宴章 Dealer〜亜空間の襲撃〜
「ギャハハハハ。自動防御、自動姿勢制御、自動攻撃補助。悪くねぇなぁ」
暗闇の中、ベルゼルガは高らかに笑った。
亜空間を走る魔列車の、車両の上で。
こんな危険な場所に居るのはベルゼルガの他にもう一人居た。
「うわぁあああ」
吸血鬼の少年が、屋根にしがみついてわめいていた。
彼の背中から生えた黒いモノが屋根に突き刺さり、なんとか列車の勢いに吹き飛ばされないよう耐えている。
――魔列車に乗り込んだジャッカルを除く四人は、死神の両親のもとへと向かっていた。魔導高炉を管理する者の一人であり、エネルギーの調節を司る彼女の親ならば、敵に関してなにか知っているのではと思ったからだ。
敵は地獄アジア支部の魔導高炉から、核を奪っていた。
後になってわかったことだ。
膨大なエネルギーを有する魔導高炉の本体。下手をすれば異界の広範囲が消失する危険がある。
地獄各支部に備わり、動力源となっていた物。アジア支部のそれを奪った目的を知るため、四人は伝説の死神、ギルスカルヴァライザーの居城へと向かっていた。
その途中。
急にベルゼルガに呼び出されたヴァンパイアは、魔列車の外へと連れ出された。
周囲は亜空間。落ちたらひとたまりもない。
そんな場所で、いきなりベルゼルガはバンプに銃を向け、発砲してきたのだ。
弾丸は使い魔が弾いたものの衝撃が強く、少年の身体は吹き飛ばされた。
そして――この状況である。
「な、なにするんだよ!」
「何って。戦力の確認だ」
ベルゼルガはしれっと答えた。
使い魔の助けを借りてバンプは屋根の上に立つ。
「おい坊主。使い魔が居なきゃ、お前死んでたぞ」
片手で拳銃を回しながらそんなことを言った。
「よく訓練された使い魔だ。お前の親父だったか、伝説の吸血鬼アークス。その使い魔だったんだろうな。戦いに慣れてる」
バンプの背中からざわざわと溢れる黒い影は、ベルゼルガの声に呼応するかのように腕のような槍を天へ突き上げた。
だがその挙動があまりに大きいために、バンプの身体がふらつく。
「ギャハハハハ! デストロイだっせぇ。使い魔に遊ばれてやがる」
事実だった。
ヴァンパイアは使い魔を操りきれていない。本格的に戦うのは使い魔で、バンプはお荷物な状態だ。
「く……」
悔しさに声が漏れた。
意地になり、赤魔法で両手に剣を出す。背中から飛び出し、自分勝手に動き回る使い魔が彼を余計に苛立たせた。
ベルゼルガは拳銃のレーザーマウントを取り外し、ナイフと交換する。これにより銃剣を両手に握る形となった。
ベルゼルガへ向けて駆けだすバンプ。ところがやはり背中の使い魔が勝手に先行しようと飛び出した。
それを赤い剣で刺し留める。「引っ込んでろ!!」
ヴァンパイアの叱咤が飛んだ。と同時に無形の使い魔に刺さった剣が鎖へと変貌し束縛していく。
ベルゼルガは「それでいい」と呟いた。
「使い魔はお前にビビってる。強がってるだけだ。どっちが上かを叩き込んどけ。そいつの弱点は赤魔法。だからお前の方が確実に上だ」
バンプは頷いた。
その時だった。
「――うわっ!」
魔列車が大きく揺れた。亜空間の中でだ。
バランスを崩して落ちそうになったバンプの手を、ベルゼルガが引っ張った。
ベルゼルガにも何が起こったのか分からず、列車排気口の影に隠れた。
亜空間を走る際、魔列車は線路上を走らない。設定された目的地まで一直線に空間内を進むからだ。
その魔列車が揺れたということは――
『亜空間……干渉。何かが来るぞ主人』
使い魔が警告した。
その通りだった。魔列車真上の亜空間に、ぽっかりと穴が空いている。
