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第5話 noisy spa

【preparation of banquet】


 そこは草原。

 海を見渡すことのできる青々とした、草原。

 潮の香りに葉の香り。空と大地とそして海。世界の代名詞たる三つの存在が一同に会す場所。

 難しく考えずとも、ここは世界の縮小空間。


 緑在り、

 風在り、

 波在り、

 生き物在り、

 息吹在り、

 光在り、

 影在り、

 香り在り、

 音在り。


 文明無き世界の本来の姿がここに凝縮されている。


 海からの風に、草花は頭を倒しては起こす。

 ただ、そればかりを繰り返す。

 異界とはいえ、海もあれば山もあり、花も咲けば昆虫も生きる。

 現世との違いは、そこに魔が存在するか否かということくらいである。


 この違いが大きいのだが。


「見てよお母さん! きれいー!」


 一人の少女が緑青の中に飛び込んだ。

 魔族の娘だ。耳が若干尖っている以外は、人間と大差のない子供。

 縁の広い麦わら帽を被り、草原を駆け回っている。それを遠くから見守る母親もまた、魔族。

 人間と変わらぬ笑顔。

 母親の顔。

 この二人もまた生き物であるが故、世界が両手で抱き迎え入れる、在るべき存在。


「あまりはしゃぐと転ぶわよ」


「大丈夫!」


 少女は花の香りを嗅ぎ、膝まで伸びた草を足でかき分け、力いっぱい自然と戯れていた。

 そう。今だけは、この草原は文明から隔離されているのだ。

 それは少女を無意識のうちに安心させていた。


 その突風が吹くまでは。


「は……!」


 遠い空。海と反対側から風に運ばれてくる文明の音。

 音を聞いた母親は、急いで草原の中へ、娘の方へと走った。


「お母さん、なにか聞こえるよー!」

「崖の方へ行ってはダメ!」


 娘に追いついた母親は、娘を抱き上げると早足で崖から離れようとする。


「耳を塞いで」

「う、うん」


 突風はさらに強くなった。

 同時に、凄まじい高音が草原に轟く。

 草花は一斉にひれ伏した。


 それはジェットエンジンの音だった。

 一つではない。

 いくつも重なって不協和音の嵐が草原を包み込む。

 音のあまりの大きさに、母親の腕の中に居た少女は顔をしかめた。


 草原が一瞬暗くなる。

 大きな何かが、上空を通過したのだ。


「機動歩兵……」


 母親は呟く。

 視線の先には、上空を通過した人型の機械が海の上を爆音と共に飛んでいる。

 太陽――と、異界でも呼んでいる――の光を反射したシルバーの装甲が、煌びやかに輝いていた。


――機動歩兵。


 それは破壊業者と呼ばれる勢力の所有する、兵器である。

 機械工学と魔導の融合を実現させ、技術の粋を結集したものだ。

 この大型兵器を駆る破壊業者の実働部隊を、機動歩兵隊と呼ぶ。


「あっ!」


 連続する突風に、少女の被っていた帽子がついに海の方へ飛ばされてしまった。

 ジェットエンジンによって巻き起こった強烈な気流によって、帽子は高く高く空へ舞い上がり、小さくなってしまった。


「私の帽子……」

「諦めなさい」


 哀しげな表情で、大切な帽子をただ見つめ続ける少女。


 その視線の中に――先ほどの機動歩兵と呼ばれるロボットが飛び込んだ。

 いや、少女がまばたきをした時、既にそれは視界に侵入していたのだ。

 飛び去って行った他の機体とは、色も形も異なった機動歩兵。


 赤色のカラーリングが施されたロボットが、草原の真上から降りてくる。

 少女を抱えた母親は慌ててその場から離れ、赤い機体を警戒する。


「あ……私の帽子だ」


 大きな鋼鉄の指が優しくつまんでいたのは、少女の帽子だった。

 ゆっくりと脚元に帽子を置き、赤い機体はジャンプして崖から海へと飛び降りた。

 一度草原の上から見えなくなるも、次の瞬間、轟音と共に浮き上がり、そのまま銀色の機体達を追うように海の上を飛び去って行ったのだった。


「私の帽子ー!」


 少女は満面の笑みで草原の上にぽつりと置かれた帽子に駆け寄り、両腕で抱き締めた。

 母親も目の前で起こった事に驚きを隠せないのか、茫然と娘のはしゃぐ様子を見つめていた。


