宴章 大空の教室〜the great blue arch of the sky〜
今日のイーグルは舌打ちが多かった。
自分の認めた部下を既に三機も落とされ、残った二機も状況が芳しくないからだ。
彼女の標的はベルゼルガ・B・バーストという男。任務と言えば任務だ。ベルゼルガの部下に託されたイレギュラーな。
傾斜の急なユグドラシルレールを昇ってくる飛空挺にベルゼルガが乗っていると踏んだ彼女は、それを襲撃した。
ビンゴ。
やはり、飛空挺を守るためにベルゼルガが出動してきたのだ。
彼は脚部に飛行ユニットを装着していた。
機動歩兵との空中戦に備えてあったのだろう。
「ギャハハ! 来ると思っていたぜイーグル・ジョーカー!」
片手に機銃を握り、男は単身向かってくる。
標的はベルゼルガだが、イーグル隊は飛空挺への攻撃も続けた。彼が飛空挺を守るために注意力を散らすからだ。
「落とす! ベルゼルガ、貴公はここで落とす!」
援護を他の二機に任せ、イーグルの愛機カデンツァはベルゼルガへ突撃した。
相手は飛行ユニットを付けた生身。
だがイーグルの中に油断はなかった。
同じ破壊業者として、同じ教官として、互いは互いの力量を知っている。特に彼の教育した部下達の戦闘を近くで見せつけられたイーグルの中に、余裕や油断など微塵もなかった。
故に全力。
カデンツァは腕からヒートブレードを出し、飛び回るベルゼルガへ切り掛かった。
だが格闘を挑むには機動歩兵の動きは大きすぎ、俊敏な飛行ユニットに回避されてしまう。
「機動戦なら負けない!」
イーグルは間接のスラスターを巧みに操り、カデンツァをベルゼルガに張り付かせた。
これにはさすがのベルゼルガめ驚いた。格闘を外した隙を狙って弾丸を撃ち込もうとしたのに、カデンツァは滑らかに攻撃姿勢へ移ったのだ。
機動歩兵を侮る無かれ。生身の兵士の動きを意識していては、機動歩兵を相手にすることはできない。
カデンツァは機動力に特化した機体。全身に取り付けられたスラスターやブースターと、イーグルというパイロットが組み合わさった時、それは最強の機動歩兵と化す。
「閃光砲、バースト!」
赤い機体の胸部から、光線が三連射される。
一撃当てればベルゼルガを沈めることができる。
「よっと」
男は難なく躱してしまうのだから厄介だ。
しかしこのベルゼルガの回避を見たイーグルは、空中戦に於いて要となっている彼の飛行ユニットの動きを覚えてしまった。スラスターノズルの噴射角、攻撃から回避までの時間と体勢の変化までも。自身が持つ音波能力によってなせる業だ。
ただ二人は破壊業者の教官同士。互いに互いの能力を理解している関係でもあった。
ベルゼルガも今の回避でイーグルに動きを把握されてしまった事に気付いているだろう。
ならば何らかの手を打たれる前に、早く決着をつけるべきだ。そう考えたイーグルはカデンツァ持ち前の機動力で執拗にベルゼルガを翻弄する。こちらは三機、相手は二機。しかもあちらは飛空挺という巨大な的まで守らなければならない。こちらが圧倒的に有利なのだ。
「……援護の二機は厄介だな」
ベルゼルガは狙いを後方のヘヴィゾン二番機と四番機に定めたようだ。強力な隊長機より先に、支援する僚機を先に始末するのは当然の判断だ。
男は背中に背負っていた大型のライフルを構えた。
