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第2話 里原宅の変わらぬ喧騒

「ねえ冬音さん?」


「ん、どうしたメア」


「最近の私って、絶対におかしなキャラになってると思うんですよ」


 部屋から出てマンションの廊下に立ったところで、メアはよくわからない事を呟いた。


 んー? 最近もなにも、夢魔の娘っていう時点で、お前は最初からおかしなキャラだよ。

 なんてこと言ったら泣きながら叩かれちゃいそうだな。


「なんでそう思うのさ」


「だって……」


 困ったような、かつ恥じらいをまじえた表情で、スカートの裾を握り締めている。

 この子の格好は、いつ見ても可愛らしいピエロみたいな印象を受ける。

 ふかふかのニット帽を被り、ニットのセーター、黒色のスカートに身を包んだその小さな娘の姿は、どう見たって可愛い。女の私から見ても愛らしい。

 おまけに、ほっぺには星型とハート型のペイント。

 こりゃあもう、抱き締めずにはいられん。


「抱き締めずにはいられーん!」


「ええー!?」


 今度は完全に困ったように笑いながら、私を手で押さえる。


「冬音さん、私の話を聞いてましたか!?」


「へ? なんだっけ」


「これですよ、コレ!」


 ぎゅっと目を閉じてメアは自分の額あたりを指差した。

 その部分を私も目を細めて見つめてみる。


 そこには――


 なんと――


 暗視ゴーグル。


「ぎゃはははは! なんで暗視ゴーグルなんですかメア先輩ー!」


 え?


 え?


 なんで!?


 暗視ゴーグル!?


 軍に入隊ですかメア先輩! 工作員ですかメアせんぱーい!


「ってか、今って朝なんですけどメア先輩ー! だはははははは!」


 わ、笑いが止まらん!


「えぇ………っ!? ちょ、冬音さ――」


「ひー、おなか痛いー! 冬音お姉さんはビックリだよー。だっていきなり目の前で見せられたのが……暗視ゴーグル…っ……わはははは! なんで、なんで暗視ゴーグルなんだぁぁぁぁ……!」


 大爆笑の私。


 しかし、どうもメアの様子がおかしい。

 俯いたまま、肩をわななかせていた。


 え、な、泣いてる!?


「……う……ぐすっ」


「ちょ、メア? な、なんで泣いてるんだ?」


「だって……冬音さんが……っ」


「あ、えと。笑ったのがいけなかったのか。すまん!」


 ダメだ。

 私はどうにも、この子に泣かれると弱い。

 ガラにもなくオロオロとしてしまうのだ。実際、今もどうしたらいいのかわからず、オロオロとしながらメアの頭を撫でたりしている。


「冬音さん……言いました。『ただ乗り込むのもつまらんなー。よし、準の部屋に潜入するから、それっぽい格好をしていかなきゃな!』って……」


 ………。


 うん。確かに言った。

 思いっきり冗談のつもりで。


 まさか、本気にしたのか?


「だから私、前にテレビで見た、『こーさくいん』って人の格好を真似てみたんです」


 本気にしたんだな。うん。


「トランシーバーも持って来ました」


 トラン……ッ!


 間違いない。ギャグではない。コイツは本気なのだ。

 たまに私はこういう事を本気でやるから、今回も本気に受け止めてしまったのだ。

 真面目な子だから、私のギャグにも一生懸命に付き合ってくれる。

 あー、これは私が悪い。


「そ、そうか。メア、上出来だぞ!」


「え……?」


「潜入工作員としては完璧な装備だ!」


「あ……。はいですー!」


 もう、こうなったら勢いで行けるトコまで行くしかない。

 私は佐久間冬音だ。

 やってやろうじゃないか。


「これより里原宅ベランダ潜入作戦を決行する!」

「いえっさーですー!」


 アホって言うんじゃねーぞー!



