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宴章 Dealer〜感謝〜

 死神は空を飛んでいた。

 ベルゼルガに投げ飛ばされて宙を舞っているのだ。

 彼女は高い場所からクロスキーパー全体を眺めることができた。前部甲板上ではバンプとヴァルキュリアが戦っている。後部甲板上ではなにやら巨大なロボットがたたずんでいる。

 死神は困った顔で腕を組んだ。


「バンプを助けたいけど。あのデカいロボットも危なそう。それにディーラーズを見つけないと……あっ!」


 唇に指をあてながら考えていた彼女の目に、ディーラーズの姿が入ってきた。クロスキーパー中部甲板上だ。

 人影は三つ。

 ディーラーズの相手をしているのはジャッカル・ジョーカーだった。


「二対一じゃまずいぜー。落下地点を決定! 死神、落下します!」


 ビシ、と敬礼のポーズをとり、死神は重力魔法を用いて自分の体重を重くしたのだった。



 ◇ ◇ ◇



 ディーラーズとジャッカルの戦いは熾烈を極めていた。鴉闘技の使い手二人組と、最硬の称号保有者かつ音使い。強化外骨格と最硬の身体。真空刄と音撃。スタイルは双方似ていた。

 ディーラーズ――ダイヤとスペードの身を包む強化骨格スーツは、筋力を補助して通常の何倍ものパワーを生み出す。それは同時に柔軟な鎧でもあり、衝撃を緩和する役も果たすのだ。そもそも屍という、筋肉が朽ちた素体を想定して作られた骨格の為、今のディーラーズが素体としているような生きた身体に装備した場合、その効果は抜群に上がる。他を凌駕する怪力が完成するのだ。

 対してジャッカルも、最硬の身体の持ち主である。彼女に衝撃・銃撃・斬撃は効かない。さらに硬い身体はそれより硬いものを知らない。つまり100%全力で殴っても、身体にダメージは無いのだ。常人はダメージを恐れて本来の30%も力を発揮できない。ジャッカルの打撃は常人を70%以上上回る威力を有するのだ。


 どちらも卓越したパワーアタッカー。勝負の鍵を握るのは、互いの戦法と技巧だろう。

 故に二対一というこの状況はジャッカルにとって不利であった。


「最硬の身体はもはや意味無し」


 スペードはひゅるりとしなやかに腕を振り、平手打ちを放った。以前の戦いで硬い身体でも皮膚へダメージを与える鞭打は防ぐことができないと証明されていた。

 ジャッカル自身もそれは把握している。その激痛も。さらに鞭打はしなる勢いで軌道を読みづらいという事もだ。

 彼女は身を低くし、攻撃を避けると共に足払いを繰り出した。

 身体全体で勢いをつけていたスペードはバランスを崩す。

 追い打ちをかけようとジャッカルが拳を握った時、スペードの後ろからダイヤが飛び込んできた。


「鴉闘技、エイミング・シザーズ」


 右脚と左脚を交互に振るい、真空刄を二本放ってきた。二本が交差した形状はまるで鋏である。

 ジャッカルは落ち着いて顔を上げた。


「ハウリング!」


 真空刄が交差した点へ向けて音撃を放ち、打ち消した。

 彼女は音使い。司る音撃は咆号だ。口から音の塊を放つことができる。


「伊達にパラダイス・ロストの頭をやっているわけでもないようだ」


 言いながらダイヤの脚は真空刄を繰り出し、ハウリングに打ち消された。

 風刄と音撃は互角。埒が開かない。かといって格闘戦に持ち込んだとしてもジャッカルの方が不利だ。

 そして当然ディーラーズは格闘戦を仕掛けてくる。


「戦い。それは我らも、そしてお前も必要としているもの。戦いの中でこそ我らは存在価値を見出だされ、戦い無き世に我々は必要とされない」


 スペードは戦う喜びを露した。兵器ある処に戦いあり。戦いある処に兵器あり。

 戦いの場こそ自分達の存在を示す場所だと。


「私を貴方達と同カテゴライズしないで頂けますか?」


 ジャッカルの拳がスペードの顔面を捉えた。


「ぬぐ……」

(効いた?)