させまいとイーグルが襲いかかる。
銃器は部下に渡してしまった。使用可能な装備は、チャージに時間を要する閃光砲とヒートブレードだけ。
高機動だけに相手の懐に入って斬りかかる戦法を取らざるを得ないのだが、相手の相性が悪かった。
「ペラペラの装甲じゃ近寄れないだろ。ギャハ」
大型のライフルを片手で構えるベルゼルガは怪力の持ち主だ。おまけにもう片方の手にも対鉄鋼弾を連射する機銃を持っていた。それをイーグルのカデンツァへ向けて乱射してくるのだ。
タタリガミによる呪詛無限弾。
つまりその弾幕は尽きることがない。
カデンツァを牽制している間に、ベルゼルガはライフルで僚機を攻撃する。
彼の対物ライフルは重装甲のヘヴィゾンでも長くは耐えられない威力を誇る。
そして二機の僚機は回避も満足にできない程の損傷を負っているのだ。
「こちら隊長機。飛空挺への攻撃を中断してE.W.Bを展開しろ」
「二番機了解」
「四番機了解」
ベルゼルガの放った弾丸が突然弾かれるようになった。
もう二、三発撃ち込むも、やはりヘヴィゾンに着弾する前に弾丸が消滅してしまった。
なるほど、と黒いヘルメットが頷く。
「E.W.Bか。さすが最新鋭機」
Electromagnetic Wave Barrier。通称E.W.B。
電磁波による障壁だ。
高出力を誇るヘヴィゾンにはこれが装備されている。エネルギー攻撃はある程度無力化でき、実弾はミサイル程でない限り防ぐことができる。
もともとヘヴィゾンは局地戦に於いて被弾覚悟の猛攻を想定して作られた機体なのだ。
「あれを貫通させるには、タタリガミのチャージに時間を要するだろうな。ベルゼルガ!」
イーグルはヒートブレードをベルゼルガへ投げる。
更にもう一本、彼の回避予測点へもヒートブレードを投げた。
イーグルの誘導に乗せられ、ベルゼルガは別の方向へと避ける。
「まるで私の操り人形のような動きだ!」
既に接近を終えたカデンツァが蹴りを出し、ベルゼルガに直撃を見舞う。
「デストロイ畜生が!」
バランスを整えようと空中でもがくベルゼルガだったが、イーグルはその時間も与えず格闘で追撃する。
空中戦はイーグルの十八番。地に足を着けた戦いを主とするベルゼルガに格闘戦で勝ち目はない。音波で動きを読み高機動で先回りをするイーグルの戦法で、操り人形という例えはまさに適確だった。
呪詛で障壁を展開するベルゼルガを殴り、蹴り、はたく。
それでもベルゼルガは――笑っていた。
「ヒヒ、ギャハハハハハ」
「お前は狂っているからな。窮地で笑っても不思議ではない」
「違え、違えよバァカ。てめえの能力も、E.W.Bも、俺を妨げる事はできねえから笑えるんだ」
「……なんだと」
「てめえの音波能力は知ってる。てめえも俺のタタリガミ能力を知っている。おあいこ? いいや違うね」
そして――猛攻を続けていたカデンツァの動きは止まった。
ベルゼルガは自身の黒ヘルメットの正面に人差し指を立て、チッチッと舌を打ちながら振る。
「タタリガミを嘗めんなよアマ」
イーグルは観察する。
何か変化がある。どこだ?
自分は何かを見落としている。大事な何かを。
ベルゼルガの姿。
片手に機銃を持ち、もう片方の手で指を振っている。
「対物ライフルは……どこへ」
片手にライフル。もう片手に機銃を持っていた筈だ。
殴った際に落としたのか?
