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宴章狩魔編 爆客

 闇に映える白城。

 忍たるその男には、その建物が城にしか見えなかった。

 この白を赤く染め上げたらどれほど美しいだろうか。赤で夜を照したらどれほど美しいだろうか。そうだ、いつも自分は城の赤に染まる様を狩魔の誰よりも長く見届けていた。最後まで残り、己が仕事の美しさを眺める。それがこの男の嗜好だった。

 さあ今夜も城落としが始まる。

 兵士を薙ぎ倒し、目標の首をとり、高々と晒し揚げてくれよう。


 今夜の忍務は、抜け忍――つまり裏切り者の誅殺。

 その夜叉が御頭に次ぐ使い手とはいえ、今は手負いの状態だ。


(容易い……)


 そもそも自分が夜叉に劣っているなど、その男は微塵も思った事はなかったが。

 それは今夜証明するとして。


 男は魔導社の医療施設、その正面入り口へ向かってゆっくりと歩いた。一応忍ではあるが、この男はいつも城へ正面から入る。忍ぶ者……という意味での忍ではなさそうだ。

 当然のように警備をしている十二体のロボットが男に気付き、止めに入った。

 男の姿は一目見ただけで不審者だとわかる。

 全身装甲に覆われたでかい図体。頭部はガスマスクのような形状をしている。こっちの方がこてこてのロボットみたいだった。


「そこの者、止まれ!」


 呼び止められ、男はゆっくりとでかい図体を声の方へ向かせる。これだけの装甲に身を包んでいる為か、ずしんという足音の重々しさが凄かった。


『……十二体。お前達が式神十二式か』


 男は警備していたこの十二体を知っていた。

 魔導社の式神十二式と聞けば異界の誰もが知る程に有名だ。夜叉のデータを基にラビットが創ったという戦術傀儡兵。

 軍隊で表すと、通常の戦闘傀儡兵が一般的な兵隊とするならばこの戦術傀儡兵は指揮官クラスである。

 破壊業者でさえこの十二体との戦闘は避けたがる。


 ところが重装甲の男――かの破壊業者、局地戦闘隊とは比べ物にならない装甲の厚さだ――は、十二式をじっと眺めると興味なさそうに無視した。


「待て貴様!」

「それ以上入口に近づくなら、力づくで止めるぞ!」


 十二体は威嚇の意もこめて、背中から刀を引き抜いた。

 この刀こそ魔斬刀と呼ばれる恐怖の対象であり、式神十二式最大の武器である。


『……やるってかい』


 男はのっそりと再び向き直る。


『夜叉の劣化コピー共……それに式神十二式とかいうその名前も気に入らんな』

「黙れ! そこを動くな!」


 男は言われた通り、黙って動きを止めた。


「よし。貴様、所属と名称、目的を言え」

『………』

「言うんだ!」

『黙れと言ったり喋れと言ったり……』


 やれやれと首を振り、男はのっそりと腕を持ち上げた。

 嗅覚のない十二式には、その腕から火薬の臭いがしていることに気付いていない。


『答えよう……』


 男の頭部に装着された三つのカメラアイが赤く光った。


『狩魔衆、爆客《火羅繰カラクリ》』



 医療施設の正面玄関前広場で、大爆発が起こった。




 ◆ ◆ ◆




 夜叉の病室にも爆発の震動は伝わっていた。

 もはやこの病院から静寂は失われた。狩魔は暗殺などではなく正面切って突入してきたのか。

 狙いはただ一人。裏切りの鬼、夜叉。

 その一人を狩る為に、他の入院患者の命などどうでもいい。

 この爆発はそう語っていた。


 そして狙われる当の本人。夜叉は憤怒していた。


「某さえ殺すことができれば良いのだろう……! 何故、何故病院を爆破している!」


 立て掛けてあった愛刀を握り、夜叉は病室を出ようとした。

 だが彼は重傷を負った身である。

 上半身に巻かれた包帯に血が滲み出しているのを見て、同じ部屋に居た白狐が夜叉を引き止めた。


「放して頂きたい白狐殿!」

「無茶言わないで夜叉! お腹の傷が開くわ」

「構いません!」

「閻魔がきっと始末してくれるから。今は安静にしていて!」

「奴らは某だけが狙いなのです。某が被害の出ない場所まで――」


『無駄でありんす……』


 夜叉が使っていたベッドの上から、刺客《鈴女蜂》が弱々しく呟いた。

