第4話 How old are you?
「冬音姉さんたち、はぐれちゃったね準くん」
「おー。でも予想していたことだからな」
死神がオレの隣で歩きながら、困った顔をする。
オレ自身も似たような顔をしているのかも。そんな表情で、オレとコイツは地獄旅館の中をウロウロしていた。とりあえず閻魔さんの部屋に行けば、彩花さんとバンプに会えるかもしれない。
なぜオレ達が自ら彩花さん達を探しているのか。それは1時間ほど前に遡る。
朝、冬音さんとナイトメアがオレの部屋にやってきた。彩花さんとバンプが帰ってくるから、オレんとこに来ていると思ったようだ。
その予想は外れ、彩花さん達は先に地獄の方へ挨拶に行っていたようで、結局朝飯を食べながら待つことにした。
が、いくら待ってもなかなか二人は現れない。ということで、もうこっちから地獄へ会いに行こうということになったのだ。
で、相変わらず冬音さんはナイトメアを引き連れて先へ行ってしまい、さらに料理屋の前でいちいち立ち止まる死神のおかげで、見事にはぐれてしまったのだった。
「あっ、見てよ準くん! あそこも美味しいんだよ!」
……。
さっきからこんな感じ。こいつは地獄旅館の料理店について、かなり知っている。これはこの1年半で理解したことの一つだ。
んで、決まって店の前で立ち止まり、中の様子を伺っていく。
「わはー、相変わらず厨房は賑やかそうだよー。さっすが中華料理の名店、《やんちゃ坊主》だぜー!」
頼むから料理にやんちゃはしないでくれよ。
「ここは美味いのか?」
自称食通さんに訊いてみる。
すると死神は首を横に振った。
「ここの料理はお勧めしないよ」
駄目じゃん。
「名店じゃなかったのか?」
「うん名店。厨房の無駄な勢いが有名な店だよ」
なにそれ。
「オ、オレにはちょっと理解できねえな……」
「こっち来て!」
死神に手を引かれてオレも店の入り口に立つ。
どうやらここに立っていれば理解ができるらしい。
おお。死神の言うとおり、厨房から威勢のいい声が聞こえてくる……!
どれどれ……。
………。
◇ ◇ ◇
店員:『テンチョー! テンチョー!』
テンチョー:『アイヨ!』
店員:『XOジャン、そっちにありますかー!?』
テンチョー:『ナイアル!』
店員A:『……どっちですか!?』
テンチョー:『ナイアル!』
店員A:『……やる気あるんですか!?』
テンチョー:『アルアル!』
店員A:『え、あ、そうっすか』
テンチョー:『オーイお前!』
店員B:『ハイ!』
テンチョー:『そっちに中華包丁ナイアルカ!?』
店員B:『……ナ、ナイアル!』
テンチョー:『……ハァ?』
店員B:『ナイアル!』
テンチョー:『お前クビ!』
店員A:(えぇえ!?)
店員B:(えぇえ!?)
店員C:(えぇえ!?)
店員D:(えぇえ!?)
◇ ◇ ◇
………。
えぇえ!?
やんちゃ坊主すぎるだろ!
「ね? 勢いは凄いでしょ」
「確かにな……」
苦笑いのまま、オレと死神は店を離れた。
賑やかなのは良いことか。
……良いことか?
