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宴章 零鋼〜第弐陣〜

 クロスキーパーという名は、一つの脅威として知られている。

 全長5Kmの巨大な鉄の塊だ。

 天空の守護者であり異界屈指の戦力を誇る空中空母。

 形状は十字架。

 何のためか甲板はとても広い。

 これが落とされたことは未だかつてない。

 天国……アースガルズを守る絶対の守護者として、この艦艇が沈むことは許されないのだ。

 今まで幾度となく空の不届者をその強大な力で叩き落としてきた。

 今回も変わらない。

 地獄を天国が攻撃した。

 それはひとつのきっかけとなり、反武力を掲げるレジスタンスが数多く空へ上がってきた。

 青い空に鋼鉄の黒がたむろした。

 そのことごとくを、クロスキーパーは叩き落とした。


 天国に戦う力を持つ者は居ない。か弱き魂と、居住者ばかりだ。

 護るのは、クロスキーパーの役目。

 あらゆる戦力がここへ集結している。


 故に当然、今回天国に雇われた破壊業者もすべてクロスキーパーの中に待機している。


 巨大空母の中に、広い部屋を用意されていた。

 それは部屋というよりもただ立方体の空間を与えられただけと言っても良いような、壁と扉しか存在しない質素な部屋だった。

 1000人は収容できるであろう空間に、破壊業者はすべて押し込まれていた。

 しかし文句を唱える者は誰も居ない。

 屋根があり、壁があり、スペースがある。

 彼等戦闘の専門家にとってはこの上なく上質な環境だった。

 とはいえこれだけの空間を用意されても確保できるスペースは十分とは言えない。

 破壊業者そのものを天国が雇ったのだからその数は語るまでもないだろう。

 そして壁際に、とある機動歩兵隊の一小隊が円を描くように座っていた。


「皆、よく聞け。この任務が終われば晴れてお前達は卒業となる」


 赤いフルフェイスのヘルメットを被った女性だ。

 部隊の隊長格なのだろう。


「これが私、イーグル・ジョーカーの教官としての最後の演習と言ってもいい」


 隊員は五人。

 彼女の言葉を真剣な眼差しで聞き、頷いている。


「私はお前達に機動歩兵戦闘における技術を叩き込んできた。そう、私が教えたのはあくまで技術だ。生き方そのものは、これからお前達が自分達で見つけ、考え、悩み、見出していく。これは技術を身につけるより案外難しいことだ」


 部屋の照明が赤いヘルメットを照らし、同じように隊員達の黒いヘルメットも輝いていた。

 訓練性とはいえ、彼等は数々の戦闘を切り抜けた兵である。

 ヘルメットには多くの傷もあった。

 それを隠すようにか、ステッカーを貼っている者も居る。


「そこで餞別として。私の事を話そう」


 この教官は、自分の事を今まで語ろうとはしなかった。

 隊員達は目を丸くしていたのかもしれない。


「私は空が好きだ」持参した折り畳み式の椅子を軋ませ、イーグルは脚を組む。

「それは今でも変わらない。空が好きで好きで仕方無く、機動歩兵という翼で大空を駆ける快感に酔いしれる。その空を汚す者が居るから私は駆逐する。だが空に陶酔する者であり、同時に私は破壊業者でもある。雇われ兵は契約の下、戦闘を行う。そこに情が介入することは死に繋がる。だから私は――空を汚す仕事は受けない。ひとつの信念、プライドを抱いて生きろ。そうでなければ……いずれ……空に落とされるぞ」


