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†裏章 11

【魔導高炉の決戦】




 俺の顔は壁にめり込み、そのまま横へ擦りおろさせるがごとく引き摺られた。

 頭の中が激しく揺さぶられて視界がブラックアウトしそうだ。


 ごんごんと唸る音は目の前の巨大な鉄の塊から発せられている。

 膨大なエネルギーを含んだ魔導高炉だ。


 そう。


 俺、惨劇のカタストロフは今、この魔導高炉を目前とした設備の中で……戦っていた。

 俺の部下達はまるで石化してしまったかのようにピタリと硬直し、動かない。

 双百合とディーラーハート、ディーラークラブの四人だけは壁に埋まって呻き声をあげていた。


 もはやこれは戦争などではない。

 遊戯なのだろう。あいつにとっては。





 ◆ ◆ ◆





【数刻前】



 No.0壊滅の知らせを聞いたのは、俺が陣を敷いて間も無くのことだった。

 戦闘開始の知らせを待つばかりだったというのに最初に入った知らせがあろうことか部隊壊滅。しかも正しくは知らせではなく、ディーラーハートとディーラークラブが同じディーラーズであるダイヤとスペードの救難信号を受信した事がきっかけで、こちらから映像回線を繋いで知ったのだった。

 No.0の受けた攻撃は、映像で見ても俺には何が起こったのか理解できなかった。

 ダイヤとスペードの視界で映し出されたのは、見えない槍で次々と刺し潰されてゆくNo.0隊員達の姿。見えざる敵に混乱し、右往左往するも鋼鉄の檻に閉じ込められているかのようにNo.0部隊はある一定の領域から出られない様子だった。

 結界の類なのだろうか。

 外側から内側へ、だんだんと、じわじわと、ゆっくりと、結界が狭まっていく。

 結界の内側には見えない針が並んでいるらしく、狭くなる結界が部隊を押し潰しながら同時に刺し貫いていた。

 映像として映し出されたその凄惨な光景に、俺達No.13は息を呑み、双百合は目を背けた。

 音声が出力されていないのが救いだっただろう。

 透明な殺戮の器が大量の血液で満たされる様は我が部隊の怒りを買った。


 広域空間刺殺攻撃アイアンメイデン


 映像を送っているダイヤとスペードも、逃げられない空間攻撃に半ば諦めていたであろう。

 ところが、壊滅状態に陥り、全滅するかに思われたその時。

 空間刺殺攻撃が突如として解除されたのだ。


 狩魔衆別働隊による救援だった。

 異形なる忍者集団は、No.0全滅寸前のところでアイアンメイデンの術者を攻撃したらしい。


 映像にもだんだんと音声が混じるようになってきたとき――


 俺の腹あたりから、ぼそりと呟く声が聞こえた。



『お……父さん……?』



 準の言葉だった。

 と同時に俺も我に返り、音声通信可能になったのかも確認しないままでディーラーハートを引き寄せ、叫んでいた。


「クロー! クローは無事か!? 応答しろダイヤ! スペード! 損害状況を報告しろ!」


〈……ませ……ん〉


 雑音に混じってダイヤの声が聞こえてくる。


〈……せ……ん……! クロー様の姿は確認できません! 繰り返します、クロー様の姿は確認できません! 被害は甚大! No.0はもはや機能しておりません!〉


 続いてスペード。


〈……ア、アイアンメイデンは確かに狩魔衆が倒した。倒した筈……!〉


 珍しくスペードの動揺した音声。あっちでは一体何が起こっているのか。

 映像ではNo.0部隊の凄惨な死体の山ばかりが映り、いまいち周囲の状況が掴めない。


「ダイヤ、スペード。クローは生きているんだな?」

〈わかりません。しかし死体は見当たりません〉

 そう答えるダイヤ。スペードの返事は無い。

〈スペード、何をしている!?〉

〈狩魔衆が未だ交戦中! な……。アレは一体……!?〉

〈スペード……なんだありゃあ〉


 ノイズの激しい映像に、一瞬だが戦闘風景が見えた。

 紫色の……大柄な奴を相手に、大勢の狩魔衆が襲いかかっているようだ。

 よく見えない。


〈なんで……〉


 ……?


