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宴章 Dealer〜包み込む者〜

 ベルゼルガは慣れた手つきで拳銃をくるくる回し、右手で上に投げる。

 別の銃は左手でキャッチされ、再び空中へ。

 ポイポイと銃が宙を舞う。

 それを繰り返していた。

 その銃捌き――というより曲芸を見るバンプの両目は輝いていた。


「すっげー、すっげー」


 酒場の隅に座ったベルゼルガとヴァンパイアは、暇つぶしに拳銃を弄んでいたのだ。

 神楽とロシュは買い出しだ。

 四人はジャッカル・ジョーカーに合流地点として指定された場所までやってきていた。

 ここはユグドラシルレールから最も近い位置にある街。

 異界遺産の懐ということもあり、政府はおろかいかなる勢力にもこの土地の所有権はない。

 故に管轄されず、なにものにも縛られないこの街は――あらゆるお尋ね者が集う無法地帯と化している。

 実際、ジャグリングをして遊ぶベルゼルガと観客のバンプが座る席のすぐ横では、荒くれ者達が喧嘩してちょっとした騒ぎになっている。

 そこかしらから飛んでくる椅子やジョッキを見向きもせずに蹴り弾きながら、ベルゼルガは拳銃二丁に小型機銃二丁を追加してジャグリングを愉しんでいた。


「吸血坊主、あと何回だ?」

「あと75回!」

「ギャハハ、余裕だ」


 どうやらどれだけ廻せるか挑戦しているらしい。

 ベルゼルガはさらに飛んできた酒瓶をキャッチして四丁の銃に追加。本職顔負けの腕前である。

 緊迫した雰囲気漂う酒屋の中、この二人の席だけは別の意味で緊迫していたのだった。

 ところが、やはり目立ったのだろう。

 大柄な荒くれ者の一人が二人のテーブルへ近づいてきた。


「おいてめーらさっきから。ここはサーカスじゃ――ぶへぁ!」


 ねえぞ……とまで言わせてもらえなかった。

 誰も座っていない椅子をベルゼルガが蹴り上げ、荒くれ者の顔面にぶつけたのだ。

 あまりの衝撃に尻もちを着いた荒くれ者に、黒のフルフェイスヘルメットの男は見向きもしていない。

 バンプも一瞬だけびっくりした様子を見せたが、すぐにカウント作業へ戻った。


「あと60回か」

「うん!」


「なにしやがんだ――ぶほぁ!」


 てめぇ……とまで言わせてもらえなかった。

 ジャグリングに使っていた酒瓶をでかい頭部にぶつけたのだ。

 瓶は粉々に割れ、その音が周囲の耳に入った。

 喧嘩に夢中だった荒くれ者達がぞろぞろと集まってくる。


「おう、そこのヘルメット」

「調子に乗るなよ」


「るせーよデストロイカス共。でけえ図体は視界に入ってきて気分悪ぃぜ。離れな」


 カチンときた男たちが椅子や割れた酒瓶を手に持ち、ベルゼルガに襲いかかった。

 さすがにバンプも怖くなりベルゼルガの背後に隠れる。


「身ぐるみ剥いで店の外に放り出してやる!」

「オラァアアアアア」


 ―――結局。

 その数分後にボロ布のように店の前で転がっていたのは、連中の方だったわけだが。

 指定された回数を回し終えたベルゼルガは銃をキャッチし、ホルスターへ納めた。


「うっしゃあ、ギャハハハハ。貸切になったことだし、ゆっくり破天荒達を待つとするか」


 両手を頭の後ろで組み、椅子にもたれかかる。

 バンプはベルゼルガに貸してもらった拳銃――ドゥーエ・シリンダーの一丁に触れたり眺めたりしていた。


「ベルゼルガってさ――」

「んあ?」

「なんとなく準くんに似てるよね」


 滑るように少年吸血鬼の口から出たその言葉を聞き、おもわず椅子から滑り落ちそうになった。


「なんで俺が里原準と似なきゃなんねえんだよ」

「なんでかなー」


 バンプは銃のグリップを下から眺めながら呟いた。