良いことにしとこう。
しかし、相も変わらず大盛況。人込みが凄くて死神ともはぐれてしまいそうだ。さすがは地獄旅館の中心部、地獄街ってとこだな。
さて、先ほどから気になっている事がオレにはある。
それはオレの隣を満面の笑みで歩くコイツのことなのだが。
立ち止まって訊いてみる事にした。
「おい」
「なにー?」
「ここ最近、お前ってオレの隣で歩いてないか」
「えー? 最近じゃなくても、ずっと前から隣にいるじゃん」
「違う違う。隣にいるのは前からだが、オレはお前が歩いてる事が不思議なんだ。だって前までは浮いて移動してただろ」
そう。これが気になっていた事なのだ。
気付いたのは少し前になる。
人って、自分の歩くリズムをそれぞれ持ってるだろ? オレにもリズムがある。友達とかと歩く場合に自分のリズムを保つくらいは造作もないが、これが歩幅に少々差が出た場合、オレにはちと難しくなる。
それでも保っていられる人間も居るだろうが、オレは気を遣う質だからどうしても無意識のうちに相手に歩幅を合わせようとしてしまうのだ。
で、最近ようやく違和感に気付いたってわけさ。
オレの歩く速さがすっげえ遅くなってることに。
「ほとんど早歩きになってるからさ、お前。浮いた方が楽じゃねーか?」
「え? 早歩きになってたかな。ゆっくりなペースで歩きやすかったよ」
いや、そりゃあオレがペース落として歩いてたからな。
死神本人は至って歩きやすかったらしい。まあいいけどさ。
「優しいね、準くん!」
「ああ?」
「歩幅、合わせてくれてたんでしょ。ありがとね」
……わかってたのか。
「私は歩きの方がいいぜー! いいでしょー?」
「……勝手にしろ。ペースが遅くたってオレは気にしないから。むしろゆっくりと歩いた方が、新しい発見があるかもしれないしな」
「言うねーお兄さん!」
というわけで、このまま歩くことになった。
結局、どうして浮くのをやめて歩くようになったのかはわからなかった。
やれやれ、と首を振り、一歩踏み出す。
ところが――
再び歩き出そうとしたその時、ぐらりと、ふいに視界が揺らいだ。
ぼやける視界の焦点を合わせる為に目を細め、不自然に体勢を崩さないよう踏ん張って留まる。
これは……眩暈ってやつだ。
ゆっくりと息を吸い、ゆっくりと吐く。あくまでゆっくりとだ。
うし、OK。
ゆっくり歩いても構わないってのは、本当だ。理由がな、ちょっとあるからなんだが。遅めに歩いてもらった方が有難いのは、むしろオレの方なのかもしれん。
何もない場所で躓いたり、時折身体が重くなったり。
どうなってんだよ。
――『そろそろタイムリミットだぜ準! クハハハハハ!』
……あ?
「なんか言ったか、死神?」
「んーん、なんにも言ってないよ」
「そうか」
なんだろ、声が聞こえたような気がする。
しかも、オレが知ってる奴の声だ。昔、その声と会話していたような気もする。覚えていないだけなのか? それとも今考えていたことすべてが気のせいってことか?
うーむ。
どうにもオレの身体、調子が悪いみたい。
「大丈夫? 具合悪いの?」
死神が顔を覗き込んでくる。
「お前に心配されるようじゃ、オレももう歳だなぁ……」
「ええ!?」
「大丈夫だ。さあ行くぞー」
「おーっ! って、準くん!」
「どうした」
どうした、とか言いつつ、死神の言いたい事はすぐにわかった。
こ、これは凄い地響きだ……!
気がつけば大廊下に賑わっていた人混みまでなくなっている。
しまった! みんな避難したってことか。気付かなかった。
――ズドドドドドド――
大きくなってくる地響き。間違いなくこっちに近づいている。
また閻魔さんがエリート餓鬼に追われてんのか?
「来るよ準くん! また閻魔さんかも。どうする? 止める?」
……もし閻魔さんだったら、止めるしかない。
どうせしょうもない悪さを働いて逃げてるだろうから。
「やるっきゃないだろ。これでも地獄の治安課に雇われてる人間だぞ」
「さっすがー! 私も加勢するー!」
言いながら死神はオレの方に皮のグローブを投げてよこした。
なんでもよくわからん名前の怪物の皮を使ってある手袋で、薄い・軽い・丈夫、三拍子揃った素材なんだとさ。
皮肉にも閻魔さん自身から支給されたものだ。
「ふぇ? 準くん、走ってくるのは閻魔さんじゃないみたい」
なんだと?
よく目と耳を凝らして前方に注意を払う。
「――ィヤアアアアアア!」
女の人だ。
全力疾走でこっちに走ってくる。追われているのには違いない。
見えてきた。
あれは……。
彩花さんかよ!
「あー! タスケテ里原くーん!」
「えー! 彩花さんだぜー!」
「なにやってんですか!」
その帰国したばかりの女子大生は、ドタバタとこちらまで走ってきたあと、オレの後ろに隠れた。いかん、状況が把握できん。
こういうときは、治安課の管理室へ連絡を――
「来るわよ里原くん!」
は……!?
追っ手は後ろの方だと安心していたのだが、オレ達はとっくに危機に晒されていた。
なんと説明したらいいのか。
手が……銀色の手が、二つオレ達の方に飛んできていた。
「なんだこりゃー!」
「ロケットパンチだぜー!」
た、確かにロケットパンチだ。
しかもそれら個々が、意思を持っているかのように襲いかかってくる。
斜め上から直線状に放たれるパンチなんて、見たことねえよ!
「この……!」
自分の手首の外側を、柔らかく銀腕に当て、パンチの軌道を逸らす。最後にクッと軽く手首で弾く。これによって銀腕は地面に激突。
よし、次。
もう片方の銀腕を処理すべく身体をやや斜め後方に向ける。オレがパンチの軌道を逸らしている隙に、もう片方の銀腕が背後に回りこむのに気づいていたからだ。
殴って来るなら振り向きかけているこのタイミング。
そこまで読んだ上で、斜め後方からパンチしてくるであろう相手に肘打ちをかましてやるって魂胆だ。
………。
………。
あれ?