〈紫色の――が――今、狩魔――上――忍を一人殺害しました……〉

〈おいスペードまずいぞこっちに気付いた!〉

〈う――おおおおお〉


 再び激しいノイズで画面が揺れる。

 長距離から攻撃を受けたらしい。


〈――談――冗談じゃない! あれは――だ!〉

〈狩魔衆別働隊、本隊へ向かって退却を開始! このままでは我々もやられるぞダイヤ!〉

〈撤退だスペード! 惨劇様聞こえますか? 貴方がそちらに居るという事は、――は――思われます! 惨劇様!〉

「聞こえているぞ! ディーラーズ!」

〈惨劇様!? 応答を!〉

〈おいダイヤ、紫色が地獄塔へ向かうぞ!〉


 駄目だこちらの音声が途絶えてしまったようだ。 


〈我々二人はこのまま紫色を追跡しつつ、クロー様の探索を行いま――〉


 音声と映像が途絶えた。

 というより、ディーラーズ固有の回線に割り込んできた何者かが、強制的に遮断したのだろう。どんな機器を用いたとしても特殊なディーラーズの回線に割り込むなど容易ではない。

 次に映ったノイズだらけの画面とソイツの声に、俺達は固まり、納得した。



『ウナァ。お邪魔するとかしないとか!』



 チェシャ猫のシュレーディンガーだった。





 ◇ 





『愉しんでるかい? おいらの敵、惨劇のカタストロフ』

「てめえ今何処に居やがる」


『おいらは何処にでも居るんるんっ。今は地獄塔の中を優雅にお散歩中だよ。それでねそれでね、聞いてよ惨劇。魔導高炉付近で面白い場所を見つけたんだー。結界の制御室かなー?』

「そこに居るんだな?」


『もう居ないとか。ウナハハハ! まぁ聞きなよ。そこには家族が居たんだ。地獄三頭の一人インキュバス・バッドドリーム一家がね!』

「インキュバス……」


『夫と妻と……あとちっちゃな娘が一人! お名前は? って訊いたらナイトメアって答えてたよ。おいらがいきなり現れたからすごーくビックリしていたねウナハハハハハ! それから、バッドドリーム夫妻はどうやら地獄塔の防御結界を司っていたらしいね?』

(……ギルスカルヴァライザーからはそう聞いているが)


『でもアイツら防御結界なんて張っていなかったみたいだよ? こりゃおかしいとかおかしくないとか。なんだか魔導高炉制御室に、ある条件で結界が発動するように組まれたシステムがあったかなぁ……。ま、どうでもいいとかよくないとか』

「てめぇなら、その理由くらい容易に解るんじゃねーのか?」


『あ。それはそうなんだけど……。おいらインキュバス一家に挨拶した直後に……』

「?」


『結界制御室ごと爆破しちゃった! ウナハハハハハハハ!!』

「なんだと!? ならインキュバス一家は……!」


『どっかん御愁傷様。なにやら死に際に妙な魔法を使ってたみたいだけど興味ないや。夢なんておいら見たことないしさ』

「家族を……皆殺しにしたってのか……!」


『うん。でさぁ、面白そうだと思わない? おいらの能力でも魔導高炉って場所に直接行く事ができなくてさー。カオスが発生している証拠だね。そんな膨大なエネルギー、おいらは興味津々なわけ。だから君とケリをつけるステージは其処がいいと思うんだ。どうかな?』

「上等だコラァ! てめぇは殺す。殺して殺して殺して殺して、殺し尽くす」


『じゃあ決まりね! アレを求める者は多い。君もせいぜい気をつける事だ。ウナハハ、こりゃあ確率弄らなくても面白そうだ』

「魔導高炉で待って居やがれ……」


『直行してよね! 寄り道する確率はゼロにしとくから。ウナハハ。《案内人》を送っておいたよー』

「案内人?」


『そうそう。ではすぐにご案内ー』





 ◇




 ここからの俺の記憶は少し飛んでいる。

 ぶっちゃけて言えば何が起きたのかわからなかったからだ。


 確かにあのチェシャ猫の言う通り。

 俺達は全員、魔導高炉へ直行した。

 文字通りの最短距離でだ。


 俺はたしか――そうだ、いきなり頭を掴まれた。

 それから地面に叩きつけられて……。


『ギュルルルル……』

 という呻き声だけが聞こえて……。



『アキュムレーター参号解放』






 ◆ ◆ ◆





 これが数刻前の話。

 何が起きたのかは……周囲を見渡せばわかった。

 目の前に魔導高炉。

 そして地上まで繋がっているであろう巨大な穴がぽっかりと。

 つまり謎の襲撃者は俺を襲い、そのまま地下の此処までバカでかい大穴を開け、部隊ごと落としたってことだ。 

 