 隊員達は大きく頷いた。

 イーグルは、自分が空を好きだと語ったのはどれくらいぶりだろう。ふとそう思っていた。

 印象に残っているのは――そう。あの鴉天狗。

 彼はなんと言っていたか。

 彼になんと言っていたか。

 印象に残っている筈なのに、なぜだろう思い出せなかった。


 隊員達への確認事項等も終え、いわゆる休憩という空気になった時。

 とある小隊が部屋に入ってきた。

 そいつらも破壊業者であるのは間違いないのだが、他の破壊業者とは明らかに異質な風貌をしていた。

 一言で、重装。

 巨大な重火器、多彩な武器を全身に纏い、自身も身体中を防護装甲で包み込んだものものしい装備をしている。顔面にはなんとガスマスクまで着装していた。

 多くの視線を浴びながら、その重装小隊は壁際沿いに進む。


 そしてイーグル小隊の隣で止まり、抱えた武装を下ろした。

 どうやら待機スペースをここに決めたようだ。

 重々しい装甲服の一人が、イーグルに近づいてきた。


「隣、失礼します」

「ああ」


 ガスマスク越しの籠もった声に、イーグルもさすがに若干戸惑った。

 隊員達など、興味津々で重装小隊を観察している。


「お前達、所属は?」


 イーグルの問いに、重装兵はロケットランチャーを下ろしながら答えた。


「破壊業者、局地・銃撃戦部隊です」

「なに……ベルゼルガの」


 そう。

 この者達こそ、教官時代のベルゼルガの教え子達だった。


「ベルゼルガ教官を御存じで」

「まあ」

「今回、教官は唯一敵に回っていますので……気を悪くなさらず」


 イーグルが気になったのはそこではない。

 ベルゼルガが敵に回ったことでその教え子達が他の破壊業者から忌避されていることなど、彼女にはどうでもいい事だった。

 もっと重要なこと。

 ――局地・銃撃戦闘隊という、幻の精鋭がまだ存在していた。

 その事に驚いているのだ。

 破壊業者の中で最も任務死亡率が高い部隊。それも群を抜いて高い。

 そんな部隊が、一小隊〈も〉残っている。

 段違いの戦力だとイーグルは見抜いた。この小隊だけでも地獄制圧ではおつりが返ってくるだろう。そこまで思ってしまった。


「ベルゼルガと戦うことに……いや……なんでもない。無粋なことを言った」

「構いませんよ。我々は――教官を殺せます」


 あっさりと言った。


「あの教官に撃ち勝つ。それはどのような勲章、栄光、勝利より我々を満たしてくれるはず。そしてこんな事を言うのは申し訳ないですが。ウチの教官はハンパなく強いですよ」

「ほう」

「他の敵なんざどうでもいい。彼が居る勢力のみ、我々は警戒する。共に行動したからこそわかる。彼に勝てるのは我々だ。撃ち取るのは我々だ」


 ボウ、とガスマスクの奥で瞳が怪しく輝いた。


「獲物は……渡さない」

「………」


 狂気。その者だけではない。他の重装兵たちにもそれが感じられた。

 さすがは最狂の教え子といったところか。


「あ、しかし我々はあくまで破壊業者。任務を優先しますよ」


 そう言って重装兵は銃器のメンテナンスに戻っていった。

 彼等ほどスペースを取る者達もそうは居ない。

 大きなアサルトライフルを分解し、掃除し、組み立てる。その手つきは驚くような速さだった。

 とくに狙撃銃を分解している者はかなりのスペースを陣取っている。

 が、そこはさすがに息の合った小隊。

 大型銃器をメンテナンスする者が居れば、周囲はハンドガン等の整備をする。

 その迅速な行動により、あっという間に銃器のメンテナンスは終了した。


 ――警報が鳴り響いた。


 広い待機室の中にざわめきが生まれる。

 緊急の警報だ。

 索敵による敵影確認のサイレンとは違う。

 様子がおかしかった。


「隊長、これは」

「……」


 イーグルは黙って待つ。

 すると警報音を背景に、艦内放送が響いてきた。


『敵襲。敵襲。艦内に侵入者』

「侵入者?」


 空に浮くクロスキーパーに侵入とはありえない話だ。

 高度な索敵を掻い潜れるわけもない。


『敵襲。破壊業者は直ちに出動せよ。オートドールは敵である。繰り返す、艦内に配備されたオートドールは味方ではない。敵である。』


 オートドールとはクロスキーパーに配備された機械兵だ。

 破壊業者一同は普通ならば混乱するような状況下でも、皆自分のデータを修正していた。


『状況説明。艦内に於いて、No.13所属の戦略傀儡兵《零鋼》が反乱。あらゆる制御システムをジャックされた。生存者は直ちに脱出、破壊業者は零鋼を破壊せよ。繰り返す――』


