宴章 零鋼〜第参陣〜
【0=only one】
――美しい。
変身を終えた零鋼の姿を見た者は全員、同じ感想を抱いた。
オーディンとステルストーピード。二機の戦略傀儡兵を蝕み、食らい、世界で唯一となった零鋼。ついに成長するブラックボックスとゼブラに銘打たれた兵器は最終進化を遂げた。
第一段階は間接部分が露出するような鎧武者のロボット。
第二段階はその鎧をより強固に、分厚くした巨体となった。
そしてこの最終段階。
鎧は今までより薄く軽量化が成されているがより硬くなっている。銀色に輝く手足もしなやかで、生き物のそれと見紛うほどだ。
シャープかつスマート。
見るからに俊敏な動きをしそうな零鋼は背中に長い刀を背負い、仮面を模した頭部から鋭い眼光を放ちながら腕を組んでいた。
零鋼自身も己の完璧なボディを見回し、手の平と甲を交互に眺め、頷いていた。
「ゼロが最終形態に到ったことで、計画も完遂だな。クハハハハハハ!」
惨劇のカタストロフは天国から奪った魔導核を零鋼へ放り投げる。
それをキャッチした零鋼は胸に空いた窪みへ核をはめ込んだ。
その瞬間――亜空間が解き放たれ、クロスキーパー後部甲板を飲み込まんと口を広げた。
後部甲板に残された死神とフライヤは、沈みゆくクロスキーパーの揺れに耐え切れず這いつくばっていた。
ゆっくりと、新たな身体を見せびらかすように、零鋼が歩きだす。
立ったのはフライヤの目の前だ。
彼女は先程の惨劇の言葉を思い出す。
――惨劇のカタストロフを相手にした敗者の末路。
「う……ぐ……っ」
零鋼は小柄な少女の首を片手で掴むと、軽々と持ち上げた。
惨劇に許すという選択は無い。
計画の前に立ちはだかり、牙を剥いた者が居たのなら。
老若男女の区別なく――処断する。
「後始末は任せたぞ。ゼロ」
そう言って惨劇は亜空間の中へと進む。
が、その軍服にしがみつく者が居た。
死神ロシュケンプライメーダである。
「チィ、宴もたけなわ。あんまりしつこいのは宜しくねーぞチビ」
「準くんに会わせろ馬鹿ー!」
「……この……! 離れやが――痛痛痛痛痛っ! だから髪を引っ張るなっつーの!」
死神に髪を掴まれてもがく惨劇。
そんなやりとりをよそに、後部甲板の零鋼はフライヤの首を締め、舐めるように眺めていた。
「がっ――ぐ……」
『良イネ。フライヤ・プロヴィデンス』
ただの人形を扱うようだった。
首を支点にぶらぶらと揺れる身体。
それが息をしているということは、零鋼にとってどうでもよい事。
知能を有し、完全となった零鋼は思う。
こんなに脆弱な肉体に扱われていたオーディンは悲劇であり喜劇であったと。
まったく……笑える。
こんな小娘のおかげで好き放題使われ、こんな小娘の浅はかさのおかげでその身を滅ぼし、こんな小娘の足りぬ技量のおかげで力を発揮することは無かった。
こんな小娘に……。
こんな小娘に……。
コンナ……小娘ニ……。
『貴様ナドニ我々、戦略傀儡兵ヲ使イコナス事等、到底無理ナノダ。貴様ダケデハナイ。我々ヲ扱ウコト自体、間違ッテイル。不可能ナノダヨ。ゼブラ・ジョーカーノ戯レニ付キ合ワサレタダケナノダ。貴様モ。異界政府モ。ダッテソウダロウ? コノ結果ヲ見テミロ。コノ結果ヲ……見テミロ』
零鋼はフライヤの首から手を離し、今度は頭を掴む。
抵抗するフライヤの目を無理矢理自分の身体に向けさせた。
『最後ニ残ッタ戦略傀儡兵ハ、コノ零鋼ダ。誰ニモ扱ワレズ、誰ノモノデモナイ、コノ零鋼ダ。零鋼ニハ最初カラワカッテイタ。零鋼ハ永遠ダカラナ』
「永遠……ですって?」
『ハハハハハハハハハ! ハハハハハハハハハハハハハハハハハ!』
零鋼は……笑った。
大声で。