「口調は乱暴だけどー、いいお兄さんタイプ? そんな感じ。あと雰囲気とかちょっと似てる」

「あーそー」

「強いし」

「あー」

「ツッコミ担当だし」

「あ……」

「なんだかんだ文句言いながら面倒見いいし」

「……」

「神楽ちゃんとラブだし」

「待てコラ」


 さすがにヘルメットを背もたれにぶつけた。

 机に両腕をつけ、指を立てる。


「てめえこのクソボーズ、俺のキャラを別な方向へ持っていこうとスンナ」

「えー」

「最狂の教官、ベルゼルガ・B・バーストは世にも恐ろしい狂人なんだぜ。そこ忘れんじゃねえ」

「そっかー、ベルゼルガは教官やってたんだよね。いつからそんなに強かったの?」

「生まれた時から」


 バンプは最初、ベルゼルガの冗談だと思った。

 生まれた時から強いなんて、まずありえないからだ。

 ところがベルゼルガは冗談を言っている口調ではなかった。

 そう。事実なのだ。

 彼は生まれた時、すでに高度な戦闘能力と知識を有していた。

 そうやって生み出されたのだ。


「最狂……狂人……破壊愛好家……。とてもそんな人には思えないんだけどなぁ」


 そう言われ、ふむ、とベルゼルガは息を吐く。

 バンプの手を握り、自分の胸元に当てた。

 明らかにおかしな心臓の鼓動。

 バンプは言葉を失った。通常の心音をドクンと擬音で表現するならば、彼の心音は――ドドクン。必要以上に振動していたのだ。


「タタリガミについては話したよな」

「う、うん」

「コイツは呪詛をエネルギーに変えるシステムだ。が、決して便利なもんじゃねえんだ。呪詛を操るってのはな、呪詛の声を聞いてやらなきゃいけねえ」

「呪詛の声……?」

「そう。死んだ者の唯一意識。残滓。そいつの人生最後のコトバだ。それを聞いて、応答してやんなきゃいけねえ。例えばこの酒場――」


 ベルゼルガは顔を横へ向け、騒ぎによって荒れ果てた酒場の中を見回した。

 しばらくあちこちに指さしたりして、顔を戻す。


「此処だけでもえらい数の呪詛が居る。呪詛ってのは寂しがり屋でよ、コトバの理解者を求めている。で、タタリガミがそれなわけ。だから呪詛は俺に殺到する」


 そう言われると、バンプはベルゼルガの背後が密集した呪詛によってぼやけているように錯覚した。

 魂を狩る死神業者といえど、呪詛は別物だ。魂に比べれば薄っぺらい皮のようなもので、視認は不可能。


「殺到するって……も、もしかして」

「おう。俺は常に、絶え間なくこいつらの声が耳に頭に入ってくる」


 にわかに信じがたい話だった。

 この男、絶え間なく呪詛の声を聞き続けているのだ。

 雑踏やノイズだらけの中を生きているということだ。

 常人ならば狂ってしまう。

 平静を保っていられるということはこの男が持つ精神力の強さを物語っていた。


「俺は世界で一番不安定な存在。狂いだしたら止まらない。生まれも、生き方も、生み出された目的、思想、それらが最も狂っている存在。最狂だ」


 そう言い、彼は後頭部――ちょうど鼻の反対側あたりを叩いた。


「この辺に力を入れてみろ」

「ん」


 苦痛でもないぬるい鈍痛とすぐに疲れてしまうような感覚。

 頭に血が昇り、軽く眩暈がしてきたのでバンプはすぐにやめた。


「俺は呪詛のノイズを緩和するにはそうしなきゃいけねえ」

「つ、常に!?」

「そういうこった」

「………!」

「破壊でもしなきゃ気を紛らわす手はないわな。ギャハハハハ」


 彼は破壊愛好家。

 破壊を好む者。永遠の苦痛を和らげてくれる唯一の鎮静剤が破壊だからだ。

 だから彼は破壊を愛好する。

 だが破壊を愛好する自分を好きになることはできない。

 それでも破壊行為を抑制することはできない。

 そんな破壊愛好家。破壊を正当化する破壊業者に属したのは当然だろう。


