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†裏章 7

 ぎゅううううううう!  ぎゅううううううう!

 ぎゅううううううう!

 ぎゅううううううう!

 ぎゅううううううう!

 ぎゅううううううう!


 ぎゅぎゅぎゅぎゅううううううう!!



 なんということだ。

 この惨劇のカタストロフとしたことが、部下達の前でなんという姿を晒しているのだ。

 部下達の俺を見るその目は、まるで俺が大切な人形を大事そうに抱えている少女であるかのような。

 なんか知らんが微笑ましい視線を送られている。

 だが俺が抱えているのは人形なんかじゃない。

 もっともっと尊い、人形よりも脆いものだ。


 御標 準。


 もうコイツが愛しくて愛しくてたまらねえ。

10歳という小柄な身体。

 俺が抱き締めれば全身を包み込んでしまう。

 クローと同じ黒い髪。

 父親の目はこれでもかってくらい鋭く尖っていたが、この子は少し柔らかい。

 きっとクローの奥さんは優しい目をしていたんだろうな。だって準のこんな愛らしい瞳は絶対にクローから譲り受けたものじゃねえ。むしろ瞳に鋭さを持ったクローの遺伝子が濁らせたと言ってもいいだろう。

 ああもうたまらねえ。

 感触がわからない無敵の身体をこれほど憎んだことはねえ。


 準の髪の香りを堪能しつつ恍惚に浸っていると、隣から野暮な声が俺と準の空間に侵入してきやがった。


「おい惨劇」

「あぁ? 邪魔すんじゃねぇよクロー」


 一気に殺気を帯びて返事をした俺に、クローは一歩引きながら苦笑した。


「いや、な? 準の世話を頼むとは言ったが……そこまでくっついてろとは……」

「文句あんのか」

「ん……と、な? 文句っつーか」

「あぁ?」


 クローは鴉面に手を当て、コホンと一度咳をした。

 それから息を大きく吸うと――


「今は戦闘中なんですけどねぇ惨劇の大将コラァ!!」


 ………。


 近くに居た双百合が目をくらくらさせながら耳に手を当てていた。

 凄まじい音量だったようだ。

 無論、準の鼓膜は俺がちゃんと守っていたけどな。


「まぁ、見りゃわかるよ」


 周囲は爆音と喧騒で埋め尽くされていた。

 そう、今は戦闘中なのだった。


 俺達の移動手段は、短距離の亜空間跳躍。つまりショートワープ。ゼブラの残した亜空間跳躍技術を勝手に利用させてもらった。本社の亜空間跳躍装置で一気に地獄へ飛ぶという選択をしなかったのにはちゃんとした理由がある。らしい。

 クローが言うには〈長距離の亜空間跳躍を行うとそれに比例して大きな空間の歪みが発生する。歪んだ空間は不安定で、それを利用して自分達とは別の連中が空間介入してくる可能性がある〉ということだそうだ。

 そもそも空間跳躍を技術的に用いる事が出来るのはゼブラだけだったわけで、他に介入してくる連中なんて居ないだろうと俺は言ったのだが、クローは居ると言った。

 クローはゼブラをよく知っている。亜空間の技術は彼女が発明したものではないと言った。つまり彼女はどこかから技術を持ちだして来たということらしい。

 しかしこの世界にゼブラを超える科学者は存在しない。だとすると……彼女は一体何処から技術を持ちだしてきたのだろうか。彼女は一体何処からやって来たのだろうか。

 別の……世界?

 あり得る話だ。クローだって御標九朗として生きていた別の世界からやって来たわけだし。〈ゼブラ・ジョーカー〉という名の女が別の世界では違う名前で生きていたという可能性は否定できない。というかそう仮定すれば色々としっくりする。

