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宴章 起源への扉

 死神ロシュケンプライメーダ。

 異界最強種族の一つである死神一族の少女だ。

 しかし実力も経験も乏しく、成長度合は完璧にほど遠い。


 恵まれた魔力は未だ発揮することができず。

 戦場に出ればひとたまりもない。


 そんな少女が。


 最凶の称号を持ち最強に最も近い怪人を追い続け、

 多くの助けを受け、

 今――最果てへと辿り着いた。


 里原準さえ取り戻すことができればそれでいい。

 その一心で。

 彼女が其処へ辿り着いたという事実はとても危険な事。

 しかし彼女は理解していない。

 故に――世界も彼女を見逃しているのだろうか?

 否。

 そんなわけがない。


 世界は無慈悲に、死神ロシュへ天罰を与えた。

 そして今も与え続けている。

 永遠ではない永遠の罰を……。




 ◆ ◆ ◆




 惨劇のカタストロフはロシュの首を掴んで持ち上げた。

 苦しげに呻く少女を放り投げ、床に叩きつける。


 床。

 床?


 床なのだろうか。

 亜空間で見知らぬ場所へ飛ばされた死神ロシュにはここが一体何処なのか把握できていない。

 周囲を見回しても壁はない。

 ではここは外か?

 そうでもない。

 紫と黒の暗黒が渦巻き、この空間の広ささえわからない。

 まるで違う世界に来てしまったかのようだ。

 霧が濃い。

 目の前には惨劇、双百合。

 そして惨劇に抱えられて眠る――里原準。


 ぐにゃぐにゃとした周囲の景色に、唯一つ。

 大きな扉があった。

 堅く閉ざされた扉は空間の中にぽつりと佇み、惨劇はそれを見上げている。


『ついに来た。見ろよ準、ついにここまで来たぜ! クハハハハハ!』


 惨劇は扉に触れようと手を伸ばす。

 バチン、と弾かれた。

 どうやら無敵の存在でも触れることのできないモノらしい。

 舌を打った惨劇が準を抱え直し、周囲を見回して首を傾げた。


『おい双百合。ゼロはどうした』


 問われた二人の女は目を細め、顎に手を当てた。

 互いに顔を見合わせた後に頷く。


「どうやら零鋼は」

「足止めを受けているようです」

『足止めぇ?』

「はい。おそらく亜空間へ入った者が他に」

「完全体となった零鋼にかぎって心配はいらないでしょう」


 しかしここに来て計画の進行が送らされた惨劇は苛立った。

 この扉さえ開けば終わりだというのに。


『地獄・天国の魔導高炉を持ったゼロじゃなけりゃこの扉は開けねえんだよ!』


 準を肩に乗せた惨劇は怒りのまま双百合の片方――黒百合を殴り飛ばした。

 黒い髪が乱れ、持っていた傘が飛び、百合柄の着物が床に倒れる。

 双百合は普通の女。

 惨劇の拳ではあまりにダメージが大きく「げほっ」と咳き込んだ。

 片割れの白百合が黒百合を助け起こし、落とした傘を手渡した。

 怒り冷めやらぬ惨劇はビキビキと腕の筋を浮き上がらせ、今にも双百合の頭を圧し潰してしまいそうだ。


『くそったれ亜空間管理を任せたら異物を二つも招きやがって……! てめえら二人でさっさとゼロを引っ張ってこいコラァ!』

「は、はい!」

「仰せのままに!」


 肩をビクリと震わせ、白と黒の女は姿を消した。

