†裏章 5
魔導会社マジック・コーポレーションは戦争の渦中にあった。武器商人としてだ。
金さえ積まれればいかなる勢力にも武器や傀儡兵を売り、常に最先端の技術を有し、更に上を目指す企業。それがラグナロクにおける魔導社の立ち位置だった。
ただしこの魔導社、決して平等ではない。否、最初からクローを待っていたようだった。
鴉天狗のクロー。彼が戦争へ参戦する決意を固めた時、二つの部隊を築いた。
一つは俺、惨劇のカタストロフ率いるNO.13。
もう一つは、クロー自らが率いるNO.0だ。
この二つが結成された瞬間、魔導社の社長であるゼブラ・ジョーカーは他の勢力への軍事供給を全て断ち切りやがった。
魔導社はクローの傘下へ自ら入ったのだ。
ゼブラの考える事は誰にもわかんねえ。あの女を理解できるのは精々副社長のラビット・ジョーカーくらいだろう。
で、俺とクローの部隊は魔導社の支援を惜しむことなく受けることになった。
ただし、これによって魔導社のライバル企業は一斉に動きだし、機に乗じて一挙に潰そうと仕掛けてくるだろうがな。
◇ ◇ ◇
旅から帰還した俺は、早速ゼブラの玩具にされていた。
身体中をくまなく調べられ、質問は絶え間なかった。
そして俺の寝かされた隣の台には、旅立つ前と変わらず――零鋼が寝ていた。
俺がソイツをじっと眺めていると、ゼブラはそれに気付いて言った。
「私は天才です」
ぶっ飛ばしてやろうかと思った。
「……戦略傀儡兵だっけか。一機で戦争に勝つとかいう馬鹿げたコンセプトの」
「ええ」
ゼブラは至極あっさりと頷きやがった。
「この零鋼を筆頭に、全部で七機」
「七機ぃ!? コンセプト通りに作るんなら一機で十分だろ」
この女は自称天才の阿呆だと思った。天才となんちゃらは紙一重って言うからな。
だって七機だぜ?
何回戦争をやるつもりなんだよ。
「ま、戦争などには投入しませんけどね」
にこやかに言った。
俺は呆気にとられるしかない。
「いい加減にしろよ阿呆。じゃあ戦略傀儡兵は何の為に作ったんだ」
「フフフフフフフフ。教えてほしいですか惨劇?」
ゼブラは高らかに笑いながらクルリと回った。そんな彼女のシマウマ頭を目で追いながら頷く。
いつもこの女は楽しそうに回る。楽しい時に回る。
楽しみに対して一途で、興味対象に一途で――
「アナタなんかに教えてあげませーん」
そしてとんでもなく意地が悪い。性悪女。
神経を逆撫でることに長けている。
「フフフフフ、フフフフフフフフ! 怒っちゃいけませんよ惨劇。憤怒は人を小さくします」
「別に怒っちゃいねえよ。てめえはそういう奴だからな」
「あらそうですかつまりませんね。ではそんなアナタにチョットだけ話して差し上げます。戦略傀儡兵の話をね」
そうして彼女は、俺に語ってくれた。戦略傀儡兵という常軌を逸した兵器のことを。
まず、戦略傀儡兵は一機で戦争に勝てる。これに間違いはない。ただ、戦争には勝って当然なのだという。真意はやはり教えてくれなかったが。
次に戦略傀儡兵の特性。ゼブラが完全なる趣味で加えた特性なのだが、これがまた質の悪い特性だ。
〈戦略傀儡兵は、常に唯一であろうとする〉
七機全てが、七機の内でオンリーワンであろうとするというのだ。ナンバーワンは当然。オンリーワンだ。
ゼブラ曰く、
「悪用されないように保険ということで」だそうだが、明らかに後付けだろう。
同時に傀儡兵が意志を持つということをゼブラは言っている。
この女、雲のように掴み所がないとは思っていたが……ただの狂人だったようだ。