 弱点発見。

 よろめいたスペードの顔面へここぞとばかりに連打を見舞う。

 ダイヤも見ているだけではない。執拗にジャッカルの身体へ鞭打攻撃を仕掛けた。

 ダイヤの平手打ちでジャッカルのスーツが破れ、皮膚がえぐられる。

 それでもジャッカルはスペードへの攻撃を緩めない。


「ぐ……鴉闘技……!」


 苦し紛れに腕を振ったが、先に顔面へ打撃をもらい空振りした。

 スペードは目に見えて弱っていた。

 さすがに焦りを見せたダイヤが身体全体をねじって全力の鞭打を仕掛けようとする。

 真上から降ってくる存在にも気付かずに。


「調子に乗るなよ着ぐるみ女ァ!」

「うひょーーーー!」

「な――」


 黒ローブの少女はディーラー・ダイヤの上に落ちた。

 死神の空爆。

 ダイヤは倒れこそしなかったものの、空から落ちてきた死神のクッションにされ、前かがみに体勢を崩した。

 突然の出来事にジャッカルも連撃の手を止めた。

 その一瞬の隙を突いて、スペードはジャッカルの顔へ拳をぶつけた。


「ガァアア!」


 吹き飛ばされ、間合いが離れてしまう。

 だがスペードの頭部――丸いボールのようなメットには罅が入り、明らかにふらついていた。


「制御が……」

「スペード! 一旦退こう!」

「駄目だダイヤ……」


 打った腰をさする死神をよそにダイヤはスペードに提案したが、スペードは頭を押さえながらかぶりを振った。


「私の制御が解けるのも時間の問題……今退いたところで意味はない。それに、惨劇様はもう我らをお許しにはならないだろう……」


 スペードにとってジャッカルから受けたダメージは致命的だった。

 罅の入ったメットこそ、彼の本体だからだ。

 ディーラーズの本体は頭を包むそのメット。それが素体の脳から肉体へ干渉し、操る。これが寄生兵器ディーラーズの正体。


「た、確かに。天国の魔導核が手に入れば我らは用済みではあるが」

「私は最後まで戦っていたい。兵器はそうあるべき……だ!」


 ディーラー・スペードの頭部から目のような光源が輝いた。

 直後、スペードは大量のカードを召喚。風の力で丸ノコの如く高回転させた。

 死神はジャッカルに手を引っ張られて立ち上がる。


「いたたたた。ジャッカルさん大丈夫ー?」

「わ、私は大丈夫ですけど。まさか空から降ってくるとは……」

「これで二対二だぜー!」

「でもあちらは勝負に出るみたいですね」


 大量の丸ノコを周囲に舞わせるスペードの威圧感は相当のものだ。

 ただし、これで埒が開いた。と、ジャッカルは前向きな思考で居た。


「ふん!」


 ダイヤは豪快に脚を振るって真空刄を二本、十字に交差させた。インフィニティ・エアの十字架だ。

 だがその十字架の前には、スペードによって召喚されたカードの丸ノコが集っていた。

 竜巻に乗せるつもりだろう。回転する風の中で回転するカードが飛んでくる。避けるのは困難だ。


「私が最硬であることを忘れたのでしょうか」


 いや。そんな筈はない。

 おそらくディーラーズの標的は……死神だ。

 死神はかつてダイヤのインフィニティ・エアにあっさりと吹き飛ばされたことがある。小柄な少女なら容易く竜巻と回転符の餌食となろう。

 当然それを守るであろうジャッカルの動きも封じることができる。

 隙さえ作らせてしまえば、あとはスペードが仕留める。

 彼は既にマラソンでいうクラウチング・スタートのような体勢をとっていた。


「我々はなぁ! クローの劣化コピーでもなければぁ!」

「ただのプログラムでもないのだぁ!」


 ディーラー・ダイヤは強化外骨格の機能を最大限に引き出した前蹴りで、真空の十字架を蹴り抜いた。

 同時にジャッカルは死神を自分の後ろに立たせ、隠れているように指示した。が――


「ひゃっ!?」


 さすがにスーツの中へ潜り込まれるとは思っていなかったから変な声が出た。

 発生した巨大な竜巻を前にし、仕方なくそのままジャッカルは身構えた。


「鴉闘技・合体技コンバインクラス!」

「死符繚乱、インフィニティ・ディーラー!」


 スペードの回転死符と、ダイヤの大竜巻。この融合は一つの怪物を生み出した。

 甲板がまるで土であるかのようにえぐり取り、巻き込まれればミキサーのように微塵にしてしまう。

 旋風の怪物は一人のジャッカル頭へ向け、その大口を広げた。

 死神は彼女の腰に手を回してしがみつき、ジャッカルも脚を甲板に突き刺して固定。竜巻を迎え撃った。

 飲み込まれた二人は息すらできない渦の中で耐える。

 カードの丸ノコがジャッカルのスーツを切り刻んだ。が、身体を傷つけるまでには到らず、火花を散らしながら弾かれた。

 それが何度も続いた。

 なんとか死神に当たらぬよう防御しつつ、片足を引き抜いて前に出す。


(息が続かない。前に進まなければ)


