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宴章 waver

 宿屋の一室でジャッカル・ジョーカーはうつ伏せになって寝ていた。

 上半身の衣服を脱ぎ、つい今しがた負った背中の傷が露わになっている。

 ディーラー。スペードによる鞭打の攻撃は彼女の皮膚を破り、抉った。最硬の身体を持つ彼女であっても、皮膚自体への面攻撃を受けてはひとたまりもない。

 しかも大地揺るがす筋力を有する、スペードの強烈なビンタだ。

 一撃もらっただけで、ジャッカルの意識は痛みで遠のいた。

 ダメージもひどい。患部が熱を持ってしまい、息を荒くしていた。

 そんな彼女を、死神と神楽が看ている。

 ベルゼルガとバンプは宿の外で待機中。ディーラーズの執念が相当なもので、いつまた襲ってくるかわからない。


「ジャッカルさん、着ぐるみ脱がないと……」


 額に水を含ませたタオルを乗せようとするが、ジャッカルは着ぐるみを脱ごうとはしなかった。

 仕方なく腋の下と首筋にタオルを当てている。

 ジョーカー一族という連中は、素顔を晒したくないのだという。それはあのラビット・ジョーカーも同じだった。動物の着ぐるみに愛着があるのか、ただ恥ずかしがり屋なのか。

 抉れたジャッカルの背中を消毒し終えた神楽はガーゼを当てる。包帯が巻けるように、ジャッカルを起こした。


(……それにしてもこの人)


 神楽も、そして死神も、ジャッカルの身体に目を奪われたまま固まった。


(胸デカすぎでしょ……)

(グ、グラマラスだぜ……)


 確かに。ジャッカルの身体は最硬の称号が嘘だと思えるほどしなやかだった。

 くびれた腰のラインも、全体のバランスも、少女二人の理想する身体そのものだ。

 包帯やタオルを握ったまま呆然と立つ二人に、ジャッカルは首を傾げた。

 

「あの?」


 ハッと我に返った神楽がすぐさま背後にまわり、包帯を巻き始める。


(おおう……)


 死神はといえば、包帯に巻かれることでより強調された胸元に未だ目を奪われていた。

 何食べたらこんなになるんだ。と、ジャッカル頭と胸を交互に見比べる。


「はい、終わったわよ」

「どうも有難うございます」

「傷が熱持っちゃってるから、ちょっと寝た方がいいわ」

「そうします」


 脱力して倒れるようにジャッカルはベッドの上でうつ伏せになった。

 時は夕刻。窓から橙色の陽が差し込み、パラダイスロストのボスの背中にラインを描いていた。

 常に騒がしい飛空挺の中で過ごしていた彼女には、この静かな空間は久々だった。

 まるで世界から音が無くなってしまったかのような。

 無音は逆に落ち着かない。

 横に向けた頭を枕に埋めながら、ジャッカルは二人の少女を眺めた。

 死神と神楽はベッド際の椅子に座り、ぼんやり窓を眺めたりしている。


「……ルシファーは明日の朝には発進できます」


 枕に埋まった頭をもぞもぞと動かしてジャッカルが呟く。

 二人はわかった、と頷いた。

 ジャッカルの目的は報復。パラダイスロストの拠点であるダイダロスを撃沈したオーディンを破壊すること。

 ところが先ほどの件で彼女ははっきりと自覚した。

 ラビットを取り返したいのだと。報復も無論だが、彼女はもう一つの目的を見出した。

 待ち合わせの酒場へ向かう途中に発見したディーラー・スペード。彼女はそいつがゼブラの作品だと知っていた。そして優雅に跳ねながら家屋の上を移動する姿を見て、あれがラビットの身体だと確信した。