いや、レール上にライフルは見当たらない。
「うあああイーグル隊長!」
いつの間にか、後方で援護させていた四番機が煙をあげていた。
四番機の操縦席は赤いライトで染まり、危険を知らせるアラートが鳴り響いている。
――被弾。
――耐久度危険域。
――行動不能。
様々な表示がコクピット画面に並んでいた。
重機動歩兵ヘヴィゾン四番機は、ベルゼルガの射撃を食らっていた。
「四番機、脱出しろ!」
イーグルの叫びとほぼ同時に、四番機は爆散した。
機体の残骸は転がり、レールの端から落ちてゆく。
「こちら二番機、四番機からの脱出信号を確認」
それを聞きイーグルは胸を撫で下ろす。
四番機が浮いていた場所の背後には……イーグルの見失っていた大型の対物ライフルが浮いていた。
ベルゼルガが高らかに笑う。
「いいか、タタリガミってのは呪詛を弾に変換するだけのシステムじゃねえんだよ。呪詛を実体化し、操ることもできる」
「ならあれは」
「そう、呪詛。ライフルを持ち、狙いを定め、トリガーを引いたのは呪詛なんだよ。ギャハハハハハハ! 音もすり抜けるから感知できねえだろ」
自分の能力に頼りすぎなんだよ。だから見失った時、混乱する。
ベルゼルガはそう言い捨てた。
確かに呪詛の存在は感知できなくとも、ライフルは感知できた筈なのだ。それはイーグルがベルゼルガの周囲ばかり気にしていた事に因るミスだった。
ギリ、と歯を噛みしめるイーグル。
そして次の瞬間、レールの下部で爆発が起こった。四番機の動力部が臨界に達し、衝撃によって爆発したのだ。
「なに!?」
「ああ?」
次に、ユグドラシルレールが揺れた。
大きく、ぐらりと。
ベルゼルガもイーグルも戦闘の手を止め、何事かと周囲を見回す。
誰よりも早く動いたのは、レール上から飛び降りたヘヴィゾン二番機だった。
「四番機の爆発でユグドラシルレールのシャフトが折れたようです!」
確かに、レールを支える支柱が砕けていた。
支柱はその一本一本が重要で、ひとつでも失えばレールは崩壊してしまう。
「何をする気だ二番機!?」
ヘヴィゾン二番機は折れた支柱まで下降すると――
なんと、その間に飛び込み、支えた。
「二番機やめるんだ! 機体が潰れてしまう!」
既に二番機は支柱に挟まれ、機体の各部から火花を散らせていた。
「これは大切な……空への……扉なんです……!」
イーグルは脱出しろと叫んだ。
が、二番機のコクピットはどんどん潰されていき、脱出機構も壊れていた。
「……やっ……た。安定……した」
「馬鹿者! はやく機体から出――」
「ぐ……隊ちょ……狭――あ、あああああ!」
ユグドラシルレールの揺れは収まり、崩壊は免れた。
と同時に、二番機との通信も途絶えたのだった。
折れた柱には、原型を失うほど押し潰されたヘヴィゾン二番機が挟まれていた。
まるで生気を失ったように、まるで最初から柱の一部であったかのように。
哀しくユグドラシルレールを支えていた。
「く……そぉおおおおおお!」
イーグルは吠えた。
コクピットの中で拳を叩きつけた。
自分のミスだと嘆いた。
ベルゼルガへ攻撃を当てることだけに捉われ、手負いの僚機に気を回さなかった単純なミステイクだ。
それは部下を信頼していたからと言えば聞こえは良い。しかし結果を見れば隊長として失格であるのは明白だった。
四番機を落とされた時点で、彼女は戦闘でミスを犯したのだ。
「私の所為だ私の所為だ私の所為だ私の所為だ。二番機を……部下を死なせてしまった! 一番機も三番機も四番機も五番機も……。部下は皆墜ちたというのに私だけが悠々と空に居る! 何が教官だ! 何がイーグル隊だ!」
操縦桿から手を離し、女はヘルメットを被った頭を両手で抱えた。
くそったれ、と何度も叫ぶ彼女は実にみっともなく、惨めだった。
そんなパイロットを含んだカデンツァの頭部に、ベルゼルガの放った銃弾が直撃する。