「なんで神楽ちゃん専属になったの? 戦える回数が激減するのに」

「そりゃおめえ、こっちにも事情があんだよ」

「事情?」

「お前らと里原準にも出会いや日常があっただろ。俺と神楽にも同じように物語があった。そういうことだ」


 確かにそうだ、とバンプは頷いた。

 里原準と出会った時の事、みんなで騒ぎ、過ごした日常はバンプの物語だ。

 ベルゼルガも同じだ。

 彼にも彼の物語があった。自分達と違う場所で。

 あの――破壊業者三人組や神楽の物語が。


「あ、そうだ。タイタンさんはどうしたの? あと機動歩兵乗りの子」


 破壊業者三人組といえば魔導社襲撃の際に交戦したあの女性を思い出す。

 彼女もまた破壊業者だ。そしてもう一人、佐久間冬音と交戦した機動歩兵乗りの少女――当初は少年と勘違いされていた――が居た。


「ああ……タイタンと、韋駄天か」


 ベルゼルガの声が曇る。いつもの勢いが途端に薄れた。


「あの二人はやられた」

「やられた?」

「タイタンとイダも神楽専属だった。天国が破壊業者を雇った時、あいつらは別の仕事で遠くに出ていた。だから他の破壊業者が敵にまわっていたことを知らなかったんだ」

「そんな」

「俺自身、地獄旅館でイーグルから聞かされたのが初めてだった。一段落して連絡を取ったら、今話したことを伝えられたってわけだ」


 デストロイ酷な話だ。

 そう呟き、ベルゼルガは続ける。


「帰還中、共に仕事をしていた破壊業者に背後から攻撃を受けた。デストロイ間抜けだ。タイタンもイダも、機動歩兵ごと海上にて爆散……」

「つ、つまり……」

「死んだ」


 その一言がとても重かった。

 高振動手甲使い、タイタン。通称、無限粉末師。

 機動歩兵乗り、韋駄天。通称、傀儡製作者。

 その二人はもう居ない。

 一度しか会ったことはなかったが、バンプは悲しかった。


「神楽には言うな」

「え……」

「アイツにはまだ言ってねえ。いずれ……俺から伝える」

「うん」


 重い空気になり、バンプは俯いてしまった。

 連続して重い話を聞きすぎた。

 ベルゼルガの隠された苦悩、破壊業者二人の死。

 少年吸血鬼の心には、ひどくこたえた。


「ギャハー辛気臭ぇ。テメーも欝になんな。破壊業者っつーのは大抵こんなんばっかだ。それに今は俺や死んだ奴のことを考えてる暇ねーだろ。テメー弱ぇんだから、ヴァルキュリアに勝つ手立てを練ってろ」


 ベルゼルガは立ち上がると、酒場の真ん中まで歩いていった。

 先の喧嘩によってテーブルや椅子は端に追いやられており、うまい具合にリング状の広い空間ができあがっている。

 そこでベルゼルガはファイティングポーズをとった。


「オラ来い。デストロイ付き合ってやらあ」




 ◇ ◇ ◇




 二階建てのレンガ造りの家が立ち並ぶ路地。

 買い物を終えた二人の少女がそこを歩いていた。

 その片方。死神ロシュは抱えた紙袋の中に手を突っ込み、中からパンを取り出した。

 それを歩きながら半分に分ける。


「――えっと、なんの話だっけ?」


 隣を歩く神楽に半分のパンを差し出しながら訊いた。

 受け取った少女はそれを小さくちぎって口に放り込み、その出来たての風味に目を閉じて頷いた。


「惨劇のカタストロフとアンタの関係」

「あ、そうだったね」


 死神もパンをちぎって口に放り込み、もぐもぐと口元を動かしながら考える。


「私が裏準くんに触れられた理由……かぁ」

「おかしいじゃない。ええ、おかしいわ。あのギルスカルヴァライザーでさえ触れることができなかった奴に、アンタは当たり前のように掴みかかれた。最凶であり、無敵である筈の惨劇にダメージを与えることができるのよ。その理由がサッパリわからない」