「……赤い起動歩兵。あれが、最終戦争ラグナロクで活躍した機体……カデンツァ。本物なの?」


 文明の生み出せし兵器の駆け抜けた草原には、再び自然の風が、優しく吹き込んでいた。


 ◇


 赤い機体。その操縦席に座った女は、小さなため息を吐いた。

 息によって赤いヘルメットの、遮光性のフェイスガードが曇る。


「低空で飛行しすぎた。これでは公害だ」


 螺旋回転を加えつつ、赤の機械は先行していた銀色の機体達に追いつく。

 その数、五。

 それらに近づくなり、女は通信の回線を開いた。


「こちら一番機。お前達!」


 叫んだ途端、赤い機体の下を飛んでいた五機がほぼ同時にぐらついた。

 動揺したのだろう。

 それもその筈。

 彼等はもう幾度となく彼女に怒鳴られる日々を送っているのだから。


「低空で飛ぶのは危険だという判断ができなかったのか!」


『こ、こちら三番機。すみませんイーグル教官』

『四番機。この機体は重装備なので、高高度飛行は負担が……』


 申し訳なさそうな、低く小さい声が雑音をまじえて女の耳に届く。

 彼女は眉一つ動かさずにいた。


「任務中は隊長と呼べ三番機。それから四番機、お前達の機体、ヘヴィゾンはその重装備に合わせて出力を上げてある筈だ。言い訳にはならん。新鋭機に慣れていないと正直に報告しなさい」


『はい』

『はい』


『こちら二番機。ところで隊長、今日の任務で退治した魔獣の件なのですが……』


「ん、どうした」


『数が多すぎます。特に大型のサラマンダーが群れをなしているなど、滅多にありません』


「確かにな。魔獣は敏感に魔導の流れを読む」


『危機感を抱いているということでしょうか?』


「……こんな風に群れを成したのを、過去に一度だけ見たことがある」


『……その後に、何が起こったのですか』


 機動歩兵隊全員が、イーグルの言葉に耳を傾けていた。


「最終戦争、ラグナロクだ」


 予想はしていた。とでも言いたかったのだろうか。訓練生たちは一同に大きな溜息を吐き、予想が当たったことでひどく精神に負荷がかかった。


『だー! マジかよー!』

『何故……。二度と起こらない保証があるからこそ最終戦争だったのでしょう!』


「落ち着け五番機、六番機。戦争が起こるとは言っていない。だが、サラマンダーの大型が群れをなさねば生き抜けないと判断したのは事実だ。我々にも大きな任務が下るかもしれん」


 ヘヴィゾンという機体が、五機とも頭を抱える動作をした。


『もうすぐで卒業だというのに……』

『訓練生のまま大きな任務ですか』


 どうにもこの者達は、訓練生パイロットという肩書きで任務に参加するのは気が引けるらしい。

 今までも幾度か、訓練生という肩書きの所為で依頼主に苦い顔をされてきたからである。

 その様子に、おもわずイーグルは肩を震わせて笑った。


「安心しろ。お前達はこのイーグル・ジョーカーが育て上げたパイロット。第一線の機動歩兵隊に匹敵する実力はもう持っているはずだ」


『そういう問題ではなくてですねー』


 ふてくされたセリフを残し、訓練生たちはもう誰も何も言わなかった。

 言ったところでこの鈍感教官には通じないと、満場一致で同じ判断を下したから。

 そんな中、一人の訓練生が何かを思い出したように口を開いた。


『あ……ところで隊長、卒業式で歌をうたってくださるというのは、本当ですか?』


 予想外の反撃にイーグルの額に汗が浮かんだ。

 頭の中に響く言葉はただ一つ。


(コノヤロー)


 勢いに乗った他の訓練生も加わってくる。


『アハハ、そうなんですか隊長!?』

『惚れますよ俺!』


「………」


 イーグルは黙って通信を切断。

 そのまま、高速で先へと飛んで行ってしまった。


 ようするに……逃げた。


『うあー! あの鬼教官、通信切りやがった!』

『つーか速ぇよ!』

『カデンツァの速さは異常だ』

『こちら一番機。閃光砲をチャージ……』

『殺されるぞ一番機』


 機動歩兵隊は海の上を飛んでゆく。

 彼らが駆逐した敵は数知れず。

 卒業を目前に控えたこの訓練生達もまた、誰も予想だにしていない戦いへと巻き込まれる。


――開宴は、まだ先か。



 ◆ ◆ ◆



【地獄旅館、八大地獄温泉】



「風呂風呂フッフゥッ!」


 にぎぎ……っ。暢気に歌ってる場合かよ閻魔さん……!