 ゆっくり一歩一歩、前も見えない風の渦を進む。

 そこに風を切り裂きながら突っ込んでくる影が見えた。


「鴉闘技、ドライヴ・ディバイダー!」


 スペードの膝蹴りだ。竜巻を裂きながらジャッカルへ突撃してくる。

 ダメージは避けられても、膝蹴りによる衝撃で吹き飛ばされたら終わりだ。あっという間に竜巻の餌食となり、死神がやられてしまう。

 ピンチはチャンス。

 ジャッカルはこの時を待っていた。


(今よ……!)

(今だぜ……!)


 膝蹴りを腹で受けとめたジャッカルは着ぐるみの下でさすがに苦悶の表情を浮かべた。

 だがその顔はすぐに不敵な笑みに変わる。


「んん!?」


 スペードの身体が傾いた。

 そのままジャッカルの目の前で落下し、思い切り地面に叩きつけられる。それだけではない。彼の身体が甲板に埋もれていくのだ。


「重力……魔法……!」


 竜巻の中を飛び回っていたカードも、重さを上げられてザクザクと地面に突き刺さった。

 ジャッカルの切り札。それはこの死神だったのだ。


 竜巻がおさまり、ディーラー・ダイヤはその光景に唖然とした。

 未だ立ち続けるジャッカルと死神に対し、カードやスペードは甲板に張り付いていたからだ。


「重力結界か……! やってくれる」


 ジャッカルは脚を抜き、数倍にされた自分の体重で動けなくなっているスペードに近づいた。

 強化外骨格でも屈する程の重さだ。スペードの仮面に入った罅は今にも砕けそうなくらい多かった。


「ジャ……カ……」

「ラビットを、返して下さい。ディーラー・スペード」

「クク………かははははは」


 機械音か、はたまた笑い声か。おそらく後者だろう。

 スペードは笑っていた。


「ああ……満足だ……戦いの中で朽ちる。有り難い限りだ……。これでこそ、兵器。はははははは」


 ポロポロとスペードの仮面が破片となり、こぼれてゆく。

 ダイヤは言葉を失い、ただ見つめていた。


「十分……働いた。クロー、ハート、クラブ。私も役目を終えたぞ。ダイヤよ……」

「スペード……」

「先に待っている」

「スペード!」


「ラビット・ジョーカー。感謝する……」


 その言葉を最後に、スペードは砕け散った。

 仮面の中から一瞬だけラビットの素顔が見えたが、すぐにジャッカルが着ていたスーツを被せた。


「ジョーカー一族の素顔は隠さないといけませんからね」

「……ホホホ、有難うございます。ジャッカル」


 懐かしくも感じられるこの高笑い。ラビット・ジョーカーその人のものだ。

 彼はパチンと指を鳴らし、

「もう大丈夫です」と言った。

 ジャッカルのスーツを外すと、まるで手品のように彼はウサギの被りものを被っていた。

 それにしても筋骨隆々とした強化外骨格にウサギ頭というのは、普段に増して気味が悪い。ラビット自身、自分の身体を見て凍り付いていた。


「ムキムキではないですかー!」

「うっさい!」


 ジャッカルはウサギ頭をぶっ叩いた。


 ――スペードは消滅した。操られていたラビットは戻ってきた。

 が、まだ終わりではない。

 死符の配り手はもう一人居るのだ。


「……貴様らぁ」


 ディーラー・ダイヤ。

 里原準の身体を持つ寄生兵器がまだ残っている。

 ラビットとジャッカルがそいつに顔を向けた時、二人の前には既に仁王立ちする少女の姿があった。

 スペードを重力結界で撃破した張本人、死神である。

 彼女はその身体に似合わない大きさの鎌を出し、両手で握り締めた。


「私が相手だぜ」

「小娘が……スペードを仕留めて調子に乗ったか」


 死神とダイヤの実力差は歴然。魔列車での戦いでは三人がかりでもダイヤに一蹴された。

 なのに立ちはだかる。自信たっぷりの表情で。

 最終戦争ラグナロクでは戦場の第一線を駆け抜け、多くの戦果を挙げたディーラーズに、死神の小娘が勝てる要素は浮かばない。

 兵器である彼にプライドがあるならば、この状況はそれを踏みにじられたと言えよう。

 だが彼は飽くまで兵器。

 プライドなど――ありはしない筈。

 ありはしない筈なのに彼は憤怒していた。

 では彼は?