 ラビットだとわかった時、彼女は思考よりも先に身体を動かしていた。

 嗚呼、そうか。

 私は――


「ラビットに恋していたのです」


 ゆっくりと落ち着いた口調で、ジャッカルは呟いた。

 突然のことで死神と神楽は彼女を見やる。


「うひゃーびっくりしたぁ」

「へえ」


 各々リアクションの違いはあるものの、意外だったのは同じだった。

 なにせこのジャッカルは、一度ラビットの魔導社を襲撃したことがあるからだ。神楽も破壊業者三人組を派遣する際にジャッカルと連絡を取り合ったことがある。

 死神はジャッカルの腕を突っついた。


「ジャッカルさんも隅に置けないねー、ラビットさんはいい男だぜー」


 ジャッカルは肩をすくめた。


「女の子だけですし、こういう話に華を咲かせるのもいいかな? と思いまして」


 それから――彼女は頬で枕を少しこすり、どこを見ているやもわからぬ眼差しを着ぐるみの中で浮かべた。


「私は一族の異端と呼ばれてきた過去があります。音も操れる、着ぐるみだって被る。けれども私には肝心の〈モノを創る〉才が欠如していたのです」


 彼女のコンプレックスだ。

 モノを壊すことに長け、ジョーカー一族の証であるモノを創ることに関してはまったくの不得手。それ故に彼女は浮いた存在となり、自ら一族の人間から離れていった。


「でも、みんながみんな私の事をからかったりしたわけじゃなかった。いえ。実際、私は誰からも悪く思われていなかった。それを教えてくれたのがラビットでした。彼は私が一族のみんなと居た頃からそう言ってくれていました。でも耳を貸そうとしなかったのは私の方なんです。一族を離れて数年。魔導社を襲撃した際に久々に会った彼は――昔と変わっていませんでした。私に気を懸け、心配してくれていました。いつも飄々としていますが、ラビットはとても真摯に接してくれる。そんな人。嗚呼、私にはこの人が必要だ。やっとそう思えたのです」

「じゃあ、頑張って取り戻さないとね!」死神が言った。

 ところがジャッカルは頷かなかった。


「……死神ちゃんと一緒です。私も迷っています。スペードの言葉。ラビットが自らNo.13へ赴いたという。ジョーカーの酔狂」

「ジョーカーの酔狂?」

「我等一族の妙な癖です。ある一つのモノに執着してしまう。その為なら他を顧みないことだってある。ラビットが肉体を差し出したのが本当なら、彼の執着する何かが原因だと思います。そうでなければ他に理由が浮かびません。あんな危険な勢力に加担する理由が」

「ラビットさんの執着するものかぁ……」

「たぶん……ラビットが執着するとしたら。あの人……なのでしょう」

「あの人?」

「恋敵。ってところでしょうか」


 そう言ってジャッカルはクスリと笑い声を洩らした。

 取り戻したい。でも取り戻してよいものなのか。そんなジレンマは死神とジャッカルを悩ませた。神楽もまた、悩んでいる。

 神楽にもわかる。里原準にとっては惨劇も死神も大切であり、今は惨劇の側に居ることを望んでいると。それ以上はさすがにわからないが。


 様々な思惑は、おそらく繋がる。

 惨劇、クロー、ゼブラ。この三人に。

 遠い記憶を辿るのは準やラビット。

 そんな彼らを追う死神達。

 惨劇は魔導核のエネルギーを何に使うのか。

 記憶はわからずとも、惨劇や準達を追いかければきっと行き着く筈だ。最凶の意思。その根幹に。



 ◆ ◆ ◆




 クリエイター、ねぇクリエイターは神様なの?

 僕は神様じゃあないよ。

 でもクリエイターは世界を造ったんでしょ?

 うん。でも造り物の世界。

 その世界でクリエイターは神様じゃないの?

 うん。神様じゃない。

 どうして?

 僕は世界を造ったけれど、造った世界はこの世界の中で造ったものだからさ。

 クリエイターは世界の中に世界を造って隠したの?

