……さ』

「だろうな。クローの身体は――」





―――ぼん。


 魔導高炉から響いたそれは、呆気ない破裂音だった。

 放置状態だったエネルギー塊が臨界点を突破し、溜め込んだエネルギーを今、解き放とうとしていた。



 ◇



 魔導高炉の暴走はもう止められない。

 俺はNo.13の部下達に退避命令を下そうと背後を振りかえった。


 ……全員、死んでいたわけだが。


 呆気ないにも程がある。

 唯一、双百合が動くのを確認した。

 顔に付いた血を拭おうともせず、部下の亡骸に呼び掛けている。そいつらはもう死んでいるのに。


「双百合ぃ!! 逃げるぞ! 魔導高炉が暴走している!」


 魔導高炉のエネルギーはもはや一ヶ所に留まる事ができなくなっていた。

 まるで巨大な爆発を繰り返す星のよう。

 クロー、お前が言っていた太陽とは……こういうものを言うのだろうな。

 地獄塔はもう駄目だ。

 爆発は次第に大きくなっている。すぐに塔をも飲み込む規模の太陽となるだろう。


(くぁ……! 俺の身体からもエネルギーを吸い取っているのか……! 力が抜ける……っ)


 ふわふわと脚が言う事をきかない。地に脚が着いていないような感覚。

 爆発と吸収を繰り返し巨大化するのか。

 ……マズイなぁ。


 さすが俺は運命に嫌われているだけはあり、当然の如くさらにマズイ事態が起こった。

 俺の方へ近寄ろうとした双百合が、何か〈見えない壁〉に阻まれているのだ。


 結界だった。


「惨劇様!」

「この障壁は一体……!?」


 俺も必死で結界を殴ってみたが、力が抜けている上に異常なまでに強固だ。

 インキュバス・バッドドリームが命を賭して張った結界は、これだったのか。

 俺と準とエピオンと魔導高炉は、完全に結界に閉じ込められてしまった。

 暴走をここで食い止めようという意図がこの結界にはあった。

 

「あかん、デストロイ遅かった!」


 結界の外。双百合の背後に見覚えのある人影が見えた。

 あれは確か……ベルゼブブ・B・ランチャー。引き連れているのは地獄の特殊部隊か?


「全身砲台の野郎か。何しに来た」

「アホ言うてる場合か、お前らを助けにきたんや! 狩魔衆はなんとか説得に成功して退避しとるさかい、あとはお前らだけや! 全隊、結界へ砲撃開始、デストロイぶち壊せ!!」