 その襲撃者の姿を見た俺達は目を疑った。だが瞬間次の瞬間、部下達は硬直現象で動かなくなった。

 双百合とディーラーズは鎧袖一触たる力で吹き飛ばされ、

 この惨劇のカタストロフが襲撃者と対する形となってしまったのだった。



「ガ……ァァァァァァ……!」


 凄まじいパワーで頭を掴まれ、壁という壁へ叩きつけられる。

 それがもう何度続いていることか。

 俺の身体に罅が入るのを、自分自身初めて見た。

 生憎、血は流れないみたいだがな。

 無敵と謳われたこの俺も……所詮はゼブラに造られた人造人間の類に過ぎないってこった。


『ドウシタ最凶! この程度か? お前から無敵を取り上げたらこんなにも脆弱なのか?』


 紫の腕。

 紫の拳。

 それが俺の腹部にめり込んだ。中には準が居る。腹部への攻撃はマズイ。

 めり込んだ腕を掴み、俺は咆哮しながら〈敵〉の顔面に向けて足を振った。

 紫色の――どこかで見たことのあるような……兜が肉体に融合したような頭部。

 それは首から分離して宙へ。俺の蹴りは空振りに終わる。

 そいつの後頭部から溢れるのは銅色の髪だ。


 おいおい。


 なんで俺のそっくりさんが目の前に居るんだっつー話だよ。

 しかも色違い。

 こちらが黒……いや、闇色ならばあちらは紫……毒色だ。

 頭の頂きから爪先まで、どこからどう見ても惨劇のカタストロフ。


『これはお前の特異で得意な回避技術だろう? この程度で驚いてどうする』


 紫色の俺は掌をこちらへ向けてきた。


『プレス・キャノン!』

「プレス・キャノン!」


 相手の放った圧力砲とこちらの放った圧力砲が空中で激突し、周囲の壁ごと爆散した。

 クハハ、色違いにしてもそれは無いだろ。こんな気味の悪い身体を真似て。悪趣味にも程があるぜ。


『こちらからお前の土俵に降りてやったんだ。もっと喜べよ惨劇』

「てめえ……」

『そうだな。折角の身体だ、名前を付けないとな。《残酷のエピオン》というのはどうだ?』


 ――!!


 軽い口調で喋りつつもソイツは身体を分離させて俺の顔面に拳をぶつけてきた。

 残酷のエピオンだと?

 ますますもって趣味が悪い。

 殴られて仰け反った身体をバネに、エピオンの拳を殴り飛ばした。

 相手の片腕がコントロール不能になったところでこちらは両腕を使ってプレスキャノンを連射。

 紫の巨体は軽やかなステップを踏み、バック中やバック転、側宙をまじえながら回避した。

 猫の――欠伸をしたような声が聞こえた。


「てめえの名前はそんなんじゃねぇだろ。〈シュレーディンガー〉」

『……ハハ、ウナハハハハ!』


「いや――」


 俺は色違いの俺に向かって、悲哀や絶望を覆い隠した声色で言った。





「鴉天狗の……クロー!!」




 紫の俺は自分の腕を合体させ、ひゅんひゅんと脚を振り、真空の刃を描きながらそこらじゅうから生えるパイプを飛び移る。

 器用に遥か上まで昇った紫の俺――残酷のエピオンは身体をくの字に曲げた後、思いっきり仰け反らせて、


 笑った。


『ウナハハハ……くふ、くははははは。クハハハハハハハハハ!!』



 それから真空の刃を周囲へ放ち、ざくざくとパイプ類を切断した。

 間違いない。

 こいつは……この紫色の……毒色の俺は……。

 残酷のエピオンは鴉天狗のクローだ。

 No.0が壊滅してから行方不明になっていた男だ。

 その証拠に……貌には見覚えのある鴉面が変形融合した痕跡が見られた。


「クロー。てめえ何してる」

『クハハハ。ウナハハハハ。無駄だよ惨劇。鴉天狗のクローは、御標九朗は、もうおいらのモノさ! 案内役として君達をここまで連れて来てくれた時点で彼の役目は終わり。御標九朗はご覧の通りバケモノになった。おいらの協力の下に。そして……ウナハハ、その身体はたった今、おいらが貰った』


 チェシャ猫……!