 ここで部屋の外に爆発音が轟いた。

 零鋼によって操られたオートドールが進攻してきたのだ。

 イーグルは舌を打った。

 ――やられた。と。

 機動歩兵隊は、機動歩兵に乗らなければ非戦闘員となんら変わり無い。

 つまりこの状況下、自分達は無力なのだ。


 その時――イーグルの耳元で重々しい銃器の音がした。

 重装兵がライフルにマガジンを装填したのだ。


「イーグル・ジョーカー隊長、自分達が機動歩兵のドックまで援護する」


 既に戦闘準備を整えた局地戦部隊が、イーグル達を囲んでいた。


「おそらくベル教官はユグドラシルレールから空へ上がってくる筈だ」

「……我々機動歩兵隊に、そこまで運べということか」

「ギブアンドテイク。お互いに脱出できる」


 迷う理由などない。

 イーグルは首肯し、機動歩兵隊の隊員達に説明した。

 部屋の出口では破壊業者の他の小隊達がオートドールに応戦している。

 ここからは重装部隊の戦いだ。

 重装兵の指揮役と思われる一人が、小隊へ指示を出す。


「全員零鋼のデータを確認しろ」

「了解」

「敵は光学迷彩を装備している。つまりステルスだ。ビジョンモードを熱源探知(サーマル)に設定」

「了解」


 そして小隊は混雑する出入り口付近とは逆の壁へ向かった。

 データマップを確認し、クロスキーパー内の廊下に面した壁を見つけたのだ。


「グレネード!」

「了解グレネード!」


 二人が呼応し合い、手榴弾を投げる。

 イーグル以下機動歩兵隊は重装兵の影に隠れて爆風を避けた。

 大穴の空いた壁に一人が銃を構えて張り付き、廊下の外を確認する。


「クリアー!」


 その声を合図に、機敏な動きで全員は廊下に出た。

 アサルトライフルが火を噴き、ところどころに待ち受けるオートドールを迎撃しながら進む。


「マップ確認。ドックへの最短経路を突破しよう。死ぬなよ隊長さん」

「無論だ」


 イーグルは頷いた。

 上等、と重装兵は笑い銃を構えた。

 三つに分かれた廊下で、オートドールの大軍と鉢合わせになり、一本の廊下を選択して進む。

 枝別れとなる位置で四人が銃を構えて立った。

 残り二本の廊下からやってくるオートドールを待ち受けるべく陣形を形成する。


「迎撃隊形!」

「弾幕網を展開!」


 その四人を残し、更に先へ進む。

 次々とオートドールの頭部を撃ち抜き、撃破する重装兵。その射撃精度は正確を極め、ベルゼルガ・B・バーストの姿を彷彿とさせた。


「あの四人は大丈夫なのか」


 イーグルの呼びかけに重装兵の一人が答える。


「無理でしょう」

「なに?」

「あの数です。弾数と包囲面積を考えて、彼らでも生き残る確率は極めて低い」

「お前達は……」

「あの状況では少なくとも四人の迎撃者が必要だった」

「命を……軽く見ているのか!」


 銃声に交えてイーグルの怒声がこだました。

 ところが隊長格のイーグルに対し、重装兵はその襟首を掴む。


「戦闘の邪魔をするな」

「……っ!」

「命を軽く見ているわけではない。あの四人があそこで迎撃に名乗りを挙げなければ、我々は全滅していた。アンタは命の軽い重いを――表面の感情で見るのか?」

「……く」


 それからイーグルは何も言わなかった。

 機動歩兵隊は重装兵に守られながら、着々とドックへ近づいていた。

 その間にも散った者は居た。

 オートドールの攻撃は光の矢だ。

 強烈な速度で撃ち出され、その威力は重装兵の装甲をも貫いてしまった。


 ここまで生き残ってきた幻の精鋭、局地戦・銃撃戦部隊。

 それがいともあっさりと数を減らしていた。

 それほどまでに圧倒的な数の差があるのだ。

 相手は使い捨てのオートドール。そんな移動砲台が無数に攻め寄せる中、イーグルの小隊を一人も死なせずにここまで連れてこられるのは、やはりこの重装部隊くらいのものだろう。