ベルゼルガは拳銃を握り直し、干渉部に狙いを定める。そのまま隣のバンプに語りかけた。
「坊主、破天荒達に知らせろ。あとここの車掌にも」
穴から、二つの人影が飛び降りてきた。
「襲撃だ」
◇ ◇ ◇
死神と神楽は互いに睨みあったまま、向かい合っていた。
ジャッカル・ジョーカーは別行動だ。
ともあれもし彼女がこの場に居たとしても、息が詰まりそうな空気の悪さに席を外してしまうことだろう。
彼女は傭兵部隊を率いるお訊ね者であるがゆえ、公に移動する事はできない。まして一度襲撃したことのある魔導社が管理運営する魔列車に乗れるはずがない。
医療施設の件はシャドーの計らいで収容してもらえたが、こればかりはそうはいかない。
彼女は別のルート(非公式の輸送機関)で高速艇回収場所へ移動している。
「……あのさ」
神楽が口を開いた。
「あたしは準兄の義理の妹なの。一緒に居た時間は長くなかったけど。それでもあんたよりもあの人をよく知ってる」
「昔の準君を知ってたの?」
神楽は頷く。「ええ」
「準兄はね、どうしようもないくらい暴れん坊だった。里原の家に来てからも家には居なくて、一晩中どこかで暴れてた」
ファンタズマ時代のことだろう。死神にはわかっていた。彼は暴力に満ちたどこか猛犬を思わせる過去があった。今でこそ落ち着いた雰囲気になっているが、以前の彼はナイフのようにギラギラと光っていた。
「結局、あたし達が海外へ行くことになった時も準兄は付いてこようとしなかった。別に準兄は義理の家族――あたし達里原家と仲が悪かったわけじゃない。あの人は、自らの意思で残ることを決めた。この場所を離れたくないって。ウチの親に頼んでた。ねえ、〈準兄の背中を見たことある?〉」
「………っ!」
問われ、死神は言葉を詰まらせた。
彼女は何度か里原準の背中を見たことがあった。死神だけではない。バンプや閻魔をはじめとする男性陣も浴場などで準の背中を見たことがある。
そして、全員が〈傷痕だらけの背中〉を見ていた。
だが誰一人としてそれを口にはしなかった。背中だけに集中した残り傷の数々。刺し傷や切り傷を含め、なにか歪な形のものもあった。
「見たでしょう? 背中の残り傷」
「う、うん」
「あれね、ぜーんぶ人を助けて負った傷なの。酔っ払いとか不良とかからね。あの人は暴れん坊だったけど、悪人じゃない。善人とまでは言わないけど、なんていうか……優しい心を持った人なの。それを上手に表に出せない人だった」
「でも、今の準くんはそんなことないよ」
みたいね。と、神楽は目を閉じて頷く。
彼女自身、里原準が以前と変わっていることは知っていた。定期的にメールのやりとりをしていたし、前はほとんど出なかった電話も頻繁に出てくれるようになり、彼が家に居る事が多くなったと把握していた。
神楽は準を好いている。義兄として、否、それ以上の存在として。
だからこそ……久しぶりに彼を見た時、彼をおぶっているこの死神の存在が腹立たしかった。
準の変化の理由が彼女であると知ってしまったから。
「叩いたことは……謝るわ。でも、準兄はアナタのような別世界の人間と関わるべきじゃないの。あの人はお人好しだから、きっと余計なことに首を突っ込むハメになる。ベルから聞いたわ魔導社の件。準兄が異界なんか知らなかったら危険な目に遭うこともないのよ」
それは確かにその通りなのだろう。
普通なら知り得ないはずの違う世界の事を知り、あまつさえその世界の事情に首を突っ込む。これははっきり言えば総て不要なことなのだろう。