 気絶していた彼女がこんなに早く目覚めた事と、無駄という言葉に驚いた夜叉と白狐は動きを止めた。


「鈴、無駄とは?」


 鈴女蜂は未だ痛む身体を動かし、上体を起こした。

 閻魔の魔力衝撃波連撃〈八大地獄〉を食らったのだ。さすがに脚は動かないらしい。


火羅繰カラクリ……。あいつが来たでありんす。我々は確かに夜叉兄ぃを消せという命を御頭から承った。でもあいつはそんな命、どうでもいいと考えているでありんす』

「火羅繰? 某の知らぬ名だ。某が抜けてから狩魔に入った者か」

『そうでありんす。爆客、火羅繰。あいつは夜叉兄ぃを殺すだけじゃ済まさない。狩魔の中でも危険な男でありんす。あの男は城落としの名手』


「私、聞いたことがある」

 白狐が声を震わせた。

「正門から、真正面から城へ入り、城に張り巡らされたあらゆる罠も無数の兵士も薙ぎ倒してその城を落とす男が居ると……」


 鈴女蜂は頷いた。

『あいつの怖いところは、落とした城には何も残さない非情さでありんす。すべてのものを灰に変え、生き残りなんて存在させない』

「つまりその爆客、火羅繰はこの病院に存在する者を皆殺しにして……焼き払うつもりだというのか」

『だから……あちきが先発の刺客として、夜叉兄ぃを仕留めさせて欲しいと火羅繰に頼んだでありんす。あちきなら暗殺という形で忍びこんで……。でもあちきにはできなかった。だから火羅繰が動いたのでありんす』


 本当は夜叉を殺したくないのに。

 自分がやらないと火羅繰が大量殺戮を始めるから。

 鈴女蜂は苦渋の判断をしたのだ。


『誰も火羅繰には勝てない……勝てないでありんす。火羅繰だけじゃない。御頭の送り込んだ連中は、あちきには手に負えない……』


 プロの殺人者プレイヤーであり、狩魔でも上位に位置する実力を備えたこの鈴女蜂でさえ臆するとは。


「だが閻魔殿も居る。それに火羅繰を仕留めるのが先決だ。放っておけば皆が……」

『夜叉兄ぃは狙われているんでありんすよ。他人を助ける暇は無いでありんす』

「く。他にも兄者の送り込んだ連中が居ると言ったな。では某はどうすれば……!」

『兄ぃ……』

「教えてくれないか鈴。某を狙って送り込まれた者達はあと何人だ」

『………』

「頼む鈴。某の命などくれてやる。だが他の患者を巻き込むわけにはいかない! それは鈴も同じ考えの筈だ!」


 それでも鈴女蜂は口を閉ざしていた。

 聞くだけ無駄だ。

 そう見切りをつけたのは、夜叉を支えながら話を聞いていた白狐だった。彼女は夜叉を近くの椅子に座らせ、自ら部屋を出ようとした。


「私が閻魔の手助けに行くわ。火羅繰とかいう男を始末すれば患者達の安全は確保できるのでしょう?」

『………それは非効率。で……ありんす』


 ぼそぼそと鈴女蜂が小声で唱えた。

『……火羅繰は、他の者に任せておくが吉。狐の姉さんは、この部屋の前で次の敵に備えるべき……で、ありんす。そうした方が、夜叉兄ぃが長く休める』

「鈴……」

『あちきは夜叉兄ぃに死んでほしくない』


 ダメージの残りで震える腕を伸ばし、刺客は自分の槍を握る。

 それを杖代わりにして立った。


『もう後戻りはできないでありんすよ。これであちきも抜け忍。誅殺対象。こうなったら意地でも戦ってやるでありんす』





 ◆ ◆ ◆





《――であちきも抜け忍。誅殺対象。こうなったら意地でも――》


『……鈴女蜂、所詮は弱小忍者よ』


 あらかじめ小娘の身体に付けておいた盗聴器から聞こえてきた一連のやりとり。

 火羅繰は特に怒りもせず、ただ鼻で笑うだけだった。


 その装甲には傷一つなく、焦げた瓦礫を踏み砕きながら悠々と病院の中へと入っていた。無論、あの役立たずの刺客が漏らしていたように正門からである。

 ずりずりと片腕で引きずっているソレは、もう機能を停止している。

 無謀にも〈たったの〉十二人で突っ込んできたガラクタ共のなれの果てだ。

 そんなものをどうして引きずっているのかというと……


『ふん』


 火羅繰はガラクタを目の前の壁にぶつけて破壊した。

 ちょうどいい鈍器が欲しかっただけなのだ。これなら自分があまり力を使わなくて良い。

 使用済みの〈元〉式神十二式には用が無くなったのでそこら辺に投げ捨てておく。


(しかし閻魔という男が気になるな。どうせ灰にすることになるが)