 地獄特殊部隊はベルゼブブを筆頭に、大砲を結界へ撃ちまくった。

 さすが地獄の狂砲部隊なだけはあり結界が波打つ。しかし破壊には至らない。

 あの強烈なレーザー砲でも破れねぇんだ。これは詰んだ……かねぇ。


『ウナハハハ! 幻葬プレス・キャノン!!』

「!?」


 俺の真横を通り抜け、砲撃の反対側の壁に圧力砲が炸裂した。

 膝を着いていたエピオンが片腕をあげている。


『ボサっとするなよ惨劇! こちらからも攻撃するんだ!』


 腹を押さえた紫の巨躯がふらつきつつも俺の隣までやってきた。

 結界に手を添えるチェシャ猫の背中は――ひどく焼け爛れている。


『ウナー。インキュバスの時限結界か……。これは骨が折れるとか折れないとか』

「てめえ、その背中は……」

『魔導光を思いっきり浴びちゃったよ。最害が有害な光にやられるなんて滑稽だね』

「なんで俺を助ける」

『………』


 ぺたぺたと結界に触って一人で頷くと、チェシャ猫は再び顔を紫の装甲で覆った。


『一つ教えて欲しいとか欲しくないとか』

「ハッキリ言えよ」

『君の中の……その、おいらのバグとなった原因。その子の名前は?』

「準だよ準。御標準」

『……そっか』


 意味がわからん。

 今更準の名前を聞いてどうしようってんだ。

 首を傾げる俺をよそに、エピオンは両手で結界を押し始める。掌から圧力砲を連射し、外側と内側の両方から砲撃で破壊しようというのだ。


『ほら君も、時間が無い!』


 そう。背後では爆発を繰り返す魔導高炉があるのだ。

 ゆっくりしてはいられねえ。

 エピオンの隣で俺も両手を添え、プレスキャノンを連射した。


『ご…ほっ』


 隣で吐血する紫の怪人。

 こいつ、最害なのにどうして俺を助けるのだろうか。


『クローの身体が……崩れる……』

「フン、それでも最害と恐れられたチェシャ猫かよ。ええ? シュレーディンガー」

『ウナハハ、君に言われたくないね』


――ズルン。

 魔導光が触手のような形でエピオンの脚に巻きついた。

 引き摺りこもうとしている。


『もうちょっと……!』

「おいシュレーディンガー!」


――ズルズル。

 脚だけじゃねえ。腕も、肩も、腰も。光の拘束具で縛られ始めている。

 魔導高炉はエピオンの味を知ってしまっている。このまま喰い尽くす気だ。


 結界はもう少しで開く。小さいが亀裂が生まれた!


「惨劇コラァ! デストロイしっかりせぇやぁ!」

「うるせぇ!」

『ウナァ、亀裂が入った。もうちょっとだ』


 ここで俺の腹がドクンと脈打った。


“あ、あれ!?”

「どうした準!」

“惨劇のお腹から押し出されちゃう”

「なにぃ!?」

『力を吸われ過ぎたね惨劇。君の能力も弱まっている』


――ビシャリ。

 顔面まで光の触手に巻きつかれたエピオンは、少しでも気を抜けばすぐに引き込まれるだろう。


「あかん、こうなったら素手で亀裂を広げるしかないで!」


 ベルゼブブと奴の率いる部隊が総動員で結界の亀裂に手を突っ込み、広げ始めた。

 人造人間である俺ならともかく。魔導光が溢れる結界の中に手を突っ込んだ時点で、こいつらは死が確定しちまった。そうしてまで……。

 エピオンまでも亀裂に手を突っ込んでいる。

 そして俺も……。


「よっしゃガキ一人はくぐれるやろ!」

『ウナァ……! 御標準、早く結界の外へ……!』

「行け準!」


 みんなが準を助けるために必死だった。

 地獄特殊部隊の一人が、準へ降り注がんとする魔導光を遮る為に亀裂から上半身を突っ込み、覆いかぶさり、焼け死んだ。

 同じように一人、また一人と魔導光に焼かれていく。

 準も必死で亀裂から這い出ようとする。


 魔導光が爆発の規模を大きくした。


「デストロイ畜生が! 魔導光が結界の亀裂から漏れだしとる!」

『惨劇、君も行け!』


 ベルゼブブが準の手を引き、

 エピオンが俺の背中を蹴った。

 エピオンは俺と準を守り、魔導光を背中全体で受け止めていた。俺に貫かれた腹はもはや黒焦げており、朽ちた樹木のようにぼろぼろと砕け地面に零れている。


『称号保有者の最期……しっているかい……?』

 シュレーディンガーは呟く。

 亀裂の入った結界に遮られた惨劇と残酷。

 黒と紫。瓜二つの怪人は結界越しに向き合った。


「ああ。知ってるぜ。最速は速さにとり憑かれ、最硬は粉々に砕け散り、最賢は策に溺れ、最狂は狂えず――って話だろ」

『そう、保有する称号を皮肉った最期を迎えるという話だ。その話では〈最凶は十三星霜〉で終わりだと思われている。けれど続きは勿論ある。最害は存在しているのだから。最害の最期はね……』