表情なき装甲に感情は見られないというのに。
その兵器は笑い声をあげていた。
『ワカルマイ! 誰モ知ルマイ! 何度モ何度モ何度モ何度モ何度モ何度モ、零鋼ガ幾千幾億ヲ歩ンデキタコトナドナァ!』
フライヤにはこの化け物が何を言っているのかわからなかった。
ただその、機械の語りはあまりにも圧倒的で。
どこか。そう。遥か遠い存在のように思えた。
零鋼はもう一度言う。
『良イネ。フライヤ・プロヴィデンス』
良いね。
羨望ではなく、馬鹿にしているような口ぶりだった。
その言葉の直後。
「フライヤから離れろ貴様!」
中部甲板に現れたのはst.4knightsのヴァルキュリア。
彼女は遠く離れた場所から聖剣を振るった。
魔導の剣圧が零鋼を襲う。
『良イネ。フライヤ・プロヴィデンス。コレホド、部下ニ慕ワレルトハ……幸セニ思ウ事ダ』
零鋼は片腕を一振り。
あっさりとヴァルキュリアの斬撃を弾いた。
『可哀相ダネ。フライヤ・プロヴィデンス』
鋼の化け物はフライヤを放す。
その後、両肩の突起から青白い電流を迸らせた。
刹那。
クロス・キーパー中部、後部を含む全体が青白い結界に包まれた。
『全員、零鋼ノ獲物。生カシテハ帰サナイ。ハハハ、ハハハハハハハハハハ!』
そう。逃げられはしない。
フライヤも。
ラビットも。
ジャッカルも。
歌舞伎も。
ヴァルキュリアも。
そして――
『サッキカラ様子ヲ伺ッテイル連中モ、ミンナ出テクレバイイ! サア、サアサア、出テ来イ!』
その言葉を合図に、なんと砂嵐が巻き起こった。
今まで風など吹いてはおらず、まして砂などどこにも無かった。
それは唐突に吹き荒んだのだ。
亜空間の入口で死神にしがみつかれていた惨劇のカタストロフは、砂嵐を見て溜息を吐いた。
「やーれやれ。やっぱり砂による空間移動術だったか。ゼロの手並みに任せるとすっか。つーかよぉ、てめえは早く俺から離れやがれコラァ!」
「断るー!」
「くっそガキ……! あああああ仕方ねえ!」
惨劇は自分の赤い髪にしがみつく死神をぶらさげたまま、亜空間の中へ退散した。
最後のステージへ、死神を連れて行ったのだ。
砂嵐は大きな渦を巻く。
その中からずるりと浮かぶ無数の影。
『地獄アフリカ支部長アヌビス。守リ転ジテ攻勢に出タカ』
その兵隊達は砂の具現化。
黒き砂の身体を持った恐ろしき異形。
支部長アヌビスが一つの支部を贄として召喚した軍隊。
『《死軍》……。アメリカ支部ヲ守護シテイル筈ダガ。マア、大方狩魔衆ガシクジッタトイウ事ダロウ』
零鋼の電磁結界は獲物を包み込んだ。
数人の実力者に加え、死軍。
それら全てを零鋼は己だけで仕留めようとしていた。
『宴モタケナワ。サア。貴様等全員、零鋼ニヨッテ終ワリヲ迎エルガ良イ! ハハハハハハハハハハハハハハハハハ!』
◆ ◆ ◆
【取り残された四人】
クロスキーパーの内部でも、未だ戦う者達が居た。
巨大な盾で光の矢を弾き、怪力で敵を破砕する二人。
st.4knights。RガーディアとLガーディアである。
「この自律兵器共!」
「再起動しやがった!」
彼らは完全体となった零鋼によって再びハッキングを受けた自律兵器に囲まれていた。
放たれる光の矢を自慢の盾で防いでは道を開くべく敵を叩き潰す。
そんな二人に守られる形で移動する者達。
ベルゼルガと里原神楽も居た。
「うううー」
「ったく、敵に守られるたあ俺もデストロイ落ちぶれたな。ギャハハ」
神楽は脚に光の矢をかすめ、傷を負っていた。
故にベルゼルガが彼女を背負っているのだ。
戦う事の出来ないベルゼルガと神楽に代わって、ガーディア二人が敵の相手をしているというわけである。
「まー、仕方ないか」