 感情を抱く兵器が感情に左右されるならばそれは兵器として不利にしかならない。

 戦う為に作られたモノに感情は不要なのだ。

 そう。

 それが結論。


「結局……我々ディーラーズも、ゼブラの戯れの一つに過ぎなかったか」


 ダイヤの憤怒はプライドとは関係のないものだった。

 結局のところディーラーズもゼブラの興による失敗作。

 兵器を自覚させ、兵器の定義を使用される武器だと強調し、その上で意思・感情を持たせる残酷な実験。

 尽きぬ自問自答。

 立ちはだかる兵器の定義。

 定まらぬ自分。

 どこへ向けたらよいのかもわからない怒り。

 生みの母か? 最凶の主か? 守るべき素体か? 目前の小娘か?


(感情は枷にしかならないということだ。十年前も、今も、感情が役に立った試しなどなかったではないか)


「執着も尽きず……か」


 拳を握り締める。

 一の腕に強化筋肉の筋が走った。


「ディーラーズは私だけになった。死神の娘、貴様との因縁もそろそろ終わりにしたいものだな。いい加減うんざりだろう」


 言われ、死神は目を細めてダイヤを見つめた。


「なんで?」


 予想外の返答。

 ダイヤは呆気に取られていた。


「準くんがね、言ってたよ。縁は大切にしないといけないって。ダイヤと私の縁は、準くんで繋がる厄介で困った縁だけど。それって仕方ない事だぜ。でも広い広い世界でこうして知り合った事は、やっぱり大切なんだぜ」

「……わけのわからん娘だ。どちらかが果てなければならないというのに。それでもこの縁を大切に思うか」

「うん」

「宜しい。ならば私も、この戦いを大切に噛み締めるとしよう!」


 ダイヤは脚を踏み込み、風圧を放つ。

 ここは海上。潮を含んだ風の流れは強く、ダイヤの技も冴える。腕を振れば簡単に風の刃が発生し、脚を振れば風は太刀となる。

 まさに鴉闘技には絶好の戦場である。


 右腕、左腕、右脚、左脚。ダイヤはその四肢を振って振って振りまくった。

 彼の周囲には次々に風の刃が所狭しと立ち並ぶ。


「ソニック・ブレード!」


 ダイヤの一声でその全てが死神へ襲いかかった。

 死神は臆さない。

 握り締めた大鎌を持ち上げ、逆さにした。


「新鮮卵黄使用斬はネーミングセンス批判を受けまくったんだぜ……」


 悲しそうにそう呟くと、くるりと鎌を回した。

 この鎌は名をブラッド・デスサイズという。魔刀鍛冶が何代にも渡って鍛えあげ、魔を持つあらゆる刀剣を材料に用いた特注品である。それをシルビア・ナハトマンティルという死神が受け取り、愛用していたものだ。