 そんな事を考えながら歩いていた男は壁に真正面から激突した。

 そのまま壁にはめきめきと罅が入り、崩れてしまう。

 なんとこの男、正面から入って今に至るまで一度も方向を変えずに歩いていたのだ。

 夜叉の病室まで一直線の、まさに最短ルート。

 怪力と重厚な装甲が成せる常軌を逸した業だ。


 そんな火羅繰の前に、とある女が現れた。どうやらこの混乱する病院内で道に迷ったらしい。

 待ちかねた獲物だ。火羅繰は歩みを止めて女をじっと見た。


『………』

「………」


 女は火羅繰の前で立ったまま一歩も動かない。


『………』

「………」


『………ん?』

「………すぴー」


 女は寝ていた。


『突っ込みどころが多すぎる……』


 さすがの火羅繰も向きを変え、重い足取りでその女に近づいた。

 それにしても非常識というか、ある意味埒外というか。

 爆発音に一度目を覚まし、逃げる途中で気絶したのだろうか。


「………すぴー。えっと……右……で……突き当たり……むにゃむにゃ」


 寝言。

 火羅繰は自身に搭載されている院内図と、女の寝言を照らし合わせてみた。


『〈トイレ〉。厠だと?』


 逃げるどころか、ただトイレに行こうとしていたらしい。

 まあ、気絶したまま死ねるのだから幸せな女だ。

 構わず火羅繰は右腕を上げ、その女の頭を掴もうとした。


「へーっくしょい!」

『………!?』


 固まる火羅繰。

 女は自分のくしゃみで目を覚ました。が、寝ぼけているのか真後ろで佇む巨体にまるで気付いていない。

 虚ろな目でキョロキョロと周囲を見回し、背後の火羅繰に気付いた。

 だが女は、その火羅繰をとんでもないものと勘違いした。


「あら……? いつの間にかトイレに着いていたのね」


 なんとトイレの壁と間違えている。

 そのまま丁度いい高さにある火羅繰の膝装甲に腰掛けてしまった。


(ま、まさか……この女)

 爆客、火羅繰はカタカタと恐怖で震えた。

 火薬も湿る冷や汗の量だ。

(俺の膝を……便座と勘違いしている……!)


『ぬおお我が装甲が危険ではないかああああああ!』


 火羅繰は寝ぼけた女を抱え上げた。


「ほえ? トイレが動いた……」

『起きろ馬鹿者!』

「ほえ? あらあら。寝ちゃってたみたい」


 ようやく女は覚醒してくれた。

 無駄に息を荒げる火羅繰にも気付いたようだ。


「あらこんばんは。面会時間は過ぎてる筈だけど、どちら様?」

『か、火羅繰』


 律儀にも名乗ってしまった。


「火羅繰さんね。私は須藤彩花よ」

『む? 須藤……。人間か?』

「あら、貴方わかるの?」

『どうやって異界へ来た』

「どうやってって……バンプがブワッて開いてピューって来たの」

『うむ。全然わからぬ』


 須藤彩花というこの女に多少興味はあったが、火羅繰は未練も無かった。

 敵城内に存在する全ての生けとし生けるものは老若男女問わず灰にする。

 それがこの男のルールだからだ。

 今までもそうだ。

 助けてくれと懇願する者も。無力な女も。老人も。赤子でさえ。全部燃やし尽くしてきた。


『世界は斯くも非情なのだよ』

「え?」


 きょとんとする彩花の頭を鷲掴みにする。

 ぎりぎりと、万力の如きパワーで頭を締め付けられたらさすがに彩花もこの非常事態を理解した。


「あなた……何……?」

『爆客』

「どうして……こんなことを」

『標的は夜叉。だが標的を滅するだけでは遺恨が残る。故に目撃者だけでなく、この建物ごと消し去る。それがこの火羅繰のやり方。諦めろ』


 彩花の頭を握りつぶす寸前のところで、彼女に救援が現れた。

 火羅繰は腕に加えていた力を緩め、ゆっくりと身体を動かして向きなおる。彼の目の前には壁。

 そして次の瞬間、まるで砂のように壁が粉々になり崩れた。


「須藤さん!」


 どうやら砂ぼこりの奥からの声からして、助けに来た者も女のようだ。

 蛍光灯も破壊された暗い空間で、火羅繰に備わった三つの目がじっと粉になった壁の向こうを見つめた。


 ――素早くうねる何かが見えた。


『ん』


 細い蛇のような動きで向かってきたそれを、火羅繰は緩慢だが無駄のない動きで避けた。

 避けた後も目で追って観察すると、それが鋼の糸だとわかった。


(極細のワイヤー? 壁を粉々にしたのはこれか)