一機で戦争一回分の力を有する兵器を七つ作り、しかし戦争には使わない。趣味で兵器に意志を持たせ、自滅を促す。
「馬鹿に技術と知識を与えた結果か」
「失礼な。知識を持ったら馬鹿ではないでしょう」
「てめえは骨の髄から馬鹿なんだよゼブラ」
失礼な。と不快そうに息を吐きながら、まだ回っていた。
馬鹿だ阿呆だと罵るばかりだが、明らかにこの女は危険な存在だろう。
自分で爆弾を作り、自分でピンを引き抜くガキは馬鹿を通り越して危険。この女も似たようなもんだ。
「ゼブラ……。好き放題やってクローに危害が加わるなら、俺はてめえを殺すぞ」
「フフフご心配なく。クローに危害は加わりません。何故なら私は消えてしまうのだから」
「はぁ?」
「消えて、また現れる。けれど現れた時、世界は変わる」
何を言っているのかまるでわからなかった。
ゼブラの機嫌はすこぶる良好で、こんなに楽しそうな姿は初めて見た。
くるくる回るゼブラの白衣。その懐から――ある物が落ちた。
「お、おい。それは……」
本だった。
めくってもめくっても真っ白なだけの、俺が十一番目の兄弟から貰った、あの本だ。
「クローにやった筈だが?」
「クローが私に譲ってくれました」
ゼブラは本を拾い、埃を払う。何がそんなに大事なのか装飾に傷がないか調べていた。
ホッと息を吐くと、ページをめくりだす。
何も書いてない筈なのだが。
まるで教本を読むように彼女は白紙に目を落としていた。
「やはり私は正しかった」
そんな事を言い出す。
「世界は並列し、枝分かれする。惨劇、私の考えは間違っていない」
「意味わかんねえ……」
呆れてぼやくと、ゼブラは顔を上げてこちらへ近づいてきた。
握った拳を、俺の前に突き出す。
「惨劇、ジャンケンをしましょう」
「あ、ああ?」
「いきますよー、ジャーンケーン」
ゼブラの勢いに乗せられ、俺は渋々腕を上げる。
ただしジャンケンは負けねえ。
ゼブラの出す手の形など、俺の洞察力なら容易に見極められるからだ。
「ポーン!」
ゼブラの手は拳を握ったまま。
俺の手は開かれていた。
「負けましたー!」
「マジで何がしたいんだよテメエはよ!」
ゼブラは自分の拳をまじまじと見つめ、クスリと笑った。
「例えば――」
「もしも惨劇が気紛れでチョキを出したら、今のやりとりはありませんでした」
「てめえが歓喜しただろうな」
「ええ。でもそうならなかった。惨劇は私に勝った。つまりここで運命が分岐――枝分かれしたのです」
「ほう……?」
「そして――」
ジャッカルは両腕を広げた。
「それは新たな世界となります。故に世界は無数。今も無数に増え続けます、それは数という表現すら不適なほど」
無数の選択肢による分岐。そこから未来は枝分かれし、世界はその姿を変えるのだという。
分岐を辿り、その果てにある分岐点の選択を一つ変えるだけで世界は全く違うものになっていたかもしれない。
そしてゼブラは、その全く異なった世界がパラレルワールドとして存在すると言った。違う世界からやってきたクローがその証拠だ。
「まさかゼブラ、お前はそのパラレルワールドとかいうのを相手に戦争をするつもりか?」
問うと、ゼブラは首を横に振った。
「私は私自身の為にしか動きませんもの。クローに兵力を供給するのも私が彼を気に入っているからです。私は気紛れで尚且つエゴイストなんですよ」
自分で言ってりゃあ世話ねーよ。
この女は戦争をする気はなくとも、パラレルワールドについては本気で信じているらしい。