 かの死神ギルスカルヴァライザーや聖剣エクスカリバーも驚く程の魔力を秘めた紅き大鎌。

 その力は少女の望みを、豊満な想像力を十分に叶える事ができた。


「カルバドスの多重斬撃!」


 死神は右腕を上に、左腕を下にずらし、鎌を撫でた。

 すると鎌は残像を描きながら分裂。

 横一列にずらりと並んだ。

 ギルスカルヴァライザーも惨劇との戦いに於いて鎌を分裂させていたが、数はロシュの方が圧倒的に上だった。

 それぞれの鎌がぶんぶんと音をあげて回転する。

 風刃を弾き、そのままダイヤへ逆襲。

 風刃で迎撃しようにもブラッド・デスサイズはそれ自体が身に纏う魔力によって守られており、風でどうにかできるものではなかった。

 ダイヤはそうでないと面白くないとでも言いたげに生き生きと地面を蹴って避けた。

 死神の攻撃はまだ終わらない。


「重力八方結界ー!」


 ダイヤの逃げ道を減らすように重力結界が現れる。

 フィールドを自分のものに仕上げていく死神。

 彼女の戦闘スタイルは多くの体験を経て築かれていた。

 小柄で体力に乏しいなら、近接戦闘やスタミナを消費する戦闘は避けたい。故に彼女は自分が動くことなく戦況を動かせるよう考えたのだ。

 反撃の隙を与えないように仕掛けていたが、相手はディーラー・ダイヤ。そうそう甘くはない。

 死神の想像では反撃ができない程の鎌による連続攻撃も、ダイヤにとっては十分攻撃を繰り出せる余裕があった。


「鴉闘技……」


 両腕で着地をしたダイヤは逆立ちの状態。

 そのまま開脚し、駒のように回転しながら無数の鎌を蹴った。


「螺旋昇翔・スプリングタップ!」


 腕力だけで跳び上がり、天を衝く螺旋軌道を描きながら鎌を蹴り飛ばす。

 風刃で描かれた螺旋の軌道はまるでDNAの塩基配列を思わせる。


「いいじゃないか、強いじゃないか、死神という種族はこうでなくてはな!」

「一人で戦うのは初めてだけどやる時はやるんだぜ!」


 里原準を賭けた戦い。

 その中に於いても、二人は互いを大きく意識していた。準をきっかけに出会い、因縁で繋がった死神ロシュとディーラー・ダイヤ。

 どちらも一生懸命。

 ダイヤに至っては楽しんですらいた。


「死神よ。私はスペードと同様、素体である里原準に感謝している。私に戦いの場を与えてくれた。戦う身体を貸してくれた。兵器である私と話を交わしてくれた。貴様に出会うきっかけを作り、新たな時代を垣間見せてくれた。ただの兵器では到底経験できないことだ。人と人との繋がりの強さ。その間に介入したことによる頭痛は大きく、その深さを身を以て知ることができた。こんなに貴重な体験、兵器の中で私にしかできないだろう!」