 火羅繰が彩花から目を離している隙に女は素早い動きで接近してきた。

 爆客の装甲で覆われた大きな腕めがけてドロップキックを見舞う。

 手の力が緩んだ一瞬を見計らって、女は彩花を助けだした。


「まだ殺されてないみたいで良かったわ」

「あら。物騒なこと言わないで頂戴、タイたん」


 頭を押さえながら立ち上がる彩花の前に立っていたのは、破壊業者のタイタンであった。


「動けるなら、早く逃げて。私の来た道を辿ればエリート餓鬼と合流できる」

「あ、ありがと。この火羅繰って人、強いわよ」

「壊し甲斐があるってもんよ」


 タイタンは独特の手甲を擦り合わせた。

 大木のように佇む火羅繰を一瞥した彩花は、頭に受けたダメージで足をふらつかせながらその場を離れて行った。

 火羅繰は別に追おうという気はないらしい。後々始末するのだから今は放っておいても良いということだろう。


『どこへも逃げられはしない。既にこの建物の周囲には大量の爆薬を埋め込んである。ただの地雷でも罠でもない。この火羅繰による〈火炎結界〉。出る事も叶わなければ、俺の合図で結界内を猛火で包み込む事もできる』

「起爆も解除もアナタ次第ってことね」


 鋭く尖った爪を動かしてタイタンは威嚇した。


『その通りだが?』

「なら解除してもらおうかしら」


 女はステップを踏み出す。

 対して男の方はぴくりとも動かず女を見ていた。


『解除などすると思うか?』

「無理矢理させる」


 ああ。なんだそういうことか。

 やっと火羅繰は理解した。

 さっきから自分の前に立ちはだかりステップを踏み出すこの女が、いったい何を考えているのか理解できていなかった。

 そして火羅繰は笑った。


『さっきから何をしているのかと思えば。俺とやり合うつもりだったのか』


 火羅繰にとっては想像もつかなかった。

 一目見ればわかる。堅固を窮めた大木のような図体と、ただ鋼鉄の板程度の装甲を纏った女。

 体格差はもとより戦力差は火を見るより明らかだ。


『狩魔衆というプロの殺人者プレイヤーを前に戦うとな』

「あら? 破壊業者という専門家スペシャリストも知らないのかしら」


 互いに無言での睨み合いが続いた。

 狩魔衆vs破壊業者。

 闇の殺戮者と無差別破壊者。

 双方、特異な集団に属しかつ特異な能力を有した二人だ。


「はあああ!」


 先に仕掛けたのはタイタン。

 彼女が腕を振ると、大きめな手甲に備わった鋭い爪が外れて火羅繰へ向かって飛んだ。

 先程の細いワイヤーが爪と手甲とを繋ぐように伸びていた。


 直後、火羅繰も動く。

 両腕を背中に回し、背負っていた巨大なバックパックの中に腕を突っ込んだ。

 引き抜いた両腕にはなんと……六つの砲身を有した巨大な機関銃。

 ガトリングガンだ。

 大の男でも両腕で抱えるような代物なのに、それよりも大きなサイズを片腕に一つずつ。両腕に装着している。

 いや、そもそもガトリングガンとは戦闘機や戦艦に備わっているような兵器で、携帯するようなものではないのだ。


 タイタンの爪は全部で十。

 ワイヤー操作で摩訶不思議な軌道を描きながら火羅繰へ向かってくる。

 それを火羅繰は猛烈な弾幕で迎え撃った。


 火羅繰の持つガトリングガンの弾丸は25mm〜30mm。対戦車、対艦ミサイル防衛用バルカン=ファランクスと同等のものだ。別名、無痛砲。

 痛みを感じる間もなく一瞬で身体が散り飛ぶから無痛砲と呼ばれる。

 恐ろしいのは弾幕の展開率。

 1秒に100発を撃ちだすその制圧力だ。

 それを両腕に。つまり1秒で200発撃ち込んでくるというのだ。


 たった十のタイタンの爪は一瞬にして弾かれてしまうのは当然のこと。


「こんなバケモノ、見たことがないわよおおおお!」


 アグレッシブに戦いを挑んだタイタンはすぐさま逃げの体勢に入ってしまった。

 というか、逃げ切れるかも怪しい。


――ヒーーーーン。

 こんな空気の擦れるだけの音が発砲音だというのだ。

 弾道なんて見えやしない。壁が波打ち、粉になっていく。

 廊下も病室も瞬きせぬ間にその境界を失ってしまい、放っておけば数刻もせぬうちにこの病院自体が粉々になってしまう。


 砂ぼこりに埋め尽くされ、霧のようになる。

 その中でタイタンは床を這うように転がり回っていた。


『死体も残さん。が、あまりこの火器は好きではない……』


 火羅繰は壁の破壊される騒音の中、独り言のようにぼやいた。

 彼がガトリングを好かない理由。案の定それはすぐに見られた。


――ガキン!


 片腕のガトリングが弾詰まりを起こしたのだ。

 粉のように壁の破片が舞い散るこの空間ではガトリングのギミックに異物が入り込んでしまうのは仕方のない事。

 故に火羅繰は場所を選ぶこの武器をあまり好ましく思っていなかったのだ。

 使えなくなった片腕のガトリングを破棄。

 もう片方のガトリングもひとまず射撃を中断させた。


 カラカラと銃身の回転する音だけになり、今までの騒音が嘘のような静寂さに包まれた。

 あとは瓦礫のこぼれる音くらいか。


 暗闇に加えてこの砂埃。

 火羅繰はじっと周囲に気を配っていた。

 あの女は死んだだろうか。まああの弾幕の中で生き延びる方がおかしい。

 死体も粉々だろう。探すだけ無駄だ。


「てやあああああああ!」

『――!』


 足元!?