 声色は俺のものと同類。変声機を通したような不気味なもの。


『君とおいらは互いに互いを消し合えなかった。だからどちらか片方がもう片方の土俵へ行くしか消し合う方法はない。そしてそれはおいらにしかできなかった』


 ぐいん、とエピオンは首を回し、己の胸に親指を当てる。


『君と……そして今やおいらの身体となっているコレ。無敵の身体と呼ばれるコレ。これがなんなのか知る必要があった。だが君自身はこれがなんなのか知らないし、知っていたところで役に立たない。おいらには〈知る者と一つになる〉必要があった。この身体に使われている物質の事をね。そうさ、この世に不思議や奇跡は存在しない』

「……俺の身体に使われている物質」

『そ。物質さ。特別なナニかでも何でもない。石や金属と同じただの物質だよ。そしてあの時――君と接触したあの時。おいらは君の持つ一番初めの記憶を見た。そこに立っていたのは君と、シマウマの被り物をした女と……鴉天狗のクローだった。ウナハハハ、そしておいらが去った後、君は地獄特殊部隊の男と狩魔衆の少女と戦っていたね。その間においらは鴉天狗のクローと接触していたのさ』


 ベルゼブブ、符抜斎と戦っていた時か。

 クローはその時にはもうチェシャ猫の事を……知っていたというのか……!


『彼は知っていたよ、この物質――運命繋索精製物質のことをね。ゼブラという女から聞いていたようだよ。そして資料にも目を通していた。本来なら、それを知る事が出来れば十分なのだけどね、おいらがその物質を取りに行けばいいだけなんだから。時間なんておいらの力でどうにでもできる。けれど……そうはいかなかった!』


 クローを取り込み、エピオンの姿になったシュレーディンガーは大声で叫んだ。


『この物質は手に入らない。おいらでも手に入れる事ができないものなんだ。だからおいらは記憶と情報を有する者を媒体とする必要があった。鴉天狗のクローという記憶保持者と一つになって擬似的な運命繋索精製物質を造った。それがこの身体……残酷のエピオンだよ!』

「フン」

『無敵の物質と無敵の物質。そこに発生する文字通りの矛盾。故に互いの物質は有敵となるのさ! 無敵の運命繋索精製物質。しかしその特徴にして唯一の弱点は同一存在に対してのみ無力となる事』

「俺を殺す為にそこまでの手間を掛けるとはな。そんなに俺が邪魔か」


 エピオンは大きく首を横へ振った。

『とんでもない!』と大きく腕を振った。


『おいらは嬉しいんだよ! 楽しいんだよ! 生まれて初めて楽しいんだよぉ!! 刺激が欲しかった。おいらは何もかもを可能にできてしまうから。思い通りになってしまうから。でも唯一思い通りにならない事があった。それは〈思い通りにならない奴が欲しい〉という事』

「それが俺か」

『そうだよ惨劇のカタストロフ! 君だ! 君は思い通りにならない。消せない。それはつまり、おいらを殺す事が出来る!』


 おもわずこちらも笑いがこぼれた。


「クフ……てめえにも、闘争本能はあるんだな」

『闘争本能……? そうか、これが……闘争本能! 命と命のやりとりを望み、スリルを求めるこの欲望は……まさしく闘争本能だ!』


 最害たるが故に、本能が偏っている。無限の自由は既存の欲を満たすが、不自由に起因する欲を削除してしまう。

 だから敵というものを望みながら実際に出会ったことのないコイツには、最初から征服欲などが無かった。敵という言葉を放ちつつも、それ以上を知らなかった。敵を見つけてどうしたらいいのか知らなかった。

 だが実際に俺という敵に出会った時、奴の中でとめどない欲が、本能が、目を覚ました。

 敵が居るなら身を守らなければ。倒さなくては。

 恐怖すら俺と出会って初めて知ったのかもしれない。

 なんとも可哀相な……。


『おいらは曖昧を捨てる。捨てたほうが楽しいから! 君はおいらの命を脅かす! 怖い怖い怖いとても怖いよ! でも同時に憎い! 君は倒さなきゃいけない! おいらの命を守るために! いつしか……おいらの土俵に君が立つ事が出来てしまった場合、おいらが不利になるからね。今、君の土俵に立った方が有利だ。この場で君を倒す』

「だが、やり方とタイミングを誤ったな……チェシャ猫ォ」

『なんだと』


「俺と同等の身体を用意する為に行った事。俺の大事な父親を取り込んだのは許せねえ……。惨劇の怒りを買って、生きられると思うんじゃねぇぞ!!」


 地を蹴り、俺もパイプの上に立った。

 相手は身体を分離させ、

 こちらも分離させた。

 黒と紫のパーツが宙を舞い、個々に殴り合いを繰り返す。


『これはクローとの契約の下さ、ウナハハハハ!』

「んなわけあるかぁ!」

『彼はおいらにこう言ったよ。〈俺の大切な人を助けてくれるなら、この身体をくれてやる〉ってね!』

「……あの馬鹿はァ!!」

『おいらも考える時間はあげたんだよ? ウナハハ、優しいでしょ。これも新しい感情。優しさ。君のおかげだね。それでもやっぱり彼はおいらの所へ来たよ。自分の部下は全滅したってのに』


 クロー。

 なんでだよ……クロー。

 その大事な人は、お前の奥さんのことだろ。

 俺や……この世界の連中や……準よりも、奥さんを選んだのか。

 誰の益にもならないからコイツは最害と呼ばれているんだぞ。そんな奴が約束を守ると本気で思ってるのかよ……!