「ダイヤ……」

「さあ、私を倒せば里原準は解放される。その繋がりの強さを、私は見たい!」


 拳を固く固く握り、ぶんと振る。

 死神もダイヤの生き生きとした様子に釣られて笑みがこぼれた。


「さあ、ここからが本番だ。続けようじゃないか。我々のたたか――」

「え……!?」


 我々の戦いを。

 ダイヤは、そう言いたかった。

 ダイヤは、死神との戦いを続けたかった。

 決着をつけたかった。


 だが……。


 ダイヤはそれを取り上げられてしまった。

 まさに―――惨劇。


『んん。やれやれだ』


 惨劇のカタストロフが全てを取り上げた。

 死神もダイヤも惨劇にまったく気付かなかった。

 奴は突然、ダイヤの目の前に現れ、戦いを愉しむ彼の頭を鷲掴みにしたのだ。


「さ……惨劇……様……?」

『ようダイヤ。楽しそうだな』


 惨劇の口調は氷のように冷たい。

 惨劇の仮面のような顔の奥で怪しく輝く二つの光源も、冷やかにダイヤを見つめていた。

 それから周囲を見回し、ラビットの姿を見つけた。スペードの敗北を知った惨劇は舌打ちもせずそのまま視線を戻す。


『てめえの役目は?』

「さと……はら準の守護……」

『スペードが負けたなら、てめえのとるべき判断と行動は?』

「戦力減少による撤退……」

『戦ってんじゃねえか』


 ビキリ――


 鷲掴みにされたダイヤのメットに罅が入る。


『St.4Knightsはオーディン以外落ちた。あとはフライヤから魔導核を手に入れるだけだ。そうすれば起源への扉が開く。そこに準が居ないと意味がねえじゃねえか』

「その通りです……」

『でもっててめえはその時点で用済みなわけ。なのに負けたら準を引き渡す? どういうことだおい』

「………」

『くだらねえ。兵器に感情なんか与えるからこうなる』


 惨劇はダイヤを鼻で笑いながら、その本体であるメットを割った。

 本体であるメットが砕け散ったということはスペード同様、ダイヤは死んだということである。

 至極あっさりと惨劇はディーラーダイヤを捨てたのだ。


「ひどい……」


 そう呟く死神を惨劇は一瞥した。


『ひどい? 最初からダイヤはこうなる予定だった。まったくもって予定通り。てめえもてめえでダイヤを倒すつもりだったろうに。それをひどいたあ馬鹿丸出しだな』

「どうして最後まで戦わせてあげなかったの!?」

『んな必要があるか?』

「だってダイヤはそう望んでいたもん!」

『兵器の望みに耳を傾けろってか。話にならん』


 惨劇が指を鳴らすと、亜空間が生まれた。

 中から出てきたのは双百合。


『白百合。準を連れて行け』

「仰せのままに」


 白百合は黒百合に手伝ってもらいながら準を持ち上げ、死神の目の前で準を連れ去ろうとしていた。

 それを死神が逃すはずがない。一連の流れを見ていたジャッカルも立ち上がった。


「準くん!」

「逃がすわけがないでしょう」


 ラビットも立ち上がり、惨劇を呼ぶ。


「惨劇のカタストロフ!」

『ああ。ゼブラの居場所か?』

「彼女は……一体どこに」

『クク、ククククハハハハハハハハ!!』


 惨劇は背を向け、オーディンの居る後部甲板へと歩いて行ってしまう。

 ラビットの目的はゼブラの居場所だった。彼女の行方を知るため、唯一彼女と関わりのあった惨劇のもとへ行ったのだ。

 そこで交わされた契約こそ〈ディーラースペードの素体となり、起源の扉が開くまで協力すればゼブラの居場所を教える〉というものだった。

 ところがスペードは敗北。

 契約は果たされず、こうして惨劇は何も語らずラビットに背を向けた。


 準を連れ帰ろうとする白百合を逃がすまいと死神とジャッカルが走る。

 だがその前には黒百合が構えていた。


「どいてよ!」


 黒百合はゆっくりと首を横に振る。


「できません。黒百合はここをどきません。貴女も里原様を助けたいのなら、抑えなさい」

「準くんを助けたいならって……どういうこと?」


 黒百合は何も知らない死神に憐れみを含んだ眼差しを向けた。

 この子は本当に何も知らない可哀想な子なのだ。


「今、里原様を助けることができるのは惨劇様だけなのです。貴女は里原様を取り戻そうと惨劇様を追い続けますが、もう諦めなさい。惨劇様が本格的に貴方達を滅されないのは、貴方達が取るに足らない存在だからです。その証拠に惨劇様はこれまで目的へ向けての足止めを一度も受けておりません。すべてあの方の計画通りに事は進んでいます。天国……St.4Knightsも手駒に過ぎない。この争いも起こるべくして起こった。故に惨劇様は少しの焦りも見せず、淡々と着実にオーディンを仕留める状況に至っておられます」

「ちょっと待ってよ。準くんを助けるって何? 準くんはただ惨劇に連れ去られてるだけでしょ?」

「貴女は何もわかっていない」


 目を閉じ、力強く首を振った。


「惨劇様というお方は、里原準しか見ていないのです。里原準だけを愛し、里原準だけを視界に捉え、里原準だけの為に動く。そんなお方です」

「じゃあ、惨劇が地獄を襲ったり、魔導核を奪ったり、こうして天国まで潰そうとしているのは……全部準くんの為ってこと?」


 頷く。


「準くんに一体何が起こってるの!?」

「簡単に話しましょう。里原様は、今その命の灯を消そうとしておられる。それは十年前に起こった悲劇によるもの。本来彼は……十年前に死んでいる筈の人間だったのです」


 死神も、ジャッカルも、そしてラビットまでもが唖然とした。

 里原準はとうの昔に死んでいる筈の人間だという。

 そんな黒百合の言葉は無論信じ難く、滅茶苦茶だった。言い返そうにも三人は言葉が出てこない。あまりにも衝撃的で。あまりにも酷い妄言だと思ったからだ。


「信じられないですか? 唐突すぎましたか? ふざけるなと私へ言葉をぶつけますか? 構いません。どうぞお足掻きなさい。どう足掻こうとも貴方達に惨劇様を止められないのは事実。貴方達の存在など無に等しい。信じようが信じまいが、関係のないことです。それでも私は……死神ロシュケンプライメーダ、貴女に話してあげようと思ったのですよ。貴女も惨劇様同様に里原準を愛しているのですから。これは私の無駄な業。事実を知っておきなさい。そして、惨劇様の邪魔をしないようになさい」