 床を突き破って先ほどの爪が飛び出してきた。

 ガトリングの弾に弾かれて原形を留めていること自体、ありえない。が、もっとありえないのは――


『この極短時間で、地面に潜ったのか……!?』


 誰に問うているわけでもない。

 火羅繰はガトリングを床に向けるも、その愚鈍な動きが災いした。


 爪と繋がったワイヤーがガトリングの周囲に巻き付き、絡まる。

 タイタンの必殺技が炸裂した。


「〈リゾルヴ・パウダー〉。起動」


 火羅繰がいくらトリガーを引いてもガトリングからは一発も弾が出ない。

 ずるりと銃身が斜めにずれ、床に落ちた。

 亀裂は一本だけではない。何度も斬られたようにバラバラになってしまった。


『これは……』


 床から出てきたタイタンがワイヤーを巻き戻し、爪をはめる。


「自己紹介が遅れたわ。破壊業者。無限粉末師、タイタン」


 バラバラになったガトリングの残骸は更に砕けて粉になった。

 その有様を見た火羅繰はようやくこの女を敵と認めたのだろう。


『狩魔衆。爆客、火羅繰』


 改めて名乗った。

 両者の気迫がぶつかり合う。砂埃が二人を中心に弾けた。


『火遁、熱鎖!』


 今度は火羅繰が先に仕掛ける。

 男はタイタンの手甲と同じように指先を飛ばした。繋がっているのはワイヤーではなく鎖だ。鋼鉄の鎖は熱を帯び、赤く輝いている。

 鞭のようにしなる鎖を床に叩きつけると、床は焦げるどころか溶けてしまった。燃え粕は少量だ。 

 どうやらただの鎖ではないらしい。鉄ならとうに融解している温度だ。


「私の手甲とやり合うつもり?」


 熱鎖の鞭をバックステップで回避し、同じくタイタンも手甲から爪を飛ばした。

 狙うのは敵の腕だ。奴の太い腕さえ切り落としてしまえば優位に立てる。

 火羅繰も熟練の忍。タイタンの思惑など読んでいた。この巨体とこの戦法で今まで戦ってきたのだ。そして生き残ってきた。つまり火羅繰に死角は無いということだ。


 腕を絡み取ろうとしなるタイタンのワイヤー。

 そのワイヤーを絡み取ろうとしなる火羅繰の鎖。

 十本対十本の絡み合い。


 勝ったのは――タイタンのワイヤーだった。


「リゾルヴ・パウダー!」

『ぐ……』


 ワイヤーを操るタイタンの卓越した技術。だがそれだけでは破壊業者としては三流。

 それに加えて彼女の手甲がタイタンを一流の実力者足らせる由縁を秘めていた。


 それこそが驚異のシステム。リゾルヴ・パウダーだ。

 手甲に搭載された高振動発生装置をワイヤーと爪に伝わらせる。その振動率は物質を分子レベルにまで分解させてしまうほどである。

 彼女が無間粉末師と称されるのはこれがあるからだ。

 この力によってタイタンは一瞬で地を掘る事も出来れば、硬度を無視してワイヤーで絡め取った物質を断ち切る事もできる。

 如何に火羅繰の鎖が耐熱性を帯びた特殊なものであっても高振動ワイヤーの前では無意味だった。


 そして彼女はワイヤーに頼らずとも常人を遥かに凌ぐ体術をも持ち合わせていた。

 苦し紛れに振るった火羅繰の拳を、ひゅらりとかわす。

 この動きにはさすがの火羅繰も驚いた。

 落ちる木の葉のように自然で滑らかな。全身を空気に溶け込ませたようなこの動き。


(この女、御頭と同じような動きを……。身体の運び方を完成させているのか? 否。まだ御頭まで至っていない。未完成だ。しかし……さほど差は無い)