すると何だ、コイツが供給と言いつつ開発している戦艦やらロボットやらは自分がパラレルワールドへ行く為の備えということなのだろうか。
確かに未知の試みだから戦略傀儡兵をいくつも作っておくのはわかるが……。
「俺は興味無いから勝手にしてくれ……忙しいくせに長々と語るんじゃねえよ」
「あ、そうでした私とても忙しいのでした。惨劇なんかに語っている暇はないのでした」
「お前なあ……」
「惨劇も見ますか?」
俺は首を傾げる。
何をだ、と訊くと彼女は笑いながら答えた。
「兵器の最終試験ですよ。あ、貴方達に供給する兵器は既にテストを終えましたから、ついでなのでお見せしましょう」
「ほう。で、試験する兵器は?」
「戦略傀儡兵オーディンと、同じく戦略傀儡兵ステルストーピードです」
◇ ◇ ◇
――クローは不在だった。
どこへ行ったのかは聞いていない。旅を終え、此処魔導社に戻ってすぐにどこかへ行ってしまった。ちょっと出かけるとだけ言い残して。
だから兵器試験に立ち会ったのは俺とゼブラだけだ。
その性能とやらを見るだけのつもりが、なにやら分厚い資料をゼブラに手渡された。
『術式砲兵オーディン』『隠密戒兵ステルストーピード』とある。
内容は……正直、開発者本人にしかわからん事ばかり記されていて俺には理解できなかった。
ただ、オーディンってのが距離を無にする砲台であることはわかった。実際テストを目にしたからな。
試験中、ゼブラは嫌な話をした。ゼブラの話す内容は良いものに分類されることがまず無いが、その中でも抜きん出て嫌な話だった。
彼女は俺にパラレルワールドへ行くと言った。やはりと思った。
いや、正しくはパラレルワールドへの道を開くと言っていたのだが、どうせ同じ事だろう。
どこへ行こうが奴の勝手であり、どこへでも行くがいいさ。それがパラレルワールドなんてものでも。
ただ。
ゼブラはその際、七機の戦略傀儡兵のうち四機を連れてゆき、三機をこの世界に残すと言った。
零鋼、オーディン、ステルストーピード。この三機を。
厄介な話だ。勝手にしろとは言ったが、勝手にも程がある。
なにしろ一機でも危険な兵器を、三機も自分の元から手放すのだ。理由があれば聞きたいところだが、当然のように理由なんぞありゃしねえ。
「それもエゴだとでも言うのかゼブラ!」
「ええ。エゴです。面白そうでしょう?」
「面白いわけがあるか。てめえ、そんな物を残して危険だと思わねえのかよ」
「危険ですね、誰かの手に渡ればまた乱が起こりますね。だから面白い。この三機は面白い結果を招きます」
彼女は俺の手から分厚い資料を取り上げ、バサバサと振って見せた。
まるで「これはただの紙の束」とでも言いたげだった。
「このラグナロクが終わった後……オーディンは天国のフライヤ・プロヴィデンスに預けます。トーピードは異界政府に。そして零鋼は此処、魔導社に」
「天国と政府と魔導社……」
「ええ。『老いることなき少女』と『名ばかりの傲慢屋』と『エゴの塊』。この三つがどのようにこれらを使うのか」
「また戦争が起こるに決まっている」
「フフフ、フフフフフフフ! ではどうして最終戦争なのですか。戦争を拒絶する意の表れ? そんなわけありませんよね、異界全土が皆意志を統一できたら戦争なんてそもそも起こり得ませんもの。しかし多くはこのラグナロクが最終であることを望んでいる。そしてこの三勢力も戦争は望んでいません。自衛、封印、暗躍。好きに使えば宜しい。ただし私はこの三勢力に与えることで面白くなると予想します。大規模な戦争は起こらず、戦略傀儡兵の特性を抑え、その果ては……。つまらないわけがありません」