「お風呂フッフゥッ!」

「あらあらフッフゥッ!」


 死神と彩花さんも……!

 もういいや。あの三人は放っておこう。


 さてここは地獄旅館の名物、八大地獄温泉。

 八人の餓鬼が温泉長をしていて、以前なかなか嫌な事態に巻き込まれた場所でもある。

 まあ、なんだかんだで餓鬼達はオレに対して攻撃的にはならなくなったのだが。

 そもそもどうして温泉に入ろうなどと、閻魔さんが言いだしたのかを思い出して欲しい。

 そう。思い出しただろう?


 ……暗視ゴーグルじゃない。


 冬音さんとナイトメアだよ。

 あの二人が地獄温泉でトラブルに遭っていると、エリート餓鬼から報告があった。

 だから、本来はトラブル解決が目的でここに来たのだ。


 なのに閻魔さんと死神と彩花さんは……。


「フハハ、さーて行くかー」

「閻魔さん、そこ女湯だぜー!」

「あらあら」


 完全に温泉を満喫しにきた、という顔で先に行ってしまう。


 ……うお!

 身体が引っ張られる。

 いかん、気が逸れた!

 慌てて腕に力を加える。


餓鬼A:『さ、里原の兄貴…! 助けて……!』


「わ、わかってる……!」


餓鬼B:『夜叉様! 頑張ってくれ!』


「い、一体何をしでかしたんです……!」


 夜叉さんも必死だ。


餓鬼C:『バンプ、大丈夫かよ!』


「うん……!」


 オレはバンプと夜叉さんと三人で――冬音さんにしがみついていた。

 餓鬼も三人ほど加勢に加わり、更にはナイトメアまで必死に冬音さんを引きとめている。


「ふ、冬音さん落ち着いてくださいぃ〜」


 目を鬼のように輝かせている冬音さんは、一人の餓鬼に飛びかかろうとしているのだ。

 それを、合計七人で腰にしがみついて引きとめている状況。


「てめえ温泉にコーヒー牛乳が無いとはどういうことだコラァ!」


餓鬼D:『お、置いてねえもんは置いてねえんだよ!』


「あと料金値上げしてんじゃねえよ!」


餓鬼D:『仕方ねえだろ! てめえが以前、設備を破壊したから――』


「私の所為だってのかぁ!?」


餓鬼D:『おもいっきりてめえのせいだよ!』


「言ったなコラァ!」


 ちょちょちょ、七人が引きずられるって、どんなパワーだよ!

 ナイトメアとバンプは、もはや涙目で引きずられていた。


「やめてください冬音さーん」

「やめてよー冬音さーん」


 他の餓鬼の話では、おそらくコーヒー牛乳がないから怒っているのではないだろうと言っていた。

 冬音さんが餓鬼Dに飲み物があるか訊いたところ、対応が悪かったのだという。

 そりゃあ一回ひどいめに遭っているからな……。

 どっちもどっちだ。


「冬音さんー駄目ですー、みんなでお風呂に入りましょうー」


 ナイトメアの必死の説得。

 その言葉に、ピタリと冬音さんが固まった。


「え? 準が私と風呂に入りたい?」


 違ぇよコラ。



 ◇ ◇ ◇



 なにはともあれ、場は治まった。

 オレもまだ地獄温泉には入ったことがなかったので、この機会に一度経験しとくのもいいと思う。

 八大と名が付くだけあり、八種類の温泉が備わっていた。

 温泉長達がそれぞれの効能について説明してくれたので参考にしようと思ったのだが、ほとんどの連中が肌にツヤが出る効能と聞いた途端にそちらへ突撃してしまい、オレも引きずられるように第二地獄温泉へと向かったのだった。

 普段はガラの悪い温泉長餓鬼も、効能の説明をする時はとても一生懸命かつ活き活きとしていて、楽しそうだった。


「そういえば僕、準くんとお風呂入るの久しぶりだね!」


 脱衣所で脱ぎかけの服に絡まってもごもごしながら、バンプはそんな事を言った。


「つーかあんまりこういう機会はないからな……っと」


 スポン、とバンプから上着を引き抜く。

 何故かハイテンションの閻魔さんが、オレとバンプと夜叉さんにタオルを投げてよこした。


「うし、行くかバンプ」

「うん」


 ところで、夜叉さんはどうして仮面を付けたままなのだろうか。

 オレと同じように夜叉さんの仮面に気付いた閻魔さんが近づいていく。


 あ、仮面が閻魔さんに取られた。


 あ、仮面が閻魔さんに放り投げられた。


 あ、閻魔さんが夜叉さんに放り投げられた。


 ……やるな夜叉さん。


 ◇


――かぽーん。


 あ、今のかぽーんってのは女湯の方から聞こえてきたかぽーんです。

 音だけで予想できるが、ほぼ間違いなく死神とナイトメアが風呂桶の投げ合いをしているだろう。


――すてーん!


