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宴章 最狂〜ベルゼルガ〜

【クロスキーパー船底】


 穿たれ、割られ、もはや艦の機能を果たさず沈みゆく運命にあるクロスキーパーの底はほぼ海水に呑まれてしまっていた。

 浸水の勢いは凄まじく、生き物のように水は廊下を猛スピードで這っていた。

 それは未だ艦内を彷徨う自律兵器を飲み込み、この巨大な船を侵食する。


 その瀬戸際に、とある三人が居た。


「昔を思い出す」

「血が躍るな」

「とは言っても、機械が相手では爪も牙も欠けてしまうのが困ったところだ」


 その者達は毛皮に包まれた狼人だった。

 一人が口に加えていた自律兵器の腕を噛み砕き、ペッと吐き捨てる。

 残骸は浸水した室内にぼちゃりと落ちた。

 この者達は飛空挺ルシファーの乗員。

 かつて最終戦争ラグナロクで戦った古の兵士でもあった。

 彼等の目的は脱出路の確保。この場合、脱出用の乗り物の捜索だった。


「参ったね。どうも……」

「艦内は敵だらけ。おまけに水攻めときた」

「船底のドックは絶望的。機動歩兵が余ってるかもと思いきや、ご丁寧に全部ぶっ壊されて……これじゃあボス・ジャッカルに叱られる」

「なんてったって見事に手ぶらだからな」

「手土産にこいつらのパーツに含まれるレアメタルだけでも持って帰るか?」


 ケラケラと笑い、狼人は脚を振る。

 背後に迫っていた自律兵器の頭を捉え、首からもぎ取った。もぎ取られた頭部はそのまま壁に埋まり、狼人の足の裏でぐりぐりと押しつけられていた。


「いらねえか」


 一人が敏感な鼻を動かした。

 にやりと大きな口に笑みを浮かべる。


「戦士のニオイがする」


 二人も鼻を動かし、確かに感じ取った。

 上の部屋だ。


 浸水が進む部屋に長居は無用。

 三人は今までそうしてきたように、部屋の天井にある換気用ハッチの中へと入って行った。



 戦士としての嗅覚。

 戦線を離れてはいたが、それは未だ研ぎ澄まされていた。


――戦士。


「これは」

「見事な」

「死に様……」


 部屋中を埋め尽くすように散らばったガラクタ。それらは全て自律兵器の残骸だ。

 足の踏み場など無い。ガラクタの山だ。壁中穴だらけで、焼け焦げている。硝煙の残り香がかすかにした。

 その部屋の中心。

 そこに一機の機動歩兵が膝を着いて機能を停止させていた。

 一体どれほどの激戦を繰り広げていたのか。

 人知れず、一機の機動歩兵はここで戦っていたのだ。


「パイロットは?」

「……そこだ」


 ひび割れたヘルメット。刃の折れたコンバットナイフ。空のマガジン。曲がったライフル。

 最後の最後まで戦い抜いた一人の破壊業者が機動歩兵の足元で力尽きていた。

 その亡骸を丁寧に動かし、壁際に移動させる。

 それから狼人の一人が機動歩兵のハッチを開き、乗り込んだ。


「動きそうか?」

《残弾はゼロ。閃光砲のエネルギーも切れてる。それに駆動系にガタがきてる。が、飛ぶ分にはなんら問題はない》


 それを聞いた二人はライフルとナイフを破壊業者の腕の中に抱かせ、喉を鳴らした。


「グルル。あんたの相棒、もう少しだけ役に立ってもらうよ」

「機動歩兵の識別用プレート――コイツの名札は置いて行く。だから堪忍な」


《さっき居合わせた機動歩兵乗りの子供と合わせてこれで二機! 十分全員脱出できるだろう》


 機動歩兵は天井を殴って穴をあけ、道を開く。

 浸水はこの部屋まで飲み込み始めていた。

 水に浸かってゆく破壊業者の亡骸を狼男達は一瞥した。


「利用されたところで逃げる事もできただろうに……」

「これが破壊業者って連中だ。破壊可能な物を置いて去るという考えを持ち合わせていない。もはや特性だ」

「そこまで知った上で利用したのだろうな。フライヤ・プロヴィデンスは」

「しかし実に恐ろしきは……」

「その更に上で操っていた惨劇のカタストロフか」

「最終戦争じゃあ、誰も奴の危険性を危惧していなかった。皆、突如として参戦した鴉天狗のクローへ気を向けていたからな」

「No.13……。クローの裏で活躍した隠れた部隊。歴史の裏側で動いていたが故に詳細も掴めず、この有様だ」

「情けない限りだなまったく」


 自嘲するように鼻で笑った。




