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†裏章 1

 ドウシテモ

 ドウシテモ負ケタクナカッタ……

 私ハ私ガ憎カッタ……

 私ガ、私ノ中デ、一番過酷ナ運命ヲ背負ッタ私ダッタカラ……

 理不尽ヲ許セナカッタ


 ナノニ……


 ヤハリ私ハ勝利ヲ掴ムコトガデキナカッタ

 総テヲ抹消シタノニ


 アノ空間カラ堕チナガラ、私ハ腕ヲ伸バシテ叫ンダ


「私だけが大事なものを奪われた! 私だけが一番辛い思いをした! 私は私よりも幸せな他の私が憎い! なんでお前はそれを解ってくれないんだ!!」


 最後ノ最後デ……

 私ノ手カラスリ抜ケテ行ッタ夢……


 嗚呼……


 消エル……


 私ガ……


 堕チテイク……


 タダ……


 幸セニナリタカッタ……ダケナノニ……



 ――【†裏章】




 ◆ ◆ ◆




【11年前】



(ココハ……ドコ……ダ)


 異界の、どこかもわからない草原の上に俺は倒れていた。

 どうしてこんな緑の上に倒れているのかもわからなければ、自分が誰かもわからなかった。

 動こうにも身体が言うことをきかない。力を入れると、腕や足から血が吹きだした。

 体勢を変えようと右肩を下にする。

 ミシミシと軋んだかと思うと、俺の肩骨はまるで瓦礫のように砕けた。骨が肉を裂き、肩から突き出た。


「イ――ギャアアアアア!」


 悲鳴が喉から飛び出した。

 あまりの痛さで全身に力が入り、また骨が砕けて血が吹きだした。


「――ッ! ヒギ……ッ! ア゛ァアアアア!」


 動けば失神してしまいそうな激痛が走り、苦しんでもがけば骨が飛び出し、また激痛が走る。

 まるでイタチごっこ。

 俺を苦しめるのは砕けて肉を破る骨だけではなかった。

 風に柔らかく揺れる――草だ。

 焼け爛れた皮膚にそれが触れるたび、ビクンと身体が跳ねた。錆びた針で抜き刺しされているかのようだった。

 倒れたまま跳ねた時、自分の全身が見えた。

 着ていた物は皮膚に張り付く小さな布切れと化していて、ほとんど全裸の状態。

 見るに堪えない有様だったが、膨らんだ乳房を見て自分が――女であるということがわかった。


「イダイ――痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ痛イ……!」


 ぼろぼろと涙を流して、悲鳴と痛いを繰り返した。

 気絶なんてさせてもらえなかった。すぐにまた痛みで我に返ってしまうから。


「畜生……ッ! ぢグシょウ! ナンデ……! コンナ痛イオモイヲ――!」


 左の足だけは痛くなかった。

 俺の左足は失われ、感覚がなかったのだ。

 切断した刃物は弧を描く形状をしていて、ギロチンのように切断したままの状態で地面に突き刺さっていた。


『うへぇ〜、こいつぁひでぇな。クハハハハ』


 声が聞こえた。

 男の声だ。

 カランコロンと不思議な足音。どうやらこちらへ歩いてくるようだ。

 男の影が俺を覆った。


「タ……スケテ……助ケテ……ダズゲデ……」


 必死で男に助けを求めた。

 だがそいつは俺を立ったままただ見下ろすばかりで。なんだかとても冷たい眼差しを俺に向けていた。


『どれだけ滅ぼした』

「ア……グァア……」

『答えろ。お前、世界を壊したか』

「ワガラナイ……イダイ……」


 男は溜息を吐いた。


『……記憶を失ったか。もう一度、見直すチャンスを与えられたのだな』


 何を言っているのかわからなかった。

 そいつは視線を俺から外して後ろを向くと、手を大きく振った。


『おーいゼブラー! ちょっと来てくれ!』


 すると俺を覆う影がもう一つ増えた。

 なにやら動物を模した被り物をしていて、奇妙な奴だった。


「あららー、これは悲惨ですね」

『だろう? 助かるか?』

「どうでしょうねー。やってみないとわかりませんねー」

『おう。頼むわ』

「はいはい。それにしても悲鳴がやかましいですねー。クローの声が聞き取りにくいですよ」


 激痛に苦しむ俺を前にして、そいつは呑気な口調だった。

 やがて着ぐるみ姿のそいつはなんと鼻歌を奏でながらどこかへ行ってしまった。

 だが、その時の俺にはすべてがどうでも良かった。和らぐことのない痛みだけを感じて俺は生きていた。

 二人の会話だってうろ覚えだ。

 自分が絶えず激痛に喚いていたから。