 惨劇は口と思われる部分から白い息を大量に吐き出し、そっと準を床に寝かせた。


 この空間に残った異物の一つ。

 死神を片付けるためだ。


 しつこい。

 実にしつこい小娘だ。

 このしつこさばかりは惨劇も呆れた。

 計画進行に集中していたとはいえ、死神ギルスカルヴァライザーの城で放っておいた皺が寄るとは思わなかった。

 だがこの先は駄目だ。

 ここから先は、惨劇と準だけの道だ。

 死神ロシュケンプライメーダは、ここで殺しておかないといけない。


『カァァァァァ………』


 再び白い息を吐き、惨劇の腕はロシュを狙った。

 最凶の腕は圧力砲プレス・キャノン

 伝説の死神でさえも抗う事の出来無かった驚異の能力。


『アキュムレータ壱号解放……』


 床に投げられ、座り込んでいたロシュは急いで立ち上がった。

 プレス・キャノンは知っている。

 父親ギルの魔力が張り巡らされた城を破壊し尽くす程の威力だ。

 一発喰らったら即死。

 良くて再起不能。


『いい加減目障りなんだよクソガキがぁ! プレス・キャノン!』

「ブラッドデスサイズ!」


 ぐん、とロシュの大鎌が回転した。

 鎌が自ら動いたのか。それの描いた魔法陣は死神の知らない魔法陣だ。

 衝撃転移。

 高度な術だ。それに膨大な魔力がないと成しえない。

 間違いなくロシュでは扱えない領域。


『ああ!?』


 プレス・キャノンが掻き消された。

 惨劇にも分かっている筈だ。これはロシュの技術ではない。


 ブラッドデスサイズ。


 異界の職人、魔刀鍛冶が数代に渡って精錬した紅き大鎌。

 その材料には数多くの妖刀や魔剣が用いられた。

 そんな結晶が使用者の記憶も保持していたとしたら……。

 そして完成後も絶え間なく妖刀や魔剣の力を吸収し続ける代物だったとしたら……。


 誰も知らぬうちに、

 この鎌が、

 世界一の魔力と魔導知識を蓄えた武器だったとしたら。


 死神ロシュは、世界一の魔術師の加護があるのと同義である。


 それを証明する書物も歴史も無い。

 知られざる最高の武器。


『スペース・シフト』


 惨劇は足もとの空間を圧縮。

 解き放たれたエネルギーでロシュの背後へ瞬間移動した。

 零距離で少女の頭に圧力砲を撃ち込もうというのだ。


「それ、お父さんに使った移動技だよね」

『―――!』

「背後に回るのは癖? 読んでたぜー」


 惨劇はロシュの背後に回った。

 ロシュは惨劇の背後に回っていた。


(俺が背中を取られるだとぉ……!?)


 紅い刃が惨劇を襲った。

 この小娘の攻撃は惨劇に通用する。ダメージを与えられる。

 惨劇の中でロシュに対して嘗めて掛かりきれない理由がそれだった。


「カルバドスの多重斬撃!」

『調子に乗んなよコラァ』


 無数に作りだされ飛び交う鎌を、惨劇は素手で叩き壊した。

 たしかに惨劇は無敵。

 無敵だからといって無敵を取り除かれたら力が弱まるわけはない。

 そんな身体でなくとも惨劇のカタストロフは十二分に強く、最強に最も近いという実力は微々とも揺るがない。


『その武器がどれだけ高位なエモノだろうが関係ねえんだよ。俺を誰だと思ってやがる。どんな称号保有者を連れてきても俺の前じゃあ小石同然。どんな武器持って来ようがゴミ同然。この世界自体が俺より遥かに劣ってるんだよ』