 あ、どっちかが転んだ。


――すてーん!


 もう一人も転んだ。


「あいつら、どこ行っても楽しそうだなオイ」


 髪を洗いながら溜息を吐く。

 隣のバンプも笑っていた。

 以前コイツと風呂に入ったのは……ああ、ちょうど一年前くらいになるか。

 雨の日、てるてるバンプとかいう謎の儀式を彩花さんにやらされ、水浸しになってたから風呂に入れてやったんだ。


「アメリカ支部はどうだった? バンプ」


 オレが話しかけると、バンプは目を閉じたままこっちを向いた。

 洗ってる途中だったか。すまん。


「ん? アメリカ支部ー? 楽しかったよ。デーモンさんにたくさんお世話になっちゃった」


「そうか。あの魔王は優しそうだな」


「へへへ、うん。でも、昔に比べると、ちょっと厳しくなったかも」


「ほう」


「でもそれって、僕が成長しているってことを認めてくれてる証拠だよね」


「ああ、その通りだ」


 この吸血鬼は成長した。

 はたから見ればどう変わったかわからんかもしれん。

 が、男児三日会わざれば活目して……ってやつだ。

 料理だけじゃない。コイツは半年で、オレも知らない場所でたくさんの経験を積んだ筈だ。


「ところで準くん、やっぱり三笠くん達は……」


「おう。進学した」


「そっかぁ。美香ちゃんも、由良ちゃんも、街から離れちゃったんだね」


「しけた顔すんなって、アイツらもたまに戻ってくる。世の中出会いばっかじゃないってこった」


「うん。で、準くんと冬音さんは今何をやってるの?」


 おお……。

 やはりその質問に発展するか。


「最初、冬音さんは今まで通りバイト、オレも工場で働いてたんだ」


「工場!?」


「おうよ。で、二ヶ月くらい経った頃かな。仕事にも慣れ始めたって時に、地獄からスカウトが来たってわけ」


 そう。話が来た時はオレも驚いた。

 仕事内容はシンプルなもので、地獄旅館の治安課で働いて欲しいというものだった。

 冬音さんとオレは少し考えたのだが、ナイトメアと死神のプッシュによって頷いたのだった。


「へぇ、準くんも大変だったんだね」


「工場は大変だったぞ。でもまあ、帰ったら死神が飯作っててくれたりで割と助かってたがな」


「おーロシュすごーい! で、そっちの方はどうなの?」


 ……どっちの方だ。

 オレと死神のことか。

 こ、この吸血鬼、話の繋ぎ方がうまくなっていやがる。

 しらばっくれても無駄な気がする。


「聞いて驚くなよバンプ」

「う、うん」


「ヤバいくらいラブラブで、一度オレの部屋が溶けた」


 凄い嘘をついてみた。

 彩花さんには悪いが、オレもこういう時には嘘を吐いて逃げる。


「スッゲエエエエエエ!」


 スッゲエ引っかかった。


「ととととと、溶けたの!? って熱っ!」


 見事にひっかかってくれた少年は、熱湯を出してパニックに陥っている。

 と、ここでオレの正面にある鏡張りの壁、その向こう側から呼ばれた。

 あちら側は女湯となっている。


「おーい準くーん!」


 死神の声だ。

 その声にビクリと反応したバンプが、慌てて大声を出す。


「駄目だよロシュー! 壁が溶けちゃうよー!」


 うむ、リアクションは良好。

 この辺が成長していないのは良いことだ。オレにとって。


「何言ってんのバンプ? ねー準くん! こっちの石鹸なくなっちゃったよー!」


 ああ、石鹸がないのか。

 オレは目の前にあった石鹸を手に取る。

 壁は天井から隙間があるので、そこから投げて欲しいのだろう。


「投げるぞ死神ー!」


「うん、お願ーい!」


 よっ。


 オレは手に持った石鹸を、女湯の方に放り投げた。

 今日は客がオレ達以外にいないので大丈夫だが、他の利用客の迷惑になる場合もあるので、気を付けような。


「……息ピッタリだね。お二人さん」


 こいつ……彩花さんの二代目に成りつつあるというのか……!