 ◇ ◇ ◇



【里原準のマンション前】


「あーあー、こちらSAKUMA1。NIGHT1聞こえますかー? どうぞ」


 ヘッドホン型のトランシーバー。

 そのスピーカー部分から雑音まじりに通信相手からの返事が聞こえてくる。

 ちなみにSAKUMA1とは私、佐久間冬音のことであり、NIGHT1はナイトメアのことだ。


『ザザー……こちらNIGHT1ですー。はーい聞こえますですよー! AKUMA1、そちらの状況はどうですかー? どうぞ』


「誰がアクマ1だコラ。 どうぞ」


『ザザー……ざざ〜。 どうぞ』


「お前、今自分で『ざざ〜』って言っただろ。 どうぞ」


『ザザー……バレましたー。早く状況報告をお願いしますー。 どうぞ』


「あとで覚えとけよメア。こっちは異常なしだー。そっちはどうだー? どうぞ」


『ザザー……こっちも問題ないですー。ミッションスタートですー! どうぞ』


「了解、先に潜入した方が作戦を実行。任務開始!」


 通信が切れた。

 さて、と。

 私は両腰に手を当てて、上を見上げる。

 現在地、里原準の部屋があるマンションの前。

 私のちょうど真上に、準の部屋がある。

 そう……ここを登ってベランダから準の部屋に潜入するのだ!

 アホって言うな!


 ちなみにメアは非常階段側から登っている筈だ。


 私は今から、この建物を七階までよじ登らなきゃいかんのだ。

 ……いやぁ、さすがに。

 めんどいぞ。


 つーか、アホだよ。

 ああもう自分で言うよ。

 アホだよ。


 あぁ……どうしよ。


「あぁぁぁぁぁぁ……」


 頭を抱えて座り込む。

 変なこと言うんじゃなかった。

 マンションをよじ登る佐久間冬音なんて、誰も見たくないに決まっているぞ。クライマー冬音なんて……。


 ………。


 待て。

 クライマー冬音はちょっとカッコイイぞ。

 ロッククライマーではなく、マンションクライマーなんだ。

 マンションクライマー冬音!

 いいね。

 

 里原宅へ潜入するべく、今、クライマー冬音が動き出す!


 あ、そういえば朝ごはん食べたっけ?

 えーと。あ、食べた食べた。

 でも、まだ食べてないって言えば、準はごはん作ってくれるかなー?

 かなりの高確率で作ってくれるね。アイツはそういう奴だ。

 何を作ってくれるかなー?


「――んですか冬音さん?」


 うーん、私的には和食がいいね。シンプルに味噌汁・海苔・ごはん・漬物、って組み合わせは悪くない。このくらいならすぐに用意してくれるだろう。


「――にをブツブツと呟いて――」


「味噌汁は…合わせ味噌でお願いします! みたいな!」


 みたいな! と、叫びながら顔を上げると……。

 目の前に、まるで怪しいものを見るかのような表情で私を見ている男の顔があった。

 片耳からは銀色の十字架型ピアスが垂れている。


「ハァ……残念ながら、今朝は赤味噌ですよ冬音さん……。死神も怒るかなぁ」


 里原準だった。


「どわああああああ! 準!?」

「ちょ、どわああああああ!」


 二人で勢いよく尻もちをつく。


「お、お前いつから私の前に居たんだ!?」


「結構前から呼んでたんですけどねぇ!」


 びっくりさせんなよー。

 私はお尻を払いながら、立ち上がった。


「うし、じゃあバトンタッチだ。準」


「なんすかバトンタッチって?」


「いいからいいから。手ぇ貸せって」


「?」


 肩より高く、片手を挙げる準。

 そして私は、そこに自分の掌を当てた。


「バトンターッチ!」


――ぱん。



 ◆ ◆ ◆



――ぱん。


 意味がわからん。

 冬音さんは謎のバトンタッチをオレにやらせた後、満足げな顔になった。

 そもそも、この人は朝っぱらから何をやってんだ。

 マンションの前で座り込んでブツブツと呟き、合わせ味噌だのなんだのと……。


 いかん、この人の思考を本気で考えようとしてはダメだ。


「結局、今のタッチはなんだったんです?」


 オレがそう訊ねても、冬音さんはただニヤニヤとするだけ。


「ふふん、準にはわかんないだろうよ。わかる人にはわかるかなー?」


 あーそうですか。

 尻もちをついた拍子に落としてしまった買い物袋を拾い上げる。

 んー。合わせ味噌が、どこへ行っても無かった。


「冬音さん、ウチに来るつもりだったんでしょう?」


「……!? ち、ちがうぞ」


「そうですか。じゃ」


――がしぃ!


 ぐえぇぇえええ!

 え、襟が……後ろから…服の襟がすごい力で……絞りあげられている!

 なんだ、何が起こった!?


 あぁ、冬音さんかよぉ……!