攻撃は、こなかった。
「私の事を、忘れてもらっちゃこまるぜぇー」
歌舞伎役者風にそう謡ったのは死神。
見ればオレの背後にもう片方の銀腕が転がっていた。
重力魔法で動きを封じられているのだろう。
「おー、ナイス」
手を叩きあう。こういう時は不思議と息が合うな。
しかしなんだこの銀色の腕は?
まるで鎧とかの籠手の部分だ。
どっかで見たことのある装飾……。
ふむ。
「え? にゃあぁぁあ! 準くん危ない!」
はっ!?
その言葉を耳にするなり反射的に頭を下げた。
――ブン!
首筋を掠った!
なんだ、今度は…脚だとぉ!?
両腕に加え、今度は片脚まで参戦。なんだこれ。
「ごめんね準くん! 腕の魔力が強くて重力魔法が解けちゃったー! あははは」
マジかー!
銀色の両腕と片脚に囲まれた。なんかすっげぇ嫌だ。
つーか……来る!
一斉に、同時に襲いかかってくる変なパーツ達。
防ぎきれん。
一つの策として、くらったらヤバそうな脚を受け止めよう。両腕のロケットパンチは甘んじて受けてやる。
ロケットキックの方が……ヤバそうだろ……?
「っしゃあ来い!」
全力で、突進してくる脚を抱え込んで受け止める。こりゃあキツイ……!
あとは背中でパンチを――
「里原殿、無茶はいけませんな」
――キン、キン
二つの金属音。
その音をバックにオレの耳に届いた声は、とてもホッとする声だった。
なぜなら声の主は……。
「や、夜叉さん!」
「夜叉さんだー!」
地獄旅館幹部にして、アジア三強の一人。
夜叉さんが、オレの背後で立っていた。顔につけた般若面はやっぱり怖い。が、それに反して綺麗になびく白と銀の着物。光を反射して輝く抜き身の太刀。
両手にそれぞれ握った刀と鞘で、二つの腕を弾いてくれたのだ。
しかも、弾いた腕を二つとも踏みつけて動きを止めているという神業まで……。
「キャー! 夜叉ちゃんカッコいいわよー!」
……どっかに隠れていた彩花さんは、浮いていた。
閻魔さんに首根っこを掴まれて。
猫みたいで、その上夜叉さんに大はしゃぎで、なんか可愛かった。
「いやー、危なかったですな里原殿」
「た、助かりました。でも、これは?」
「ははは、その説明はあの本人からしてもらいましょう」
廊下の向こうから歩いてくる人影。
先ほどまでの勢いあるダッシュではなく、とぼとぼと歩いてくる。
彩花さんを追っていた人物か。
………。
なるほど。
ヴァルキュリアさんね。
それはまあいい。
オレが気になったのは――
その人が肩を落としながら、バンプに手を引かれて歩いている事だった……。
◇ ◇ ◇
他人が叱られている場に同席する。
これはなかなか居心地が悪いと思わないか?
なんつーか、懐かしいというよりトラウマに近いものだが、学校の先生とかに怒られる同級生を見ているのを思い出した。
今となっては別にこっちまでシュンとする必要はないと思えるようになったわけで……。
死神と二人で実況なんぞやってみたり。
「さあさあ準くん、こちらではなんと、支部長のヴァルキュリアさんがなんと! チビッ子吸血鬼に怒られております!」
「これはこれで凄い光景だよな」
肩を落として立つ西洋騎士。その前で彼女を見上げながら怒る少年。
異和感たっぷりだが見ていて面白い。
「ごめんなさいバンプ」
「もう! 簡単に騙されたからって怒ったらダメ! 特にヴァルさんは支部長って立場なんだからよく考えて行動しないと。事実今回は他支部に迷惑がかかったんだよ?」
「反論、弁明の……余地なし」
「おまけに艶鶴甲冑まで使って! 準くんと夜叉さんにまで迷惑かけたんだからね!」
「反論、弁明の……余地なし」
(おおっと、これはヴァルさんも押され気味だぜー!)
(いやむしろ完敗だろ)
どんどんオーラが小さくなっていく聖騎士。
眉を寄せて怒っていたバンプだったが、一通り言いたい事を言い終えたのだろう。
彼女の手を取って、明るく笑った。
「……ただいま、ヴァルさん」
「……あ」
きっと、これが一番聞いて欲しかったんだろう。
帰って早々、ただいまを言う間もなかった。おかえりと、言って貰いたかったに違いねえ。だってヴァルさんは、バンプが最も慕っている人だから。
「ちゃんと言いたかったんだ。ヴァルさんには」
照れくさそうにバンプは片手で自分の頭を撫でた。
(うひゃー! さすがはお姉さんキラー! あの笑顔であんなこと言われたら確実にノックダウン!)