「ヴァルとフライヤから連絡はない。信じられないけど、俺達アースガルズは負けたってことかねー」
「勝敗が決まったなら、これ以上の争いは無用」
「あとは生き延びることに集中しろってな」
ここは艦の中心。
脱出路は不明。
援助の気配無し。
敷き詰められた敵の群れ。
孤立した手負の四人。
高難易度の脱出戦は既に始まっていた。
◆ ◆ ◆
【零鋼〜第三陣〜】
「おいヴァルキュリア。バンプはどうした」
「砂嵐に飲み込まれて消えた。アヌビスが保護したとみていい」
「そっか。じゃあここからは……」
歌舞伎は長い槍を取り出すと、くるくると回して切先を零鋼に向けた。
同調してヴァルキュリアも剣を構え、ラビットとジャッカルも立ち上がる。
「そう。ここからは」
「ホホホホ、我々……」
「大人の出番ね」
死軍という強力な援軍も来てくれた。
零鋼の力量は未知数だが、これだけの仲間が居れば対抗できるだろう。
歌舞伎はそう確信していた。
『ギュオオオオオオ』
鋼の化け物は唸り声をあげる。
一人、零鋼と共に後部甲板に残されたフライヤは動けずに居た。
零鋼の電撃で身体が麻痺状態にあるのだ。
死なない程度の電撃。零鋼はフライヤをデザートにとっておくつもりなのだろうか。
『貴様ノ処断ハ最後。零鋼のチカラを目撃シ、絶望ニ苛マレテ死ヌノダ』
青白い電流が零鋼を取り巻く。
『超電磁誘導……conbat command (戦闘命令)。 rapid act FINAL (急速行動最終型)』
バシュン。
破裂音と共に零鋼は後部甲板から消えた。
零鋼は消え、どこへ移動したのか。
歌舞伎の目の前か?
ヴァルキュリアの目の前か?
ラビット・ジョーカーの目の前か?
ジャッカル・ジョーカーの目の前か?
それとも死軍の中に飛び込んだのか?
「!?」
「!?」
「!?」
「!?」
――全部だ。
全員の目の前に零鋼は現れた。
この戦略傀儡兵、かのケット・シーから《最速》の称号を奪っていたことを覚えているだろうか。
こいつの速さならば、歌舞伎とヴァルキュリアとラビットとジャッカルを同時に蹴り飛ばすことなど容易い。
更に、驚異の軍隊である死軍をも拳一発で消し去るパワーまで持ち合わせていた。
それはそのまま実行され、しかも零鋼のアタックはそれだけに留まらない。
まずは全員を蹴り飛ばして圧倒した後、零鋼が追い打ちにターゲッティングしたのは……ジャッカル・ジョーカー。《最硬》の称号保有者。
「え……」
ジャッカルには目視さえ許されなかった。
当たり前だ。神経が蹴り飛ばされたという情報を脳に伝えている最中なのだから。
彼女が〈蹴られた〉という事を感じ取った時、既に零鋼は宙に浮く彼女の真後ろで構えていた。
鋼鉄の腕から噴気孔が現れ、電流を迸らせる。
零鋼の打撃は凶悪だ。
高速度で移動しながらその勢いを殺さずジェット噴射で拳を二段加速させ、電撃により威力を更に上乗せする。
一撃でも食らったら無事では済まない打撃を、零鋼はジャッカルへ大量に叩き込んだ。
無論――ジャッカルの意識はここで途絶えた。
最硬の身体が悲鳴をあげ、電流に焼かれ、地に叩きつけられる。
「………っ!」
歌舞伎、ヴァルキュリア、そしてラビットは体勢を整えて驚愕した。
どこを見回してもジャッカルの姿がない。死軍の姿まで。
あるのはパンパンを手を払う零鋼の姿。
その足元……。
甲板に開けられた人一人分の穴。
その淵にジャッカルのはめていた手袋が落ちていた。
穴はクロスキーパーの底をもぶち抜き、その際の衝撃で海水にすら未だ穴を空けていた。
「まさか……ジャッカル……」
ラビットは穴と、海を見る。
そう。彼の予想は当たっていた。