「な――!」
頭部のメインカメラは吹き飛び、コクピット画面はブラックアウトした。
すぐに胸部のサブカメラが起動し視界が回復した。
カデンツァの正面に、飛行ユニットで宙に浮くベルゼルガが映った。
「情けねえ……」
呆れるように肩をすくめ、首を振る。
「こんな隊長、見たことねえよ。デストロイみっともねえ。さっさと墜ちちまえ」
黒ヘルメットの男は対物ライフルを構え、カデンツァに発砲した。
パイロットが操縦桿から手を離していた為にカデンツァは避けることすらなく、左右の腕を撃ち抜かれた。爆発と共に両腕がガラクタと化しレールを転がり落ちてゆく。
「ベルゼルガ……私はもう……」
「ああ。てめえに飛ぶ資格はない。二度と飛べないよう、羽をもぎ取ってやる。デストロイ覚悟しな」
カデンツァの右脚、左脚を銃弾が貫通する。飛べなくなった赤い機体はレールに落下した。
イーグルの手は震えていた。
操縦桿を握っても、手は言うことを聞かない。
彼女は恐怖と絶望というものを初めて知った。
それは羽を失ったからではなく、部下を失ったからだ。
飛べなくなる事を一番恐れていた彼女は、自分でも気付かないうちにもっと恐れていたものがあったのだ。
それを失ってから知った。
(私はもう飛べない……。私はもう飛べない……)
「私はあああああああ!」
四肢を失ったカデンツァ。
その最後の力を以て、最後の飛翔をした。
スラスターは限界域。
ベルゼルガへ向けて、捨て身の突撃をした。
イーグルはレーダー能力まで失っていた。絶望の果てに羽はおろか音波を出す能力すら捨てたのだ。
「あん? こ、こいつ……!」
捨て身のタックルなど躱すのは容易い。
ところがベルゼルガの背後には――飛空挺ルシファーが居たのだ。
避ければカデンツァはルシファーに直撃する。
「あははははははベルゼルガ! 共に散ろう! 同じ教官として! 部下を失った愚かな隊長として! 局地・銃撃戦闘隊の想いごと受け取れえええええ!」
ベルゼルガは対物ライフルを投げ捨てた。
突撃してくるカデンツァを、両手で受けとめる。
「ハァ!? デストロイお断わりだバァカ!」
飛行ユニットのジェットを最大にし、カデンツァの軌道をルシファーから逸らす。
カデンツァは赤に染まっていた。
機体のパーソナルカラーではない。熱を帯びた赤色だ。
放熱機能などとうに死んでいる。おまけに限界突破のスラスター出力だ。カデンツァは崩壊直前だった。
コクピットはアラート音に包まれ、それでもイーグル・ジョーカーはアクセルペダルを踏み続けた。
「ギャハハ! エンジンをカットしろイーグル! 機体が熱崩壊を始めてるぞ――って、熱ぃ!」
機体を押さえ付けるベルゼルガの手も熱で焼かれた。
火球を受けとめているようなものだ。
「勝負だ……ベルゼルガ……どちらが先に……赤に呑まれるか……ハァ……ハァ……」
イーグルのヘルメットにピシピシと罅が入る。
彼女の靴もグローブも熱で溶けていた。
コクピットの中は灼熱。そこで彼女は戦っていた。
「お前は頑丈だなカデンツァ……。さすが私の翼……。あんな男に負けるわけがない」
ぼろぼろとゴミのようにカデンツァの装甲が剥がれ落ちる。
ベルゼルガもさすがに焦った。
飛行ユニットが火花を散らし、彼の脚から抜け落ちる。両手も塞がれた今、文字通り打つ手はなくなった。
「大空の……教室……。私と……教え子……。大好きな此処で……本当に大切なモノを……見つけた……」
崩壊。
それは呆気ないものだった。
ふっ、と力の抜けたようにカデンツァは眠った。
装甲も部品も、すべてが元の姿に還ってゆく。
赤き残骸は空から墜ちる。
羽の一枚一枚を散らせるように。
ヘヴィゾン二番機はユグドラシルレールと共にそれを見送る。
「悪く……ない……」
――ジョーカー一族と呼ばれる集団が居る。