「私にもわかんない。でも、裏準くんは妙なことを言ってた」

「妙なこと?」

「〈準から何かを預かっているか?〉みたいな。そんなことを訊かれた」


 神楽は再びパンを口に放り、咀嚼しながら顎に手を当てた。

 惨劇には弱点がある。ギルの見抜いた視界とかではなく、もっと致命的な。

 それを惨劇自身もよく理解している。だからこそ死神に対して、問いかけをしたのだ。

 問いかけをしたということは、同時に惨劇にも不可思議の現象であったという証拠だ。

(死神ロシュ自体が弱点じゃない……そういうことね。確かに惨劇に攻撃を加える方法は存在する。でも、あれはイレギュラーだったんだ。だから惨劇は驚いたんだ)


「準兄……? 準兄が弱点なのかしら」

「なんで?」

「だって惨劇はアンタに言ったんでしょう? 準兄から何か預かってはいないかと。それって惨劇のミスよ。未曽有の事態に動揺して墓穴を掘ったのよ。アイツは自分で自分の弱点のヒントを曝け出したってこと」

「準くんの持ち物に……秘密があるってことかー!」


 ところが彼から何かを預かった覚えなどない。

 詰んでしまった。

 惨劇の弱点は里原準の何かだ。それを死神が持っていると惨劇は予想して、彼女に問うた。

 死神は何も持っていない。

 大きな鎌と、ローブ……。身につけていたのはそのくらいである。

 二人は首を傾げつつ、パンを食べ終えてしまった。

 あれ……と、死神はふと立ち止まった。


「どうしたの」

「準くんが、私の隣に置いて行ったもの?」

「……心当たりがあるの!?」

「う、ううん。準くんが最後に眠る時ね、私に言ったの」


――やっぱりお前の隣は居心地がいい……。ここに置いていこうかねえ。


 その時は意味が解らなかった。

 彼は別に何かを置いて行ったわけでもなかったから。

 神楽は眉をひそめた。


「準兄は……なにを置いていったの」

「それは……」

『ソ、れはなぁぁあああああアアア!!』


 突然だった。

 路地を歩いていた二人の真上から、籠もった叫び声が轟いてきたのだ。

 二人はその姿を確認しようとレンガの家を見上げた。

 ディーラー・ダイヤが屋根の上に立っていた。


「ま、また追っ手!」

「しつこいぜー!」


 ダイヤは屋根から飛び降り、着地。

 その重厚感あふれる着地音が彼の人工筋肉の密度を表していた。

 ただ、今回のダイヤは少々――どころではなく様子がおかしかった。

 頭を激しく振り、呼吸音は激しい。

 奇襲かと思いきや膝をついて苦しんでいる。


『……ウアァ……アァア゛』

「様子がおかしいわ」

「ど、どうしたの?」


 死神は敵だというのにダイヤに駆け寄った。


『寄るなァ!!』

「!?」


 ダイヤの叩きつけた拳によって砂塵が舞い、ずしんと地が響いた。

 確かに彼は追っ手として少女二人をつけていた。

 ベルゼルガにさえ気付かれないほど気配を消し、少女が別行動をとるのを待った。

 ところがどうだろう。いざ少女二人が別行動をとり、機会が訪れた時、ダイヤは襲えなくなったのだ。


『なんなのだ……ナンなのだ……貴様』

「わ、私?」

『ソウダ!!』


 ダイヤの指は死神をさしていた。


『貴様達と魔列車で接触してから……私の頭痛は酷くなるばかりだ。おかしいのだよ。貴様の顔。貴様の声。貴様のイメージが流れ込んでくる。常にだ! 貴様さえ……貴様さえ居なければ! 私はもっと……惨劇と共に戦えるというのに! スペードとも居られるというのに! 貴様が近付けば近付くほど私の頭は痛むんだよ! 貴様の所為で私が使い物にならない捨て駒となったら……私は……スペードは……もう……!』