ジャッカルの身体は打撃の衝撃でクロスキーパーの底までぶち抜き、海に落ちたのだ。
『ヒトリ……』
ガパリと零鋼の顔が開いた。
まるで口のよう。
ニタリと笑う――表情まで手に入れていた。
「何が可笑しいのですか!」
ラビットはジャッカルの落ちた穴へ駆け出す。
獲物を待ち受ける零鋼は両腕を大きく広げた。
「邪魔をしないで下さいますか!」
白スーツの男は大きく脚を踏み込み、地を蹴った。
「ラビット・ホッパー!」
このラビットも俊足の持ち主。
そして音使いのジョーカー一族である彼の司る音は――音爆。
指を鳴らし、零鋼の周囲を音の爆弾で敷き詰めた。
最初から全力。
「絶対音楽、アブソリュート!」
常任の目には捉えられない高速で動き回り、爆弾を放つ。
だが零鋼の力を見たラビットに敵を倒そうという気はない。
『音爆ニヨル爆煙ヲ目クラマシトシ、仲間ヲ助ケニ行コウトイウ魂胆カ』
「!!」
高速移動中のラビットの真横に零鋼は現れた。
ラビットと同じ姿勢。
ラビットと同じ速さで。
ぴったりと張り付いている。
ラビットの速さは零鋼の速さに到底追いついていなかった。
『甘イ甘イ。遅イ遅イ』
零鋼はラビットの脚を掴む。
『ソンナニ恋シイ女性ナラバ、共ニ同ジ場所デ果テルガ良イ』
ラビットの脚を掴んだ腕を大きく振る。
華奢な魔導社の社長は、ジャッカルの落ちた穴の中へ後を追うように落とされた。
『フタリ……』
ジョーカー一族の二人はものの数秒で片付けられてしまった。一分も経っていない。数秒でだ。
――信じられない。
歌舞伎とヴァルキュリアは絶句した。
あの二人は……ジャッカルとラビットは、そこらの雑魚とはわけが違う。方や魔導社の社長であり指を鳴らすだけであらゆるモノを爆破できる実力者。方やパラダイス・ロストという部隊の頂点であり最硬の身体を有する実力者。
どちらも対等に渡り合うことのできる者はこの世界に少ない。
そんな二人を。
瞬きする間も与えず。
船底から海へ叩き落とした。
「あれだけ居た死軍も一瞬で消し飛ばしたか」
「想像……遥かに越える」
あっという間に残った獲物は二人。歌舞伎とヴァルキュリアだけとなった。
と、ここで零鋼は自分の喉を押さえた。
『ア……。ン、ン。んん……これでよし。言語のプログラムが若干遅れていたようだ』
滑らかに喋りはじめる。
この進化。もはや無機物で構成された知的生命体と表しても良いのではないか。
『ああ、そうそう。歌舞伎とヴァルキュリア……だったかな? 貴様達はまだ我々NO.13の目的を知らないのではないかな?』
「ああ? なんだ今更」
「目的。関係ない」
『ああそう。それもそウカ……っと、失礼。ふむ。確かに確かニ……っと。不完全段階で喋りすギタカ……。仕方ない……。確かに貴様達は我々が如何なル目的を持っていようガ、関係ないだろうナ。我々を駆逐するのが貴様達の目的ナラバ、我々が目的を抱こうが抱こまいが関係ない。確かに確かに。なら零鋼も語るのを自重しよウ……』
刀を抜いた零鋼が歌舞伎の真後ろに立った。
『まァ、これから狩る獲物に語るホド零鋼も暇ではないしナ』
「野郎……」
瞬速で振られた零鋼の刄を、間一髪で躱す。
着物と槍が犠牲となり、バラバラになってしまった。
『ホウ……。貴様、歌舞伎とはオカシな名前だと思っていたガ。成る程。《忌名》の持ち主だったか』
着物が切り裂かれたことで歌舞伎の上半身があらわになる。
その身体には八つ俣の大きな蛇の入れ墨が刻まれていた。
ヴァルキュリアもこんなモノを見たのは初めてだった。
『知っている。零鋼のメモリにはその入れ墨の意味が書き込んであル。忌名……正確には真名。オッカナイ話だ……〈この世界〉にもソンナものを持つ者が居たトハ』