「く、苦しい……冬音さん」


「行くんじゃないよ。私は今、とっても困っているんだからな」


 し、知るか……!


――ぎゅううううう


 あがああああああ!


「オ、オレに本気を出させるつもりですか」


「お前の部屋に行こうとしていたのは認めよう」


 何を落ち着いて喋っていやがる。


「だがな、普通には行けなくなってしまったんだよ」


「とりあえず…放して…!」


「放したら逃げるだろ」


「逃げません」


「そうか」


 冬音さんの手が、オレの後ろ襟から離れる。

 しゅるりと、ねじれた首元が楽になる。

 買い物袋を握り締める。

 マンションのキーがポケットの中にあることを確認する。


 よし。

 OK。


 これらを一瞬でやり終えたオレは、最後に脚の力を入れる。


 ここまで来たら、もう解るだろう。


 逃げる!


「ワハハ、すいませんねぇ冬音さ――」

「貴様あああああ!」


 ギャァァァァァ! なにこの人メチャメチャ速いんですけどー!


 片足を踏み出した時には、既に冬音さんはオレのもう片方の足にタックルをかましていた。

 すべては一瞬の出来事。

 今の一連のやり取りを、第三者から見たらこんな感じだ。


オレ:『逃げません』

冬音:『そうか』

――しゅるり

オレ:『ワハハ、すいませんねぇ冬音さ――』

冬音:『貴様あああああ!』


 ………。


 お解り頂けただろうか。

 つまり、冬音さんは、オレの後ろ襟を離した瞬間、そのまま襟を掴んでいた手を脚部に持っていったということになる。


 結果……。


 うつぶせに倒れたオレの上に、冬音さんが馬乗りという状態。

 この人すげえよ……。


「フン、お前がエスケープ里原だということくらい、お見通しなんだよ」


 そんな芸名は知らん。

 つーか、こんな所で遊んでいる場合じゃないんだ。

 早く部屋に戻らないと、あのアホが腹を空かして待っているのだ。朝飯が遅れたりしたら、あいつの怒りはピークに達すること間違いなしだ。


 こ、これはまずい。


 この冬音さんもパワーは凄まじいものの、割と華奢な体つきをした女性だ。

 実際、馬乗りされても、全然重いと感じない。

 つまり……。


「おりゃああああ!」


「……なっ!?」


 冬音さんを弾き飛ばしながら起き上ったオレは、そのまま彼女を肩に担ぐ。

 うお、軽い。


「ちょ、おい、準!」


「じゃあいきますよ!」


 ダッシュ。


「ちょっと! やだ、準! ダメなんだってば、私はマンションクライマー冬音なんだから――」


『ぁあ!?』


「はい。少し黙っています。このまま担いで行ってOKです」


『話は後で聞きますよ!』


「はい」



 ◇ ◇ ◇



 エレベーターを七階で降り、少し歩くとオレの部屋に到着。

 肩に担いだ冬音さんは、すごくおとなしかった。つーか寝ていた。

 寝言が聞こえてくるが、絶対に耳を傾けてはいけない。


 疲れるだけだ。


 絶対に――


「……んー。デリバリーパンダ? ああ、奥へ案内してくれ。私の客人だ」


 ………。

 

 駄目だ駄目だ。

 反応してはいけない。

 突っ込んではいけない……。


「……むにゃ……。ははは、笹の葉がサラサラ? 寝ぼけたこと言ってるとぶっ飛ばすぞコラ」


 ………。


 アンタだよ……!

 しまった、反応しちまった。


「……すぴー……。あぁ? 酢豚のパイナップルは関係ねぇだろ!」


 本当に関係ねぇ。


 いかんぞ。とっとと部屋に入ろう。

 しかしドアノブに手を掛けたところで、なにやら中が騒がしいことに気付いた。

 死神が一人で留守番をしている筈なんだけど。


『――ってんでしょー!』

『――かって言っただけでしょー!』


 なんか喧嘩している。


「おーい、ただいまー。どうした死神ー?」


 ドアを開くなり、そう呼びかけてみる。

 すると――


――ドドドドドドド


 奥の居間からこちらへ駆けてくる少女が二人。

 死神と、ナイトメアだった。

 二人は玄関の上がり端でオレの両腕を掴み、一生懸命に何かを訴えてくる。


「聞いてよ準くん! メアったら私の頭に変なゴーグルくっつけてくるのー!」

「聞いてください準くん! ロシュったら私の大事なゴーグルを奪って返してくれないんですー!」


 ……ゴ、ゴーグル?