「よし。この先が機動歩兵のドックだ」


 残った重装兵は――三人。

 二十人近く居た小隊はここまで数を減らされていた。

 しかし、辿りついた。

 あの敵陣の中、ここまで一個小隊を連れてきた。

 イーグルはその高い戦闘能力に惚れてしまいそうな感覚さえ覚えていた。


「感謝する。さあ、今度は私達がお前達を運ぶ番だ」


 ところが――

 重装兵の三人は一歩も動こうとしなかった。

 機動歩兵隊の面々に背を向け、銃を構える。

 彼等の銃口の先。


 オートドールではない。

 さらに大きな黒い影。


「ぜ、零鋼!?」

「行け機動歩兵隊!」

「なんだと!?」

「こいつは自分達が破壊する。代わりに……アンタ達がベルゼルガ教官と……戦え!」


 カデンツァに乗り込んだイーグルは巨大な腕を伸ばすが、クロスキーパー外部からの砲撃がドックに炸裂した。

 無人兵器のすべてが操られている。

 オートドールだけが無人兵器ではない。

 機動歩兵の何倍も大きな、龍の形をした兵器が空を飛びながらこちらを狙っていた。

 イーグル以外の隊員は機動歩兵、〈ヘヴィゾン〉に乗り込み、発進する。


「イーグル隊長早く! 一番機先に出ます!」

「くそう、二番機スクランブル!」

「でかい。龍怒(ロンド)か。三番機スクランブル!」

「四番機スクランブル! 迎撃します!」

「ドック内で閃光砲は撃てない……五番機スクランブル!」


 イーグルは歯ぎしりした。

 ここにきて恩を返せないとは。

 ギブアンドテイクが成立しないではないか。


「なにしてるカデンツァ早く出ろ」

「我々に恩を返したいのなら、ベルゼルガ教官と戦え。我々の代わりに」

「それで成立だ」


 赤い機体は伸ばした腕を引く。


「……任せろ。感謝する」


 スラスターの高音を轟かせ、イーグルはアクセルペダルを思いきり踏んだ。

 強烈なGで身体が縛られるが、それに打ち勝つかのようにレバーを引く。


「カデンツァ、スクランブル」



 ◇ ◇ ◇



 局地戦を多く経験してきた三人の重装兵にとって、この局面も今までの経験とさして変わり無かった。

 他の破壊業者が脱出できたかどうかは怪しい。

 あれだけの数が全滅したとなれば、破壊業者も終わりだろう。

 周囲を見回せば、ドックの中でパイロットを待つ機動歩兵がずらりと並び、哀しげに立っていた。

 別のドックから発進した者も居るだろう。

 発進したところで、あの巨大な龍怒と交戦することになるわけだが。

 クロスキーパーの内部も外部も安全な場所などなく、実質落とされたとも言える。守護空母クロスキーパーが墜ちるということは天国が墜ちることとなんら変わり無い。


 生き残った重装兵の一人はマガジンを装填しながら思う。

 St.4Knightsはどこに居るのかと。

 天国の守護者、聖四騎士が姿を見せていないのだ。操られた無人兵器と破壊業者が交戦している中、肝心の天国勢が動きを見せない。

 クロスキーパーが墜ちようとしているにも関わらず。


「兵士は只、銃を握り戦場を駆けるのみ」


 余計な考えは振り払い、銃を構えた。

 まだ戦いは終わっていない。

 自分達の前には、あの零鋼が立ちはだかっているのだ。


「……デ、データと違う」


 零鋼は光学迷彩を装備しており、正確な姿は確認できない。

 が、サーマルモードで映し出されたモヤのような零鋼の姿を見た重装兵はそれでも動揺した。

 配布された零鋼のデータは、地獄旅館強襲時のデータ。

 なのに目の前に居るそいつは、明らかに――


「いかん、距離をとれ!」


 零鋼に一番近かった重装兵の一人が叫ぶ。

 他の二人はアサルトライフルを乱射して弾幕を張り、後退しようとした。


『……ゲニ……ハカナ……キハ……』

「!?」


 先頭の重装兵の視界から敵が消えた。

 最速の称号保有者である戦略傀儡兵でもあることは三人とも把握している。

 故に重装兵は各自、電波障害を起こす手榴弾を携帯していた。

 もっともドックへ来るまでにほとんど消費してしまったが。


「ジャミング!」

「了解ジャミング!」


 先頭の者がライフルを下ろし、腰に付いた手榴弾を握る。

 ……その重装兵は――そこで終わった。


『……リ……ンネ……』


 まずライフルの銃口が輪切りにされた。

 電波妨害用手榴弾も同様。

 重装兵の胸を刃物が貫通する。

 装甲を貫き、それは背負ったロケットランチャーとバックパックにまで届いた。

 バックパックの中にはランチャーの弾頭や、非常用燃料も入っている。

 ……零鋼の刃は、高熱を帯びていた。


『……エイ……ゴウ……』