 ◇ ◇ ◇




【其の破壊業者――最狂】



 クロスキーパー内。おそらく現状もっとも激しい戦火の中に居るのがこの四人。

 ガーディア、ベルゼルガ、神楽であろう。

 負傷したベルゼルガと神楽を守りながら戦闘を請け負っていたガーディアも、絶対の防御を誇る盾に魔力を奪われさすがに疲弊しきっていた。

 一体どこから沸いてくるのか、まだまだ自律兵器の数は一向に減らない。

 零鋼の所為で飛び道具まで放って来るこいつらはなかなかに厄介で埒があかなかった。


「おいガーディア共……あとどれくらいで外に出られる?」


 神楽を背負うベルゼルガが苛つきながら問うた。


「なんだよ最狂、弱音かい?」

「この廊下を突っ切れば飛空挺用のドックがある。もうちょっとだよ」


 この廊下……。

 そう言われても敷き詰められた自律兵器によって前が見えやしない。


「この廊下を真っ直ぐか?」

「ああ、真っ直ぐだ」


 それを確認するとベルゼルガは背中から神楽を降ろした。

 何事かとガーディアも神楽も男を見る。


 彼は両手を合わせ、印を結んでいた。


「ベル、デストラクトディザスターを撃つの?」

「この時の為に温存しておいて良かったぜ」


 がぱり、とフルフェイスのヘルメットが開き、暗黒の光が溢れ出した。

 何をするつもりなのかわからないが、とりあえずガーディアはベルゼルガの前から退く。


 デストラクト・ディザスター。


 ベルゼルガの持つ生体兵器タタリガミが誇る最大威力の攻撃である。

 一つの軍隊をこの一撃で散らすことから、彼が〈ブレイクショット〉と呼ばれる由縁ともなっている。

 魔導社に於いて対死神・里原準戦で放つ直前に倒された過去も持つ。


「下がってろ。道が開いたらダッシュしろよ」


 わかった。と、Rガーディアが代わりに神楽を背負う。

 背負われた神楽は驚いた。

 Rガーディアの肩が――いや、全身が軽い痙攣を起こしている。

 聖盾の使い過ぎで身体が限界に達していたのだ。それはLガーディアも同じだった。

 神楽はRの肩を叩いた。


「なんだ?」

「ありがとね」

「礼ならここを出てからにしろよな」

「そっか。そうね」

「ま、この後惨劇を止める奴がいなきゃこの世界ごと終了だけど。それでも俺たちゃ天国再興に努めなくちゃいけない」

「忙しくなるわね。このお礼を言う暇くらいは作ってよ?」

「ハッ、はいはい」

「これからも……やっぱりフライヤに付いてくの?」

「まあねー。アイツは俺達がいないと駄目だからなー。寂しがるだろうし。なんだかんだで俺達もアイツが好きなんだよ」


 欠けた兜を被ったRはやれやれと首を振った。

 その間にベルゼルガの攻撃準備が整ったらしく、全員が彼の後ろへ回る。


 そしてデストラクト・ディザスターは放たれた。


「っ!」

「っ!」

「っ!」


 紅い稲妻を纏った黒いエネルギーの塊。

 ベルゼルガの魔眼から放たれたその光は一瞬にして廊下の自律兵器を消し飛ばした。

 規模はそれだけに留まらない。

 廊下自体が光を収めきる事ができずに砕け、クロスキーパーの内部大半を抉り消した。

 光を直線状に絞ったからこの程度で済んだものの、これが拡散・放射状に放たれればクロスキーパー自体が消えかねなかった。


「走れ!」


 叫ぶベルゼルガ。

 それを合図に全員がドックへ駆けだした。

 今の攻撃の影響でクロスキーパーは張りぼて並に不安定な廃墟と化し、崩壊の早さは数倍になったのだ。駆けだした四人の足場ですらどんどん崩れている状態だ。


《やっぱり今の光はアンタ達か!》


 ドックの外から響く音声。

 機動歩兵に乗った狼男の声だ。

――やっと救助が来た。

 嬉々として廊下を駆ける。


 デストラクト・ディザスターは狼煙の役も担ってくれたようだ。光を頼りに居場所を示す事が出来た。

 が、どうやらその狼煙は味方の救助だけでなく……敵をも呼び寄せてしまったらしい。


 背後から壁を突き破って、龍を模した巨大な頭が飛び込んできた。


 局地制圧用無人機動兵器――龍怒だ。


 こんなモノがどうしてまだ残っていたのか。

 配備されていた物の中、この龍怒だけは不良品で、飛行制御のシステムが故障していたのだ。よって零鋼のハッキングを受けても外へ出撃できず自分の近くに獲物が来るまで潜んでいたのである。