「……最害の最期は」

『〈誰かの為となって死ぬ〉だよ』


 そう言って割れた顔の下でチェシャ猫はニコリ笑った。

 ……素敵な笑顔だと思った。

 実に幸せそうだった。


『これでクローとの約束も果たせた』

「な、なに?」


『クローとの約束だよ。〈俺の大切な人を助けてくれるなら、この身体をくれてやる〉という約束』

「そ、それって……」

『そう。彼の奥さんじゃあない。君達子供のことだ』


 唖然とする俺の視界に、エピオンの額に融合した鴉面が入ってきた。

 最初から読んでいたんだ。クローは。

 最賢の策略も。俺達が魔導高炉の餌になるってことも。ギルスカルヴァライザーの行動も。

 だからチェシャ猫と組んだ。

 餌になる避難民を救うには、最賢の策に流されつつ結果を変えるしかなかったのだ。

 俺とクローがこの作戦に参加しなかったら、チェシャ猫もここへ現れなかった。避難民は魔導高炉の餌になっていた。

 俺とチェシャ猫が決闘しつつ魔導高炉の暴走を食い止めることまでシナリオとして描いていた。

 俺がチェシャ猫に勝つ時。それはチェシャ猫が死ぬ時でもある。だから死際に最害は約束を守ると知っていた上で俺と準を助けるように……。

 俺がチェシャ猫に勝つと、クローは信じていた?

 己の身体を犠牲にしてまで……多くの命を救おうとしたのか?

 それともこの地で死んだ者達まで救えなかった償いか?


 どこまでがお前のシナリオだ。

 どこまでがお前のシナリオだ!

 クロー!

 お前は……あんたは……父さんは……どこまで業を背負うつもりだったんだ。


『大きな男だよ。クローは』

「………っ」

『おいらが話を持ち掛けた時、彼、おいらになんて言ったと思う?』

「………」


『おいらの姿を見て笑いながら〈クハハハ、おいお前。俺の息子になれよ〉って言ったんだ』

「クローが……?」

『ウナハハハ。初めてだったよ誰かに受け入れてもらったのは。お前は14番目の息子だって。勝手に言いだして……』


 ごとん、とエピオンの片腕が千切れ落ちた。

 身体を魔導光に焼かれ、肩から煙を上げながら崩れてゆく。


「じゃあてめぇも死んだら駄目じゃねえか! てめぇは俺や準の弟になったんだろ!? クローは自分の子供を助けろって約束したんだぞ! てめえも助からないと!」


 紫の首は横に振られた。


『おいらは断ったんだ。だからいいんだよ』

「シュレーディンガー!」

『許してもらおうとは思っていない。御標準はきっと、おいらを恨み続けるだろう。父親を奪ったおいらを。でもその記憶に苦しみながら生きて行くのはあまりに酷だ……。それじゃあ助けたことにはならないもの』


 片腕を失い、全身が朽ちた身体は俺に背を向けた。


『君においらの力をあげる。上手に使えば、きっと幸せになれる。真実を隠す偽りが幸せかどうかは、君が見定めてね……バイバイ、おいらの好敵手』



――その言葉を最後に、


――残酷のエピオンもとい、


――チェシャ猫のシュレーディンガーは、


――暴走し爆発を繰り返し魔導光を放ち続ける魔導高炉へ、


――突撃した。



 奴は味方にした幻葬エネルギーを全て使い、魔導高炉と一対一で喰い合いを行ったのだ。

 結界の外から見る内側の光景は俺の心を穿った。

 閃光が閃光を呑み、爆発が爆発を薙ぐ。

 その大きな大きな太陽の狂乱は俺の失ったものの大きさを物語っているように思えた。

 あんなにたくさん居た仲間達。

 俺を育ててくれた父親。

 刹那出会いし哀しき弟。

 こんなことになるなら……こんなにたくさん悲しい思いをするなら。

 失わないようにすればいいんだ。

 俺に残された、たった一つの大切なものだけを、俺の命を賭して守ったらいい。

 もう大切なものを失うのは御免だ。泣けないのに悲しいのは御免だ。


 14番目の弟が最後の力を振り絞って抑え込んだ爆発。

 それでもきっと地獄塔は崩れ落ちるだろう。

 エピオンが消滅して再び無敵となった俺はしかし、こんなものに意味はないと悟った。

 俺が無敵でも、準が死んだら意味はないのだ。


 逃げないと。


 逃げよう。


 俺はこれから準だけを守って生きて行く。

 他の奴まで気にかけるのはやめだ。

 大切な者は一人でいい。

 このくそったれな世界に嫌われた俺は準を守るのできっと精一杯だ。


 気を失った準を、ベルゼブブが抱えていた。

 駆け寄った双百合も慌てふためいている。

 なにやら様子がおかしい。


「魔導光を浴びてもうたんか……」


 亀裂から漏れた有害な魔導光を、少量だが準は浴びてしまっていた。

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