『そしておいらを殺せば、当然クローも死ぬ。よっぽどその人が大事なんだろうね』

「闘争心の芽生えたてめぇは……より危険な存在になった。そう、もはやてめぇは存在している。世界に消されるぞ!」

『なら君を殺した後は……世界を殺す』

「覚悟の上とはさすがだなぁああああああ!!」


 頭部でエピオンの顔に頭突きを見舞った。

 相手は呻き声を漏らして後方へ飛び、全身を合体させる。

 クローごとチェシャ猫を殺さなければ、世界がこいつに消される。

 消えてなくなる。

 準も。


 それだけは駄目だ。俺は準の為に存在するのだから準が死んだら意味がない。



 ……クロー。


 ごめんな。


 お前の大切な人を想う気持ち、俺もよくわかるよ。


 だからこうなること、わかってたんだろ?


 俺は全力でお前を殺すからな。




 ◆ ◆ ◆




――ごうん、ごうん、



 その時は戦いに集中していて気付かなかったが、

 俺は魔導高炉がどういうものか知らなかったし、

 修羅から鬼叉の件を聞くのももっと後だった。


 だから、俺とチェシャ猫が戦っている傍らで魔導高炉が俺達のエネルギーに反応して唸っていたなど……知る由もなかった。

 すでにこの時、最賢の手によって魔導高炉は維持状態を解除され、〈魔力食い〉を始めていたのだ。

 その上、地上から最下層まで開けた大穴の影響で、そびえ立つ地獄塔も倒壊の危機に陥っていた。

 