 そこへ黒い光。

 獲物が来たと、ついに動き出したのだ。


「これはまたデストロイデカイのが出てきたな」

「ベル!?」

「急げ、崩れるぞ!」

「おい何やってんだよ!」


 急に立ち止まって背後の龍怒に向きなおったベルゼルガ。

 異常な行動にガーディアがベルゼルガを呼ぶも、彼は動こうとしない。

 Lが手を伸ばして連れていこうとしても拒否した。

 無理もない。

 龍怒は壁から頭だけを出しているとはいえ、その砲口は無数。

 聖盾を使えなくなった今、後ろから撃たれたらひとたまりもない。


「ギャハハハハハ! このデカブツ、俺が引き受けたァ!」


「馬鹿言うな!

「今脱出しなかったら沈むんだぞ!」

「ベルお願いだから!」

《危険だ急げ!》


 それでも、彼は動こうとしなかった。

 そしてベルゼルガは黒いヘルメットを外す。


 銀色のラインが二本入った赤い短髪。

 にたりと笑みを浮かべた口には八重歯が見えた。


 それを神楽に向かって投げる。


「これ……」

「俺が親父から貰ったメット。あぶねえから被ってろ」

「嫌! 一緒に来てよ!」


 口をあけた龍怒へベルゼルガは銃弾を撃ち込む。


「後で行くから。待ってろ」

「無理に決まってるじゃない!」

「俺を誰だと思ってんだよ」

「自信過剰は命取りなのよ! いくらベルでも……」

「お・れ・を、誰だと思ってるんだ?」

「ベルゼルガ・B・バースト」

「称号は?」

「最狂」

「デストロイOK。イダとタイタンを頼んだぞ」

「でもあの二人は……」

「死ぬようなタマじゃねえよ。いいか、頼んだぞ。俺もすぐ戻る。待ってろ」

「絶対に帰ってきなさいよ! 死んだら殺すからね! アタシ……待ってるから!」


 背を向け、ベルゼルガはひらひらと手を振る。

 そして彼との間に瓦礫の塊が落ちた。

 ガーディアは神楽と共に機動歩兵に乗り込む。

 崩れ落ちた瓦礫によってベルゼルガの姿は見えなくなった。



 ◇




【最狂――最期の戦い】



「さて……と」


 愛銃〈ドゥーエシリンダー〉を両手に握り、くるくると回す。

 準備運動をするように首を鳴らし、未だに痛む肩を回す。


「最後の最後で狂えない最狂ってのもアレだな」


 更には持っていた武器類を降ろしてゆく。どれも使い物にはならなかった。

 彼の管理するパンドラの箱も大事そうに床に置いた。


「結局、残ったのはこの二丁だけか」


 目の前の龍が咆哮する。

 どう考えても拳銃で太刀打ちできる相手ではないのは明白。


 龍怒は待ち望んだ獲物に容赦なく攻撃を仕掛けてきた。

 砲塔からエネルギー弾が放たれる。対建造物用のサイズなので一撃でもベルゼルガの身体は消し飛ぶだろう。

 呪詛障壁でガードし、彼は側転した。

 それを追うのは機銃の連射。弾丸は殺傷力を高めた円錐状の槍だ。

 ご丁寧に、弾丸の一つ一つには障壁解除呪文が彫られている。つまりガードを貫通する弾丸なのだ。


 ベルゼルガは崩れた壁の突起を足場にして縦横無尽に駆ける。

 一度足場にした場所は追撃の弾丸によって脆くも砕けて行く。


「ッシャア!」


 半月を描いてジャンプ。

 その体勢で銃を連射した。呪詛で練り上げられた弾が龍怒の装甲に当たる。与えたダメージは微々たる量だった。

 着地。それからすぐ振り向き様に連射。

 カカカカカカン、という軽い音が龍怒の装甲から鳴った。


 双方、攻撃の手は緩まない。


「オン!」


 ベルゼルガは印を切って呪詛による幻影を作りだし、龍怒を翻弄しつつ動き回る。

 それに対抗して龍怒はセンサーを生体感知に切り替える。

 特殊なベルゼルガの分身は実体を持っており、そいつの放つ攻撃も龍怒に着弾していた。純粋に攻撃の手数が数倍に増えたということだ。


 ゼブラの作品は優秀。龍怒の性能は抜群に高く、特に射撃精度には目を見張るものがあった。イーグルの機動歩兵部隊をあれだけ疲弊させたくらいだ。

 ベルゼルガの分身は着実に数を減らされ、本体自身も紙一重の回避を繰り返していた。

 砲塔だらけの龍怒を攻略するにはその砲塔を一つ一つ潰していくのがベスト。しかし場所が悪かった。弾幕を避けて地道に攻撃を繰り返していてはいずれやられてしまう。広さが足りないのだ。

 降りしきる雨の中、水滴を避けて動くようなものだ。


「傘が欲しいところだな」


 休まず脚を動かし、彼は天井の瓦礫を撃った。

 読み通り龍怒の目の前に落ちてくる。


 大きさから見て、瓦礫が龍怒の弾幕を受けて粉砕されるまでおよそ2秒。


 そのたった2秒が強烈な攻撃を見舞う為にベルゼルガに与えられた時間だった。

 彼の動体視力でそれを感じ取った後、すぐさま両手に握った拳銃を振った。

 じゃき、と鈍い音をたてて刃が銃口の下から飛び出す。

 残った分身は四つ。


「待ってろよ破天荒女……」


 落盤が龍怒の視界を塞ぐ。

 こんなもの、と邪魔な瓦礫に機銃の連射を見舞った。

 あっという間に粉々となり、再び目標を確認する。

 その目標――ベルゼルガは、分身に囲まれて姿勢を低くしていた。

 銃剣を握った腕を交差させ、そのまま刃を自分の両肩に食い込ませて斬った。

 宙に迸った血で×の字が描かれる。


 龍怒はセンサーの故障を疑った。


 血で描かれた×の字が中心から引き伸ばされていく。


 空間の歪み……?


 否!否だ!