 拳をかわされた火羅繰は三つの眼でしかとタイタンの姿を追っていた。

 愚鈍な図体は反射神経に追いついてくれない。


「片腕、貰ったあああああ!」


 タイタンは太い腕にワイヤーを絡ませた。

 あとは透き通るように高振動ワイヤーが切断してくれる。


『火遁、火走り』


 タイタンのワイヤーが燃え上がった。

 同時に火羅繰の腕から無数の噴火口が開き、猛烈な炎を吐きだす。

 炎の拳だ。

 その高温は周囲の物質を瞬時に溶かしてしまうほど。

 無論、火羅繰の腕に近づいていたタイタンも高温の空気を浴びてしまった。


 盾にもできる手甲で顔を覆う。


 ワイヤーは溶けてしまった。さっきの鎖とは段違いの温度だった。


「あ、熱い! あああああ!」


 溶けだした手甲の熱に耐えられずタイタンは転がりながらそれを外した。

 高振動発生システムはとっくに死んでいる。

 彼女は無限粉末師としての武器を失ってしまった。

 それとは対称的に火羅繰はもう片方の拳も炎で包み、火炎武装を強化させる。


『往くぞ。火遁、猛火炸裂』


 両拳を叩き合わせ、高温度の熱波を発生させた。

 タイタンは物影に隠れて熱波を避ける。


『粘れば粘るほど、苦悶は大きいぞ女』


 粘る気などない。

 そもそも粘る程の時間が残されていないのだ。

 汗だくのタイタンは歯を食いしばった。この高熱で体力が大幅に削られている。

 もっと厄介なのは熱ではなく空気だ。

 一酸化炭素が辺りに充満しつつある。それにこの高温。火羅繰の近くで一度でも呼吸してしまえば終わりだ。肺が焼け、一酸化炭素中毒で死んでしまう。

 ――だから火羅繰は耐熱加工を施した重装甲に全身を包み、頭部がガスマスクのような形状をしていたのか。


『そこか』


 熱波がタイタンの隠れていた壁に当たり、融解した。

 背中の装甲板が熱を帯び、慌てて外す。

 身を守るためのアーマーが全く役に立たない。

 別の壁に隠れたタイタンの膝は震えていた。


(怪物だ……本物の怪物だ……。強すぎる。勝てない……私じゃ勝てないよ)


 ネガティブ。

 タイタンの悪い癖がここになって現れた。

 一度マイナスの方向に物事を考えてしまうと、とことんマイナスな精神状態へ突き進んでしまう。

 怯え、恐怖し、戦慄に蝕まれる。なんの抵抗も無しにネガティブな感情を受け入れてしまう。それが彼女の悪い癖だった。


「助けて……だれか。ベル。イダ。神楽。殺されちゃう」


 頭を抱え、カタカタと歯を鳴らすタイタンの姿はとても弱々しい。

 周囲を包む熱が彼女の恐怖を後押しした。



 ◇



――まーた泣いてんのかお前はよぉ。

(……!?)


――みんな一生懸命戦ってんだぜ?

(で、でも相手が悪すぎる……)


――相手の良し悪しなんか関係ねえだろ。甘ったれんな。

(無理。無理よ)


――ギャハハ。そんな弱音吐く奴はお前くらいだ。

(いいのよ。私は弱い、弱いんだから)


――でも誰も助けちゃくれねえ。

(嫌よ。助けてよベル。お願いだから)


――いつまでも俺を頼るな。

(そんな……)


――もし俺が居なくなったら、誰が神楽を守ってやるんだ? 韋駄天か? あいつは一番小さい。お前がしっかりしないと駄目じゃねえか。

(神楽……)


――それに今お前が敵を止めないとマズイんじゃねえの?