何故確信が持てる。
力を持つと争いに巻き込まれるのは必然だ。俺とクローが今そうであるように。
有り余る力が争いに於いて大規模に繋がらないわけがあるものか。
この女――本当に危険だ。
信じられるものか。
ここで……消しておくべきだ。
ゼブラは俺の殺気に気付き、シマウマ頭を上下させて笑った。
「お馬鹿さん。私が死ねば三機どころか七機がこの世界に放置されますよ」
「俺を誰だと思っている」
「七機全て破壊すると? フフフ、無敵で地上最強だから可能とでも言いたいですか? この世に無敵なんて存在し得ないというのに。だから貴方は馬鹿なのです惨劇」
無敵は存在し得ない。
ゼブラはそんな事を口にした。
無敵の証明である俺を前にして。
「今でこそ敵は無し。されどそれは世界の手の上。慢心は身を滅ぼしますよ。フフフフフ。惨劇、私は予言します――」
低く、今まで聞いたこともないような暗さを帯びた声で、ゼブラは言った。
「近々、貴方は無敵ではなくなる。望んで無敵を捨てる事になるでしょう」
それが、俺とゼブラの最後の会話だった。
彼女は何もかもを見通し、全てを見下しているような女だった。過去を振り替える今でもそれは変わらず、そして今になってこそわかる。
おそらくゼブラ・ジョーカーという女は世界で一番の悪人。最凶どころか世界のありとあらゆるモノを踊らせることで歓喜、悲鳴、怒号、憎悪、執念、飛び交う感情と失われゆくモノを楽しむ大悪人――
〈最悪〉の称号保有者だったのだと。
ただ、それに気付いた時。レッテルを貼りたくても彼女はもう二度と俺の前に姿を表さなかった。
まったくもって腹の立つ嫌な女。
最悪だ……。
◇ ◇ ◇
自室(と言っても研究室なのだが)に戻った俺は、二人の男と対峙していた。
「Dealers。ハートとクラブ……ね」
そいつらはするりと俺に頭を下げた。
のっぺりと頭部を覆う仮面にはそれぞれ名前通りのマークが刻まれている。
ゼブラが俺の為に用意した兵器だ。屍、つまり死体に寄生して己の肉体とする一風変わったものであり、自分で思考し判断する能力を持った兵器。
タタリガミの件もあってか、俺はあまりこいつらを好きにはなれそうになかった。
「何ができる?」
問うと、ディーラー・ハートが答えた。
「兵器操術は一通り備わっております。格闘も、鴉天狗ことクローの体術がインプットされております。さらに人工筋肉を搭載したスーツ――強化外骨格により我々は戦術傀儡兵を遥かに上回ります」
すらすらと述べる様子は機械的だった。
死体が喋っていると思うとなんだか妙な感じだ。
たしかクローの部隊にも、こいつらと同様の二人が配属されると聞いている。奴は何と言うだろうか……。
ともかく、ゼブラに支給されたこの二人――死体だか機械だか考えるのも面倒だから二人と称することにした――は、俺の世話役みたいなものか。
「クローが召集した面子が、全員囚人ってのは本当か」
今度はクラブが答える。
「はい。魔監獄ジュデッカプリズン、上層から果ては最下層まで。クロー様が選り抜かれた異形が集っております」
「アイツの選んだメンバーなんて癖が強そうだなオイ……大丈夫かよ」
「どうやらクロー様に借りのある者ばかりのようです」
どんだけ借りを作らせてあるんだよアイツ。
ここでディーラーズの二人が言い辛そうに俺へ報告した。
「その中に……ですね」
「その、手違いといいますか……」
その様子に俺は首を傾げる。
手違い?