(オレもノックダウン……いやいや)
ぽん、とバンプの頭に手を乗せるヴァルさん。
兜を外したその顔には、ほんのり笑みが浮かんでいた。鋼鉄の表情もバンプの前では形無しか。
「……おかえりなさい、バンプ」
〈アハハハ! バンプは良い子だなー、このエクスカリバーも感動しちゃったわよ。どっかのスタイル貧乏神とは大違い! あ、総合的に貧乏神だっけ? ってか死神だっけ? どっちでもいいやー!〉
……死神、出撃。
「テメーは名前を変えて《聖剣・空気ブレイカー》にしやがれー!」
〈あら!? 噂をすればなんとやら! 見なさいこの野獣的行動を! ってか空気ブレイカーってなんじゃあああ!〉
「今日こそへし折ってやるわ、このナマクラ!」
〈聖剣にナマクラなんて言う奴、初めて見たわコラァ!〉
……まあ、聖剣と死神の仲の悪さは、いつも通りだな。
つーか絶対にこの聖剣、一連のやり取りを静観してたよね。
「フハハ。さて須藤よ、諸悪の根源であるお前を裁くのはこの閻魔の仕事だと思うんだが」
「あらあら」
そう。もとはと言えばこの彩花さんが凄まじい嘘を言いふらしたのが始まりだと聞いた。
彩花さんの後ろには夜叉さん。正面には閻魔さん。逃げ場はない。
さて、閻魔さんがどんな裁きを下すか見物だ。ついに悪魔女子大生に鉄槌が下るのだ。帰国早々に。
「さーて。等活、黒縄、衆合、叫喚、焦熱、無間……どれが良いかねー。フハハハハ!」
「キャー! 変態!」
……閻魔さんを変態扱いかよ。
「須藤に選ばせてやるよ」
「私は閻魔ちゃんがいいわ」
………。
「………」
「許して頂戴、閻魔ちゃん」
「………っ!」
「ね?」
「………っ!」
「ね、閻魔ちゃん」
「も、もう一回。閻魔ちゃんと……」
この大将、誘惑に負けそうなんですけどー!
「言って欲しいなら私を許すことね」
「許す!」
この女子大生もスゲー!
「ちょ、閻魔殿!」
そうだ夜叉さん!
ズレかけている軌道を修正するんだ!
「だって閻魔ちゃんだぜ、夜叉!」
「しかし!」
「お前も夜叉ちゃんって言って貰えるかもしれねぇぞ!」
「い、いや。しかし」
さすがに夜叉さんは閻魔さん程、すぐには折れない。
だが……ここで、彩花さんの駄目押しが炸裂する。
「あらあら。じゃあむしろ……《私の後ろに立つな、無礼者の駄目鬼が!》と……」
「不思議と嫌じゃないですな」
アホだ夜叉さーん!
◇ ◇ ◇
もはや大廊下の説教は説教ではなくなっていた。
死神とエクスカリバーは大乱闘中。
バンプはヴァルさんに海外での出来事を報告中。
閻魔さんと夜叉さんは、彩花さんのいい玩具と化している。
こういうのを、混沌としているって言うんだぜ。
どう手を付けていいかもわからず、オレ一人で途方に暮れていると――
「里原様!」
エリート餓鬼に肩を叩かれた。
無線で『発見』とどこかに連絡している姿から、オレ達を探していたと思われる。
「お?」
「閻魔様に報告しようと思っていたのですが……あのような状況ですので。里原様にお伝えします」
エリート餓鬼は困ったような仕草で、彩花さんに遊ばれている閻魔さんの方を見やり、肩をすくめた。
「聞くよ」
「はい。実は先ほど、治安課の方から連絡がございまして。地獄温泉にてトラブルが発生したとのことです。で、本来なら我々の身で対処するのですが……トラブルの中に……その……」
「言いにくそうだなオイ」
「いえ、その……佐久間冬音様と、ナイトメア様がおられるようで」
………。
あの二人の事、すっかり忘れていたああああ!
「フハハ! んあ、地獄温泉だと?」
ここでようやく閻魔さんがエリート餓鬼に気付く。
というか、温泉という単語に反応したとしか思えん。
「今の話は本当だな? エリート」
「はい」
嫌な予感がするのは、オレだけだろうか。
「っしゃあ! 風呂入りに行くぞてめえらぁ!」
嫌な予感がするのは、オレだけだろうか。