 ◆ ◆ ◆




【EQUAL―存在の証明―】




 圧力能力を用いた移動、スペースシフトの連続で俺とチェシャ猫は高速でパイプを弾き飛ばしながら移動していた。

 紫の身体、エピオン。それを追いかける黒の身体、カタストロフ。

 残酷のエピオンが振り向きざまに背中の圧力制御孔を三つ開くのが見えた。参号解放だ。

 こちらも合わせて参号解放。


『ウナァアアアアアアアアアアアア!!』

「カァアアアアアアアアアアアア!!」


 互いの掌から放たれた圧力がぶつかり合った。

 さらに接近し、双方、拳を握って構える。


『圧殺鴉闘技、Crush to DEATH!』

「圧殺鴉闘技、Crush to DEATH!」


 俺の拳は奴の顔に。

 奴の拳は俺の顔に。

 互いに首から頭部を分離させ、首から上は遠くまで吹き飛んだ。

 頭が無くなっても俺と惨酷は殴り合う。

 パワーは互角。俺の偽物とはいえ良い出来だ。

 腹に準が居る分、こちらは不利だが相手に悟られるわけにはいかねえ。


 ここで壁に埋められていたディーラーズの二人が回復し、参戦した。


「惨劇様」

「援護します」


 二人は真空の刃で残酷を攻撃。無論、分離して回避されるがこいつらはそんじょそこいらの兵隊とは訳が違う。

 ハートが惨酷の背中を抱え、そのままクラブへ突撃。

 その勢いを利用したクラブが残酷の鳩尾へ膝蹴りを見舞った。

 胸部腹部分離でかわそうとする残酷の身体に、ハートが両拳を上から振りおろして力づくで抑え込み、膝蹴りも見事直撃。


『……こ…の程度……』


 呻く頭無き紫の身体へ容赦ない追撃が続く。

 俺が圧力打撃を腹に打ち込み身体ごと吹き飛ばせば、ディーラーズが背中側から強烈な回し蹴り。

 これだけで大概の奴は死に至るが、こいつは別物。

 俺と同等であろう身体を持った残酷のエピオンだ。


『苦痛も初体験だ』

「――!」


 ハートの顔面にエピオンが前蹴りをぶつけ、そのまま足を分離。

 上から絶大なパワーでハートの顔を踏みつけ、そのままパイプごと地面へ突っ込んだ。


「ぎ……」


 まずい。ディーラーズの本体はその頭部。これを壊されたら死ぬ。

 ビキビキとハートの頭に罅が入っていく。

 構わずハートはエピオンの脚を両腕で掴んで抑えた。


「惨劇様! クラブ! 私に構わず攻撃を続けてください!」

『鬱陶しい……!』

「くっ!」


――ぐしゃり。

 ハートの頭は踏み潰され、身体は動かなくなった。

 だがハートが片足を抑え込んでいたおかげでエピオンの手数が少なく、俺とクラブは猛攻をかけることができた。

 さすがにタフを誇ってもこれは効いただろう。

 気付けば攻撃していた身体は手足を吹き飛ばされ、頭部も無い状態。


『この部下はちょっと厄介だね……でも』


 エピオンはターゲットをクラブに絞り、圧力打撃を仕掛けてくる。

 一発貰ったらクラブといえど粉微塵になってしまう。故にクラブは回避に専念しつつ反撃するという戦闘スタイルに移行した。


「これしき!」

『おいらは〈部下〉と言ったよ。お前だけじゃないよね』

「!?」


 エピオンは俺の打撃で肩を崩されつつ、腕を向けたのは――


 遠くで横たわる双百合やNo.13の部下達の方角だった。

 そして放たれるプレス・キャノン。

 クラブは瞬時に腕を出し、キャノンを受け止めた。右腕を貫通したが軌道が逸れる。

 片腕を失ったクラブ。エピオンはそれが目的だったようだ。

 だが腕を失おうと、クラブの戦闘技術は上等なもの。キャノンを受け止めつつ脚を振っており、真空の十字架を生みだしていたのだ。


「鴉闘技……インフィニティ・エア!」


 十字架を蹴り抜き、決まれば零距離の猛旋風でエピオンは致命的にバランスを崩す。

 しかし……十字架を貫通したのはクラブの足ではない。

 エピオンの拳だった。

 発生した竜巻はクラブを襲う。

 しかもエピオンは貫いた腕を伸ばし、クラブの肩を掴んでいた。零距離で猛旋風を受ける部下を助けようとするも、俺は俺でエピオンの脚や片腕に邪魔されてなかなかクラブへ近付けない。

 その少しの間に……エピオンはクラブの顔に掌を当てた。


『おいらは惨劇と一対一で戦いたいんだよ』


「……む、無念」


 クラブの、首から上が消滅した。

 ディーラーズの二人をこんなにも早く倒す力。俺と同等の身体は惜しげもなくそのパワーを振るっている。

 一旦俺から離れたエピオンは周囲に散らばった己のパーツを集合させ、改めて身体を合体させた。

 がらがらとパイプにぶつかりながら落ちてゆく、クラブの残骸。

 地面に放射状の血痕を残し頭を潰された、ハートの残骸。

 こんな簡単に壊される二人じゃないんだ。そこいらの軍隊が束になってかからないと相手にできない二人なんだぞ。


『……部下……ねぇ。そんなもの要らないと思うんだ』


 目の前でゴキリ、と首を回す紫色の怪人。


『おいらはおいらだけで良い。おいらそのものが軍隊。それで十分だし、それ以上なんてものはない』


 チェシャ猫――エピオンは俺の背後を指差した。

 No.13の部下達が動きを取り戻し、双百合を助け起こしている。


 ……そうか。

 シュレーディンガーは曖昧を捨ててエピオンとなった。

 それは同時に、確率変動の能力すら捨てたということだ。

 だから動きを止められた部下達の束縛も徐々に解除されていたのか。


「確率世界の住人では居られなくなった。そういうことだな」

『うん。君は……それ程に価値のある敵だ。片方がもう片方の領域に踏み込み同等となるには、己というものを捨てなきゃいけない。存在と非存在の曖昧さはもはや無い』

「………」

『おいらは。今。此処に。存在しているんだ!!』

「そいつは思い切った決断だな」

『ウナハハ、まぁ残ったおいらの力でも……このくらいはできる』


 魔導高炉制御室の地面が波打ち、猫耳と尻尾を持った姿が無数に生み出される。

 シュレーディンガーの軍隊か。

 ただし姿は似せても、能力は存在する者と変わりない。

 その証拠に、量産されたチェシャ猫は皆その手にカギヅメを装備していた。


『君とおいらは一対一サシでやり合う。だから君の部下には邪魔させないよ。おいらが無限に生み出す軍隊が相手するから』


 チェシャ猫軍は飛んだり跳ねたり機敏な動きを見せつけながら、一勢に大きな鳴き声をあげた。

 それに対してNo.13の部下達も雄叫びをあげて迎え撃つ。双百合も腹を決めたのか傘を握って唇を結んでいたが、部下に抱えられて前線から離された。


「惨劇の大将!」


 エピオンと睨み合う俺の背に向けられる声。


「そいつがクローの旦那だってことも、チェシャ猫のシュレーディンガーだってことも、聞いていましたぜ! 俺達はあんたの部下だ、あんたがクローの旦那を倒すってんなら、俺達は何も言わねえ!」

「双百合は大丈夫でさぁ! 大将は魔導高炉を守ってくれ!」


 俺が聞こえたのはそこまでだった。

 No.13はチェシャ猫軍と交戦を始めた。

 数に差がありすぎるというのに。相手は無限に出てくるというのに。誰も臆すことなく、中には笑みを浮かべて戦いに臨む者まで居た。

 わからない。

 お前達は此処で全滅するというのに。味方勢力はもう信頼できるものではなくなったというのに!