『しっかしひでぇひでぇ。常人なら吐くぜ、今のお前の姿を見たら。ギリギリ女だってわかるくらいだな。きっとイイ女だったんだろうけど、もったいねぇなぁ。クハハハハ!』


 苦痛に悶える俺に向かって、男は世間話をするかのような口振りだった。


『お前の身体は崩壊カタストロフ状態。まさに惨劇だなおい』


 男はカロンと足音を鳴らし、自分の胸に手を当てた。


『俺の名はクロー。通称、鴉天狗だ』


 これが俺こと惨劇のカタストロフの、鴉天狗のクロー、そしてゼブラ・ジョーカーとの出会いだった。



 ◇ ◇ ◇



 クローは変な男だった。いつも〈げた〉とかいう歩きにくそうなモノをはいて歩く。クローが来るとカランコロンと軽快な音が耳に響くからわかりやすかった。

 惨劇のカタストロフという名を付けられた俺は新しい身体をもらって生き延びた。

 身体は新品だが、記憶もほとんど新品だった。


「うおー。なんだこの身体?」


 ゼブラの研究室の中。固定台に寝かされた俺を見てクローが目を丸くした。

 ぺたぺたと俺の新しい身体に触れては同じ言葉を繰り返していた。


「感触がまったくないぞ。おいゼブラ、こいつの身体にどんな素材を使ったんだよ」


 研究室の奥からゼブラ・ジョーカーがやってくる。彼女はひどく満足そうに鼻歌を奏で、ゴム手袋を外した。

 この女はどうやら科学者であるらしい。俺の耳元でクローがそう言っていた。

 彼の言葉を引用すると〈やべえ科学者〉だ。


「不思議でしょう? こんな材質、私も初めて見ました。惨劇の足を切断して刺さっていた刃物に微量ですが、付着していたんですよ」

「それを採取して培養したのか」

「ええ。この素材、素材かどうかもわからないんですよ」

「なんだそりゃ」

「加熱、通電、衝撃、切断、様々な実験を試みました。なのにこの〈未知の物質・アンノウン〉は何も受け付けないんですよー。でも皮膚の培養と同じ要領で試したら培養は成功しました」

「ダメージを……受け付けない?」


 クローは片足でゲタをカロカロ鳴らし、腕を組んだ。

 ゼブラは俺の身体を撫でながら続ける。


「無敵の物質です。この世界に存在してはならないモノです。ですが、存在している。運命に反した物質」

「おいおい。そんなモノをベースに惨劇の身体を作ったのかよ」

「ええ。実に面白いとは思いませんか? 運命に反した物質に意思が加わってしまったのですよ。さぁ、世界はこの子――惨劇をどう見るのでしょうね」

「……馬鹿な」


 クローは表情を一変。

 険しい顔で俺の身体を見た。


「運命に反した存在を存在させる。それを世界が許したというのか? 本当ならば、コイツを助けた俺とゼブラは……コイツと出会う前に世界に殺されていた筈だぞ……」


 緩慢な動作でもう一度俺の身体に触れる。

 やはり感触がなかったのだろう。険しい顔がさらに険しくなった。


「一つ……綻びがあるとするなら……」


 ゼブラが指を立てて振っていた。


「この物質が刃物に付着していたという事です。つまり〈この子は無敵であるはずのモノを斬った〉のです」


 二人は俺の方を見ていた。

 腕を掴んでくるクローの表情は、苦々しく、呆れるように笑っていた。


「惨劇……。お前、いったいどんな奴と戦ってたんだよ」


 俺は慣れない身体を少し動かして、言葉を発した。


「ワ……カラナイ」

「だろうなぁ」


 溜息を吐かれて、なんだか申し訳ない気持ちになった。

 この時の俺はほとんど言葉を話せず、まるで子供そのものだった。

 ちなみにこの研究室、固定台が二つあった。

 一つは俺が寝ている。だがもう一つの固定台は空ではなかった。

 機械の人形が俺と同じように寝かされていたのだ。


「コレハ……?」


 ゼブラに問う。


「ああ、零鋼ですか? これもアナタのおかげで作ることができたモノです」


 ひゅんひゅんと小さく風を切る音がしたかと思えば、彼女はメスを指で回していた。

 零鋼と呼ばれた人形の上に腰掛けた彼女へ、クローが呆れた眼差しを向ける。


「お前、あの腕も回収してたのか」


 どうやら発見された時、俺の周囲には金属が散らばっていたらしい。

 その中にかろうじて原型を留めていた機械の腕を、ゼブラが持ち帰ったのだそうだ。


「この腕を見たとき私の脳髄に電撃が走りましたよ。素晴らしい機構です。わたしのインスピレーションは凄まじい進化を遂げました! 嗚呼、こんな恍惚感は初めてです。抱いてくださいラビット。誉めてくださいラビット。甘くとろけるようなこの身を……私の総てを……」