(あ、彩花さん……。みんなも……)


――戦闘に集中しろ。世の中に無敵は存在しない。あの惨劇だって無敵じゃあなかった。

(無敵は存在しない……)


――武器が無いなら戦闘領域で調達しろ。基本だろ。

(武器は……この場で調達)


――怖がんな。よーく観察しろ。敵はお前を諦めさせようとするが、どんな言葉にも耳を貸すんじゃねえぞ。

(よく観察)


――破壊業者だろ。徹底的に壊せ。綻びを見つけて壊せ。

(ベル……)


――ギャハハハハ! 全力でデストロイしろよ!

(簡単に言ってくれるわね)


――お前はこのベルゼルガ・B・バーストとチームを組んでいたんだ。デストロイ余裕だろ?

(……ありがとう)


――……こちらこそ……な。

(え?)




 ◇




 タイタンはゆっくりと頭を上げた。

 鼻をすすり、涙をぬぐう。


「勝手に言いたい放題言ってくれちゃって……」


 もうネガティブにはならない。

 勝つ。

 あいつを壊す。

 自分は破壊業者だから。

 生き残れたらあの男に一言二言、文句を言ってやるんだ。

 レディの心にノック無しで現れるなんて、どんな感覚しているんだと。

 それでその後に、お礼を言ってやるんだ。


『……もう逃げられんぞ』


 火羅繰はまた熱波を放った。今度はより強力に。壁を貫通する威力だ。

 ギリギリのところで転がり出てくる影。

 炎によってほんのり赤く照らされた空間に、彼女はゆらりと立ち上がった。

 つい先程までの逃げ腰はどこへ行ったのか。

 火羅繰はレンズを絞ってタイタンの姿をよく見ようとした。


「こんな火達磨、怖くない」


 タイタンは呟き、疾走。

 愚鈍な敵の視界から外れるように横へ走った。

 そして立ち止まり、距離を置いた位置からじっと火羅繰を観察する。

 ひたすらそれを繰り返した。


(不気味な女め。誰かから助言でも貰ったか。フン、馬鹿な、この状況で? ありえん)


 火羅繰の熱波は突然当たらなくなった。

 タイタンに直線方向である軌道を読まれたということか。


『どんどん行くぞ破壊業者』


 火羅繰は腕を横に振る。

 すると火球がずらりと並んだ。


『火球ショットシェル』


 ドン、と一斉に火球を飛ばす。

 それは放射状に放たれ、一定の距離まで飛んだ後、なんと空中で静止した。


『爆散ボムシェル』


 火球は空中で破裂。

 細かい火球となって360度、辺りに飛び散った。


 ただしタイタンはこの攻撃を読めていた。

 この火球は言わば時限式炸裂爆弾。

 これと似た攻撃をする人物を彼女は知っていた。

 音使い。音爆のラビット・ジョーカーだ。

 彼も指を鳴らす事で音の塊を放ち、自由に爆発させることができる。

 実はタイタンは過去、魔導社制圧の仕事を請け負った際にラビット・ジョーカーとの戦闘を経験していた。

 音は目視出来ないだけに厄介だが、この火球は見える。避ける事など容易かった。


『ぬ。火球ショットシェル。火遁、熱波』


 火羅繰は火球と熱波を織り交ぜて攻撃してきた。

 しかし、この二つの攻撃はもう避け方を覚えてしまっている。織り交ぜたところでタイタンに避けられない攻撃ではない。


「大丈夫。いける。私はあの最狂とチームなのよ」


 自分を励ましながらタイタンは壁から天井に飛び移り、駆ける。


『馬鹿が。天井は一酸化炭素が最も濃い。自殺行為だ』

(私には何も聞こえない。何も聞こえない)


 たしかに毒となる空気は濃い。

 が、その濃度によって霧のように姿が見えなくなる。

 実際に火羅繰はタイタンを見失っていた。


『散炎、赤柱十六束!』


 火羅繰は四方八方に十六本もの炎柱を発生させた。

 どれもタイタンを仕留められていない。


『散炎、赤柱三十二束!』


 さらに倍の炎柱。

 完全に狙いを定めていないランダムな攻撃だが、攻撃の手を緩めれば反撃の隙を与えてしまう。

 ここに来て火羅繰も焦り始めていた。

 愚鈍な動きで俊敏な敵に打ち勝ってこられたのは、多種多様な攻撃と絶え間ない攻撃、面を意識した広範囲、点を意識した狭範囲、そしてそれに耐えうる装甲を見事に組み合わせた結果なのだ。

 そしてそれには敵の姿を捉え続けることが必要不可欠。

 いくら広範囲攻撃を繰り出し続けたとしても、我武者羅な攻撃では効果を発揮できない。

 その事を重々承知しているが故に、今の状況は火羅繰にとって芳しくなかった。

 先ほど女の体術を目撃しているから尚更である。


(どこへ。どこへ行った!)