彼等はモノを生みだす事に長けるという特徴を持つ。
そしてもう一つ。
興味を抱くモノに対しては何よりも一途になるという特徴も持つ。それは俗に〈ジョーカーの酔狂〉と呼ばれる。
彼女。イーグル・ジョーカーもやはりジョーカー一族の一人だった。
彼女が魅せられたモノは〈空〉。
生みだしていたモノは〈機動歩兵乗り〉。
自身も機動歩兵を駆り、大空という教室で教え子と共に飛んだ。
彼女は、とても幸せだったと言えよう。
そして最後に気付いたのだ。
生みだすものをも愛すことができたら、最高なのだと。
故に、彼女は幸福をその身に感じたのだ。
空も、教え子も、共に自分と在った事に。
それに気付けた事に……。
赤の鷲鷹は――
聖なる大樹に見守られ――
ようやく――
その羽を休める――
◇ ◇ ◇
イーグル隊の猛攻を退けた飛空挺ルシファーは無事、ユグドラシルレールを飛び立った。
飛行ユニットを失ったベルゼルガも咄嗟に神楽の出したワイヤーを掴み、引き上げられ、艦内に戻ると一息吐いた。
死神のロシュが彼にコップ一杯の水を飲ませ、吸血鬼のバンプは焼け爛れたベルゼルガの手を包帯で巻く。相手がイーグル隊だったこともあってか、彼も手負いとなった。
死神とバンプは強敵と戦った経験が少ない為、現状に驚いていた。
最硬のジャッカルも、最狂のベルゼルガも、異界では負けなしの猛者だ。そんな彼らでも油断すれば命を落とす。当たり前のことなのだが、やっと実感が持てた。
ディーラーズやイーグルから傷を負ったのが何よりの証拠だ。
そして敵はさらに強大である。St.4knights然り、惨劇のカタストロフ然り。
実際バンプはヴァルキュリアを討つべく此処に居るのであり、死神も準を取り戻すには惨劇を避けては通れないだろう。
ヴァルキュリアが地獄旅館でバンプに言っていたように、それは無謀。
謀り無し。ただやみくもに己の目的を果たそうと走っているのだから。
死神もバンプも、そして神楽もまだ子供なのだ。ベルゼルガとジャッカルという大人の協力は不可欠。
ジャッカルもまた己の目的があるわけで、共同戦線を張っているわけだが。
「ベルゼルガと神楽はどうして協力してくれるの?」
死神は抱き続けていた疑問をついにぶつけた。
神楽は今でこそ里原準という兄を助ける目的を持っているが、護衛として死神の前に現れた時はまだ準が関わっている事を知らなかったのだ。つまりベルゼルガと神楽が死神のもとへやってきた原因が不明なのである。
神楽はワイヤーを隠してある袖の中から、一枚の紙を取り出した。
「依頼文よ」
少し古ぼけた紙だった。ノートか何かの1ページだったのだろうか、破られた後がある。しかも肝心の依頼主の名前の部分まで破り取られてしまっていた。
確かに報酬額と依頼内容が事細かに記入してある。依頼文には違いない。なのに文頭には何故か――Letter――と書かれていた。
「手紙……?」
「そう、私とベルの処に送られてきたのがこれ。破格の報酬額は既に振込まれていて、いつ振込まれたのかはわからない。おかしな話よ。アンタの居場所もまるでわかっているかのように書かれてた」
破壊業者として、報酬を振込まれたからには仕方なく依頼を受けることにしたのだろう。
それにほぼ同じタイミングで韋駄天とタイタンが落とされた事と関係があるのではないか。そうベルゼルガが思った為でもある。
案の定、破壊業者は全て敵に回ったという事実を目の当たりにしたわけだ。
「依頼主が誰かわかんねえ依頼を受ける俺達も俺達だがな」
手を開け閉じしながらベルゼルガが言った。
「結果として懐かしい顔と再会し、何の因果か敵対していた奴を救う羽目になったが。まあ仕事は仕事だ。こういう事もデストロイよくある」
棺桶型の箱を引き寄せ、彼はその上に座った。