「え、あ……」

「逃げてロシュ!」


 人工筋肉が脈打つ。

 瞬間、ダイヤの両拳は大地を打っていた。

 凄まじい量の砂塵が少女たちの視界を遮る。

 立ち上がったダイヤは大きな動作で片足を二回振り抜いた。


『だから私は、貴様を早く殺さねばならんのだあああああああ!!』


 真空の刃は十字を描く。

 砂塵は裂かれ、十字架型に散った。

 これは魔列車で見せた真空波攻撃、インフィニティ・エア。

 十字架型に交差した真空刃の中心を蹴りぬく事で、横向きの竜巻を発生させる絶技だ。


 ダイヤは狂ったように――いや、狂っているのかもしれない。

 まるで破壊愛好家のようにそれを紛らわすべく無我夢中となっているのだ。

 だから聞こえていない。

 彼が飛び降りてきたレンガ家屋の向こう側から、何かが激しく打ち破られる音が連続していることに。

 そして気づいていない。

 ベルゼルガ達の捜索へ向かうべく別れたスペード。彼からの定期通信が、先ほどから途絶えていることに。


『インフィニティ――』


 蹴りぬこうと脚を振り上げたところで、ダイヤの真横にあった家屋の壁が破砕された。

 内側から強烈な力で打ち破られたのだ。


『!?』


 それに驚き、ダイヤは蹴りぬくタイミングを誤ってしまう。

 真空の十字架に、逆に脚が飲み込まれてしまった。

 そのまま人工筋肉を搭載した身体は赤子のようにいともたやすく宙に浮き、激しく回転した。

 彼自身が、竜巻のエネルギーに飲まれてしまったのだ。

 死神と神楽は家屋の間に身を隠し、空中で回転した勢いのまま地面に叩きつけられたダイヤを確認していた。

 それから、家屋の中から飛び出してきた――二人を見た。


『こ……のぉぉぉぉ! ジャッカル・ジョーカァァァアアア!!』

「その身体……返して頂きます!」


 片方はジャッカルの着ぐるみを頭に被った女性――ジャッカル・ジョーカーだった。

 もう片方は、ダイヤと同じ風貌――ディーラー・スペード。

 ジャッカルはスペードの腹部に強烈なボディーブローを入れた。

 お返しにスペードがジャッカルの腕を絡めとり、背負い投げで地面に落とす。


『ハァ……! 最硬の弱点くらい弁えている!』


 無防備になったジャッカルの背中。

 スペードはそこへ平手を振り下ろした。

 パァンという痛烈な音が、異常な大きさで鳴る。


「くあ……!」

『身体は硬くとも、皮膚への攻撃――鞭打は防げまい!』


 強化された肉体と絶妙なスナップで繰り出されるスペードの鞭打攻撃。

 その痛みは計り知れない。

 神楽と死神は路地に飛び出した。

 ジャッカルへの攻撃に夢中で、スペードは少女たちに気付いていない。

 ワイヤーで両腕を縛るのは簡単だった。


『なんだと』


 続いて死神の重力魔法。

 脚部が極端に重くなり、ガクリとスペードは膝を地に着けた。

 スペードの身動きを奪ったところで神楽と死神は協力して地に伏すジャッカルの脇に肩を入れた。

 引きずるように成人女性の身体をスペードから引き離す。


「ジャッカルさん大丈夫ー!?」

「ひどい……肌が裂けてる」


 ジャッカルは荒い呼吸で「大丈夫です」と呟き、立ち上がった。

 ダイヤとスペード、ジャッカルのダメージからして、どう見ても互いにこれ以上の戦闘は避けたいだろう。

 よろよろと身を起こしたダイヤが真空刃を放ち、スペードのワイヤーを切断。撤退しようとした。


「待ちなさい……」


 二人の少女に支えられたジャッカルが呼びとめる。

 言葉はディーラー・スペードに向けられていた。


「その身体を。〈ラビットの身体〉を返して下さい」