 見れば死神の額には、なにかが装着されている。

 んー、なんだこれ?


 あ、暗視ゴーグル?


 やれやれだ。


「死神、メアちゃんにそれを返してやれ」

「うー。はぁい」


「メアちゃん、いらっしゃい。死神にフロント開けてもらったのか?」

「はいですー!」


 朝から騒がしいったらない。

 おお、早く朝飯にしようかね。


 オレは肩に担いでいた冬音さんをナイトメアに引き渡す。

 少女は困ったような笑い顔で冬音さんを受け取った。

 そのまま壁に掛けてあったmyエプロンを着てキッチンに入る。それを見た死神も、隣に掛かっていた自分のエプロンを着てオレに続く。


「おーいメアちゃーん」


「なんですかー?」


「朝飯どうするー?」


「えーと、一応食べてきましたけど……」


「ははっ、冬音さんが欲しがりそうだな」


「すみませんー」


 まかせとけって。

 既に死神は野菜を切りにかかっていた。半年前には想像もつかない光景だ。

 が、ここ最近はこれが当たり前になってきている。

 他愛もない会話をしながら朝飯を作るのは、まぁ…悪くない。


「おい死神」

「なぁにー」


「お前、髪伸びてきたんじゃないか?」

「そうかなー?」


 オレは隣の金髪頭を眺めつつ、そういえば背も伸びているのではないか、ということに気付いた。

 だがこの話題を振ると……グラマラスがどうとか言い出しかねないから今回は保留だ。

 ふむ。

 彩花さん達が海外へ行って半年。

 どうやら昨晩遅くに帰ってきたみたいだが、今朝は先に地獄へ挨拶に行っているのだろう。

 バンプも元気そうだといいな。

 アメリカ支部での話とか聞きたいぞ。


「おい準くん!」


 うお! びっくりした。


「どうした?」


「なんで赤味噌なのよ!?」


「おー。合わせ味噌がどこ行っても売ってなかったからさ」


「ファイナル味噌は!?」


 ファイナル味噌!?


「最後の一撃。ファイナル味噌! で有名なファイナル味噌!」


 んなCMは知らん!


「最終決戦用特殊改良型味噌!」


 まさかの漢字12文字!


「ファイナル味噌について小一時間語ってやるぜー!」

「やめてくれよ先輩」


「いい? ファイナル味噌ってゆうのは味噌の最終形態で、合わせ味噌が好きな味噌汁愛好家にとって合わせ味噌がなくなった時に重宝されるものなの。かの地獄食堂の料理長、《獏さん》も絶賛する大豆原料で、獏さんが『シカラマスターペトログ完全体が右折の際に安全確認を怠って事故った原因が……これだ』と言うくらいの――」


「でも合わせ味噌には劣るんだよな」


「味噌汁の中では微妙な位置付けだけど、合わせ味噌に慣れた舌にはとっても相性の良い――」


「無視ぶっちぎり……」


 今日はきっと、これから彩花さん達が来るだろうから、冬音さん達を呼ぶ手間が省けたな。

 ファイナル味噌についてペラペラと語り続ける死神は放っておいて、少し居間の方を覗いてみる。


 ………。


 ………。


「メア貴様あああああ!」


「ひー! ごめんなさいです冬音さーん」


「結局フロントから入ったとは何事じゃああああ!」


「冬音さんだって準くんに担がれて来たじゃないですかー!」


「あれは壮絶な格闘の末にああなってしまったんだ! マンション地上五階で死闘を繰り広げたんだぞ!」


 嘘つけ。


 まー、半年経っても、相変わらずこんな感じ。

 これに異界の面々が混ざると、もっと凄いことになる。

 しかも今日からは彩花さんとバンプまで……。


 わはは。笑うしかない。


「うぎゃー! 準くーん! 鍋から変なニオイがするぜー!」


 テメーまたヨーグルトぶっこみやがったな!

『はじめに♪』で書き忘れがございましたので追記です。 

・評価感想についてです。これは改めて確認する必要はないと思いますが、サイト内の説明をよくお読み頂きますよう、お願い致します。

 どうぞ今後も宜しくお願い致します♪

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