「なら……あなたは? 神楽は準くんの義妹でしょ。神楽も異界に関わる必要はないのに、こうして関わってる」
「う……」
「きっと神楽にも、事情があったんだと思うけど。神楽とベルゼルガは、私と準くんと変わりないよね」
痛い箇所を突かれたというところだろうか。
神楽自信が矛盾の証明だった。
「あ、あああたしはいいのよ! あたしが自分で決めたことなんだから」
「えええー!」
叫び声とどちらが早かっただろう。死神は神楽の頬を全力でつまんでいた。
神楽も負けじと相手の頬を引っ張る。ゴムのように伸びた二人の頬は赤くはれており、ヒリヒリとした痛みに涙を浮かべていた。
「は、はうあ(か、神楽)! あんは、いっへうほほえはうはらない(あんた、言ってること滅茶苦茶じゃない)!」
「うっはいうっはい(うっさいうっさい)!」
床に倒れ込んでもみ合う二人は、魔列車が大きく揺れていることにまるで気付いていなかった。とにかくそこかしらを転がりまわり、相手の上へ下へを繰り返している。
そんな二人を止めたのは、部屋の中に飛び込んできたヴァンパイアだった。
いや。
飛び込んできたというより、ヴァンパイアは部屋の外から吹き飛ばされてきた。
扉を突き破り、中に転がり込む。
さすがの死神と神楽もピタリと固まり、床でもみ合った体勢のまま破壊された扉に目を向けた。
「しゅ、襲撃だよ!」
バンプが叫ぶ。
彼の言葉を聞くまでもなく、二人はその襲撃者を目で確認した。
扉の残骸を踏みしめて中へ入ってきたそいつはボーリング玉のようなのっぺりとしたヘルメットで頭を覆い、額の部分にはダイヤのマークが記されていた。
ギシギシと骨格が軋む音。深呼吸をするかのように肩を一度大きく上下させた。
「ナンバー13!?」
神楽も死神もベルゼルガも、宴に招待されたわけではなかったが、双百合によってマークされているのだ。無論ヴァンパイアも。
ここで自分達を襲ってくるのは、間違いなくナンバー13。
今、彼女達の目の前に現れたこいつこそ、その刺客。
刺客の男は腕をあげて虚空を握り締め、ゆっくりと開いた。
『No.13、ディーラー・ダイヤ……。貴様達に死符を配る者(ディーラー)……』
ダイヤは低く、くぐもった声で言った。
身体に張り付くような分厚いスーツ。独自に脈打っているように見えた。
「準兄の居場所を聞き出す手間が省けたわ」
「むこうから出向いてくれるなんてラッキーだぜー!」
神楽は袖から紐を垂らしつつ右へ。死神は大鎌を握り締めて左へ。
バンプもダイヤの正面に立った。背中の使い魔が蠢く。
ダイヤは三方向をゆっくりと見回し、拳を突き出した。そのまま腰を少し落とし、脇を締める。
徒手空拳。それがダイヤの戦闘スタイルなのだろうか。
三人を相手に、飽くまで余裕の態度を見せる。
『往くぞ』
大きく振ったのは右足。大振りでかわすのは容易いと思ったら大違いである。一瞬で加速度を増し、爪先は縦に弧を描き、真空刃を生んだ。
ただ――真空刃はそこに生まれただけで、飛んでいかない。
ソニック・ブレードの空中静止。
ダイヤはそこに垂直になるよう、もう一本ソニック・ブレードを横に一閃。
結果として三人の目の前には真空刃で描かれた十字架が浮いている状態になった。
意味無くこんなことをするはずもない。
神楽も死神もバンプも、十字架の奥で構えるダイヤへ一斉に飛びかかった。
『交叉した真空の刃。その交点にはどれほどのエネルギーが潜んでいるか……』
ピリピリと部屋の空気が張り詰める。
ダイヤは真空刃の交点――つまり十字架の中心を、鋭く蹴り抜いた。
『鴉闘技。真空爆砕、インフィニティ・エア』
爆発か。