「じゅ、準くんは、準くんは生きてるじゃない! 私や冬音さんや、メアやバンプや彩花さんと一緒に過ごしていたもん! 十年前に死んだなんて――」

「浅い。実に浅い。貴女は惨劇様に遠く及ばない。惨劇と里原様の絆に到底叶わない。十年前に死んだ里原様がどうして生きているのか。それは惨劇様が彼の裏であるからです。惨劇様が彼に、命を分け与えたからです!」

「………!」


 黒百合はひどく哀しげに眼を伏せ、持っていた傘を回した。


「ですがそれももう終わり。命の灯はもう消えかかっている。もう命を分け与えることもできない。だから惨劇様は最後の手段に出たのです。〈運命を変え、今の世界を消し去り、里原準が生きていられる世界を作る〉と」


 ついに明かされた惨劇の目的。

 やはり奴は里原準しか見ていなかった。里原準の為に世界を壊すという。

 ジャッカルは狼狽した。


「その為に魔導核を? し、しかし運命を変えるなど……可能なのですか?」

「おそらくは――」


 それに答えたのはラビット。


「おそらくは、可能なのでしょう。ゼブラの力を用いれば」

「ゼブラの力?」

「彼女も消息を絶つ以前、似たことを言っていました。運命を変えると。起源の扉を開くと。仮にゼブラがその技術を実現していたとすれば話は繋がります。惨劇は最終戦争でゼブラの支援を受けていた。彼女の技術について何かを掴んでいたのかもしれません。そして今回、それを利用しようとしており、そのエネルギー源に魔導核を用いようとしている。そう考えれば惨劇の行動に納得がいきます」


 そうでしょう?

 とラビットは黒百合に問うたが、彼女は何も言わずくるりと背を向けた。

 それは肯定のしるしと捉えて良いのだろう。


「話し過ぎました。とにかく、惨劇様の目的は解って頂けたと思います。どうか……邪魔をなさらず……」

「断る!」


 口をへの字に結んだ死神が叫んだ。


「な……貴女」

「これはおかしい! うん、おかしい! 準くんはそんな事望んでない! でも困った! 準くんの命が危ういのは信じ難いけど一大事だぜ!」

「あのねえ!」

「私の方が準くんの事想ってるもの。準くんの口から言葉を聞かないとね」

「貴女もまた、里原準を中心に抱くのね」


 呟く黒百合へジャッカルが駆ける。

 最硬の拳を振るい、黒い着物の女へぶつけようとした。

 黒髪が揺ゆれ、傘が廻る。


「屈折の茎」


 ジャッカルは目を丸くした。

 確かに拳は黒百合の身体を捉えた筈なのだ。それなのにジャッカルはまったく何もない場所で拳を空振りしていた。

 黒髪の女は避けてすらいない。

 ジャッカルが的を外したのだ。


「馬鹿な!」

「反射の花弁、吸収の根」


 また傘が廻る。

 黒百合の姿が消えた。


「双百合は唯咲くのみ。主の道を守るのみ……」


 言葉だけが潮風に乗り、死神達の耳に響く。

 そして黒百合はどこかへ行ってしまった。


 なるほど、とラビットが声を洩らした。


「双百合の力は、どうやら〈光を操る力〉のようですね」

「どういうことです?」


 ジャッカルは悔しげに拳を降ろした。


「光。我々の目は光があるから物を見ることができます。光を反射・屈折・吸収することによって、物は見えるのです。そして双百合はその三つを操ることができる。ジャッカル、貴女は……いえ、我々はおそらく最初から黒百合の幻影を見て話をしていたのですよ。本物の黒百合はもっと別の場所に立っていた筈です。当然ながらジャッカルが幻影に拳を振るったところで当たるわけがないのですよ」

「姿を消すのも、その力を使っているのですね」


 二人の会話をよそに死神はじっと鎌を握り締めて立っていた。

 そして彼女は一人、惨劇の後を追うように後部甲板へと駆け出す。

 ジョーカーの二人に死神少女の背中はどこか力強く見えた。


「ホホホホ。私達もしっかりしなければ」


 ラビットの言葉に力はない。

 他を顧みずゼブラを追うことだけに目が眩んだ醜態を晒し、あまつさえ惨劇との契約は破綻した。

 表には出さずとも彼は悔しかった。

 ラビット・ジョーカーの酔狂の対象がゼブラ・ジョーカーであったことはもはや言うまでもなかろう。ラビットはゼブラに心奪われていた。

 十年前に姿を消した彼女。魔導社も、自分すらも置いて一人消息を絶ってしまった彼女。

 今でも目に焼き付いているのはそんな彼女が最後に残した言葉。


(必ず帰ってくる……)