「さすがに部隊へ入れるのはどうかと思う囚人が混じっておりまして……」
「クローに関係無い囚人が手違いで来ちまったって事か。いいじゃねえか別に」
「そ、そう言われましても……」
「何か問題があるみたいだな。連れて来いよ」
さっきは機械的な言動だった二人が、今度は実に生き物じみた挙動を見せた。
そこまで躊躇する囚人ってのを見たいと思い、俺はディーラーズにそいつらを連れて来るように命じた。
部隊に入れるのを躊躇するほど頭のおかしな囚人なのか、それとも繋がれるのを拒む類の奴か。
内心楽しみに思いつつ二人を待った。
――ところが。
ディーラーズが俺の前に連れてきたのは……ガキだった。
それも少女。
でもって二人。
しかもそっくり。
「……お」
思わず言葉を失った。
そりゃあディーラーズも動揺する筈だ。
罪人、囚人どもに紛れてこんな幼いガキが居たんだから。
このチビ共、顔はそっくりなのだが髪の色が違う。
片方は青い髪、もう片方は赤い髪。
そして二人とも……野良犬のように牙をむき出しにしている。俺を睨みつけ、怯えを隠すように唸り声なんぞを出していた。
「ううううう……!」
「ううううう……!」
敵意剥き出しすぎ。
「あー、ディーラーズよ」
「は、はい」
「は、はい」
呼ぶと、世話役二人は俺の近くに寄った。
そのまま俺はぼんやりと唸る少女達を見やる。
「飯だ」
「は?」
「こいつら腹ぁ減ってんだよ。なんか食わせてやれ」
「畏まりました」
――ほどなくして、二人分の食事が運ばれてきた。
幼い少女は、運ばれてきたそれをディーラーズから奪うと、部屋の隅まで逃げた。
食糧を守ろうとしてんのか。
取る気はねえよ、と両手を挙げる。
すると少女達は、こちらを警戒しながら食事を始めた。
食事……といってもアレだ。マジで野生じみた食いっぷりだ。
がつがつと素手で掴んでは口へ放り込む。
まあ腹が膨れるならいいけどさ。
その様子を眺めながら、傍らに控えたディーラーズに話しかける。
「……この二人についての詳細は」
「は。只今クラブが魔監獄のデータ等を調べております」
「さすが。話してくれ」
ディーラー・ハートが頷くと、ディーラー・クラブが仮面の後頭部あたりを手で押さえた。
データをロードしているとかなんとか言っていた。
「ありました。えー、二人の名前は……不明。罪状は……は、畑荒らし。奪ったのは全て食料で、野生の魔獣に与えていたようです。魔獣の旺盛な食欲による被害は甚大で、通報後すぐに魔獣は捕獲。この子達は半ば保護という形で魔監獄が引き取ったようです」
「意味わかんねえ……。なんだ、魔獣に育てられたとかそういう話か」
「おそらくは……」
「で、どうしてこいつらの名前が不明なんだ?」
「データによりますと、言葉を話せないのだそうです」
「……喋ってんじゃねえか」
俺がそう言うと、クラブは少女達の方に顔を向けた。
相変わらず散らかしまくりの食事をしている。
が、その様子をよく見ていると聞こえてきたのだ。
『――ぁう』
『食べないと……死ん――じゃう』
俺は知っている。
魔監獄は保護施設じゃねえ。あくまで監獄だ。
こんな少女達があの屈強な囚人共の中で生き抜くには、人を捨てなきゃいけなかったってことだ。魔獣に育てられた子供として、半ば見せ物のような存在で生きるっきゃなかったんだな。
面白けりゃあ餌が貰える。
俺だって伊達にクローと旅をしていたわけじゃねえ。こういう事も多く見てきた。
「おい」
俺は少女達に力強い声色で言葉を放った。
そいつらはビクンと肩を震わせ、おずおずとこちらを向く。
怯えの塊みたいなガキ共だった。
「名は?」
『……う』
『……う』
「名は?」
『く、くろゆり』
『しろゆり……』
「黒百合と、白百合な」
クラブに顎で合図を送ると、頷いて名前を調べ始めた。
『おねが……い。なぐらないで』