衝撃波か。
どれとも判断しがたい圧倒的なパワーが、十字架の中心から拡散した。
十字架は驚くほど高速回転し、横向きの竜巻を生み出した。さらに中心からは閉じ込められた膨大なエネルギーが、蹴り抜かれたことで全開放されて噴き出した。
「こ、こんな狭い空間でぇええええ……!」
神楽はバンプと死神の腰に紐を巻き付け、自分も紐で固定する。
部屋は……竜巻に包まれていた。
入口を背にしたダイヤの反対側。魔列車の外壁は粉微塵に破壊され、外の亜空間が丸見えだ。
三人は吹き飛ばされまいと紐にしがみつくが、強烈な風圧によって身体は魔列車から飛び出し、凧のように宙で揺れている。
ダイヤからすれば、格好の的だろう。そしてダイヤ自身もそれをわかっており、躊躇することもなかった。
『なんだこの脆弱さは……。こんな力で惨劇を相手取ると? 戦いを……嘗めるなよ』
脚を振るい、いくつもの真空刃を放つ。今回は一本一本がそのまま標的へと向かって飛んだ。
ソニックブレードは正確に神楽の紐を切断する。何本もの紐で支えていたが、さすがにいつ亜空間に放り出されてもおかしくはない。
ところがここでダイヤはヘルメットの耳元に手を添えた。
無線機に着信が入ったのだ。
『何を言っているスペード』
通信相手は、魔列車の上部でベルゼルガと交戦しているはずの相方だった。
どうやら押され気味らしい。
『今から行く。そうか、そいつは最狂だったな。待っていろ』
ダイヤは天井にソニックブレードを放ち、穴を切り開く。宙に放り出された三人をそのままにして魔列車上部へと上がって行った。
敗者として宙づりになった三人は紐をたぐり寄せてもがいていた。
「冗……っ談じゃないわよ!」
「やることが派手だにゃあ」
「にゃあって何!? ロシュ」
◇ ◇ ◇
長方形のカードが、ディーラースペードの手の中でシャッフルされる。
彼は配り手。
されど配る札は、相手に死をもたらす残酷な札である。
「チィ、一人中に入ったか!」
ベルゼルガは舌打ちをし、スペードを睨んだ。
彼ほどの手だれでもディーラーズの二人を同時に魔列車の上で防ぎきることはできなかったのだ。
スペードの相方、ダイヤはバンプを追って列車の中に入ってしまった。たとえ神楽が一緒でもこの襲撃者を相手にしては防戦一方となるとベルゼルガにもわかっていた。
正直、個々の戦闘力ではベルゼルガ一人がずば抜けて高く、他の死神・神楽・バンプは彼の足もとにも及ばない。
早くダイヤを追わなければ。ベルゼルガの中で若干の焦りがあった。
『死符を前に仲間の心配……。最狂ともあろう貴様がらしくない思考をする』
ばらばらとカードの束を器用に弄ぶスペード。
一枚一枚が片手の掌低で素早く弾かれ、アーチを描いてもう片方の手に吸い込まれていく。
次々と大量のカードを出してはそれを弄ぶ。ただのカードではない。黒い影から無限に召喚され、スペードの周囲を飛び回ったりしているのだ。
『往くぞ』
カードの束を扇状に広げ、手首のスナップを利かせてベルゼルガへと放つ。
一瞬にして張られたカードの弾幕。
それらは総てカードを模した鋭利な刃物なのだ。蜻蛉切のごとき切れ味を有する。
ここで冴えわたるのがベルゼルガの技術と感性。
ナイフを銃身に付けた二丁拳銃を、中指で素早く回転させる。よくガンマンが格好を付けてやるガンアクションだ。
この男は本職が曲芸師なのではないかと思わせる器用さで、拳銃を巧みに回転させていた。腕を交差させ、上に投げ、また中指でキャッチ。回転は一度も止まらない。それで襲い来るカードを全部弾き飛ばしているのだ。