 ◇ ◇ ◇



「おっとっとぉー」


 準くんがこっちに投げた石鹸を、パシッと受け取る。

 ナイスキャッチ私。


「ありがとねー!」


「おー」


 相変わらず気のない返事。準くんらしい返事。

 受け取った石鹸で身体を洗い終えた私は、いざ立ち上がる!


 向かうは湯船!


「わはは、一番乗りはもらったぞ死神よ!」


 私より先に駆けだしたのは……冬音姉さん。

 あの爆乳めぇぇぇ。

 一番は私だぜー!


――すてーん!

――すてーん!


「ふぎゃ!」

「ふぎゃ!」


 私と冬音さんは見事に転倒。

 痛いよー。

 そんな私たちを、鼻歌まじりに追い越していく姿があった。


「あらあら、お先に」


 彩花さん……!

 第二の爆乳めぇぇぇ。


「大丈夫? ロシュ、冬音さん」


 更に苦笑いで追い越していくメア。

 ちくしょー。


 結局、私と冬音姉さんは最後だった。

 地獄温泉って、身近だったから入ったこと無かったんだよねー。

 タオルを頭の上に乗せて、みんな湯船に浸かったままそれぞれ自分の世界に入り込んでいた。


「ふう。ヴァルちゃんも入っていけばよかったのにね」


 彩花さんが目を閉じたまま呟く。

 しょうがないよ、ヴァルさんは忙しい人なんだもん。

 バンプに会えて嬉しそうだったから、それだけで満足だったと思うよ。


「ほれメアー、ちゃんと肩まで浸からないと風邪ひくぞー」

「はーい」


 そういえばあの二人は凄く仲がいいね。

 と、一通りみんなの様子を眺め終えた私も、湯船にどっぷりと浸かって目を閉じる。


 ふいー。気持ちいいー。


 のんびりと、静かな時間が漂う。


 ………。


 ………。


 けれどそれは長く続かず、男湯の方から、突然大きな悲鳴が轟いた。



『キャァアアアアア!』


『うおおおおお! 白狐さん何やってんですかぁ!』


『まさかの展開だよー!』


『白狐殿、いくらなんでも刺激が強すぎますぞ』


『フハハハハ』


『イヤァァァァァァ!』


――ガラガラッ、ピシャン!



 ………。


 白狐さん……。


 男湯と女湯を間違えたよね、絶対。

 そして、女湯の方には――


『ふんふふん』


 脱衣所の方から男の人の鼻歌。

 全員が入口の方に顔を向けていた。



――ガラガラッ!


「いやー参ったぜ閻魔、また白狐にイタズラがばれちまってよー」



 ケラケラと爆笑しながら、なんとカブキさんが入ってきた。

 私はあんぐりと口を開いたまま。

 メアは顔を真っ赤にして言葉を失っている。

 何故か冬音姉さんと彩花さんは笑っていた。

 この二人は凄い。


 で、男湯と間違えて女湯に入って来てしまったカブキさんはというと……。


「でさ、やっぱ着物にイタズラするのはマズイと思うわけ。アイツの怒り方ハンパねーからよー。こりゃあ俺もさすがに学習したぜ。アッハハハハ! あと間違えましたー」


――ガラガラ、ピシャン。


 ………。


 ………。


 ス、スゲーあのお兄さん!

 華麗に引き返しちゃったよ。

 ゴーイングマイウェイって、ああいう人の事を言うのかな。

 

 さすがに今のは冬音姉さんも彩花さんも驚き、カブキさんをイジる間も与えてもらえなかった為なのか、ちょっと悔しそうな顔をしてた。


 それから少し経った後。

 ものすごく肩を落とした女性が、女湯に入ってきた。


――ガラガラ……。


「うう……」


 狐のお面を付けたままの白狐さんだった。

 彼女はそのまま低いテンションで仮面を外し、身体を洗う。

 そして何故かまた仮面を付け、湯船に浸かった。


 私たちに向かって放った第一声は……。


「お嫁に行けない……」


 うわあ……。

 ショック大きそうだぁ……。


「わはは! 羨ましい狐の姉さんだ!」

「リアクションが可愛いわね、白狐ちゃんは」


 冬音姉さんと彩花さんの攻撃。


「ぐすっ」


 白狐さんに大ダメージ。


 そこで、メアを連れた冬音さんがイタズラっぽい顔で、私と彩花さん、そして白狐さんの方に寄って来た。

 これはなにか悪いことを考えている顔だぜー。

 わくわくするぜー。


「なあなあ須藤、こういう温泉に来たら、ベタな展開が欲しくないか?」


「どういうことかしら、佐久間さん」


「ふふん。女湯から聞こえてくる、互いのBodyを褒め合ったりする声を聞いた男が、覗きに来るって展開だ!」


 この姉さんスゲー!