「ラビットさんの身体!?」

「魔導社社長の……?」


 ジャッカルは頷く。


「ディーラーズは生き物ではありません。ゼブラ・ジョーカーの生み出した作品です。屍体を操り、自分の肉体とする兵器」

「屍体って!」

「あの社長は――」

「ラビットは生きています。生きたまま身体を乗っ取られているのです」


 ラビットの身体を支配している。

 つまるところ、ディーラー・スペードの正体はラビット・ジョーカーということだった。

 思考はスペードの物だが。


『返す? それはできない』


 彼は首をゆっくり横へ振った。


『異常に発達した跳躍力から、この身体をラビットジョーカーのモノだと気付いたのは褒めてやる。だが身体を知っていても、この男の真意は知らないとみえる』

「どういうことです」

『ラビットは自分からNo.13へ来たのだよ。自分から身体を差し出したのだよ』

「なんですって!?」


 狼狽するジャッカル。着ぐるみの中で彼女の眼は見開かれていることだろう。

 ラビットが自から望んで操られていたとはとても信じられなかったからだ。


「嘘です!」

『ふん。真実は常に悲しきもの……』

「ラビットを返して!」


 その言葉は届かず、スペードはレンガ家屋の上に跳び上がった。

 ダイヤも同じく跳びあがろうとしゃがむ。

 ここで彼を呼びとめたのは――死神ロシュだった。


「……待って」

『………』


 じっと死神は考えていた。

 シンパシー。確かにそれを彼女も感じ取っていた。

 ダイヤが頭痛に苛まれていると知った時、彼女はなにも言えなくなった。

 わかってしまったからだ。

 ダイヤが自分にこだわる理由、ダイヤの中に自分のイメージが流れる理由。

 とてもよくわかった。


「待ってよ。準くん」


 訴えるように呼びかけた。

 丸い仮面に頭部を覆われ、人工筋肉搭載の強化骨格スーツに身を包んでいても。

 彼女にはそれが彼だとわかった。

 ディーラー・ダイヤが――里原準であると。


『……なるほど』


 ダイヤは跳びあがらず、一言呟いて頭を死神の方へ向けた。

 そのフィルターを通した声色はやはり低く淀んでいる。


『察しの通り。〈私が媒体としているこの身体は里原準のもので相違ない〉』


 神楽も、そしてジャッカルも唖然とした。

 里原準の居場所を聞き出すためNo.13や天国を追っていた筈が、こんなところに里原準は居たのだ。

 先ほどジャッカルは言った。ディーラーズは生きていない。身体を依代にする兵器であると。


『惨劇は里原準を最も安全な場所に、かつ自分の傍に居させようとした。その結果だ。私の身体となることで、安全が保障される。そう。〈此処〉が最も安全な里原準の場所なのだ』


 人工筋肉に覆われた自分の胸をドンと叩く。


『里原準を取り返すには私を破壊するしかない。無論破壊などされはしないがな。私は納得した。貴様は里原準の想い人であったか。ならば貴様のイメージが流れてくる理由もわかる。そして……私は貴様を殺すことで解放されることも確信した』

「私も、ダイヤに有難うって言わなきゃいけないね」


 なんだと? と、ダイヤは身体ごと死神の方を向く。

 彼が疑問符を浮かべるのも当然だ。殺すという宣言をした相手に対し、返した言葉が有難うではおかしいだろう。

 だがその有難うは無論、殺すという言葉に対するものではなかった。

 ロシュというこの少女は、ダイヤのもっと内側を覗いた上でそう言ったのだ。


「頭が痛くなったのは、準くんの声を聞いてあげたからだよ。支配なんてしていないんだよね。身体を借りて操っているだけで、決して準くんを使い捨ての部品とは思っていないんだよ」