 惨劇の腕が身体から離脱し、ロシュの襟首を掴んだ。

 そのまま高々と持ち上げると残りの大鎌を全て壊す。

 宙で吊るされ、身動きの取れなくなったロシュ。

 先ほど守ってくれたブラッドデスサイズは惨劇の脚に踏まれている。


『……準は俺のだ』

「私の!」

『……俺は女として、相棒として、家族として、準を愛している。準も愛してくれている。相思相愛に割り込んできたのはてめえだ』

「私だって準くん大好きだもん! これからもいっしょだもん! 隣に居ていいって言ってくれたもん!」

『嘘だ! 準がそんな事言うわけがあるか! 準は知っている。自分の命が尽きる事を。それなのにこれからもいっしょだなんて言うわけがねえだろ!』

「言ったもん! 言ったもん! 帰ったら味噌汁作ってくれるって! 死神といっしょだって! 準くん……言ったもん!」

『妄想も大概にしろよクソガキィィィィィ!』


 襟を掴んだ腕を振り下ろし、黒ローブを地面に叩きつけた。

 衝撃でロシュは呻き声を洩らす。

 だが惨劇には躊躇も容赦もない。

 もう片方の腕を飛ばし、少女の顔面を掴んだ。


 ギリギリと、凄まじい力で頭部を握る。

 その壮絶な痛みにロシュは悲鳴を上げた。


『惨劇の男を狙った時点で……てめえは間違いを犯してんだよ……!』

「痛い……! 痛いいいいい!」

『大人しく宴から去ればよかったものを……無恥で分厚い面の皮ァ下げてノコノコ付き纏いやがって……!』

「うあああああ!」


 悲鳴を上げるロシュ。

 怒りのままに頭を握り潰そうとする惨劇。


 その傍ら……。


 霧の濃い床で、埋もれるように眠る里原準。

 ディーラーダイヤの強化骨格スーツを身に纏ったまま。

 その多くの幸せを作ってきた腕が、


――ピクリ。


 と動いた。



『準はこのままじゃ死んじまうんだ! 俺が助けてやらねえと、あいつは死んじまうんだぞ! てめえはわかってんのかよ!』

「うああああん、うあああああああああん!」

『潰れちまえ潰れちまえ潰れちまえ! 最高に苦しみながら死んじまえ!』

「あああああああ! うあああああああああ!」

『俺と準の為にこの世界なんざ滅びちまえばいいんだ! 理不尽で、不安定で、無責任なこの世界なんかなああああ! てめえも世界と一緒に滅びろおおおおおおおおおおお!』


 ロシュは限界だった。

 準を取り戻したくとも力が足りず。

 惨劇はあまりにも強大で。

 惨劇はあまりにも準に近くて。


 悔しくて悔しくて。


 潰されかかった少女の顔には、ぼろぼろと垂れ流した涙や鼻水で濡れていた。

 いろんな人に助けてもらったのに。

 不甲斐ない。

 ほんとうに、無力だ。



「……んげき」

『死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね、俺と準に介入する奴はみんな死ね』

「おまえ」

『死ね死ね死……。――!?』



 気配……。

 背後からだ。

 惨劇は振り向く。

 自分と死神と、


 もう一つ別の気配だ。



「惨劇てめえオレの女に何してんだコラァァァァァ!!」




 里原準の拳が、惨劇の顔に炸裂した。





 ◆ ◆ ◆





「泣かないで黒百合」


 白百合は双子の妹を抱き締め、頭を撫でる。

 黒髪の下には痣の浮かんだ黒百合の顔。

 惨劇に殴られた頬が痛み、なにより胸が痛んだ。


「ここまで来た惨劇様にとって、私達はもはや不要な存在。それでも生かしておいて頂けたことに感謝しましょう」


 こくりと黒百合は頷く。

 惨劇という主人は彼女達の全て。あの方に仕え、あの方のお役に立つことこそ彼女達の存在意義。

 役立たずは要らないのだ。

 だから黒百合と白百合は、主人の怒りを買ってしまったことにショックを受けた。


「さあ、早く零鋼を連れて戻りましょう」


 囁きかける白百合は傘を開き、〈足場〉を飛び移る。

 彼女達が居るのは《摩天回廊》と呼ばれる場所。

 空間実験に用いられる特殊な区画で、規模が〈存在しない〉空間である。

 上から下へ無数の柱が伸び、点々と足場が備わっているだけ。

 距離も無し。