「まあ私としてもメアの成長っぷりを確認する機会ができるわけだ。わはは!」

「嫌ですー!」


 メア、逃走。

 彩花さんは、しばらく人差し指を唇に当てて考えた後、すごく怖い笑顔で私と白狐さんの方を向いた。

 こ、これは嫌な予感だぜー。


「うん、里原君が覗きをするのも見てみたいわね。あと白狐ちゃんと死神ちゃんの成長ぶりも」


「………っ!」

「………っ!」


 私と白狐さんも、逃走。

 ふとメア達の方に顔を向けてみる。


 ………。


「おー! いいねーメア!」

「嫌ー!」


 メアは捕まっていた。

 その姿を見てしまったことで私と白狐さんの恐怖は増大。

 後ろから追ってくる彩花さんの姿によってさらに増大。


「つ、捕まるわけにはいかないわよ、ロシュ」

「うん!」


 白狐さんはタオルを華麗に振って、円陣を描く。

 こ、このお姉さん本気だ……。


「媒体分身!」


 白狐さんは……五人に分身した。

 五人で彩花さんを取り囲み、撹乱する作戦だぜー!

 私はこの隙に逃げるぜー!


『さあ須藤さん、これで私を捕えることはできないわ』×5


「あら……えっと……」


 彩花さんは困ったように笑う。

 五人の白狐さんは、少し首を傾げた。


「えっとね……白狐ちゃん」


『?』×5


「裸の白狐ちゃん五人に囲まれたら、さすがに私も恥ずかしいわよ」


『………』×5


 五人の白狐さんが、それぞれ自分の身体を見下ろす。

 媒体を使っての分身だから、当然なにかを媒体にしなきゃいけないの。

 で、白狐さんが使った媒体ってゆーのが……。


 自分のタオル。


『イヤァァァァァァ!』×5


 白狐さん……自爆!


 騒がしい女湯の状況に気付いたのか、男湯の方から閻魔さんの声が響いて来た。


『フハハ、おいお前ら床で滑ってコケるなよー。あとメア居るかー?』


「はーい、居ますよ閻魔さーん」


『おう、居たな。あんまり長湯するなよー。お前はすぐぶっ倒れちまうからよー』


「了解ですー!」


 一旦落ち着いたみんなは、再び湯船に戻っていく。

 その時だった。

 男湯の方から、なにやら会話する声が聞こえてきた。


『うわー、準くんさすがー!』

『バンプも成長すればこのくらいは行くぜ?』


 ………こ、これはまさか……!


『やりますな里原殿。では某のも……』

『うおー夜叉さんスゲー!』

『さすがだよー』


 ここで冬音姉さんとメアに異常が発生。


「ぶふぁ……!」

「ぶふぁ…です……!」


 ぼたぼたと、床に鼻血をこぼしていた。


『フハハハハ! お前ら支部長の俺様を忘れんじゃねえ!』

『レベル高ぇー!』

『レベル高ぇー!』

『やりますな閻魔殿ー!』


 ああ、私も駄目だぜー……。


「あらあら、バンプったら」

「須藤さん……鼻血垂れてるわよ」


 そしてバンプの一言。


『僕も腹筋を鍛えなきゃ!』


 ………。


「………。(わはは。あ、腹筋ね by冬音)」

「………。(ふ、腹筋でした byメア)」

「………。(あらあら、腹筋だったのね by彩花)」

「………。(わ、私は気づいていたわ by白狐)」


 ………腹筋。

 あ、腹筋の話だったのかー。


「アハハハハ、なんだ腹筋かー! 私はてっきり――」


「言うな死神!」

「言うんじゃねえロシュ!」

「あらあら」

「駄目よロシュ」 


 ええー!?


この度、何を思い立ってかブログを立ち上げました。

※作者紹介ページより移動できます。 宜しければ覗いてみてください。http://sousaku227.blog10.fc2.com/

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