 そう信じて待ち続けた。手掛かりさえ掴めなかったラビットには待つことしかできなかったのだから。

 そこに現れた惨劇という名の手掛かり。

 奴の登場はラビットを興奮させた。

 後に魔導社襲撃事件は零鋼の強奪だったと知った時、もうラビットは居てもたってもいられなくなった。惨劇は何か行動を起こすつもりだとすぐに悟った。

 周りが見えなくなった。

 ゼブラに会える。そう考えると周りなどどうでも良くなってしまった。


「……間違っていることは、わかっていたのに」


 すがるようにジャッカルの手を握ると、彼女は強く握り返した。


「酔狂。物好きと世間は皮肉を込めてそう言いますが、私は貴方と同じジョーカー。抗えないことはよくわかりますよ、ラビット」

「私は……」

「また待てば良いのですよ。ゼブラは帰ってくると言ったのでしょう? 待ちましょう。彼女の言葉を信じて。私も一緒に待ってあげますから」


 ジャッカルは腕を引き、ラビットを立ち上がらせた。

 ウサギの頭から相変わらずの笑い声が漏れる。


「宜しくお願いします」

「ゆっくりしている暇はありませんよラビット。死神さんを追いましょう」

「ええ。私達大人が、あの子を守って差し上げないと」


 ディーラーズは滅び、双百合は準を連れて撤退した。

 ヴァルキュリアとガーディアも戦線を離れた。


 残るは……フライヤの駆るオーディン、そして惨劇のカタストロフ、零鋼。

 死神、ジャッカル、ラビット、そして歌舞伎も後部甲板へと急ぐ。

 クロスキーパーの戦いは終わりに近づいていた。



 ◇ ◇ ◇



【クロスキーパー後部甲板】


 戦略傀儡兵オーディンは別名《術式砲台》と呼ばれている。

 理由は御存知の通り、グングニルという攻撃のシステムからそう呼ばれるようになった。

 その多脚はあらゆる地形を踏破できるが、そんなものは正直必要ないものだ。

 オーディンの魔方陣は世界中に届くのだから。

 空中要塞ダイダロスを射抜いたように。

 地獄を射抜いたように。

 イーグルの機動歩兵隊を射抜いたように。

 神の槍はどこへでも届き、必中。

 これは異界中で恐怖の対象ともなっている。

 兵器と正義。先にあるのはどちらか。


「理想と現実の惨劇だなフライヤ。クハハハハ」


 惨劇は巨大なオーディンを見上げながら笑い、ゆっくりと歩いて近づく。

 対してオーディンは大きく腕を振って惨劇を威嚇した。フライヤの気合だろう。


『やっと来たわね惨劇のカタストロフ!』

「さっさと魔導核を渡せ……っつっても無駄みたいだな」


 惨劇はオーディンから目を逸らし、自分の掌を眺めた。

 風に流れて何かが舞っている。

 それを握り締めた掌に、サラサラと流れる固形物。

 砂――だろうか。

 こんな海上まで風に乗って砂埃が運ばれてきていた。


(砂?)


 ここは海のド真中。

 陸地とは遠く離れている筈。


(砂……砂……)


 惨劇は首を傾げ、空を見上げる。少量の雲に燦々と輝く太陽が眩しい。

 周囲を見回す。立ち塞がる巨大兵器の奥には水平線がただ続くのみ。


(砂嵐……。砂嵐……だと)

 

 舌を打った。

 この砂に気付いているのはおそらく惨劇だけだろう。巨大な戦場と巨大な敵を相手にするこの状況だ、砂ごときに興味を示す者など他に居るまい。

 だがこの砂こそ惨劇にとって計画を急かす要素となるのだった。


「面倒な状況になる前に終わらせたいところだな」


 その言葉を余裕と捉えたフライヤは一歩踏み出して威嚇した。


『上等よおおお!』


 彼女の操るオーディンはカメラアイを輝かせ、咆哮する。

 と同時に惨劇の周囲にエメラルドグリーンの魔法陣が発生。

 前方、後方、右方、左方、上方。

 まるで眼のように。

 開く魔法陣達は閉じていた無数の瞼を開く眼のようだ。

 一斉に開き、惨劇を見る必中の目。


 ついに最凶と術式砲台の交戦が始まる。

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