 クローでさえ!

 クローでさえ俺達を裏切ったというのに!

 どうしてそこまで戦える!



『君は……信頼されているんだよ』


「なに?」


『死神業者は怪しい動きを見せ、狩魔衆も異界政府に裏切られた』


「狩魔衆が……」


『おまけに鴉天狗もこの有様。では君の部下はどうして士気を落とさない? この無数の軍勢を相手にどうして士気を落とすどころか盛んに応戦する? それはね、君だけは信用できると思っているからさ! クローを最も信頼していた君がこうしてクローごとおいらを殺そうとしている。だから君の部下達は君を信じ、クローと対することは今すべきことだと理解したんだ。ゾクゾクするよ君という存在は! 運命に最も嫌われた存在は確固たる意志を以て生きなければ13年も存在できない! クローの意思に頼って生きてきた君が、今は己の意志で行動している! 最凶は13年間生き続けると誰もが信じてやまない! この最害を退けると信じてやまない! 軍力はこちらが圧倒的なのに、アウェーな気分だ』


「答えは……この未来さきに……か。確率変動能力を捨てたお前にもこの先は読めない。最凶か、最害か。どちらがこの世界に残るのか!」


『そうさ! おいらと、君! 互いの運命はここで衝突し、どちらかがリタイアする! この時を待っていた……君を倒し、膨大な魔導高炉のエネルギーを喰らい尽くし……おいらは世界を、最強を倒す! 新世界の最強となるんだあああああああああ!!』


 エピオンの背中。圧力制御孔が開く。

 壱号解放。

 弐号解放。

 参号解放。

 全身が振動し、呼応した広い魔導高炉制御室がぐしゃりと妙な音をたてた。

 紙を握りつぶしたような音。

 エピオンの身体は紫の輝きを放ち、制御孔自体がそれぞれ唸りをあげ始めた。

 肆号解放。

 伍号解放。

 陸号解放。

 漆号解放。

 捌号解放。

 玖号解放。

 拾号解放。


 そうさ、俺と同じ身体なんだから。

 わかっていた。

 俺のアキュムレーターは……無限解放式であると。


「準。ごめんな……」


――お父さんを助ける方法はないの?

 と、腹の中で訴えてくる。

 やっぱり準だけはクローを倒す事に納得していない。

 当然か。自分の……肉親だもんな。

 正直な話、クローを助ける手段は思いつかない。でも今そんな事を言ったらきっと準は俺の腹から飛び出して……エピオンのエネルギーで圧し潰されちまう。

 未来はわからない。

 でも、今、やらなきゃいけないのは、

 エピオンを、

 シュレーディンガーを、

 クローを、

 殺す事なんだ。

 仲間達だってそうあるべきだと思って戦っている。


「大丈夫。俺に策がある。危ないから、絶対に外へは出るなよ」

――わかった!


 だから俺は準に嘘を吐いた。

 策なんてない。

 準を愛しているから、準の命を守るための……嘘だ。

 此処で終わらせたりなんてするもんか。

 準は俺と違ってもっともっとたくさん生きるんだからよ!


『ウナァァ……拾号解放だよ惨劇。このまま世界が崩壊しても、それはそれで愉快じゃないか。そう思わないかい? 思わないか。君はどうにもこの世界に未練があるみたいだからね』

「未練? 違うね。これは期待だ。この世界は嫌いだ。けど大事な奴がこの世界で生きている以上、期待せざるを得ない。だから俺は、この大嫌いで居心地の悪い世界に13年、茫洋たる未来に賭けてみる事にしたのさ」