 どこまで落ちても無限に落ち続け、どこまで行こうとも永遠に辿り着くことのない淵無き場所。


 理論上、この空間の〈内側〉に起源への扉があるとされている。


 ここはNo.13の本拠地であり、10年前までゼブラ・ジョーカーの研究、実験が行われていた場所。

 そう。失われし幻の施設。

 初代魔導会社マジック・コーポレーション。


 異界のどこかに存在し、空間の裏側へ施設ごと隔離してしまった驚異の場所。

 故にこの施設を外から見ることは不可能。

 内部〈のみ〉が存在するという摩禍不思議な場所なのだ。


 摩天回廊の深き闇へ二人は落ちてゆく。

 この中に零鋼は居る。

 何者かに足止めを受けている。


 あの零鋼が。


 にわかには信じられないことだった。


「零鋼は自分の意思を持つようになった……。それは危険なことなのかもしれない」

「白百合。兵器が意思を持つことの危なさはもう証明されているわ。あのディーラーズがそうだったように……」

「最悪の場合、零鋼が惨劇様に反旗を翻す事も考えられる」

「……ただ戯れているだけだと、そう信じましょう」





 ◆ ◆ ◆





【最速vs元最速】



 零鋼に喰らいついてくる敵は素敵ダ。

 零鋼もそう思うよ。

 楽しい。いつも楽しい。何度巡っても、この瞬間が零鋼には最高のひとときダよ。

 零鋼は知っているんダ。

 もう何度も何度も見てきたからね。

 零鋼は永遠なんダ。

 辛いという感情はプログラムされていない。

 零鋼自身がインプットを拒否したんダ。

 ネエ、元最速の猫さん。ケット・シー。

 零鋼と貴様が戦うのはこれで何度目かな?

 貴様は二回目かもしれない。

 だけどね。

 零鋼はもう何度も何度も貴様と戦っているんだ。

 貴様と戦うのはこれが二十億九千十二万千八百五十回目。

 それでも零鋼は貴様と戦うこの瞬間が常に楽しい。楽しみダ。

 毎回毎回、貴様との戦闘は新鮮で一度も同じだったことがない。

 サア今回も楽しもう。

 今回はどちらが勝つかな?

 零鋼に決まっているケドね。



『電磁結界展開。rapid act FINAL』


 零鋼も加速ダ。

 貴様は何処に居るのかな?

 この摩天回廊は果てなき空間。

 我々が暴れるには申し分ない環境だ。

 どこだ? どこに居る?

 最速の速さで貴様をすぐに見つけてみせるよケット・シー。


『貴様の速さモ、〈蝕食〉に喰わせてヤル』


 背中の刀を引き抜く。

 こいつは零鋼の分身みたいなものダ。

 零鋼が戦闘を司るなら、この蝕食は吸収を司る。

 今の零鋼が最終形態と云う者も居るが、そんなわけがない。

 だって零鋼は永遠に、無限に、進化し続ける戦略傀儡兵なのダから。

 今の状態が最終形態と呼ばれるのは、少し残念……。

 この先を誰も見たことがないということダから。


『見つけタァ……! ケット・シィィィィィ!』


 貴様はそんなところに居たのか。

 やっぱり他の連中と比べて格段に速いね。

 いいよ。いいよ。

 貴様はこの零鋼から最速の称号を取り返しにきたのだからそうでないと。

 でも――


『零鋼に追いつかれるようデハ、貴様は所詮〈2nd〉ダ!』


 ニの腕を開き、六つのレンズを露出させる。

 零鋼は最速の称号保有者でもあるが、強き者でもある。

 最硬ですら我が力の前では無力だった。

 速いだけでは勝てないぞ。


『SpeedとPowerのStatusが貴様を凌駕する零鋼にどう対抗して見せるのカナ?』


 ホーミングレーザー。

 誘導式の光線を六本、腕から放つ。

 摩天回廊の柱を縫うように走り、標的であるケット・シーに襲いかかる。

 しかし猫という名称は不適切な見た目をしている。

 分析では本当に速さだけを目指した身体の作り。


「……最速の称号はもう私のものだ」

『何?』

「速さは既に私の方が上だということだ」


 ケット・シーは柱を蹴り、レーザー二本の隙間を潜って避けた。

 待て……。

 どういうことダ。

 零鋼のオペレーションで認識できない……?


「お前のそれは速さではない」


――ドン、ドドン。


 蹴られた柱に罅が入り、敵の姿が消えた。

 零鋼の速さが速さではない?