「歌舞伎。どういう事?」
歌舞伎は無言だった。
何故なら彼自身、忌名の意味を理解していないのだから。
『ああ。別に貴様が知る必要は無い。貴様には直接関わりの無い事ダカラな』
「俺に直接関わりは無い?」
『ウム。問題はその入れ墨を刻んだ者。貴様は死神業者ダッタナ。ならば納得ダ。クローの世界に真名の者が居るというダケの話……』
「独り言のように!」
歌舞伎は魔力で構成された長槍を二本出し、零鋼に放った。
零鋼はそれを素早く回避したが、直後、脚が動かなくなった。
結界である。
あらかじめ仕掛けておいた罠に零鋼が踏み込んだのだ。
『これはまた強力な結界ダナ』
「まー、俺は地獄における結界の先生みたいなもんだからな」
『ハハハハハ! 先生か』
「そ。ロシュ、メア、バンプだけじゃない。夜叉や白狐に結界法を教えたのは俺なのさー」
『では先生。零鋼に結界は通用しない事を通告シヨウ』
「マジ?」
『おそらく貴様は零鋼の張った結界……コノ電磁結界を参考に、零鋼に対して最も効果的な結界を作り上げた筈ダ』
「ご名答」
『貴様ハ正しい。コノ結界は零鋼には効果的ダ。だが……結界の逆算を行える零鋼に、結界は無意味』
零鋼の刀に熱が帯びる。
結界によって脚をとられているというのに、零鋼は攻撃体勢をとった。
「ヴァルキュリア。逃げるぞ」
「……逃走?」
「俺達じゃあこのバケモノに勝てねえ。お前は奴が動けないうちにフライヤを助けだせ」
歌舞伎はすぐに頭を切り替え、戦闘から逃走へと行動を移した。逆算という零鋼の言葉がきっかけだ。
結界は術者が幾つかの条件と段階を踏んで初めて成り立つ。この世界に於いて結界の種類は無数。死神の使う重力結界、防御結界、束縛結界など。それらにもまたそれぞれ無数の種類があり、条件と段階も異なる。
その条件と段階を構成された結界から読み取り、条件と段階を逆から相殺して結界を解く事を結界の逆算という。
歌舞伎が対零鋼用に構成した結界をも、零鋼は逆算する能力を持っていた。
「歌舞伎はどうする?」
「俺はどうにかして惨劇に連れていかれたロシュを追う……と言いたいところだが。ラビットとジャッカルの救助が先決だ」
「なら私がロシュを追う」
歌舞伎とヴァルキュリアは互いに頷き合った。
零鋼を捕らえていた歌舞伎の結界が振動する。
もう結界の解除を終えようとしている。やはりこいつは化け物だ。と歌舞伎は思った。
身体を軽くするべく鎧や兜を捨てたヴァルキュリアは助走をつけ、中部甲板から後部甲板へと跳んだ。
そのままフライヤに近付き、聖剣を抜く。
「フライヤ、ご無事ですか」
「……うん」
「結界を切断後、避難」
「あたしは……正義じゃなかったのかな」
フライヤは悲壮な眼差しでヴァルキュリアを見上げた。
「やり方と刻を誤ったのです」
「……」
「心清らかに。正義に固執するべからず」
「ヴァルも、誰かに教えてもらったみたいね」
二人はにこりと笑った。
一方、歌舞伎はジョーカーの二人を助けるべく穴へ飛び込もうとしていた。
ところが零鋼は予想を上回る早さで結界を解除し、炎熱刀を構え、一瞬で歌舞伎との間合いを詰めようとした。
「くそ! アイツ速すぎて見えないんだよなぁ!」
『ハハハハハ! フライヤごと三人まとめて……んん!?』
地響きだ。
いや、海の上に浮かぶ艦それ自体が揺れている。
零鋼も多少の揺れには気付いていたし、崩壊しかけている艦が揺れようと気にかけることはないと思っていた。
ところがだ。今回の揺れは崩壊の揺れではなかった。
《閃光砲、ファイヤーーー!》
クロスキーパー内部から突然のレーザー攻撃。
『ギュオオオオオオオ!』
何本も放たれたそれは零鋼を狙っていた。