『……それはこの身体が惨劇の大切な――』

「ううん」

 死神は首を横へ振った。

「きっとダイヤの意思なんだよ……だから私は、今、無理に準くんを返してって言わないよ」


 そう言ったロシュの肩を神楽が掴んだ。


「アンタ何言ってんの。準兄が目の前に居るのよ? 今取り返さなくてどうするのよ!」


 その言葉を耳に入れつつも、死神は意向を曲げようとはしない。

 支えられたジャッカルは黙って様子を見守っていた。


『……あまり私を甘く見るなよ』

「そっちこそ甘く見ないで欲しいぜー!」

『な……』

「準くんと私はそれはもう強く結ばれていること請け合い! 準くんが本気出せばすぐに意識大逆転だぜ! でもそうならないのは何か理由があるんだぜ! 絶対そうだぜ!」


 ダイヤは少しだけ圧倒された。

 こんな小さな娘から溢れ出てくる自信。これは一体なんだろうか。

 自分の意志で里原準の声を聞いてくれたと感謝された。さらに今は返してと言わないだと。

 小馬鹿にしてそれを聞いていた筈が、この自信。根拠なんてあるのか。ただそれが正しいと思わせられる。

 馬鹿馬鹿しい、まやかしだ。こんな娘に揺さぶられてどうする。


『信心深いのはよくわかった。が、貴様は里原準を信じ込みすぎた結果、私に殺されて混沌の海で後悔することになる』

「うっせー!」


 鼻で笑ったダイヤはスペードがそうしたようにレンガ家屋の上に跳び上がった。

 死神、神楽、ジャッカルの三人から見えなくなっても家屋の屋上を飛び移り、撤退する。

 屍体を乗っ取り、自律行動する。自分はそれだけのプログラムな筈。

 彼は兵器。死符の配り手。

 そう。兵器なのだから、配るのは死符なのだ。


『……ずっと。こんな風にヒトに揺さぶられるのは……兵器らしくないですよね。クロー』


 生まれた時から――10年前から、私は兵器らしくなかったな。

 そう自嘲しながらダイヤは向かう。

 唯一の相方、スペードのもとへと。

 ハートもクラブも、もう居ない。彼らの分まで戦わなくては。

 惨劇の駒として。里原準の守護者として。




 ◆ ◆ ◆




【st.4nights〜セント・フォー・ナイツ〜】



――「キーパー1が墜落。海上に着水しましたフライヤ」


「ふうん」


――「キーパー2の舵、如何しましょう」


「突っ込んじゃって」


――「突っ込む……?」


「着水したキーパー1の甲板によ。十字架の上に十字架を立てるの。壮観よ、ヴァル」


――「………」


「それからRアーLエル。居る?」


――「おう、居る居る」「おう、居る居る」


「惨劇が裏切ったのよー。どう思う?」


――「いいんじゃねーの」「フライヤの思惑どーりなんだろ」


「まあね」


――「でさ、俺たちゃ」「どうすんだー」


「待ち受けるにきまってんでしょ」


――「おー。NO.13をか」「そりゃ腕が鳴るねー」


「オーディンも稼働準備に入ったし。破壊業者の蚊トンボ共も堕ちた頃合。みすみすアースガルズの魔導核を渡すわけないっつの」


――「だよねー」「だよねー」


「それにしても破壊業者ってのは……」


――「馬鹿だよねー」「馬鹿だよねー」


「クロスキーパー二番機の存在も知らずに負け戦を強いられちゃって。あーかわいそう。アハハハハハハハ」


 雲に隠れた要塞空母クロスキーパー二番機。

 その艦内は真っ暗である。

 電力をほとんどオーディン起動に宛てたからである。

 そんな暗闇の中での会話。

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