『この火羅繰の重装甲の前には如何なる攻撃も無意味。先程の高振動ワイヤーなら道が開けたかもしれんが、今のお前に成す術はない』


「それは……どうかしら?」


 女の声。

 火羅繰はしめたとばかりに声のした方を向き、熱波と火球と炎柱を同時に放った。


「確かに貴方は強い。多種多様な、変幻自在の炎を使った攻撃。さすがは狩魔衆。でも、強者が絶対にしてはいけないことがある」


 炎の渦を縫うように、何かが火羅繰に向かって飛んできた。


「それはね。過信と油断よ」


『ぐ――があああああああああああああああああああ!』


 三本の細い鉄骨がそれぞれ火羅繰の三つの眼に突き刺さった。

 巨体が激しく揺れ、火羅繰は首を振りながら苦悶の声をあげた。


 鉄骨を抜こうにも抜けない。抜けば超高温の空気と一酸化炭素が一気に流入してくるからだ。

 炎を操る忍びであるが故に自分が最も高温の中に居る。

 視界を奪われた火羅繰はひたすら炎を纏った腕を振り回した。


「貴方は超高温の炎を操る忍。その身を守る装甲は確かに堅固。でも、全身をその硬い金属で覆う事は出来ない」


 タイタンは振り回される腕をひらひらとかわしながら近づく。

 そして火羅繰の肩、膝、腰にある装甲の隙間を狙って鉄骨を突き刺した。


『ゴフ――』


「そう。耐熱に優れていても脆い部分だってある。視界を確保するためにデリケートなレンズ。柔軟な動きを要する関節部分。ここが貴方の弱点」


 完全に弱点を見破られた。

 火羅繰は腕から放出されていた炎を止め、地に膝をつく。


『ま、まさか……自分の炎で熱せられた鉄骨に……刺されるとは……な』


 針山のように身体に鉄骨を突き立てた火羅繰。

 ついに炎を操る大男は壁にもたれかかるように崩れ落ちた。

 関節を破壊された火羅繰はもう動くことができない。


『殺せ』

「……殺したいのは山々。でもね、うちの破天荒はそういうの好きじゃない子なの」

『この火羅繰は……女子供問わずに殺戮を繰り返してきた男だぞ』

「でももう貴方は誰も殺せない。その身体では忍として生きることはできない」

『なるほど……』

「貴方の買った恨みは無数。遺恨を避けたくて皆殺しの行動をとっていたと言っていたけれど、そんなものじゃ人の心は打ち消せない」

『よく……わかっているな』

「貴方は私ではなく、いずれその遺恨に殺される」


 火羅繰は笑った。


『それも忍の宿命よ』

「………」

『ゆっくりしていて……いいのかな?』

「なんですって?」

『クク、俺の他にも狩魔衆は来ている。これだけ激しい戦闘をしていても、誰も来なかった。つまり……』

「みんな他の狩魔を相手しているってこと!?」


 慌ててタイタンが駆けだす。


『待て……女』


 火羅繰はタイタンを呼び止めた。

 そして……


――バキン

 と金具が外れる音と共に火羅繰の両腕が床に落ちる。

 外れた後の腕は無かった。


「義手だったの?」

『そんなことはどうでもいい。お前は俺との戦闘で武器を失ったろう』

「これは……?」

『炎を操る火羅繰の仕掛け籠手だ。持って行け』

「え。いいの?」

『もう必要ない。使い方は解るだろう。火羅繰は強き者を焼き尽くす忍だ。お前は火羅繰を上回った。狩魔の忍であろうと関係なく……その炎で強き者を燃やし尽くせ。クク、ククククク』


 つくづく奇妙な男だ。

 そう思いながらもタイタンは義手から仕掛け籠手を外して自分の腕にはめた。


 走り去る女の背中を見送りながら、火羅繰は少し首を動かした。


『遺恨が俺を殺しに来る? ククク、ククククククククククク』

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