ルシファーの離陸に成功し、まずは一段落したので操縦室からジャッカル・ジョーカーが出てきた。
死神、バンプ、神楽、ベルゼルガ、ジャッカルの五人が集まったので今後の説明をするのだ。
「朗報……と言っていいのでしょう。たった今、情報が入りました。天国とNO.13は事実上決裂したようです。その際、零鋼のサイバージャックによって天国の無人兵器がNO.13側に回り、破壊業者と戦闘。破壊業者は壊滅状態だそうです」
それを聞いた神楽とベルゼルガは唸った。
特にベルゼルガは、先程の戦闘でイーグル隊が既にひどく損傷していた事が気になっていたので、
「なるほど」と呟いた。
ジャッカルは続ける。
「やはりNO.13の目的は魔導核かと。天国は都合よく利用されたとみて良いでしょう。フライヤ・プロヴィデンスが何も考えず利用されるだけとは考えにくいですが……」
「待ってジャッカルさん。じゃああの零鋼はまだあっちに居るの?」
死神が問い、ジャッカルは頷く。
「天国はオーディンを所有しています。そしてオーディンを含むSt.4knightsが居る。いくらNO.13といえど、彼等を抑えて魔導核を奪うのは至難の業でしょう」
「つまり……」
「ええ。死神さん、きっとディーラーズ……いえ、ラビットと里原準も現れる。下手をすれば惨劇のカタストロフも」
パシン、と手を叩く音がした。
バンプが拳を合わせていた。
「……総力戦になるかもしれないんだね」
「三つ巴の乱戦……ちょっと厄介よ」
神楽も顎に手を添えていた。
ここで、話を聞きながら拳銃の整備をしていたベルゼルガの笑い声が響いた。全員が彼の方を見ると、彼は銃口の中を覗きながら肩を震わせて笑っていた。
「どうだかな、ギャハハ。惨劇はズル賢いからよお。奴は俺達の動きも把握している。俺達は最低、天国のヴァルキュリアをボコらなきゃならねえ。な、坊主?」
坊主と呼ばれたバンプは力強く頷いた。
「俺にも惨劇の動きは手に取るようにわかるぜ。奴は俺達にSt.4knightsメンバーの相手をさせる気だ。だからディーラーズも俺達を適当に相手するだけだった。NO.13はオーディンだけに集中するつもりだよ」
「オーディンだけに?」
「そうだよジャッカル、ギャハハハハハ! あのフライヤが大事な大事な魔導核を手薄な天国に置いてくると思うか? 奴は大事なモンは自分の手元に置いておくだろう。戦場でも安全な、オーディンという金庫によぉ! 惨劇が里原準を手元に置いておく手段にディーラーズを使ったのと同じだよ」
ジャッカルは納得したらしく、大きく頷いた。
悪人は悪人を知る……とはさすがに言わなかった。
「確かにベルゼルガの言う通りです。NO.13はオーディンのみを狙いに行くでしょう。ただ天国は私達を軽視している。惨劇の思い通りに踊らされるのは癪ですが、これはチャンスです」
「状況が変わったから、作戦の修正が必要だな。ギャハハ」
◇ ◇ ◇
作戦は大きく修正された。
破壊業者は壊滅状態ということで、天国の部隊への突撃はかなりしやすくなった。
戦況を把握できたのは収穫だ。
こちらからすれば、NO.13がオーディンを引き受けてくれるとも考えられるからだ。
つまり相手にするのはヴァルキュリアと、残り二人の騎士。そして零鋼にジャックされた無人兵器群。
無論、NO.13に魔導核は渡せないので、彼等とオーディンも標的だ。
理想の流れは、素早く三騎士を撃破し、いち早くオーディンに辿り着く事。そこにNO.13が現れれば、ラビットと準を救い出すチャンスでもある。
確かにジャッカルと死神は迷いを抱いてはいる。が、惨劇が危険な存在である以上、奴の真意も危険である事は明白。それについて行くラビットと準をそのままにしておいて良い理由は無い。
「ディーラー・ダイヤに準くんを返してもらうもん。天国の魔導核も手に入れてする事なんて、良いわけがないよ」