 負け惜しみも大概にしてもらいたい。


「そらあ!」


 斜め上からの急襲。

 鋭利な爪が速さに乗せて振られた。

 蝕食で応戦ダ。


『ギュオオオ!』

「お前の速さは劣化した!」

『劣化ダト? この速さの何処に劣化が見られルというノダ!』


 零鋼は刀で敵の爪を弾き、背後にポジションを入れ替える。


「それだよ」

『?』

「お前の得た速さは自分の力で得たものじゃあない。その展開した〈電磁結界〉と己の身体に仕込んだ〈磁気〉。そこに発生する〈電磁誘導〉。つまり強力な電磁波と磁気の力でお前の身体ごと超高スピードで移動させているにすぎん。それはお前の速さではない。自然のエネルギーに頼った偽物の速さだ」

『……これも……零鋼の意志で自在に動ける速さダロウガァァァ!』


 ひ弱な獣を蹴り飛ばす。

 何を言っているんダ。コイツは。

 今だって我が速さの前に蹴りを喰らったではないか。


「純粋な筋力の速さ。電磁結界を介し、意思を伝達し、磁気を経なければ得られない速さ。前者と後者ではどちらの方が速いかな?」

『!?――ガァッ』


 視界モニタに一瞬のノイズ。

 こちらが蹴られたダト?


「無論前者だ。お前の最速としての全盛期は最初の第一形態。あの状態ならば純粋に最速の称号はお前の物だっただろう。だがお前は形態を変える毎に速さを劣化させていった」

『なんだとォ!』

「確かに総合的な強さは飛躍的に上がった。が、速さを犠牲にしてしまった。断言しよう、そして今から証明しよう。バランスの完璧なお前は最速ではない」


 ――完璧故に……最速ではない?


「最速ってのはなあ、それを求める為に防御力や耐久性をも犠牲にした、最高にバランスの悪い奴が得られる称号なんだよ」


 それならそれを証明してみろ。

 証明して初めて最速は零鋼ではないと豪語しろ。

 貴様を今ここで殺してしまえば称号は零鋼のものだがな。


 ヤッテミロヨ。


 零鋼ニ自慢ノ速サデ勝ッテミロヨ。


 零鋼ハ全力デ貴様ヲ駆逐スルガナァ。



『ギュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!』

「――。ついに本気か」



『ギギギギギギギ……!』

「暴走? いや、自分でリミッターを外したのか?」



『シィィィィィィ……蝕食ニ喰ワレロ』


「面白い。惨劇も相手にしなければならんのでな。お前に手間取っている暇はない」





 ◆ ◆ ◆





『準……なんでだよ……』

 顔を抑えた惨劇は問う。


「惨劇。お前は間違ってる」

 拳を握り締めた準は云う。


『てめえの方が間違ってるんだぞ準。世界に染まるな。この世界自体が間違っているんだ。準を助けると同時にこの世界も生まれ変わる。間違ったものの中では間違ったものが正しくなっちまう。今のてめえがまさにそれだ』

「でもオレはお前を止める」

『てめえの為なんだぞ……!』


 声を殺した叫び声をあげて腕を振る。


『わがまま言わないでくれよ準……!』

「オレを助ける為に死神や、他のみんなを犠牲にするお前の考えには賛同できない。そんなの望まない。オレの意思を無視すんな。お前が世界を変えるという意思はわかった。だがオレの為にってのはやめろ」


 準はロシュの頭を胸に抱きながら惨劇を睨んだ。

 強烈な締め付けを受けた少女の顔をほぐすように撫で、「もう大丈夫だ」と呟きかける。


『てめえはこのままだと死ぬ。わかってんだろ?』

「わかってる」

『ならどうしてだよ! 俺は準を愛している! どうしてこの気持ちをくみ取ってくれないんだ!』

「……オレには大切なものが多いからだよ惨劇」

『なんだよそれ! 俺は準しか見ていない! 準だけの為に存在するんだ! 準も俺だけを見ていればいいじゃないか! だってそうだろ? 俺と準は一心同体で、他には何も要らないじゃないか!』

「オレはもう子供じゃないんだ」

『準!』

「惨劇も見てきた筈だよな、オレの中で。オレはたくさんの人と出会い、たくさんの事を学んだ。どれも大切なもんばかりで、オレの宝物だ。それを失うことにオレが賛同するわけがないじゃないか」