 そうだよ。この世界の者は世界を大事にしないからね。

 そっか。そうだよね。世界は砂ばかりになっちゃったよ。

 うん。彼等は砂の世界が良いみたいだから、造った世界も砂の海にしてあげたよ。

 クリエイターは優しいね。隔離されたみんなが砂に溺れている間に世界を元に戻してあげるんだね。

 そうだよ。彼らにこの世界は必要ないからね。

 どこへ行くのクリエイター?

 新しい世界さ。

 新しい世界?

 そう。世界はいくつもあるんだ。でも僕の行く先は新世界であって真世界じゃあない。

 どうして行くのクリエイター?

 それは世界が僕を恐れたからさ。運命が僕を恐れたからさ。

 そっか。運命に嫌われちゃったんだね。

 うん。悲しいけれど仕方ないことなんだ。

 どんな世界に行くの?

 わからない。魔法の世界かもしれない。科学の進歩した世界かもしれない。争いばかりの世界かもしれない。もしかしたら――この世界で僕がそう呼ばれているように、僕のような最凶に出会えるかもしれないね。

 クリエイターみたいな、運命に嫌われちゃった人?

 そう。僕のように運命に嫌われちゃった人。僕のように世界の起源を求めた愚かな人。僕はこの世界で十三年過ごしたから。もうこの世界には居られない。

 そっかぁ。じゃあ違う世界の最凶さんが私の世界に来るかもしれないねっ。

 はは、どうだろう。世界はいっぱい、いっぱいあるからね。

 クリエイターみたいに優しい人だったらいいなぁ。

 最凶はいくらでもいるよ。いろんな人がいる。

 争いはもうやだよ。

 君がそう望むのなら、力ある邪悪な最凶はきっと現れない。

 うん。そう望むよっ。

 じゃあ、さようならだね。

 また会おうじゃなくて?

 うん、さようならだ。

 わかった。さようなら、クリエイター。

 さようなら。僕の造った愛しい世界。ちゃんと世界を守るんだよ。

 約束するよ。クリエイター・ソロモン。




【絵本《愚禍オロカな話》】




 ◆ ◆ ◆




「なにやら騒がしい部屋があるのう」


 宿屋の主人は外から上を見上げた。

 白い口髭を撫でてにこやかに笑う。


「ご、ごめんなさい」

「ありゃ俺らの連れだ。ギャハハ」


 壁にもたれかかっていた二人――バンプとベルゼルガは主人のところへ歩いて行きながら言った。

 主人は構わんよ、と手を振り、入口の脇に置かれた樽の上に腰かけた。


「騒がしいのは慣れっこさね。ユグドラシルレールの懐に位置するこの街にゃあ、空へ上がろうという血気盛んなモンがよう訪れる。この宿もいろんな客を泊め、見送ったものだて」


 老人にありがちな、いろいろと話したくなる癖をこの主人も持っているらしく、バンプとベルゼルガの二人を相手に訊いてもいない話を始めた。

 ただしそれは実に興味深く、二人は無下にすることなく聞き入った。


「この宿は、かの最終戦争ラグナロクの戦火を掻い潜った宿でな。今じゃあ英雄と呼ばれている兵士を泊めたこともあれば、今世間を騒がせている惨劇を泊めたこともあるんじゃよ。もう十年ほど前のことじゃがの。奴は旅をしとった。惨劇と、もう一人――そう、鴉天狗のクロー」


 惨劇がこの宿に泊まったなどと聞いては、さすがに二人とも驚きを隠せなかった。

 奴が旅をしていたなどということも知らなかった。

 クローという名前も聞いたことがない。が、どこかで聞いた気もする。

(そういえば……鴉闘技クローアーツとか。鴉天狗の技とか。あのディーラーズは言ってたな)

 No.13に関わりのある人物なのだろうか。バンプにもベルゼルガにも想像がつかなかった。


「懐かしいのう、世界中を旅してまわったあの二人も……結局この宿で旅を終えることになった。ラグナロクは力を巻き込む、忌まわしい戦争じゃ。あの二人もまた、巻き込まれてしまったんじゃの。戦争中、あやつらはどこぞで絶大な戦果を挙げたとは聞いておるが、戦争終結後は誰も姿を見ちゃおらんかった」