「取り返してから、ラビット達本人に訊きましょう。彼等は自分の意思でディーラーズに身体を渡した。それは間違っていると、叱ってあげましょう」
もはや彼等の意志を尊重してやれる段階は過ぎた。もしかしたら、ユグドラシルレールの街で取り戻すべきだったのかもしれない。
だが死神は準を信じたかった。準は正しい行動をしているのだと信じたかった。だからディーラー・ダイヤを逃がした。
(準くんも、迷っているのかもしれない。惨劇が大切だから。惨劇のやる事を正しいと信じたいのかもしれない。もしそうなら――)
――それは世界中のみんなが、不幸になっちゃう事なんだよ。
そう教えてあげなければいけない。
大好きだから。
大好きな人を大切に思うからこそ。
恋人である死神の役目なのだ。
ここに一人、決意を固める少年が居た。
「彩花さんが、どんな気持ちだったか。わかるかい、ヴァルさん……」
ヴァンパイア。彼は決して復讐鬼ではない。
けじめ、というやつだ。
須藤彩花はヴァルキュリアを信頼していたからこそ、背中を預けた。なのにヴァルキュリアは、須藤彩花の信頼を剣で貫いた。
フライヤに心酔し、正義を掲げ、バンプだけ自分の元へ来させようとした。
なんて傲慢な。
なんて陰湿な。
なんて弱い女なんだ。
バンプは育ての親であるヴァルキュリアを嫌悪した。
「引きずってでも彩花さんの前まで連れて帰るよ。ヴァルさんの掲げる正義は曲がったモノだ。正しくなんてない。気付いてるでしょ、こんなことくらい」
その声は、使い魔のものと重なり、二重に響く。
吸血鬼は――墜ちた聖騎士を粛清する。
「とっとと準兄を取り返すわよ。しっかりなさいよベル」
「お前はそればっかりだな。まあ任せとけ」
破壊業者の二人は手を叩き合う。
この者達のコンビネーションは零鋼すら仕留められる。今後も重宝される戦力だ。
特にベルゼルガという男。
強い。
この一言に尽きる。
戦う為に生み出され、タタリガミという能力により無限弾を実現させた世界にただ一人の戦士。彼の本領は未だ発揮されていない。彼は戦闘狂なのだ。敵味方問わず駆逐し、破壊の限りを尽くすその姿は最狂の称号まで与えられた程。
だがそれ故に戦い続けなければならない。彼にとっての戦闘は発狂を抑えるための手段に過ぎない。彼が発狂し、真の戦闘狂と化すのは――宜しくない事態なのかもしれない。そしてそれを本人が抑えようとしているということは、本人も望んでいない証拠。
神楽という少女は発狂を抑える役も担っている。
ベルゼルガにとって神楽は、必要な存在なのかもしれない……。
各々は思惑を胸に天国へ向かう。
彼等はそこで巨大な十字架を目にする。天国の要塞空母クロスキーパー一番艦の甲板上に二番艦が突き刺さった光景を。
何故フライヤはこのような行動に出たのか。それは彼女本人の口から聞くしかない。
狡猾で滑稽な一人の少女の理想は、笑ってしまう程に純粋……。
◆ ◆ ◆
同刻。
海上を高速で移動する物体があった。
人型。一機の機動歩兵だ。
型は……セメタリーキーパーと呼ばれるものを改良したものだろう。
その鋼鉄の巨人は、手の上に男を乗せていた。
「畜生、間に合うんだろうな!?」
「そんなの僕にだってわかんないよ!」
なにやらパイロットと言い合いをしている。
その男は出で立ちが妙だった。
派手な衣装。化粧を施した顔。
「あの馬鹿共、俺達が寝ている間に勝手なことを……!」
「あの鬼さんは大丈夫なの?」
「夜叉なら心配ねえだろ。閻魔も白狐も付いてる。それにお前の仲間も一緒だろチビ」
「僕をチビって言うなー!」
彼等が向かうは天国。
青く、緩やかに波打つ海上はスラスターの気圧でえぐられる。
跳ね上がった水飛沫は異界の太陽光を反射し、輝いた。
地獄旅館、アジア三強が一人。《歌舞伎》。
破壊業者、傀儡製作者。《韋駄天》。
復帰参戦。