『なかなかやる……。おっと』
スペードがそう褒めた時、彼の肩を銃弾が掠った。
ベルゼルガは防御をしつつ反撃をしてきた。回転する拳銃を片方上に投げ、その隙にもう片方の拳銃で発砲した。やはり曲芸師――ジャグラーのようだ。
トッリキーな戦い方ではスペードも負けていなかった。
空中にテーブルがあるかのようにカードを自分の周囲に円形に並べた。それを三段。
並べ終わるとカードは個々に起き上がり、スペードの壁になった。
隙を見て放ったベルゼルガの銃弾はさらに当たり辛くなる。
「ああめんどくせえ」
そうぼやいた破壊愛好家はカードを弾きつつ、素早く拳銃をホルスターに戻して背中からマシンガンを引き抜いた。
これもまた二丁。クルツタイプの小型自動操銃だ。
「数撃ちゃ当たるだろ。ギャハハハハ!」
先ほどまでの器用さとは打って変わり、今度は狂ったようにマシンガンを乱射し始めた。
膨大な弾幕によってカードは弾かれ、残った弾丸がスペードを襲う。
『このカードはただのカードではない。鉛弾などでは貫けんよ』
「目が悪ぃんだったらそのヘルメット外しやがれバァァァァカ!!」
『!!?』
カードの障壁が撃ち抜かれた。
銃弾が呪詛エネルギーの塊であることにスペードは気付かなかったのだろう。それもその筈。ベルゼルガは弾丸の威力・衝撃・貫通力を調節していたのだから。
ヘルメットの中でベルゼルガはニタリと笑った。
「可視物で自分を囲まない方がいいぜ。特に中距離戦闘ではよ」
『……!』
スペードは背後を取られていた。飛び道具同士の中・長距離戦闘を想定して戦っていたスペードには完全に想定外。
まさかの接近戦闘。
ベルゼルガは腰からアーミーナイフを二本抜き、斬りかかった。
「デストロイ!」
『甘い!』
残ったカード障壁をベルゼルガの正面に集めてこれを防御。変幻自在のカードはかなり厄介だった。
そしてカード使いも予想外の行動を見せた。
体制を低くして――ベルゼルガに突撃したのだ。
『鴉闘技……』
「おいおい!?」
スペードの脚部の筋肉がドクンと脈打ち、加速が増した。
……デジャヴ。と、いうのだろうか。
この感覚。
ベルゼルガには覚えがあった。(どういうことだ……!)
『空間断裂! ドライヴ・ディバイダー!』
それはベルゼルガにとって忘れられない攻撃。
あの――男。
里原準が使った技、ドライヴ・ディバイダーだった。
あの時はヘルメットを掠っただけだった。それでも凄まじい衝撃だった。
「ぃぃぃやべえ!」
スペードの膝蹴り。やはり里原準のそれと同じ。
ベルゼルガの身体は覚えていた。その軌道を。タイミングを。狙ってくるのは頭だ。
身体を限界まで逸らせ、地に膝を付ける。首も身体ごと捻った。
ギリギリ。
鋭い膝が顔の横を通過した。
『……む。外したか』
スペードは勢いを止めることなく突き進み、魔列車の上部を木端微塵に破壊した。
缶切りを使ったような亀裂が長々と出来上がっている。
(こいつ、何者だ)
埃を払うように手で膝を払いながらベルゼルガは立ち上がる。
見据える先にはスペードが立っていた。
「お前、そのスーツ。身体強化スーツだな」
『その通り』
「それから今の体技」
『鴉闘技。今は亡き鴉天狗がNo.13のメンバーに授けたものだ』
「鴉……天狗?」
と、ここで爆発音がこだました。魔列車の側面からだ。ベルゼルガもスペードも、大きくバランスを崩してよろめいた。
どうやら列車内側で大きな爆発が起こったらしい。
『ダイヤか!』
爆発の起こった方を覗くと、なにやら見覚えのある三人が紐に繋がって魔列車の外に放り出されているではないか。