 ゼブラはなにやら独り言を放ちながら、見えない何かを抱き締めていた。

 昔も……今でもよくわからんが、ゼブラには想い人がいたらしい。


「ったく、めんどくせぇもんがめんどくせぇ奴の手に渡っちまったな」


 クローがぼやいた。


「あら、クロー? 私が手に入れたモノはこれだけじゃありませんよー。無敵の物質も、新機構を備えた腕も、正直アレに比べたらどうってことないです」


 アレとは?

 クローも俺も首を傾げた。が、彼女はそのことに関して決して口を割ろうとはしなかった。

「アレはまだ分析中です。それに私だけのものです。運命を変えるのですよー」

 だそうだ。

 両腕を広げて零鋼の上から降り、ご機嫌でくるくる回っていた。

 このゼブラ・ジョーカーという女もまた、言うまでもなく変な奴だった。


「この零鋼をベースに、これからどんどん派生型を生み出せそうです。これから始まるラグナロクで、魔導社が武器商売に於いてのトップに立つのはまず間違いありませんね」


 そう。このゼブラ・ジョーカー、科学者という顔の他に魔導社の社長という顔も持ち合わせていた。

 もともと魔導と科学の融合によって生み出す製品を売り出す事業だったが、ついにその技術は軍事へ向けられてしまっていた。

 ゼブラがどうしてそちらへ手を伸ばしたのかはクローにもわからないそうだ。

 俺、惨劇のカタストロフもまた、軍事兵器として霧に包まれた彼女の目的の為に生み出されたのだろうか。

 あまり良い気はしねえけど。なっちまったもんはしょうがない。

 ゼブラが部屋を出ていった後、残されたのは俺とクロー、動かない零鋼だけ。


「ゼブラは作ったら一旦満足しちまう奴だからなぁ。惨劇、お前のことは俺に任せるってよ」

「ク……ロー」

「そう、俺。お前は俺のガキになるんだ」

「ガ……キ……」

「つまり息子。ん……? 娘か? いやぁ、その身体で娘ってのは気色悪いな。クハハハハ!」



 ◇ ◇ ◇



 そんなわけで俺はクローの子供となった。

 クローはいろんな事を語り、教えてくれた。

 言葉はクローのを真似するようにした。

 彼は異界を旅していたらしく、なんとこの世界を知り尽くしていると言った。

 旅の中で出会った者の中に、今の俺のように子供にした連中が居るという。

 俺を含めて十三人。

 俺は末っ子だ。

 クローはすごい。

 なにがすごいかって、それは彼がこの異界だけに留まってはいない点だ。

 驚くことに、もっと広い世界をクローは知っているのだという。世界を踏破したと、俺に自慢していた。


 俺が作られてしばらく経ち、身体に慣れてきた頃。


「どうだ惨劇、二週目の旅へと行こうじゃないか」


 クローは俺にそんなことを言いだした。

 ゼブラの研究室で新作の巨大兵器の設計資料を眺めていた俺は驚いた。


「二週目って。俺も付いていくのか?」

「当たり前だろ。お前が主役だ」


 頭に疑問符が浮かぶ。


「お前の兄貴達に挨拶しに行くんだよ」

「十二人の兄弟か」


 それはずっと興味を抱いていたことだ。

 話を聞くばっかりだったから。背筋が寒くなるくらいの兄貴達の異形っぷり。俺みたいにとんでもない怪物ばかりだ。

 だから会ってみたいと常々思っていた。どんな生き方を、どんな心を持っているのか。会って話をしてみたかった。


「ワクワクしてきただろ? クハハハハ!」


 その通りだった。

 俺はいろんな想像を巡らせながら、新型兵器の資料にぼんやりと目を落とす。

 そこにはなにやら巨大な魔法陣の図が描かれている。隣にはグングニルとか書いてあった。

 まあそんな事はその時の俺にとってどうでもいいことであり、まだ見ぬ兄弟の顔を思い描いていた。

 無敵の身体を手に入れた俺に、同じくらい化け物じみた兄弟達はどんな言葉を掛けてくれるだろう。

 運命に反し、最も嫌われた存在として最凶の称号を与えられた俺に。彼らは道を示してくれるだろうか。

 十二人の異形に会うべく、俺はクローに頷いていた。

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