「〈瞬呪血殺〉!」


 空間が歪んだのではない。

 確かに×の字は伸びたのだ。

 四つの分身がそれぞれ宙の×を指でなぞり、四方から飛びかかってきた。

 ベルゼルガの血には呪詛が詰まっている。

 分身は龍怒へその血を纏った手刀を突き付けてきたのだ。姿は見えず、血の軌跡のみが見える速度で。

 一瞬である。

 回避、防御の行動を取る暇もなく呪血の斬撃が龍怒を斬り刻んだ。


 火花を散らして剥がれ落ちる装甲。

 ベルゼルガは頭部を狙って直接OSを破壊しようと考えたのだ。

 そうすれば必然、砲撃管制もストップする。

 頭部のみを曝け出したのが命取りとなったということだ。


「俺に火器じゃなくて術法を使わせたのは称賛に値するぜ。ギャハハ……」


――ドン。


 笑い声をあげるベルゼルガの脇腹を弾丸が貫通した。


「………?」


――ドドン。


 続いて放たれた弾丸が握った拳銃を弾き飛ばし、脚を貫いた。

 苦悶の表情で崩れ落ちる最狂。


「馬鹿……な」


 龍怒の頭部は切り刻まれて機能していない。

 なのに、まだ無事だった砲塔からは硝煙があがっていた。


 龍怒は機能を停止していなかった。


「砲撃管制……OS自体が……頭部には搭載されてなかった。別の場所に搭載されてたってことかよ」


 壁を突き破り、龍怒の身体の部分であるコンテナが姿を現した。

 頭部よりも多く搭載されたミサイルランチャーや機銃、砲塔。その全てがベルゼルガを狙っていた。


「絶体絶命ってな。ギャハハハハハ」


 ゆっくり、痛みに耐えながら立ち上がる。


「発狂は許されねえ……。アイツがいねえんだから。俺を止めてくれる奴がいねえんだから。ヒヒハハハハ、最狂が狂えない。こいつぁお笑いだ」


 ベルゼルガは弾かれた拳銃を拾い上げた。

 銃身が歪み、撃つことはできなくなっている。


「でも俺はそれでいいんだよ。デストロイいいんだよ」


 くるくる、と拳銃を回し、パッ、と握る。

 もう一度回して握る。

 もう一度。

 もう一度。


「オラ、早く来いよビビってんのか?」


 その挑発に乗ってなのか、龍怒は凄まじい機械音を鳴らした。

 それに負けない気迫で、男は駆け出す。

 クロスキーパーは崩れ、足場も海へ落ちてゆく中、この男はしっかりと墜ちる戦場に足を踏みしめた。


「ギャハハ、ギャハハハハハハハ!」


 男の名はベルゼルガ・B・バースト。

 称号は最狂。

 所属は破壊業者。

 異名は破壊愛好家、ブレイクショット。

 武器は呪詛を操る生体兵器タタリガミ、二丁拳銃ドゥーエシリンダー等多数。


 数々の戦場を生き抜き、数々の敵を撃ち抜き、己を貫いた。

 生まれた時から苦難に満ちた人生を運命付けられ、多くの犠牲を糧に生きた。


 最狂を終わらせたい。

 彼が破壊の中で見出した結論はそれなのかもしれない。

 それはとてもとても難しい事。

 故に彼は最狂である限り、最後まで――


 戦場に在り続ける。


「デェストロオォォォォォォォォォイ!」





 ◆ ◆ ◆





【帰還――ユグドラシルレール】




 機動歩兵に運ばれ、クロスキーパーを脱出した面々。