ベルゼルガは肩を落とし、ため息を吐きながらヘルメットに手を添えて頭を振った。
「……なにやってんだデストロイあほ共は」
三人は必死で紐にしがみつき、よく聞き取れないが叫びまくっている。
ゆっくりしているつもりではなかったが、これで余計に時間をかけられなくなった。
『さあ続き――』
キュン。
スペードは、そんな空を切る音を聞いた。
次に襲い来る痛み。
銃弾が、肩を貫通したのだ。
『馬鹿な!』
「悪いが時間がねえ」
拳銃を握ったベルゼルガは冷たい口調でそう言い放つと、スペードの周囲に銃弾を乱射した。
彼の卓越した能力の一つ――跳弾だ。スペードの足元や近くの突起物に当たった弾は軌道を変え、すべてがスペードに向って飛んだ。
弾道の予測は不可能。
逃げても逃げても、ベルゼルガの精確な跳弾術は相手を逃がさない。
スペードはカードによる障壁精製に集中し、相方へ連絡を繋いだ。
『ダイヤ応答しろ』
――『ん?』
『支援に来い。苦戦している』
――『何を言っている、スペード?』
『この男、只者ではない』
――『今から行く。そうか、そいつは最狂だったな。待っていろ』
ベルゼルガの背後の床に亀裂が走り、真空の刃が飛び出した。
切り裂かれた穴から、ディーラーダイヤが跳びあがってきた。
スペードとダイヤに挟まれる形となる。
銃弾を乱射するベルゼルガは軽く舌を打ち、片手の拳銃を新たに現れた敵へと向けた。
ダイヤがソニックブレードを放つべく脚を振り上げた。
ところがそこでピタリと固まり、ゆっくりと脚を下ろす。
様子がおかしかった。
ダイヤだけではない。スペードもである。カードが術者からのコントロールを失い、ばらばらと無造作に零れ落ちた。
『んん……!』
『が……っ』
二人とも頭を押さえて呻いている。
『面倒な……』
『やはり屍の方が良い……』
ここぞとばかりに銃弾を撃ち込もうとするベルゼルガを、ダイヤは手を前に出して制した。
撃つなということだろう。
だがベルゼルガは甘くはない。容赦なく銃口を敵に向け、引き金に指を掛ける。
その足元に、一枚のカードが突き刺さった。
「ん?」
スペードがカードを投げた姿勢のままよろめいていた。
『惨劇は……死神・ギルスカルヴァライザーの城に……居る……。まだ間に合うかもしれん……急げよ』
「なんで俺に言う? てめえらにそんな義理はないはずだぞ」
『知る……かよ。俺に……訊くな……』
隙を突いてダイヤがソニックブレードをがむしゃらに三発放つ。
ベルゼルガを逸れたが、彼が防御の姿勢をとっている間にディーラーズは亜空間に開いた穴から逃げて行った。
襲撃者二人を飲み込んだ空間干渉帯は口をすぼめるように閉じた。亜空間の中は元通りの静けさと魔列車の走行音だけとなる。
亀裂の入った箇所を足でなぞりながら破壊愛好家は首を傾げていた。
標的を失った拳銃を肩に乗せ、一息つく。
「……ギルスカルヴァライザーねぇ。あのチビ死神の父親だったか」
ドゥーエシリンダーをくるくると回しながらホルスターにしまい、魔列車の中へと戻って行った。
「まずいなオイ」
◆ ◆ ◆
【DEATH of LEGEND】
城のホールには大きな円卓と椅子が備え付けられ、大理石の床は部屋全体に広がって高級感を漂わせていた。
赤い絨毯と金色の刺繍。
豪勢な椅子が円卓を囲むように並び、その一つに男が座っていた。
黒いローブと、髑髏の仮面。肩には紫色の呪文布をかけている。
この男の名はギルスカルヴァライザー・ヘルツェモナイーグルスペカタマラス六世。死神ロシュケンプライメーダの父であり、伝説の死神と謳われている者だ。