『そんなことせずとも、おいらが全て教えてあげるよ。君がこれから出会うもの。君を踏破するに足り得る力。おいらがその全てを請け負い、君にぶつけてあげる』


 エピオンの身体から青白い電流が迸る。

 エピオンの身体から紫の重力波が溢れ出す。

 エピオンの身体を激しい風が包み込む。

 エピオンの身体から生まれた闇が俺ごと覆ってゆく。

 エピオンの身体に満ち満ちてゆくは魔力。

 その全てを凌駕するほどの圧力。


『力は全部、おいらのものだ。おいら自信が、君の未来を阻むに足る力だ。おいらがその結晶だ。全部まとめたネガティブな未来。ウナハハハ、君が生きようと望めば望むほどにおいらの力は増す。だっておいらは〈最害〉だもの!』

「簡単じゃねえか。つまり、てめぇをぶち殺せば、俺の未来は安泰ってことだろ。てめぇ自信が俺のネガティブな未来の結晶だと言うのなら、それすらも破砕して13年を全うする証明とする」

『意気込みは賞賛するよ。でも未来ってのは〈残酷〉なんだ。だから君は諦めておいらに未来を譲るしかない。おいらこそ〈エピオン(次)〉を担うにふさわしい者なんだ。君は残酷の前に惨劇たる最期を遂げ……再び〈カタストロフ(崩壊)〉の一途を辿るんだ! ウナハハハハハハハハ! 超電磁誘導!』


 目視出来ない速さでエピオンは視界から消えた。

 圧力と重力、魔力に限らず磁力まで。こいつは世界に存在するありとあらゆる力を味方に付けていた。そりゃあそうだろう。世界は俺の敵なのだから。誰の益にもならない最害が最凶の敵となったなら、最害は世界を味方に付けることが可能ってことだ。

 確率変動能力を捨てようが最害の称号保有者には変わりねぇってことかい。

 俺と同等の身体を手に入れて互角。

 世界を味方に付けて上回り。

 融合したクローの身体を盾に使おうとした。

 俺の進む未来。そこに発生する障害。それを一纏めにしたコイツはまさしく俺にとって害の極み。さすがさすが。


 と、言いたいところだが。


『――!』


 殴り掛かろうとしたエピオンの拳を掴み、力づくでその動きを止める。

 音速並で移動していた身体をピタリと止められたエピオンの紫の腕は不自然な方向に曲がっていた。

 それを無言で元の形に戻し――奴は嗤う。


『ウナハハ、やっぱり……』

「クハハ」

『やっぱり君は底知れない……!』


 そう。

 拾号解放したエピオンの目の前で、

 俺は拾参号まで圧力制御孔を解放していた。

 ふん、偽物の身体じゃこの領域に及ぶことはできねえだろ。


『おいらは君を乗り越える! ウナハハハハハハ!! 大好きだ! 君が大好きだ惨劇のカタストロフ! 愛しているよ! おいらに〈未来〉を与えてくれる君を、おいらは愛している! この想いを全力で受けて……死んで欲しいなああああああああああああ!!!!!!』


「そりゃ無理な求愛だぜ! クハハハハハハハハ!! 俺……いや! 私には! 他に好きな人が居るからな! てめえの愛を受け入れられるわけがない! 私の想いは全力でその人に向けられているのだから! 今までも! これからも! 私に〈未来〉を与えてくれた彼を守るために私はお前を殺すんだよ! 必要とあらば世界だって殺せる! 常に私は彼と共に……いっしょに居る! お前なんか眼中にねえんだよコラアアアアアアアア!!!!!!」


『おいらは君を幻葬する!』


「私はてめえを圧殺する!」




 ◆ ◆ ◆




――未来の具現。

――障害の具現。

――世界の具現。


 曖昧も半端も打ち捨てて、

 猫は身体も打ち捨てて、

 ただ一人の敵を、

 無意識に待ち望んだ初めての敵を、

 最害の名の下に、

 存在を証明すべく、

 討ち果たさん。



――敵は己の未来。

――敵は己の障害。

――敵は己の世界。


 父親と娘の絆を断ち切って、

 不安と迷いを断ち切って、

 ただ一人の敵を、

 未来に訪れる障害を具現化した敵を、

 最凶の名の下に、

 存在を証明すべく、

 討ち果たさん。



 生きる為。存在意義を守る為。

 互いは出会うべくして出会い、そして勝ち残らなければならない運命を背負った哀しき存在。

 そう。これもやはり運命の成した業。

 滑稽な事に……

 運命操作を誇ったチェシャ猫のシュレーディンガーは目覚めた本能によって能力を取り上げられ、

 運命に嫌われた惨劇のカタストロフは当然の如く無敵を取り上げられ、

 結局、運命の掌の上で平等に立たされた。


 戦争の裏に隠れ、歴史にも記されぬ最害と最凶による生存競争。


 今、決着の時。




 ◆ ◆ ◆



【残酷のエピオンvs惨劇のカタストロフ】へ続く。


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