 彼女がこの世界にやって来て何をしようとしていたのかはわからない。どうやってジョーカー一族に加わったのかも謎だ。

 もっとも、自己中心的な科学者という事だけで答えは十分なのだろうが。最高峰の科学者が創作に長けた一族に迎えられるのも難しくはないだろう。

 ともかくこの世界でやりたい放題やって姿を消した〈最悪〉な女は、後始末すら放り投げて消えた。オーバーテクノロジーを放置して。


 だからクローの危惧する介入してくるかもしれない連中とは、ゼブラの元居た世界――オーバーテクノロジーを扱う世界の連中を指しているのではないかと思う。

 石橋を叩き過ぎだと思うが……。


 そういう理由でNo.0とNo.13は短距離で空間の歪みが小さいショートワープの移動を選択したわけだ。

 とはいえ、ショートワープであれ亜空間を開けば敵に探知される。

 だから今みたいに、空間から出た途端に敵軍と相見えることもしばしば……。

 これで四度目の敵軍に遭遇してしまった。

 まあ別に驚くことでもなければ慌てることでもないのだが。

 こんなものは敵軍というカテゴリーにすら含まれないだろう。

 現に、我が部隊は敵を圧倒し、敵は撤退を始めている。

 俺やクローが出るまでもなかった。

 そう戦闘の度にピリピリしているようでは地獄に着く頃にゃあ疲労困憊ってなもんだ。


「気張りすぎだっての。なぁ〜準?」


 クローを鼻で笑い、俺は準を愛でる行為に戻った。

 この少年は珍しい。

 俺を見てもちっとも怖がる様子を見せない。怖がられたら俺がショックだけどさ。

 双百合もそうだったし、他の連中も初めて俺の姿を見た時は恐怖の念に駆られたもんだ。

 怖がらなかった奴はクロー、ゼブラに続いて準で三人目……と言いたいところだが良く考えてみたら俺の兄貴や姉貴達はみんなそうだった事を思い出した。

 ゼブラは頭おかしいから置いておいて。クローを含め彼の子供達はみんな俺を受け入れてくれていたんだと感じた。

 まあ、俺は準が受け入れてくれればなんでもいいんだけどな。


 双百合のさす日傘の下で、俺は準を撫でたり膝の上に置いたりとスキンシップを続ける。

 と――ここで、

 俺が愛を向ける対象が軍服をくいくいっと引っ張ってきた。


『………』

「ん!? どうした準? お腹がすいたのか? 退屈なのか? 何か欲しいものがあるのか? 一瞬で持ってこさせるぞ」


 今まで無言だった少年が口を開いた。





『……鬱陶しい。死ね』





 ………。


 周囲が静寂に包まれた。


 ……爆音も止んだから、どうやら我が部隊は敵を退けたようだ。

 ……左右に立った双百合が愕然としている。

 ……ディーラーズも言葉を失い、硬直する。 

 ……クローだけが笑いを堪えて肩を震わせていた。



「おいクロー」


「……ぷ…く……っ! な、なんだい惨劇……?」


「俺を殺せ……」



 沈みこみながらそう呟く俺に、耐えきれなくなったクローがついに噴き出した。

 周囲の連中が黙り込む中、クローの爆笑する声だけが大きく響いた。


「クハハハハハハハハハ!! クハハハ、プフー! アッハハハハハハハハ!!」

「もう駄目だ……死にたい」

「クフ……残念ながら……お前……無敵ですから……クフ、クフフハハハハハハハハ!!」


 大爆笑のクソ親父。

 もはや怒る気力さえ無い……。

 準に嫌われた。

 もう駄目だ。

 俺の十三年が一瞬で砕け散った。

 もう戦争とかどうでもいいや……クロー一人でやれ……。


「惨劇様!?」

「お気を確かに!」


 あまりのショックに崩れ落ちる俺を双百合が支えた。

 準はというと、何くわぬ顔で小さなストローを吸っている。クローがあっちの世界から持ってきた飲み物だそうだ。

 そう。

 この最凶、惨劇のカタストロフは準争奪戦に於いて……この〈ヤ○ルト〉とかいう乳飲料に負けたのだ。

 手のひらサイズの癖になかなかやりやがる。



――ズズズ……。

『あ』



 準の口元からストローが離れた。


「あら、飲み物が無くなったのね」

「あら、もう一つ持ってきましょうか」


 双百合が尋ねると、少年は首を横に振る。


「日差しが強いですからね」

「水分には気を使わないと」

『うん。ありがと』


 笑顔の姉妹に準はぺこりと頭を下げた。

 か、可愛すぎる……。


 ふむ……確かに水分には気を使わないとな。

 俺達が今居る場所は空気が乾燥し、やたらと日差しが強い。

 身体に熱が溜まったら準の幼い身体はすぐにダウンしてしまうだろう。


 そこで俺は片腕を分離させて飛ばし、ディーラーズの用意した水の入ったボトルを掴んで取ってきた。

 それを準に握らせる。


「暑いからそれ持ってろ」

『………』


 準は呆然とした顔で握ったボトルを見つめ、次に俺の方へ顔を向けた。

 実は準が俺と目を合わせたのはこれが初めてで、結構驚いた。

 準は俺の腕を指さす。


『………』

「ん?」

『腕、痛くないの?』

「へ?」

『だって今、腕が』


 どうやら俺の分離能力に驚いているらしい。

 腕が飛ぶのがそんなに珍しいのか。