「ギルー? そんなところで寝ないで下さいね」
奥から聞こえてくる女性の声。ギルの妻でありロシュの母、死神ルイシェルメサイアのものだ。
彼女の声を聞いたギルは、腕で支えていた頭を持ち上げた。
仮面の奥に光る眼はどこかぼんやりとしている。
「ああルイ、少し考え事をしていただけだよ」
「インキュバスの城が壊されてから、アナタはよくぼんやりするようになりましたけど。あまり無理をなさらないように」
ルイはクッキーの乗った盆を両手で持ち、奥から出てきた。
円卓の上に乗せてギルの隣に座り、しっとりと柔らかい目で夫を見つめた。「たしかに――」
「たしかに里原君達には辛い思いをさせちゃいました。地獄も混乱状態……。でも魔導高炉の核が奪われた今、エネルギー抑止を司るギルが倒れてしまっては状況は悪化してしまいますよ」
事態は当然この夫妻の耳にも入ってきていた。
だからこそ今、この夫妻は最重要保護対象となっているのだ。城の周囲にはアメリカ支部や異界政府から派遣された兵員が厳重に警備している。
城に結界はもうないのだ。
インキュバス夫妻が司っていたのが、結界だったからである。
故に、今まで隠されていたギルの城も丸見え。城のある水の都市フレスベルグも住人は移動を余儀なくされた。
異界ではこの事件はまだほとんど知られていない。あれほど大きな被害が出たというのに、政府は事件報道を制限しているのだ。
それは天国の真意が掴めていないこと、魔導高炉の核という危険なエネルギー源が奪われたことに関係していると思われる。ギルはそう解釈していた。
「ルイ」
ギルは隣に顔を向け、仮面を外した。
「私は……大悪人だよ」
真剣な目で言うギルの肩にルイは手を添える。
「10年前。私は大罪を犯した。非情な判断を下した」
「自分を責めないでギル。あれは仕方のないことでした」
「許せないと思っている者も居る。あの事件から生き残った者達が私を未来永劫許すことはない。だから……ルイ」
ギルはルイの手を握ると、笑顔を見せた。
直後、彼女は結界に包まれて足もとから消えてゆく。
「ギル! なにを!?」
「君は生きろ。フレスベルグ駅まで君を転送させる。そこで魔列車に乗り、逃げなさい」
ギルにはすべてが見えていた。
だからこそあらかじめこの城に一度限りの転送呪文をかけておいたのだ。
消えゆくルイの手を握ったまま、ギルは仮面を顔に付ける。
その直後――
奴は現れた。
城をとてつもない波動で爆砕し、
警備のことごとくを葬り、
まるで障害などなかったかのように、
惨劇のカタストロフはギルスカルヴァライザーの居るホールまで歩いてきた。
『クハハハハハハハハハハハ!!』
それを見たルイは必死で結界から出ようともがく。
最凶を相手取る夫が、どのような道をたどるかなど彼女には明らかだった。
「嫌ですギル! ここから出して!」
だがもう遅い。
ギルの手は彼女から離れ、ルイは城から消えてしまった。
残ったのはホールにて対峙する伝説の死神と――惨劇。そして後に付き従う双百合のみ。
惨劇は歩みを進め、ギルと向かい合う形で円卓の席に座った。
卓上に足を乗せ、交差させ、腕を組む。
「……惨劇のカタストロフ」
『久しぶりだなギルスカルヴァライザー』
一見すると昔馴染みの友人のような言葉を交わしたが、もちろんこの二人はそんな関係ではない。
互いに溢れんばかりの殺気をぶつけあう。常人ならばそれに当てられて気を失うだろう。双百合でもその悪寒に肩を抱いていた。
「来ると思っていた」
『ケジメはつけねえとな』
「あのエネルギーで何をするつもりだ」