『……死ぬとしてもか?』

「死ぬとしてもだ」


 床全体が強力なプレッシャーで軋む。

 やり場のない惨劇の感情が溢れ出しているのだ。


『準……準……』


 物理的なプレッシャーどころか、気迫まで準の肌にビリビリと伝わってきた。


『ク……クハハハハ。親父に似て頑固者だなてめえ……。もう昔みたいに俺にベッタリじゃなくなったのか』

「10年も経てば、人は信じられないくらい成長するんだ」

『俺には13年しか無い。そしてもう13年が経つ。てめえももう長くない。なのに……』




――グバァァァァァァン!



 ついに惨劇の放つ圧力は空間まで捻じ曲げた。

 摩天回廊の柱が、扉のあるこの空間へ無数に突き破って出てくる。

 その柱も惨劇の圧力で縮められてしまい、空間を突き破ると同時に圧縮されて見えなくなる。

 最凶の怪人は頭を抱え、己の顔面に罅を入れた。



『俺もてめえも、もはやこの世界に長く居られないってのに!』

「惨劇……」

『それでも俺に付いて来ないのかよ!』

「ごめん……」

『俺には準しか無いんだぞ!』

「………」

『俺は……私は……私には……私の13年は……全部準に捧げる。それが幸せだった。そうじゃなければ不幸だ。お願いだから……最後の最後までそうでありたい』



 惨劇の腕が、

 惨劇の脚が、

 惨劇の胴体が、

 惨劇の頭が、

 分離した。


 宙に浮き、大きく広がり、戦慄の眼光を解き放つ。



『準』



 ロシュと準の足元に衝撃。

 轟音と共に圧力で床が捻じれた。



『俺が準の魂を内に入れる』

「惨劇!」

『10年前とは逆だ。てめえの肉体を破壊して魂を取り出し、俺の身体に内包する』

「………!」

『それから世界を変えたって遅くはねえ。代わりの身体も用意してやる』

「くそ、アイツ俺を殺して無理矢理連れて行く気だ。下がってろ死神!」



 だがロシュは準の隣に立って動こうとしなかった。

 準の袖をぎゅっと握り、目を合わせる。

「こうやって一緒に戦うの、何回目かな? 準くん」

「今回は相手が悪い。ベルゼルガとは格が違うぞ」

「でも、二人でなら……。それに準くんはディーラーダイヤの強化骨格を着ているし、私にはブラッドデスサイズがある」

「……ありがとな死神。しんどい思いさせて。本当に悪かったと思ってる」

「いつもお世話になってるのは私だもん。どこまででも準くんにくっついてくぜ」


 準の纏った強化外骨格。その人工筋肉が筋を立てた。

 隣には死神ロシュ。

 当たり前のペアが、やっと組み直せた瞬間だ。

 どれだけ待ったことか。どれだけ望んだことか。

 また、彼の隣に立てる。

 惨劇を前にしてロシュは胸がいっぱいだった。


「正直勝てるとは思えない。けど」

「やるっきゃない! でしょ?」

「……そういうことだな!」


 バシン! と準は両拳を合わせて構えた。


『抗うのか? 準、本当に俺を拒むのか?』

「そうだ! お前の計画は何一つ賛同できないからな! 実行させるわけにはいかねえんだよ!」

『何を言っても無駄かよ。もういい。世界を終わらせてから、変えてから、この惨劇のカタストロフが正しかったと理解するだろうからな。今は仕方ねえ』


 放つ圧力。

 最凶として世界に嫌われた準の裏。

 愛す故に準を〈一度〉殺す。

 覆う重力。

 無我夢中で大好きな者を追いかけた準の隣。

 愛す故に準と〈いっしょ〉に居る。


 惨劇 vs 死神&準


 最後に飾られる宴の華。


 今こそ決戦の時――!


『行くぞ準! オラアアアアアアアアア!!』

「ぶっ飛ばしてやる惨劇! フォロー頼むぞ死神いいいいいいい!!」

「よっしゃ私にまっかせとけーーーーー!!」

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