 重装兵は一瞬にして猛火に包まれ、刃を引き抜かれると地面に倒れた。

 様々な装備に引火し、銃弾が暴発する。まるで花火のように。

 最後にはランチャーの弾頭に引火し、その重装兵は爆発と共に散った。


炎熱刀(ヒートブレード)を装備しているのか」

「………」

「どうした」

「………カハ……」


 隣の重装兵のガスマスクが割れ、崩れ落ちた。

 シャリン、という音と共に彼の首から噴水のように血が噴き出す。

 一瞬にして二人。

 零鋼は恐ろしい手際だった。


「残ったのは俺だけかよ」


 呟きながら、重装兵――彼はハイドラという名だ――はアサルトライフルを地面に落とした。

 装甲を外し、身軽になる。

 ハイドラもまた歴戦の勇士である。彼の前に散った戦士は数知れず。

 彼は背中から小型機銃を二丁引き抜いた。


 クロスキーパー内部や外部での爆発が一層激しくなる。

 このドックが崩れるのも時間の問題だろう。


『……トキ……ニ………シバラレ……』


 ハイドラは素早くしゃがんだ。

 ひゅん、と彼の頬を高熱の刃が掠る。

 この一瞬でハイドラは炎熱刀の尺を計った。

 異常な長さだ。

 重装兵を前から突き刺し、バックパックを貫くのも容易なわけだ。


「ッシ!」


 サーマルの視界で零鋼の姿を確認し、脚を払う。

 が、そいつは鋼鉄の巨体。びくともしない。

 ハイドラはそのまま足を引っ掛け、零鋼の腰に向かって二丁の機銃を連射し、撃ち込んだ。


『ギュオォオオオ』

「なめんなよデカブツ!」


 後転して離れる。その間に機銃は二丁とも銃口を斬り取られてしまった。

 まだだ。

 腰に下げた拳銃をまた二丁取り出す。


『………セン……メツ……』


 だんだんと目が慣れてきた。

 零鋼の行動パターンをハイドラは把握した。

 奴は長い刀を右へ左へ振りまわしながら突撃し、相手の目前で強烈な突きを繰り出してくる。

 それを外した場合、下から上へ斬り上げてくる筈。

 懐が無防備になるそこが狙い目だ。


 拳銃を握り締め、待ち構える。

 予想通り、零鋼は相手の視界から外れるべく最初は横へ高速移動した。

 ハイドラの視界から逃れられないまま、刀を振りまわして突撃してくる。

 横薙ぎのそれをしゃがんでかわし、続いて突きも回避した。

 下から上への斬撃。これも予想していたので容易だ。


「しゃああああああああ!」


 ハイドラは立ち上がり、刀を振り上げた零鋼の胸部に至近距離から銃弾を放った。

 一発、二発、三発、四発……

(どこだ、光学迷彩の装備は)

 五発、六発……

 六発撃ち込んだところで拳銃は固められた。

 銃身を握られたのだ。


「隠し腕……!?」


 零鋼の腰から更に二本の腕が伸び、ハイドラの銃を掴んでいた。

 早く離脱しなければ、振り上げた刀が戻ってくる。

 ハイドラは素早く拳銃から手を放した。


「……く」


 だがハイドラは――離脱しなかった。


「まだだあああああああ!!」


 両手首を捻り、収納してあった隠し拳銃を袖の中から両手に出す。

 そのまま連射した。

 ハイドラにとって人生の中でこれほど速く拳銃を連射したのはこれが初めてだった。

 一発二発三発四発五発六発七発八発九発十発十一発――


 リボルバー式の小型拳銃の装弾数は六。

 二丁で十二。

 ラストの……十二発目は、まさにハイドラの意地と誇りの結晶であると言えよう。

 仲間を殺された憎しみ、犠牲となった彼等への感謝、教官への執着、様々な思いが凝縮されたその一撃は――

 零鋼の頭部に設置された光学迷彩システムどころか、AI制御系をも見事に撃ち抜いた。


「ギャ、ギャハハ。ざまぁみやがれ……」


 その直後。

 振り下ろされた炎熱刀の一閃が、ハイドラを切り裂いた。


 割れたガスマスクが滑るように顔から落ちる。

 装備や服を焼かれ、炎に包まれながら、技術と経験に感謝し、仲間と教官に感謝し。

 最後の重装兵ハイドラは口元を緩めて笑い、散った。


 何故――何故この時。

 ハイドラは離脱しなかったのか。

 本人にもわからなかっただろう。

 おそらく彼は最後の最後で破壊業者、局地・銃撃戦闘隊として本能的に逃げの選択を捨てたのだ。

 まさにその戦いぶりはヒュドラ(Hydra)そのものであったと言えよう。


『ギュゥアアアアアアアアア!!』


 崩れる機動歩兵ドックの中で、零鋼は雄叫びをあげた。

 零鋼第二形態。ヘラクレスモード。

 決して勝利したとは言えなかった。


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