 まったく、十年もどこで何をしとったんだかのう。

 そう呟く主人はまるでタイムスリップしているかのように宿のあちこちを眺め、指さす。

 一階の部屋の窓を見ては苦笑いし、フロントを指しては顔をしかめたりした。


「あやつらの所為で宿がぶっ壊れかけたわい。クローって男はあらゆる勢力が欲しがる人材であると同時に、あらゆる勢力が消そうとしておったからのう。敵の手に渡るくらいなら……ってやつじゃ。あの日も、まさかあんな幼い子供が刺客だとは思いもせんかった。ま、ワシはすぐに逃げたからそれっきりじゃが」


 街の上には星空が浮かび、主人は樽から腰を上げた。

 宿の中へ戻りかけたところで、ふと立ち止まってバンプの方を見た。


「そこの少年」

「え、僕?」

「お前さん、危ないのう」


 唐突過ぎてバンプは呆気にとられた。


「最近はレジスタンスが天国へ向けて上がっていった。が、無事に帰った奴はおらん。お前さんはそいつらとおんなじ目をしとる。無我夢中で周りが見えなくなる目じゃ。そこに迷いが加わると悲惨なことになるぞ。気をつけい」


 そう言って主人は中へ入ってしまった。

 ベルゼルガは頭の後ろで手を組んで、黙って聞いていたが、

「もっともだ」と、笑った。


「吸血鬼ヴァンパイア・マーカスは須藤彩花の仇を討つ。のはわかった。けどてめえはヴァルキュリアをどうしたいんだ」

「どうしたいって……」

「殺したいのか、再起不能に留めたいのか。倒すにしても色々あるぞ。今の爺さんが言ったのは、まさにその事じゃねえのか?」

「僕は……迷わないよ」

「うん?」

「戦って決めるんだ」

「この馬鹿は……」

「だって僕負けないから」

「……そりゃ難しいぞ」

「ヴァルさんだけが相手じゃないのはわかってる。けど僕は負けるつもりなんか無いもんね。正義を勘違いしてるヴァルさんなんか、敵じゃないもん」


 大層な口を叩く。

 しかしながら、うじうじと考え込む奴よりは幾分かマシである。その分ベルゼルガの仕事は増えるだろうが。

 なかなかどうして――

(おかしなガキだ)


 ヘルメットの中でベルゼルガは、にたりと笑っていた。

 この吸血鬼の少年、かなり賢い。

 地獄での狩魔戦に始まり、魔列車内とフレスベルグ駅でのディーラーズ二連戦。正直戦果はあまり良いものではなかった。

 ところがである。

 昼間の酒場にてベルゼルガが相手をしてやった時。


(コイツ、ヴァルキュリアに勝てるんじゃね?)


 と、彼はふと感じてしまった。

 無論ベルゼルガはst.4knightsの力を知っているわけではない。知っているわけではないのだが……

(ヴァルキュリアじゃあ、この坊主に勝てねえだろうなぁ)

 そんなことを思ったのだ。


「迷っているのはヴァルさんの方だね。中途半端な気持ちで彩花さんを刺すような人に、僕が負けたりなんてしないよ。眼中に無い。st.4knightsは他の3人の方が厄介になるよ」


 ひらひらと手を振り、バンプも中へ入ってゆく。

「頼もしいねぇ。ギャハハ」

 やれやれと首を振る仕草をし、ベルゼルガも後に続いた。


 天国との決戦は明日。

 ユグドラシルレールからは休む間もなく過酷な戦闘が始まるだろう。

 そもそも、レールから飛び立つことができるかも怪しい。

 何故ならば、重きを背負った天空のジョーカーが、ユグドラシルレールに迫っているからである。

 但し肝心の天国――アースガルズは、この小さなイレギュラー勢力である五人を微塵たりとも敵視していないわけだが。

 それもまた宴の一興であり、

 惨劇の手の内なのだろうか。

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