『しにたくない……』
「名前を言っただけだろ」
『しゃべるといっぱいなぐられる』
『まじゅうのこどもは、しゃべっちゃいけないから……』
『ごしゅじんさまのところへかえらないと……』
『おなかをすかせているから』
見ると、与えられた食事の半分を残していた。
「御主人様って、魔獣のことか」
二人は頷く。
俺は意味がわからずクラブの方を見た。
「わかりました惨劇様。この子達、奉仕家系《華一紋》の子供です」
「奉仕家系?」
「はい。主人を求め、その者に奉仕することを誇りとする一風変わった一族です。ただ、魔獣に仕えるなどという例はデータにございません。おそらくこの子達は捨てられたのでしょう」
「なんでだ」
「双子……だからでしょう。《花の一門、華一紋。二紋の華は忌まわしき》とあります。双子は不吉な存在とされていたのでしょう」
「んで捨てられても主人を求め、魔獣なんかに仕えてたってのか」
「そして魔監獄へ。まさかクロー様は……」
間違いねえ。
これは手違いじゃなくクローの仕業だ。アイツが放っておくとは思えねえ。
クラブが俺に報告する間に、ハートも色々と調べていたらしく、耳打ちしてきた。
「惨劇様……。彼女達の主人――魔獣はどうやら死んだようです」
「だろうな」
ディーラーズは両方から俺をじっと見つめた。顔は見えないが、これでもかというくらい頭をこちらに向けている。
なんだ。
なんのプレッシャーだ。
飯……?
ああ、与えたけど。
なんだよ与えたからなんだよ。
「お、俺に引き取れってか!?」
『?』
『?』
ディーラーズは同時に頷いた。
あげく主人の魔獣がもう存在していない旨を少女達に説明する始末。
つまるところ飯を与えたことで俺は恩を売ってしまったわけだ。
黒百合と白百合もまじまじと見つめてくる。
嫌なわけでもないし、親切心が俺にあるわけでもない。ただ、クローが捨て置きたくないと思って連れてきたのなら……。
俺はこの双子を傍に置いてやることにした。
「双子の双百合。いいだろう、付いてこられるものなら付いてこい。誇りとやらを守りたければ、必死でこの惨劇のカタストロフにしがみつけ。俺に相応しくあれ」
俺の言葉を聞いた双百合は、獣のようだった目を輝かせ、ディーラーズを押し退け、俺の両脇へやってきた。
野獣のような姿勢から立ち上がり、背筋を伸ばす。
涙を浮かべた満面の笑顔で、二人は頭を下げた。
『貴方様の進む道に風が吹き付けるならば、私達は壁になりましょう』
『貴方様の進む道に石が転がっていたならば、私達はそれを拾い払いましょう』
『たとえ光り無き暗闇の中でも』
『私達が貴方様の光明を導きます』
『我ら双百合……』
『闇に咲いた道しるべ』
◇ ◇ ◇
――それから。
双百合は俺の傍を離れず、ディーラーズも離れず。
四人に囲まれて行動するのは若干うざったいのだが、こいつら自身がそうしたいと言うのだから俺は何も言わなかった。
全身薄汚れていた双百合には、身体を綺麗にさせ、着物を与えた。俺に相応しくあれと言った手前、ガキながらそれなりの身なりになって少し驚いた。
『よっ、相変わらず両手に華ですなぁ惨劇の大将!』
「うるせー!」
俺を見掛けるたび、元囚人であるNO.13の部下達は嬉々として俺をからかった。
見た目では男女の区別すらできない異形である俺。そんな最凶の称号保有者が、二人の死体兵器と、二人の幼女を連れているのだ。
自分でも可笑しな光景だと思う。
これから戦争の火中へ飛び込むっつーのに、どこか緊張感が欠如している。まあ原因としては俺がガキ連れてるのが一番大きいけどさ。
「惨劇様は私達がお守りするのです」
「ディーラーズの二人は要らないです」
「ほほう、ちびっ子が吠えるじゃないか」
「鴉闘技、その小さな体躯で受け切れるか?」
早く帰ってきてくれ、クロー。
二、三発殴らせろ。