「痛くないぞ。ほれ」


 もう一度腕を分離させる。

 さらに手首も分離。


『わー。スゲー!』

「こうやると……蝶々〜」


 両手首を分離させて、手で蝶の形を作って見せた。

 それをひらひらと飛ばすと準は目を見開いて喜んでくれた。


『アハハハハ』


 ……分離する身体が意外な場面で役に立った。



 ◇ ◇ ◇




 戦闘を終えた部隊はクローを先頭に再び移動を始めた。

 しばらく分離した腕で遊んでいた準も、長い移動で疲れたのか俺の腕の中で寝息をたてている。

 ともあれ爆音や怒号に埋め尽くされる戦闘を目の前で見ても動じないとは。神経が図太いのか、はたまた器量が大きいのか。

 戦争へ赴く戦士達の中に幼い子供が一人。

 正直、隊の士気が乱れることを危惧していたのだが案外そうでもなかった。

 クローの実子であり、まだ小さな子供。

 自分達が守るべき対象はこういう無力なものだと、皆は準を見て実感できたのだった。

 ただ茫然と俺の傍で戦闘を眺め、喉が乾けば飲み物で潤し、腹が減れば食べ物を口にし、眠くなったら寝る。

 それしかしない――できない準は、それでもそれで良いのだ。

 そうであるからこそ、我々は士気を高めることができるのだ。

 自分達の目的を忘れないように。自分達の掲げる旗の意味を象徴する存在。

No.0もNo.13も、準を歓迎した。


『すぅ……すぅ……』


 寝息が耳に届く。

 俺の歩くリズムに合わせて準の身体も揺れる。

 双百合も時折顔を覗き込んでは笑っていた。


 部隊が亜空間の中へ消えた。



 ◇ ◇ ◇



 そうだ。我々には守るものがある。

 確固たる意志がある。

 十三年の存在理由が御標準そのものならば、

 俺の魂が準を守りたいと強く願い、望み、大切に想うこの感情が愛するという感情ならば、


 同じように愛する者を持つ者の気持ちは俺と同じだ。

 無力な者達と、最凶の称号保有者。

 そこには如何ほどの差も無い。

 俺には守る力がある。

 もし、俺が無力だったら……準を守る力が無かったら……これほど悔しいことはない。

 だから俺はこの有り余る力を、世界中の同志の為に行使してやる。

 世界の理不尽は俺の手で帳消しにする。

 公平でない腐った世界の運命は、俺の手で公平となる。

 

 0と13に遭遇した部隊は敗北を覚悟しろ。


 この最終戦争。俺達が介入する恐怖をその身に焼き付けろ。


 招いたのは貴様達自身だ。

 巻き込んだのは貴様達自身だ。


 覚悟のある者だけ、地獄へ向かって来い。

 全身全霊で叩きのめす。

 最凶、鴉天狗、魂管理業者、異界政府。

 この鉄壁を前にして、それでも理不尽を強行しようとするならば――




 その腐った覚悟と腐った意志ごと圧し殺してやる。




 この出会いと、この戦争をきっかけに俺は誓った。

 未来を守るんだ。

 準の未来もだ。

 俺には十三年しかないけれど、

 準にはまだまだ未来がある。

 たくさんの未来が。

 その未来はきっと、いっぱいの笑顔に包まれているんだ。

 愛する者の幸せを望む。当たり前の事だけれど、俺の十三年を全て捧げる価値がある。

 

 準は俺が一生守ってやるからな。

 

 だからこの子は幸せになるんだ。

 とても幸せな人生を送るんだ。

 かけがえのない日常を送るんだ。


 俺に残された十年。

 準。十年後のお前は幸せだろうか。

 お前の隣には俺が居ると、この時は信じていたけど。

 

 でもきっと幸せだ。

 絶対に幸せだ。


 俺が幸せにする。



「大好きだからな、準」

『うぅ…ん……?』



 寝ぼけまなこで唸る準。

 そんな幼い少年の寝顔を、俺は優しく見つめたのだった。



 


 ◆ ◆ ◆





【カケラ】




『準くん、手つなごうぜー!』

『はいはい』




 ◆ ◆ ◆




【カケ…ラ…】




『早くしろよ遅れちまうだろー!』

『待って、待ってよ!』

『やべぇって! 時間やべぇって!』




 ◆ ◆ ◆




【カ…ケ…ラ……】



『あん? 二対一か。デストロイ余裕だな』


『ナメんなよー! 準くん! アレやるよアレ!』

『アレ? なんだっけ?』

『愛の連携攻撃だよ!』

『知らん!』


『ギャハハ! 接近戦型か、デストロイ撃ち落としてやるよ! 《カーズブリッド》!』


『準くん、そんなもんぶん殴れー!』

『無茶振りキター!』




 ◆ ◆ ◆




【カケラ………ハ】




『おめでとー!準くん、明けましておめでとー!』

『はい、おめでと』

『今年もよろしくねー!』

『うん、よろしく』




 ◆ ◆ ◆




【キエタ】




『すっごいんだよー! すっごい初夢を見たんだよー!』

『ほう』


『あのねあのね……っ』

『待て待て! 初―夢は言――い方――良――』


『―――の?』


『里―――だ』


『――――っ』


『――、――』


『―――――――――――』

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