『てめえは知らなくていいんだよ』
みしみしと大理石の床が軋む。
ギルの身体から重力魔法が溢れだしているのだ。
そして次の瞬間、座って腕を組む惨劇を紫色の結界が包み込んだ。ホールの隅に控えていた双百合は、瞬間的に発動された高位魔法に目を丸くした。
「重力結界……ギガ・グラビトン」
下へではなく、上へ向かう重力。大理石が粉々に砕け、結界内で〈上へ墜ちていく〉。
膨大な重力場で中に居る者はひとたまりもなく砕け散るだろう。
だが惨劇は相変わらず腕を組んだまま、砕け散った椅子のあった場所に未だ座っていた。
変化など微塵も見られない。目の前に浮かび墜ちる大理石の欠片をぼんやりと目で追っているだけだ。
『ああ、そう。話は終わりってことな』
一人頷き、立ち上がる。
重力魔法がまったく効いていない。ギルは狼狽した。
この世のもので、重力に干渉されないものなど存在しないからだ。
ならばなぜこの男は立っている? なぜ地に足を付けている? 音も聞こえなくなる程の重力場の中から……どうして声が聞こえたのだ。
「この……化け物が!」
伝説の死神は唸り、両手を広げる。
ギガ・グラビトンの結界球が無数に浮かび上がった。範囲次第では一つ山が消えてしまうほどのエネルギーを有した結界。その群れをすべて惨劇一人にぶつけた。
その収束された重さに光までもが敗れ、惨劇を包み込んだ結界の中は真っ暗になっている。
そこへ向けてギルは無数の大鎌を召還し、投げ入れた。
光をも屈する重力場の勢いを味方につけた大鎌は、重力を受け付けない化け物の身体をズタズタに切り裂く筈だ。
重力魔法使いの最高峰である死神は、確固たる自信を持っていた。
……そいつが結界から出てくるまでは。
「こんなことが……」
無傷も無傷。
惨劇はやはり何事もなかったかのようにそこから出てきた。
『てめえじゃどう足掻いても俺を殺せねえよ』
愕然とするギルスカルヴァライザーへ向けて惨劇は掌を向ける。
直後。
黒のローブを纏った男はホールの壁に深くめり込んでいた。一瞬にして吹き飛ばされたのだ。
「ガフッ」
何が起こったのか。
常に防御結界は張っていた。
呪文布による自動防御すら間に合わなかった。
なにかとてつもない力を身体全体に受け、吹き飛ばされた。
「あ……〈圧力〉……なのか……」
『正解』
「ぐふっ!」
腹部にめり込む衝撃。
見えない力によってギルの腹はクレーター状にへこんだ。
『惨劇のカタストロフ、三大能力が一つ。〈圧力支配〉』
「攻撃も受け付けず……破格の攻撃力を持つだと……。何者だ……」
『死神の名を持ちながら死を天秤にかける傲慢さ、理不尽さ。俺自身の手で粛殺してやるよ。死ねやああああああああああああああ!!』
磔にされたギルの両腕の骨が強烈な圧力によってへし折れ、砕けた。
容赦のない惨劇は全身を次々に破壊してゆく。
「あぁあ゛がぁあ……!」
仮面が割れ、ローブが破れ、伝説の死神と呼ばれた男は無残な姿へと変わっていく。
それでも惨劇は止まらない。
その残酷さに、後で見ていた双百合は歯をカタカタと震わせた。
『ヒヒヒハハハハハハハハハハ!! 壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ砕けろ砕けろ砕けろ砕けろ潰れろ潰れろ潰れろ潰れろ永久に……彷徨ええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!! クハハハハハハハハハハハハハハッハハハハハッハハハハ!! ハァーーーーーーハハハハハ!!!』