 ユグドラシルレールの上で降ろされ、皆、黙りこんでいた。


 ……敗北だ。


 惨劇のカタストロフを止めることができなかった。

 もう自分達にはどうすることもできない。


「ロシュ……。ちくしょう!」


 歌舞伎は地面を殴り叫んだ。

 あの子は惨劇と共に行ってしまった。

 ケット・シーも後を追ったとはいえ、零鋼を切り抜けてあの子を助けだすなど絶望的だ。

 なんと無力か。


「結局俺達はなにができた!? 惨劇の思うままに動かされただけだ! なあフライヤ!? ロシュに何かあったら俺はテメエを許さねえ!」


 怒りのままにフライヤへ詰め寄る歌舞伎。

 フライヤを守るようにガーディアの二人が間へ入った。


「お前がフライヤの立場に立って、統治者のプレッシャーに耐えられるのか?」

「フライヤだけを責めるな」


「上等だテメエら……!」


 殴りかかろうと拳をあげる歌舞伎を、韋駄天の機動歩兵が止めた。

 ヴァルキュリアも歌舞伎の前に立って目を合わせる。


《やめなよ! 今ここで喚いたってどうしようもないじゃないか!》

「歌舞伎。我々は罪を償う。今は落ち着きましょう」

《それに――》


 韋駄天の声の先。

 そこには皆から離れ、レールの隅でうずくまる神楽の姿があった。

 ラビットとジャッカルの手当てをする狼男達も、その姿に悲しげな目をしていた。

 韋駄天が機動歩兵から降りて神楽に駆け寄る。韋駄天という小柄な少女は神楽の顔を覗いて座った。

 歌舞伎も目を伏せた。


「破天荒のお姉ちゃん……」

「イダ……また会えてうれしい」

「うん。僕も」


 神楽はベルゼルガのヘルメットを被っていた。

 ずっと被ったまま、膝を抱えていた。

 

「お姉ちゃん……」

「これ。ベルのヘルメットなの」

「うん」

「アイツが大事に被ってたヘルメット。ベルはいっつもこんな視界からアタシを見ていたんだなぁって。なんだか……不思議な気分ね」

「うん」


 神楽の声は明るさを装うとしても駄目だった、なんともやるせない低さだった。


「いろんな機能が付いてるのよこれ。でね、被ってる間、ずーっと変な音がするの」

「音?」

「うん。ピコーン、ピコーンって。ずっと」


――それは


 韋駄天も知っている。

 それはベルゼルガの心臓と連動した、心拍の音だと。

 神楽もそれは知っているだろう。

 しかし誰も口にはしなかった。


「この音を聞いてるとね、安心するの。ベルがとっても近くに居るような気がして」


 その言葉は震えた声で紡がれていた。


 遠くで歌舞伎が目を伏せたまま歯を食いしばる。

 隣の韋駄天の目にはもう涙が浮かんでいた。


「でも……でも……」


 神楽は韋駄天を抱きしめた。

 韋駄天は一生懸命、声を殺して泣いていた。泣き声が漏れないように固く唇を閉じて。

 それでも涙はぽろぽろと流れていた。


「お……姉ちゃ……ん」


「もう、その音が聞こえない……」


「うう……うええん……」


「聞こえないの――」





 ◆ ◆ ◆





 クロスキーパーの戦い、終結。

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