見えない艦内からの砲撃。
ソイツは歌舞伎の真下から飛び上がってきた。
――ヒイイイイン
というスラスターの高音。
『機動歩兵……だとォ?』
巨大な人型の機械。
ひとつ残らず失われたと思われた兵器。
これを操る連中は全滅した筈だ。
破壊業者は、滅びた筈なのだ。
「おっせえよ」
ぼやく歌舞伎。
飛び上がってきた機動歩兵はそのまま歌舞伎を掴み、宙に浮く。
《なはははは! 救世主は遅れて現れる! これはセオリーだね!》
機動歩兵から響くのは子供の声。
《ジャッカルもラビットもこの通りさー!》
歌舞伎を掴んだ手と反対側の大きな手の上に、海へ落ちたと思われた二人が乗っていた。
してやったり。
機動歩兵はコケにするように零鋼を見下ろした。
『ヤルじゃナイカ』
《破壊業者、傀儡製作者。韋駄天をナメんなよポンコツ! アハハハハハハ!》
そう。この子は破壊業者。
歌舞伎と共にクロスキーパーへ突入していたのだ。
戦闘を歌舞伎に任せた彼女(彼と言うと怒られるから注意だ)の目的は、生存者の捜索。
そしてまだ息のある破壊業者をアヌビスの砂塵転移で運んでいたのだ。
歌舞伎も死軍も、韋駄天の救助活動を隠すためのカモフラージュだったということだ。
沈みゆく艦と敵の群れが彷徨う中、韋駄天はベルゼルガ達を見つけることはできなかったが。
『調子に乗るのもソコマデだ』
零鋼はバチバチと電流をほとばしらせる。
やられた? 馬鹿馬鹿しい。そのまま隠れていれば良かったものを。
機動歩兵如き、零鋼の敵ではない。
どう足掻こうが零鋼の電磁結界に包まれたものは獲物でしかないのだ。
『電磁誘導……』
零鋼は高速移動を開始しようとする。
その高速移動を、高速を以て阻止する者が居た。
乱入者はまだ居たのだ。
『rapid act FINAL』
「マスター・グッド・スピード。時縮」
零鋼に追いつく影。
ソレは最速を奪われた者。
最速を取り返しにきた者。
『次から次へト、乱入者が絶えんナ……!』
「ニャー。安心しろ。お前の相手は私だけだ」
しなやかな獣の脚部が零鋼を蹴り飛ばした。
「悪いが最速の称号、奪いに来たぞ。ニャー」
元最速。ケット・シーだった。
ケット・シーは零鋼の頭を掴むと、そのまま巨体を引き摺りながら猛ダッシュ。
『ギュ……オオ。死軍に混じって転送サレテ来たか。イイダロウ。ケット・シー。決着をつけよウ。貴様程の獲物が狩れるナラバ、他の獲物など捨てても構わなイ』
零鋼は獣の身体を押さえつけ、今度は逆に引き摺りながらダッシュした。
零鋼の向う先には――あの亜空間。
惨劇が死神を連れて出て行った亜空間だ。
つまり――最終ステージ。
『ハハハハハ! 感謝するんだナア! フライヤ! ヴァルキュリア! 歌舞伎! ラビット! ジャッカル! そして機動歩兵乗り! 見逃してやる。見逃してやる。ハハハハハハハ! 貴様らの戦いはコレデ終わりダ!』
零鋼は歓喜し、その零鋼に身体を掴まれたケット・シーは残った面々に向かって叫んだ。
「この化け物は私がなんとかする! 死神の娘も、里原準も必ず助けだす! だからここが沈む前に早く脱出しろ!」
『楽シイナア楽シイナア! ハハ、ギュハハハハハハハァァァァ!』
そして。
零鋼とケット・シーは亜空間の中へ飛び込んでいった。
直後、亜空間はその口を閉ざす。
誰も零鋼に歯が立たなかった。
甲板上の激戦はこれでひとまずの終結を迎える。
最終ステージ。宴の終焉に招かれた者は少ない。
惨劇。
里原準。
死神ロシュ。
黒百合。
白百合。
零鋼。
ケット・シー。
惨劇の計画は最終段階。
残された者達には、沈みゆくクロスキーパーから脱出するという新たな戦いが待ち受けていた。